[♀/連載]不浄奇談 [3-1-1.湯田真冬の話 序]

『不浄奇談』キャラクター紹介


     3-1.湯田真冬の話

 ……あ、時間、来ちゃいました。
 どうします? 亜由美先輩、まだ戻ってませんけど。あ、始めちゃっていいですか。それじゃあ、やります。
 えーと、よろしくお願いします。湯田真冬です。裏方代表で来ました。わたしは裏方なので、先輩方やえりかさんみたいに、こう、声色の使い分けとか演技とか、そういう器用なことはできません。だから、普通にやってもつまらないと思って、今回はコレに頼ることにしました。
 じゃーん。
 あ、じゃーん、ってキャラじゃなかったです。ごめんなさい。
 いえ、まあ、『ばーん』でも、『じゃーん』でもいいんですけど。とにかく、コレです。知ってます? コレ。あ、そうです。こっくりさんのやつですね。『ウィジャ盤』とか『ウィジャボード』とか言われるやつの一種です。
 歴史を遡ると、海外で降霊術とかに使っていたものが日本に持ち込まれて変形したものらしいですけど――もしかしたら、本物を見たのは初めてかもしれませんねー。こんな具合で、あいうえおの五十音表と0~9までの数値、「はい」「いいえ」「男」「女」の文字が配置されています。あと、詳しくは知りませんが、真ん中にこんな具合に鳥居の絵が書いてあることが多いです。この上に十円玉を乗せたら、準備完了、完成です。
 わたしはこれ、ずっと前にお兄ちゃんに教えてもらったんですけど、怖い話でもよく出てくるので今回はみんなでこれをやったらどうかと思いまして。こうして、持参しました。
 十円玉に指を乗せる役にわたしが混ざると一気に嘘くさくなってしまうので、わたし以外の皆さんにやってもらいたいんですけど……。
 あ、そうだ。さっき、えりかさんの後ろに落ちていた花、二つありましたよね。あれ、何の花か、種類がわかる人ってこの中にいます? あ、琴美先輩、わかるんですか。うーん、さすが。物知りです。
 それじゃあ、正解を知っている琴美先輩以外の人は花の種類はわからない、と。実はわたしもなんとなくわかっています。それで正解を知らない皆さんに、このウィジャボードを使って正解を当ててもらいたいんですが……。
 悠莉先輩はオッケーですか。えりかさんも嫌だけどいける、と。三夏先輩、どうですか。こういうの、平気そうですけど。あ、やっぱり、全然平気です? それじゃあ、決定ですね。みんなでやりましょう。指をこの十円硬貨に当ててもらって。そうですそうです。無心に。無心に。
 それでは、始めます。わたしが先に言いますから、それと同じ台詞をみんなで言って下さい。それじゃあ、始めますよ。『こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら「はい」へお進みください』。
 ……あ、動いた。動きましたね。『はい』に行きましたね。これで儀式は成立しました。あ、何があっても、指を十円玉から離さないで下さい。大変なことになるらしいので。あ、ちょっと、えりかさん、三夏先輩、もぞもぞ動くのもやめにして下さい。えりかさんは……まあ、まだトイレに行ってないんで、ちょっと仕方ないところありますけど。三夏先輩はもうトイレに行った後なんですから、落ち着かないのはわかりますけど、じっとしていて下さい。
 こほん。それでは、質問を始めます。さっきと同じように、わたしが先に質問を言います。皆さんは続けて言って下さい。『そこに二種類の花があります。黄色い方の花の種類は何ですか』。
 うん、いいです。動いていますね。き、ん、も、く、せ、い。キンモクセイ。わたしの思ったのと一緒ですけど、琴美先輩、合ってます? はい、正解みたいです。正解を知らないはずの皆さんが正解を出せるはずないのに、こうして正解が出て来たということは……。ええ、良い具合です。良い具合に、儀式が成立していますね。
 それでは、次に行く前に一度リセットが必要なので、わたしと同じように言って下さい。『鳥居の位置までお戻りください』。……うん、十円玉が鳥居に戻りましたね。一つ質問をする度に、これを繰り返す必要があります。どんな儀式でも、こういう形式というか順序立った手続きは非常に大切です。
 はい、それじゃあ、次にいきます。『黒い方の花の種類は何ですか』。
 く、ろ、ゆ、り。クロユリ。琴美先輩、どうでしょう……あぁ、合っている、と。
 花の種類はキンモクセイとクロユリ。キンモクセイはともかく、クロユリは平地には見られない高山植物なのに、どうして学校に……。ああ、そういえば、わたし、さっき花を一目見た時から思っていたんですよ。これ、もしかしたら、何かのメッセージなのかな、って。ほら、花って花言葉があるじゃないですか。
 クロユリの花言葉は、確か『呪い』や『復讐』。
 キンモクセイは基本的には良い意味の花言葉が多いですけど、『隠世(かくりよ)』――要するに、死後の世界、っていうネガティブな花言葉もあります。それに、どちらも、なんというか……香り的に、別のあるものを想像させる、というか……。うーん。まあ、あんまり口には出しにくいんで、明言は避けますけど。
 え、あ、はい、わかりました。次に行きましょう。
 ええと、それじゃあ、次の質問は――『亜由美先輩がなかなか戻って来ませんけど、一体どこに行ったんですか?』
 と、い、れ。トイレ、ですか。まあ、それはそうでしょうけど。
『亜由美先輩がなかなか戻って来ない理由はなんですか?』
 も、ど、れ、な、い。戻れない?
『まさか、トイレに間に合わなかったとか?』
 いいえ。
『戻れない理由は何でしょうか?』
 み、ち、が、な、い。みちがない。道がない?
 ちょっと要領を得ません。わかりませんね。話題を変えましょうか。
 他に質問は……あ、そうですね。わたしばかりが質問していても、つまらないですよね。それでは、ここから先は皆さんにお任せします。自分を好きな人のことでも、自分の好きな人のことでも、ご自由に質問いただいて結構です。あ、でも、質問は一人ずつ、順番にして下さい。
 ……ふふ。あぁ、それにしても、こうしていると、思い出してしまいます。お兄ちゃんと最後にこっくりさんをしていた時のことを。あ、琴美先輩、興味あります? それじゃあ、ちょっとだけ話しましょうか――。皆さんはBGMと思って聞き流していて下さい。
 最後にこっくりさんをした時、お兄ちゃんはわたしの好きな人のことを質問したりして、意地悪をしました。わたしは好きな人なんていなかったので「いない」と出ました。お兄ちゃんはわたしを好きな人のことも質問しました。これが意外にもいて、その人の名前が出ました。わたしは特別好きではなかったので、どうでも良かったですけど。
 それまでにも、わたしはお兄ちゃんと色々なことをして遊びました。二人きりの兄妹でしたから、仲はまあ普通に良かったです。お兄ちゃんはわたしより二つ年上でしたから、色々なことに詳しくて、特にこういう……オカルトって言うんでしょうか。どことなくじめっとした、薄暗い、人の恐怖を煽るような神秘の世界について強い興味を抱いていたみたいで、わたしに教えてくれたものにはそういう類の知識が多かったです。
 幼い頃、わたしはそういうお兄ちゃんの話が怖くてたまらず、好きではありませんでした。幼稚園ぐらいの頃って、特に怖いエピソードなんてなくたって、天井の木目が不気味な人間の顔に見えたり、夜中の窓ガラスに映る像が無性に恐ろしくてたまらなくなってしまうようなところがあるじゃないですか。なのに、お兄ちゃんは、そういう繊細な年齢のわたしに対して、お化けや幽霊、妖怪や都市伝説みたいな、暗闇に潜んでいるモノについて毎日のようにまことしやかに聞かせるんです。お兄ちゃんによる怖い話が行われるのは決まって、太陽が沈んで、辺りが暗くなってからでした。そうですね、ちょうど今ぐらいの時間が多かったと思います。わたしが泣いて嫌がっても、お兄ちゃんは許してくれませんでした。だから、その頃、わたしは夜が来るのが怖くて怖くて仕方なかった。ただでさえ、夜闇は暗くて恐ろしいのに、その時間が来るとお兄ちゃんの怖い話が始まってしまう――。恥ずかしい話ですが、わたしはそれらの怖い話のせいで、夜、寝る前にトイレに行けずに何度も布団の中で失敗してしまいました。幼稚園児ぐらいになると、もう、ちゃんと恥の観念は身についています。だから、わたしはそっとしておいて欲しいと思って小さくなっているのに、お兄ちゃんは嬉しそうにわたしの失敗を大声でからかうのです。こんなの、ひどいですよね。ひどいお兄ちゃんだと思いますよね?
 ……え? あっ、いやいやいや、違いますよ。わたしは『今でも夜、たまにおねしょしている』犯人じゃありませんってば。うわあ、ちょっと、心外です。そんな風に思われていたんですか。おねしょなんて、子供の頃だけの話です。今はもう中学生ですから。この中にいる本当にしちゃっている人には申し訳ありませんけど、わたしは長年、やっていません。本当ですよ?
 こほん。ええと、それでですね。こっくりさんもお兄ちゃんが教えてくれたんです。遊び方も、やってはいけないルールも、上手く利用する方法も、全部です。
 あ、利用する方法ですか。この『不浄奇談』を始める前に、亜由美先輩がやった『秘密』を集める手法が良い例ですけど――こういうオカルト的なことって、なんというか、個人差が大きいんですよね。全然怖がらない人も確かにいるんですけど、怖がる人は本当に極端に怖がったりするんです。亜由美先輩はそういう怖がる人の心理を悪用して、この中の誰かから、普通の方法ではなかなか聞き出すことができないとっても恥ずかしい秘密……くすっ、『おねしょの秘密』を引き出したわけです。
 それと同じで、オカルトを悪用することによって、通常の方法ではなかなか実現できない事柄を、たやすく実現できちゃったりすることがあるんです。
 最初にお兄ちゃんがこっくりさんを教えてくれた時。わたしはまだ小学校の一年生でした。
 お兄ちゃんはまた悪い癖を出して、わたしを怖がらせようと思ったのでしょう。信じられないことに、自分達が死ぬ場所について質問したんです。怖い物知らずにもほどがありますよね。
 結果、お兄ちゃんは『どうろ』、わたしは『ふじょう』と出ました。
 次に死因について質問しました。お兄ちゃんは『くるま』、わたしは『ふじょう』でした。
 お兄ちゃんは教えてくれました。『ふじょう』というのが『不浄』であり、要するにトイレのことを指すのだと。わたしは自分がトイレで死ぬと聞き、すぐにお兄ちゃんから今まで聞かされてきたトイレの怖い話のことをイメージしました。ああいう恐ろしいモノにどこかで出くわしてしまって、取り殺されてしまうのではないか――と。想像するだけで、すぐにトイレに行くのが怖くなってしまいました。……ええ、あんまり言いたくはありませんが、その通りです。わたしはこの話のせいで、また何度か……。お兄ちゃんはやはり嬉しそうに、わたしをからかっていました。からかわれて、わたしは悔し涙を流しました。
 お兄ちゃんは変でした。最初はそうでもなかったのですが、ある頃から、明らかにわたしがトイレに行きにくくなるように誘導している節が見られました。この年になってようやくわかってきましたが、多分、お兄ちゃんにはそういう趣味があったのです。ある種のヘンタイ、だったのです。つくづく、ひどい話です。
 そのようなヘンタイ的趣味を持つ兄の嫌がらせに鍛えられ、二年生に上がった辺りから、わたしはようやく知恵をつけ出しました。お兄ちゃんの得意とする手法を理解し、お兄ちゃんのオカルト話を真に受けないようになりました。これはコツを掴めば、簡単なことでした。一度、距離を置いて冷静に考えてみるだけ――それだけで、世の中にはびこる怪談の大半は、現実には到底起きそうもないことだと気付くことができます。三年生や四年生辺りにまでなると、見様見真似で、わたしはお兄ちゃんから仕入れたオカルト知識を自分の生活に役立てることもできるようになったのです。

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