【先行公開】大橋裸足渡り

 俺は興奮しながらタブレットのVowtubeアプリを立ち上げた。今はド平日の真っ昼間だが、今日のリアルタイム配信のため会社なんか当然休んだ。俺の部屋はクーラーがギンギンに効いていて肌寒いくらいだが、外では太陽が殺人的な勢いで輝いている。さあ、そろそろだ。

「こんにちは! 優凪ゆうなです」

 時間通りに配信がスタートする。画面の向こうでは俺達の女神、ゆうながにこやかに手を振っている。ノースリーブのシャツにチェックのスカート。足下はいつもどおりのサンダルだ。ゆうなの顔には大粒の汗が浮かんでいた。視聴者たちから挨拶代わりのスパチャが飛び交う。

「今日はですね。視聴者の方からリクエストがあった伊勢崎大橋に来ています!」

 カメラが大橋を映した。橋には二車線の車道、そして、その脇に独立した歩道が付いている。ゆうなの説明によると橋は全長が1km以上あるようだ。人通りはほとんどなく、たまに車が通る程度のささやかな交通量。

「でですね……見て下さい! この歩道、なんと……全面が鉄板なんです!」

 カメラが下を向き歩道を映した。ひどく赤錆びた鉄板の道が延々と続く。これは相当の年代物だ。

「そしてぇ~、気になる本日の気温は~~」

 38度です! と画面の中のゆうなが楽しそうに言った。殺人的な気温だ。人間が出歩くような天気ではない。家の中で配信を見ている俺が絶対的に正解だ。

「じゃあ、早速、脱いでみましょう!」

 そう言って、彼女は躊躇なくサンダルを脱ぎ、裸足になって橋の手前のアスファルトの上に立った。が、すぐに小刻みな足踏みを始めた。

「あ、熱い! もう、アスファルトですら……メッチャ熱いです! ヤバ! 立ってられないです!!」

 笑いながら必死に地面の熱から足を逃そうとする彼女が可愛らしく、「頑張って」「期待してる!」などのスパチャが飛び交う。もちろん俺だって期待で爆発しそうだ。

「ええ~、これ、ホントに大丈夫かな……。無理しない程度に行ってみます~!」

 そう言いながらも、ゆうなは躊躇なく大橋の歩道へと進んだ。もちろんサンダルは置き去りのままだ。ギンギンに太陽の輝く真夏日に、全長1kmの鉄板の歩道を裸足で踏破する……それが今回の視聴者リクエストだった。

「ゆうなの裸足チャンネル」を俺が見つけたのは数ヶ月前のことだ。19歳の大学生だという彼女は、これまで裸足での様々なチャレンジを行っていた。雪の中を歩いたり、砂利道を走ったり、ばらまいた画鋲の上でジャンプしたり……。俺は興奮して、すべての動画を視聴した。

 最初はおっかなびっくりだったゆうなのチャレンジだが、視聴者のリクエスト企画を募集し始めてから、その過激さに拍車がかかった。過激化によりチャンネル登録者数はむしろ減ったようだが、少数ながら熱心なファンが付き始め、スパチャ収益は大きく伸びたようだ。今日のために会社を休んだ俺もそのファンの一人だ。

「あ、これ……あッ……熱い! 熱い熱い熱いっっ、無理! こんなの絶対ムリッ!!」

 歩道の上を数歩歩いたゆうなは、跳ね跳びながら慌てて戻ってきた。片足立ちになって自分の足の裏を交互に何度もカメラに向ける。「……もぉ赤くなってる……」と辛そうな声を出す。

 さらには「今日のチャレンジ、ちょっとムリかも……」と弱気なことを口にし始め、困ったような眼差しをカメラマンに向けた。カメラ担当はトキコさんと呼ばれる女性で、ゆうなの大学での友人だそうだ。

 普通の配信者ならここで企画倒れだ。本人であれカメラマンであれ、まともな常識の持ち主なら、この時点で中止するだろう。だが、俺もみんなも、ゆうなのことを心から信頼していた。

「やり遂げるって信じてます」

 俺はそんなコメントを添えて1000円を飛ばした。

「ゆうなならできる!」
「超期待」
「新たな伝説の始まりだ!」

 他の視聴者からもそんなスパチャが飛び交った。トキコさんはそれを読み上げて、ゆうなに伝える。すると、さっきまで泣き出しそうだったゆうなの顔がどんどん明るくなっていく。そう、この子は応援されれば、どんな無茶だってやり遂げてしまう。

「えぇ~~、そんなに言われたら頑張るしかないんだケド……」

 そう言いながら、ゆうなは橋の向こうを見た。1km先のゴールは遥かに遠い。「え、でも、やっぱムリ……ムリだから……」。ゆうなの顔色がまた不安げになっていく。流石に今回はおだてても無理か? と思った次の瞬間……

「歩くのはムリだから…………走るのでもいい?」

 キタ……! これだよ、これ! さすがは俺たちのゆうなだ!! そして、トキコさんがダメ押しの一言を加える。

「じゃあさ、橋の真ん中まで全力で走ろっか。で、そこで、どうしてもダメだったら引き返そっか」
「うん。じゃあ、半分までは絶対頑張る」

 真ん中まで走ったら引き返せるはずがない。トキコさんはサディストだ。ゆうなは分かって言ってるのか天然なのか、未だに判断がつかない。ゆうなはその場で軽くジャンプしてウォームアップしてから、

「じゃあ、行くよ!」

 白いロングスカートをはためかして勢いよく歩道の上を走り出した。トキコさんが後を追って走り、カメラがぶれまくる! それでも俺は画面を凝視して二つの肌色の足裏に集中する。どんどん赤く腫れ上がっていくのが分かる!

「ひっ、ひ、ひい……ひ、ひぃっ!」

 200mも走ったところで、ゆうなが耐えれないとばかりに飛び跳ね始めた。

「頑張って! まだ半分来てないよ、半分までは絶対走ろ! 視聴者のみんなも期待してるよ!!」
「わっ、わあ! わ、わ、わ!!」

 無様なスキップのような姿で、ゆうなが必死で前へと進む。

「まだ! 半分まだ!?」
「あとちょっと……!」
「あ……あぁあ! ひッ、ひいいいッ!!」
「オッケー、半分来たよ!」
「無理! もう、絶対ムリ!! 戻る、戻る戻る戻る!!!」

 そう言って振り返ったゆうなもハッと気付いたようだ。ここまで来て戻るのも最後まで走るのも一緒だ。

【 全治二週間 】プラン以上限定 月額:500円

プランに加入すると、この限定特典に加え、今月の限定特典も閲覧できます 有料プラン退会後、
閲覧できなくなる特典が
あります

月額:500円

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索