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百花繚乱祭の記事 (4)

百花繚乱祭(5)

明るくて元気な女子高生たちが大好きなお祭りを心ゆくまで楽しんで、みんなで一緒にズタボロになる、爽やか青春リョナ物語。

 ――藍花鈴の足の裏を使った凄惨な人体実験を終えた生徒会長の百合川紗奈は、いよいよ転校生七草あざみとの最終決戦に乗り出す。彼女はあざみを巧みに灼熱のプレハブ小屋へと誘いだした。素足の七草あざみは焼けた鉄板に足裏を焦がされながら、生徒会長との最後の戦いに臨む。


5、百合川紗奈


一、

 保健室に担ぎ込まれた翌日に、藍花鈴は退院した。主治医の結月は一週間ほどの入院を勧めていたのだが、百合川紗奈が鈴に退院するよう命じ、彼女は絶叫を上げながらも、何とか「退院……しま、す……」と声を振り絞り、その命令を全うした。

 結月は少し悲しそうな顔をしたが、それは滅茶苦茶に身をよじって足裏の痛みに苦しみ続ける鈴の姿を、彼女が特等席で眺められなくなるからだった。実際、保健室のベッドに拘束されて苦しむか、自室のベッドの上で苦しむかの違いでしかない。鈴にはいかなる鎮痛剤も与えられないし、最も苦しみの大きい治療法が選択されているのだから。

「鈴……、わたくしは学校に行かねばなりません。けれど、お昼休みには様子を見に帰ってきますし、放課後からはずうっと一緒にいますからね。だから、わたくしのいない間、寂しいでしょうけれど、良い子して、一人で耐えるのですよ……」
「……は、い。……――お、じょ……さ……」

 泣き喚き続け枯れ果てた声で鈴が何とか返事を返す。そんな痛ましい姿を見ていると、紗奈は鈴のことが愛おしくてたまらない。実行委から下されるであろう凄まじいペナルティを覚悟してでも、学校をズル休みして鈴と一緒に一日中いてあげたい……と思う気持ちも湧いてくるが、いま実行委のペナルティを受けたら、おそらく七草あざみとの戦いには勝てなくなってしまう。それは藍花鈴だって望んでいないだろうから、彼女はグッと我慢して登校した。

紗奈はその言葉通り、昼休みには彼女を見舞い、放課後になると直ちに鈴の部屋に戻って、鈴に付きっきりとなった。鈴は白いネグリジェを着せられている。お揃いのネグリジェに紗奈も着替えた。ベッドの上の鈴は足の裏の激痛のあまりに一日中身をよじって苦しんでいたのだろう。ベッドシーツはしわくちゃになっていたし、鈴の流した涙と汗でべちょべちょだった。もちろん彼女のネグリジェもべっとりと濡れている。それに鈴は小便はもちろん大便までも漏らしていた。当然、彼女にはオムツがあてがわれていたが。

「鈴、オムツを替えますから、少しだけ我慢なさい」

紗奈にそう言われ、鈴は歯を食いしばって硬直し、足の裏を襲う耐え難い疼痛にぶるぶると震える。紗奈は、そんな鈴の健気な姿にニコニコとしながらも黙々と汚物を処理する。それから、鈴のネグリジェを脱がし、体を拭いて、新しいネグリジェを着させてあげ、シーツも新しいものに替えた。それから、ようやっと、というように、鈴と同じベッドに潜った。

「――おじょ、さま……。……おじょ、う、さ、ま……! おじょう、さ……!」

 たちまちに鈴がぎゅうっと紗奈に抱きついた。

「おじょ、う、さま……もう、どこ……にも……いかないで……いか……ないで……」

 紗奈も優しく鈴を抱きしめる。

「朝までは、ずうっと一緒ですよ。鈴」

 鈴が嬉しそうに、コクンと可愛く頷いた。自分をこんな目に遭わせた大好きな紗奈の胸の中で痛みに耐えることが、彼女は嬉しくてたまらないのだった。紗奈が裸の足を、鈴の、包帯で覆われた痛々しい足へと絡める。鈴が「ひぎィッ!」と愛らしい呻き声を上げる。紗奈の体温を感じられること、紗奈の素肌に触れていられることが鈴はとっても嬉しかった……。

そして、翌日には藍花鈴は早くも登校を再開した。

「夕顔さんは四日後にはもう登校していたと言います。鈴……、先輩のあなたが負けるわけにはいきませんよね? 明日から登校なさい」
「…………は、い」

 鈴は健気にそう答えたが、これは、誰の目から見ても無謀だった。それでも紗奈がそう命じたのは、彼女は日中、鈴と一緒にいれないことが寂しかったからだ。鈴が素直にはいと答えたのも、彼女も少しでも紗奈の近くにいたかったためである。

 セーラー服を着せられた鈴だが、その苦しみようは昨日までと大差ない。そんな状況だから、松葉杖と紗奈の助けがあったとはいえ、ぐちゃぐちゃに焼け爛れた足の裏で校舎まで歩き、たどり着いただけで、もはや彼女は死に体といっていい程に衰弱していた。紗奈は鈴を教室の椅子に縛り付ける。

「鈴、授業中に喚いたりすると、わたくしもあなたも授業妨害ということで、実行委から酷いペナルティを受けることになります。授業中はじっと黙って、痛みに耐えるのですよ」
「おじょ……さ……ま……」

 死にそうな声で鈴が言う。

「なあに?」
「さる……ぐつ、わ……を……いただ……け……」
「あら、ごめんなさい。気付きませんでしたわ」

 紗奈はにこにこと笑いながら、自身の黒いニーソックスを脱いで素足を晒した。そして、その二つの黒いそれを、鈴の口へと無造作に詰め込んだ。

「当面こんなものしかないのですけど、よろしいかしら?」

 鈴も嬉しそうに頷いた。お昼休みには猿轡を吐き出させ、たっぷり悲鳴を上げさせてあげてから、唾液でぐちょぐちょとなったニーソックスを、もう一度鈴の口の中に押し込んであげた。

こうして、17歳の少女はクラスメイトの見守る中、椅子に座らされて激痛に打ち震え、喉元から出かかる悲鳴を歯を食いしばって必死に飲み込み、口の中では汚れたニーソックスの味をじっくりと確かめて、小便を漏らし、時には大便までも漏らしたのである。

 休憩時間には下級生たち、特に藍花鈴のファンの少女たちが、憧れの先輩の惨状を見るために教室を訪れ、彼女の凄惨極まる姿を目にして思わず目を伏せていく。百合川紗奈に命じられたからって、あんな姿になるのは自分ではとても耐えられない。誰もがそう思ったことだろう。しかも、噂に聞くところでは、百合川紗奈は藍花鈴をこれから四十回以上もあんな目に遭わせる気でいるという。とても正気とは思えないが、それを鈴の方も受けるつもりでいるらしい。少女たちは、藍花鈴の、百合川紗奈に対する絶大なる忠誠心をそこに感じて、鈴への憧れを強めるのであった。学園で最も健気で儚い女子生徒の姿がそこにあった。

「鈴、わたくし、楽しみで仕方ないのです……」

 夜。同じネグリジェに着替えた二人の少女が、強く抱きしめ合うベッドの中で、紗奈が言った。

「あなたの連日の苦しみようは、わたくしの想像を遥かに超えて酷いものでした。今の鈴の姿を見ていると、憐れで仕方ありません。……でも、わたくしは、鈴の火傷が治り次第、鈴を何度でもプレハブ小屋に放り込みたいと思っています。卒業までに、できるだけたくさん……最低でも四十回以上……。あなたはずうっとこの苦しみを味わい続け、連日、激痛にのたうち回るのです。それを思うと、わたくしは楽しみで仕方ないのです。鈴……わたくしのために、ぐちゃぐちゃにおなりなさい……」

 はい、お嬢様、鈴は喜んで――、藍花鈴はそう言いたげに大きく頷いた。少女は、紗奈の胸の中で、うっとりとした表情で痛みに震え続けている。

「鈴、このお祭りが終わったら一緒に実行委に入りましょうね。そこで、正式な契約書を交わしましょう。あなたを可能な限りたくさん、プレハブ小屋に放り込むという契約書です」

 その契約書にサインする自分の姿を思い浮かべると、鈴の心は絶大な恐怖と喜びに満たされる。いま自分を襲っている、死んだ方が遥かにマシというレベルの足裏の痛みを、この先一年半に渡って、大好きな百合川紗奈が何度も何度もプレゼントしてくれるのだ。そうして、自分はずっと紗奈の胸の中に抱かれて、痛みに打ち震えて泣き喚くことができる……。

「ですが……まずは、お祭りに優勝しなければなりません……」

 夕顔花菜と藍花鈴、二人の憐れな少女を巻き込んだ、七草あざみと百合川紗奈の最後のお祭りが、翌日から繰り広げられることとなる。

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百花繚乱祭(4)

<あらすじ>

明るくて元気な女子高生たちが大好きなお祭りを心ゆくまで楽しんで、みんなで一緒にズタボロになる、爽やか青春リョナ物語。

 ーー鉄板敷のプレハブ小屋に夕顔花菜を閉じ込め、下から火を熾して彼女の足裏を大火傷させお祭りに勝利した七草あざみ。その作戦を高く評価した生徒会長、百合川紗奈は副会長であり親友である藍花鈴にプレハブ小屋での人体実験を要請する。鈴はこれを喜んで受け入れ、裸足でプレハブ小屋に入ると答えたが、命じた紗奈には僅かな葛藤があり……。


4、藍花鈴


一、

 翌日、日曜の早朝、藍花鈴は百合川紗奈の部屋を辞した。まだ幾分、全身を襲う不快感は残っていたが、深い眠りのおかげか、ほとんど気にしないで済む程度にそれは軽減されていた。部屋を出る時に、紗奈が言った。

「鈴、今日の夜、わたくしから鈴のお部屋に行きますね。明日のお祭りの件、今日一日かけてゆっくりと考えて、夜にお返事を聞かせて下さい。どういうお返事でも構いませんから、しっかり考えてから答えを出すのですよ」
「はい、紗奈お嬢様」

 鈴は微笑んで答えた。鈴は紗奈に言われたとおり、今日一日、明日のことをしっかりと考えて過ごすつもりであったが、それでも答えはもう決まっていた。そして、今日の一日は鈴にとって、思いがけず楽しく幸せな一日となったのである。

 彼女は食堂で軽い朝食を摂った後、自室に帰って、ネグリジェ姿のままベッドに座り明日のお祭りに思いを馳せた。ベッドの上であぐらをかいて、自分の足の裏をまじまじと見つめてみる。小さくて可愛い、白い足の裏がそこにあった。傷一つ付いていない。過去にはぼろぼろになったこともあった。中学二年生の時、紗奈と一緒に空手の修行を受けに行った時、指導教官から入門の試練として、砂利道を裸足で10km走ることを命じられたのだ。二人の少女は足裏の皮をべろべろに剥がされ涙をぼろぼろ流しながらも、その試練をクリアーした。だが、その時のことはもう大昔の話で、今目の前にあるのは柔らかくて傷一つない鈴の足の裏だった。

「この足の裏とも……明日でお別れ……」

 鈴は一人で呟いた。明日、自分は紗奈の「お願い」を聞き入れて、焼けた鉄板の上で裸足で踊ることになるのだ。白い足裏は醜く焼け爛れ、火傷の痛みに一ヶ月は悶え苦しみ、ぐちゃぐちゃの傷痕を一生後に残すことになるだろう。紗奈の「お願い」は鈴にとって死刑だった。彼女はまさに翌日に死刑を迎える死刑囚の如き心情でいたし、鈴の心はそれゆえに激しく高鳴っていた。

 この日の鈴の心の中に沸き返っていた感情は、もちろん第一には恐怖である。明日、紗奈の「お願い」で自分の足の裏はムチャクチャにされてしまうのだ。当然、怖くて仕方なかった。恐怖のあまり今にも吐きそうだった。目の前に用意された地獄から逃げ出したかった。助かりたかった。紗奈に「やっぱりできません」と言いたかった。

 白い足の裏を見つめながら、鈴は明日の自分の姿を頭の中に描いてみる。お祭りが始まり、紗奈と向かい合って戦う自分。しばらくは足の痛みに耐えて健気に戦う自分。足裏が焼け爛れ、耐え切れなくなって、鉄板の上で醜く踊り狂う自分。そんな自分を解放しようとせず、延々と踊り続ける自分を観察し続ける紗奈。足裏がぐちゃぐちゃに爛れ、悲鳴を上げて滅茶苦茶に苦しんでも、決して解放されずに苦しみ続ける自分。保健室に運ばれ、ベッドに拘束された姿で、激痛のあまり絶叫を上げ続ける自分……。傷が治ってもこの白い足の裏は永久に失われてしまう……。

 鈴は、七草あざみとのお祭り直後の、夕顔花菜の病室を訪れた際のことを思い出していた。お祭りが大好きで、お祭りのためならどんな犠牲を払うことも厭わず、大小様々な怪我を負いながらも、いつも明るく楽しそうにお祭りをしていた花菜が、ベッドの上で死にそうな顔をして悪夢にうなされ悲鳴を漏らし続けていた。あの惨めで憐れで痛ましい姿を思い出して、明日は自分がああなるのだと思うと、鈴の鼓動はどんどんと速くなっていく。自分が受けることになるであろう激痛を想像し、実際はそれ以上の苦しみが自分を襲うのだと覚悟する。自分の足裏がぐちゃぐちゃに変貌して醜いケロイドに覆われる姿を想像してみる。すると、鈴はどうしても微笑んでしまう。やっぱり、彼女は嬉しくて仕方がなかったのだ。

 今回の紗奈の「お願い」は、鈴にとっては本当に素敵なものだった。まずもって、「人体実験」の意味が分からない。自分を倒した後は、紗奈の相手は七草あざみだけになるわけだが、あざみにしても、まさかプレハブ小屋で裸足で戦うわけがないだろう。だから、藍花鈴の体で人体実験をしても、それが紗奈の勝利に繋がる気がしない。藍花鈴が今から支払おうとしている犠牲は、まったくもって無駄な犠牲なのではないか?

 けれど、それが鈴には心地良かったのである。彼女の望みは自分の忠誠心を紗奈に伝えることだった。もしも、紗奈に七草あざみに対する必勝法があり、そのために誰かが足の裏をぐちゃぐちゃに焼け爛れさせなければならない、といった状況ならどうだろうか。いかんせん同級生や後輩からも慕われている紗奈のことである。自分が犠牲になりますと手を挙げる女子生徒が数人は現れるだろう。

 だが、今回、鈴は理由も必然性もよく分からない人体実験のために犠牲となるのだ。紗奈にそれをお願いされたから、彼女は喜んで引き受けたのだ。そんなことができるのは、この学園でも自分一人しかいないと鈴は思っている。もっと言えば、「暇だから」とかそんな理由で同じ犠牲を要求してくれればもっと嬉しかった。もしそんなことを言われれば、大好きな紗奈お嬢様の一時の暇潰しのために、地獄を味わい一生後に残る傷を負えることを鈴は随喜の涙を流して喜んだことだろう。

 宿題をしてみたり、窓辺で本を読んだりもしてみるが、明日のお祭りのことばかりが頭に溢れてまったく集中できない。明日の自分は激痛の中で泣き叫び、足の裏は醜く焼け爛れるのだと思うと、ドキドキしてたまらない気持ちになってしまう。沸き返る恐怖で胸がズキズキと痛むが、それも嬉しくて仕方ない。今の恐怖も明日の苦痛も取り返しのつかない大火傷も、全て大好きな紗奈から与えてもらえるのだ。紗奈もきっと自分の痛ましい姿を喜んでくれるに違いない。

 鈴は本を閉じ、ベッドに横たわり、再び明日の自分の姿を想像する。激痛に苦しむ自分の姿は既に何十回もシミュレートして、そのたびに鈴は幸せな気持ちになっていた。けれど、鈴はもう少しだけ想像を進めてみる。紗奈があくまで解放せず、死ぬまで鉄板の上で焼かれる自分の姿を。そんなことは万に一つもないだろうけど、鈴にとってはそれも幸せな想像だった。今まで自分が苦心惨憺して積み上げてきた学力、体力、技術などが、紗奈の一時の気まぐれによって全て奪われるのだと思うと、鈴は嬉しくてたまらない。

 これまでも常に鈴は死を覚悟していた。紗奈と一緒に屋上に上がる。紗奈が「飛んで」と言えば鈴は飛ぶつもりだった。紗奈と一緒に焼却炉にゴミを運ぶ。紗奈が「中に入って」と言えば、鈴は焼却炉で死ぬまで焼かれるつもりだった。紗奈の気まぐれ一つで、自分の命が蚊やハエのように簡単に失われることを思うと、鈴はいつも幸せだった。

 日曜の一日を鈴は楽しい気持ちでずっと過ごした。紗奈のために自分を犠牲にできることを思うと嬉しくて仕方なかった。「明日のお祭りのことをよく考えるように」と言われて紗奈から与えられた一日が、思いがけず、とっても楽しいものとなっていた。「紗奈お嬢様はここまで考えて、鈴に一日を与えてくれたのかな……」と、彼女は考えて、また幸せな気持ちになる。そうして、ベッドの中で彼女がうつらうつらとしていると、不意にドアがノックされた。

「お嬢様……!」

 慌てて鈴がベッドの上に半身を起こした。

「鈴、入ってもいいですか」
「は、はい! もちろんです、お嬢様」

 鈴が慌てて返事をして、ややあって、紗奈が扉を開けた。

「そのままでいいですわよ。鈴……」

 と、百合川紗奈はいつもの優しい微笑みを湛えながら、鈴のベッドへと近付き腰を下ろすと、緩やかに導いて、暖かい太ももで鈴を膝枕した。そのまま、鈴の頭をゆっくりと撫でながら、

「鈴、明日のお祭りの件ですけど……」

 と切り出す。

「もう一度確認しますわ。明日のお祭りは、人体実験です。鈴は、確実に惨いことになります。この人体実験はわたくしのお願い……ワガママですから、鈴が無理に受ける必要はまったくありません。嫌でしたら、正直に嫌と言って下さって全く構わないの……」
「はい、お嬢様」
「では、お尋ねします。明日のわたくしとのお祭り、受けて下さいますか?」
「喜んでお受けいたします。紗奈お嬢様」
「……もう一度確認しますわ。明日のお祭りで鈴の足裏は無茶苦茶に焼け爛れ、一生残る醜い傷を負います。もちろん鈴は悲惨なまでの苦痛に喘ぎ苦しむことになります。それでも、わたくしとのお祭り、受けて下さいますか?」
「もちろんお受けいたします。紗奈お嬢様」
「……鈴」
「はい」
「最後に、最後にもう一度だけ確認します。よく考えてから答えて下さいね。私の明日の目的は人体実験です。……けれど、実験をしているうちに、もしかすると、楽しくなってしまって、実験の枠を超えて、単に好奇心や興味から鈴をぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれません。鈴がいま想像しているよりも、遥かに酷いことになるかもしれないのです。それでも、お祭りを受けて下さいますか?」
「喜んでお受けいたします、お嬢様。人体実験でなくとも、好奇心や興味でも、紗奈お嬢様が鈴で一時楽しんで頂けるなら……」

 そこで、鈴は紗奈の太ももの上でにっこりと微笑んでから、

「鈴は、とっても幸せです」

 そう言い切ったのだった。

「そう……」

 一方の紗奈は、諦めたような、嬉しいような、複雑な表情を見せていた。

「鈴、あなたの覚悟は受け取りました。もう後戻りはできませんわ……。あなたは明日、惨い地獄へと落ちます。もう逃げられません。わたくしは鈴にとんでもない無茶苦茶をするでしょう。けれど、あなたは全てを味わうしかないのです。たっぷりと苦しんで、思う存分、泣き喚いて下さいね」
「はい、お嬢様」

 紗奈の太ももの上で、鈴はなおも瞳をキラキラと輝かせている。そんな鈴の頭を優しく撫でながら、紗奈もこの子のことが愛おしくてたまらない。紗奈は鈴の儚さが大好きだった。自分がほんの一言口を滑らせたら、この愛しい親友が次の瞬間には死んでしまうことを彼女は理解していた。だから、冗談でも言ってはいけなかった。けれど、言ってみたかった。その儚さこそが藍花鈴のたまらない愛おしさなのだから。

 鈴が自分のお願いを決して断らないことを紗奈は理解していた。それゆえに、逆に彼女はこれまで本当に酷い「お願い」はできなかった。けれど、七草あざみと夕顔花菜のお祭りの結果を知った瞬間、紗奈はムクムクと起き上がる欲望をこらえきれなかった。儚く愛しい藍花鈴を、焼けた鉄板の上に裸足で立たせたい!という欲望を……。鈴はきっと自分のお願いを喜んで受け入れて、焼けた鉄板の上で儚く散ってくれるだろう。そんな彼女を見て、自分はますます鈴のことを愛おしく思うに違いない。愛おしさのあまり、彼女を無茶苦茶にしてしまうだろう。

 それが分かっていたから、紗奈は何度も鈴に意思確認をした。それが無駄な念押しだと分かっていながらも……。そして、意思確認はもちろん無駄に終わった。こうなってしまうと、もう、紗奈にも自分自身を止める自信はなかった。鈴は地獄行きの契約書にはっきりと自筆でサインを書き込んだのだ。これで彼女の体を気遣う必要性は一切なくなってしまった……。

「鈴……鈴……」

 百合川紗奈は太ももの上で微笑む少女を何度も何度も優しく撫でた。しばらくそうしているうちに、やがて鈴は静かな寝息を立て始めた。紗奈はゆっくりと鈴の頭を枕に下ろすと、タオルケットを彼女に掛けて、それから、形の良い、白くて小さな鈴の足の裏をしばらくじっと見つめていた。この可愛い足の裏が、自分のせいで明日醜く焼け爛れるのだと、紗奈は改めて思った。

「おやすみ、鈴……。明日のお祭り、楽しみましょうね」

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百花繚乱祭(2)

あらすじ

明るくて元気な女子高生たちが大好きなお祭りを心ゆくまで楽しんで、みんなで一緒にズタボロになる、爽やか青春リョナ物語。

 ーー転校生、七草あざみは友人である弓川双葉から、次の対戦相手として双葉の憧れの上級生、十薬菜沙を推薦される。菜沙は鞭打と呼ばれる特殊な打法の使い手であった。試しに一撃をもらったあざみは激しい苦痛のあまり失禁し、学校に遅刻してしまう。

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百花繚乱祭(1)

<あらすじ>

 明るくて元気な女子高生たちが大好きなお祭りを心ゆくまで楽しんで、みんなで一緒にズタボロになる、爽やか青春リョナ物語。

 ーー私立華屋女子高等学校にはみんなが楽しんでいるお祭りがあった。百花繚乱祭。女子生徒同士の一対一でのバトルである。転校生、七草あざみは初めて出来た友人、夕顔花菜からお祭りに誘われるが、必勝を期する彼女はその申し出を断ってしまう。友人の好意に応えたいあざみは、花菜に対する必勝の作戦を編み出す。全面鉄板敷のプレハブ小屋に誘われた花菜は、サンダルを脱ぎ裸足になって入場するが……。


 1、夕顔花菜


一、

 夏休み明け二日目の私立華屋女子高等学校、1年C組の教室はそわそわとした雰囲気に包まれていた。教室には四十人程の女子生徒が着席している。

 彼女たちの何人かはこんがりと健康的に日焼けしていた。だが、ある女子生徒は左手を包帯で吊っているし、また別の女子生徒は片足にギブスをはめて松葉杖を付いている。真っ青に腫れ上がった顔の半分を包帯でぐるぐる巻きにしている子もいた。そんな不健康な姿の数人の女子生徒も、そうではない健康的な女子生徒たちも、いま彼女たちの視点はある一点に集中していた。壇上に登る一人の女子生徒の姿へと――。今日、1年C組に新たなクラスメイトが加わるのだった。

「あ、あの……七草、あざみ、と言います……」

 女教師に付き添われて壇上に立つ少女は緊張した様子でそう言った。身長は16歳女子の平均よりもかなり小さめで140cm台前半、髪型がショートカットなこともあり全体的に小さな印象を受ける。顔は小さく整っており、目元はきりりとクールであるが、その反面、あがり症のようなところがあるらしく、今も皆の好奇心に満ちた視線を一身に浴びて壇上で一人どぎまぎとして赤面している。そんな彼女の様子にはどこか小動物のような愛くるしさがあった。
 顔を真っ赤にして壇上でどぎまぎしている彼女に、女子生徒の一人から「質問です!」と声が上がった。

「あざみちゃんの得意分野はなんですか!?」
「えっ!? え、ええっと……」

 彼女が転校してきた意味を考えれば当然生まれてくる疑問であろう。興味津々といった皆の姿に、壇上の少女はやや気圧されたように慌てていたが

「あの……特にない、っていうか……色々、やってました。でも、どれか一つ、ってのはなくって……」
 しどろもどろにそう答えてから、
「あ、あの……でも、精一杯がんばりますから、よろしくお願いしますっ!」

 ぺこり!と頭を下げた。
 一瞬間が空いたが、すぐにクラスメイトたちは拍手喝采で彼女を迎えた。さらに、松葉杖の少女が、隠し持っていたクラッカーをパーンと引いて、あたりに紙テープを舞わせて彼女を歓迎する。それを合図に他の少女たちも一斉にクラッカーを引いた。担任の女教師が「こら」と笑いながら小さく叱るが、少女たちはまるで気にもしない。

「あざみちゃん、頑張ってねー!」
「応援してるからね!」
「お祭り、たくさん楽しんでね!」

 クラスメイトたちの暖かい声援を受けて、七草あざみは顔を真っ赤にしながら、

「あ、ありがとうございますっ!」

 必死になってそれだけ言った。

「もう、みんな~。授業が始まる前にちゃんと片付けとくのよ。……ええっと、七草さんの席はそっちの、右後ろの席でいいとして……弓川さん」
「はいっ」

 弓川と呼ばれた眼鏡の少女が立ち上がった。太ってはいないが、ややぽっちゃりとした肉付きの良い女の子で、七草の隣の席の生徒だった。

「お昼休みとか放課後とか、七草さんに学校案内してあげてね」
「はいっ、任せてください!」

 と、彼女は笑顔で応えて、自分の胸をドンと叩いたが、途端に「イテテテ……」と胸を抱えて座り込んでしまう。そんな姿を見て教室中に笑いが巻き起こった。弓川本人もバツが悪そうにぺろりと舌を出して苦笑いをしている。

「じゃあ、七草さん。みんな親切な子たちばかりだから。きっとすぐに馴染めると思うからね、お祭り、楽しんでね」
「は、はい!」

 教師からの激励を受け、皆の視線にさらされながら、あざみは顔を赤らめつつも指定された席へと座った。

「あざみちゃん、私、弓川双葉。よろしくね」
「よ、よろしくお願いしますっ!」

 七草あざみはなおも緊張した様子でぺこりと頭を下げた。

「もう! 私たちクラスメイトになるんだから。そんなに緊張しなくて良いのよ。私のことは双葉って呼んでね」
「は、はいっ。双葉さん! ど、どうぞ、よろしくお願いします……」

 と、なおも顔を上気させながら答える彼女に、「さんはやめてよぉ~」などと双葉は苦笑している。
 だが、そんな調子で朝のホームルームが終わろうとしていた、その時だった。
 廊下の方から何やらドタバタと駆けてくる足音が聞こえてきて、教室後ろの扉がガラリと開いた。そこから息せき切らした少女がひょいと顔を出して、

「す、すいません! 遅れました!!」

 壇上の教師に向かって頭を下げた。女子にしてはやや身長高めの女の子で164cm程だろうか。程よい肉付きをした、健康的で快活そうな女子生徒である。セミロングの髪は大分慌てていたらしく乱れていた。制服のセーラー服には幾らか赤いものが飛び散っており、奇妙なことに足元は裸足で、土汚れが付いている。脱いだ靴下と校内履きのスリッパを両手に一つずつ持っていたが、その拳も擦り剥けて血が滲んでいた。

「夕顔さん、ダメでしょ。お祭りは学業に支障のない範囲ですること。知ってるでしょう?」
「ご、ごめんなさい……。思ったより長引いちゃって」
「まあ、一旦始まっちゃえば途中で止めれなくなるのも分かるけどね。遅刻の件はちゃんと実行委に報告するのよ」
「は、はい……」

 おずおずとしながら少女は自分の席に着いた。そして、教師が教室から退出するとすぐに、教室中の少女たちが騒ぎ始める。半数は転校生の少女の周りに集まり、もう半数は遅れてきた女の子――、夕顔花菜(ゆうがおかな)の周りに集まっていた。松葉杖の少女が夕顔に話しかける。

「もう、花菜、遅いんだから。一緒にクラッカーしよって言ったのに!」
「ごめん! 本当にごめん!」

 花菜は両手を合わせて拝むようにオーバーに謝った。

「まぁ、いっけどさ。で、今朝は誰とやってたの?」
「1年D組の設楽蕾(したらつぼみ)ちゃん」
「えっ、あの子、いま1点しか持ってないよね?」

 包帯で左腕を吊っている女の子が驚いたように聞いた。

「うん……。そうなんだけどね。今朝、登校中にばったり合って……。花菜ちゃんともお祭りやってみたかったな、って言われたから、せっかくだし今からやる?ってなって。蕾ちゃん、1点しかないからって遠慮してたけど……」

 花菜は足裏の土汚れを手で叩きながら答える。汚れはちっとも落ちないようで、花菜は諦めて靴下に手を伸ばした。

「もう! 花菜は誰とでもすぐにお祭りしすぎだよ。もう高得点持ってる子は五人しかいないんだからさ。花菜もそろそろ相手を選んでからやった方がいいって」
「う、うん。分かってる。分かってるけど……」

 でも、お祭りはたくさんやった方が楽しいし――。と、彼女はたははと笑いながら答えた。

「……ホントに花菜はフリークなんだから」

 松葉杖の少女が呆れた調子で言う。横では左腕を吊っている少女が、

「あーぁ、私もまだ1点あったら、花菜とお祭りしたのになあ」

 そんなことを言った。汚れた素足に靴下を履き終えた花菜は、「また、来年やろうね」と屈託の無い笑顔で返してから、辺りを見回した。

「そういえば、転校生の子は、えっと……」

 すぐに周りの女の子が転校生の方を向いて、

「ほら、そこの子。――七草あざみちゃん」

 と、教えてあげる。そちらを見て、

「へえ、意外とちっちゃい子なんだね」

 花菜は素直な感想を漏らした。転校生――七草あざみの身長は140cmを少し超えた程度だろうか。華奢という程ではないが、肉付きもそれなりに見える。お祭りは体格だけでどうにかなるわけでは断じてないが、それでも彼女の小ささはネックに思われた。

「わざわざ転校までしてきたんだから、もっと体格のいい子かと思ってたけど……」
「どうなんだろうね? さっきの感じだと、あんまり強そうにも思えなかったけど」

 周りの少女たちはあざみの実力に思いを巡らせたが、そんな中、夕顔花菜は一人快活にこう答えていた。

「強くても弱くても関係ないかなー。私はお祭りがもっと楽しくなるならそれでいいし、あざみちゃんが私と同じお祭りフリークなら大歓迎だよ!」

二、

 その日の昼休み――。夕顔花菜と弓川双葉は、転校生の七草あざみを連れて百花繚乱祭実行委員会室を訪れていた。双葉が「校内案内してあげる」と言って、あざみを教室から連れ出したのだが、転校生の噂は既に学園中に広がっていた。女子生徒たちの好奇の視線に晒されながら、あざみは顔を真っ赤にしたまま俯き加減に歩いていたが、そんな折、保健室から戻ってきた夕顔花菜にばったり出会ったのだ。二人は改めて自己紹介を交わした後、せっかくだから校内案内の一環ということで、共に百花繚乱祭実行委員会室へと向かったのであった。

「失礼します」

 三人は委員会室へ入ると、花菜が手元の書類を差し出した。

「今朝のお祭りの報告書です」
「はい、チェックするからちょっと待って下さいね。もう相手の設楽さんからも報告書は届いてますから」

 花菜の差し出した書類を受け取ったのは、ロングヘアーの三年生の女子生徒だった。藤峰かずら――、百花繚乱祭実行委員会の委員長である。藤峰は設楽から受け取ったという書類と見比べながら、

「ええっと……夕顔さんが、拳の裂傷と軽い打撲……。設楽さんの方は肋骨三本骨折、頬骨と鼻骨も骨折、右足の膝の皿も割れちゃったみたいね。全治2ヶ月ってところかしら」

 ううーん、と唸った。途端に花菜が焦り顔で尋ねる。

「え。も、もしかして、やりすぎ……? ですか……」
「いえいえ」

 藤峰はすぐに首を振って否定した。

「このくらいではやりすぎには全然入りませんから、そこは問題ないですよ。いえね、圧勝だなあ、と思って」
「設楽さん、先週やったばかりで怪我が癒えてませんでしたし」
「……そうよね。それを考えれば順当な結果かしら」

 そう言いながら、委員長は手元の判子をポンと書類に押した。彼女の半袖のセーラーの袖から垣間見える二の腕に、ミミズ腫れのような痕がいくつも走っているのを見つけて、あざみは息を呑んだが、周りのクラスメイトたちは気付いていないのか、意に介さず話を続けている。

「じゃあ、今朝のお祭りは受理しておきますね。これで夕顔さんは32点ですね。おめでとうございます。あと遅刻の件は放課後にペナルティとしてトイレ掃除を命じます。詳しくは追って通達しますね。今回は初回ですし軽いものにしましたが、次からはもっと重いペナルティが発生するかもしれませんので注意して下さいね」
「は、はい……」

 ペナルティ……という言葉に花菜はびくりと身を震わせた。そんな様子には構わず委員長が続ける。

「それで、ええっと、そちらの方が転校生の――」

 彼女は花菜の後ろに立つ少女を見ていった。

「そうです。七草あざみちゃんです!」
「あ、あの、初めまして……」

 弓川双葉の紹介を受けて、あざみが慌てた素振りでぺこりとお辞儀をする。藤峰はにこにことしながら花菜に尋ねた。

「夕顔さん、七草さんにお祭りの説明はされていますか?」
「いえ、まだです。せっかくこちらに来たんですし、委員長から直々に、と思いまして」
「そうですね、良い機会ですし、私から説明させていただきますね」

 藤峰は机からコピー用紙を束ねて作られた手製のパンフレットを取り出し、それをあざみに渡した。表紙には可愛いポップ調のフォントで「百花繚乱祭」と書かれている。

「七草さん、転校して来たということは、大体のところは知ってるわけですよね?」
「は、はいっ」
「もちろん、お祭りに参加するつもりで来たんですよね?」
「はい!」

 あざみはドキドキとしながらも、その質問にははっきりと答えを返す。藤峰も満足そうに笑顔で返した。「転校してまで当校のお祭りを楽しみにきてくれたなんて……実行委員長としても本当に嬉しいです」と、微笑みながら言う。「私も嬉しいよ!」と横から花菜も口を挟んだ。

「では、確認程度に説明しますね。まず、お祭りの期間は4月の第2週から9月の末日までです。今日が9月3日ですから、あと27日ですね。あまり時間はないですけど精一杯楽しんで下さいね」
「は、はい」
「ルールですが、お祭りは必ず1対1で行います。事前に両者の合意がなければ決して行えません。逆に両者が合意すれば場所や時間などは自由に設定できます。ただし、学業に支障が出てはダメです。夕顔さんみたいに遅刻はダメ」
「す、すいません」

 夕顔花菜はバツが悪そうに頭を掻いた。乱れていたセミロングの髪も今はすっかりきれいにまとまっている。

「お祭りは1対1が原則ですが、必要ならアシスタントを一人同行させるのは構いません」
「あの……アシスタント?」

 おずおずとあざみが尋ねる。

「あら? あなたのいた高校にはアシスタント制はなかったのかしら?」
「は、はい……ごめんなさい」

 と、なぜかあざみは謝ってしまう。委員長はくすくすと笑った。

「アシスタントってのはね、簡単に言えばお祭りの場所や状況を整えるための雑務担当。あとは負けた時の処理責任者ね」
「まあ、状況を整える……っていっても、ほとんどやることないから、実際には負けた時に……、つまりぼろぼろになって動けなくなった時に、保健室に連れてってあげるのが主な役目かな」

 花菜が横から口を出した。

「今朝の蕾ちゃんも、お祭りの後で動けなくなっちゃって。蕾ちゃん、這いつくばりながら保健室を目指してたんだけど、ちょうど運良く彼女の友達が通りがかって、『私がアシスタントするから後は任せてね』って言ってくれたの。その子に蕾ちゃんは保健室に連れてってもらって、えっと、彼女からの報告書を持ってきたのも……」
「そうね。アシスタントの子が持ってきてくれたわ」

 と、藤峰は手元の書類をぴらぴらと振った。設楽蕾の怪我の様子がまとめられた書類である。

「別に、アシスタントがいなくても、実行委に電話すれば委員が回収に来てくれるし、周りの子が連絡してくれる時もあるから、絶対に必要ってわけじゃないんだけどね。ちなみに、私のアシスタントは双葉ちゃんだよ」

 そう言って双葉と花菜は「いえーい!」と仲良くハイタッチした。

「逆に私がお祭りに参加してた時は、花菜ちゃんにアシスタントしてもらってたんだけどね」

 と双葉が付け足す。委員長がにっこり笑って話を続けた。

「次に、これ大事ね。武器の使用は絶対に禁止。両者の同意があってもダメだからね。推奨は素手素足だけど、グローブの類を手に着けるのはオッケー。靴も履いていいけど、スニーカーとかシューズとかね。ピンヒールみたいな先の尖ったものとか安全靴みたいな硬いのはダメ」
「私はお祭りの時はいつも素手と裸足でやってるけどね」

 と、花菜がまた横から口を挟む。朝のホームルームの時、花菜の足元が裸足で土汚れが付いてたのはそういうことだったのかと、あざみは一人で納得していた。

「それと、目潰しはなし。あと、服装は自由だけどプロテクターとかは着けちゃダメ。逆に真っ裸とかももちろんダメですよ。女子高生らしく節度を持って、ね。……他は特に制約はなし。どちらかのギブアップか気絶でお祭りは終了。決着が付いたら、二人とも一日以内に保健室に行って診察を受けて、怪我の状況と勝敗をまとめた報告書を作って、私のところに持って来て下さい。私がチェックして問題がないようなら結果を処理します」

 あざみは頷きながら聞いている。この辺は彼女が元いた学校の制度と全く同じだった。

「それからこれもたぶん同じだと思うけど、うちのお祭りは点数制になっています。最初はみんな1点からスタート。相手の女の子に勝ったら相手のポイントがもらえます。1点の子に勝ったら1点増えて2点になるし、10点の子に勝ったら10点増えて11点になります。9月末日の時点で一番点数の多い参加者が優勝で生徒会長になります。……ま、うちの生徒会長って本当にただの名誉職だから、行事ごとの簡単な挨拶くらいしかすることないんだけどね。むしろ、生徒会長は勉強も平均点以上を取ることが義務付けられるから大変かも。メリットと言えば、生徒会長同士のお祭りに参加できるってことくらいかな」

 生徒会長同士のお祭り――、その言葉を聞いてあざみは息を呑み込んだ。そう、彼女はまさにそのために、ここ華屋女子高へと転校してきたのだから……。

「それと、お祭りで一度敗れた参加者も、もう一度だけ復帰することができます。ただし、持ち点は1点からの再スタートだから優勝争いに加わるのは難しくなるけどね。どうしても一緒にお祭りしたい子がいたら、復帰して頼み込んでみるのもアリだけれど」

 今朝、夕顔花菜が下した設楽蕾だが、彼女は先週までは7点を所持していた。しかし、先週のお祭りで、生徒会副会長の藍花鈴(あいばなすず)に敗れてその7点を失った。その後、復帰して1点だけ保持していたのだが、今朝、花菜とのお祭りに敗北したことでその1点も失った。彼女はもう今年のお祭りへの参加資格は失ってしまったのだが、たったの1点の彼女が、31点を保持する夕顔花菜に相手してもらえたのだから、設楽蕾はとてつもなく幸運だったと言っていい。

「両者の合意がなければお祭りはできません。だから、リードがあれば九月末日まで逃げ切ろうと思えば簡単に逃げ切れます。でも、生徒会長を目指すのであれば貪欲にお祭りに参加して楽しんで欲しいですね。1点とか2点とかの子はともかく10点以上持っている子は全て平らげてから優勝するのが理想です。あんまり露骨に逃げ回ると、生徒会長になってもすぐにリコールされちゃいますからね。現にここ10年の歴代生徒会長は、必ず主だった相手全員とお祭りを楽しんでから優勝しています」

 百花繚乱祭実行委員長、藤峰かずらの説明はこれで終わった。三人は委員会室を辞してから、教室へ向かって歩き出したが、七草あざみは何かを必死に考えこんでいる様子である。夕顔花菜はそんな彼女に向かって快活に言った。

「ねえ、何か考えてる? もしかして、アシスタントのこと? それなら気にしなくて大丈夫だよ!」
「えっ」

 と、あざみが驚いてるうちに、花菜は、

「それなら私がしてあげるからさ! 私が動けない時は、双葉ちゃん、お願いできるかな?」
「んー? 私は全然構わないけどー」

 弓川双葉は宙を見つめてしばらく考えた末に、

「え、でもー。もし、あざみちゃんと花菜ちゃんが一緒にお祭りすることになったら、私はどうすればいいのかなー?」

 と、素朴な疑問を口にする。

「その時は…………そうだね、じゃあ、転校生にサービス、ってことで! その時はあざみちゃんの味方をしてあげればいいよ!」
「うん、分かったー」

 花菜は太っ腹に答えて、双葉もにっこりと笑った。しかし、あざみはばたばたと手を振る。

「あ、あの……。アシスタントの件は、本当に嬉しいんだけど……」
「ん? ありゃ、違ったかな……」
「あの、その……あたし」
「ふむー?」
「……あたし、転校してきたのはいいけど、ちゃんとお祭りに参加できるのかな、って……それが不安で……」
「ははあ……」

 双葉は納得したように、うん、うんと頷いた。

「確かに、いま、あざみちゃん1点しか持ってないもんね。いま優勝争いをしてる参加者は花菜ちゃん含めて5人なんだけど、1点しか持ってないあざみちゃんとお祭りしてくれるかどうかは怪しいよね。さっきの藤峰先輩の言葉通りなら1点しか持ってない人はスルーしちゃっても構わないみたいだし……」

 その言葉にあざみは、やっぱり……というように顔を曇らせたが、

「そんなの、ぜんっぜん大丈夫だよ!」

 しかし、夕顔花菜は、彼女の不安をはっきりと否定して言った。

「私なら、いつでもあざみちゃんとお祭りするからさ。あざみちゃんが1点でも2点でも全然関係ないから!」

 と、爽やかに言い切ったのである。これには、あざみの方が戸惑ってしまって、

「えっ……。で、でも、いいの?」
「うん! 私はねー、もちろん優勝できるならしたいけど、それよりもね、お祭りが大好きなの! だからね、あざみちゃんと楽しくお祭りできるなら、別に点数とかはいいよ~。それに、わざわざ転校までしてきたのに、お祭りに参加できないなんて絶対イヤでしょ?」

 あざみは素直に「うん――」と頷いた。

「花菜ちゃんはねー、本当にお祭りフリークだから、お祭りしたいって子がいたら、何も考えずにすぐお祭りしちゃうんだよー」

 双葉も笑って茶々を入れる。

「まあね」

 と、花菜も笑ってそれを認めてから、

「そうだ! あざみちゃん、もし良かったら、今日の放課後にでも早速私とお祭りしようよ!」

 明るく言った。「あ、でも転校初日だし、疲れてたりしたらまたの日でもいいけどね」と付け加えながら。しかし、それを聞いた時、あざみが――なんと、ぽろぽろと泣き出したので、双葉も花菜も二人して慌ててしまう。

「ど、どうしたの、あざみちゃん!」
「ご、ご、ごめん。わ、私、何か気に障るようなこと言ったかな……?」

 けれど、あざみはぶるんぶるんと首を振ると、

「ううん、あたし……あたし、嬉しくって……」

 また、ぽろぽろと泣きながら言った。

「転校してきたばかりのあたしに親切にしてくれて……。本当は転校する前からずっと不安だったの……。どうすればお祭りに参加できるんだろう、って。でも、二人が……。だから、あの……、その……。ありがと……」
「ええいっ、もぉう!」

 そんなあざみの姿を見ていると、花菜はたまらなくなって、力任せにぎゅうッと抱きしめた。

「なんだよー、もう心配しちゃったじゃない。そんなことなら全然気にしなくていいんだからね。私たち友達でしょ」

 花菜も少し瞳に涙を浮かべている。お祭りフリークである彼女は、お祭りを楽しむ機会が増えることが単純に嬉しかったし、だから、あざみの点数が1点でも構わないというのも偽らざる気持ちだった。それが、そんなにも相手に感謝してもらえたことに、彼女も胸に来るものがあったようだ。あざみちゃんとお祭りしたい!と花菜は強く思った。

「ねえ、じゃあやっぱり、早速今日の放課後にやろうよ! 私、今からもう楽しみになってきちゃった!」

 そう言って夕顔花菜ははしゃいでいる。だが、七草あざみは少し躊躇してから、ややあって口を開き、本当に申し訳なさそうに「ごめんなさい……」と漏らした。

「ご、ごめんなさい。でも、今日はダメなの。あたし、絶対に優勝したくって……。だから、もっと、花菜ちゃんのこと、よく知りたいの。もっと学校の事もよく分かってから、確実に花菜ちゃんに勝てるっていう確信を得てから一緒にお祭りしたいの。……ごめんね、あたしも絶対がんばるから。そんなに長くは待たせないから、だから、ちょっとだけ待って……ごめんね……」

 花菜は一瞬、残念そうな顔を見せたが、すぐに笑顔を取り戻して、

「うん、全然だいじょぶだよ!」

 快活に言った。

「でも、ほんとに急いでね。あと一月もせずにお祭りは終わっちゃうし、この後、私も他の参加者の人達とお祭りすることになるだろうから。私がもし負けちゃったらあざみちゃんはお祭りできなくなっちゃうからね」

 これもまた、彼女の偽らざる気持ちだった。

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