百花繚乱祭(4)

<あらすじ>

明るくて元気な女子高生たちが大好きなお祭りを心ゆくまで楽しんで、みんなで一緒にズタボロになる、爽やか青春リョナ物語。

 ーー鉄板敷のプレハブ小屋に夕顔花菜を閉じ込め、下から火を熾して彼女の足裏を大火傷させお祭りに勝利した七草あざみ。その作戦を高く評価した生徒会長、百合川紗奈は副会長であり親友である藍花鈴にプレハブ小屋での人体実験を要請する。鈴はこれを喜んで受け入れ、裸足でプレハブ小屋に入ると答えたが、命じた紗奈には僅かな葛藤があり……。


4、藍花鈴


一、

 翌日、日曜の早朝、藍花鈴は百合川紗奈の部屋を辞した。まだ幾分、全身を襲う不快感は残っていたが、深い眠りのおかげか、ほとんど気にしないで済む程度にそれは軽減されていた。部屋を出る時に、紗奈が言った。

「鈴、今日の夜、わたくしから鈴のお部屋に行きますね。明日のお祭りの件、今日一日かけてゆっくりと考えて、夜にお返事を聞かせて下さい。どういうお返事でも構いませんから、しっかり考えてから答えを出すのですよ」
「はい、紗奈お嬢様」

 鈴は微笑んで答えた。鈴は紗奈に言われたとおり、今日一日、明日のことをしっかりと考えて過ごすつもりであったが、それでも答えはもう決まっていた。そして、今日の一日は鈴にとって、思いがけず楽しく幸せな一日となったのである。

 彼女は食堂で軽い朝食を摂った後、自室に帰って、ネグリジェ姿のままベッドに座り明日のお祭りに思いを馳せた。ベッドの上であぐらをかいて、自分の足の裏をまじまじと見つめてみる。小さくて可愛い、白い足の裏がそこにあった。傷一つ付いていない。過去にはぼろぼろになったこともあった。中学二年生の時、紗奈と一緒に空手の修行を受けに行った時、指導教官から入門の試練として、砂利道を裸足で10km走ることを命じられたのだ。二人の少女は足裏の皮をべろべろに剥がされ涙をぼろぼろ流しながらも、その試練をクリアーした。だが、その時のことはもう大昔の話で、今目の前にあるのは柔らかくて傷一つない鈴の足の裏だった。

「この足の裏とも……明日でお別れ……」

 鈴は一人で呟いた。明日、自分は紗奈の「お願い」を聞き入れて、焼けた鉄板の上で裸足で踊ることになるのだ。白い足裏は醜く焼け爛れ、火傷の痛みに一ヶ月は悶え苦しみ、ぐちゃぐちゃの傷痕を一生後に残すことになるだろう。紗奈の「お願い」は鈴にとって死刑だった。彼女はまさに翌日に死刑を迎える死刑囚の如き心情でいたし、鈴の心はそれゆえに激しく高鳴っていた。

 この日の鈴の心の中に沸き返っていた感情は、もちろん第一には恐怖である。明日、紗奈の「お願い」で自分の足の裏はムチャクチャにされてしまうのだ。当然、怖くて仕方なかった。恐怖のあまり今にも吐きそうだった。目の前に用意された地獄から逃げ出したかった。助かりたかった。紗奈に「やっぱりできません」と言いたかった。

 白い足の裏を見つめながら、鈴は明日の自分の姿を頭の中に描いてみる。お祭りが始まり、紗奈と向かい合って戦う自分。しばらくは足の痛みに耐えて健気に戦う自分。足裏が焼け爛れ、耐え切れなくなって、鉄板の上で醜く踊り狂う自分。そんな自分を解放しようとせず、延々と踊り続ける自分を観察し続ける紗奈。足裏がぐちゃぐちゃに爛れ、悲鳴を上げて滅茶苦茶に苦しんでも、決して解放されずに苦しみ続ける自分。保健室に運ばれ、ベッドに拘束された姿で、激痛のあまり絶叫を上げ続ける自分……。傷が治ってもこの白い足の裏は永久に失われてしまう……。

 鈴は、七草あざみとのお祭り直後の、夕顔花菜の病室を訪れた際のことを思い出していた。お祭りが大好きで、お祭りのためならどんな犠牲を払うことも厭わず、大小様々な怪我を負いながらも、いつも明るく楽しそうにお祭りをしていた花菜が、ベッドの上で死にそうな顔をして悪夢にうなされ悲鳴を漏らし続けていた。あの惨めで憐れで痛ましい姿を思い出して、明日は自分がああなるのだと思うと、鈴の鼓動はどんどんと速くなっていく。自分が受けることになるであろう激痛を想像し、実際はそれ以上の苦しみが自分を襲うのだと覚悟する。自分の足裏がぐちゃぐちゃに変貌して醜いケロイドに覆われる姿を想像してみる。すると、鈴はどうしても微笑んでしまう。やっぱり、彼女は嬉しくて仕方がなかったのだ。

 今回の紗奈の「お願い」は、鈴にとっては本当に素敵なものだった。まずもって、「人体実験」の意味が分からない。自分を倒した後は、紗奈の相手は七草あざみだけになるわけだが、あざみにしても、まさかプレハブ小屋で裸足で戦うわけがないだろう。だから、藍花鈴の体で人体実験をしても、それが紗奈の勝利に繋がる気がしない。藍花鈴が今から支払おうとしている犠牲は、まったくもって無駄な犠牲なのではないか?

 けれど、それが鈴には心地良かったのである。彼女の望みは自分の忠誠心を紗奈に伝えることだった。もしも、紗奈に七草あざみに対する必勝法があり、そのために誰かが足の裏をぐちゃぐちゃに焼け爛れさせなければならない、といった状況ならどうだろうか。いかんせん同級生や後輩からも慕われている紗奈のことである。自分が犠牲になりますと手を挙げる女子生徒が数人は現れるだろう。

 だが、今回、鈴は理由も必然性もよく分からない人体実験のために犠牲となるのだ。紗奈にそれをお願いされたから、彼女は喜んで引き受けたのだ。そんなことができるのは、この学園でも自分一人しかいないと鈴は思っている。もっと言えば、「暇だから」とかそんな理由で同じ犠牲を要求してくれればもっと嬉しかった。もしそんなことを言われれば、大好きな紗奈お嬢様の一時の暇潰しのために、地獄を味わい一生後に残る傷を負えることを鈴は随喜の涙を流して喜んだことだろう。

 宿題をしてみたり、窓辺で本を読んだりもしてみるが、明日のお祭りのことばかりが頭に溢れてまったく集中できない。明日の自分は激痛の中で泣き叫び、足の裏は醜く焼け爛れるのだと思うと、ドキドキしてたまらない気持ちになってしまう。沸き返る恐怖で胸がズキズキと痛むが、それも嬉しくて仕方ない。今の恐怖も明日の苦痛も取り返しのつかない大火傷も、全て大好きな紗奈から与えてもらえるのだ。紗奈もきっと自分の痛ましい姿を喜んでくれるに違いない。

 鈴は本を閉じ、ベッドに横たわり、再び明日の自分の姿を想像する。激痛に苦しむ自分の姿は既に何十回もシミュレートして、そのたびに鈴は幸せな気持ちになっていた。けれど、鈴はもう少しだけ想像を進めてみる。紗奈があくまで解放せず、死ぬまで鉄板の上で焼かれる自分の姿を。そんなことは万に一つもないだろうけど、鈴にとってはそれも幸せな想像だった。今まで自分が苦心惨憺して積み上げてきた学力、体力、技術などが、紗奈の一時の気まぐれによって全て奪われるのだと思うと、鈴は嬉しくてたまらない。

 これまでも常に鈴は死を覚悟していた。紗奈と一緒に屋上に上がる。紗奈が「飛んで」と言えば鈴は飛ぶつもりだった。紗奈と一緒に焼却炉にゴミを運ぶ。紗奈が「中に入って」と言えば、鈴は焼却炉で死ぬまで焼かれるつもりだった。紗奈の気まぐれ一つで、自分の命が蚊やハエのように簡単に失われることを思うと、鈴はいつも幸せだった。

 日曜の一日を鈴は楽しい気持ちでずっと過ごした。紗奈のために自分を犠牲にできることを思うと嬉しくて仕方なかった。「明日のお祭りのことをよく考えるように」と言われて紗奈から与えられた一日が、思いがけず、とっても楽しいものとなっていた。「紗奈お嬢様はここまで考えて、鈴に一日を与えてくれたのかな……」と、彼女は考えて、また幸せな気持ちになる。そうして、ベッドの中で彼女がうつらうつらとしていると、不意にドアがノックされた。

「お嬢様……!」

 慌てて鈴がベッドの上に半身を起こした。

「鈴、入ってもいいですか」
「は、はい! もちろんです、お嬢様」

 鈴が慌てて返事をして、ややあって、紗奈が扉を開けた。

「そのままでいいですわよ。鈴……」

 と、百合川紗奈はいつもの優しい微笑みを湛えながら、鈴のベッドへと近付き腰を下ろすと、緩やかに導いて、暖かい太ももで鈴を膝枕した。そのまま、鈴の頭をゆっくりと撫でながら、

「鈴、明日のお祭りの件ですけど……」

 と切り出す。

「もう一度確認しますわ。明日のお祭りは、人体実験です。鈴は、確実に惨いことになります。この人体実験はわたくしのお願い……ワガママですから、鈴が無理に受ける必要はまったくありません。嫌でしたら、正直に嫌と言って下さって全く構わないの……」
「はい、お嬢様」
「では、お尋ねします。明日のわたくしとのお祭り、受けて下さいますか?」
「喜んでお受けいたします。紗奈お嬢様」
「……もう一度確認しますわ。明日のお祭りで鈴の足裏は無茶苦茶に焼け爛れ、一生残る醜い傷を負います。もちろん鈴は悲惨なまでの苦痛に喘ぎ苦しむことになります。それでも、わたくしとのお祭り、受けて下さいますか?」
「もちろんお受けいたします。紗奈お嬢様」
「……鈴」
「はい」
「最後に、最後にもう一度だけ確認します。よく考えてから答えて下さいね。私の明日の目的は人体実験です。……けれど、実験をしているうちに、もしかすると、楽しくなってしまって、実験の枠を超えて、単に好奇心や興味から鈴をぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれません。鈴がいま想像しているよりも、遥かに酷いことになるかもしれないのです。それでも、お祭りを受けて下さいますか?」
「喜んでお受けいたします、お嬢様。人体実験でなくとも、好奇心や興味でも、紗奈お嬢様が鈴で一時楽しんで頂けるなら……」

 そこで、鈴は紗奈の太ももの上でにっこりと微笑んでから、

「鈴は、とっても幸せです」

 そう言い切ったのだった。

「そう……」

 一方の紗奈は、諦めたような、嬉しいような、複雑な表情を見せていた。

「鈴、あなたの覚悟は受け取りました。もう後戻りはできませんわ……。あなたは明日、惨い地獄へと落ちます。もう逃げられません。わたくしは鈴にとんでもない無茶苦茶をするでしょう。けれど、あなたは全てを味わうしかないのです。たっぷりと苦しんで、思う存分、泣き喚いて下さいね」
「はい、お嬢様」

 紗奈の太ももの上で、鈴はなおも瞳をキラキラと輝かせている。そんな鈴の頭を優しく撫でながら、紗奈もこの子のことが愛おしくてたまらない。紗奈は鈴の儚さが大好きだった。自分がほんの一言口を滑らせたら、この愛しい親友が次の瞬間には死んでしまうことを彼女は理解していた。だから、冗談でも言ってはいけなかった。けれど、言ってみたかった。その儚さこそが藍花鈴のたまらない愛おしさなのだから。

 鈴が自分のお願いを決して断らないことを紗奈は理解していた。それゆえに、逆に彼女はこれまで本当に酷い「お願い」はできなかった。けれど、七草あざみと夕顔花菜のお祭りの結果を知った瞬間、紗奈はムクムクと起き上がる欲望をこらえきれなかった。儚く愛しい藍花鈴を、焼けた鉄板の上に裸足で立たせたい!という欲望を……。鈴はきっと自分のお願いを喜んで受け入れて、焼けた鉄板の上で儚く散ってくれるだろう。そんな彼女を見て、自分はますます鈴のことを愛おしく思うに違いない。愛おしさのあまり、彼女を無茶苦茶にしてしまうだろう。

 それが分かっていたから、紗奈は何度も鈴に意思確認をした。それが無駄な念押しだと分かっていながらも……。そして、意思確認はもちろん無駄に終わった。こうなってしまうと、もう、紗奈にも自分自身を止める自信はなかった。鈴は地獄行きの契約書にはっきりと自筆でサインを書き込んだのだ。これで彼女の体を気遣う必要性は一切なくなってしまった……。

「鈴……鈴……」

 百合川紗奈は太ももの上で微笑む少女を何度も何度も優しく撫でた。しばらくそうしているうちに、やがて鈴は静かな寝息を立て始めた。紗奈はゆっくりと鈴の頭を枕に下ろすと、タオルケットを彼女に掛けて、それから、形の良い、白くて小さな鈴の足の裏をしばらくじっと見つめていた。この可愛い足の裏が、自分のせいで明日醜く焼け爛れるのだと、紗奈は改めて思った。

「おやすみ、鈴……。明日のお祭り、楽しみましょうね」

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