タランボ 2022/08/25 11:35

フォロワー1500人記念短編小説『ねじ巻き少女』 

『ねじ巻き少女』 タランボ

ある8月の暑い日、俺は外回りの営業で歩いていた。
用事を一件終わらせ、喫茶店でも入ろうかと思っていたその時、
ふと目の片隅にセーラー服姿の女子校生の姿が横切った。

こんな時間になにやってるんだろうと気になった俺は、その女子校生の
挙動をじっと眺めていた。
女の子は「ふんふん、なるほど」と独りごちながらビルの壁面を撫でて
いたが、おもむろに胸元からネックレスの鎖をたぐって、手の平より
ちょっと小さめな金属板を取り出し、壁面に空いた穴に合わせると
(そんな所に穴なんか空いているのが疑問なのだが)くりりくりりと
回し始めた。

その様子は子供の頃にじいちゃん家で柱時計の文字盤に開いていた穴で
やっていた動作と同じものだった。
「こうやって、ゼンマイを巻くんじゃ」そんな風に言いながら、
じいちゃんがくりりくりりと回していた様子を思い出す。
そんな回想をしているうちに、回し終わったのか、女の子は「よしっ」と
満足そうに頷き、穴から金属板を抜きとり、また鎖を頭にくぐらせ、
ぽとんと胸元に収めた。
そして、横断歩道を渡ってとことこと歩いていく。

俺は気になって、女の子がいた場所に歩いていって、ビルの壁面を
確認してみたけど、そこはつるんとした壁面のタイルがあるばかりで、
穴などどこにも開いていなかった。
しかし、さっき女の子がやってた時にはたしかに穴が開いていたはず。

俺は喫茶店どころではなく、女の子の後を追ってみる事にした。
見失ったかと思ったが、女の子は角を曲がった先の橋の欄干の所で座り込んでいた。
そしてさきほどと同じように、丸が二つくっついた金属板を欄干にあてて
くりりくりりと回している。
欄干のその場所には、たしかに穴が空いていた。
何も無い所にただ当てて回しているという事はなかった。

そして女の子が立ち去ってから、その欄干の場所に行ってみたが、その時には
穴など開いていなかった。
あー、暑さで頭がやられてしまったのかもしれない…

女の子が街を歩きながら、そんな動作を繰り返すのを見て、俺は思い切って
声をかけてみることにした。

……

「ふぁー美味しいぃぃ」
喫茶店の向かい側に座った女子校生は、注文したレモンスカッシュを
ちゅるるーっと半分ほど一気にストローで吸った後、ほうっと息を吐いた。

どうやら、女の子は街のあちこちにあるゼンマイが弛んでいるのを
見つけたら、それを巻き直しているということだった。
動物も植物も、この世にあるありとあらゆるモノにはゼンマイがついていて、
それが弛みきった時が壊れる時なんだそうだ。
なんとも突拍子もない話だ。

「それじゃぁ、俺にもゼンマイついてる訳?」
「あるよ」
オレのそんな問いに、女の子は事もなげに言ってきた。
あまりに普通に返されたんで、質問した俺の方が面食らってしまう。
「どこに穴があるの?」
「んー貴方は、ここ」
そう言って女の子は、俺の左胸の下を指さした。
「こんな所に穴なんてないけど?」
「あるじゃない。ここだよ」
そう言って、女の子がワイシャツごしに俺の胸の下を触る。
そうすると……不思議なことに穴が空いている感触があった。
「本当だ。穴がある……」

俺と女の子は喫茶店を出て、ビルの影に入った。
さすがに喫茶店の中でワイシャツをはだけて、ネジを巻いてもらう事は憚られた。
なんだかいけない事をしているような気がして、ドキドキしながら
俺はワイシャツをはだける。
そして女の子が胸元から出した丸い金属板を俺の胸の下にある穴に差し込み、
くりりくりりと回しはじめた。

一回転するごとに、熱い血潮が体内を駆け巡る気がする。
「いきなり巻きすぎるといけないから、こんなものね」
何回転かの後、女の子は金属板を抜きとった。
俺は何ともいえぬ恍惚感に包まれていた。
「はぁぁ、なんだか気持ちがしゃきっとしてきたよ」
「それは良かった」
女の子がにっこりと微笑んで、胸元にまた金属板を仕舞う。
その時にチラッと見えた白い胸元に俺はドキッとしてしまっていた。
年甲斐も無く、何をやってるんだか…。

「ありがとう」
「ジュースおごってもらったからね」

……

その女の子は概念。
「へぇ、私、女子校生に見えるんだ」
俺からは女子校生に見えたが、他の人が見た時には別な存在に見えるらしい。

居ると思えば居るし、居ないと思うと居ない。
街のあちこちにあるゼンマイのネジを巻く存在。
でもその存在自体もネジを巻いてもらわなくてはならないらしい。
ネジを巻いてくれる人に気づいてもらう 今回は俺だった。
今回は”ジュースをおごってもらう”という事でその女の子のゼンマイが
巻かれたらしい。
人によって別な行為(例えばいっしょにゲームをする事だったり、
性的な行為だったり)が女の子のネジを巻くということにもなるという事だ。
概念と性行為…そんな勇者いるのか?と深く考えそうになってしまう…
いや、でも…目の前に立っているこの子とだったら…

「私の名前? 螺子」
「あの時は東京中を回って、がんばったんだよ」
「貴方達が第二次世界大戦って言ってた東京の大空襲の後」
(戦後の復興って事なんだろうか?)
「…ずいぶん、おば」「おばさんって言うな!」

……

外回りで汗をかきながら歩く俺は、また街のどこかでゼンマイのネジを
巻いている螺子に出会わないかと、路地裏に目をやってしまう。
「俺のゼンマイがまた緩んでいるぞー。そろそろ巻き時なんじゃないか?」
なんて独りごちながら…。


2013年8月22日 に書いていたらしい(タイムスタンプより)
2022年8月25日 若干の修正の後、公開

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