市街地 2024/08/11 19:41

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第1話(前編)昼の駆け引き、夜の密事〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]←ここ
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)


第1話(前編)〜昼の駆け引き、夜の密事〜




地下組織との繋がりがバレた。
一時はどうなることかと戦々恐々としていたものの、リゼたちの関係性に表立った変化はない。ギルバートと、彼の相棒であるカノンの態度は、あの夜以降も拍子抜けするほどいつもどおりだった。
そして当然ながら、変化がないのはリゼの正体を何も知らないティエナも同様で——。


街道を逸れて入り込んだ森の中。一帯に樹木の生えていない開けた場所からは空がよく見えた。
雲ひとつない青空、太陽の横に黒い小さな点がひとつ。それは数秒もしないうちに大きくなり、巨大な生き物の輪郭を地上から見上げる者たちに見せつけた。
天高くからドラゴンが大きな翼を広げ、凄まじいスピードでティエナめがけて滑空する。

「…………っ!」

魔物の標的となったティエナは魔法を発動させて無数の光の矢を放つ。——が、攻撃はかわされ、ティエナの横すれすれを飛行したドラゴンは再び空へと戻った。
過ぎ去りざま、地上に強風が吹き荒れる。

「攻撃するのが早すぎたね。もっとこらえて、至近距離まで引きつけないと——、大型の飛行能力を持つ魔物が空に逃げたら、どうするんだった?」

ティエナの後ろに立つカノンが口を挟んだ。彼の確認するような問いかけに、ティエナはみるみる距離が遠ざかるドラゴンを目で追いながら、頭上に手を伸ばし手のひらを上空に向けた。

「——基本は背中を向けて敵の目が切れているうちに追撃。わたしの攻撃が届く範囲で旋回してくるなら、そこを狙う」

数日前に移動中に教わったことだ。
物覚えのいい生徒を前に、カノンは満足そうにうなずく。

「そのとおり。あの興奮具合だとまたすぐに狙ってくるよ。頭の動きに注意して、翼の羽ばたきが変わるタイミングを見極めるんだ」

「はいっ」

早口でのやり取りの直後、ドラゴンの鼻先が右を向いた。
獲物が逃げていないことを確認し、首を傾けたドラゴンは翼をひときわ大きく羽ばたかせ、頭から胴、胴から尾へと順番に、くるりと巨体をひるがえす。その一瞬を、ティエナは見逃さなかった。

地上からは豆粒ほどしか見えない、飛行能力を持った獰猛なモンスターを光線が射抜く。ティエナの手から放たれた魔法は一直線にエレパス・ドラゴンの巨体を貫いた。


距離が遠くなるほど、攻撃を当てる難易度は上がる。空に逃げたことで敵が油断していたのもあるだろうが、あの小さな的に正確に照準を合わせるとは末恐ろしい。しかも、裸眼で。

野生のエレパス・ドラゴンは人間が騎乗するために飼い慣らした飼育種よりもはるかに大きく、気性が荒い。体内に保有する魔力を全身の防御に全振りしているため、硬い鱗には物理的な攻撃がきかない。
監督の助言つきとはいえ、ティエナはそんなバケモノをたったひとりで撃ち取ってみせたのだ。


エレパス・ドラゴンが地上へ落下する。木々の枝葉をバキバキと折り、最後は鈍い音を立てて地面に衝突したようだ。
ティエナとカノンが落下地点へと走る。

戦いを安全な位置で見守っていたリゼに、ギルバートが冷たい一瞥をくれた。視線の意図を正確に汲み取り、リゼはギルバートに続いて足を進めた。

「……フィーネの民にとっては、エレパス・ドラゴンも戦闘訓練の教材程度の認識なのですね」

感心半分、嫌味半分。街道の上空を飛んでいるドラゴンを見つけ、せっかくだから狩りに行こうかなんてノープランな討伐、魔法に秀でたフィーネの民でなければまず不可能だ。
しかも先陣を切って怪物に挑んだのは、魔物との戦い方を彼らに教わってからまだ日の浅いティエナときた。

——こりゃあわたしを泳がせておくのも納得だわ。

このパーティーの中での最弱は間違いなくリゼだ。その気になればティエナでもリゼを瞬殺できるだろう。
フィーネの民の三人とリゼには、魔力量と魔法技術に圧倒的な差がある。
だからたとえリゼに不審な点を見つけても、彼らにとってリゼは脅威にならない。

——わたしに限った話じゃない。真っ向からの衝突だったら、ヘル・シュランゲだって、フィーネの民の前には無力も同然だ。

ただしそこは歴史のある地下組織。正面からの対立なんてあの者たちが選ばないことを、ちゃんとわかっているつもりだ。

「ギルバート様やカノン様でしたら、最初の一撃で仕留められたのでしょうね。……そうなると、フィーネの民にとっては大型魔物の討伐も小遣い稼ぎ程度の認識というのが正しい認識でしょうか」

そしてわたしを泳がせておくのも、いざとなればそこら辺の魔物よりも簡単に狩ることができるからか。

どうせ無視されると決め込んで、前を行く背中に向けて好き勝手呟く……が、リゼの予想に反してギルバートがチラリと振り返った。

「そんなわけあるか」

「…………は?」

まさか反応があるとは思わず、思わず口から気の抜けた声が漏れ出た。

「エレパス・ドラゴンの討伐ともなれば俺たちからしても大仕事だ。あれを単独で倒せる者など、フィーネの民でもそういない」

「それは、ティエナ様の魔法の技量が抜きん出ていると?」

「そういうことだ」

ギルバートは淡々と認める。

「お前がティエナに魔法の基礎を教えていたのも大きいのだろうな」

「ティエナ様の才能あってのことですよ」

ギルバートの賞賛とするには感情のこもらない言葉に、リゼは謙遜とするには謙虚さに欠けた単調な口調で返す。そこに互いへの警戒心やギスギスした空気はなかった。

正体がバレる以前よりも今のほうが会話が弾んでいることを皮肉に感じつつ、自分が追いつけるようにと心なしゆっくりめに歩いてくれるギルバートの背中を眺める。口を閉ざして沈黙が流れても、気まずくはならない。

昼間のふたりは終始こんな調子だった。
両者ともティエナに黒い部分を見せたくない点は同じなので、自然と日中は休戦が暗黙の了解となっている。
ギルバートはティエナのいるところでリゼを追及してこない。おかしなことだが、たとえ不仲であっても、怪しまれていようとも、その一点だけは信頼していた。

むしろリゼにとって旅の道中で警戒しなければならないのは、ギルバートの相棒——カノンのほうだ。
あの物腰穏やかでのほほんとした、薄幸な美青年といった風貌の年齢不詳の男だが、その実中身が腹黒い。最近のカノンはリゼに本性を隠さず、ティエナの前でも堂々と探りを入れてくるのだ。


リゼが落下地点へ到着したとき、エレパス・ドラゴンはすでに絶命していた。

「さすがは姫さま、覚えが早い。これを一人で討伐できたとなると、冒険者としても一流だよ」

カノンはティエナのことを「姫さま」と呼んでいた。最初は恥ずかしがって名前で呼ぶようにお願いしていたティエナだったが、根負けして今ではその呼び方を受け入れている。
カノンの評価にティエナが弾かれたように顔を上げた。

「ほんと!?」

「本当だよ。野生のエレパス・ドラゴンの大型種となると、討伐に国の正規の魔法部隊が駆り出されたって不思議じゃない。あんまり自覚がないみたいだけど、姫さまはもう、そこら辺の国が抱える魔法使いよりもはるかに強いよ。ね、ギルもそう思うでしょ?」

カノンに話を振られたギルバートは、「ああ」と小さく首肯して、柔和な眼差しをティエナに向けた。

「この短期間で、たいしたものだ」

滅多に褒め言葉にティエナは嬉しそうにはにかむ。
つられてギルバートの口角がかすかに上がった。

ギルバートは普段から表情が滅多に変わらない、見た目も中身も冷徹な男であるが、ことティエナにだけは甘い一面があった。それが同族に対する情なのか、はたまた別の理由があるのかはリゼにはわからない。

「リゼっ!」

ギルバートの後ろにいたリゼへとティエナが駆け寄る。可憐な少女の背後に、リゼは尻尾がぶんぶんと勢いよく振れる幻覚を見た。

「お怪我はありませんか?」

問いかけに、自身の身体のあちこちを見回してからティエナは深くうなずく。

「平気よ、どこもなんともないわ。それよりちゃんと見ていてくれた? わたし、あんなに大きなドラゴンも倒せるようになったの」

きらきらと目を輝かせ、さらに一歩詰め寄られた。褒められるのをを待ってうずうずしている彼女に、リゼは笑顔で拍手を送った。

「ええ、お見事でした。さすがはティエナ様です」

「うふふっ、やった」

ティエナはことさら嬉しそうに破顔する。ご満悦な表情で、肩の高さまで持ち上げた両手に拳をつくって喜びを噛み締めていた。

——この子は可愛いんだけどなぁ……後ろが……。

主人の活躍にもっと盛大な賛辞を送りたいところだが、リゼは空気を読んで沈黙を選んだ。ティエナの後ろ、物言いたげな男二人が気になって仕方がなかったのだ。

ギルバートもカノンも、ティエナと同じフィーネの民で、彼らは一行が目指しているトロスラライの出身者でもある。彼らはティエナが同族の自分たちよりもリゼに懐いている現状を、内心快く思っていない。

しかしリゼにだけわかるように睨みをきかせて不満を表明するとか、そういった陰険さはなく(ある意味もっとタチの悪いことをされているわけだが)、男二人はさっさと気持ちを切り替えエレパス・ドラゴンの解体に取り掛かった。


サイディ王国で王太子の婚約者だったころのティエナが使えた魔法は「治癒」と「加護の付与」のふたつだけだった。
そこに王家をはじめとした権力者たちの目論見があったのは言うまでもないが、膨大な魔力を保有しているにもかかわらず、とにかくティエナの魔法に関する知識は非常に偏っていた。

そんなティエナに、リゼは魔法を基礎から教え込んだ。
城を抜け出してからというもの、火を起こしたり川の水を飲み水にしたりと、旅を続けるにあたって必要最低限の生活魔法を叩き込んだ日々が懐かしい。

ティエナはリゼの教える魔法をみるみる習得していった。そこにギルバートたちと出会ったことで、実戦に使える攻撃魔法までもを身につけたのだ。今となってはティエナの魔法能力はリゼを軽く上回っている。

はっきり言って純粋な戦闘能力だけで比較したら、パーティーで一番弱いのはリゼである。
そもそも四人中三人が幻の種族とされるフィーネの民で形成されたパーティーというのがおかしいのだ。

——それに……。

リゼはエレパス・ドラゴンの解体作業をおっかなびっくり見学するティエナを盗み見る。

旅をはじめてかれこれ三年。年が明けて、ティエナは十六歳になった。
少女から大人の女性へ。成長期に突入した彼女はすくすくと順調に育っている。顔つきからあどけなさが消え、いつの間にかリゼの背丈を超えていた。

城にいたときの幼ない儚げな少女はもういない。外の世界を知って心身ともにたくましく鍛えらえ、魔法技術だって普通の人間が一生かかっても到達できないレベルに到達している。

ティエナはもう一人前の、立派な大人だ。リゼが導かなくても、十分ひとりでやっていける——はずなのだが……。


エレパス・ドラゴンは背中側を硬くて分厚い皮膚に覆われ、腹から首元にかけての下側にはびっしりと鱗が隙間なく並ぶ。ボディは皮膚も鱗も大きな翼も暗い焦げ茶色をしているのだが、唯一喉元部分の鱗だけは、太陽の光に反射して不思議な色合いを見せていた。
虹色に光る見た目のとおり、虹鱗(こうりん)と呼ばれる特別な鱗である。通常ドラゴン種だと逆鱗が付いている位置にある、雄のエルパス・ドラゴン特有のものだ。

「ギル」

その虹鱗をナイフで削ぎ取ったカノンが、ギルバートに視線で問うた。言葉はなくても言わんとすることを理解したギルバートは無言でうなずき、自らの作業に戻る。

相棒の了承を得たカノンは立ち上がって振り返る。そして手にした虹色の鱗をティエナへと差し出した。

「はい、これは姫さまのぶんだよ」

「でも……それはあなたたちの報酬だから、わたしが受け取るわけにはいかないわ」

並の宝石よりも価値のある、希少で美しいドラゴンの鱗を前にして、ティエナは首を横に振った。

トロスラライに到着するまで、手に入れた素材はギルバートたち側のものになり、道案内兼護衛の報酬に補填される。代わりに道中の食事や宿の宿泊費は、リゼとティエナの分もギルバートたちが支払う。
トロスラライまでの道案内人として二人を雇った際、リゼがギルバートと交わした取り決めを、ティエナは忘れていない。

リゼからしたら当初の契約はティエナの素性をギルバートたちに明かした時点で形骸化したも同然だった。たとえリゼが報酬の支払いを拒否しても、彼らはティエナをトロスラライへ導くだろうから。

——「おまけ」のわたしはともかく、あの子はもっとギルバートたちに甘えればいいと思うのだけど……。

これがなかなかうまくいかない。
リゼの希望は叶わず、ティエナはいつまでも同族よりも同行者を優先する。

ギルバートとカノン、ティエナとリゼ。
グループとするにはいささか人数が少ないものの、ティエナは自分の属するグループがリゼのいる側だという認識を、絶対に、断固として変えようとしないのだ。
ティエナにとって彼らはあくまで、リゼの雇った道案内兼護衛にすぎない。

——タダより怖いものはない、他人の好意はまず疑えと、旅の初期段階から口を酸っぱくして教え込んだのがいけなかったか。

素直なのはいいことだが、もうちょっとこう、せっかく会えた同族と親密になってもいいのではと思わずにはいられない。
いや、ギルバートとカノンはあの手この手でティエナを懐柔しにかかっているし、ティエナと彼らの仲は日を追うごとに深まっている。ただしリゼに寄せる絶対的な信頼には遠く及ばない。

なぜこうなったのか。ティエナに慕われる理由を、実はリゼ自身もよくわかっていない。当事者までもが若干ドン引きするレベルで、ティエナのリゼに対する盲信は度を越していた。

「遠慮しないで。これは君が持てばいい」

一度断られたぐらいでカノンは諦めない。
爽やかにニコリと笑いかけ、根気強く虹鱗をティエナが受け取るのを彼は待つ。カノンは常時物腰穏やかで親しみやすい空気をまとっているが、見た目の雰囲気以上に頑固な性格をしている。

「初めてひとりで大型の魔物を討伐できたんだ。俺たちがいいって言ってるんだから、せっかくだし取っておきなって」

「カノンの言うとおりだ。あったとしても損はないだろ」

ギルバートの後押しもあり、渋っていたティエナも最後は「ありがとう」と言ってカノンから虹鱗を受け取った。
手のひら大の鱗をさまざまな角度から眺め、珍しそうに色の変化を観察するティエナに満足して、カノンはドラゴンの解体に戻る。

エレパス・ドラゴンから採取できる素材は虹鱗だけではない。武器に加工できる鋭い爪や牙、防具になる硬質な皮膚や鱗、そして薬の原料として血肉や骨にいたるまでが市場では高値で売買される。しかし巨体のすべては収納魔法でも収まりきらないので、ギルバートたちはどこを回収してどこを放棄するかを話し合いながら作業を進めていた。

「リゼ。はいこれ……」

ひとしきり虹鱗を見終えたティエナがくるりと振り返る。そして後ろで控えていたリゼに、さも当然のように虹鱗を渡そうとしてきた。

違うそうじゃない。苦笑したリゼはかすかに首をかしげてやんわりと受け取りを拒否した。

「そちらはティエナ様の勇姿の証です。わたしが持つべき物ではありませんよ」

カノンたちもそのつもりで贈ったはずだ。あちらの神経を逆撫でする行動は、可能な限り控えたい。
しかしリゼとギルバートたちの軋轢を知らないティエナは、簡単には引き下がってくれなかった。

「そうは言っても、稀少な資源はリゼが持っていたほうがいいでしょう。わたしだと騙されて人に盗られちゃうかもしれないもの」

「以前はともかく今のティエナ様でしたら、誰彼構わず他人の言葉を信じることはないでしょう。それにもしものときのためにも、換金できる素材はご自身でもお持ちになるべきです」

「お金が必要になった場合を考えるなら、なおさらリゼにお願いしないと。商人との交渉はわたしなんかよりリゼのほうがよっぽど……」

「何事も勉強ですよ。次の街に着いたら、エルバス・ドラゴンの虹鱗がどれぐらいの価格で取引されているのか、市場を回って調べてみましょう。あらかじめ知識を身につけておけば、悪徳商人に買い叩かれる心配もなくなります」

年上の威厳を発揮して笑顔でゴリ押す。ティエナにとって魔法を駆使した戦いの先生がカノンなら、リゼは生き方のすべてにおける先生だ。ティエナも生徒の自覚を少なからず持っているため、「勉強」の言葉に渋々引き下がってくれた。
それでも、魔法で亜空間の収納庫に虹鱗を格納するや否や、ぐいと顔を近づけて念押しされる。

「お金に困ったり、必要にかられたときは絶対言ってね。あと、もしわたしが商人と交渉することになった際は、リゼについてきてほしいわ。ひとりだと不安だもの」

「当然です。ご一緒させていただきます」

ここで断ったら振り出しに戻りかねない。何事にも譲歩は必要だ。
滅多なことがなければトロスラライに到着するまでに稀少素材を換金するような事態は発生しないだろうけど……それをわざわざ告げる必要はない。

どういうつもりだ——と、怪訝そうに見てくるギルバートは完膚なきまでに無視する。あんたたちを刺激したくないがためのわたしの配慮なんて、どうせ理解されないだろうから。もう好きなだけ怪しんでくれとしか。

どうせギルバートたちとの付き合いはトロスラライまでだ。

ティエナとの関係も、そこで終わりにするのだから——。






ドラゴンの素材を回収し終えた一行は街道に戻った。
交易の主要路として長年人々に踏み固められた道は歩きやすい。魔物討伐のために森の道なき道を突き進んだあとだからなおさらだ。

この調子だと、今日の夜までには次の宿場町に着けるだろう。
数日間野宿が続いていたために、ベッドで休めるのはありがたいのだが……いかんせんリゼの心境は複雑だった。

おそらく今夜もまた、ギルバートからの呼び出しがかかる。
ティエナに言えない秘密の攻防戦。どうしてこうなってしまったのか、理解に苦しむ淫らな夜を想起して、リゼは密かにため息をこぼした。

「それにしても、姫さまは本当にお付きの人が好きだよね」

不意に話しかけてきたカノンへと、ティエナは目深く被ったフードを少しだけ持ち上げて顔を向けた。

「当然よ。リゼは世界で一番尊敬しているわたしの先生だもの」

この子は……。言葉に一切の迷いがなくてこっちが恥ずかしくなる。

「世話役で、お目付け役で、先生かぁ。そういや前はお付きの人のことを恩人だったり親代わりだったり、お兄さんだかお姉さんだかも言ってなかったっけ」

設定、盛りすぎだろ? 腹黒男のそんな副音声がリゼには聞こえた気がした。
ティエナと喋りながらもカノンがそれとなくこちらに圧力をかけてくる。非常に遠回しな匂わせだ。ぼかしすぎて口撃とみなすのも躊躇してしまう。

ちなみに打ち明ける機会を設けてはいないが、カノンはすでにリゼを男装の女だと認識していた。
ギルバートもカノンもリゼの性別を認知したうえで、人の目がある場所ではティエナの侍従として接している。

——もっとも、これはわたしを気遣ってるってわけじゃなくて、そのほうがあちらさんにとって都合がいいからなんでしょうけど。

駆け引きは今に始まったことではない。しかしリゼとギルバートたちのあいだに立つティエナはというと、繰り広げられる攻防にまったく気づいていない。

「お城にいたころから、わたしにはリゼしかいなかったもの。サイディ王国から逃げるのだって、逃げたあとも……リゼがいなかったらわたしみたいな世間知らず、絶対にこんな遠くまで来られなかったわ。テュエッラ川を越えて、自分がフィーネの民だって知ることができたのも、リゼのおかげよ」

「サイディ王国って、前に話してた姫さまが王族の婚約者だったころのこと? そっからの付き合いで、縁が続いてるんだ」

へえ〜……と、あたかも感心しているかのように見せるカノンを、リゼは努めて視界に入れないようにした。

旅の道中ではいつもティエナとカノンが会話の中心になる。ギルバートは無口だし、リゼはティエナ以外とは事務的なことしか話さない。ギルバートほどではないが、リゼも本来は馴れ合いを好まない性格なのだ。
そういったことからカノンの探るような含みのある視線にも、基本は反応せずに無視を決め込む。

「旅の知識はお付きの人譲り?」

「そうよ。野宿の仕方から素材を集めてお金に換える方法まで、全部リゼが教えてくれたわ」

「ふ〜ん。お付きの人も、元々は商隊の下働きとかじゃなくて、王国で城勤めしてたんだよね? ……よくそんな知識持ってたな」

口調はあくまでも自然に。不穏な気配は微塵も出さない。
それでも事情を知る者が聞くと、これがリゼを追及するための言い回しだとわかるだろう。
カノンは毎回会話の端々で、リゼの不審な点をティエナに気づかせようとする。

しかし彼の思惑どおりに事態が進んだことは一度もなく、空振りに終わるのが常だった。
今回も——。

「すごいでしょう、リゼはなんでも知ってるのよ!」

そう言って、ティエナがえっへんと胸を張る。まるで自分が褒められたかのように誇らしげに、そして自分が褒められたときよりも、嬉しそうに。
彼女は決してリゼを疑わない。絶対的な信頼はちょっとやそっとでは崩せない。

「そっか……うん、すごいね」

これにはカノンも苦笑い。ティエナにリゼへの懐疑心を向けさせることは早々に諦め、話題を切り替えるしかなかった。

「でも、そんな大好きな付き人さんとも、トロスラライに着いたらお別れになるわけだけど……、姫さま的にはそれでいいの?」

「そうなのよね……」

ティエナがチラリと落胆の視線を向けてくる。
隣を歩くリゼは困り顔で微笑み、小さく肩をすくめた。

妖精の末裔であるフィーネの民が住まう伝説の国——トロスラライは他国との国交を断絶している。
他国民の入国には長期間に及ぶ厳重な審査と国王の許可が必要で、たとえ他国の正式な使者であっても国境で返されてしまうらしい。

またトロスラライ国内においては、国民の出国も厳しく制限されていた。
国の外に出るためには難関な試験を突破して、なおかつ王族の承認を得る必要があった。試験は知識だけでなく、魔法や戦闘力も試される。
ギルバートとカノンはその試験をクリアできたからこうして冒険者になって大陸中を放浪しているのだが、それでも彼らは完全な自由というわけではなく、他国の情勢を定期的にトロスラライに報告することを義務付けられていた。

これらの情報をリゼは、ティエナが自らの故郷についてギルバートたちにあれこれ質問していた際に近くで聞いていて知った。多少はトロスラライの法律を誇張して伝えている部分もかもしれないが、とにかく彼らがリゼとティエナを完全に切り離したいのはよくわかった。

リゼはトロスラライに入国できない。だからティエナとはいったんそこでお別れとなる。

「やっぱり……リゼも一緒じゃダメかしら?」

そしてティエナは、リゼと離れることに納得していない。

「すでにある決まりを曲げるわけにはいかないでしょう。入国の制限も、彼らからしたらフィーネの民を守るための措置でしょうし」

「でもわたし、ギルとカノンに教えてもらうまでは、トロスラライがそんな国だなんて知らなかったのよ。知っていたら、きっと……」

ティエナが言葉を濁す。その先を言葉にするのはためらわれるようだ。

自分のルーツに興味を示し、同族が住まう王国へ行ってみたいとは言い出さなかった。しかしそれを口にするのは案内人として雇ったギルバートとカノンを否定することになる。
故郷へ行きたいと望む気持ちはティエナの中にたしかにある。そしてそれと同じぐらいに、リゼと離れたくないと望んでいるのだ。

リゼは主人の苦悩を知っていながらさらりと葛藤を受け流す。

「これが今生の別れというわけではありませんから。ティエナ様がトロスラライへ渡られたあと、わたしは適当に大陸をうろついてますので、縁があればまた会えますよ」

離れ離れになるというのに寂しがる様子のないリゼののんきな物言いに、ティエナがむくれた。

「いいわよ、トロスラライをひととおり見て回ったあとは、すぐに国を抜け出してリゼに追いつくんだから」

「いや……、それはちょっと……さすがに聞き捨てならないよ」

フィーネの民の出国制限を破る気満々の同族にカノンが焦る。
「国の外に出ようとするのは止めないから、せめて正式な手続きを踏んで許可は取ろうね」

「そんなこと言って、いろんな理由をつけていつまでもトロスラライに閉じ込められたらたまったものじゃないわ。簡単に外に出られないなら、やっぱりトロスラライには行かない! わたしはずっとリゼと一緒にいるわ!」

うーん……、この警戒心の強さは教育の成果と言っていいのか。
主人の成長を内心喜びながらも、リゼはどうしたものかと悩んだ。ティエナにトロスラライへ行ってもらわないと困るのはリゼも同じだ。

どうにかしてティエナを宥めようとリゼが声を発する前に、ギルバートが口を挟んだ。

「エレパス・ドラゴンをひとりで討伐できる力があるんだ。祖国に戻ったとしても、その実力があれば国外へ出るのもそう難しくはないはずだ」

「……本当に?」

疑うティエナにカノンが追撃する。

「本当だよ。トロスラライが出入国の制限を厳しくしてるのは、国内で生活するフィーネの民を守るためのだからね。姫さまはもう、外の世界の不安定な情勢や、人間の欲深さを把握している。だったら大丈夫だよ。ウチは豊かで平和な国だから、治安維持や国防に携わる役職にでも就かないかぎり国の外にどんな危険があるのか、普通に暮らしているだけじゃいまいちピンとこないんだよね」

「それは外に対する危機感がないってことかしら?」

平和ボケ。そんな辛辣な単語を思い浮かべたリゼとは違い、ティエナはかなりオブラートに包んだ言い回しをした。
これが人間性の差かと思い至って密かに自己嫌悪に陥る。

「国王様や、王族直轄の騎士団が国を守ってくれているからね。国民は他国の侵略に怯える必要がない。それは幸せなことだって、大陸中のいろんな国を見て回ってきた君ならわかるんじゃないかな」

トロスラライは他国との交易を必要としない。食糧や資源は自国ですべてまかなえる稀有な国なのだ。そして何より、国益を民に還元してくれる優秀な統治者が治めている。

役人の税の取り立てに怯え、冬の寒さに凍え、明日の食料に悩む心配がない。まさに理想郷とも言えるその国で暮らすための唯一の条件が「フィーネの民」であることだ。
その条件に、ティエナはあてはまっていて、リゼはそうじゃなかった。ただそれだけのこと。

生まれと血は変えられない。
自分にトロスラライのような平和な場所で生きる資格がないことを、リゼは重々承知している。騙し騙され、欲望と陰謀が渦巻く汚れた世界が、わたしにはお似合いだ。

わかっている。

わかっているけど、トロスラライのことをしれば知るほど無性にイライラした。こんなのはただの嫉妬だ。しょせんはないものねだりでしかない。

込み上げる感情を、遠くの景色を眺めて落ち着ける。
ティエナとカノンの会話は続いていたが、内容は頭に入ってこなかった。

一直線に伸びる道の先に、獣の侵入を防ぐための高い壁が見えてきた。街道沿いの宿場町はもうすぐだ。
今夜を過ごすひとまずの目的地を目視して、下腹部に甘い疼きが走る。

町への到着。雨風を凌げる宿での一夜——。密事の条件が徐々に揃いつつある現状に、下腹部が甘く疼いた。
錯覚だ。アレを期待しているなんて、ありえないのに……。

ひとり羞恥心にみまわれたリゼは密かに唇を噛み締めた。




    *



どうしてこうなったのか。
当初はリゼの秘密を暴こうとするギルバートと、ティエナに正体をバラされたくないリゼの攻防だったはずだ。

ティエナが寝静まってから、空が明るくなりはじめるまで。快楽と恥辱にまみれた時間を耐え続けるゲームではあるが、こうも膠着状態が続くと、行為とその結果に求める目的の繋がりがしだいにあやふやになってきた。

ほかにやりようがあるはずなのに、互いが意地になって泥沼から抜け出せない。


町に着いてから夜になるまでの時間で、ギルバートからそれとない視線を投げかけられたとき、いつからかそれが呼び出しの代わりになっていた。
言葉を交わさなくても意思疎通ができるぐらいには相手の意図を察せられる。敵対関係は明白だというのに、いつ殺し殺されるかわからないピリついた空気が二人のあいだにないのは、単に力の差がありすぎるからだ。

ギルバートはその気になれば、呼吸をするのと同じぐらい簡単にリゼの息の根を止められる。リゼもそのことは充分承知しているので、発言と態度は慎重にならざるを得ない。

そういった関係性からも、リゼはとことん不利な立場にいる。深夜の攻防戦の主導権は常にギルバートが握っていた。

それでも、たとえ不利でも理不尽でも、彼女は耐える以外の選択肢は持ち合わせていない。



深夜によく眠っているティエナを部屋でひとりにすることに最初は抵抗があったが、同階の個室で宿泊しているカノンが警戒にあたっているのを知ってからというもの、無駄な心配だったと諦めがついた。

カノンはリゼとギルバートが宿屋に泊まった日に、夜な夜な「何」をしているか把握済みだった。なんならギルバートが情報の引き出しに難航している様子に業を煮やし「自分が交代しようか」と日中遠回しに提案してくるほどだ。
そのときギルバートはカノンの進言をにべもなく却下した。

会話を近くで聞いていて、リゼは心底ほっとした。あの儚げな男は一見虫も殺せなさそうだが、敵に対しては容赦がない。カノンの尋問がギルバート以上に苦しいものになることは、容易に想像ができた。

堅物で表情に乏しく、冷徹に見せかけて、ギルバートには人間らしい甘さがある。そのことに気付いてしまうぐらいに、深夜の駆け引きを繰り返している事実にため息が出る。

ほだされのではない。カノンよりもギルバートのほうが比較的マシというだけだ。

深呼吸をして、ギルバートがいる部屋のドアを開く。
訪問を告げる声かけやノックはしない。極力音を立てずに入室するのは、もはや暗黙の決まりとなっていた。

室内でギルバートはベッドに腰掛け、無言でリゼを迎えた。殺伐とした空気に場違いな安堵感が芽生え、込み上げる自嘲を口元に力を入れてこらえる。

まだ、大丈夫。下手に出ていても、たとえ立場的にこちらのほうが弱かったとしても、わたしはこの男をコントロールできている。
現状を保つためにはある程度の従順さはやむをえないと、繰り返し自分に言い聞かせた。

——かたくなになりすぎてこの男が匙を投げたら、腹黒いほうが出張ってくるってことでしょう?

嫌すぎる。それだけは勘弁してほしい。

ベッドのふちに座るギルバートの前に立つ。今日は何をするのかと視線で問えば、男の薄い唇がかすかに動いた。

「服を脱げ」

小声はリゼの耳にかろうじて届く。端的な命令に、襟元のボタンに手をかけた。

表情を変えず、事務的に。シャツを脱ぎ捨て、紐のほどけた靴から足を外し、ボトムをずり下ろして素足になる。下着もさっさと取り除いた。

あくまでもこれは作業といった振る舞いだった。艶かしいストリップショーには程遠い。
脱がされる屈辱を味わうぐらいなら自分で脱いだというだけのこと。
恥じらう姿は見せず、身にまとう衣服すべてを脱ぎ去った。最後に唯一この身に残った左手薬指の指輪だけが忌々しかったものの、それを外す気にはなれず極力意識しないように努めた。

裸体で直立したリゼは局部を隠すことなく冷めた表情で次の指示を待つ——が、ギルバートはリゼをじっと見つめたまま微動だにしなかった。

長身の男がベッドに腰掛け、かすかに上に顔を向けていると、視線はおおよそリゼの胸部あたりにくる。小柄で痩せ気味の体型に関わらず、アンバランスに胸だけが豊満な肉付きをしていることを密かに気にしているリゼは、自身のコンプレックスを注目されて内心苦虫を噛み潰す。

——意外と大きいとか思ってんでしょ、ムッツリスケベが。

これまでだって何度も見られてきたというのに、改めてまじまじと観察されたら居心地が悪い。平静を取り繕うとするも肉体は正直なもので、リゼの頬はほのかに赤く色付いていた。

「……それで、今夜も飽きずに何をなさるつもりかしら?」

延々に続きそうな沈黙に根負けして投げかける。視姦が苦手なだけで、この先の展開を期待したわけでは断じてない。
あえて挑発的に言ってやれば、ギルバートはかすかに視線を上げた。

「減らず口はあいかわらずか。日中の清廉潔白な装いからは想像しがたい。長年よくティエナの前でうまく隠しとおしたものだな」

うるさいこっちは人を選んでんのよ。非礼には非礼で返して何が悪い。

「あなたこそ、裸の女を前に毒を吐く変態っぷりを、叶うことならティエナ様に教えて差し上げたいわ」

「やれるものならやってみろ。それなら俺も覚悟を決めるだけだ」

「ティエナ様に嫌われる覚悟ってことかしら。同じ種族ってことや圧倒的な実力差が信頼につながらないなんて、皮肉なものね」

「そうだな。お前とティエナを見ていると、時間の重みを思い知らされる。だが皮肉なはお互いだろう」

ギルバートが立ち上がる。
すると男を見上げることになり、圧迫感が一気に増した。
相手は威圧しているふうでもないのに、無意識に口が閉じてしまって言葉の応酬を続けられない。

長い足が一歩を踏み出す二人の距離がさらに縮まり、顎が上がる。
身長差から悠然と身下される。リゼは床を踏み締める素足の指に力を入れて強気に挑むも、自分の余裕がこの先長く保たないことを予感していた。

「お前がティエナの信頼を持て余していることに、俺たちが気付いていないと思ったか?」

俺たち——、口ぶりからカノンも含まれていることが推測できてしまい、とうとうリゼは顔をしかめた。
男の手が頬を撫でる。払いのけたりはしないが、なけなしの反抗心から視線を外して顔を横に向けた。

「お前は何がしたいんだ」

低い声はリゼへの問いかけというよりも、自問に近い響きがあった。

「ティエナに少なからず情があるなら、こちら側につくできるのでは」

「わたしに組織を裏切れと?」

「そう言っている」

あっさりと肯定されて、リゼは今度こそ耐えられず口端を吊り上げて自嘲した。

「トロスラライに入れないわたしがそちら側について、いったいどんな利があるの? わたしを利用するだけ利用して、ティエナ様が安全地帯に入ればそこでさようならって魂胆が見え透いているのよ」

「他国民は入国の審査が厳重というだけで、すべてを拒絶しているわけではない。お前にはティエナを俺たちの元まで連れてきた功績があるんだ。お前の今後の誠意次第では許可が下りる可能性が十分にある」

「誠意だなんて、そんな明日のご飯にもならない霞のようなもの、あなたは信じられるの?」

敵を信じようとするなんてどこまでも甘い男だ。こいつといると自分の矮小さが際立ってイライラする。

「それに奇跡が起こってわたしがトロスラライに入れたとしても、待ち受けているのは四六時中監視された不自由な生活でしょう。そんなのまっぴらごめんよ」

「ティエナとはいつでも会える」

「馬鹿にしないで。たったそれだけのことで組織を裏切るわけないじゃない」

キラキラと輝く無邪気な笑顔が脳裏をよぎるが、頭を振って意識から追い出した。同時にギルバートの手も払いのける。

「……なんなのよ、もう……」

いつもならとっくに尋問がはじまっているころあいなのに、今夜のギルバートはやけにしつこい。
淫らな快楽責めは断じて望んでいないが、だからといって腹の探り合いも楽ではない。自分ひとり裸になって普通に話していることが、精神的にじわじわと効いてきていた。

「……不器用な奴だな」

ポツリとこぼれた声に、こいつにだけは言われたくないとリゼは眼光鋭く睨みを返した。
後ろにまわった男の大きな手が腰を撫でる。手はそのまま桃尻を下り、ひょいと掬うようにしてリゼは軽々と抱き上げられた。

ベッドのふちに腰掛け直したギルバートの膝の上に向かい合うようにして座らされる。

「何事にも例外というものがあるが……試してみるか」

「…………?」

言葉の意味を掴みかねるてきょとんとしたところに突然愛撫がはじまった。

「……っ…………」

不意打ちでされたいやらしい触れられ方に身がこわばる。遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
脇腹から臀部にかけてを無骨な手のひらが往復する。ただそれだけのことと自分に言い聞かすも、気をゆるめれば背中がしなりそうになった。
だんだんと、触れられたところから熱が身体に溜まっていく。はぁ……悩ましげな吐息を漏らしたリゼの耳元に、ギルバートが唇を寄せた。

「ぅんっ……ぅ……」

耳の形にそって下から上へと舌先で舐められ、肩がすくむ。

「アテが外れたか」

「……どういう意味よ」

「お前の飼い主は、ティエナをトロスラライと繋がるための足掛かりにしようとしたんじゃないのか」

確信のこもった声で低く囁かれ、キツく目を瞑る。

「俺たちがお前の背後にある組織に気付かず、ティエナを祖国に導いた恩人としてお前をトロスラライに受け入れていたら、あるいはそんな未来もあったかもしれないな」

昼間と違って、夜のギルバートはよくしゃべる。耳に直接吹き込まれる言葉に、リゼの心臓がドクドクと鼓動を速めた。

「恩を売り、信頼を得て内側に入り込めば、あとはどうとでもできたことだろう。……フィーネの民は、国外では金になる」

そうね——と、リゼは心の中でうなずく。ティエナを使って大金を生み出す方法はいくらでもあった。おおよそ一般庶民の感覚では外道とされる方法まで、リゼの脳内には当然のように思い浮かんでいた。
当たり前のように、それを想起してしまう自分が嫌になる。

しかし込み上げた嫌悪感はお尻から前へとまわったギルバートの手に内股を撫でられ、簡単に流されてしまった。
足の付け根を長い指がゆっくりとたどる。男の腰を跨いでいるため開かれた脚は閉じることが叶わず、あらわになった秘部の心許なさに今さら羞恥心が襲ってくる。

赤くなった頬を見られてくなくて、男の肩を掴んだリゼは顔を伏せた。かすかにまぶたを持ち上げると、男の指が秘部に触れかかっているのを視界に入った。
きゅん……と、下腹部に甘い疼きが走る。

「自分がトロスラライに入れないとなると、……次はティエナを使うつもりか?」

「……ん、ゃっ…………」

下肢に気を取られて油断したところに囁かれ、ビクンと身体が跳ねる。

「ティエナを引き込めば、お前たちはトロスラライの内情を外にいながら知ることも可能となるだろう。フィーネの民に国外への憧れを植え付け、自分たちの元へ来るように仕向けることも——」

「馬鹿にしないでよ」

つい、話しを遮ってしまった。何を聞かれてもリゼは沈黙を貫くつもりが、どうして自分はこんなにも意思が弱いのか。
言ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて顔を上げ、ギルバートを睨む。

「ティエナ様が、そんな道理を知らない物事の良し悪しもわからないようなお方だとでも言いたいの?」

わたしはあの子を、そんなふうに育てていない。
ギルバートの探るような視線を正面から受け止める。数秒の沈黙を挟み、先に動いたのはギルバートだった。

「お前のそういうところが意味不明なんだ」

ぬちり。男の中指が秘部の花弁を退け秘裂に食い込む。

「あそこまでティエナの信頼を得ているなら、洗脳することも容易いだろうに。しかしティエナが俺たちに隠し事をしているとはとても思えない。蛇の狙いはどこにある?」

ぬちゃ、ぬちり……くちゅ……っ。

濡れはじめた膣口の上を指の腹が何度も往復する。股から聞こえる粘着質な水音がいやらしい。
早くも肉体に快楽の火が灯り、膣道がきゅんと刺激を求めて締まった。

「……、…………」

リゼは深い呼吸を心がける。声を押し殺すと、突然の刺激に嬌声を漏らしかねない。だからあえて荒くなる息遣いは止めず、代わりに声帯を振るわせないようにする。ギルバートとの夜を重ねるなかで身につけたすべだ。
ただしこの対処法は、リゼから言葉を奪ってしまう。質問に答えようとすれば声を発することになるのだから当然である。
ギルバートにとっても、尋問相手が言葉を返さないのは不本意なことだ。

ぬちゅ……ずりりぃ……。

「……っ、…………は、ぁ……」

膣口の蜜を掬った指が敏感な秘芽の上を這う。最後はカリカリと爪で包皮を軽く引っ掻かれ、刺激を受けてピンク色の肉芽がぷっくりと勃起する。
主張をはじめたクリトリスにギルバートはなかなか触れてくれない。触れるか触れないかの絶妙な加減で指先が根本部分をくるくると回る。じらされる動きにリゼは唇を噛み締めた。

「質問を代えるか。最後に飼い主と連絡を取ったのはいつだ?」

問いかけの直後、耳たぶを甘噛みされてリゼは身をすくませた。頭の中が快楽に染まる危機感から背中を丸めて小さくなるも、そんなことでギルバートから逃れられるはずがない。
秘部をいじる彼の指は膣口とクリトリスの手前までを行き来するだけで、決定的な刺激は与えられない。

これまでもそうだった。真実を話すまではこのまま、おあずけ状態が延々と続くのだ。

「トロスラライを目指すようになったのは、本当にティエナの意思なのか。……それとも、飼い主の命令でティエナをそれとなく誘導したか」

リゼは応えない。自分の答えに意味がないことなどとうに理解しているからだ。
どうせならさっさと屈服して、男にとって都合のいい答えを吐き出してやろうかとも考えたりしたが、そんな安易な嘘が通用する相手ではなさそうで、実行できていない。

だから沈黙を守って、朝が来るまでひたすら耐えるしかない。

こうして快感をはぐらかされるときもあれば、敏感な部位を容赦なく責められ、一晩中イカされる夜もある。すべてはギルバートの気分によって決まるから、できれば頭が真っ白になるぐらい快楽に溺れているほうがましだなんてリゼの希望はとおらない。

「……いつまでもだんまりでやり過ごせるとでも?」

クチュリ……。膣に指が侵入する。しかしざらりと肉襞をひと撫でして、あっさりと引き抜かれてしまった。
追いすがるように媚肉がヒクヒクと収縮する。連動してかすかに震える下腹部を、愛液に濡れた指にクッと揉み押される。

「……ふ……っ、はぁ…………、はっ」

子宮にじわじわと熱が溜まる。
膣内に甘い疼きが湧き上がり、膣からとろりと愛液が溢れた。
もっと決定的な刺激がほしい。頭の中がそんな欲望で埋まっていく。
じらし責めは特に苦手だった。肉体が昂った状態で期待した刺激を与えられず、長時間我慢を強いられる。そんな夜ほど、時間の経過が遅い。

秘部の薄い茂みへと、ギルバートの手がつたう。しかしクリトリスを直前にしてまた、下腹部に戻ってしまった。
あと少しだったのに……。敵に何を期待しているのかと呆れる一方、彼に触れられることを望む自分がたしかにいた。





【続く】

月別アーカイブ

限定特典から探す

記事を検索