市街地 2024/08/31 11:50

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第2話(前編)身体の不調を治すため〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

・[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

・[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]
・[第1話(後編)昼の駆け引き、夜の密事]
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)

・[第2話(前編)身体の不調を治すため]←ここ
(第2話:治療・正常位・スローセックス・中出し)





第2話(前編)〜身体の不調を治すため〜





——どうせわたしの価値なんて——……。




衣服を抱えて廊下を走った。深夜という時間帯が幸いして、見ず知らずの他人にあられもない姿を目撃されることはなかった。
ティエナの眠る部屋の扉を半身分だけ開き、リゼは隙間を縫うように中へ入る。
あの男もさすがにここまで追いかけてこないだろう。
耳を澄ませると部屋の奥からティエナの寝息が聞こえてきて、どっと肩の力が抜けた。

とりあえずの処置として右手に布を巻きつけ、音をたてないよう慎重に服を着込んでいく。暗闇の中だから手探りの作業だ。さらには利き手がズキズキと痛み、シャツに袖を通すのにも苦労した。

やらかした。ついカッとなって手を出してしまった。

——アイツにとっては、どれも駆け引きの一環だったってのに……。

奴は目的のためなら手段を選ばない。ただそれだけのこと。ギルバートがそういう男だと、これまでのやり取りでリゼは十分すぎるほど理解していたはずだった。
情報を引き出すためにリゼを快楽で追い詰める行為にはじまり、無理矢理犯して精液をナカに出したのも、こちらの今後の動きを見定めるためだ。

これまでリゼが遭ってきた人間と違い、ギルバートは他人を駒として利用しない。そのぶん自分をためらいなく駒として酷使できる。
使命のため。祖国トロスラライのため。フィーネの民のため。……ティエナのためなら……アイツは身を削ることをためらわない。

——哀れな男ね。

リゼを孕ませるとか、フィーネの民の血が入った子供は金になるとか……。思い出すだけではらわたが煮え繰り返る物言いだって簡単にやってのける。それが男の本心かどうかは別として。
発言と行動でリゼを揺さぶろうとしているのはよくわかった。

しかしこちらの激昂をギルバートが想定していなかったのは意外だった。犯されて心が折れるとでも思っていたのか、もしくは今も胎内に残る奴の子種を喜ぶとでもいたのか。どちらにしても不本意だ。
そういう意味では、挑発に乗って殴りかかったのはある意味正解だったのかもしれない。おかげでギルバートの詰めの甘さを見ることができた。

リゼが殴りかかったときの、ギルバートの驚いた顔を思い出し、冷静沈着な冷血漢の仮面を剥がせたのは大きな成果だとリゼは自分に言い聞かせた。そう思わないと、やってられなかった。

しかしいくら言い訳を積み上げて気持ちを切り替えようとも、現実は厳しい。
性行為で主導権を握れない。いつも相手にやられっぱなしで、リゼはギルバートに駆け引きのひとつも持ちかけられない。

お前は欠陥品だ。

組織で幾度となく言われてきた言葉が頭の中で反響する。
表情に暗い影を落としながら、どれでものろのろと服を着込んで身を起こしたリゼは、ティエナの眠るベッドへと生気のない眼差しを向けた。

——でも、欠陥品じゃなかったら、この子に仕えることはできなかったわけで……。

出来損ないに残された最後の使い道が、ティエナの侍女だった。それをリゼは不幸だとは思わない。

慎重にベッドに腰掛ける。わずかに軋む音が鳴るも、ティエナが目を覚ますことはなかった。本当に、この子は安心できる場所だとよく眠る。

痛む右手が熱を帯びる。それ以上に秘部の異物感と未だ胎内で燻る疼きが気になった。
下腹部に手を置くと屈辱的な記憶がよみがえり、沸々と怒りが再燃した。

冷静になれ、冷静になれと言い聞かせるほど、憎い男の冷静な顔が頭に浮かんでひとりキレそうになる。
落ち着け、今はそれどころじゃない。深呼吸をして奴を意識から追い出した。

犯されたことを今さら嘆いてもしかたない。そんなことよりも、ナカに出された子種の対処が最優先だ。
身籠る確率は極めて低いが、楽観はできない。

——絶対に大丈夫だって、確信が持てるようにしないと。

ここに命が宿るなんてことあってはならない。
確実に不幸を背負うことになる子供を、こんな世界に産み落とせるわけがなかった。




    *




明朝。薄暗い部屋の中でリゼの右手にティエナが両手をかざす。
たちまち右手は白い光に包まれて、昨晩できた傷が瞬く間に消えていった。

「ありがとうございます。助かりました」

「ほかに怪我はない?」

「ええ、どこもなんともありません」

起床したティエナにその右手はどうしたのかと問い詰められたリゼは、夜中に別棟にある手洗い場へいった帰りにうっかり転んで擦りむいたのだと説明した。ティエナはそれを信じたようで、とにかくすぐに治さないとと、リゼに癒しの魔法を使ってくれたのだ。

癒しの魔法は他者に干渉して肉体を操作する点から「支配魔法」に位置付けられている。魔法は高い魔力と高度な魔力操作が要求されるため、扱える者は大陸でもそういない。

ティエナが癒しの魔法を修得までに重ねた苦労を知っているだけに、この程度の傷に魔法で治癒されるのは少々申し訳なかった。
遠慮が勝るリゼに、ティエナは不満そうに頬を膨らませる。

「どうして夜中に、怪我して帰ってきたときに起こしてくれなかったの?」 

「たいした傷ではありませんでしたし、気持ちよさそうにお休みになられてましたので……」

一度寝たら朝までぐっすりの安眠体質をティエナ自身も自覚していた。

「た、たしかに……わたしはなかなか起きれないわよ。でも……リゼに何かあったときに、すぐに気づけないのは嫌なの……」

上目遣いで言われて、良心にグサグサと刃が刺さる。ティエナの寂しそうな表情に、リゼはとことん弱かった。

「次は絶対、引っ叩いてでも起こしてちょうだいね」

「……次があるようなドジっ子にはなりたくないのですが」

「はぐらかさないで。いい? 絶対よ、わかった?」

「…………承知いたしました」

押しに負けてうなずくが、ティエナは納得してくれなかった。

「リゼ、本当にどこも悪くないの? なんだか顔色がよくないわ」

「そうでしょうか? ご心配なさらなくとも、わたしはいつもどおりですよ」

顔色がすぐれないことについて、心当たりは大いにあるし原因もはっきりしているが、リゼは笑顔ですっとぼけた。
ティエナに言えないことがまたひとつ増えてしまった。すべてはあの最低な堅物野郎のせいだ。



朝一番、宿屋の食堂で顔を合わせたギルバートのもの言いたげな視線を、リゼは完膚なきまでに無視した。
ティエナは町でもう一泊したがっていたが、自分は大丈夫だからと言い張って、強引に出発までこぎつけた。

トロスラライを目指す一行は、太陽が地平線から完全に顔を出す前に宿場町をあとにした。



伝説の種族とされているだけに、フィーネの民は目撃情報だけでも金になる。どこの街に現れて、どちらへ旅立ったか。情報を欲しがる理由は人によって異なるも、フィーネの民を求める人間が大陸東側には溢れかえっていた。

自分たちが余計な厄介ごとを惹きつけることを知るギルバートたちは、ひとつの町に長居しない。大陸の主要都市を結ぶ街道も極力使用せず、ときには未開の山を突き進むことも珍しくないという。リゼも当初は神出鬼没の彼らを見つけ出すのに苦労した。

現在はティエナとリゼが同行しているため無茶な旅は控えているが、それでも街道から逸れて道なき道を歩くことが度々あった。

今回も山脈地帯の山と山がぶつかる谷間を彼らは進んでいた。未開の地に巣食う魔物は彼らにとって脅威にならない。馬では通れない崖のような段差も、ギルバートとカノンは突破方法を悩んだりはせず、魔法を駆使して簡単に乗り越えていく。もちろん、ティエナやリゼへの補助も忘れない。

手慣れたものだとリゼは思う。彼らが整えられた街道を使おうとしないのは、彼らが他国民を警戒している表れだ。
今はティエナがいるから、特に彼らは周囲の人間に注意を払っている。その筆頭がリゼなわけで、真っ先に排除したい人間にティエナが一番懐いているというのは、彼らにとっても頭の痛いことなのだろう。
それでも、体力差を考慮して歩く速度を調整してくれたり、魔物にターゲティングされたリゼを庇ったり、足場が崩れて沢に落ちかけたところを寸前で腕を掴んで引き上げてくれたりと——、彼はリゼを見捨てるようとはしない。

不思議なことだ。自分を始末したいのなら、不慮の事故に見せかけていつでも殺せるだろうに。ティエナにバレないようにするのも、男二人が連携すれば不可能ではないはずだ。
それでも実際のところ窮地に陥ったリゼを助けてくれるのはいつもギルバートで、カノンにいたってはあわよくばリゼが脱落してくれたらと心の底から望んでいるのがわかっていた。彼らのあいだで何やら意見が割れているのを、リゼは場の空気から敏感に感じ取っている。

正直、複雑な気分になる。特に自分を守るような行動を見せているのがギルバートだということに納得がいかない。
ギルバートはリゼのことを理解し難いと言うが、それはリゼからしても同じだった。この冷血漢はいったい何がしたいのか。



およそ十日かけて山脈を越え、森を抜けた。草原をまっすぐ進めば大きな街道に出るのだが、彼らはその街道と行き当たる街を迂回する判断を下した。
リゼは物資を補充するために街へ立ち寄りたかったが、フィーネの民の事情を聞かされては迂回を承諾せざるを得なかった。

腰丈ほどの雑草が生い茂る草原を四人は一列になって歩く。先頭のギルバートが草を踏み締め倒してくれるので、歩くのはそこまで苦痛ではないはずだった。

ギルバートの後ろにはティエナが続き、ティエナの背中をリゼが追う。しんがりはカノンが務めた。
山歩きでの疲労の蓄積もあって、彼らに会話はない。
そんななかでリゼはひたいに滲む汗を手のこうでぬぐい、唇を噛んだ。
ずっと腹部にあった不快感が、みぞおちから胸へと迫り上がる。全身が重だるく、目の奥がズキズキと痛んだ。
しだいに足取りがおぼつかなくなり、ティエナとの距離が開いていく。

ティエナは自分が遅れてはまずいとギルバートの背中を追いかけるのに夢中で、後ろを気にする余裕がないようだ。
リゼのほうも、限界だった。耐えて、隠して、気を紛らわせてここまできたが、身体が悲鳴をあげている。

——……、限界か……。

みぞおちに手を当て、リゼは足を止めた。前屈みになった彼女を追い越し、前に回ったカノンが覗き込む。

「ちょっと」

視線が交わる。猜疑心を持ってリゼの腹の中を探ろうとしていたカノンのが目を見開いた。

「どうしたの? 今にも死にそうな顔してるけど」

でしょうね。

「……別に、置いて行ってもいいですよ」

かすれた声でぶっきらぼうに言い放つとカノンは閉口した。

「そちらにとっても……絶好の機会では?」

重ねて言うが、無視された。
そうしてカノンは逡巡の末に手で荒々しく前髪を掻き分け、盛大なため息を吐き出す。

「あいにく、俺はギルと違って姫さまに嫌われたくないんでね。——ギル、ストップだ! 戻ってこい!」

前半はリゼに向けて、そして後半は先を行くギルバートへと声を張り上げた。

——余計なことを!

横目に睨みつけるとカノンはふんと鼻を鳴らした。ティエナには決して見せない人を小馬鹿にするような顔で笑い、進行方向を顎で示す。

「俺は別にアンタが野垂れ死のうがどうでもいいけど、姫さまとのあいだに禍根は残させないよ。逃げたいなら自分で姫さんを説得することだ」

——それができたら苦労しないっての!

声を出そうとほんの少し腹に力を入れただけで、胃が握りつぶされるような激痛が襲った。ここまで酷いとは……苦肉の策だったとはいえ、副作用を甘くみていた。
膝に力が入らず地面に崩れ落ちる。

集中力を維持できず、収納の魔法がとけて荷物袋がリゼの周囲に出現した。

「リゼ!」

前方から、ティエナの呼び声が聞こえた。草を踏んで駆ける足音が近づく。
リゼは歯の食いしばりをゆるめ、口端を上げた。自分を慕うあの子に弱いところを見せたくないとか、そんなことに考えが及んだわけでもなく、完全に無意識の強がりだった。
わずかに顔を上げると、駆け寄るティエナの後ろにギルバートの姿を見た。腹の底から込み上げた怒りにたちまち身体の不調がどうでもよくなり、のろのろと立ち上がった。

奴が来る前に散乱する荷物を亜空間に戻そうとしたが、うまくいかない。強がり続けるのにも限界があり、収納魔法を常時魔法を発動させ続ける体力はリゼにもう残っていなかった。

「リゼ……っ、どうしたの? すごい汗」

「すみません、少し気分がすぐれないみたいで……」

言葉と一緒に今朝口にした物が出てしまいそうになり一旦口を閉じる。

——こんなことなら、ギルバートたちを完全に信用するなって、もっとちゃんと、二人きりのときに伝えておけばよかった。

悔いは残るが、それでもティエナはもう子供じゃないのだと自分に言い聞かせる。
予定より少し早いけど、ちょうどいい機会だ。

「どうした」

戻ってきたギルバートに、ティエナがリゼの背中をさすりながら言う。

「リゼがつらそうなの。休憩して様子を見ましょう」

「……いえ、わたしには構わず、みなさんは先に行ってください。ここで足を止めたら、……エルバの街まで迂回しなければいけなくなる」

ギルバートの視線がティエナからリゼに移る。わかってる、これ以上迷惑をかけるなと言いたいのでしょう。

ひとまずの目的地である商業都市エルバは、聖女の来訪にともなう警備のため、四日後から旅人の立ち入りが一時的に禁止される。聖女がエルバに来訪するのはまだ先のことらしいが、それまでに浮浪者や定住資格のない違法者を追い出し、街の「浄化」をはかるらしい。

リゼたちは順調にいけば明日の夜、大門が閉まる前にエルバに到着できる。そこで一泊して、翌日の朝には旅立つ。
かなり慌ただしい行程になっているが、本来ならもっと余裕をもってエルバの街に着くはずだった。山越えに想定以上の時間を要した原因が自分の足の遅さにあるのだから、責任を感じずにはいられない。

「わたしはしばらく休んでから、街道に出てアゼレーを目指します」

「馬鹿なこと言わないで。リゼをおいていけるわけがないでしょう」

「ティエナ様を精霊信仰の拠点に近づけるわけにはいきません。わたしひとりでしたら……あの街も、問題ありませんよ」

もともと迂回するつもりでいたアゼレーは、現在他の目と鼻の先にある。ゆっくり歩いても夕暮れまでに街へ入れるだろう。

ただしアゼレーは精霊信仰の過激派の中心地として有名な街だった。彼らは精霊を崇拝するあまり、血生臭い教義を掲げていた。
教義の本筋としては「精霊の子孫とされるフィーネの民を儀式の生贄に捧げ、血肉を食らうことで我々も精霊に近づこう」とかなんとか。何をどうすればそんな思想を持つに至るのか、理解に苦しむ。

とにかくそんな狂信者たちがはびこる街に、ティエナを近づけるわけにはいかない。
この提案はギルバートとカノンにとっても都合がいいはずだ。

リゼがふらつく足で地面を踏み締めギルバートを見やる。お前の望む結果になるのだから説得に協力しろと、身を屈めながら目線で訴えた。

「原因に心当たりはあるのか?」

しかし返ってきたのは悠長な質問だった。余裕がないだけにリゼの精神はすさむ。

「……さあ? 連日の山歩きなんて、慣れないことをしたからじゃないでしょうか。休めばすぐに回復します」

飄々とうそぶくリゼだったが、とうとう立っているのも難しくなりその場にしゃがみ込んだ。

「リゼ、無理しないで」

ティエナも立膝になって身を屈める。
ギルバートが何かを言い出す前に、カノンが口を開く。

「いいんじゃないの? 妥当な案だと思うよ。なんならアゼレーの手前まで俺が付き添ってもいいし」

「カノンっ」

いつもティエナに甘いカノンであるが、このときばかりは譲ろうとしなかった。

「姫さまがお付きの人を心配してるのはわかるよ。でもだからこそ、姫さまはあの街に近づいちゃいけない。あそこの狂信者どもはフィーネの民を狩るためなら手段を選ばないし、姫さまが危険にさらされてたら、お付きの人もおちおち休めないだろう」

もっともな言い分にティエナの表情が曇る。
リゼは口を閉ざした主人に、自分はいいから先に進めと言う意味を込めて微笑みながらうなずいた。
そんなリゼを目の当たりにして、ティエナの瞳に決意の光がともる。

「精霊信仰の過激派の人たちは、エレパス・ドラゴンより強いのかしら?」

「ティエナさま……っ!」

人間と魔物を同列に捉えてはいけない。慌てて嗜めようとしたが、胃液が食道を逆流して言葉が続かなかった。

「リゼっ、……いいわ、すっきりするから全部吐いてしまいなさい。ああもう、どうして……」

リゼが弱さを見せない人間だとよく知るティエナは、彼女の不調に気づけなかった自分を責めた。

——違う。こうなったのはわたしの都合で、この子に落ち度はない。むしろ気づかれたくなかったの。

弁明したくても、胃がポンプのように収縮を繰り返してそれどころではない。嘔吐に呼吸がままならず、泣きたくないのに生理的に涙がボロボロと溢れた。
顔はぐちゃぐちゃ。おまけの自分が彼らを足止めしてしまい、ティエナに迷惑をかけて……何をやってるんだろう。
無力感にさいなまれて自己嫌悪に沈むリゼの目元に、ティエナがそっと水で濡らした布を当てた。

「大丈夫よ、わたしが一緒にいるわ。リゼをひとりにはさせない」

「————っ」

背中にティエナの手が置かれる。彼女はリゼを守るように抱き寄せて、強い意志のこもった瞳でギルバートを見上げた。

「リゼを置いて行くと言うなら、あなたたちとはここでさよならよ。トロスラライへの案内はもう結構。契約は終わりにします」

「姫さま、さすがにそれは……お付きの人の意思を無視しすぎてないか」

カノンが嗜めるもティエナは応えず、ただまっすぐにギルバートを見上げる。

「リゼに気を使わせて、苦しい思いをさせてしまったのはわたしが原因なのよ?」

自分がフィーネの民などと呼ばれる特別な種族でなければ、迷わずアゼレーの街に立ち寄れた。そもそも尾行者を撒くために、険しい山越えなんてしなくて済んだのだ。
ギルバートとカノンは当然のように街道を外れて道なき道を闊歩する。リゼが彼らの決めた進路に不満なく従うから、ティエナは何も言わなかったが、ずっと心の中で申し訳なく思っていた。

自分がフィーネの民だから、安全な街道を進めない。
自分がトロスラライに行ってみたいと言い出したばかりに、リゼに無理をさせてしまった。
ここで体調を崩したリゼを置いて先に進むなど、絶対にできない。たとえリゼ本人がそれを勧めていたとしても。
提案に乗るならギルバートとカノンもいらない。何がフィーネの民だ。

たとえば、今ここで肉体に異常をきたして動けずにいるのがティエナだとしたら、彼らは迷わずこの場で休む選択をしただろう。それがわかっているから、ことさら腹立たしい。
同族だからと自分が彼らに特別視され、リゼが軽んじられることが、何より許せなかった。

ティエナは挑むようにギルバートを睨み、彼の答えを待つ。説得されても聞く耳を持つ気なんてさらさらない。
目を伏せたギルバートがふっと息を吐く。かすかに笑ったような、それでいて呆れと自嘲が混ざったような、判断に困る表情だ。

ティエナの頭に軽く手を置き、ギルバートがリゼの前に膝をつく。そうして魔法で自身の収納空間から毛布を取り出し、リゼの背中にかけた。華奢な身体を軽々と抱き上げるのと同時に、ギルバートは立ち上がる。

「収納に余裕はあるか?」

リゼを抱きかかえたギルバートが、地面にしゃがむティエナを見下ろして訊いた。
瞬時にティエナは問いの意味を理解した。ぱっと笑顔を咲かせ、大きくうなずく。

「ええ、もちろんよ」

周囲に散乱するリゼの荷物を次々と収納魔法でしまっていく。自らの造り出した空間に収める物の体積に比例して、常時消費される魔力量も増えた。ズンと、乗り掛かるような身体の倦怠感も強まったが、耐えられないほどではない。
リゼと離れることに比べたら、これぐらいへっちゃらだ。

「……よけ、ぃ……な……」

リゼがギルバートの肩を押す力は弱々しく、なんの抵抗にもなっていない。

「いいから黙って目を閉じてろ」

もはや言い返す気力もないらしく、ギルバートの腕の中で荒い呼吸を繰り返すばかりだ。

「……それで、どうするの?」

一連のやり取りを静観していたカノンがうんざりとした態度で口を挟む。ギルバートとティエナの身体が街道に向いている時点で方針は察していたが、訊かずにはいられなかったようだ。

「アゼレーで医師に診せる」

「面倒を増やすつもり? こっちには姫さまもいるってのに」

苦言に対してティエナが怒りを覚えることはなかった。一応言ってみたといった感じの、諦めの境地がよくわかる口調だったからだ。

「俺とお前が睨みを効かせていればしのげるだろ」

「それじゃあ俺たちが休めないんだって。ふかふかベッドで寝れないのに街に出るとか、それなんて無駄骨?」

「リゼが元気になるなら全然無駄じゃないわ。危ないことにならないように守ってくれるのでしょう? 頼りにしてるわ、カノン」

「このお嬢さまは……調子のいいこと言っちゃって」

さっき契約は打ち切りだの言ってたのはなんだったのか。苦笑を浮かべるカノンだったが、ティエナに頼られて悪い気はしなかった。
ティエナが見捨てられないと言うなら仕方がない。本気で置いていって欲しそうにしていたリゼには「思いどおりにならなくて残念でした」と内心舌を出しておく。それで少しは溜飲を下げた。

「姫さま、リゼさんの荷物、重いの俺が持つよ」

「わたしは平気よ? それにもしものときを考えたら、カノンは身軽でいたほうがいいでしょう? ギルも、リゼを抱っこして戦えないのだから」

「ん〜……俺は余裕があるから大丈夫だよ。姫さまだって、いざというときに収納魔法の負荷で動きが鈍ったら困るから、荷物は分担しておこうよ。そらに俺だけ手ぶらなのもなんだか癪だから」

「わかったわ。じゃあ、半分こね」

そんなやり取りをして、一行はアゼレーの街へと足を進めた。




      *



【続く】

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