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2024年 08月の記事 (5)

市街地 2024/08/31 11:55

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第2話(後編)身体の不調を治すため〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

・[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

・[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]
・[第1話(後編)昼の駆け引き、夜の密事]
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)

[第2話(前編)身体の不調を治すため]
・[第2話(後編)身体の不調を治すため]←ここ
(第2話:治療・正常位・スローセックス・中出し)





第2話(後編)〜身体の不調を治すため〜



      *



秋の終わり。村に行商が来たとき、山の上にはすでにうっすらと雪が積もっていた。
サイディ王国の片隅にある、小さな農村。もとより痩せた土地で作物の実りは少なく、山の恵みに頼ってどうにか生計を立てられる、貧しい村だった。

道具小屋のような小さな家に、彼女は四人で暮らしていた。最後が四人だったというだけで、以前はもっと人がいたのを、おぼろげながらに覚えている。

「たったこれだけにしかならんのか!? 家族三人分にはとてもじゃないがたりんぞ。これでは大人一人が冬を越すのもやっとだ」

「つってもなぁ……」

憤る父親を宥める商人がこちらを見た。ねっとりとした視線が全身に絡みつく。
気持ち悪い。家の隅で膝を抱える彼女は恐怖に身を固くした。

「これでもあんたらの事情を考慮しておまけしてやってんだ。こんな貧相で教養のないガキ、買い手を探すのも一苦労だ。昨今は孤児院のガキのほうがよっぽど肉付きがいいし、礼儀作法だって叩き込まれてるからな」

ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべながら商人は歌うように話す。
ぐぬぬと、父親が唸った。

「別に断ってくれても構わねえよ。ただなぁ……さっき村長と話していたが、どうやらウチの商いがこの村にとって今年最後になるらしいじゃねえか。このままだと家族全員で冬どころか年を越すのも絶望的なんだろ? 俺はあんたらのことを思って提案してやってんだ」

商品は父親の足元を見ていた。持ちかけた取引を、父親が断らないのをわかっていた。
父親の言う「家族」とは、妻と、母親——彼女からしたら祖母にあたる——その人だけ。大人たちにとって子供はいざとなったら換金できる、道具でしかない。
とうとう自分の番が回ってきた。ただそれだけの話だ。


その年、彼女は親に売られた。
別段悲しみはない。悲しみを覚えるほどの愛情を、ここにいる大人たちに与えられていなかったから。




      *




嫌な夢を見た。
眠りから覚めれば気分も晴れるかと思いきや、そんなことはなく。全身の倦怠感と腹部の重い痛みを自覚して、リゼは薄く開いた目をすぐに閉じた。

仰向けに寝ていたところに寝返りを打ち、横向けになって身体を丸くする。しばらく耐えていると、徐々に腹痛は治っていくもジクジクとした余韻が尾を引いて残る。そのうちまた痛みが波となって押し寄せそうな予感がした。
いつ来るかわからない苦痛に怯えて動けずにいると、今度は夢で見た情景が頭の中で勝手に繰り返された。

——どうして、あのときのことなのよ……。

過去から逃げるようにのろのろと起き上がる。リゼの身を包んでいた掛布が上半身からずり落ちた。

「目が覚めたか」

低い男の声に、ぎくりと身体がこわばった。
視線を上げると壁際にギルバートを見つけ、苦々しい思い出が頭から吹き飛ぶ。

「起き上がって大丈夫なのか」

「ここは……? ティエナさまはどちらに?」

警戒心から背筋が伸びた。肉体がどれだけ不調を訴えてきてもリゼはすべてを無視する。我慢は慣れっこだった。
無意識に両手でみぞおちを押さえる。生地が擦れる感触で、自分の着ている服がいつの間にか知らないものに変わっていることに今更ながら気づく。どこから調達したのか、着用しているシンプルなネグリジェはリゼの所有物ではない。胸を抑えるために巻いていた布も外されていて、胸部の圧迫感が消えて呼吸がしやすい。

ギルバートはリゼのいるベッドのそばへと移動して、静かな声で質問に答えた。

「アゼレーの宿の一室だ。ティエナならカノンと街に買い出しへ行ってる。お前を看病するんだと、はりきっていたぞ」
「ティエナさまをこの街へ入れて、あまつさえ外へ使いに出したのですか」

「カノンがついている。滅多なことは起こらない」

弁明に納得せず今にもベッドを抜け出しそうなリゼを「いいから聞け」とギルバートが止める。

「この街はたしかに精霊信仰の過激派が拠点となっているが、アゼレーの住人すべてに奴らの息がかかっているわけではない。しょせんは人目を忍んで活動している後ろ暗い組織だ。警戒は必要だが、街そのものを過剰に忌避する必要はない」

事前にアゼレーと精霊信仰の過激派についてティエナとリゼに説明した際、危機感を持たせるために話を事実よりも誇張したことをギルバートは認めた。

「俺とカノンは何度も奴らとやり合っている。向こうは自分たちが力で敵わないことを十分承知しているから、下手な襲撃は仕掛けてこない。この宿も、信頼できる伝手を頼って借りたものだ」

広々とした部屋に、天幕のついた大きなベッド。カーテンや調度品もひと目で高級品とわかる代物が揃えられている。王城の一室を思わせる豪華な空間だ。
宿屋ではなく、どこぞの貴族の別邸ではないのかと疑うも、リゼが抱いた疑問をギルバートにぶつけることはなかった。
腹痛がぶり返してくる気配が気になって、集中力が続かない。

それにアゼレーがリゼの想定よりもいくばくか安全だったとしても、フィーネの民とってに害のある者たちが潜んでいるのは事実だ。長居するべきでないし、そもそもそんな街にティエナを立ち寄らせてはならなかったのだ。
こうなってしまった原因が自分にあるだけに、頭ごなしにギルバートを責められない。

「お前が眠っているあいだに医者に診てもらったが、身体に異常はなく、原因の特定には至らなかった。疲れが溜まった結果だろうとの診断だった」

「……そうですか」

ほっと胸を撫で下ろすリゼにギルバートが目を細める。

「体内の……目に見えない部分の診察は、魔法を使ったとしても難しいものだ。患者から詳しい症状を聞かずに診断を下した時点で程度が知れる。ヤブ医者とまでは言わないが、時間の無駄だったな」

医者に対してずいぶんな言い様だと思ったが、リゼは沈黙を選んだ。胸の奥にぞわぞわと嫌な感じが広がる。

「お前のそれは、医者が言うように休んでいれば治るものではないだろう」

ベッドのふちに腰掛けたギルバートが、リゼの眼前に小瓶を掲げる。既視感どころではなく、リゼはそれが自分の持ち物だとすぐにわかった。

「乾燥したエガバの種だ。まさかこれをそのまま口にしたんじゃないだろうな」

エガバは大陸全土、安定した雨が降る平地にならどこでも自生している一年草だ。世間的には毒草として知られているが、一部の界隈では薬草として重宝されていた。採取がしやすく安価で取引されるエガバの種は、娼婦にとってなじみの避妊薬なのだ。

ギルバートが持つ小瓶の中に転がる残り少ないエガバの種を前に、リゼは押し黙った。
男の言うとおり、調合次第である程度は副作用を抑えられるエガバの種を、リゼはここ数日間そのまま服用していた。薬として完成させるために必要となる他の素材のストックがなくなってしまい、必要分を作れなかったのだ。リゼの不調の原因は、十中八九そこにある。

——わたしの持ち物をあらためたなら、エガバ以外にもいろいろ見つけたでしょうに。

隠し持っていた数々の薬草には言及せず、いの一番にエガバの実を指摘してくるあたり、心内を見透かされたみたいで落ち着かない。
リゼの沈黙を、ギルバートは肯定と受け取った。

「そこまでして身籠りたくないか」

「……アンタとの子供なんてクソ喰らえよ」

万が一が起きてしまったとき、その子の将来は孕み袋か、種馬か。自分は弱いから、フィーネの民の血を引く子供を、その血と魔力を利用しようとする者たちから守り通せない。
小瓶を取り返そうとしたものの、ギルバートに避けられた。リゼの手が空を切る。

不満を覚えるもリゼはまあいいかと早々に諦めることにした。ギルバートに背中を向けてベッドに横になる。
争うだけ無駄だ。自分で調合しなくても、歓楽街に近い場所にある薬屋に行けば薬は簡単に手に入るだろう。

「自分の血を引く子供は金になるなんて、よく言えたわね。人の命に値段を付ける奴なんて地獄に堕ちればいいのよ」

掛布を被って吐き捨てる。イライラに混ざって、だんだんと腹部の痛みがぶり返してきた。

「どの口が言うかって思ってるんでしょ? ……どうせわたしは出来損ないよ」

ヘル・シュランゲでは人身売買も日常的に行われている。リゼが地下組織の思想に完全に染まっていたら、フィーネの民との子供を組織の繁栄に嬉々として利用しただろう。
それができない、半端者。もう戻れないとわかっているくせに、いくつになっても人の道から外れられない臆病者。
ヘル・シュランゲは怖い。ギルバートが今どんな顔をしているのかも、確認する勇気がなくて振り向けない。わたしはいつも、怖いものから逃げてばかりだ。

はぁ……と、背後から深いため息が聞こえてきてリゼは膝を胸に寄せて身を小さくした。足を引っ張ったことを容赦なく責められるのだと、きつく目を閉じる。

「——すまなかった」

しかしリゼが耳にしたのはまさかの謝罪だった。聞き間違いを疑って、反応が遅れる。

「今回のことで判断を誤ったのは俺だ。お前に落ち度はないのだから、そう卑屈になるな」

丸まった背中に手がそえられたのを掛布越しに感じた。背中を撫でる大きな手に、ふと懐かしさが込み上げる。しかし思い出に浸る間もなく腹部の痛みはだんだんと耐え難くなっていった。

「……っ、……もう、ほっといて……」

「そういうわけにはいかないだろ。お前がそうなった原因は俺にあるんだ。責任は取る」

肩を掴まれ、身体を仰向けに返された。うずくまって痛みを凌いでいたところに背筋が伸びて、リゼの顔が苦痛に歪む。

「ティエナが戻るまでにすませる」

「な……にを……っ」

肩幅の広い男の体躯が覆い被さり、リゼの顔に影がさす。
眼前に精悍な顔が迫る。ギルバートの突然の行動に脳の処理が追いつかず、りぜの思考が一時的に停止した。

さらりと頬を撫でられる。繊細なタッチとは裏腹に、ギルバートの手のひらは荒れてカサつき、皮膚が硬い。武器を握る、男の手だ。

ギルバートの指先がリゼの唇をたどる。
いかがわしい空気が室内を満たしつつある。頭の片隅に危機感が芽生えるもリゼは動くことができず、ギルバートの双眸を凝視し続けた。
透き通る緑色。宝石のようなその瞳に肉体の苦しみを忘れて魅入った。

同じようでいて、あの子とは違うんだ——と、小さな発見に場違いな感動が込み上げる。
ギルバートの瞳にはティエナのようはようなキラキラとした輝きはない。
宝石のような虹彩が濁っているわけでも、かすんでいるわけでもないのに、男の瞳の奥には仄暗い影があった。眩しさを感じない、深みのあるエメラルドグリーン。美しさに混ざる危険な気配から目を逸らせない。

「あ…………」

「口付けに抵抗はあるか?」

問われてふるふると首を横に振る。
気遣いに少しむっとした。さんざんひとを辱めておいて、今さらなんの確認なのかと視線でうかがえば、あやすように側頭部を撫でられる。

「なら構わないな。力を抜いてろ」

ぺろり。
唇に柔らかいものが触れる。温かく湿り気を帯びたそれは上下の唇の隙間をこじ開けて口腔へと入り込み、手前から奥へと歯列をたどった。

「……っ」

舌の上をそろりとギルバートの舌が這う。驚き奥へと引っ込むも、追いかけてきた舌によって引き戻された。

「ふぅ、んっ……っ」

鼻から息が抜ける。頭がふわふわしてきた。口腔内に感じる他人の温度に困惑するも、不思議と抵抗する気は起こらない。
なんでかわからないけど、キスされてる……、……気持ちいい……。

心地よさが思考を奪う。同時に胸のむかつきや胃の痛みがやわらいだのに、リゼは気づけなかった。
しばしうっとりと口付けを甘受していたリゼだったが、ふと唇が離れたところで我に返る。

「ふぁ……ぁ、や……だめ……っ」

「大丈夫だ。すぐに楽になる」

唇が離れ、低い声の囁きに背筋がわななく。解放されたのはほんの数秒のことで、またすぐに口を塞がれた。

クチュ……、クチュリッ、クチャ……ッ。

口内で互いの舌が絡まり、唾液が混ざり合う。
頬を紅潮させたリゼはギルバートのキスに翻弄され続けた。
キスに夢中になるほどに、肉体の不調が消えていく。苦痛を一時的に忘れたわけではなく、身体をむしばむ悪いものが根本からなくなっている。こくりと喉の奥に溜まる唾液を嚥下すると、胃に感じていた重みがすうっと引いた。

「はっ……ぁ、…………? な……に……?」

自分に起こっていることが理解できず困惑するリゼを見て、ギルバートはわずかに目元をなごませた。

「フィーネの民の血肉はあらゆる病を治す万能薬になる……と、聞いたことはないか?」

「し……知らない」

「大陸の東側だと誰もが知っている伝承だ。ほとんどの者は本気で信じてはいないがな。これ自体はただの迷信だが、一部真実も含まれている」

リゼの口端からこぼれた唾液を、ギルバートの指がぬぐった。

「フィーネの民は自身の体液に魔力を乗せて、他者の肉体を内側から治すことができる。古くからトロスラライに伝わる治癒魔法だ」

唾液のついた指が口内に入り込み、舌の表面をなぞる。リゼは唇を窄め、ギルバートの指にちゅうっと吸い付いた。深い意味はない、完全に無意識での行動だった。

「……いい子だ」

ギルバートの自由なほうの手がリゼの胸元に置かれる。

「ここにある俺の魔力がわかるか? ……抗わなくていい……、力を抜いていれば、ゆっくりとなじんでいくだろう?」

穏やかな声音に誘導されるようにして身体から力が抜ける。
口腔をまさぐる指に頬の内側をくすぐられてむず痒さを覚えるも、リゼは嫌がるそぶりを見せなかった。

身体の胸から上がほんのりと温まり、頭が次第にぼんやりとしてきた。暖かさを帯びた気配に肉体が中から守られている感覚。これがギルバートの魔力なのかとぼんやり思うと同時に、胸の奥から強い安心感が込み上げる。

疲労も合わさり睡魔がリゼの意識を遠ざける。しかし眠りにつく前に、思い出したようにジクジクと下腹部が痛みだした。胃痛や全身の怠さはある程度解消されたものの、エガバの実の効能が最も及んでいる子宮の痛みまでは取り除けなかったようだ。

「……ぅん、ぁ……うぅ……」

眠たいのに、ズンと重い痛みが邪魔をして眠れない。
それでいい。これはエガバの実の薬としての副作用だから、むしろ残っていないと駄目なのだ。
わかっているのに、いつまで経っても楽になれない事実を受け止めきれず、リゼの瞳は涙で潤む。

「ぁ、やぁ……」

口から指が離れていく。弱った心に寂しさが上乗せされ、たまらずリゼは自らの手をのばしギルバートの手にすがった。

「も……やだっ、くるし、ぃ……」

「大丈夫だ、すぐ楽になる」

掴んだ手を掴み返され、指を組むようにして片手をベッドに縫い止められる。
胸に置かれていた手が腹部へ、そして脚元へと下る。寝巻きの裾を捲り上げた。太腿を滑るように指がつたい、両サイドにあるショーツの結び紐がしゅるりとほどかれる。

「あ、や……だめっ。それは……っ」

秘部を隠す布が取り除かれ、ギルバートがしていることを察したリゼは慌てて不自由な身を捩った。

「エガバの毒は主に女の性器に作用する。口からよりも、直接精液を注いだほうが解毒はたやすい」

「でも……それだと子供が……」

副作用をなくすためにギルバートの子種を受け入れていたら本末転倒ではないか。
波のようにぶ引いては強まる痛みに怯えながらも渋るリゼに、ギルバートが小さく息を吐き出した。

「わかった……、あとで俺の持っている避妊薬を飲ませてやる。材料にエガバを使用していないトロスラライ製のものだから、副作用の心配もないし、服用も一度きりで済む代物だ」

「……どうして、そんなの持ってるのよ」

純粋な疑問に、訊いた相手は悪びれもせず淡々と答える。

「娼婦に飲ませる以外に何がある」

そりゃそうか。ギルバートも男なのだから、一夜の相手を求めることぐらいあるだろう。行きずりの女ではなくその道の商売人を選ぶあたり、ある意味健全なのか?
一応の理解は示せるも、リゼの心境的に完全には納得しきれない。

「……一夜限りの娼婦に対してだってそこまで警戒できる男が、なんでわたしなんかに中出ししたのよ……」

「……そうだな、軽率だった」

あっさりと非を認めるも、男の声にはまったく反省の色が見られない。あまつさえ開き直ったような態度に、リゼはひくりと口端を引きつらせた。

「責任を取ると言ってるだろう。何もしなくていいから、力まずに力を抜いてろ」

くぷり……。秘裂に食い込んだ指が膣の入り口を撫でた。

「治せるとはいえ、身体が弱っていることは変わらないからな。できるだけ負担をかけないように努める。……苦しい思いはさせない」

「……ぁっ、ちょ……っ、まって……んぁ」

くるくると指の腹が膣口をたどる。くすぐったさに身を捩るも、ギルバートの手は秘部を離れない。
ゆるやかな刺激にじわじわと膣が潤い、愛液が指に絡まる粘着質な音がリゼの耳にも届いた。

腹痛でそれどころではないはずなのに、身体は些細な愛撫に快楽を拾い、雄を受け入れる準備を始めている。
咥えるモノを待ち侘びた膣が収縮しているのがわかる。自らの淫乱さにリゼは顔を真っ赤にして、ギルバートから視線を逸らした。

「んん……ぅ、あっ……ぁあ……」

濡れそぼった膣道へ、長い指がするりと入り込む。ナカの具合を確認してあっさりと引き抜かれたかと思えば、すぐに二本目が挿入された。
膣道を押し広げて最奥へと到達した指先が、柔らかい肉壁をゆるく引っ掻く。

ひくんっと、リゼの腰が小さく跳ねた。
二本の指が膣奥で開かれ、そのままゆっくり入り口へと戻る。膣壁のうごめきをものともせず、肉襞をめくりあげながら浅い位置まで戻ったところで、指が軽く曲げられた。

グジュリ、ヌチュゥ……。

膣口の窄まりから引き抜かれたのと同時に、愛液がこぽりと溢れ出る。
秘裂を流れる蜜をギルバートが指で掬う。
絶えず響く卑猥な音に耐えかねて、リゼはきつく目を瞑った。
目からの情報を遮ったところで男の刺すような視線を肌にひしひしと感じ、羞恥に身体がカッと熱くなる。
たまらずベッドに縫い止められたままの右手でギルバートの手を握れば、それ以上に強い力で握り返された。

どうやったってギルバートからは逃げられない。だったら逆らわずに受け入れたほうが楽なのでは……。
諦めに近い感情が場違いな安堵感に変わっていく。
リゼの身体から力が抜けたのを見計らい、三本の指が膣内に挿入された。肉壁を押される圧迫感は、リゼにとってまぎれもない快楽だった。

——気持ちいい……、もっと……ほしい……。

あくまでも肉路の拡張を目的として動く指は、感じるポイントをあえて外して肉壁を擦る。思うように快楽が拾えないもどかしさに、リゼの脚が自然と開いた。

「ふっ……ぅ、んぅ……う、ぁっ……うぅ」

刺激を求めて無意識に腰を揺らす。きゅうきゅうと締まる膣の中、ぐるりと三本の指が回された。クリトリスの裏側を抉るように押され、背中がわずかに仰け反った。

「うぁっ、ぁ……ぐ、ぅ……っ」

リゼが苦しげに眉を寄せた。
ジクジクとした痛みに紛れて子宮が疼く。苦痛と快感が入り混じった腹部の感覚にどうしていいのかわからず、とうとう目から涙がこぼれた。

「きついか?」

膣内から異物感が消えた。
覆い被さる気配にうっすらと目を開く。互いの唇が重なったとき、リゼがねだるように舌を差し出す。
誘いに応じたギルバートに舌先をちゅっと啄まれた。逃げるように引っ込んだ舌を追いかけて、唾液を乗せた男の分厚い舌が口内に押し入る。縦横無尽に動きまわる舌に翻弄され、リゼはくたりと身体を弛緩させる。
口腔に溢れる唾液をこくりと飲み込む。すると胸の奥から暖かさが全身に染み渡り、下腹部の痛みがわずかにやわらいだ。だんだんと意識がぼんやりしていく。

「そうだ……そうやって俺に任せていればいい……」

低い声に従いリゼはくたりと全身を脱力させる。しかし秘部の疼きは依然として治らず、膣内は刺激を求めて切なくうごめいていた。

「はふ……ぁっ、あ……ナカ、もっと……あついの、ほし……いっ」

願望が言葉となって口からこぼれる。望んだとおりに、秘部に熱い塊が当てられた。

ぐぷ……、ズヌリ……ググゥ……。

ペニスの先端がじわじわと膣口を押し開く。一番太い部分が通過した直後、カリに沿って入り口が窄まる。ゆっくりと時間をかけた挿入に肉棒の存在を強く感じ取り、リゼは熱のこもった吐息をこぼした。

「……ん、んぅ……、あ……あぁ」

狭い肉筒を広げながら奥を目指すペニスを余すとこなく感じ入る。
ギルバートはリゼに痛みを与えない。身体に負担をかけないよう細心の注意を払ってゆっくりとした速度で進む熱棒は心地よくもあり、同時にじれったかった。

片方の手はリゼと繋いだまま、ギルバートの自由な手に下腹部を撫でられる。手のひらの温もりが肌を通して子宮へと伝わり、心なしか重苦しい痛みがやわらいだ。
するとそれまで以上にペニスがもたらす快感が明瞭になり、リゼを快楽の渦へと引き込んだ。

「あ、つぃ……んっ、はぁ、ぁっ、……ナカ、いっぱいで……きもちぃ、の……ぁっ、ぁん……っ」

なぜ自分はこの男とセックスをしているのか。そもそもの目的が曖昧になってしまう。長旅で疲れた身体にもたらされる穏やかな快楽は、リゼから理性を根こそぎ奪っていった。

とちゅ……。最奥に到達したペニスがわずかに子宮口を押し上げた。下腹部に張り詰めた痛みがあったのは最初だけで、すぐにペニスの刺激がすべての苦痛を凌駕する。
腹の奥から痺れを伴う熱が全身へと広がる。肩をふるりとわななかせ、リゼは悦楽を享受した。

臍の下から薄い茂みへと身体の中心をギルバートの親指がたどる。指圧された胎の中、動かない肉棒にじらされて膣壁がうねった。ナカはきゅうきゅうと締め付けペニスに媚びて、さらなる快感を引き出そうとする。
静かな室内ではリゼの荒い息遣いが何よりも目立ち、ときおり甘い鳴き声が小さく響いた。

「……つらくないか?」

「……ぅんっ、……へ、いき……だから……んっ、もっ……と……っ」

正気の自分が聞いたら恥辱に悶絶しそうなおねだりが自然と口からこぼれる。どろどろに溶けた思考では自分自身を顧みる余裕がなく、ただ欲望に忠実にさらなる快楽を願うばかりだ。

……ズヂュ……。ギルバートがほんの少し腰を引いた。
熱の塊が子宮口を押し上げる圧迫感が薄れたのと同時、肉竿がズルリと膣道を擦る。

「あっ……ぁ……っ、んっ、……はぅ……っんん」

わずかな動きからも発情した肉体は快感を拾い上げ、ぞくぞくとした痺れが全身を駆け巡る。リゼは目蓋を落として愉悦を堪能した。

己のペニスに感じ入る彼女の表情を前にギルバートは目を細め、密かに熱のこもった息を吐き出す。
余計なことは言わない。リゼが正気に戻ってしまうから。
敵も味方もこの行為の目的すらもを忘れて悦に浸る彼女の姿にたまらなく興奮する。
無茶苦茶に犯したい欲求を鋼の精神で自制して、ギルバートは自らの役目を遂行すべく慎重に腰を動かした。

膣道の中ほどまで引き抜かれたペニスが、またじわじわと奥を目指す。

「は……ぁっ、ぁ……はぁ、は……っ、ぁっ……」

遅い速度の抜き挿しが繰り返され、心地よい快感が延々と続く。リゼの肉体の昂りは一定に保たれ、いつまで経っても絶頂の気配は訪れない。
激しさのないゆるやかな抽挿に物足りなさを覚えるのは早かった。

腰をくねらせて身悶えるリゼが、腹部に置かれた手に自らの手を重ねる。涙で滲んだ瞳で縋るような眼差しを向ければ、ギルバートはリゼの手を掴み、右手と同様にベッドへと縫い止めた。
リゼの視線を釘付けにして、ギルバートがねっと胸の頂を舐めた。生温かく濡れた舌が這う感触に呼応して下腹部がヒクヒクと小刻みに震える。
締まる膣道を亀頭がこじ開けながら進んだ果てに、先端が子宮口に当たった。

「はふ、ぅぁっ、あぁ……んっ」

重い一撃に背中がしなり、はからずもギルバートに胸を突き出すかたちになる。
膣の最奥をペニスでこねられながら、胸の先端を口に含んだその中で、乳首を舌先で転がされる。

「んぁ……あぅっ、んん……ぃっ……、あ……ああんっ」

突然リゼの腰がビクンッと跳ねた。ゆったりと身体に注がれ続けた快楽が限界に達し、器の縁から溢れるようにゆるい甘イキを味わう。
快感が小さな波となって次から次へと押し寄せる。そのたびに膣壁は収縮を繰り返し、熱くたぎるペニスの脈動をリゼは己の内側で感じ取る。

「ふぁ……あ、ぁっ、ふ、……ぅんっ……はっ……はぁ……あっ」

恍惚とするリゼに、胸から顔を離したギルバートが口付ける。小さく口を開き、リゼはためらいなく受け入れた。
口を塞がれ、息苦しさに顔に熱が集中して、意識が溶けていく。

男の施しに安心する。なんの疑問もなく身を委ねる自分自身に危機感を抱く余裕はとうにない。
ググ、グ……グゥ……と、硬い鬼頭に子宮口を優しくこねられるたびに、身体の中心から押し出されるようにして快楽が全身を駆け巡る。

下腹部の痛みはいつの間にか消えていたが、淫らな海に溺れるリゼはそのことに意識を向けられない。しかし気づいたところで、この淫らな愉悦から逃れたいとは到底思えなかっただろう。

征服者に主導権を握られているというのに、怖くない。それどころか、肉体の内側に感じる男の熱に守られているようにすら思えて、ためらいなくギルバートに身を任せられた。
うっとりと、されるがままにキスを享受し、自ら脚を大きく開く。
口付けの合間にギルバートがふっと穏やかな笑みを浮かべた。
たったそれだけのことで自分が誉められているような気がして、男の些細な仕草に幸せで胸がいっぱいになる。

「……ふふっ、んっ……っ、あっ、……んぅ————っ……」

とぷり……。

ギルバートにつられて微笑んだ直後、不意に身体の奥深くで熱が爆ぜた。
吐精中のペニスが子宮口に食い込むほどに押し付けらる。重い快楽に身悶えるさなか、灼熱の奔流が胎内を満たしていった。子宮に渦巻く熱の刺激に、リゼは快楽の絶頂へと昇り詰めた。

「んあぁっ、あっ……ぃ、イ、く……っ、イッ……て、あっ、ぁ……っ」

ヒクン、ヒクンッと腰が断続的に小さく跳ねる。膣の内壁は小刻みに震えながらも締めつけを強くしてペニスに絡みついた。
まるで精液を最後の一滴まで搾り出そうとするかのような動きにギルバートが息を詰まらせる。余裕をなくした男の気配を間近で感じ、わずかな優越感が心の奥底から湧き上がった。

「ぁ……はぅっ、あっ、まだ……ぅあっ、あぁ……ぁっ、んぁっ」

絶頂感は長く続いた。子宮に蓋をするようにギルバートがペニスの先端を最奥に押し付けてくるものだから、いつまでも快楽が終わらない。

「ナカの感覚はわかるか?」

問いかけに、リゼは素直にうなずいた。

「あ……わか、る……」

言いながら、身体の中心へと意識を向ける。

「あったかくて……、じーんとてしてて、ぁっ、ん……っ、……きもちぃ、の……」

もう身体のどこにも、エガバの実の影響は残っていない。
果たしてそれはリゼにとって喜ばしいことなのか。今のリゼでは考えがそこまでは到底及ばず、うっとりとギルバートのもたらす快楽に酔いしれた。

「そうか……ならいい」

それをギルバートが肯定するものだから、なおさらリゼの理性は深い水底に沈んでしまう。
心地よい疲労感に目を閉じると、意識せずともしだいに身体から力が抜けていった。





   ◇  ◇  ◇





肉体の交わりによって互いの魔力を高めあう術は各地に見られるものの、自らの体液を媒体として、魔法で対象者を治癒できるのは広い大陸においてもフィーネの民だけだ。

病や怪我に関係なく、肉体の内側を治す魔法としては患者の自己治癒能力を高めたり、悪い部分を消し去ったり、負傷した血管を繋げたり、骨を固定したりと現代ではさまざまなやり方が確立されている。しかし外からは見ることができない肉体の内部を治癒する魔法には解剖学の知識が必要となるため、魔法医の数は極端に少ない。

治癒魔法を得意とするティエナですら、本来なら致命傷となる外傷を即座に完治させることはできても、体内を蝕む病の治療は専門外なのだ。
トロスラライの外で育ったティエナは、フィーネの民が独自に使える魔法を知らない。
もしもティエナがトロスラライの治療魔法を体得していたら——と、そこまで考えてギルバートは小さく首を振った。しょせんは無意味な想像でしかない。


リゼの呼吸が落ち着くのを待って、身体を清め衣服を整えてやる。うつらうつらとまどろむ彼女はされるがままだった。
途中、ギルバートはなんとなくリゼの右手を掬うように持ち上げた。そこに自身が付けた傷はない。きっとティエナが治したのだろう。

傷跡が残らなかったことに安堵しつつも、ギルバートの心境は複雑だ。気づかぬふりでやり過ごすには、心のモヤモヤが強すぎた。

できることなら自分が治してやりたかった——なんて、自己満足にもほどがある。わかっていながらティエナに感謝できない自身の浅ましさから、うなだれるようにため息を吐き出した。
リゼの手をそっと戻し、ギルバートはベッドのふちから腰を上げる。——が、完全に立ち上がる前に袖を引かれた。

「……り…………くす、り……」

か細い声でリゼが呟く。薄く開く瞳はうつろで、今にもまぶたが閉じてしまいそうだ。そんななかでもリゼは掴んだ袖を離そうとしない。
要求が叶えられない限りは諦めそうにないリゼに、ギルバートは無表情の裏側で迷った。

——別に孕ませても問題ないのでは……?

不義理な誘惑が脳裏をよぎる。悪くない案だと思いつつも、ギルバートは収納魔法を展開してトロスラライ製の避妊薬を取り出した。ここでも偽薬を使うか迷ったが、結局最後はなけなしの誠意に従った。
自らの欲望よりも、男はリゼとの口約束を優先したのだ。

サイドテーブルに置かれた水差しの水をグラスに注ぎ、口移しでリゼに薬を飲ませる。
華奢な身体をベッドに横たえさせ、そっと掛布をかけてやる。

「これでいいだろ。心配事がなくなったならもう休め。体調もじきによくなる。……ティエナにはまだ、お前が必要だ」

最後の付けたしは自分への言い訳だ。

「……ティエナと別れたあと、お前は組織に戻るつもりなのか……?」

訊いてはみたが、答えは期待していない。リゼはとっくに眠りに落ちていたし、たとえ起きていたとしても彼女はまともに返してくれなかっただろう。

リゼの甘さはヘル・シュランゲとの関わりを考慮すると非常に危険だ。その影響はリゼと行動を共にしている自分たちにも及びかねない。
彼女が根っからの悪人だったなら、ここまで気を揉むこともなかったというのに。
甘さという点では自分も人のことを言えないかと、ギルバートは深く息を吐き出した。

リゼがティエナに向ける愛情は疑う余地がない。あれが演技だというなら、ギルバートとカノンは完全にリゼの術中にハマっていることになるわけだが……。

「……そう単純なものではないか」

時と場合と状況と。あるいは出来心や気分によっても、人間の心は案外ころころと簡単に変わるものだ。
信念を貫き続けることの難しさは、ギルバートも痛感していた。




ギルバートはしばらくリゼの寝顔を見つめていたが、小さなノックの音を聞いてギルバートは出入り口の扉へと振り返った。

開いた扉の隙間からティエナが顔を覗かせる。目が合うと彼女は無言でちょいちょいと手招きした。
ギルバートは名残惜しそうにリゼをちらりと見て、部屋をあとにする。廊下には買い出しから戻ったティエナとカノンがいた。

「リゼは?」

ティエナに小声で尋ねられる。

「薬が効いて眠っている。ゆっくり休めばそのうちよくなるだろう」

「そう……」

うなずきはしたものの、ティエナの表情は晴れない。しかし憂いを見せたのは数秒のこと、リゼのいる部屋の扉を一瞥し、ギルバートへと振り向いた彼女はにっこりといつもの明るい笑みを浮かべていた。

「じゃあ、あとはわたしがリゼを看るから、ギルとカノンはお屋敷の警戒をお願いね」

「箱入りのお嬢様に看病ができるのか」

「当然よ。えっと……、リゼが熱を出したら、冷たく濡らした布をおでこに乗せて頭を冷やして……、汗がひどいな優しくぬぐって、喉が渇いたら水を飲ましてあげて……、目を覚ましたときにひとりだと心細いから、ずっと傍にいるのよ」

じゃあそういうことだから……と、言い終わったティエナは颯爽と部屋の中へ消えた。

ひとつひとつ思い出しながら言葉を紡ぐ姿は、まるで自分の経験と照らし合わせているかのようだった。

かつて一国の王太子の婚約者でありながら王城で冷遇されていたティエナが床に伏した際、誰がそうやって彼女の世話をしたのか。ギルバートもカノンも、特に考えを巡らせなくても簡単に答えにたどり着けた。
たとえ裏にどんな意図が隠れていようと、リゼの献身がティエナの心を支え続けていた事実は変えられないのだ。

「姫さまはともかくとして、あなたまでほだされたなんてことになったらさすがに笑えませんよ」

部屋の扉から目を離そうとしないギルバートへと、カノンが厳しい視線をよこす。

「ケルドンテ商会が蛇の毒牙にかかりました。トップがヘル・シュランゲの息がかかった者にすげ替わるのも時間の問題です」

二人きりのとき、カノンはギルバートに敬語で話す。耳打ちでされた報告に、ギルバートはわずかに目を細めた。
大陸東部の地下組織であるヘル・シュランゲは、現在大陸西部へ急激に勢力を伸ばしている。

ヘル・シュランゲが拠点を置くサイディ王国が大陸において影響力を強めているのも理由のひとつだが、何よりの原因は大陸を東西に分断していたテュエッラ川に掛かる橋の長年の修復が終わり、人々の行き来が再開されたからだろう。

ティエナとリゼも大陸の西側へ渡る際にその橋を利用した。
カノンがちらりと扉を見やる。

「彼女にどんな事情があったとしても、あの手の組織は一度関係を持ってしまうと、関わりを断つのは不可に近い。あなたは姫さまに、あなたと同じ轍を踏ませるつもりですか」

苦言にギルバートは反応を返さず、カノンへ目を向けようとすらしない。それはカノンが芝居がかった大げさなため息を吐いても同様だった。

「そんなに彼女が気になるなら、いっそのことトロスラライで囲ってしまってはいかがですか。国内に連れ込んで逃げられないよう繋いでしまえば、地下組織だろうと完全に接触ができなくなりますからね」

投げやりに言い放つもギルバートは上の空だ。こりゃ重症だとカノンはあからさまに肩をすくめる。

「それもありか……」

時間をおいて呟いたギルバートの言葉はばっちりカノンの耳に届いた。
真剣に検討を始めてしまったギルバートに、カノンはますます呆れ果てがくりと肩を落とした。





【続く】

市街地 2024/08/31 11:50

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第2話(前編)身体の不調を治すため〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

・[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

・[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]
・[第1話(後編)昼の駆け引き、夜の密事]
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)

・[第2話(前編)身体の不調を治すため]←ここ
(第2話:治療・正常位・スローセックス・中出し)





第2話(前編)〜身体の不調を治すため〜





——どうせわたしの価値なんて——……。




衣服を抱えて廊下を走った。深夜という時間帯が幸いして、見ず知らずの他人にあられもない姿を目撃されることはなかった。
ティエナの眠る部屋の扉を半身分だけ開き、リゼは隙間を縫うように中へ入る。
あの男もさすがにここまで追いかけてこないだろう。
耳を澄ませると部屋の奥からティエナの寝息が聞こえてきて、どっと肩の力が抜けた。

とりあえずの処置として右手に布を巻きつけ、音をたてないよう慎重に服を着込んでいく。暗闇の中だから手探りの作業だ。さらには利き手がズキズキと痛み、シャツに袖を通すのにも苦労した。

やらかした。ついカッとなって手を出してしまった。

——アイツにとっては、どれも駆け引きの一環だったってのに……。

奴は目的のためなら手段を選ばない。ただそれだけのこと。ギルバートがそういう男だと、これまでのやり取りでリゼは十分すぎるほど理解していたはずだった。
情報を引き出すためにリゼを快楽で追い詰める行為にはじまり、無理矢理犯して精液をナカに出したのも、こちらの今後の動きを見定めるためだ。

これまでリゼが遭ってきた人間と違い、ギルバートは他人を駒として利用しない。そのぶん自分をためらいなく駒として酷使できる。
使命のため。祖国トロスラライのため。フィーネの民のため。……ティエナのためなら……アイツは身を削ることをためらわない。

——哀れな男ね。

リゼを孕ませるとか、フィーネの民の血が入った子供は金になるとか……。思い出すだけではらわたが煮え繰り返る物言いだって簡単にやってのける。それが男の本心かどうかは別として。
発言と行動でリゼを揺さぶろうとしているのはよくわかった。

しかしこちらの激昂をギルバートが想定していなかったのは意外だった。犯されて心が折れるとでも思っていたのか、もしくは今も胎内に残る奴の子種を喜ぶとでもいたのか。どちらにしても不本意だ。
そういう意味では、挑発に乗って殴りかかったのはある意味正解だったのかもしれない。おかげでギルバートの詰めの甘さを見ることができた。

リゼが殴りかかったときの、ギルバートの驚いた顔を思い出し、冷静沈着な冷血漢の仮面を剥がせたのは大きな成果だとリゼは自分に言い聞かせた。そう思わないと、やってられなかった。

しかしいくら言い訳を積み上げて気持ちを切り替えようとも、現実は厳しい。
性行為で主導権を握れない。いつも相手にやられっぱなしで、リゼはギルバートに駆け引きのひとつも持ちかけられない。

お前は欠陥品だ。

組織で幾度となく言われてきた言葉が頭の中で反響する。
表情に暗い影を落としながら、どれでものろのろと服を着込んで身を起こしたリゼは、ティエナの眠るベッドへと生気のない眼差しを向けた。

——でも、欠陥品じゃなかったら、この子に仕えることはできなかったわけで……。

出来損ないに残された最後の使い道が、ティエナの侍女だった。それをリゼは不幸だとは思わない。

慎重にベッドに腰掛ける。わずかに軋む音が鳴るも、ティエナが目を覚ますことはなかった。本当に、この子は安心できる場所だとよく眠る。

痛む右手が熱を帯びる。それ以上に秘部の異物感と未だ胎内で燻る疼きが気になった。
下腹部に手を置くと屈辱的な記憶がよみがえり、沸々と怒りが再燃した。

冷静になれ、冷静になれと言い聞かせるほど、憎い男の冷静な顔が頭に浮かんでひとりキレそうになる。
落ち着け、今はそれどころじゃない。深呼吸をして奴を意識から追い出した。

犯されたことを今さら嘆いてもしかたない。そんなことよりも、ナカに出された子種の対処が最優先だ。
身籠る確率は極めて低いが、楽観はできない。

——絶対に大丈夫だって、確信が持てるようにしないと。

ここに命が宿るなんてことあってはならない。
確実に不幸を背負うことになる子供を、こんな世界に産み落とせるわけがなかった。




    *




明朝。薄暗い部屋の中でリゼの右手にティエナが両手をかざす。
たちまち右手は白い光に包まれて、昨晩できた傷が瞬く間に消えていった。

「ありがとうございます。助かりました」

「ほかに怪我はない?」

「ええ、どこもなんともありません」

起床したティエナにその右手はどうしたのかと問い詰められたリゼは、夜中に別棟にある手洗い場へいった帰りにうっかり転んで擦りむいたのだと説明した。ティエナはそれを信じたようで、とにかくすぐに治さないとと、リゼに癒しの魔法を使ってくれたのだ。

癒しの魔法は他者に干渉して肉体を操作する点から「支配魔法」に位置付けられている。魔法は高い魔力と高度な魔力操作が要求されるため、扱える者は大陸でもそういない。

ティエナが癒しの魔法を修得までに重ねた苦労を知っているだけに、この程度の傷に魔法で治癒されるのは少々申し訳なかった。
遠慮が勝るリゼに、ティエナは不満そうに頬を膨らませる。

「どうして夜中に、怪我して帰ってきたときに起こしてくれなかったの?」 

「たいした傷ではありませんでしたし、気持ちよさそうにお休みになられてましたので……」

一度寝たら朝までぐっすりの安眠体質をティエナ自身も自覚していた。

「た、たしかに……わたしはなかなか起きれないわよ。でも……リゼに何かあったときに、すぐに気づけないのは嫌なの……」

上目遣いで言われて、良心にグサグサと刃が刺さる。ティエナの寂しそうな表情に、リゼはとことん弱かった。

「次は絶対、引っ叩いてでも起こしてちょうだいね」

「……次があるようなドジっ子にはなりたくないのですが」

「はぐらかさないで。いい? 絶対よ、わかった?」

「…………承知いたしました」

押しに負けてうなずくが、ティエナは納得してくれなかった。

「リゼ、本当にどこも悪くないの? なんだか顔色がよくないわ」

「そうでしょうか? ご心配なさらなくとも、わたしはいつもどおりですよ」

顔色がすぐれないことについて、心当たりは大いにあるし原因もはっきりしているが、リゼは笑顔ですっとぼけた。
ティエナに言えないことがまたひとつ増えてしまった。すべてはあの最低な堅物野郎のせいだ。



朝一番、宿屋の食堂で顔を合わせたギルバートのもの言いたげな視線を、リゼは完膚なきまでに無視した。
ティエナは町でもう一泊したがっていたが、自分は大丈夫だからと言い張って、強引に出発までこぎつけた。

トロスラライを目指す一行は、太陽が地平線から完全に顔を出す前に宿場町をあとにした。



伝説の種族とされているだけに、フィーネの民は目撃情報だけでも金になる。どこの街に現れて、どちらへ旅立ったか。情報を欲しがる理由は人によって異なるも、フィーネの民を求める人間が大陸東側には溢れかえっていた。

自分たちが余計な厄介ごとを惹きつけることを知るギルバートたちは、ひとつの町に長居しない。大陸の主要都市を結ぶ街道も極力使用せず、ときには未開の山を突き進むことも珍しくないという。リゼも当初は神出鬼没の彼らを見つけ出すのに苦労した。

現在はティエナとリゼが同行しているため無茶な旅は控えているが、それでも街道から逸れて道なき道を歩くことが度々あった。

今回も山脈地帯の山と山がぶつかる谷間を彼らは進んでいた。未開の地に巣食う魔物は彼らにとって脅威にならない。馬では通れない崖のような段差も、ギルバートとカノンは突破方法を悩んだりはせず、魔法を駆使して簡単に乗り越えていく。もちろん、ティエナやリゼへの補助も忘れない。

手慣れたものだとリゼは思う。彼らが整えられた街道を使おうとしないのは、彼らが他国民を警戒している表れだ。
今はティエナがいるから、特に彼らは周囲の人間に注意を払っている。その筆頭がリゼなわけで、真っ先に排除したい人間にティエナが一番懐いているというのは、彼らにとっても頭の痛いことなのだろう。
それでも、体力差を考慮して歩く速度を調整してくれたり、魔物にターゲティングされたリゼを庇ったり、足場が崩れて沢に落ちかけたところを寸前で腕を掴んで引き上げてくれたりと——、彼はリゼを見捨てるようとはしない。

不思議なことだ。自分を始末したいのなら、不慮の事故に見せかけていつでも殺せるだろうに。ティエナにバレないようにするのも、男二人が連携すれば不可能ではないはずだ。
それでも実際のところ窮地に陥ったリゼを助けてくれるのはいつもギルバートで、カノンにいたってはあわよくばリゼが脱落してくれたらと心の底から望んでいるのがわかっていた。彼らのあいだで何やら意見が割れているのを、リゼは場の空気から敏感に感じ取っている。

正直、複雑な気分になる。特に自分を守るような行動を見せているのがギルバートだということに納得がいかない。
ギルバートはリゼのことを理解し難いと言うが、それはリゼからしても同じだった。この冷血漢はいったい何がしたいのか。



およそ十日かけて山脈を越え、森を抜けた。草原をまっすぐ進めば大きな街道に出るのだが、彼らはその街道と行き当たる街を迂回する判断を下した。
リゼは物資を補充するために街へ立ち寄りたかったが、フィーネの民の事情を聞かされては迂回を承諾せざるを得なかった。

腰丈ほどの雑草が生い茂る草原を四人は一列になって歩く。先頭のギルバートが草を踏み締め倒してくれるので、歩くのはそこまで苦痛ではないはずだった。

ギルバートの後ろにはティエナが続き、ティエナの背中をリゼが追う。しんがりはカノンが務めた。
山歩きでの疲労の蓄積もあって、彼らに会話はない。
そんななかでリゼはひたいに滲む汗を手のこうでぬぐい、唇を噛んだ。
ずっと腹部にあった不快感が、みぞおちから胸へと迫り上がる。全身が重だるく、目の奥がズキズキと痛んだ。
しだいに足取りがおぼつかなくなり、ティエナとの距離が開いていく。

ティエナは自分が遅れてはまずいとギルバートの背中を追いかけるのに夢中で、後ろを気にする余裕がないようだ。
リゼのほうも、限界だった。耐えて、隠して、気を紛らわせてここまできたが、身体が悲鳴をあげている。

——……、限界か……。

みぞおちに手を当て、リゼは足を止めた。前屈みになった彼女を追い越し、前に回ったカノンが覗き込む。

「ちょっと」

視線が交わる。猜疑心を持ってリゼの腹の中を探ろうとしていたカノンのが目を見開いた。

「どうしたの? 今にも死にそうな顔してるけど」

でしょうね。

「……別に、置いて行ってもいいですよ」

かすれた声でぶっきらぼうに言い放つとカノンは閉口した。

「そちらにとっても……絶好の機会では?」

重ねて言うが、無視された。
そうしてカノンは逡巡の末に手で荒々しく前髪を掻き分け、盛大なため息を吐き出す。

「あいにく、俺はギルと違って姫さまに嫌われたくないんでね。——ギル、ストップだ! 戻ってこい!」

前半はリゼに向けて、そして後半は先を行くギルバートへと声を張り上げた。

——余計なことを!

横目に睨みつけるとカノンはふんと鼻を鳴らした。ティエナには決して見せない人を小馬鹿にするような顔で笑い、進行方向を顎で示す。

「俺は別にアンタが野垂れ死のうがどうでもいいけど、姫さまとのあいだに禍根は残させないよ。逃げたいなら自分で姫さんを説得することだ」

——それができたら苦労しないっての!

声を出そうとほんの少し腹に力を入れただけで、胃が握りつぶされるような激痛が襲った。ここまで酷いとは……苦肉の策だったとはいえ、副作用を甘くみていた。
膝に力が入らず地面に崩れ落ちる。

集中力を維持できず、収納の魔法がとけて荷物袋がリゼの周囲に出現した。

「リゼ!」

前方から、ティエナの呼び声が聞こえた。草を踏んで駆ける足音が近づく。
リゼは歯の食いしばりをゆるめ、口端を上げた。自分を慕うあの子に弱いところを見せたくないとか、そんなことに考えが及んだわけでもなく、完全に無意識の強がりだった。
わずかに顔を上げると、駆け寄るティエナの後ろにギルバートの姿を見た。腹の底から込み上げた怒りにたちまち身体の不調がどうでもよくなり、のろのろと立ち上がった。

奴が来る前に散乱する荷物を亜空間に戻そうとしたが、うまくいかない。強がり続けるのにも限界があり、収納魔法を常時魔法を発動させ続ける体力はリゼにもう残っていなかった。

「リゼ……っ、どうしたの? すごい汗」

「すみません、少し気分がすぐれないみたいで……」

言葉と一緒に今朝口にした物が出てしまいそうになり一旦口を閉じる。

——こんなことなら、ギルバートたちを完全に信用するなって、もっとちゃんと、二人きりのときに伝えておけばよかった。

悔いは残るが、それでもティエナはもう子供じゃないのだと自分に言い聞かせる。
予定より少し早いけど、ちょうどいい機会だ。

「どうした」

戻ってきたギルバートに、ティエナがリゼの背中をさすりながら言う。

「リゼがつらそうなの。休憩して様子を見ましょう」

「……いえ、わたしには構わず、みなさんは先に行ってください。ここで足を止めたら、……エルバの街まで迂回しなければいけなくなる」

ギルバートの視線がティエナからリゼに移る。わかってる、これ以上迷惑をかけるなと言いたいのでしょう。

ひとまずの目的地である商業都市エルバは、聖女の来訪にともなう警備のため、四日後から旅人の立ち入りが一時的に禁止される。聖女がエルバに来訪するのはまだ先のことらしいが、それまでに浮浪者や定住資格のない違法者を追い出し、街の「浄化」をはかるらしい。

リゼたちは順調にいけば明日の夜、大門が閉まる前にエルバに到着できる。そこで一泊して、翌日の朝には旅立つ。
かなり慌ただしい行程になっているが、本来ならもっと余裕をもってエルバの街に着くはずだった。山越えに想定以上の時間を要した原因が自分の足の遅さにあるのだから、責任を感じずにはいられない。

「わたしはしばらく休んでから、街道に出てアゼレーを目指します」

「馬鹿なこと言わないで。リゼをおいていけるわけがないでしょう」

「ティエナ様を精霊信仰の拠点に近づけるわけにはいきません。わたしひとりでしたら……あの街も、問題ありませんよ」

もともと迂回するつもりでいたアゼレーは、現在他の目と鼻の先にある。ゆっくり歩いても夕暮れまでに街へ入れるだろう。

ただしアゼレーは精霊信仰の過激派の中心地として有名な街だった。彼らは精霊を崇拝するあまり、血生臭い教義を掲げていた。
教義の本筋としては「精霊の子孫とされるフィーネの民を儀式の生贄に捧げ、血肉を食らうことで我々も精霊に近づこう」とかなんとか。何をどうすればそんな思想を持つに至るのか、理解に苦しむ。

とにかくそんな狂信者たちがはびこる街に、ティエナを近づけるわけにはいかない。
この提案はギルバートとカノンにとっても都合がいいはずだ。

リゼがふらつく足で地面を踏み締めギルバートを見やる。お前の望む結果になるのだから説得に協力しろと、身を屈めながら目線で訴えた。

「原因に心当たりはあるのか?」

しかし返ってきたのは悠長な質問だった。余裕がないだけにリゼの精神はすさむ。

「……さあ? 連日の山歩きなんて、慣れないことをしたからじゃないでしょうか。休めばすぐに回復します」

飄々とうそぶくリゼだったが、とうとう立っているのも難しくなりその場にしゃがみ込んだ。

「リゼ、無理しないで」

ティエナも立膝になって身を屈める。
ギルバートが何かを言い出す前に、カノンが口を開く。

「いいんじゃないの? 妥当な案だと思うよ。なんならアゼレーの手前まで俺が付き添ってもいいし」

「カノンっ」

いつもティエナに甘いカノンであるが、このときばかりは譲ろうとしなかった。

「姫さまがお付きの人を心配してるのはわかるよ。でもだからこそ、姫さまはあの街に近づいちゃいけない。あそこの狂信者どもはフィーネの民を狩るためなら手段を選ばないし、姫さまが危険にさらされてたら、お付きの人もおちおち休めないだろう」

もっともな言い分にティエナの表情が曇る。
リゼは口を閉ざした主人に、自分はいいから先に進めと言う意味を込めて微笑みながらうなずいた。
そんなリゼを目の当たりにして、ティエナの瞳に決意の光がともる。

「精霊信仰の過激派の人たちは、エレパス・ドラゴンより強いのかしら?」

「ティエナさま……っ!」

人間と魔物を同列に捉えてはいけない。慌てて嗜めようとしたが、胃液が食道を逆流して言葉が続かなかった。

「リゼっ、……いいわ、すっきりするから全部吐いてしまいなさい。ああもう、どうして……」

リゼが弱さを見せない人間だとよく知るティエナは、彼女の不調に気づけなかった自分を責めた。

——違う。こうなったのはわたしの都合で、この子に落ち度はない。むしろ気づかれたくなかったの。

弁明したくても、胃がポンプのように収縮を繰り返してそれどころではない。嘔吐に呼吸がままならず、泣きたくないのに生理的に涙がボロボロと溢れた。
顔はぐちゃぐちゃ。おまけの自分が彼らを足止めしてしまい、ティエナに迷惑をかけて……何をやってるんだろう。
無力感にさいなまれて自己嫌悪に沈むリゼの目元に、ティエナがそっと水で濡らした布を当てた。

「大丈夫よ、わたしが一緒にいるわ。リゼをひとりにはさせない」

「————っ」

背中にティエナの手が置かれる。彼女はリゼを守るように抱き寄せて、強い意志のこもった瞳でギルバートを見上げた。

「リゼを置いて行くと言うなら、あなたたちとはここでさよならよ。トロスラライへの案内はもう結構。契約は終わりにします」

「姫さま、さすがにそれは……お付きの人の意思を無視しすぎてないか」

カノンが嗜めるもティエナは応えず、ただまっすぐにギルバートを見上げる。

「リゼに気を使わせて、苦しい思いをさせてしまったのはわたしが原因なのよ?」

自分がフィーネの民などと呼ばれる特別な種族でなければ、迷わずアゼレーの街に立ち寄れた。そもそも尾行者を撒くために、険しい山越えなんてしなくて済んだのだ。
ギルバートとカノンは当然のように街道を外れて道なき道を闊歩する。リゼが彼らの決めた進路に不満なく従うから、ティエナは何も言わなかったが、ずっと心の中で申し訳なく思っていた。

自分がフィーネの民だから、安全な街道を進めない。
自分がトロスラライに行ってみたいと言い出したばかりに、リゼに無理をさせてしまった。
ここで体調を崩したリゼを置いて先に進むなど、絶対にできない。たとえリゼ本人がそれを勧めていたとしても。
提案に乗るならギルバートとカノンもいらない。何がフィーネの民だ。

たとえば、今ここで肉体に異常をきたして動けずにいるのがティエナだとしたら、彼らは迷わずこの場で休む選択をしただろう。それがわかっているから、ことさら腹立たしい。
同族だからと自分が彼らに特別視され、リゼが軽んじられることが、何より許せなかった。

ティエナは挑むようにギルバートを睨み、彼の答えを待つ。説得されても聞く耳を持つ気なんてさらさらない。
目を伏せたギルバートがふっと息を吐く。かすかに笑ったような、それでいて呆れと自嘲が混ざったような、判断に困る表情だ。

ティエナの頭に軽く手を置き、ギルバートがリゼの前に膝をつく。そうして魔法で自身の収納空間から毛布を取り出し、リゼの背中にかけた。華奢な身体を軽々と抱き上げるのと同時に、ギルバートは立ち上がる。

「収納に余裕はあるか?」

リゼを抱きかかえたギルバートが、地面にしゃがむティエナを見下ろして訊いた。
瞬時にティエナは問いの意味を理解した。ぱっと笑顔を咲かせ、大きくうなずく。

「ええ、もちろんよ」

周囲に散乱するリゼの荷物を次々と収納魔法でしまっていく。自らの造り出した空間に収める物の体積に比例して、常時消費される魔力量も増えた。ズンと、乗り掛かるような身体の倦怠感も強まったが、耐えられないほどではない。
リゼと離れることに比べたら、これぐらいへっちゃらだ。

「……よけ、ぃ……な……」

リゼがギルバートの肩を押す力は弱々しく、なんの抵抗にもなっていない。

「いいから黙って目を閉じてろ」

もはや言い返す気力もないらしく、ギルバートの腕の中で荒い呼吸を繰り返すばかりだ。

「……それで、どうするの?」

一連のやり取りを静観していたカノンがうんざりとした態度で口を挟む。ギルバートとティエナの身体が街道に向いている時点で方針は察していたが、訊かずにはいられなかったようだ。

「アゼレーで医師に診せる」

「面倒を増やすつもり? こっちには姫さまもいるってのに」

苦言に対してティエナが怒りを覚えることはなかった。一応言ってみたといった感じの、諦めの境地がよくわかる口調だったからだ。

「俺とお前が睨みを効かせていればしのげるだろ」

「それじゃあ俺たちが休めないんだって。ふかふかベッドで寝れないのに街に出るとか、それなんて無駄骨?」

「リゼが元気になるなら全然無駄じゃないわ。危ないことにならないように守ってくれるのでしょう? 頼りにしてるわ、カノン」

「このお嬢さまは……調子のいいこと言っちゃって」

さっき契約は打ち切りだの言ってたのはなんだったのか。苦笑を浮かべるカノンだったが、ティエナに頼られて悪い気はしなかった。
ティエナが見捨てられないと言うなら仕方がない。本気で置いていって欲しそうにしていたリゼには「思いどおりにならなくて残念でした」と内心舌を出しておく。それで少しは溜飲を下げた。

「姫さま、リゼさんの荷物、重いの俺が持つよ」

「わたしは平気よ? それにもしものときを考えたら、カノンは身軽でいたほうがいいでしょう? ギルも、リゼを抱っこして戦えないのだから」

「ん〜……俺は余裕があるから大丈夫だよ。姫さまだって、いざというときに収納魔法の負荷で動きが鈍ったら困るから、荷物は分担しておこうよ。そらに俺だけ手ぶらなのもなんだか癪だから」

「わかったわ。じゃあ、半分こね」

そんなやり取りをして、一行はアゼレーの街へと足を進めた。




      *



【続く】

市街地 2024/08/11 19:45

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第1話(後編)昼の駆け引き、夜の密事〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

・[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

・[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]
・[第1話(後編) 昼の駆け引き、夜の密事]←ここ
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)


第1話(後編)〜昼の駆け引き、夜の密事〜


男の肩を掴むそれぞれの手に力がこもる。押さえつけておかなければ、恥を捨てて自分で慰めてしまいかねない。

「つらいか?」

「…………」

「こんな敏感な肉体では、耐え続けるのも苦痛だろう」

「……っ…………」

否定はしない。できなかった。言い返すにも声を発しなければいけない。息が喉を通る際に声帯を震わせたら、言葉より先に嬌声が出てしまう。喘ぎの声量を制御できる余裕がないなら、言い返そうとすること自体が愚行でしかない。

性感を煽られて身体が熱い。しっとりと汗ばむ肌が外気に触れてかすかな冷たさを感じるも、しょせんは焼け石に水だった。徐々に息があがり、悩ましげな吐息に熱がこもる。
へその下あたりで外側から子宮を揉むような動きを繰り返す男の手に気を取られていると、もう片方の背中にそえられた手が動いた。
指の腹が背中の中心、縦に走る背筋の窪みを柔らかいタッチで滑るように下方へとたどる。
たったそれだけ。しかし発情しかかった肉体は些細な刺激からも快感を拾いあげ、たまらずリゼはなまめかしく背をしならせた。

「……ふぅ……っ、は……っ……」

膣奥に溜まるもどかしさに頭がおかしくなりそうだ。

「お前はティエナの従者としては優秀だが、それ以外の才能はからっきしだな」

「……っ」

ギルバートの評価をリゼは侮辱と捉えた。じらされてうるんだ瞳で男を睨み上げたが、そのタイミングでクリトリスを撫でられ、刺激に引き結んだ口がだらしなく開いた。

「はふ……っ、……ゃ……っ……」

強気な表情から一変して、快楽に染まった余裕のない顔でイヤイヤと首を横に振る。
その間もクリトリスへの愛撫は止まらない。快楽神経の塊の上をスリスリと指の腹が往復して、ときおり気まぐれに粒を強く押す。
ビクンと身を震わせたリゼを慰めるように、背中にまわされた腕がギルバートの胸板へと小さな身体を抱き寄せた。

「褒めているんだ。お前のティエナへの献身も、感謝している。西の果て、俺たちの手が及ばないところまで連れ去られたティエナを見つけることができたのは、お前のおかげだ」

「…………っ」

嘘だ。騙されるな。甘い言葉は情報を引き出すためのトラップだ。
この男が自分に優しくするなどありえない。尋問に飴と鞭を使い分けるのはどこでも誰でもやっていることだ。
何度も何度も、言い聞かせる。そこに思い当たるうちは、わたしはまだ正気でいられている。

肩に手をついて力いっぱい突っぱねる。ギルバートのシャツ越しに感じた彼の体温が離れた。
うつむいたまま、顔は上げない。互いのあいだにできた隙間を寂しく思う心を見透かされるのが怖かった。

「……強情だな」

呆れたような、それでいて苛立ちの混ざる声が降ってきた。同時にグリリとクリトリスを押し潰される。

「——っ! …………ぅっ……ふぁ、んん……っ!」

強い快楽にギルバートの腰を挟み込む膝がビクビクと震えた。膣が刺激を求めて収縮を繰り返し、肉体の昂りがリゼの自制心を容赦なく粉々にする。
それでもなお必死に理性を手放すまいと踏ん張るリゼに、ギルバートは憐れみのこもった眼差しで見つめていた。

「そうやって耐えるしか選択肢がない時点でお前自身もわかっているっはずだ。俺と渡り合うには、お前は明らかに役不足だ」

……うるさい。

「ティエナを利用しきれない、自分の甘さを自覚していないわけじゃないだろう」

うるさい。わかったような口をきくな。

黙秘を決め込むリゼは緊張に身を固くする。
ギルバートの手は依然として秘部から離れない。いつまたクリトリスを責めてくるのか、身構えながらもこの身が絶頂に昇り詰めることを望んでいるのもまた事実で、自分の意思の弱さに涙があふれる。
コイツの言葉を聞き流せず、いちいち心を揺らしてしまう自分の弱さが、何よりも腹立たしい。

——泣くな。わたしが矛盾ばっかりなのは、いまに始まったことじゃない。

「……リゼ、お前はどうしたいんだ?」

「…………っ」

名前を呼ばれた。たったそれだけで、こらえきらなかった涙が頬をつたった。

——最悪だ。

百歩譲って肉体が快楽に弱いのは仕方がないかもしれないが、精神面の脆弱は言い訳できない。
リゼなんて、特に深い意味もなく、成り行きで付けたその場限りの適当な呼び名だというのに——。

ギルバートはヘル・シュランゲの思惑ではなく、リゼ個人の望みを訊いたのだとわかってしまったから。ただそれだけのことで、馬鹿みたいに動揺してしまう。

「——リゼ」

二度目の呼びかけには、ギルバートの肩に爪を立てることで抗議した。とはいえギルバートは着衣しているから、シャツの生地越しだ。しかも肩部分のヨークは生地が二枚重ねになっているため、爪を皮膚に食い込ませることも難しい。相手からすれば本当に、わずかな抵抗にすぎなかった。

それでもお前に名前を呼ばれたくないという気持ちは十分ギルバートにも伝わったようで、耳の近くでため息が聞こえた。

「わからん奴だ」

ちいさな呟きに諦めの色を感じて密かに胸を撫で下ろす。
敵愾心を剥き出しにして容赦なく問い詰められるのはいいけれど、優しさをちらつかせて懐柔しにかかってくるのは勘弁してほしかった。

朝はまだこない。次にギルバートがどんな手を使ってくるのか検討がつかず、ひとときも気が休まらない。
ギルバートがリゼの背中にまわる手をするりと滑らせ、腰へと移動させた。

「こちらの譲歩が伝わらなかったか?」

——違う。伝わるとかいう以前に、アンタのことを信用してないのよ。

そもそもだ。リゼだけが裸になって男の膝の上に腰を跨いで座り、急所を曝け出している状態を強いられた状態で譲歩もクソもないだろうに。
反論を口から出すことはない。声にして出さない代わりに、頭の中で次々に言葉が罵詈雑言と共に溢れ返る。
おかげで少し、冷静になれた。
胎内には淫らな熱が燻っているが、淫欲に屈する心配が薄らいだ。喜ばしいことだ。わたしはまだ、がんばれる。

——まだ、がんばらなきゃいけない。まだ……いつまで……?

自分を奮い立たせた途端にネガティブな一面が心を潰してくる。いつものことだ。
どうあがいても前向きになれない自分を悲観することなく、リゼは乱暴に涙をぬぐった。そして赤く充血した目で、まっすぐに男を見上げる。

「譲歩? こっちになんのメリットもない、アンタの優しい態度が譲歩だというなら、こんな笑い話はないわよ。結局、あなたはわたしに何かを譲る気なんて、最初からこれっぽっちももないくせに」

虚勢ともとれるやすい挑発。この男のことだから余裕で受け流してくるだろうと鷹を括っていた。

「——そこまで言うなら行動で示そうか」

だからギルバートがそんなことを言い出すとは思いもしなかった。

「…………ゃっ……」

グジュリと、突如として長い指が膣道に侵入を果たした。
愛液に濡れたそこは嬉々として異物を歓迎して、媚肉をうねらせる。
奥を小突いた指が軽く曲げた状態でゆっくりと引き抜かれ、クリトリスの裏側をグニグニと揉まれる。

「っ……、ふぅん……はっ、…………っ」

快感に腰が揺れる。不自由な身を捩ったところで、男の指は性感帯を離れない。

クチュッ、クチュリ……、クチュ、クチャッ……クチ……ッ。

ずっとはぐらかされていた快楽を惜しみなく注ぎ込まれ、急な落差にリゼは慌てた。否応なく呼吸が早くなる。
リゼの弱いポイントは、とっくにギルバートに知られている。これまでも散々イかされてきた。

「はぅっ……ぅ……っ、……ゃ、ぃやぁ……っ」

過去に味わった終わらない絶頂地獄を思い出し、湧き上がった恐怖心とは裏腹に、肉体は貪欲に快感を享受していた。膣に埋まったたった一本の男の指を健気に締め付け、快感を拾い上げ、淫らな欲望のままに昇り詰めようとする。

「いや……か。お前は嘘ばかりだな」

「んんっ……、……っ、…………っ!」

膣内から押し出されるようにしてツンと突き出たクリトリスを、内と外から指で挟み込むように親指でグリリと押された。
強烈な刺激に腰がビクンと大きく跳ねた。一瞬にして頭の中が真っ白になり、リゼは急な絶頂に襲われた。
そろり……、ヒクヒクと痙攣する膣内で、異物が動く。絶頂の余韻に浸る間もなく、二本に増えた指が膣奥の壁を引っ掻いた。

「…………っ、ふぅ……んっ……ぃっ……!」

コリコリ、コリコリ……。

男の指が子宮の入り口に触れている。感覚が鈍い場所なのに、そこを責められているのがわかってしまう。指がそれぞれ交互に、時には同時に膣奥をこねまわす。
達して敏感になった肉体に、膣奥の快感は強すぎた。
声の出せない口をはくはくと開閉させ、目を見開いたリゼは首を振ってギルバートに駄目だと訴える。
ギルバートはそんなリゼを見つめるだけで、膣を責める指を止めない。
ついには耐えきれず男の手首を掴んだが、お仕置きだと言わんばかりにひときわ強くポルチオを揉まれ、リゼは膣奥の刺激で再びイかされた。

「〜〜〜〜っ! ……ぅんっ……っ!」

短いスパンで立て続けに絶頂を味わった肉体は、制御を失いビクビクビクッと打ち震えて最後はくたりと力をなくし、ギルバートの胸板へともたれかかった。

「……っ、ふっ、ん……っ、はっ、はぁ……っ」

身体の痙攣が止まらない。腰にそえられたギルバートの手がわずかに肌を滑るだけで、痺れるような快感が全身を駆け巡った。
そろり。膣奥にとどまる指の動きに合わせて背中がしなる。
柔らかな胸がギルバートの肌に当たり、それも心地よい快感となってリゼを淫蕩な世界から抜け出せなくした。

「その淫蕩さは昼間のお前からは想像もできないな」

「……ん……ぁっ……?」

「俺がお前の飼い主ならば……いや、言ったところで無駄な話か」

「……ぇ…………っんぁ……っ!」

なんと言ったのか、聞き返そうとしたところで膣に挿さる指の本数が増やされた。驚きに発した自身の声にはっとして、咄嗟に両手で口を押さえる。

「まだ狭いが、十分濡れて、痛みはなさそうだな」

膣道をほぐすように指を抜き挿ししながらギルバートが呟く。奥に入り込んだ指がポルチオを揉み、すぐに膣壁の肉を押しながら後退していく。そのままあっさりと、ギルバートは指を引き抜いてしまった。

「……ぁ、…………っ」

またイかされるのかと予想していたリゼは、自らの抱いた淫らな期待に赤面した。
腹の奥にくすぶる発散しきれなかった熱に子宮がキュンと疼く。まだまだイキたりないと、淫欲を持て余す自分自身が信じられない。
自分は快楽に弱いだけで、性欲が強いわけではなかったはずだ。色情魔のごとく男を求めるようになってしまったら、今度こそ使い物にならない。
どうにか理性をたぐり寄せ、深呼吸をして心を落ち着ける。
そんなリゼの目の前でギルバートは信じられない行動に出た。
膝の上にリゼを座らせたまま、男は自らのボトムスのボタンに手をかける。

一連の動きをリゼはまばたきを忘れて凝視した。
信じられない。
ボトムス合わせがくつろげられ、取り出されたモノを視界に入れてもまだ理解が追いつかない。
長身の彼の体格に見合った立派なペニス。それがすでに勃起して硬くそそり立っている事実よりもまず先に、ギルバートがこれからしようとしていることがリゼからしたら受け入れられなかった。

これまで深夜の呼び出しはずっと、リゼひとりが快楽に責められ尋問を受けるかたちで終わっていた。これからもそうだと、根拠付きで確信していたのだ。

——だって、この男は、フィーネの民で……。

別に身体を好き勝手されて性欲の捌け口にされることは危惧していない。しかし相手がギルバートとなると話しが変わってくる。

「……っ、ぃ……やっ……っ!」

それはいけない。この男だってわかっているはずだ。
怯んだリゼが男の上から逃れようとするが、背後にまわった片腕ひとつで難なく身動きを封じられる。

「お前は俺の言葉は信じない。態度の軟化も譲歩のうちには入らないとくれば、行動で証明するしかないだろう」

「……だからって……っ」

「話を戻そう。トロスラライの入国審査には抜道がある。お前を祖国に迎えのは、存外難しいことではない。それにこれは、お前たち側にとっても手札が増えることに繋がるだろう」

淡々と、感情を抜きにして紡がれた言葉に言い返せず、リゼは息を呑んだ。
ギルバートの意図をリゼは正確に理解できた。理解できて、しまった。
わかっていたことだ。コイツはわたしと真逆の気質を持っているって。
使命のためなら簡単に自分の心を殺せるし、その身体も、感情に左右されることなく道具のように扱える。
手札が増える。ギルバートはそう言った。
互いに一歩も譲らないこの状況を動かす。それだけの目的で、リゼは男に犯されるのだ。

臀部を掬うようにして身体を持ち上げられ、膣口にペニスの先端があてがわれた。

「……ゃっ、……だめ……っ」

もがいたところで逃げられず、ゆっくりとその身を落とされる。

くぷり……。

亀頭の膨らみが膣口を押し開く。強烈な圧迫感と雄の熱に秘部がジンと痺れた。

「…………っ……」

ギルバートに支えられながら、自重によってペニスを咥え込んでいく。圧倒的な質量が膣壁を広げる割くような痛みにリゼは身をこわばらせる。
痛い、熱い……苦しい。……でも、それだけじゃ、ない……。

いけないことをしていると自覚しながらも、痛みに混ざる快感をこの身はしっかりと拾い上げる。
ギチギチに広がった膣道がナカを埋める雄のカタチを伝えてくる。
まるで灼熱に脳が溶けたみたいに、思考がまともに働かない。男の熱を「気持ちいい」と感じるなど、認めたくないのに……。
ペニスが膣壁を擦る。刺激が電流となって背筋から脳天へと駆け上がった。

「……ひっ……ぃ……ぅっ、……ゃ、ぁ……」

奥へと進む熱棒を待ちわびて、子宮がキュンと疼く。嫌だ嫌だと泣き叫ぶ理性を置いてけぼりにしたまま、肉体は欲望のままに雄を求めていた。心と身体の落差に混乱するあまり、目からボロボロと涙が溢れた。
無意識に震える両手で必死にギルバートにしがみつく。
また一段と身が沈んでペニスが深く突き刺さる。

「……ふっ、ん……っ、……も、やめ……っ」

「大丈夫だ、悪いようにはしない」

——嘘つけどう考えてもこの状況こそが最悪でしょう!

瞬間的に怒りが思考の主導権を握るも、持続力のない一瞬の爆発で終わった。

「……っ! んぅっ……ぁ、ぁうっ」

ギルバートが腕の力を抜いたことで、ズンとペニスに膣奥を突き上げられる。同時にナカを灼熱が埋め尽くした事実を否応なく思い知らされる。

「……奥まで入ったか」

ただの確認。感情のこもらない呟きが聞こえてきた。
言われなくても、胎内で感じる熱と脈動がそれのことをリゼに伝えている。長い剛直の先端に最奥の壁が押し上げられ、子宮がわずかに形を変えていた。

ドクドクと心臓の鼓動を強める。全身に運ばれる血液は沸騰したように熱く、身体中から汗が噴き出した。それ以上に、子宮はジンと熱を孕んで雄の支配を悦んでいる。
呼吸を荒くするリゼの背中をギルバートが撫でる。優しい手つきに戸惑い、逃げるように身を捩った。

「……っ、ぃ……ゃっ、はなし……っ」

しかし奥まで咥え込んだペニスが楔となって、男の上から自力で退くことができない。さらには上半身を胸元に引き寄せるようにして抱き込まれたことで、身動きそのものを封じられる。
細身のリゼの抵抗など、ギルバートにとっては些細なものだった。

「そこまで取り乱すのは意外だったな。こうなることは、最初から予想できていただろうに」

「そう……だけど……っ、あんた……自分が何しようとしてるのか、わかっているの……っ」

互いに声量は抑ているが、リゼの声色には明らかな焦りがあった。
リゼはこの行為の先に起こる結果を危惧している。しかしギルバートはそんなもの承知のうえだと、リゼの危惧を一蹴した。

「現状、リスクを取らずに盤面を動かせそうにないからな」

「……っ、人のせいみたいに言わないでよっ」

「お前がかたくななせいだろう。少なくともこうなるまでに俺は歩み寄る姿勢を見せた」

「どこがっ……」

こんな状況になっても言葉の応酬ができてしまう。そんな余裕が自分にあることに驚きはするも、場違いな感動は即刻頭の片隅に追いやった。
膝に力を込めて上体を持ち上げペニスを引き抜こうと試みるが、それをギルバートが黙って見ているはずもなく。
背後にまわされている腕に力強く抱き込まれ、わずかに浮いた腰が強○的に沈められる。

「……ぃっ……っ!」

ドチュ——ッ。

ペニスの先端が奥に食い込む。腹の奥から押し出されるようにして、快楽が全身を巡った。
刺激にヒクン、ヒクンッと腰が痙攣を繰り返す。そのたびにペニスが位置を変えてリゼに愉悦をもたらす。
徐々に理性が溶けていく。
気持ちよくて……もっともっと、ほしくなる……。

「よさそうだな」

低い声にはっと我に返る。

「……ほざけ……ぅ、くっ」

深く考えずに否定する。ギルバートへの反抗はもはや条件反射だった。
自分じゃない、組織で訓練を受けた女たちはこの状況においても駆け引きができる。——そうなれなかったから、わたしは「欠陥品」なのだ。

「ふっ、……く……ぁぁ、っ……んぅ」

勝手に腰を揺れて、惨めな気持ちに追い打ちをかける。嫌なのに、腹立たしいのに止められない。
円を描くように腰を回せば、膣壁に竿が擦れて雄の熱をありありと感じられた。亀頭に膣奥を掻き回され、腹の奥からぶわりと快感が湧き上がる。

「はぅ……はっ、ぁ……っ、あ……」

膣道がひっきりなしに愛液を分泌し、さらなる快楽を得ようとペニスに絡みつく。
たらりと膣口からたれた蜜が肌をつたい落ちる感触にすらリゼは快感を拾い、ゾクゾクと背中をわななかせた。
芽生えた劣等感を性の悦びが凌駕する。心の中に暗い影を残しながらもリゼは快楽に泣いた。

「も……ぅ、や……っ、……ぅぁっ……、くっ……ん、んぅ……ぅぅ」

口から発した音を自身の耳で聞き、咄嗟に口を手で覆う。
密事への緊張感に肉体が興奮をおぼえ、ナカの熱棒をきつく締めつけた。そうしてさらなる快感を感じてしまう悪循環ができあがる。

「お前の飼い主は、護衛も付けずによくお前にひとりで外に出したな」

呆れとも感心とも取れる響きで投げかけられたが、言い返している場合じゃなかった。

「はふっ……、ふ……ぅ、…………っ……」

「自分がどれだけ淫蕩な姿をしているか、わかっているのか?」

「……ぃっ、ぁ……っ……ゃぁ……、ぅっ……」

「これが演技なら恐ろしいところだが……」

くっと、ギルバートが息を詰めた。かすかに眉を寄せて、耐えるように深く息を吐き出す。

「……そうでなくても、お前は魔性だ」

「んぁ……ゃっ、……だ、め……っ」

前後左右に揺れていた腰が、ギルバートの誘導に従い少しずつ上下の動きに変えられる。
徐々にペニスの抜き挿しの幅が広くなり、それに合わせて奥を突く衝撃が強まっていく。

トチュ……トチュ……、ズルゥ…………トチュ……。

激しさはない。ゆっくりとしたピストンに口から吐き出す息が震えた。
肉襞をめくりあげてじわじわと竿が抜け出る。そうして咥えるものをなくし切なく収縮する膣道を亀頭に広げられる。
ペニスの先端が最奥へ到達したタイミングで、リゼは自らギルバートの腰に秘部を押しけた。なまめかしい腰使いを、彼女は自覚できていない。子宮に届いた雄の熱に恍惚と顔をとろけさせるだけだ。

「淫乱な奴だ」

そのとおりだと、肉欲に支配されたぼんやりと頭で思う。

「気持ちいいか?」

「ふぁ……ぁっ、はふっ……ぅん……ぁぁ……」

理性が焼き切れ快楽の沼から抜け出せなくなったリゼをギルバートは容赦なく攻めた。
トチュ……トチュと、ゆっくりながらも一定の速度を保っていた抽挿のリズムを崩すように浮いた腰をがっちりと掴まれる。
想定していた膣奥への刺激をいきなりはぐらかされて、リゼは慌てた。
ギルバートの両手を外そうと彼の肩から自らの腰部分へ手を下げたのを見計らい、拘束がとかれる。
ギルバートにしがみつく暇も、下肢に力を入れる暇もなく、自然落下で上体が沈んだ。

——ドチュンッ!

膣の浅いところから最奥へ、勢いよくペニスが穿つ。

「……っ! ——んぁっ……ぅん…………ぅぅっ!」

腹の奥で強烈な快感が弾け、身体を仰け反らせてリゼは達した。
いきなりの絶頂に声をこらえきれなかたが、ギルバートの大きな手が口を塞いだことで難を逃れた。
ふと見上げた先で男の顔が視界に入り、羞恥心が込み上げる。こんな状況でもギルバートは顔色ひとつ変えない。快楽に溺れているのは、わたしだけなのだ。

「ふぅ……んんっ……」

きつく目を瞑って男の手を振り払う。自由になった口には代わりに自らの両手を押しつけて声を封じた。

「……そうだ、そのまま自分で押さえてろ」

淡々とした声が耳に届いたのと同時、ギルバートの両手が背後にまわりおしりを掴んだ。

「そんなに嫌ならさっさと済ませるぞ」

言いながら身体を持ち上げられる。

——いや? なにが……?

疑問は浮遊感と膣奥の衝撃によって瞬く間に霧散する。

「————っ!」

刺激にビクビクと震えるリゼを再びギルバートが浮かせて、落とした。
膣道の中ほどまで引き抜かれたペニスが一気に奥へと埋まり、子宮口を亀頭が叩く。一度では終わらず、何度も、何度も——熱棒は膣の締めつけをものともせず、痙攣する肉壁を抉りながら突き進んだ。

「んぅっ……ん、んっ……ううぅ……っ」

強すぎる快楽に思考を真っ白に染めながら、リゼは必死に声を殺す。まともに呼吸ができず、息苦しさに頭が沸騰しそうだった。
頭と同じぐらい、下腹部も熱い。その最たる元凶である雄の熱棒が膣奥に到達した次の瞬間、ドクリとひときわ強く脈打つのを胎内で感じた。
ギルバートがリゼを持ち上げるのをやめる。リゼのナカで、熱が爆ぜた。

灼熱の奔流が胎内を埋め尽くす。
何をされたのか、見えずとも感覚で理解したリゼの額から玉のような汗が噴き出した。
目を見開く彼女の頬を水滴がつたい落ちる。
夢中で快感を追っていたのが嘘のように、急激に理性が呼び戻される。

——うそだ……まさか、本当にやってしまうなんて……。

トク、トク……。
ペニスの先端から溢れる熱にヒクンと身がしなる。はふっと短い吐息を漏らし、恐々とギルバートを見上げた。

「な……んで……」

心臓の鼓動がやたら大きく聞こえた。自分の身に起こったことを正確に理解していながら、その事実を否定したくて必死だった。
精液を、胎内に出された。それがどれだけ危険なことか、この男がわからないはずがないというのに。
ギルバートはかすかに目を細め、リゼを抱き上げる。あっさりと肉棒を抜きさり、彼女をベッドへと移動させた。
シーツの上に降ろされたリゼは座り込んだまま動けない。絶頂の余韻も忘れて、唇を震わせながらギルバートに問いかける。

「身篭るかもしれないのよ……わたしが」

「孕ませるつもりで犯したのだから当然だろう」

「馬鹿なの……っ、本当にできたらどうするつもりよ」

「どう動くかはお前次第だろう」

ギルバートの視線がリゼの腹部へと落とされる。

「子供ができればトロスラライへの入国審査も格段と通りやすくなる。俺の保証があればまず除外されることはありえないだろう」

そうなるとお前はどうする? 腹部から胸へ、胸から顔へじわじわと戻された視線に問いかけられる。

「……あいにくと、自分から檻に入るほど愚かじゃないの」

トロスラライに入国できるからなんだ。その資格を得たところで、リゼがフィーネの民にとって敵と認識される事実は変えられない。
こちらの答えは想定どおりだったのだろう。そうか、とギルバートはすんなりうなずいてみせた。

「気が変わった、と言えばお前は信じるか」

「無理ね」

切り捨てたはずが、構わずギルバートは話を続けた。

「これでも感謝しているんだ。……お前はティエナを、俺の元まで連れてきてくれた」

「よくそんな嘘がすらすら吐けるわね」

毒づきながらはたと気づく。リゼは察しがいいほうだ。

「……わたしを抱くことを、あんたは謝礼だと言うつもりかしら」

ギルバートから否定はない。
部屋の空気が、心なしか張り詰めた。

「お前がティエナを諦めるなら、俺の子種ぐらいいくらでもくれてやる。孕んだならさっさと俺たちの前から消えろ。一度なら見逃してやる」

「…………っ」

「それで組織を納得させればいい。産まれる子供の血の半分はフィーネの民だ。ハーフとはいえ、フィーネの民は金にな——っ」

聞きたくない。最後まで言わせなかった。

リゼがギルバートに殴りかかる。平手ではなく、きつく握られた拳で——。

パキッ。

小枝を割るような音と共に、男の左頬を狙ったリゼの渾身の一撃は、防御壁によっていともたやすく防がれた。
野盗が放つ矢をギルバートが魔法で対処する場面を、これまで何度も見てきたはずだ。この男は呼吸をするのと同じぐらい簡単に、無意識の領域で守りの壁を発動できる。
自らの衝動的な行動に思考がついていかず、リゼはしばらく動けなかった。しかしそれはギルバートも同じようで、自身に迫った右手に瞠目していた。
驚きの表情が、リゼの攻撃を想定していなかったことをありありと教えてくる。

「……クソ野郎」

手を引っ込めたリゼが地を這うような憎しみのこもった声で言った。
ギルバートは防御壁をといて目を伏せるだけで、言い返してこない。
なんとなく、もう一発殴れば今度は通りそうな気がしたが、同時にそれはギルバートが自分を「クソ野郎」だと認めたうえで、甘んじて攻撃を受ける姿勢を見せていることを意味するわけで。

——つまりは最低なことを自覚しての発言だったと……?

冷静さを取り戻すにつれ鈍い痛みは遅れてやってきた。カウンター機能つきの防御壁に触れた手の皮膚が破れ、じわじわと血が滲む。
手首をつたい肘からポタリと落ちた赤い水滴を前にして男が息を呑んだのを、リゼは見逃さなかった。

——そんな顔するんじゃないわよ。

どうせなら最後まで悪辣に、挑発に乗ってしまったわたしを嘲笑してくれたほうがよかった。罪悪感なんて持たないでよ。余計に惨めになる。
部屋の空気に耐えられず、急いでベッドから降りて床に散らばる衣服をかき集める。服の生地に血が付着して赤く汚れるが、気にしてはいられなかった。

「おい……」

かけられた声には応えない。男が立ち上がる気配を背中に感じながら、逃げるように部屋をあとにした。



【続く】

市街地 2024/08/11 19:41

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜第1話(前編)昼の駆け引き、夜の密事〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


【目次】

[0.プロローグ]
(プロローグ:尋問・快楽責め・本番なし)

[第1話(前編) 昼の駆け引き、夜の密事]←ここ
(第1話:尋問・快楽責め・対面座位・中出し)


第1話(前編)〜昼の駆け引き、夜の密事〜




地下組織との繋がりがバレた。
一時はどうなることかと戦々恐々としていたものの、リゼたちの関係性に表立った変化はない。ギルバートと、彼の相棒であるカノンの態度は、あの夜以降も拍子抜けするほどいつもどおりだった。
そして当然ながら、変化がないのはリゼの正体を何も知らないティエナも同様で——。


街道を逸れて入り込んだ森の中。一帯に樹木の生えていない開けた場所からは空がよく見えた。
雲ひとつない青空、太陽の横に黒い小さな点がひとつ。それは数秒もしないうちに大きくなり、巨大な生き物の輪郭を地上から見上げる者たちに見せつけた。
天高くからドラゴンが大きな翼を広げ、凄まじいスピードでティエナめがけて滑空する。

「…………っ!」

魔物の標的となったティエナは魔法を発動させて無数の光の矢を放つ。——が、攻撃はかわされ、ティエナの横すれすれを飛行したドラゴンは再び空へと戻った。
過ぎ去りざま、地上に強風が吹き荒れる。

「攻撃するのが早すぎたね。もっとこらえて、至近距離まで引きつけないと——、大型の飛行能力を持つ魔物が空に逃げたら、どうするんだった?」

ティエナの後ろに立つカノンが口を挟んだ。彼の確認するような問いかけに、ティエナはみるみる距離が遠ざかるドラゴンを目で追いながら、頭上に手を伸ばし手のひらを上空に向けた。

「——基本は背中を向けて敵の目が切れているうちに追撃。わたしの攻撃が届く範囲で旋回してくるなら、そこを狙う」

数日前に移動中に教わったことだ。
物覚えのいい生徒を前に、カノンは満足そうにうなずく。

「そのとおり。あの興奮具合だとまたすぐに狙ってくるよ。頭の動きに注意して、翼の羽ばたきが変わるタイミングを見極めるんだ」

「はいっ」

早口でのやり取りの直後、ドラゴンの鼻先が右を向いた。
獲物が逃げていないことを確認し、首を傾けたドラゴンは翼をひときわ大きく羽ばたかせ、頭から胴、胴から尾へと順番に、くるりと巨体をひるがえす。その一瞬を、ティエナは見逃さなかった。

地上からは豆粒ほどしか見えない、飛行能力を持った獰猛なモンスターを光線が射抜く。ティエナの手から放たれた魔法は一直線にエレパス・ドラゴンの巨体を貫いた。


距離が遠くなるほど、攻撃を当てる難易度は上がる。空に逃げたことで敵が油断していたのもあるだろうが、あの小さな的に正確に照準を合わせるとは末恐ろしい。しかも、裸眼で。

野生のエレパス・ドラゴンは人間が騎乗するために飼い慣らした飼育種よりもはるかに大きく、気性が荒い。体内に保有する魔力を全身の防御に全振りしているため、硬い鱗には物理的な攻撃がきかない。
監督の助言つきとはいえ、ティエナはそんなバケモノをたったひとりで撃ち取ってみせたのだ。


エレパス・ドラゴンが地上へ落下する。木々の枝葉をバキバキと折り、最後は鈍い音を立てて地面に衝突したようだ。
ティエナとカノンが落下地点へと走る。

戦いを安全な位置で見守っていたリゼに、ギルバートが冷たい一瞥をくれた。視線の意図を正確に汲み取り、リゼはギルバートに続いて足を進めた。

「……フィーネの民にとっては、エレパス・ドラゴンも戦闘訓練の教材程度の認識なのですね」

感心半分、嫌味半分。街道の上空を飛んでいるドラゴンを見つけ、せっかくだから狩りに行こうかなんてノープランな討伐、魔法に秀でたフィーネの民でなければまず不可能だ。
しかも先陣を切って怪物に挑んだのは、魔物との戦い方を彼らに教わってからまだ日の浅いティエナときた。

——こりゃあわたしを泳がせておくのも納得だわ。

このパーティーの中での最弱は間違いなくリゼだ。その気になればティエナでもリゼを瞬殺できるだろう。
フィーネの民の三人とリゼには、魔力量と魔法技術に圧倒的な差がある。
だからたとえリゼに不審な点を見つけても、彼らにとってリゼは脅威にならない。

——わたしに限った話じゃない。真っ向からの衝突だったら、ヘル・シュランゲだって、フィーネの民の前には無力も同然だ。

ただしそこは歴史のある地下組織。正面からの対立なんてあの者たちが選ばないことを、ちゃんとわかっているつもりだ。

「ギルバート様やカノン様でしたら、最初の一撃で仕留められたのでしょうね。……そうなると、フィーネの民にとっては大型魔物の討伐も小遣い稼ぎ程度の認識というのが正しい認識でしょうか」

そしてわたしを泳がせておくのも、いざとなればそこら辺の魔物よりも簡単に狩ることができるからか。

どうせ無視されると決め込んで、前を行く背中に向けて好き勝手呟く……が、リゼの予想に反してギルバートがチラリと振り返った。

「そんなわけあるか」

「…………は?」

まさか反応があるとは思わず、思わず口から気の抜けた声が漏れ出た。

「エレパス・ドラゴンの討伐ともなれば俺たちからしても大仕事だ。あれを単独で倒せる者など、フィーネの民でもそういない」

「それは、ティエナ様の魔法の技量が抜きん出ていると?」

「そういうことだ」

ギルバートは淡々と認める。

「お前がティエナに魔法の基礎を教えていたのも大きいのだろうな」

「ティエナ様の才能あってのことですよ」

ギルバートの賞賛とするには感情のこもらない言葉に、リゼは謙遜とするには謙虚さに欠けた単調な口調で返す。そこに互いへの警戒心やギスギスした空気はなかった。

正体がバレる以前よりも今のほうが会話が弾んでいることを皮肉に感じつつ、自分が追いつけるようにと心なしゆっくりめに歩いてくれるギルバートの背中を眺める。口を閉ざして沈黙が流れても、気まずくはならない。

昼間のふたりは終始こんな調子だった。
両者ともティエナに黒い部分を見せたくない点は同じなので、自然と日中は休戦が暗黙の了解となっている。
ギルバートはティエナのいるところでリゼを追及してこない。おかしなことだが、たとえ不仲であっても、怪しまれていようとも、その一点だけは信頼していた。

むしろリゼにとって旅の道中で警戒しなければならないのは、ギルバートの相棒——カノンのほうだ。
あの物腰穏やかでのほほんとした、薄幸な美青年といった風貌の年齢不詳の男だが、その実中身が腹黒い。最近のカノンはリゼに本性を隠さず、ティエナの前でも堂々と探りを入れてくるのだ。


リゼが落下地点へ到着したとき、エレパス・ドラゴンはすでに絶命していた。

「さすがは姫さま、覚えが早い。これを一人で討伐できたとなると、冒険者としても一流だよ」

カノンはティエナのことを「姫さま」と呼んでいた。最初は恥ずかしがって名前で呼ぶようにお願いしていたティエナだったが、根負けして今ではその呼び方を受け入れている。
カノンの評価にティエナが弾かれたように顔を上げた。

「ほんと!?」

「本当だよ。野生のエレパス・ドラゴンの大型種となると、討伐に国の正規の魔法部隊が駆り出されたって不思議じゃない。あんまり自覚がないみたいだけど、姫さまはもう、そこら辺の国が抱える魔法使いよりもはるかに強いよ。ね、ギルもそう思うでしょ?」

カノンに話を振られたギルバートは、「ああ」と小さく首肯して、柔和な眼差しをティエナに向けた。

「この短期間で、たいしたものだ」

滅多に褒め言葉にティエナは嬉しそうにはにかむ。
つられてギルバートの口角がかすかに上がった。

ギルバートは普段から表情が滅多に変わらない、見た目も中身も冷徹な男であるが、ことティエナにだけは甘い一面があった。それが同族に対する情なのか、はたまた別の理由があるのかはリゼにはわからない。

「リゼっ!」

ギルバートの後ろにいたリゼへとティエナが駆け寄る。可憐な少女の背後に、リゼは尻尾がぶんぶんと勢いよく振れる幻覚を見た。

「お怪我はありませんか?」

問いかけに、自身の身体のあちこちを見回してからティエナは深くうなずく。

「平気よ、どこもなんともないわ。それよりちゃんと見ていてくれた? わたし、あんなに大きなドラゴンも倒せるようになったの」

きらきらと目を輝かせ、さらに一歩詰め寄られた。褒められるのをを待ってうずうずしている彼女に、リゼは笑顔で拍手を送った。

「ええ、お見事でした。さすがはティエナ様です」

「うふふっ、やった」

ティエナはことさら嬉しそうに破顔する。ご満悦な表情で、肩の高さまで持ち上げた両手に拳をつくって喜びを噛み締めていた。

——この子は可愛いんだけどなぁ……後ろが……。

主人の活躍にもっと盛大な賛辞を送りたいところだが、リゼは空気を読んで沈黙を選んだ。ティエナの後ろ、物言いたげな男二人が気になって仕方がなかったのだ。

ギルバートもカノンも、ティエナと同じフィーネの民で、彼らは一行が目指しているトロスラライの出身者でもある。彼らはティエナが同族の自分たちよりもリゼに懐いている現状を、内心快く思っていない。

しかしリゼにだけわかるように睨みをきかせて不満を表明するとか、そういった陰険さはなく(ある意味もっとタチの悪いことをされているわけだが)、男二人はさっさと気持ちを切り替えエレパス・ドラゴンの解体に取り掛かった。


サイディ王国で王太子の婚約者だったころのティエナが使えた魔法は「治癒」と「加護の付与」のふたつだけだった。
そこに王家をはじめとした権力者たちの目論見があったのは言うまでもないが、膨大な魔力を保有しているにもかかわらず、とにかくティエナの魔法に関する知識は非常に偏っていた。

そんなティエナに、リゼは魔法を基礎から教え込んだ。
城を抜け出してからというもの、火を起こしたり川の水を飲み水にしたりと、旅を続けるにあたって必要最低限の生活魔法を叩き込んだ日々が懐かしい。

ティエナはリゼの教える魔法をみるみる習得していった。そこにギルバートたちと出会ったことで、実戦に使える攻撃魔法までもを身につけたのだ。今となってはティエナの魔法能力はリゼを軽く上回っている。

はっきり言って純粋な戦闘能力だけで比較したら、パーティーで一番弱いのはリゼである。
そもそも四人中三人が幻の種族とされるフィーネの民で形成されたパーティーというのがおかしいのだ。

——それに……。

リゼはエレパス・ドラゴンの解体作業をおっかなびっくり見学するティエナを盗み見る。

旅をはじめてかれこれ三年。年が明けて、ティエナは十六歳になった。
少女から大人の女性へ。成長期に突入した彼女はすくすくと順調に育っている。顔つきからあどけなさが消え、いつの間にかリゼの背丈を超えていた。

城にいたときの幼ない儚げな少女はもういない。外の世界を知って心身ともにたくましく鍛えらえ、魔法技術だって普通の人間が一生かかっても到達できないレベルに到達している。

ティエナはもう一人前の、立派な大人だ。リゼが導かなくても、十分ひとりでやっていける——はずなのだが……。


エレパス・ドラゴンは背中側を硬くて分厚い皮膚に覆われ、腹から首元にかけての下側にはびっしりと鱗が隙間なく並ぶ。ボディは皮膚も鱗も大きな翼も暗い焦げ茶色をしているのだが、唯一喉元部分の鱗だけは、太陽の光に反射して不思議な色合いを見せていた。
虹色に光る見た目のとおり、虹鱗(こうりん)と呼ばれる特別な鱗である。通常ドラゴン種だと逆鱗が付いている位置にある、雄のエルパス・ドラゴン特有のものだ。

「ギル」

その虹鱗をナイフで削ぎ取ったカノンが、ギルバートに視線で問うた。言葉はなくても言わんとすることを理解したギルバートは無言でうなずき、自らの作業に戻る。

相棒の了承を得たカノンは立ち上がって振り返る。そして手にした虹色の鱗をティエナへと差し出した。

「はい、これは姫さまのぶんだよ」

「でも……それはあなたたちの報酬だから、わたしが受け取るわけにはいかないわ」

並の宝石よりも価値のある、希少で美しいドラゴンの鱗を前にして、ティエナは首を横に振った。

トロスラライに到着するまで、手に入れた素材はギルバートたち側のものになり、道案内兼護衛の報酬に補填される。代わりに道中の食事や宿の宿泊費は、リゼとティエナの分もギルバートたちが支払う。
トロスラライまでの道案内人として二人を雇った際、リゼがギルバートと交わした取り決めを、ティエナは忘れていない。

リゼからしたら当初の契約はティエナの素性をギルバートたちに明かした時点で形骸化したも同然だった。たとえリゼが報酬の支払いを拒否しても、彼らはティエナをトロスラライへ導くだろうから。

——「おまけ」のわたしはともかく、あの子はもっとギルバートたちに甘えればいいと思うのだけど……。

これがなかなかうまくいかない。
リゼの希望は叶わず、ティエナはいつまでも同族よりも同行者を優先する。

ギルバートとカノン、ティエナとリゼ。
グループとするにはいささか人数が少ないものの、ティエナは自分の属するグループがリゼのいる側だという認識を、絶対に、断固として変えようとしないのだ。
ティエナにとって彼らはあくまで、リゼの雇った道案内兼護衛にすぎない。

——タダより怖いものはない、他人の好意はまず疑えと、旅の初期段階から口を酸っぱくして教え込んだのがいけなかったか。

素直なのはいいことだが、もうちょっとこう、せっかく会えた同族と親密になってもいいのではと思わずにはいられない。
いや、ギルバートとカノンはあの手この手でティエナを懐柔しにかかっているし、ティエナと彼らの仲は日を追うごとに深まっている。ただしリゼに寄せる絶対的な信頼には遠く及ばない。

なぜこうなったのか。ティエナに慕われる理由を、実はリゼ自身もよくわかっていない。当事者までもが若干ドン引きするレベルで、ティエナのリゼに対する盲信は度を越していた。

「遠慮しないで。これは君が持てばいい」

一度断られたぐらいでカノンは諦めない。
爽やかにニコリと笑いかけ、根気強く虹鱗をティエナが受け取るのを彼は待つ。カノンは常時物腰穏やかで親しみやすい空気をまとっているが、見た目の雰囲気以上に頑固な性格をしている。

「初めてひとりで大型の魔物を討伐できたんだ。俺たちがいいって言ってるんだから、せっかくだし取っておきなって」

「カノンの言うとおりだ。あったとしても損はないだろ」

ギルバートの後押しもあり、渋っていたティエナも最後は「ありがとう」と言ってカノンから虹鱗を受け取った。
手のひら大の鱗をさまざまな角度から眺め、珍しそうに色の変化を観察するティエナに満足して、カノンはドラゴンの解体に戻る。

エレパス・ドラゴンから採取できる素材は虹鱗だけではない。武器に加工できる鋭い爪や牙、防具になる硬質な皮膚や鱗、そして薬の原料として血肉や骨にいたるまでが市場では高値で売買される。しかし巨体のすべては収納魔法でも収まりきらないので、ギルバートたちはどこを回収してどこを放棄するかを話し合いながら作業を進めていた。

「リゼ。はいこれ……」

ひとしきり虹鱗を見終えたティエナがくるりと振り返る。そして後ろで控えていたリゼに、さも当然のように虹鱗を渡そうとしてきた。

違うそうじゃない。苦笑したリゼはかすかに首をかしげてやんわりと受け取りを拒否した。

「そちらはティエナ様の勇姿の証です。わたしが持つべき物ではありませんよ」

カノンたちもそのつもりで贈ったはずだ。あちらの神経を逆撫でする行動は、可能な限り控えたい。
しかしリゼとギルバートたちの軋轢を知らないティエナは、簡単には引き下がってくれなかった。

「そうは言っても、稀少な資源はリゼが持っていたほうがいいでしょう。わたしだと騙されて人に盗られちゃうかもしれないもの」

「以前はともかく今のティエナ様でしたら、誰彼構わず他人の言葉を信じることはないでしょう。それにもしものときのためにも、換金できる素材はご自身でもお持ちになるべきです」

「お金が必要になった場合を考えるなら、なおさらリゼにお願いしないと。商人との交渉はわたしなんかよりリゼのほうがよっぽど……」

「何事も勉強ですよ。次の街に着いたら、エルバス・ドラゴンの虹鱗がどれぐらいの価格で取引されているのか、市場を回って調べてみましょう。あらかじめ知識を身につけておけば、悪徳商人に買い叩かれる心配もなくなります」

年上の威厳を発揮して笑顔でゴリ押す。ティエナにとって魔法を駆使した戦いの先生がカノンなら、リゼは生き方のすべてにおける先生だ。ティエナも生徒の自覚を少なからず持っているため、「勉強」の言葉に渋々引き下がってくれた。
それでも、魔法で亜空間の収納庫に虹鱗を格納するや否や、ぐいと顔を近づけて念押しされる。

「お金に困ったり、必要にかられたときは絶対言ってね。あと、もしわたしが商人と交渉することになった際は、リゼについてきてほしいわ。ひとりだと不安だもの」

「当然です。ご一緒させていただきます」

ここで断ったら振り出しに戻りかねない。何事にも譲歩は必要だ。
滅多なことがなければトロスラライに到着するまでに稀少素材を換金するような事態は発生しないだろうけど……それをわざわざ告げる必要はない。

どういうつもりだ——と、怪訝そうに見てくるギルバートは完膚なきまでに無視する。あんたたちを刺激したくないがためのわたしの配慮なんて、どうせ理解されないだろうから。もう好きなだけ怪しんでくれとしか。

どうせギルバートたちとの付き合いはトロスラライまでだ。

ティエナとの関係も、そこで終わりにするのだから——。






ドラゴンの素材を回収し終えた一行は街道に戻った。
交易の主要路として長年人々に踏み固められた道は歩きやすい。魔物討伐のために森の道なき道を突き進んだあとだからなおさらだ。

この調子だと、今日の夜までには次の宿場町に着けるだろう。
数日間野宿が続いていたために、ベッドで休めるのはありがたいのだが……いかんせんリゼの心境は複雑だった。

おそらく今夜もまた、ギルバートからの呼び出しがかかる。
ティエナに言えない秘密の攻防戦。どうしてこうなってしまったのか、理解に苦しむ淫らな夜を想起して、リゼは密かにため息をこぼした。

「それにしても、姫さまは本当にお付きの人が好きだよね」

不意に話しかけてきたカノンへと、ティエナは目深く被ったフードを少しだけ持ち上げて顔を向けた。

「当然よ。リゼは世界で一番尊敬しているわたしの先生だもの」

この子は……。言葉に一切の迷いがなくてこっちが恥ずかしくなる。

「世話役で、お目付け役で、先生かぁ。そういや前はお付きの人のことを恩人だったり親代わりだったり、お兄さんだかお姉さんだかも言ってなかったっけ」

設定、盛りすぎだろ? 腹黒男のそんな副音声がリゼには聞こえた気がした。
ティエナと喋りながらもカノンがそれとなくこちらに圧力をかけてくる。非常に遠回しな匂わせだ。ぼかしすぎて口撃とみなすのも躊躇してしまう。

ちなみに打ち明ける機会を設けてはいないが、カノンはすでにリゼを男装の女だと認識していた。
ギルバートもカノンもリゼの性別を認知したうえで、人の目がある場所ではティエナの侍従として接している。

——もっとも、これはわたしを気遣ってるってわけじゃなくて、そのほうがあちらさんにとって都合がいいからなんでしょうけど。

駆け引きは今に始まったことではない。しかしリゼとギルバートたちのあいだに立つティエナはというと、繰り広げられる攻防にまったく気づいていない。

「お城にいたころから、わたしにはリゼしかいなかったもの。サイディ王国から逃げるのだって、逃げたあとも……リゼがいなかったらわたしみたいな世間知らず、絶対にこんな遠くまで来られなかったわ。テュエッラ川を越えて、自分がフィーネの民だって知ることができたのも、リゼのおかげよ」

「サイディ王国って、前に話してた姫さまが王族の婚約者だったころのこと? そっからの付き合いで、縁が続いてるんだ」

へえ〜……と、あたかも感心しているかのように見せるカノンを、リゼは努めて視界に入れないようにした。

旅の道中ではいつもティエナとカノンが会話の中心になる。ギルバートは無口だし、リゼはティエナ以外とは事務的なことしか話さない。ギルバートほどではないが、リゼも本来は馴れ合いを好まない性格なのだ。
そういったことからカノンの探るような含みのある視線にも、基本は反応せずに無視を決め込む。

「旅の知識はお付きの人譲り?」

「そうよ。野宿の仕方から素材を集めてお金に換える方法まで、全部リゼが教えてくれたわ」

「ふ〜ん。お付きの人も、元々は商隊の下働きとかじゃなくて、王国で城勤めしてたんだよね? ……よくそんな知識持ってたな」

口調はあくまでも自然に。不穏な気配は微塵も出さない。
それでも事情を知る者が聞くと、これがリゼを追及するための言い回しだとわかるだろう。
カノンは毎回会話の端々で、リゼの不審な点をティエナに気づかせようとする。

しかし彼の思惑どおりに事態が進んだことは一度もなく、空振りに終わるのが常だった。
今回も——。

「すごいでしょう、リゼはなんでも知ってるのよ!」

そう言って、ティエナがえっへんと胸を張る。まるで自分が褒められたかのように誇らしげに、そして自分が褒められたときよりも、嬉しそうに。
彼女は決してリゼを疑わない。絶対的な信頼はちょっとやそっとでは崩せない。

「そっか……うん、すごいね」

これにはカノンも苦笑い。ティエナにリゼへの懐疑心を向けさせることは早々に諦め、話題を切り替えるしかなかった。

「でも、そんな大好きな付き人さんとも、トロスラライに着いたらお別れになるわけだけど……、姫さま的にはそれでいいの?」

「そうなのよね……」

ティエナがチラリと落胆の視線を向けてくる。
隣を歩くリゼは困り顔で微笑み、小さく肩をすくめた。

妖精の末裔であるフィーネの民が住まう伝説の国——トロスラライは他国との国交を断絶している。
他国民の入国には長期間に及ぶ厳重な審査と国王の許可が必要で、たとえ他国の正式な使者であっても国境で返されてしまうらしい。

またトロスラライ国内においては、国民の出国も厳しく制限されていた。
国の外に出るためには難関な試験を突破して、なおかつ王族の承認を得る必要があった。試験は知識だけでなく、魔法や戦闘力も試される。
ギルバートとカノンはその試験をクリアできたからこうして冒険者になって大陸中を放浪しているのだが、それでも彼らは完全な自由というわけではなく、他国の情勢を定期的にトロスラライに報告することを義務付けられていた。

これらの情報をリゼは、ティエナが自らの故郷についてギルバートたちにあれこれ質問していた際に近くで聞いていて知った。多少はトロスラライの法律を誇張して伝えている部分もかもしれないが、とにかく彼らがリゼとティエナを完全に切り離したいのはよくわかった。

リゼはトロスラライに入国できない。だからティエナとはいったんそこでお別れとなる。

「やっぱり……リゼも一緒じゃダメかしら?」

そしてティエナは、リゼと離れることに納得していない。

「すでにある決まりを曲げるわけにはいかないでしょう。入国の制限も、彼らからしたらフィーネの民を守るための措置でしょうし」

「でもわたし、ギルとカノンに教えてもらうまでは、トロスラライがそんな国だなんて知らなかったのよ。知っていたら、きっと……」

ティエナが言葉を濁す。その先を言葉にするのはためらわれるようだ。

自分のルーツに興味を示し、同族が住まう王国へ行ってみたいとは言い出さなかった。しかしそれを口にするのは案内人として雇ったギルバートとカノンを否定することになる。
故郷へ行きたいと望む気持ちはティエナの中にたしかにある。そしてそれと同じぐらいに、リゼと離れたくないと望んでいるのだ。

リゼは主人の苦悩を知っていながらさらりと葛藤を受け流す。

「これが今生の別れというわけではありませんから。ティエナ様がトロスラライへ渡られたあと、わたしは適当に大陸をうろついてますので、縁があればまた会えますよ」

離れ離れになるというのに寂しがる様子のないリゼののんきな物言いに、ティエナがむくれた。

「いいわよ、トロスラライをひととおり見て回ったあとは、すぐに国を抜け出してリゼに追いつくんだから」

「いや……、それはちょっと……さすがに聞き捨てならないよ」

フィーネの民の出国制限を破る気満々の同族にカノンが焦る。
「国の外に出ようとするのは止めないから、せめて正式な手続きを踏んで許可は取ろうね」

「そんなこと言って、いろんな理由をつけていつまでもトロスラライに閉じ込められたらたまったものじゃないわ。簡単に外に出られないなら、やっぱりトロスラライには行かない! わたしはずっとリゼと一緒にいるわ!」

うーん……、この警戒心の強さは教育の成果と言っていいのか。
主人の成長を内心喜びながらも、リゼはどうしたものかと悩んだ。ティエナにトロスラライへ行ってもらわないと困るのはリゼも同じだ。

どうにかしてティエナを宥めようとリゼが声を発する前に、ギルバートが口を挟んだ。

「エレパス・ドラゴンをひとりで討伐できる力があるんだ。祖国に戻ったとしても、その実力があれば国外へ出るのもそう難しくはないはずだ」

「……本当に?」

疑うティエナにカノンが追撃する。

「本当だよ。トロスラライが出入国の制限を厳しくしてるのは、国内で生活するフィーネの民を守るためのだからね。姫さまはもう、外の世界の不安定な情勢や、人間の欲深さを把握している。だったら大丈夫だよ。ウチは豊かで平和な国だから、治安維持や国防に携わる役職にでも就かないかぎり国の外にどんな危険があるのか、普通に暮らしているだけじゃいまいちピンとこないんだよね」

「それは外に対する危機感がないってことかしら?」

平和ボケ。そんな辛辣な単語を思い浮かべたリゼとは違い、ティエナはかなりオブラートに包んだ言い回しをした。
これが人間性の差かと思い至って密かに自己嫌悪に陥る。

「国王様や、王族直轄の騎士団が国を守ってくれているからね。国民は他国の侵略に怯える必要がない。それは幸せなことだって、大陸中のいろんな国を見て回ってきた君ならわかるんじゃないかな」

トロスラライは他国との交易を必要としない。食糧や資源は自国ですべてまかなえる稀有な国なのだ。そして何より、国益を民に還元してくれる優秀な統治者が治めている。

役人の税の取り立てに怯え、冬の寒さに凍え、明日の食料に悩む心配がない。まさに理想郷とも言えるその国で暮らすための唯一の条件が「フィーネの民」であることだ。
その条件に、ティエナはあてはまっていて、リゼはそうじゃなかった。ただそれだけのこと。

生まれと血は変えられない。
自分にトロスラライのような平和な場所で生きる資格がないことを、リゼは重々承知している。騙し騙され、欲望と陰謀が渦巻く汚れた世界が、わたしにはお似合いだ。

わかっている。

わかっているけど、トロスラライのことをしれば知るほど無性にイライラした。こんなのはただの嫉妬だ。しょせんはないものねだりでしかない。

込み上げる感情を、遠くの景色を眺めて落ち着ける。
ティエナとカノンの会話は続いていたが、内容は頭に入ってこなかった。

一直線に伸びる道の先に、獣の侵入を防ぐための高い壁が見えてきた。街道沿いの宿場町はもうすぐだ。
今夜を過ごすひとまずの目的地を目視して、下腹部に甘い疼きが走る。

町への到着。雨風を凌げる宿での一夜——。密事の条件が徐々に揃いつつある現状に、下腹部が甘く疼いた。
錯覚だ。アレを期待しているなんて、ありえないのに……。

ひとり羞恥心にみまわれたリゼは密かに唇を噛み締めた。




    *



どうしてこうなったのか。
当初はリゼの秘密を暴こうとするギルバートと、ティエナに正体をバラされたくないリゼの攻防だったはずだ。

ティエナが寝静まってから、空が明るくなりはじめるまで。快楽と恥辱にまみれた時間を耐え続けるゲームではあるが、こうも膠着状態が続くと、行為とその結果に求める目的の繋がりがしだいにあやふやになってきた。

ほかにやりようがあるはずなのに、互いが意地になって泥沼から抜け出せない。


町に着いてから夜になるまでの時間で、ギルバートからそれとない視線を投げかけられたとき、いつからかそれが呼び出しの代わりになっていた。
言葉を交わさなくても意思疎通ができるぐらいには相手の意図を察せられる。敵対関係は明白だというのに、いつ殺し殺されるかわからないピリついた空気が二人のあいだにないのは、単に力の差がありすぎるからだ。

ギルバートはその気になれば、呼吸をするのと同じぐらい簡単にリゼの息の根を止められる。リゼもそのことは充分承知しているので、発言と態度は慎重にならざるを得ない。

そういった関係性からも、リゼはとことん不利な立場にいる。深夜の攻防戦の主導権は常にギルバートが握っていた。

それでも、たとえ不利でも理不尽でも、彼女は耐える以外の選択肢は持ち合わせていない。



深夜によく眠っているティエナを部屋でひとりにすることに最初は抵抗があったが、同階の個室で宿泊しているカノンが警戒にあたっているのを知ってからというもの、無駄な心配だったと諦めがついた。

カノンはリゼとギルバートが宿屋に泊まった日に、夜な夜な「何」をしているか把握済みだった。なんならギルバートが情報の引き出しに難航している様子に業を煮やし「自分が交代しようか」と日中遠回しに提案してくるほどだ。
そのときギルバートはカノンの進言をにべもなく却下した。

会話を近くで聞いていて、リゼは心底ほっとした。あの儚げな男は一見虫も殺せなさそうだが、敵に対しては容赦がない。カノンの尋問がギルバート以上に苦しいものになることは、容易に想像ができた。

堅物で表情に乏しく、冷徹に見せかけて、ギルバートには人間らしい甘さがある。そのことに気付いてしまうぐらいに、深夜の駆け引きを繰り返している事実にため息が出る。

ほだされのではない。カノンよりもギルバートのほうが比較的マシというだけだ。

深呼吸をして、ギルバートがいる部屋のドアを開く。
訪問を告げる声かけやノックはしない。極力音を立てずに入室するのは、もはや暗黙の決まりとなっていた。

室内でギルバートはベッドに腰掛け、無言でリゼを迎えた。殺伐とした空気に場違いな安堵感が芽生え、込み上げる自嘲を口元に力を入れてこらえる。

まだ、大丈夫。下手に出ていても、たとえ立場的にこちらのほうが弱かったとしても、わたしはこの男をコントロールできている。
現状を保つためにはある程度の従順さはやむをえないと、繰り返し自分に言い聞かせた。

——かたくなになりすぎてこの男が匙を投げたら、腹黒いほうが出張ってくるってことでしょう?

嫌すぎる。それだけは勘弁してほしい。

ベッドのふちに座るギルバートの前に立つ。今日は何をするのかと視線で問えば、男の薄い唇がかすかに動いた。

「服を脱げ」

小声はリゼの耳にかろうじて届く。端的な命令に、襟元のボタンに手をかけた。

表情を変えず、事務的に。シャツを脱ぎ捨て、紐のほどけた靴から足を外し、ボトムをずり下ろして素足になる。下着もさっさと取り除いた。

あくまでもこれは作業といった振る舞いだった。艶かしいストリップショーには程遠い。
脱がされる屈辱を味わうぐらいなら自分で脱いだというだけのこと。
恥じらう姿は見せず、身にまとう衣服すべてを脱ぎ去った。最後に唯一この身に残った左手薬指の指輪だけが忌々しかったものの、それを外す気にはなれず極力意識しないように努めた。

裸体で直立したリゼは局部を隠すことなく冷めた表情で次の指示を待つ——が、ギルバートはリゼをじっと見つめたまま微動だにしなかった。

長身の男がベッドに腰掛け、かすかに上に顔を向けていると、視線はおおよそリゼの胸部あたりにくる。小柄で痩せ気味の体型に関わらず、アンバランスに胸だけが豊満な肉付きをしていることを密かに気にしているリゼは、自身のコンプレックスを注目されて内心苦虫を噛み潰す。

——意外と大きいとか思ってんでしょ、ムッツリスケベが。

これまでだって何度も見られてきたというのに、改めてまじまじと観察されたら居心地が悪い。平静を取り繕うとするも肉体は正直なもので、リゼの頬はほのかに赤く色付いていた。

「……それで、今夜も飽きずに何をなさるつもりかしら?」

延々に続きそうな沈黙に根負けして投げかける。視姦が苦手なだけで、この先の展開を期待したわけでは断じてない。
あえて挑発的に言ってやれば、ギルバートはかすかに視線を上げた。

「減らず口はあいかわらずか。日中の清廉潔白な装いからは想像しがたい。長年よくティエナの前でうまく隠しとおしたものだな」

うるさいこっちは人を選んでんのよ。非礼には非礼で返して何が悪い。

「あなたこそ、裸の女を前に毒を吐く変態っぷりを、叶うことならティエナ様に教えて差し上げたいわ」

「やれるものならやってみろ。それなら俺も覚悟を決めるだけだ」

「ティエナ様に嫌われる覚悟ってことかしら。同じ種族ってことや圧倒的な実力差が信頼につながらないなんて、皮肉なものね」

「そうだな。お前とティエナを見ていると、時間の重みを思い知らされる。だが皮肉なはお互いだろう」

ギルバートが立ち上がる。
すると男を見上げることになり、圧迫感が一気に増した。
相手は威圧しているふうでもないのに、無意識に口が閉じてしまって言葉の応酬を続けられない。

長い足が一歩を踏み出す二人の距離がさらに縮まり、顎が上がる。
身長差から悠然と身下される。リゼは床を踏み締める素足の指に力を入れて強気に挑むも、自分の余裕がこの先長く保たないことを予感していた。

「お前がティエナの信頼を持て余していることに、俺たちが気付いていないと思ったか?」

俺たち——、口ぶりからカノンも含まれていることが推測できてしまい、とうとうリゼは顔をしかめた。
男の手が頬を撫でる。払いのけたりはしないが、なけなしの反抗心から視線を外して顔を横に向けた。

「お前は何がしたいんだ」

低い声はリゼへの問いかけというよりも、自問に近い響きがあった。

「ティエナに少なからず情があるなら、こちら側につくできるのでは」

「わたしに組織を裏切れと?」

「そう言っている」

あっさりと肯定されて、リゼは今度こそ耐えられず口端を吊り上げて自嘲した。

「トロスラライに入れないわたしがそちら側について、いったいどんな利があるの? わたしを利用するだけ利用して、ティエナ様が安全地帯に入ればそこでさようならって魂胆が見え透いているのよ」

「他国民は入国の審査が厳重というだけで、すべてを拒絶しているわけではない。お前にはティエナを俺たちの元まで連れてきた功績があるんだ。お前の今後の誠意次第では許可が下りる可能性が十分にある」

「誠意だなんて、そんな明日のご飯にもならない霞のようなもの、あなたは信じられるの?」

敵を信じようとするなんてどこまでも甘い男だ。こいつといると自分の矮小さが際立ってイライラする。

「それに奇跡が起こってわたしがトロスラライに入れたとしても、待ち受けているのは四六時中監視された不自由な生活でしょう。そんなのまっぴらごめんよ」

「ティエナとはいつでも会える」

「馬鹿にしないで。たったそれだけのことで組織を裏切るわけないじゃない」

キラキラと輝く無邪気な笑顔が脳裏をよぎるが、頭を振って意識から追い出した。同時にギルバートの手も払いのける。

「……なんなのよ、もう……」

いつもならとっくに尋問がはじまっているころあいなのに、今夜のギルバートはやけにしつこい。
淫らな快楽責めは断じて望んでいないが、だからといって腹の探り合いも楽ではない。自分ひとり裸になって普通に話していることが、精神的にじわじわと効いてきていた。

「……不器用な奴だな」

ポツリとこぼれた声に、こいつにだけは言われたくないとリゼは眼光鋭く睨みを返した。
後ろにまわった男の大きな手が腰を撫でる。手はそのまま桃尻を下り、ひょいと掬うようにしてリゼは軽々と抱き上げられた。

ベッドのふちに腰掛け直したギルバートの膝の上に向かい合うようにして座らされる。

「何事にも例外というものがあるが……試してみるか」

「…………?」

言葉の意味を掴みかねるてきょとんとしたところに突然愛撫がはじまった。

「……っ…………」

不意打ちでされたいやらしい触れられ方に身がこわばる。遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
脇腹から臀部にかけてを無骨な手のひらが往復する。ただそれだけのことと自分に言い聞かすも、気をゆるめれば背中がしなりそうになった。
だんだんと、触れられたところから熱が身体に溜まっていく。はぁ……悩ましげな吐息を漏らしたリゼの耳元に、ギルバートが唇を寄せた。

「ぅんっ……ぅ……」

耳の形にそって下から上へと舌先で舐められ、肩がすくむ。

「アテが外れたか」

「……どういう意味よ」

「お前の飼い主は、ティエナをトロスラライと繋がるための足掛かりにしようとしたんじゃないのか」

確信のこもった声で低く囁かれ、キツく目を瞑る。

「俺たちがお前の背後にある組織に気付かず、ティエナを祖国に導いた恩人としてお前をトロスラライに受け入れていたら、あるいはそんな未来もあったかもしれないな」

昼間と違って、夜のギルバートはよくしゃべる。耳に直接吹き込まれる言葉に、リゼの心臓がドクドクと鼓動を速めた。

「恩を売り、信頼を得て内側に入り込めば、あとはどうとでもできたことだろう。……フィーネの民は、国外では金になる」

そうね——と、リゼは心の中でうなずく。ティエナを使って大金を生み出す方法はいくらでもあった。おおよそ一般庶民の感覚では外道とされる方法まで、リゼの脳内には当然のように思い浮かんでいた。
当たり前のように、それを想起してしまう自分が嫌になる。

しかし込み上げた嫌悪感はお尻から前へとまわったギルバートの手に内股を撫でられ、簡単に流されてしまった。
足の付け根を長い指がゆっくりとたどる。男の腰を跨いでいるため開かれた脚は閉じることが叶わず、あらわになった秘部の心許なさに今さら羞恥心が襲ってくる。

赤くなった頬を見られてくなくて、男の肩を掴んだリゼは顔を伏せた。かすかにまぶたを持ち上げると、男の指が秘部に触れかかっているのを視界に入った。
きゅん……と、下腹部に甘い疼きが走る。

「自分がトロスラライに入れないとなると、……次はティエナを使うつもりか?」

「……ん、ゃっ…………」

下肢に気を取られて油断したところに囁かれ、ビクンと身体が跳ねる。

「ティエナを引き込めば、お前たちはトロスラライの内情を外にいながら知ることも可能となるだろう。フィーネの民に国外への憧れを植え付け、自分たちの元へ来るように仕向けることも——」

「馬鹿にしないでよ」

つい、話しを遮ってしまった。何を聞かれてもリゼは沈黙を貫くつもりが、どうして自分はこんなにも意思が弱いのか。
言ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて顔を上げ、ギルバートを睨む。

「ティエナ様が、そんな道理を知らない物事の良し悪しもわからないようなお方だとでも言いたいの?」

わたしはあの子を、そんなふうに育てていない。
ギルバートの探るような視線を正面から受け止める。数秒の沈黙を挟み、先に動いたのはギルバートだった。

「お前のそういうところが意味不明なんだ」

ぬちり。男の中指が秘部の花弁を退け秘裂に食い込む。

「あそこまでティエナの信頼を得ているなら、洗脳することも容易いだろうに。しかしティエナが俺たちに隠し事をしているとはとても思えない。蛇の狙いはどこにある?」

ぬちゃ、ぬちり……くちゅ……っ。

濡れはじめた膣口の上を指の腹が何度も往復する。股から聞こえる粘着質な水音がいやらしい。
早くも肉体に快楽の火が灯り、膣道がきゅんと刺激を求めて締まった。

「……、…………」

リゼは深い呼吸を心がける。声を押し殺すと、突然の刺激に嬌声を漏らしかねない。だからあえて荒くなる息遣いは止めず、代わりに声帯を振るわせないようにする。ギルバートとの夜を重ねるなかで身につけたすべだ。
ただしこの対処法は、リゼから言葉を奪ってしまう。質問に答えようとすれば声を発することになるのだから当然である。
ギルバートにとっても、尋問相手が言葉を返さないのは不本意なことだ。

ぬちゅ……ずりりぃ……。

「……っ、…………は、ぁ……」

膣口の蜜を掬った指が敏感な秘芽の上を這う。最後はカリカリと爪で包皮を軽く引っ掻かれ、刺激を受けてピンク色の肉芽がぷっくりと勃起する。
主張をはじめたクリトリスにギルバートはなかなか触れてくれない。触れるか触れないかの絶妙な加減で指先が根本部分をくるくると回る。じらされる動きにリゼは唇を噛み締めた。

「質問を代えるか。最後に飼い主と連絡を取ったのはいつだ?」

問いかけの直後、耳たぶを甘噛みされてリゼは身をすくませた。頭の中が快楽に染まる危機感から背中を丸めて小さくなるも、そんなことでギルバートから逃れられるはずがない。
秘部をいじる彼の指は膣口とクリトリスの手前までを行き来するだけで、決定的な刺激は与えられない。

これまでもそうだった。真実を話すまではこのまま、おあずけ状態が延々と続くのだ。

「トロスラライを目指すようになったのは、本当にティエナの意思なのか。……それとも、飼い主の命令でティエナをそれとなく誘導したか」

リゼは応えない。自分の答えに意味がないことなどとうに理解しているからだ。
どうせならさっさと屈服して、男にとって都合のいい答えを吐き出してやろうかとも考えたりしたが、そんな安易な嘘が通用する相手ではなさそうで、実行できていない。

だから沈黙を守って、朝が来るまでひたすら耐えるしかない。

こうして快感をはぐらかされるときもあれば、敏感な部位を容赦なく責められ、一晩中イカされる夜もある。すべてはギルバートの気分によって決まるから、できれば頭が真っ白になるぐらい快楽に溺れているほうがましだなんてリゼの希望はとおらない。

「……いつまでもだんまりでやり過ごせるとでも?」

クチュリ……。膣に指が侵入する。しかしざらりと肉襞をひと撫でして、あっさりと引き抜かれてしまった。
追いすがるように媚肉がヒクヒクと収縮する。連動してかすかに震える下腹部を、愛液に濡れた指にクッと揉み押される。

「……ふ……っ、はぁ…………、はっ」

子宮にじわじわと熱が溜まる。
膣内に甘い疼きが湧き上がり、膣からとろりと愛液が溢れた。
もっと決定的な刺激がほしい。頭の中がそんな欲望で埋まっていく。
じらし責めは特に苦手だった。肉体が昂った状態で期待した刺激を与えられず、長時間我慢を強いられる。そんな夜ほど、時間の経過が遅い。

秘部の薄い茂みへと、ギルバートの手がつたう。しかしクリトリスを直前にしてまた、下腹部に戻ってしまった。
あと少しだったのに……。敵に何を期待しているのかと呆れる一方、彼に触れられることを望む自分がたしかにいた。





【続く】

市街地 2024/08/06 10:36

【R18連載】訳あり侍女の本懐〜0.プロローグ〜

※新作の連載です。
※完結後に本文を修正、書き下ろしを加えた完全版をDL siteで販売します。

【あらすじ】

女には誰にも言えない秘密があった。
男には他人を信じられない理由があった。

主人の祖国を目指す旅の道中で、雇った道案内兼護衛に淫らな尋問で秘密を暴かれそうになる侍女の話。

※当作品はpixivにも掲載しています。
pixiv版『訳あり侍女の本懐』


0.プロローグ

「このたびの国内視察ですが、殿下はミコ様とともに王国領を巡視されるとのことです。異界よりお越しになられたミコ様に少しでもこの世界を知っていただきたいという、殿下のお心遣いにございます」

侍従が告げた王太子の意向に、リザリアの主人であるティエナはかすかに目を伏せる。
まだ十三歳とあどけなさの残る年齢ながらも、ティエナは非常に聡明な少女だった。侍従が多くを言わなくても「王太子は婚約者であるティエナを、国内視察の同行者から外そうとしている」と、婚約者の意図を悟ったようだ。

「……承知しました。視察については殿下のご意向に沿うように、準備を進めてください」

感情をひた隠し、静かに告げられた言葉から、リザリアは主人のやるせなさを感じ取って口をきつく結んだ。一介の侍女がこんなところでため息をついてはいけない。
ティエナから承諾を引き出した侍従は、用事は済んだとばかりにさっさと部屋を辞した。


今年成人する王太子のお披露目を兼ねた大規模な国内視察に同行することを、王太子の婚約者であるティエナはずっと楽しみにしていた。
彼女はこれまでの人生、ほとんどの時間を孤児院と王城ですごしたため、外の世界を知らない。
神託によって九歳で王太子の婚約者として城で暮らすようになり、それからずっと厳しい妃教育に耐えてきたティエナにようやく訪れた羽を伸ばせる機会は、突然神殿に現れた異世界の女に取って代わられた。
自室に戻ったティエナは椅子に腰掛けしゅんと肩を落とす。そんな主人にリザリアはそっとティーカップを差し出した。

「オラグル夫人が殿下に抗議するそうです。殿下は婚約者であるティエナ様を、ないがしろにしすぎではないかと」

「……そう」

オラグル夫人はティエナの妃教育を受け持つ教師の一人である。普段の指導は厳しいものの、夫人はひたむきなティエナを密かに可愛がっていた。
どこの馬の骨かもわからない十三歳の小娘とあなどるなかれ。ティエナを王太子の妃として認めている者は、意外と多い。これはひとえにティエナの努力のたまものだ。
そんな中で誰よりもリザリアの主人を軽んじているのが、何を隠そう彼女の婚約者である王太子だった。神託のよって決められた婚約を、教会側の陰謀だとかなんだかんだぬかして、いつまで経っても歩み寄ろうとしない。

——まあ、思惑があっての婚約ってのは当たっているけど……。

より強い魔力を王家の血筋に取り込むため、国王が教会に膨大な魔力を保持する子供を息子の婚約者に当てがった。神託とは名ばかりの、そんな狙いが見え透いていた。
しかし教会と結託してティエナの自由を奪い王家で囲い込んだ経緯があるにも関わらず、今では国王すらもが異世界の少女にぞっこんとなっている。ティエナのことなど忘れたかのように、おおやけの場で異世界の少女を息子の伴侶に推す意向を示しているのだからもはや笑えない。

階級社会をよく理解していない異世界の少女よりも、幼いころより正妃となるための教育を受けてきたティエナのほうが王国を良き方向へ導ける。城内ではそのような意見が少なからず聞こえてくるも、王族はまったく耳を貸そうとしなかった。
王太子が言うに、異世界から来た少女は神が王国に遣わした真の聖女なのだという。少女といってもミコはティエナよりは年上で、王太子と歳が近い。ティエナに匹敵する魔力をその身に秘めていて、極め付けに黒髪黒目という神聖な漆黒色をその身に宿していた。

孤児だったティエナは貴族の養女を経由して王族の婚約者になった。ティエナの魔力量は王家に求められるぐらいにすさまじのだが、彼女の親は異国の人間だったらしく、金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、くっきりした目鼻立ちといったぐあいに、ティエナは王国では珍しい容姿をしている。
王家に異国の血を混ぜるのはいかがなものかと、王太子とティエナの婚約には当初から反対の声は今もなお後をたたない。現在は城内でティエナの味方も少しずつ増えてはいるが、それでも依然として反対派が多数を占める現状は変わらない。

そんな渦中に突然異世界から現れたのが、ミコだった。
異国の者——というよりも異世界の者——であり、王国の民でないのはティエナと同じであるが、なんせミコは黒髪黒目、神聖な色を身に宿している。
これまでティエナに「見た目は仕方がないから、せめて振る舞いは完璧にせよ」と厳しい妃教育を課してきた国王すらもが、今では手のひらを返して「なぜティエナを婚約者に置いてしまったのか」と後悔に駆られている。

神託によって決められた婚約は、たとえ王であろうとそう簡単に覆せない。
しかし「簡単」にはいかなくても、ティエナを王太子の婚約者から引きずり下ろす方法は、決してゼロではないのだ。
カップに口をつけてティエナがほっと一息。

「仕方がないわ。なんとなく、そうなるんじゃないかって思ってはいたもの。予想的中ね」

室内の重い空気を振り払おうと、少女は明るい口調で言い放つ。リザリアへと向けられた笑顔は、それでもどこかぎこちなかった。

「残念な気持ちもあるけど、本当は少し安心しているの。これまでお話をするどころか目も合わせてくれない方と長旅の道中馬車で二人きりなんて、想像しただけで気まずくて……殿下とお近づきになれるせっかくのチャンスをこんなふうに言ったら、先生に叱られちゃうわね。今のはわたしたちだけの秘密にしてくれる?」

「ええ、もちろんです」

リザリアと二人きりになると、ティエナの口調は年相応に砕けたものに変わる。リザリアは主人の振る舞いを咎めることなく黙認していた。

「こちらのことはもういいとして、リザはどうなの? 将来のお相手は決まったの?」

唐突な質問を受けたリザリアが困り顔で笑みを浮かべる。そして左手の薬指にはまる木製の指輪をティエナに見えるよう掲げた。

「わたしは災禍の星の下に生まれた身ですので、婚姻は王令によって禁じられております」

「でも、それはこの国に限ってのことでしょう? 遠くの土地に渡ればまた違う星の導きがあるって、以前に神官様がおっしゃっていたわ」

「そうかもしれませんが、そこまでして結婚がしたいと思うほど、意欲も願望もありません」

そうなの、と小さくうなずいたティエナは紅茶のカップへと視線を落として何やら考え込む。

「……わたしはダメでも、殿下の国内視察にミコ様の世話役としてリザを同行できないかしら」

小さな呟きは傍らに控えるリザリアの耳に届いていた。
不可能ではない。王太子の視察に同行する候補者として、リゼの名前があがっていることは、すでにリザリア自身も把握済み。王太子の婚約者を快く思っていない一派の、ティエナへの嫌がらせである。

「そうね、それがいいわ。帰ってきたらリザの見た王国の姿を、わたしにお話しして。ほかの人はともかく、リザの言葉は信用できるもの」

「ティエナ様」

興奮気味にまくしたてる主人を落ち着かせる。
どうにかお気に入りの侍女を遠ざけたい。芝居がかった提案の真意に、リザリアはとっくに気づいていた。

「残念ですが、それは叶いません。わたし、近いうちに城を去るつもりをしていますので……報告が遅れてしまい、申し訳ありません」

突然の報告にティエナが目を見張る。王太子の国内視察の同行者から外されたことを知ったときよりも大きな驚きを見せ、やがて深いため息とともに椅子に深く腰掛けた。

「そうなの。……ええ、そうね、……それがいいわ……」

ピンク色の愛らしい唇の両端がかすかに持ち上がる。安堵と恐怖が混ざり合う主人の複雑な表情に、リザリアの胸が痛んだ。
異世界の少女が降臨したことにより、ティエナは王家にとって不要な存在となった。しかし神託のしがらみが邪魔をして、婚約の解消は難しい。

——だったらティエナそのものを、うまい具合に始末してしまえば良いのでは……?

王家の不穏な動きに、ティエナは勘づいている。彼女は身に迫る危険にリザリアを巻き込まないために、自分から遠ざけようとしているのだ。

「今までありがとう。わたしがここまでがんばれたのは、あなたのおかげよ。でも、これからはもっと自分でしっかりしなくちゃね」

後腐れなく送り出そうとしてくれる、主人の心遣いがリザリアの良心にグサグサと刺さる。わたしはそんな、他者に感謝されるような人間じゃないのに。

「ティエナ様……」

ドクドクと、心臓が強い鼓動を刻む。頭がくらくらする。
緊張した面持ちでリザリアはティエナのそばを離れ、足音を立てないよう慎重にバルコニーのついた大窓と、部屋の出入り口である両開きの扉の外をうかがった。
聞き耳を立てている者はいない。それを確認して部屋の中央に戻ると、腰をかがめてそっと主人に耳打ちした。

「もしも、ティエナ様に……殿下やこの国に未練がないのであれば……、その……」

言い澱んで迷ったのは数秒のこと。唇をきつく結んで覚悟を決めた。
リザリアはティエナの前で床に膝をつき、主人の手を握りしめた。

「わたしと一緒に、ここから逃げましょう。決められたルートで巡る、国の綺麗な部分だけを見せられる虚栄にあふれた視察などではなくて……ティエナ様ご自身の目で、世界の広さを確かめたくはありませんか?」

その誘いに、ティエナは戸惑いながらも目を輝かせた。




これがはじまり。
こうして二人は王国を出奔し、大陸を旅することになった。
しかし間違ってはいけない。一国の王太子の婚約者を唆したとも、誑かしたともとれる、リザリアの一大決心は、不遇な主人を憐れんだ末の行動ではなかった。
彼女にはティエナの専属侍女になるよりずっと前から、誰にも打ち明けられない秘密があった。




   *



城を出奔した直後——追っ手を撒くためにあれこれ偽装工作にいそしんでいたころ、彼女は腰まであった髪を切った。
旅にはなにかと危険が付きものだ。特にに若い女の二人旅ともなると、よからぬことを企むやからの標的になりやすい。
危険をなるべく回避するために、性別を偽る道を選んだ。さらには名前を変えて、彼女は王城勤めの侍女・リザリアだった自分自身と決別する。

しかし女性特有の華奢な骨格と、一部分を除いて肉付きがあまりよくない細身の体格。身長の伸び悩みもあり、成人済みの男性に変装するのは無理があったため、彼女は主人と歳の近い従者を装うことにした。
豊満な胸は布をきつく巻いて押さえつけ、肉体のラインが見えない服をあえて選んで体型を隠した。ぱっと見だけならもうすぐ成長期を迎えて青年になりかけている年ごろの少年で十分通用する。

旅の道中で彼女と関わることになった者の中には、少なからず違和感を抱いた者もいただろう。少年のあどけなさからくる色香とは別種の艶は、本人が細心の注意を払っていても隠しきれないところがあった。
吊り上がり気味の大きな目は彼女の気の強い性格をありありと表しているも、その性格は実直とはほど遠い。のらりくらりとしなやかに、手を替え品を替え、ときには含みのある態度で牽制し、ときにはわざと隙を見せて相手の懐へと潜り込む。そうやってしたたかに生きる方法を、道すがらに出会う者たちに実践して、彼女は主人であるティエナに外での生き方を教えていった。




   *




三年後、リザリア改め——リゼは二十一歳になっていた。
相変わらず、焦茶色の髪はうなじが見えるくらいに短い。

大陸西部にて。
日が暮れてからたどり着いた町の宿屋で部屋が取れたのは幸運だった。それも旅人がひしめき合う大部屋の雑魚寝ではなく、二つのベッドが並ぶ個室だ。

ひと月ほど前にティエナとの旅に新たな同行者ができてからというもの、道中の快適さが格段に上がった。同行者の恩恵にあやかれることをありがたく感じる反面、それまでの自分の努力はなんだったのかと苦い思いが込み上げる。
どうせわたしには、富も名声も、旅に役立つツテもない。
卑屈な自分を胸の奥に閉じ込めて、リゼは雨風がしのげる快適な空間での休息を主人と喜んだ。
深夜、隣で眠る主人を起こさないよう気をつけながら、リゼはベッドからそっと身を起こした。
朝からずっと歩きっぱなしだった疲れもあり、ティエナはすっかり夢の中だ。

音を立てないように注意を払いつつ立ち上がり、忍び足で部屋を出る。
宿屋に泊まる客のほとんどは旅人だ。この時間、昼間の疲れで彼らは明日に備えてすでに眠りについていて、建物全体がしんと静まり返っていた。

足音を殺し、隣の部屋へと足を運ぶ。小さくノックしたのち返答を待たずに扉を開け、隙間からするりと中に入った。
ドアノブを回したまま、後ろ手にゆっくりドアを閉める。
室内では男が待っていた。奥の壁にもたれて腕を組み、冷徹な顔で男はリゼに凍てつく視線を送る。
もとよりこの男から快く思われていない自覚があるので、ぞんざいな態度にも別段心は傷つかない。

「……お話しとは?」

リゼ自身も感情をこめずに淡々と、壁一枚隔てた場所にいる主人の眠りを妨げぬよう小声で男に問いかけた。
言葉による返事はない。切れ長の双眸がリゼに向けられる。鋭い視線に胸の奥がざわついた。
男の名前はギルバートという。大陸をながいあいだ東西に分断してきた大河、テュエッラ川より東側では名の知れた冒険者だ。

彼が有名な理由は、剣や魔法の技術が突出しているからだけではなく、その出自が大きく関係していた。
ティエナと同じ明るい金色の髪に、濃いエメラルドグリーンの瞳。エルフか妖精か、祖先の血筋には諸説あるらしいがとにかく人ではない人智を超えた存在の血を引く種族——フィーネの民の特徴をギルバートは持ち合わせているのだ。
反応が乏しい男が薄い唇をわずかに動かす。

「……ティエナは?」

感情のこもらない低い声に、リゼは主人の眠る部屋があるほうの壁を一瞥した。

「お疲れだったようで、すでにお休みになられてます」

その言葉を受け、ギルバートが壁から背中を離した。
高身長の男に見下ろされ、威圧感にうっとい気が詰まる。それでもリゼは表情を見せないギルバートを負けじとまっすぐな視線を返した。

「それで、ティエナ様には聞かれたくないお話とはなんでしょうか」

ギルバートの鋭利な目が細められる。伏せ目がちになると、長いまつ毛が目元に影を落とした。
遠慮なんてかけらも知らないギルバートが言葉に迷う様子に「おや?」と一瞬気を抜いたリゼだったが、男の憂いを帯びた表情はすぐに元の冷徹な印象に戻ってしまった。急にピンと空気が張り詰め、リゼの背筋が伸びた。

「お前は……女だな」

そうして放たれた指摘は、確信のこもった口調だった。

「……なぜ?」

これにリゼはにこりと笑みをたたえ、努めて冷静に切り返す。

なぜ、女だとわかったのか。
なぜ、今になってそれを確認するのか。
なぜ、ティエナには内密にしなければならないのか——。

男がリゼの抱える秘密について、どこまで把握しているのかが不明な現状での安易な釈明は首を絞めることに繋がる。
発言は慎重に、間違っても焦りを顔に出してはいけない。
互いが互いの反応を注視して、探り合う。膠着状態はそう長く続かなかった。

「——指輪」

言いながら、ギルバートがリゼの左手を指し示す。

「それはテュエッラ川より西側の、星辰信仰に関わる護りの指輪だ。災いの星の下に生まれた者を災禍から守ため、そして次代に災いを受け継がせないため、生涯の未婚を義務付けられた者に神殿が発行している代物だろう」

——知られている。左手の薬指の付け根から、第一関節の手前まである太い木製の指輪。こぶしを作った左手を右手で覆い隠したのは無意識だった。

「災禍の星とされる子どもは、貴族や豪商の私生児に不思議と多く現れるらしいな。不義の子を家の後継ぎから徹底的に排除する権力者と、後押しする神殿の金銭が絡んだやり取りが見え透けているが、それについて今は置いておこう」

しかも教会の裏事情まで筒抜けときた。
いつになく饒舌に喋る男は、容赦なくリゼを追い詰めていく。

「護りの指輪は性別によって着ける指が決まっているそうだな。たしか男は中指に、女は薬指——だったか」

落ち着け。ここで取り乱してはいけない。リゼは顔の高さまで手を上げて、自ら進んで左手の薬指にはまる木製の指輪を正面の男に掲げた。

「ギルバート様は西の文化にも造詣が深くあらせられるようで。……おっしゃるとおり、この指輪は神官様よりいただいた厄災避けのアイテムであり、わたしはティエナ様の侍従ではなく、お付きの侍女なわけですが……」

指輪をした手を口元に添えて、小さく忍び笑う。

「こちらはてっきり、ご承知のうえで黙認いただけているものとばかり思っておりました」

それがどうしたと、余裕をみせてやる。

「……そうだな。でなければティエナと同室で休むことを認めなかった」

お前の許可なんていらない——などとは、思っても口に出さない。にこりと笑みを顔に貼り付け、リゼは男の真意を探った。
重要なのは、リゼの性別なんかじゃない。ギルバートは自身が西方地域の文化に精通していることをほのめかし、揺さぶりをかけてきているのだ。探りを入れたい事柄は、別にあるはずだ。

「性別を偽ったのは安全のためか」

「ええ、女の二人旅より幾分かマシでしょうから」

「子供二人だと性別に関係なく危険が増える気もするが……」

「あいにくと、子供と呼べる年齢はとっくに過ぎてしまってますので、こう見えてそれなりに経験豊富なのですよ」

ああ言えばこう言う。雑談に見せかけた探り合いに、リゼは正面から応じた。
なかなか尻尾を見せないリゼに、ギルバートが呆れまじりに息を吐き出す。

「そろそろ、腹を割って話さないか?」

「特別にわたしから申し上げることなどなにも」

嘘ではない。信用できない男に打ち明けられるような隠し事がないという意味で、正直に答えたつもりだ。

「……ならばこちらから開示しようか……」

ポツリと呟かれた声はあまりにも小さく、注意を払っていたリゼの耳にもかろうじて音が届いたぐらいだった。
ギルバートが長い足を一歩踏み出す。引き腰になったリゼは逃げるべきかと迷ったが、結局その場に踏みとどまった。
手を引かれてベッドに押し倒される。背中にまわされた腕に支えられたから、身体に衝撃はなかった。リゼの身を案じたというよりも、大きな音を立てないための配慮だろう。

仰向けになったリゼの上にギルバートが乗り上げる。
内心で軽蔑しながら、ふっと鼻で笑ってやる。
深夜に呼び出された時点で、これくらい想定していた。組みしかれたぐらいで慌てふためくと思うな。

「一夜の相手がお望みならば、最初からそう言えばいいでしょう」

煽るようにギルバートの頬へ手を添える。指先でつぅ……と輪郭をなぞるが、わずらわしそうに払われてしまう。

「うぬぼれるな。お前に手を出すほど女に困っていない」

「だったら……」

「女を正直に吐かせるにはこれが一番手っ取り早いだろう」

男の大きな手に頬を撫で返される。
プツリと、リゼの中で何かが切れた。
強気にギルバートを睨みあげ、自らに触れる手をはたきのける。

「馬鹿馬鹿しい。付き合ってられないわ」

「それが本性か」

「社交辞令を知らないの? 円滑な人間関係の基本よ。もういいでしょう、早くそこをどいてちょうだい。くだらない話をするぐらいなら休みたいの」

ベッドから抜け出そうと身を捩るが、ギルバートは逃走を許さなかった。
痺れを切らしたリゼが膝を振り上げる。男の股間を狙った奇襲を相手は想定していたようで、簡単に受け流されてしまった。

「こんのっ……」

くらいなさいよ冷血漢がっ!
体勢を立て直そうともがくリゼの口をギルバートが手で覆い塞ぐ。

「騒ぐな。隣に聞こえてお前の主人が起きてしまうぞ」

「——っ」

ティエナのことを持ち出され、リゼは二撃目を加えようとしていた足を咄嗟に止めた。
あの子が物音に気づいて様子を見にきたら——状況からして、ギルバートがリゼを襲っていると判断しかねない。そうなると、ギルバートたちと交わした契約をなかったことにしてでも、ティエナはリゼを守ろうとするだろう。
ティエナならそうする。確信があった。あの子はわたしのことが大好きだから。
だが、それではリゼが困るのだ。
困惑を見透かしたようにギルバートが耳元で囁く。

「せっかく見つけたトロスラライへの案内人を失ってもいいのか?」

「……っ、ゲスが……」

口を解放された途端に吐き出された恨み言は、憎しみが込められながらも声量は小さい。

「なんとでも言えばいい」

悪態を受け止めたギルバートの呟きもまた、かろうじて耳に届く程度に抑えられている。
腹立たしいが、この密会をティエナに知られたくないという一点だけは、リゼとギルバートの意見が一致していた。

「……ティエナ様に同じことをしたら殺す」

殺気立つリゼに、ギルバートは顔色ひとつ変えない。

「同族に無体を働くほど落ちぶれてはいない」

主人の故郷への案内人として雇った男は、依頼を即答で受け入れはしたものの、最初からリゼを仲間として見ていなかった。ギルバートが大切にしているのは、己と同じフィーネの民であるティエナだけだ。
たとえ自分が快く思われていなかったとしても、邪険に扱われようがリゼはどうでも良いのだが、この展開はいただけない。

交わした契約に従って粛々とフィーネの民が暮らす幻の国——トロスラライに案内してくれたらよいものを。ギルバートが大陸西方の文化に詳しかったのは痛い誤算だった。
夜更けにベッドの上で、女と男が重なりあう。淫らなシーンを彷彿させる状況に反して、室内は殺伐とした空気が張り詰めていた。

「答えろ。俺たちに近づいた目的はなんだ」

「……ティエナ様が、ご自身の故郷へ帰りたいと望んだから。それ以外の答えがあると思いますか?」

うそぶきながら、リゼは心の中で苦虫を噛み潰した。他の目的があると確信しているからこそ、こいつはこうして追い詰めてきているのだ。

両手を頭上でひとまとめにして自由を奪われる。足を振り上げようにも男に体重をかけて抑えつけられてはどうにもならなかった。体格差が恨めしい。
ギルバートはリゼの細い手首を拘束したまま、もう片方の手で彼女のボトムスのボタンを器用に外す。
くつろげた前立ての隙間から長い指が差し込まれる。ショーツ越しに秘部を触られても、リゼは顔色ひとつ変えなかった。
この程度で辱めたつもりか。
これぐらい、過去に受けた教育に比べたら、どうってことない。

「何をされてもわたしの答えは変わらないわ」

「だろうな。そう簡単に口を割るとは思っていない」

クロッチを挟み、秘裂に男の無骨な指先がくい込む。

「……っ」

睨みをきかせるリゼの眉がかすかに動いた。
ピリついた空気が満ちる密室を沈黙が支配する。気を散らす要素が少なすぎて、嫌でも秘部の感覚に意識が向いてしまう。
お尻側から前方へ、陰唇の間をとおりすぎた指はクリトリスの上で止まる。皮を被った肉芽をソフトなタッチで押され、リゼは侮蔑のこもった眼差しでギルバートを見上げた。

「民衆に神聖視される精霊の末裔が、こんなふしだらなまねをして……これじゃあそこらにいる飢えた男どもと変わらないわ」

「そうだな。お前を組み敷いているのは、ただの男だ」

間髪入れずに返された。目的が明確であるから、迷いがない。挑発で怒りの感情は引き出せないから、付け入る隙もない。厄介な相手だ。
舌打ちしたい衝動は、歯を食いしばることでこらえた。
その間にもギルバートはリゼの秘部をまさぐってくる。加減された丁寧な手つきにもどかしさをおぼえる自分自身が忌々しい。

「…………っ」
クリトリスをショーツの上から爪で引っ掻かれる。サリサリ、サリサリ……、両者が息を殺す静かな室内にて、布を爪で擦る音がやけに目立った。

「……ふっ、……ん」

我慢比べに先に音を上げたのはリゼだった。鼻から抜ける吐息とともに、刺激に耐える声が漏れる。しだいに呼吸が乱れ、身体が熱くなりはじめる。
発情の気配に焦りが生じるも、口から出かかった罵倒の言葉は男の冷めた視線を受けて寸前で思いとどまった。
声を荒げてたら、ティエナが起きてしまう。
「くっ、そがっ……」
代わりに自身を組み敷く男を射殺さんばかりに鋭く睨むものの、相手はリゼの怒りにこれといって反応を示さない。そのことでまた、さらに神経を逆撫でされる悪循環だ。

サリサリ、カリッ……スル、スル……。

「……っぅ、……んぅ……っゃ、ぁ……っ」

絶妙なタッチでクリトリスをいじられ、甘い刺激から逃れようと腰が左右に揺れた。股のあいだにギルバートが陣取っているため脚を完全に閉じらず、無意識に力のこもった内腿で彼をぎゅっと挟み込んでしまった。
邪魔すぎる。存在そのものが忌々しい。

「ずいぶんと感じやすいようだな。身体を使って男をたぶらかすのも慣れたものか」

だったらなんだ。それがどうした——と。開き直って鼻で笑ってやるのが正解だ。しかし与えられる快感に発情を強○されたリゼはいささか冷静さを欠いてしまった。

「黙れ変態……んっ、……っ!」

怒りを剥き出しにした地を這うような声。発した悪態は長く続かず、クリトリスを指腹でぐりりと押しつぶされたことで中断した。そうして腰がビクンッと跳ねる。

「その変態の愛撫でよがっているのはどこのどいつだ?」

クロッチの隙間からショーツの中へと差し入れられた男の指が、秘裂を直接撫で上げる。
ぬるり。恥部を抵抗なく滑る指の感触に、リゼは唇を噛んだ。

「濡れてるな」

言われるまでもなくわかっている。しかしあえての指摘に羞恥を覚えずにはいられない。
愛液でぬかるんだ膣口の上を通り愛液を掬った中指が、今度は直接クリトリスに触れた。包皮から顔を出した肉芽のてっぺんをなでなでされて、腰がビクンッとひときわ強く跳ねた。

「ふっ、ぅ……っ、ゃぁ……っ」

甘い刺激を受けて充血した粒は、次第にぷっくりと膨れて皮の中から姿を現す。素直な肉芽を褒めるように、剥き出しになった裏筋を指先が往復した。

「……っ、ん……ふっ、……っく、ぅ……っ」

クリトリスを責めるあいだ、ギルバートは顔色ひとつ変えず、リゼの表情を観察する。

「や……ぁっ、……ぃっ……ぅぅ……」

些細な変化も見逃すまいとする理性的な瞳で見つめられ、リゼの背筋に悪寒が走る。しかしそれも快楽から生じた火照りですぐに消え去り、わずかな恐怖だけが尾を引いて残った。
ギルバートには尋問を楽しむ加虐趣味はない。
だけど私情を挟まない代わりにコイツは、大義のためなら、なんでもする。

呆れるぐらいに使命に忠実。頑固で、付け入る隙のないやっかいな堅物。信念を貫き通せる実力もあって——。
利己的で、いつも優柔不断な、弱いわたしとはまるで正反対だ。

「……っもぅ、……ゃめっ……ひ、……ぁっ……ゃ……っ」

嫉妬心が怒りの感情に火をつける。なりふり構わずもがいて男の手から逃れようとすると、即座にクリトリスをグリリィと指腹で押しつぶされた。

「騒ぐとティエナが起きるぞ。何度も言わせるな」

眼前で淡々と囁かれ、リゼは腰をひくつかせながらありったけの憎しみを込めて精悍な顔を睨みつけた。
卑怯者が! ——と、罵りを喉の奥でぐっとこらえて低く唸る。
精神的な縛りでリゼの声を封じた男は、自らに向けられた殺気をこともなげに受け流し、クリトリスに這わせていた指を蜜壺にくぷりと含ませた。

「——……っ、ぅっ、ゃ……っ、さわんないで……」

肉路は狭いながらも、愛液のぬめりが異物の侵入を助けた。肉襞を撫で擦り、絡みつく媚肉を押し広げるようにして挿れられた指が難なく奥へと到達し、ゆっくりと引き抜かれる。そうしてクリトリスの裏側に当たったところで停止して、その部分を執拗に責められる。

こしゅ……コシュコシュッ、くぷっ、ヌチリ……っ、クチャ、……クチュクチュッ——。

耳に入る水音に、自分が感じていることを嫌でも思い知らされる。
ナカの感じるポイントを揉み押され、撫で擦られ……。刺激は次第に無視できないほど強い快感に変わっていく。無意識のうちに腰が前後に揺れていた。

「んゃ……っ、ぁっ、ぅ……っ、それ、やめ……くんぅ……んぁっ……ゃだぁ……」

やめろと言いたいのに、喘ぎが邪魔をしてうまく言葉が出てこない。声量を制限された状況下では、自身の声を抑えることに意識の大半を持っていかれてまともに抵抗もできやしない。

性行為を楽しむのではなく、ただただ相手の快感を引き出すことを目的としたギルバートの手淫は容赦がなく、リゼの意思に反して肉体は昂まる一方だった。
膣内がぎゅうぎゅうと収縮を繰り返す。嫌だ嫌だと嘆きながらも異物からさらなる快楽を得ようとするあさましさに、頭がくらくらする。

——お前は駄目だな。肉体が敏感すぎる。これでは使い物にならん。
——いっそヘンタイ貴族にでも売り払いますか?
——……いや、頭のできは悪くないからな。他の使い道がある。

快楽に身悶えるさなか、ふいにおぞましい声が脳裏をよぎった。忘れていたほうが都合のいいことを、思い出してしまった。
ああそうだ……わたしに「そっちの才能」がないのは、「あの人たち」のお墨付きだった。馬鹿みたいな誘い方をしたけど、コイツが流されてくれなかった時点で、失敗したも同然じゃない。

——わたしは、快感に弱い。

苦々しい記憶が、リゼに自らの弱点を再認識させる。ベッドの上での駆け引きに、わたしは向いていない。

「……ゃっ、やだ……っ、やめ、て……もっ……」

自覚してしまうとことさらに、心の砦が脆くなる。強気な仮面がはがれ落ち、リゼが怯んだことをギルバートは目敏く察知して膣壁をグリリと強く押した。

「嫌だと言うわりには腰を揺らして、ずいぶんと気持ちよさそうだが? 膣肉も、俺の指にしゃぶりついてくる」

「ちが……うぅっ、……っんぁ、あっ、も……ゃ、むりっ、こえ、でちゃ……っぅ……っ!」

プライドを捨てて訴える。このままではティエナに自身の喘ぎ声を聞かれてしまう。
ふいに両腕の拘束がゆるむ。咄嗟にリゼは手で口を覆い隠すように押さえた。ギルバートを退けるために自由になった両手を使っている余裕はなかった。
内側からクリトリスを押し出すように膣壁を押され、甘い痺れにみまわれる。ぞくぞくとした快感に背中がしなった。

「っ……ふぅ、んっ……んぅ、くっぅう……っ」

こんなはしたない姿、ティエナにだけは絶対に知られてはいけない。とにかく声を出すまいと必死だった。
快楽を逃すことを二の次とした結果、リゼの肉体はたやすく高みへと昇り詰めていった。

「んっ、んんっ、くっ、……————っ!」

秘部で弾けた快感が、脳天へと駆け抜ける。息を殺し、声を殺し、力んだ身体がビクンッと大きく跳ねた。きゅうぅとキツく締まる蜜壺からは蜜があふれ、男の手につたい落ちた。

「この程度で気をやるか。……淫乱な女だ」

ギルバートの指は変わらず秘部に埋まったまま。達した際の硬直が弛むのを見計らい、再び狭い蜜路の中を動きだした。

ぐじゅり……くちゅ、くちゅっ……。

「……っ、ふぅっ……、ぃゃっ、だめ……っ、いまは、もう……やだぁ……ぁっ、ぁぁ……ぅっ、んっ…………————っ」

絶頂に達して敏感になった肉体に、さらなる快感を与えられる。
責め苦は終わらない。
膣壁のクリトリスの裏側、肉襞を押しつぶすように指の腹で擦られ、また息が上がっていく。

「んっ、んぅ……やっ……ぁ、ぅ…………っ、やぁ……っ、〜〜〜〜っ」

どうにか身体をひねってうつ伏せになるが、膣から指が抜けたのは数秒のことだった。無駄だと言わんばかりいともたやすく仰向けに戻され、乗り掛かるようにして身動きを封じられる。
そうしてまた、ショーツをクロッチを押しのけた指は愛液で蕩けた膣へと侵入を果たした。

「……っ、ぅう……く、……っ、ぁっ……んぅ……ふっ、ぅぅ……」

ギルバートの指は膣内の感じるポイントから離れない。次から次へと迫り来る快楽の波に怯えたリゼは、無意識に伸ばした手でベッドの隅に追いやられていた枕を掴み、引き寄せた。
いやらしい声を、隣の部屋で眠っているティエナにだけは聞かれたくない。その一心で枕を顔に押し付ける。

嫌だ嫌だと心では拒絶しながらも、リゼの肉体は理性を裏切り悦楽を貪った。





ぷっくりと勃起したクリトリスの上を、指先で優しく撫でられる。何度も何度も、執拗に——。

「……っ、ぅ…………っ!」

内腿を小刻みに震わせて、リゼはあっけなく絶頂に達した。
もう嫌だと心の中で叫んでも、身体は持ち主の意思に反して快楽を享受する。膣道に挿さる男の長い指を媚肉が食い締め、腰を浮かせてさらなる刺激をねだる。
堪え性のない淫らな肉体に嫌悪感が込み上げるも、認識した感情は数秒後には快楽に流されてしまう。

声を出してはいけない。ティエナにこんな無様な姿を見せてたまるか。淫蕩に耽った思考に残った使命感が、リゼの理性をかろうじて繋ぎ止めている現状。
厚みのある枕を抱きしめ、ひたすらに終わりを願う。
苦しみは耐えてしかるべき。わたしは、我慢、しなきゃいけない。受け入れて、耐えて、逆らわず、背かず、苦しんで、覚える。——そう、身体に教え込まれてきた。
自分を追い詰めるギルバートに全力で反抗できないことに、その思考の根底にある「刷り込み」を自覚する余裕はリゼになかった。

「……ふぅ……っ、ゃだぁ……ぅぁっ、ぁ……ぅぅ……」

膨らみを隠すために胸にきつく巻いた布が、リゼの呼吸の邪魔をする。
熱い。全身を巡る血液が沸騰しているみたいだ。噴き出した汗が着ている服に吸収され、外気にさらされ熱を奪うはずが、胸部の布が邪魔をしている。深い呼吸の妨げにもなり、さらにリゼを苦しめた。

クリトリスを押し出すようにナカの肉壁をグニグニと揉まれ、突き出た卑猥な肉芽は親指で押しつぶされる。

「——っ、……ぁっ、ぁ……ぃぁ、やぁ…………っ!」

ナカと外から快楽神経の塊を挟み撃ちにされてはひとたまりもなかった。
絶頂から降りきっていないのに、またイッた。ぎゅうぅっと全身をこわばらせた刹那、腰が大きく跳ねてベッドへと沈む。
息を乱して緊張と弛緩を繰り返すリゼを冷めた瞳で見下ろし、ギルバートは秘部から手を退けた。
嫌だ嫌だと言うわりに、リゼは全力で抵抗しようとしない。かといって快感を楽しんでいないのは一目瞭然で、敏感な肉体を持て余して与えられる刺激に泣いているのだ。
しかも征服者を退けようとせず、残った理性で声を抑えることに全力を注ぐ。

リゼの行動に違和感を覚えるも、ギルバートはその点を言語化できなかった。漠然とした不審感よりも、はっきりと見える場所にリゼを疑うもっともな理由が、彼にはあったのだ。

「ヘル・シュランゲ……《業火の蛇》と呼ばれる組織は知っているな。サイディ王国に拠点を構える地下組織だ。最近では大陸の西側にも勢力を伸ばしている」

リゼの耳に、低い声が届く。快楽にのぼせた頭では言われた意味を理解できず、ただ何か話しかけられたとしか認識できなかった。

「……?」

抱きしめるようにして顔に押し付けていた枕をずらし、リゼはギルバートを見上げた。

「ヘル・シュランゲの構成員は、身体のどこかに蛇の刺青を入れているそうだな」

——ヘル・シュランゲ……。ギルバートの声の発音をひとつの単語として意識した途端に、快楽の余韻に身悶えていた身体がぎくりとこわばった。
大きく見開いた目線の先で、抱える枕を奪われる。そうしてリゼは、ギルバートに左手を掴まれた。
手のひらに男の体温をじかに感じて、心臓がドクドクと鼓動を強める。

「服を剥いで全身を調べる必要もない」

確信に満ちた物言いに血の気が下がる。
疲労感に畳み掛けるように突きつけられた現実に、脳がパニックを起こしてまともに動けない。
ギルバートはリゼの左手の薬指から、木製の指輪を抜き取った。

「————っ」

「知らないとでも思ったか?」

日ごろ指輪で隠されているリゼの指の付け根には、刺青があった。ぐるりと一周、曲線を描いて指に巻き付き、自らの尾を喰む、毒々しい青色の小さな蛇が、そこにいた。

——ばれた。

「……っ、返してっ」

咄嗟に掴まれた手を振り払う。無表情で見つめてくる男は思いのほかあっさりと、リゼに指輪を返した。
しかし指輪を薬指に戻す暇は与えられず、ギルバートに両手首を掴まれシーツに縫い止められてしまう。

「答えろ。地下組織の構成員が、ティエナを利用してトロスラライを目指す目的はなんだ」

射殺さんばかりに鋭い目つきですごまれる。ひゅっとリゼの喉がなった。
怖い。ギルバートの威圧は、肉体の発情を一瞬で吹き飛ばした。快楽の熱に浮かされていた思考が冷めて、湧き上がる恐怖が理性を呼び戻す。
正気に戻ったリゼは怯えながらも、気丈に男の視線を受け止めた。

「無意味な問いかけね。……こっちの言うことなんて、どうせ信じないんでしょ」

震える声で言い切った。ギルバートは顔色ひとつ変えない。

「ティエナ様に告げ口でも忠告でも、好きにしたらいいじゃない」

投げやりな挑発には呆れ混じりの息を吐かれた。余裕綽々な態度がいちいち癇に障る。

「……ティエナに貴様の正体を暴露したところで、彼女は俺を信じないだろう」

男の呟きを鼻で笑う。

「でしょうね」

現状、ティエナはリゼに全幅の信頼を寄せている。それは長い時間を共ににすごしてつちかった賜物だ。
ギルバートがリゼについての忠告をしても、ティエナは絶対にリゼの肩を持つという確信があった。
ギルバートがリゼをトロスラライへの旅の同行者から外そうものなら、ティエナは間違いなくリゼに着いて行く。彼女はギルバートとの決別を迷わない確信があった。
しかしそれはリゼにとっても、そしてフィーネの民を祖国トロスラライに返したいギルバートたちにとっても望むことではない。
結果として、正体を知ったところで、ギルバートはリゼを始末できない。
ティエナの愛情を盾にして、リゼは口端を持ち上げた。悪辣な笑みを浮かべて、卑怯者になりきる。

「別にわたしは、ここで契約を破棄していただいても問題ありませんよ?」

いいように泣かされた自分が許せず、投げやりな気分で言い放つ。これで快楽に我を忘れて悶えた失態を挽回できるとは思えないが、少しでもギルバートが向ける印象が変わればそれでいい。

狡猾さに嫌悪感をあらわにしろ。ひ弱で淫乱な女だとみなされるより百倍マシだ。
リゼの渾身の挑発に、ギルバートはかすかに眉を寄せる。反応はそれだけ。冷徹な男は怒りをあらわにすることもなく、少しの間を置いて薄い唇を開く。

「……いや、当初の予定どおりにトロスラライを目指す。貴様を外すつもりはない」

自らの決定に、彼はすぐさま「ただし……」と付け加える。

「ティエナを連れて俺たちから逃げるなら、貴様はすぐにでも殺す。組織の仲間と連絡を取るなら、そいつもろとも捕縛して、口を割らせて始末する。たとえそれでティエナの信用を失おうが、フィーネの民を守ためなら俺は手段を選ばない」

微塵も迷いがない。ああコイツは本気だと理解した途端、場違いな笑いが込み上げた。
未来に希望もへったくれもない。トロスラライまでの道すがらは、ただの猶予期間でしかなくなった。

ギルバートはリゼをあえて泳がせて、目的地へ着くまでに、ティエナの信用を奪い取るつもりだ。
リゼが逃げないように監視しながら。
リゼの裏に潜むものを探りながら。
リゼを追い詰め、化けの皮を剥ぐとの——宣戦布告。

こんなの、笑うしかない。
それでもここで声をあげて嘲笑するのが場違いだとはリゼも自覚しているので、唇を噛み締めて表情を歪めるにとどめた。

——どいつもこいつも……わたしにどうしろって言うのよ。

奪い返した指輪をきつく握り、やり場のない怒りを誤魔化した。
大丈夫だ。まだ、わたしの人生は詰んでない。

「あらあら、ティエナ様と一緒にいることを許してくれるなんて、見た目以上にずいぶんと甘い方なのね」

ティエナをトロスラライに連れて行く。目的が同じであるにもかかわらず決して相容れることできない男への、精一杯の皮肉だった。
それを真正面から受け止めたギルバートは、少しの逡巡の末に静かに口を開いた。

「そうだな。尻尾を出したあかつきには、貴様もろとも蛇どもを根絶やしにしてやる」

——言ってくれるじゃない。どうせアンタの警戒は徒労に終わる。それにわたしだって、アンタが清廉潔白だとは思ってないわ。

ティエナと同じフィーネの民だからといって、手放しにティエナを託せるほど、リゼはギルバートたちを信用していない。
疑っているのは、お互いさま。利用しているのも、お互いさまだ。
淫蕩な空気から一転して、室内の空気がピリつく。

「……はっ、やれるもんならやってみなさいよ」

何もかもが馬鹿らしくなってきた。リゼは今度こそ耐えきれず、自分自身の滑稽さに失笑を漏らした。



【第1話に続く】

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