しゅれでぃんがー 2019/08/21 16:24

昔と今のハーレム系物語の仕組みの変化について ~SAO、このすばに見る確定型ハーレムの弱点~

 日本に古来より栄えしハーレム系物語。しかし、今のハーレム系と昔のハーレム系は、大きく異なる変化がある。今回はその変化を考察しようと思う。ついでで申し訳ないが、論を立てる題材として川原礫氏の『ソードアート・オンライン』(以下SAO)と、暁なつめ氏の『この素晴らしい世界に祝福を!』(以下このすば)を例として使用させてもらう。
 題材として個人的に適切だったので選んだので、特に他意は無い。それゆえ、ネタバレになるので注意されたし。




・今と昔のハーレム系、その違いは何か

1.昔のハーレム系(不定型ハーレム)の仕組み ※名称は私が勝手につけただけでこんな用語は世間には存在しないよ
2.今のハーレム系(確定型ハーレム)の仕組み ※名称は私が勝手に(ry
3.SAOに見る確定型ハーレムの弱点
4.このすばに見る確定型ハーレムの弱点
5.現代で受け入れられた確定型ハーレム、その理由とは
6.まとめ



1.昔のハーレム系(不定型ハーレム)の仕組み

 昔のハーレム系作品は、基本的に誰ともくっつかないか、最終話付近で誰かとくっついていた。その間は誰とどれだけ仲良くなろうと、決定的な関係は構築されない。これを私は「不定型ハーレム」と呼ぶことにする。
 作品として例を挙げるなら、赤松健氏の『ラブひな』や『魔法先生ネギま!』(ネギまはヒロインがなんと中学校丸々一クラス+α!)、河下水希氏の『いちご100%』、ゲームの『サクラ大戦』とか、そういうのである。この記事を書いた現代で言えば、ミウラタダヒロ氏の『ゆらぎ荘の幽奈さん』とか、筒井大志氏の『ぼくたちは勉強ができない』が分かりやすいだろうか。

 この型の特徴として、「主人公が鈍感か、自分に自信がない」事が上げられる。鈍感というのは相手の好意に全く気が付かなかったり、要所で相手の発言を聞き漏らすところ。これを揶揄するように、「難聴系主人公」という言葉が昔は流行ったりしていた。自分に自信がないというのは、ヒロインから好意を寄せられても「そんなことあるわけない!」と、自分で勝手に自己完結して否定する。だからどうやっても関係が発展しない。この型の主人公は総じて、頭がおかしい人間のように見えるのがある意味欠点である。

 この形式でちょっとタイプが違うのは渡航氏の『俺たちの青春ラブコメは間違っている』。この作品はハーレム系でありながら、主人公が一定水準の知性を持ち、関係性を簡単な難聴や根暗を使って逃げない。ハイブリットで高水準な不定形ハーレム作品だと思う。その理由は、ヒロインたち全員の背景をかっちり固めているのと、主人公の比企谷八幡自体にも強固な背景が与えられているからではないかと思う。根暗が行ききっているが、それは本人の性格と過去のせい。この形がいい意味ではまっているのではないだろうか。


2.今のハーレム系(確定型ハーレム)の仕組み

 不定型ハーレムに対し、近代に発生してきたのが確定型ハーレム(これは私が作った造語なので誰にも通用はしない)だ。この型はなんと、物語の中盤くらいでヒロインが確定し、もっと言えば結婚までしてしまう。壮絶に展開が早く、しかも無慈悲。それなのにその後もヒロイン候補が雨後の筍の如く出てきて、でも主人公は「でも俺にはあいつがいるから……」みたいに操を立てた発言をするので報われないというこの世の痛みと苦しみが詰まったような型である。
 例を挙げるとすれば、SAOやこのすば。聴猫芝居氏の『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』(以下ネトゲ嫁)などである。

 この型の特徴として、「ヒロイン以外の女性キャラは全員チャンスが無い」というのが上げられる。ようするに当て馬である。引き立て役である。これに関して言えば、ネトゲ嫁はちょっと違う。あれらは嫁以外のヒロインは主人公を狙ってるわけではなさそうだから。もしかしたらこの型には入らないかもしれない。ならこの型の作品は、やはり現状SAOとこのすばの二作品だけだと思う。(私の知る限り)



 誰かとくっつくのに他の女性キャラとフラグを立て、それを正妻ポジションのヒロインが嫉妬して主人公はあたふたする。これはある種コメディにはなるのかもしれないが、私は正妻以外の女性キャラたちがあまりに不憫だと思っていたりする。結ばれる可能性すら一切ないのなら、この子たちは何故生まれてきたのだろうか……と、あまりにも痛ましくて悲しくなってしまうのだ。



3.SAOに見る確定系ハーレムの弱点

 川原礫氏のことを私が知ったのは五年以上前のこと。私が活動していた投稿サイト、Arcadiaのオリジナル板に『超絶加速バーストリンカー』という作品が投稿された時である。といっても、その時は彼がその人だとは知らず、妙に完成度が高いのがいきなり出てきたなぁ、と感心していた。たしか、一巻分を一気に登校していたと思う。しかし、数日後そのスレッドは投稿者に削除されて消滅。その半年か一年後に、Arcadiaの雑談板で「オリジナル板に投稿されてた作品が賞を取ったらしい。『アクセル・ワールド』って名前で出版されるらしい」と話題にされているのを見た。その時、Arcadiaから商業デビューが出た、と雑談板が盛り上がっているのを見ながら、私は「あれは読者の反応を見るために手ごろな投稿サイトに投稿してみただけだろうし、作品自体も全部出来上がってたから正直Arcadia関係ないと思うけど……」と、口にはださず思っていたりした。
 まあ、これもソースは出せないし川原氏の当時のペンネームも覚えてないので疑われたら何も言えない。なにぶん、何年も前の話なので詳細もちょっと違うかもしれない。

 閑話休題。

 そんな思い出話は置いておいて、SAOは現代に初めて現れた確定系ハーレムの物語である。キリトにはアスナというヒロインがいて、アニメで言えば6話ぐらいで既に結婚してしまう。まあ、それはいいのだが……問題なのは、その前やその後である。

 私が一番心に傷を負ったのは、リズペット関連の流れである。彼女はキリトが好きなのに、告白する瞬間アスナが部屋に入ってきて告白を断念してしまう。なんと、勝負する機会すら潰されてしまったのだ。アニメで見ていて、アスナが入ってきた瞬間「それはあかんやろ川原礫氏いぃぃぃぃぃいいぃ!!!!!」と、画面の前で悶絶してしまった。これはさすがに、あまりにもリズペットが可哀想だろう……。

 SAOの確定型ハーレムにおける弱点はこれだけではない。すぐはは兄妹だから除外するとしても(日本人というか、一人っ子や姉や妹がいない人は妹キャラに幻想を抱きやすいのかそういう設定が大人気である)、シノン。彼女があまりにも不憫。キリト君はSAO事件を解決した後、別のネトゲに派遣される。そこでもフラグを立ててしまうのだ。だが、不定型ハーレムと違ってこれは確定型ハーレム物。キリト君には既にアスナがいる。しかし、話の流れは不定型ハーレムのように進んでいく。ここに隠せない歪さがあるのだ。
 ヒロインがもういるのに新しい女キャラを出していちゃこらする、というのはフリーの主人公の前に大量の女性キャラが現れるのとはわけが違う。女性キャラが何人でてこようと、その子たちには絶対に、ワンチャンスすら与えられることは無いのだ。これはヒロイン以外の女性キャラに権利が無い状態、ようするに画面を彩る観葉植物やカカシみたいな扱いをされているようにしか私には受け取れない。悲しむことが確定しているのに登場させられる女性キャラというのは、あまりにも哀れで不憫で儚い。

 確定型ハーレムの弱点というのは、「ヒロインが確定した瞬間その後に出てくる女性キャラの人権が軒並み消滅する」というところだ。そして、それは後から出てくるキャラだけの話ではない。物語初期に集ったメンバーたちの人権も、いともたやすく吹き飛ぶのだ。



 SAOの問題点は、避けられた問題だと私は思っている。SAOからガンゲイルオンラインに話が移行する時、主人公を新しく変更すればよかったのではないだろうか。そうすれば、新しいキャラに新しいヒロインで、こんな悲劇は生まれなかった。キリト君もキリト君でガンゲイルオンラインには来ていて、謎の超つよプレイヤー的ポジションにしていれば便利に動かせて俺つえーもできたはずだ。
 昔『ガンダムSEED』というアニメがあって、それも同じような問題点があったのだが、あれは一応『ガンダムSEEDdestiny』になった時に主人公がキラからシンに代わった。あの判断はよかった。だが、その後結局キラとアスランが中盤から最終話で持って行ってしまったから、別の意味でダメだったけど。



4.このすばに見る確定系ハーレムの弱点

暁なつめ氏のことを初めて知ったのは、小説家になろう(以下なろう)という投稿サイトだった。友だちに「面白い作品がある」と聞いて、勧められるがままに読んでみたらこれがなんとも良質なコメディだったので夢中になって読んだ。このすばは古き良きドタバタコメディを体現した古典系の物語だ。新しくはないが、良質である。

 しかし、読み進めるにつれて決定的瞬間が訪れる。めぐみんの治療のために紅魔族の里へ行った時、その夜。めぐみんがカズマに告白してしまったのだ。不定型ハーレムなら告白直前に敵が乱入してくる場面、ここでなんと敵が来ず告白が成立。そしてカズマさんならそりゃ断らない。異性から告白されたんだから。これを読んだ瞬間、「それは禁じ手だ暁なつめ氏いぃいぃぃぃいぃいぃぃいぃぃぃッ!!!!!!!」と、私は心の中で絶叫した。
告白が成立してしまうと、まあアクアはいいとして。ダクネスの立場が無くなってしまう。カズマさんはダクネスのことも別に嫌いではないはずだ。だから、めぐみんより先にダクネスが告白していれば、おそらくOKしていただろう。――そう、早い者勝ちでめぐみんがたまたま勝利してしまっただけなのだ。それをやってしまったら、ダクネスはどうなるんだ。別にめぐみんとここでくっつく必要性は無いだろう。読者の奇をてらうのが目的だったのかもしれないが、私はドン引きしてしまった。

商業ではないなろうでの連載ならまあ……、と悲しみを呑み込んで最後まで読んだのだが。商業でのラノベ版を読んでも展開は変わっていなかった。この瞬間、私はこの作品を読むことができなくなった。市場に向けた商業小説でこの展開をやるというのは、アマチュアの連載小説でやるのとは意味合いが違う。売り方よりも奇抜さややりたいことを優先する作品を、私は受け入れることはできなかった。
実際問題、商業の続刊ではダクネスがカズマを押し倒して胸の内を告白する場面もある。あれこそ、私が思っていたことそのままだ。それを書くのであれば、何故めぐみんの告白を成功させてしまったんだ……作者側で阻止するところじゃないのか……と、それを読んで私の悲しみはさらに強くなった。



5.現代で受け入れられた確定型ハーレム、その理由とは

私は上記二作を読んで、それはもう幻滅したのであるが。世間での評価は全く違う。どちらの作品も大ヒットとなり、SAOもこのすばもアニメやゲーム、映画化と飛ぶ鳥を落とす勢いで売れた。何故こんな結果になったのだろう、と私はずっと考えていた。

その理由は、「最強物全盛の市場」と「男性視点の優越感」、そして「ヒロインを確定することによるハーレム感の隠蔽」にあるのではないだろうか、という結論になった。

「最強物全盛の市場」、というのは近年に見られるラノベの作品傾向である。象徴として見られるのは佐島勤氏の『魔法科高校の劣等生』が上げられる。さすがですお兄様、というフレーズで親しまれるこの作品は、魔法科高校では評価されない能力で魔法科高校のエリートたちやテロリストをバッタバッタとなぎ倒すお兄様と、それを見て好感度を高める妹や後輩、同級生、先輩の物語である。これに限らず、「主人公が初めから最強である」作品というのが近年には多く見られる。しかも、「世界感的にはカースト下位」という設定が多い。(SAOには当てはまらないが)

 SAOも例に漏れず最強物だ。ベータ版からプレイしているプレイヤーたちをビーターと呼称し、キリト君はその中でも特殊スキルを体得するまでにやりこんだネトゲ廃人として書いている。この設定の上手いところは、身体訓練や勉強には苦労や時間、そして才能が必要だが、ネトゲのステータスは頑張ってレベル上げをすれば誰にでも達成可能なのでキリト君が最強であることに違和感が発生しづらい仕組みになっているところである。魔法科高校のお兄様だと「なんでこんな強いの……」という疑問にやや違和感が出てくるところもあるが、キリト君はそれが無い。「めっちゃ頑張ってレベル上げしたんやな」、で全て話がつく秀逸な設定である。
 この要素はこのすばにはないが(カズマさんも相当なハイスペックであるが一応最強ではない)、このすばというか異世界転生には「現代知識を俺つえーに変換する仕組み」があるのでそれで欲求を満たしやすいという要素はある。こたつ作ったりクリエイトウォーターでコーヒー淹れたり風魔法で目つぶししたりがそれだ。その世界の冒険者たちは使えないスキルだと思っているものを有効に活用して周りから称賛されたり、その世界に無いアイテムを作り出して称賛されたり巨万の富を得る。これもまた「俺つえー」であり、「最強物」の要素なのだ。カズマさんは元の世界ではカースト下位だったから、「最弱主人公の最強物」、という仕組みに適合する存在である。



「男性視点の優越感」というのは、単純にモテモテでちやほやされるのが気持ちいい、ということだ。ヒロインが確定してそのヒロインと純愛してるだけではその欲求は満たせない。ヒロインが確定した後も女性キャラを出してそれを主人公に惚れさせる。でももう彼女いるから、というので彼女に嫉妬されたり他の女性キャラにそれでも言い寄られたりとするのは男心をくすぐるだろう。
 でも、そのような使われ方をするヒロイン以外の女性キャラたちが私はとても可哀想だと思うので、私はこれはあまり好きではない。でもそれが評価される読者層も確かに存在するのだろう。



「ヒロインを確定することによるハーレム感の隠蔽」。これは上記二作、特にSAOが売れた理由に深く関わっていると思う。
 不定型ハーレム作品というのは売れはすれども国民的にまで流行るようなものではなかった。さらに、世間一般からは軽んじられ、むしろ嫌悪されることもあった。あくまでもハーレムラブコメ、という要素が一番にあるので一般的には受け入れられずらかったのではないかと思う。だが、確定型ハーレムはその問題をクリアできる仕組みがあった。

「ヒロインと付き合ってしまうことで、どれだけ他の女性キャラに言い寄られようがふしだらに見られない、見られづらい」

 という革新的要素があったのだ。世間一般でも、結婚してる人ってのはそれだけで一定の信用を得やすい。そして結婚していない人を軽んじる傾向がある。しかし、キリト君は結婚した。ここで、彼氏彼女持ちの人間や一般的感覚の人間たちにもSAOを受け入れる理由ができたのだ。「どれだけ女性キャラが出てこようが、アスナと付き合ってるからハーレムじゃない」、みたいな、ハーレム要素を物語の評判から切り離すことに成功したのだ。しかも他の女性キャラに言い寄られても、アスナがキリト君を叱ればそれで罰を与えたみたいになってガス抜きになる。本当に上手い仕組みである。他の女性キャラが惚れてきても、勝手に相手が惚れてきただけ、という理由で一蹴できるのだ。付き合っていなければ優柔不断とされる主人公の性質も、彼女がいれば許される。
 私は、「キリト君が結婚した」というのが、ブームに与えた影響はとても大きいと考えている。彼女がいる、結婚しているというのは、ハーレム物の免罪符になりえるのではないだろうか。

 この辺は、このすばが失敗している部分だと私は思う。めぐみんと付き合いはしたものの、一番初めにアクアとダクネスも同時期に加入しているせいで「なんでめぐみんなの?」という疑問に応えることができない。だからラブコメをするにもめぐみんと付き合ってるせいでラッキースケベもいちゃラブも破壊力半減になり、かといって確定型ハーレムの強みも生かせずどっちつかずで失速している。
 私は、このすば最大の失敗は「カズマさんとめぐみんが付き合ったこと」だと思っている。あれは、やってはいけない展開だった。



6.まとめ

 今回ハーレム物についての私見をまとめていったが、結論としては

「確定型ハーレムの持つ利点と現代社会の読者の傾向が合致した結果、爆発的に売れる可能性を秘めた要素になっているとは思うけれど、それはそれとして私はヒロイン以外の女性キャラがにぎやかしの数合わせになり下がるから可哀想なので好きじゃない」

 と、いうことにしようと思う。
 好き嫌いで市場に出す作品を書いてはいけないと思うので、SAOもこのすばも私は否定する気は無いし売れているのをめでたいとも思っている。だが、SAOはガンゲイルオンラインの場面でキリト君は裏方に引っこむべきだったと思っているし、このすばはめぐみんと付き合わずにどたばたラブコメ路線を維持して突き進むべきだったと思っている。

 でも、この二作はきちんと市場で結果を出しているので、これらの作品の展開も正解なのだと思う。そしてこの二作以外にちゃんとしている確定型ハーレムの作品をほどんど見ないので、この二作はやはり素晴らしい作品であり、作者さんたちはすごい技術力だと思う。

 このすばはもうすぐ劇場版が公開されるので楽しみにしている。でも、やっぱりめぐみんと付き合ってしまうなら、私は映画館で人知れずがっかりするだろう。もしかしたら、ここに感想記事を書くかもしれないね。

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