思叫堂~ロア~ 2023/01/09 16:57

次回作:剣士師弟もの台本02

ようやく、ボーイミーツガール(血塗れ)です。

=====

《がさり》
(若者が薮を揺らしてしまう音)

トラ
「あん……? 誰だい?」

 己よりも格上の剣士同士の殺し合いの結末を前にし、若者は腰が抜けそうになり、がさりと隠れて見ていた薮を鳴らしてしまう。
 そしてそれが、ケモノの注意を彼へと向けてしまう切っ掛けとなりました。

トラ
「……見物人がいたのかい。
ふん……楽しすぎて気づかなかったよ。
おい、小僧。あては今機嫌がすこぶる悪いんだ。
見逃してやるからとっとと失せな、さもないと……」

《カチャ……ぴちゃ》
(血に濡れた刀が若者の方へと向き、地が一滴滴った音)

《すら! ちゃき!!》
(大慌てで刀を抜いてしまう音)

 田舎で一番などというそんな頼りない経験があったがために、あってしまったがために、若者は背を向け逃げるのではなく、咄嗟に恐怖に対し自らの腰に差した刀を抜く選択を選んでしまったのでした。

トラ
「へえ?
ひ……ひひ、はは……ひひひひひ!
あはっ、あはは! そんなへっぴり腰で、足を震わせてるのに!
あてに! 刀を! 向けるのかい! あは、あははははは!!」

トラ
「……紙めてくれるじゃないか。
逃がしてやるって言ってるのに、あての折角死ねたかもしれない勝負の余韻を邪魔しておいて、刀を向けるなんてねぇ!
ひひ……ひひひひひ!」

トラ
「……いいさ。そんなに死にたいなら殺してやるよ。
遊びはなしだ、機嫌の悪いあてに刃を向けた自分を呪いな」

《ダン! ビュオ!》
(強く踏み込み一気に駆け寄る音)

トラ
「死ね」


《ひゅっ!》
(刀が迫る音)

《ずる……!》
(足をすべらせる音)

 自分に向かってやってくるケモノの怒り。
 先ほどの武士すら殺された技が自分にやってくるのだと思った瞬間。
 若者の喉は小さく悲鳴を漏らし、足は後ろに下げようとしましたが、その恐怖故に露に濡れる落ち葉に足を取られ、その場で後ろに足をずるりと滑らせる。

《ひゅん!》
(刀が空を斬る音)

トラ
「っ! はっ……生意気にっ!」

《ずざざざ! ひゅん!!》
(引きずるような体を回転させる音、そしてまた空を斬る刀の音)

《ごん!!》
(完全に足を滑らせて頭を強打する音)

トラ
「へ……?」

 月明りの下。ぐるりと回る視界の中で今までの人生が急速に巡っていく走馬灯を味わいながら、若者はごんっという音と共に、意識を暗闇の中へと途切れてさせていきました。

 あとに残されたのは転んで頭を打って気絶をした若者と、刀を振り上げた態勢のまま呆然と動けずにいるケモノが一匹。

《ちゃき……》
(刀を手元に戻す音)

トラ
「よけ、られた? あての虎噛が?」

《ぺし、ぺし!》
(倒れた若者に近づき頬を叩く音)

トラ
「おい、おい……アンタ! 今のはいったい、なあおい! 聞いてるのか!?
……ダメだ、完全に気を失ってら」

 自身の必殺の剣と定めた技から生き延びた若者へ、ケモノは驚きと共に問い掛けたが若者が目を覚ます様子はありませんでした。
 その様子に、ケモノは初めと言ってもいい人らしい渋い顔を惨ませる。

トラ
「今のは避けられたって考えるべき、なんだよな?
あてが虎噛を使って、今まで生きてた奴は一人もいない。そして、こいつは生き残ってみせた。
でも、あぁ……だってのにこりゃなんなんだ!
気なんか失いやがって、これじゃあ殺してくださいと言わんばかりじゃないか!
しかも、直前の構えもへっぴり腰だったし……くそっ、どう考えたらいいんだい!」

トラ
「うー……考えろ、考えろ、あて!
仮に狙って避けたんだとしたら、その後失敗して気絶してるんだからこいつの実力不足……ってことでいいよな?
で、偶然こうなったっていうならあての技を、偶然にかわしてみせたってことで……偶然?
命の危機が迫った状況で、噛嵯に出てしまった動きを偶然の一言で片づけていいもんなのか?」

トラ
「狙ってやって実力が足りなかったのなら、鍛えればこいつはきっと一角(ひとかど)の剣士になる。
あての技を未熟なりに追えている時点で、見込みは十分ってもんだ。
そしてもし、偶然……偶然、咄嗟に体が動いたっていうなら」


トラ
「ああ……そうか、コレか。
こういうのを天が与えた才能の片鱗、天稟(てんぴん)、って言うのか!
自覚なく、けれど結果として確かに成果を出してみせる才能。
それってつまり……そうだよな? そういう事でいいんだよな!?」

トラ
「つまりどっちにしろ、こいつは鍛えれば強くなる。
あてより、ずっと……強くなってくれるはずって訳だ!
はっ……ひひっ、はは……あはははは! そうか! あは、そうかぁ!!」

 苦悩していたはずのケモノが、ゆっくりと顔をあげ若者を見つめる。
 その目が、顔に浮かんだ笑みが、まるで恋い焦がれた相手を見つけたとばかりに若者へと注がれていく。

トラ
「まったくだからあては馬鹿なんだ。
あては挑むばかりで考えてみたことがなかった!
あてを越えてくれる相手を、あて自身の手で育ててみようなんてそんな考えは!
ああけれど、それに敵う(かなう)……今はまだ未熟だけれど、天稟を持ち合わせた相手と出会う事が出来た。
はは、こいつは天の導きって奴なのかねぇ? ひひ、神様なんてものは今まで一度も信じた事はなかったけれど。
ああいいさ、いいとも……やってやろうじゃないか」

トラ
「ひひっ! あてが、師匠って訳か……このあてが!
あは、はは……あははははは!
あぁ、あぁいいさ、ならやろう、是非やろう!
あてが、必ずアンタをあてを越える剣士に育ててみせよう!」

《ざっざっ、ぎゅう!》
(近づき、抱きしめる音)

トラ
「よろしく頼むよ、あての天稟の君。
あての……弟子。
くふ……ふふ、ふふふふふふ!」

 笑い出したケモノは突然若者へと近づくと、その体に触れ、抱きしめます。
 愛おしく、大事なものに語り掛けるかのように耳元に言葉を告げると、楽しそう、愉しそうに、ケモノはいつまでも笑い続けるのでした。

 獣道の奥。
 月明りが照らすばかりの山の中。
 こうして今宵、一人の若者が……一匹の狂ったケモノに見初められたのでした。

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