思叫堂~ロア~ 2023/01/16 20:17

次回作:剣士師弟もの台本03

《がば……》
(体を跳ね起こす音)

トラ
「おっ!
ようやくお目覚めかい? まったく、打ち所が悪くてそのまま死んじまうんじゃないかとひやヒヤしたよ。
とはいえ、生き残ってくれて何より……流石は天稟の君。あての……弟子よ!」

《ばっ、しゅた!》
(木の上から様子を見ていたトラが地面に降りる音)

《ざっざっざ》
(無遠慮に近づき、間近に来る足音)

《ぎし……》
(縄の音)

 頭にずきずきとした鈍い痛みを覚えながら若者が目を覚ますと、そこはまだ林の中。
 かけられた声に思わず逃げようと体を動かすと固い縄の存在に気付き、自分が捕らわれているようだという事に気付きます。

《ぐいっ!》
(若者の服を掴み、全身を見る音)

トラ
「んっ……いいね! 縛った時にも見たけれど、打った頭以外にはやっぱり何処も大して怪我はしちゃいない。
これからの修行の日々を考えるならば、頑丈だってのは朗報だ、ひひっ♪」

 そこにニコニコと、先ほど人間を一人切り殺したばかりか、若者の事までも殺そうとした人の形をしたケモノが意味の分からぬ言葉を放ってきます。
天稟? 弟子? まるで心当たりのない言葉に、若者はただただ混乱し目の前の自分を見つめるケモノを恐怖の籠った瞳で見つめ、何でも差し上げますので、命ばかりはと必死に訴えます。

トラ
「……面白い、面白い事を言うじゃないか、あての弟子♪
あてより弱いお前さんに、あてが欲しがるものが用意出来るっていうのかい? くっ……ふふ、きひ……ひひひ! あははははは!!
くふ、ひひ……いや、すまない、すまないねぇ。あまりに的確にあての気持ちを察してくれるものだから、つい嬉しくなっちまって!
……そう、あてには欲しいものがある。アンタが持ってるそれを、どうしても欲しくて仕方ないんだ。
だから……アンタは、あての弟子になるんだ! 愛しい愛しい天稟の君……あての育てる、未来の剣士」

 狂人の言葉は若者にはまるで意味が分からなかった。
 混乱は増すばかりだというのに、金毛(きんもう)のケモノはそれを気にした様子もなく語り続ける。

トラ
「あんたの剣は、技は、その才能は! 鍛え上げればあてを超える! 必ず……あてが超えさせてみせる!
あんたはあてを倒せる程に強くなれる……ならなくちゃいけないんだ。そのためなら、あては何でしよう!
あての知る全てをアンタに教え、必要だと思った事ならあてがどんな世話でもしてやるさ!
あぁ、だから……だからどうかお願いだよ。
天稟の君……あての弟子。どうか、どうか」

トラ
「どうか、お願いだ。
あてを超え、あてを……殺しておくれ?
それだけが、それだけが……あてがアンタに求める全てだ。
もしもそれが出来ないのなら、受け入れられないと逃げると言うなら……」

トラ
「あては、あんたを……殺すよ」

《きんっ! しゅば! ……ぱら》
(若者の手を縛っている縄を切り落とす音)

 狂い謡って(うたって)いたケモノが、子供をあやすかのように優しい声で物騒な事を告げると同時に、若者の手を縛っていた縄が斬り飛ばします。
 ただの一閃で、肌に傷をつける事もなく落ちていく縄は、若者に自分と相手との力量の差がどれだけ離れているのかを実感させるには十分なものでした。
 故に。

《……こく》
(若者がうなづく音)

トラ
「……きひ! ふ……あはっ! あははははは!
あてに、弟子が! 弟子が出来た! あははははは!」

トラ
「さぁさ、我が愛しき愛弟子よ!
これからはあての事を師匠と……ぁー、そうだな。
トラ……トラ師匠と呼ぶがいい!
あてに名前ってものがあるとすれば、きっとそれになるだろうからね。
忘れず、覚えておくれよ? 愛弟子よ♪
きひ、ひひ……くひひひひっ♪」

《ぱし! ぱし!》
(楽し気に背中をたたく音)

トラ
「さてそうと決まったら明日からはビシバシやっていこう!
あの侍の持ってた荷物もかっぱらっちまうとしようか、路銀ってやつは幾らあってもいいものだからね。
刀も……ふむ、あてには違いなんて分からないが、まぁちゃんと斬れる奴みたいだし貰っておいてもいいか!
あぁ、ほれ! あてがやっておくからアンタは寝てな! 頭を打ってるんだから、明日からの修行に差し障るよ!
厳しくいくつもりなんだから、休める時にはしっかり休んで貰わないとねぇ。
……あぁ、言うまでもないと思うが念のため言っておくよ?
逃げたら、すぐ、分かる。……変な気は起こさないでおくれよ、愛しいあての弟子?」

《ざっざっざ》
(歩き去る音)

 嵐のように喋り、そのまま話し終えると死体の方へと去っていく少女……トラの姿を茫然と見送りながら、弟子となった若者の口から声にならない嘆きの吐息が零れていきます。

 勿論、逃げられるのならば、今すぐにでもそうしたくてたまりませんが、そうしようとした瞬間に、あのケモノが自分の命を刈り取るだろう事は、考えるまでもない事なのですから。

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