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2023年 01月の記事 (7)

思叫堂~ロア~ 2023/01/29 20:21

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思叫堂~ロア~ 2023/01/26 19:52

次回作:剣士師弟もの台本04

次回から無料プラン以上の方向けになります。

=========================

こうしてトラと若者の生活は始まりました。
 ある時は、

《びゅっ! がつんっ! どさっ!》
(鞘が素早く動いて、殴る音、倒れる音)

トラ
「あてが寝てたら、こっそり逃げられると思ったかい?
ひひ、残念だったねぇ。
一人寝が多かったもんでね、あては他人が近くにいると少しの気配で気付いちまうのさ。
さて、と。……暫くは縄で縛られて寝て貰おうかねぇ?」

 またある時は。

《ひゅっ!》
(木刀を振るう風音)

トラ
「あ……やば」

《どんっ!!》
(強くぶつかる音)

トラ
「あちゃ、悪い大丈夫か!?
あー……すまん。寸止めをするつもりだったんだが。
骨は折れてないな? ……よし、大丈夫そうだな。
とりあえず、ちょっと休憩だ。そこで休んでな!
あては水とか取ってきてやるから!」

《ぎゅぅ……ぴちゃ》
(濡らした布を打撲の場所に当てる感じ)

トラ
「えっと、こういうのって冷やしとけばいいんだよな……?
あて、よく考えたら見様見真似ばかりだったから、こういう組み稽古みたいなの苦手なんだな。
本当に悪かったよ……今日はもう終えて、ゆっくり休むとしよう」

 そして、またある時は。

《じゅー……》
(魚を焼く火の音)

トラ
「……なぁ、愛弟子よ?
もう食べていいか? まだか?
あての腹はさっきからぐーぐー鳴りっぱなしなんだが早く食わないか?
この際、多少生焼けだろうが……。
って怖い顔するなよ!? あん? 川魚の生焼けは絶対やめろって……。
別に少しくらいなら平気じゃないか? あても今まで食うに困った時はその辺は適当に……って。
って、おい串を火の中に放ろうとするな!?」

トラ
「あぁもう分かった! 待つ、待つって!
料理に関しちゃあてはアンタの意見に逆らわない! それでいいだろ!?
だから待たないなら処分するなんて、そんな殺生な事言わないでおくれよ!
あてが悪かった! 悪かったってぇ~!」

 奇妙な師弟となった2人はこうして日々を重ねていきました。
 1日1日がお互いにとって馴れない初めての事ばかりが続き戸惑う事も多かったですが、やがて段々とそれも日常のように感じられるようになり、そして。

《かん、きん! ざっ!》
(剣がぶつかる音、移動し立ち位置が変わる音)

トラ
「ほれどうした、あての愛しい弟子よ!
あての構えを崩してみせなって!」

《ぐっ……ばっ!》
(砂利を踏みしめる音、勢いよく駆け寄る音)

《ぎんっ! しゅらあー ……どすんっ!》
(木刀と刀が触れる硬い音、刃を滑らされる流れる刃の音、流されてそのまま倒れてしまう音)

トラ
「あっはっは! まーた不用心に刀を振るったね?
いいかい、刃(は)の動きってのは流れだって何度も言ってるだろう?
こっちは自分のとりたい流れを相手に邪魔されずにぶつけるのが肝要。
相手の流れは作らせないか、こうして邪魔になる位置に刃(は)を置いて、そっと力を入れて流れを変えてやればいい。
足の動きは腹の動きに、腹の動きは腕の動きに、腕の動きは手の動きに、手の動きは刀の動きにだ。
その流れをきちんと理解してやらないと、あてには刃(やいば)は届かないぞー」

《ぐっ……カチャ!》
(弟子が再び立ち、刀を向ける音)

トラ
「んっ……ふふ、いいね。
流石はあての天稟(てんぴん)の君だ、倒れた所でへこたれずにいつもすぐに立ち上がってくれる。
何度でもこうして向かってきてくれて、あては嬉しいったらないよ。
……くひひ♪ さあさあ何度でも向かっておいで、愛しい弟子!
アンタが勝つまで、あては幾らでも立ち塞がってあげるよ!」

《ばっ!》
(腕を広げて挑発するように再チャレンジを促す動きの音)

《カチャリ……》
(握り直した刀が鳴る音)

 若者が弟子として捕らえられてから二月(ふたつき)が過ぎました。
 その間、逃げようとしたり手を抜けば容赦なく攻めてくることはありはしましたが、真面目に訓練を受けようとすれば不慣れながらも熱心に、懸命に自分の技の理念を伝えようとする師……トラとの日々は、若者の心の中に恐怖以外の感情を芽生えさせるには十分な月日が経っておりました。

トラ
「隙あり!」

《バッ! ギンッ!》
(横なぎの剣戟の音、慌てて身を守り県がぶつかる音、そのまま勢いに押されて川へと飛ばされ落ちる音)

トラ
「てやぁっ!! ……あて相手に、ぼうっとするとはいい根性だな!
って、こら……本気で飛ばされる奴があるかっ!」

《どっ、バシャア!!》
(勢いに押されてそのまま川へと飛び込んでしまう音)

トラ
「馬鹿、何やってんだい!
あて相手に気を抜いてアンタが勝てると思ってるのか! まったく……。
いや、ちいと転がし過ぎて疲れちまってたのかもなあ。……あてが認識不足だったか、むぅ」

トラ
「そういえば……川か。ふむ……丁度いいか!
おーい、弟子! せっかく川に入っちまった事だし、洗濯もかねて休憩といこう!
あてはいいとしても、アンタは随分泥だらけになっちまってるんだしね!
中々風呂に入る機会もないんだし、行水ついでに服も洗っちまうとしようじゃないか!」

=======

≪ざぱ、ざぱ、ばちゃぁ≫
(躊躇なく水の中へと服を脱ぎ捨てるトラの音)

トラ
「ふぅー……あー、やっぱたまにはこうして体を洗うとスッキリするねぇ♪
普段と違って絞った手ぬぐいで拭くだけじゃなくて、水がたっぷり使えるってのはいい、いいねぇ♪
気分がちょっと晴れやかになるってもんだ♪
んっ……ふぅー。っとぉ、浸ってないで、あてもこの辺とか洗っちまわねぇと」

 川に落とされ、痛みをこらえつつ師を睨もうとした若者の目に、弟子の様子など気にしていないといった様子で、水に濡れた肌を惜しげもなく晒すトラの姿を映ります。
 トラの特徴である黒地の混ざった金毛はしっとりと濡れ肌へと張り付き、彼女の控えめながらも膨らみのある2つのなだらかな丘や、金毛に隠れながらも桃色の貝を思わせるような小さな突起を、陽の光と水の輝きの中に浮き上がらせているかのようで、思わず見惚れてしまう若者。

トラ
「ん……おい、弟子?
なんだよ、何ぼーっとしてるんだい!
体を洗えるなんてめったにないんだから綺麗にしとけって」

≪ざば、ざば≫
(近づいてくる水音)

トラ
「んぁ? ……おい、あての弟子?
どうしてこっちを見ない? なんでそっぽ向いてるんだって……おいっ!
あては師匠だぞ! 師匠の言う事はちゃんと顔を向けて聞け……って、……ぁ?」

≪……ざば≫
(しばしの沈黙があってから、水が動く音)

トラ
「……弟子。なぁ、おい……あての弟子。
正直に答えて欲しいんだが、お前のその股間のブツ……そりゃなんだ?」

トラ
「なぁおい、弟子。……そいつはアレかい? あての裸を見て、ってことなのかい?
え? ……おい、正直に答えてくれよ。
お前さん、あてを……孕ませたいのか?」

≪ばしゃぁっっ!!≫
(若者が否定をするために体を動かした激しい水音)

 図星を突かれたがからこそ、若者は思わずトラの言葉を否定します。
 大げさなほど腕を振り回し、水を掻き分けているののごとく体を動かし否定したため、トラも思わず目を丸くし、その様子を見てしまう。

トラ(思っていた答えと真反対のものが来て、心底ビックリして言葉にならない感じ)
「ふお?! あ……おう。
え、あ……そ、そうかい? あー……へー……」

トラ
「……はっ! ……ひひ♪
そうか、あてなんかに興味はないってか? ……はっ、ひひ……ははははは♪
そうか、そうか。あての自意識過剰か! ひ……ふふ♪
あは……ははははは♪」

トラ
「ふっ、あは、ははははは♪ ひー……くっ、あは、はははは♪
あー、おかしい! まったく、あての弟子は面白い奴だなぁ……ひひひ♪」
くっ、はは……あてなんかに興味ないかぁ、そうかぁ……くひっ♪
あー……いいねぇ。あてにとっちゃ、最高の答えだよまったく♪」

トラ
「ひひっ♪ あー、笑った笑った♪ まったく、あての弟子は笑わせる才能まであるのかねぇ?
くく……別にそこは見込んで弟子にした訳じゃないんだけど。
……ま、いいさ。それはそれで楽しいじゃないか」

トラ
「とはいえ……だっ!」

≪ざばっ! ぴちゃっ!≫
(いきなり動き、若者の股間をトラが触る音)

トラ
「おー、おー……あてに興味がないとおっしゃった割には、随分こちらはお盛んに硬くなっているように気がするんだけどねぇ?
ほれ、あての手で押しても凹みやしないぐらい、がっちがちだ♪」

トラ
「ふふ、あてに興味がないってのに不思議だねぇ?
いや、とはいえ弟子の言葉を疑うっていうのは師匠としてはしたくはない。これはきっと、何かの……そうさね。
身体の勝手な反応とか、なんかそういうアレって奴なんだろう。
……けれど困った。弟子の体がこうなった理由が分からないんじゃ、今後の修行に支障がでちまうよ。
それは困る。困るなぁ……となれば、仕方ない、仕方ないねぇ♪
あてもなんだか、悪い気がしなくなってきたし」

トラ
「あての弟子♪
……あてに欲情してないってのはよーく分かった♪
だからこいつは……そうだな?
望まぬ状況に対する度胸をつける修行とか、今後のための治療ってことで一つ、挑んで貰おうじゃないか。
こいつも修行って訳さ、愛しい弟子よ……ひひっ♪」

 さすり、さすりと、普段とは違う柔らかな女としてのトラの手が若者のイチモツを触れていきます。
 初めて知る心地よい刺激が己の分身から伝わり、背筋に痺れるような快感をもたらし、身動きできなくなる若者。

≪ちゃぽ……ちゃぷん≫
(トラが身をしっとりと身を寄せる音)

トラ
「さぁ……折角、あてに興味がないって言ってくれたんだ♪
すぐに出したりなんかするんじゃないぞ、えぇ?
あての……可愛い弟子よ♪ ふふ、くふっ♪」

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思叫堂~ロア~ 2023/01/16 20:17

次回作:剣士師弟もの台本03

《がば……》
(体を跳ね起こす音)

トラ
「おっ!
ようやくお目覚めかい? まったく、打ち所が悪くてそのまま死んじまうんじゃないかとひやヒヤしたよ。
とはいえ、生き残ってくれて何より……流石は天稟の君。あての……弟子よ!」

《ばっ、しゅた!》
(木の上から様子を見ていたトラが地面に降りる音)

《ざっざっざ》
(無遠慮に近づき、間近に来る足音)

《ぎし……》
(縄の音)

 頭にずきずきとした鈍い痛みを覚えながら若者が目を覚ますと、そこはまだ林の中。
 かけられた声に思わず逃げようと体を動かすと固い縄の存在に気付き、自分が捕らわれているようだという事に気付きます。

《ぐいっ!》
(若者の服を掴み、全身を見る音)

トラ
「んっ……いいね! 縛った時にも見たけれど、打った頭以外にはやっぱり何処も大して怪我はしちゃいない。
これからの修行の日々を考えるならば、頑丈だってのは朗報だ、ひひっ♪」

 そこにニコニコと、先ほど人間を一人切り殺したばかりか、若者の事までも殺そうとした人の形をしたケモノが意味の分からぬ言葉を放ってきます。
天稟? 弟子? まるで心当たりのない言葉に、若者はただただ混乱し目の前の自分を見つめるケモノを恐怖の籠った瞳で見つめ、何でも差し上げますので、命ばかりはと必死に訴えます。

トラ
「……面白い、面白い事を言うじゃないか、あての弟子♪
あてより弱いお前さんに、あてが欲しがるものが用意出来るっていうのかい? くっ……ふふ、きひ……ひひひ! あははははは!!
くふ、ひひ……いや、すまない、すまないねぇ。あまりに的確にあての気持ちを察してくれるものだから、つい嬉しくなっちまって!
……そう、あてには欲しいものがある。アンタが持ってるそれを、どうしても欲しくて仕方ないんだ。
だから……アンタは、あての弟子になるんだ! 愛しい愛しい天稟の君……あての育てる、未来の剣士」

 狂人の言葉は若者にはまるで意味が分からなかった。
 混乱は増すばかりだというのに、金毛(きんもう)のケモノはそれを気にした様子もなく語り続ける。

トラ
「あんたの剣は、技は、その才能は! 鍛え上げればあてを超える! 必ず……あてが超えさせてみせる!
あんたはあてを倒せる程に強くなれる……ならなくちゃいけないんだ。そのためなら、あては何でしよう!
あての知る全てをアンタに教え、必要だと思った事ならあてがどんな世話でもしてやるさ!
あぁ、だから……だからどうかお願いだよ。
天稟の君……あての弟子。どうか、どうか」

トラ
「どうか、お願いだ。
あてを超え、あてを……殺しておくれ?
それだけが、それだけが……あてがアンタに求める全てだ。
もしもそれが出来ないのなら、受け入れられないと逃げると言うなら……」

トラ
「あては、あんたを……殺すよ」

《きんっ! しゅば! ……ぱら》
(若者の手を縛っている縄を切り落とす音)

 狂い謡って(うたって)いたケモノが、子供をあやすかのように優しい声で物騒な事を告げると同時に、若者の手を縛っていた縄が斬り飛ばします。
 ただの一閃で、肌に傷をつける事もなく落ちていく縄は、若者に自分と相手との力量の差がどれだけ離れているのかを実感させるには十分なものでした。
 故に。

《……こく》
(若者がうなづく音)

トラ
「……きひ! ふ……あはっ! あははははは!
あてに、弟子が! 弟子が出来た! あははははは!」

トラ
「さぁさ、我が愛しき愛弟子よ!
これからはあての事を師匠と……ぁー、そうだな。
トラ……トラ師匠と呼ぶがいい!
あてに名前ってものがあるとすれば、きっとそれになるだろうからね。
忘れず、覚えておくれよ? 愛弟子よ♪
きひ、ひひ……くひひひひっ♪」

《ぱし! ぱし!》
(楽し気に背中をたたく音)

トラ
「さてそうと決まったら明日からはビシバシやっていこう!
あの侍の持ってた荷物もかっぱらっちまうとしようか、路銀ってやつは幾らあってもいいものだからね。
刀も……ふむ、あてには違いなんて分からないが、まぁちゃんと斬れる奴みたいだし貰っておいてもいいか!
あぁ、ほれ! あてがやっておくからアンタは寝てな! 頭を打ってるんだから、明日からの修行に差し障るよ!
厳しくいくつもりなんだから、休める時にはしっかり休んで貰わないとねぇ。
……あぁ、言うまでもないと思うが念のため言っておくよ?
逃げたら、すぐ、分かる。……変な気は起こさないでおくれよ、愛しいあての弟子?」

《ざっざっざ》
(歩き去る音)

 嵐のように喋り、そのまま話し終えると死体の方へと去っていく少女……トラの姿を茫然と見送りながら、弟子となった若者の口から声にならない嘆きの吐息が零れていきます。

 勿論、逃げられるのならば、今すぐにでもそうしたくてたまりませんが、そうしようとした瞬間に、あのケモノが自分の命を刈り取るだろう事は、考えるまでもない事なのですから。

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思叫堂~ロア~ 2023/01/09 16:57

次回作:剣士師弟もの台本02

ようやく、ボーイミーツガール(血塗れ)です。

=====

《がさり》
(若者が薮を揺らしてしまう音)

トラ
「あん……? 誰だい?」

 己よりも格上の剣士同士の殺し合いの結末を前にし、若者は腰が抜けそうになり、がさりと隠れて見ていた薮を鳴らしてしまう。
 そしてそれが、ケモノの注意を彼へと向けてしまう切っ掛けとなりました。

トラ
「……見物人がいたのかい。
ふん……楽しすぎて気づかなかったよ。
おい、小僧。あては今機嫌がすこぶる悪いんだ。
見逃してやるからとっとと失せな、さもないと……」

《カチャ……ぴちゃ》
(血に濡れた刀が若者の方へと向き、地が一滴滴った音)

《すら! ちゃき!!》
(大慌てで刀を抜いてしまう音)

 田舎で一番などというそんな頼りない経験があったがために、あってしまったがために、若者は背を向け逃げるのではなく、咄嗟に恐怖に対し自らの腰に差した刀を抜く選択を選んでしまったのでした。

トラ
「へえ?
ひ……ひひ、はは……ひひひひひ!
あはっ、あはは! そんなへっぴり腰で、足を震わせてるのに!
あてに! 刀を! 向けるのかい! あは、あははははは!!」

トラ
「……紙めてくれるじゃないか。
逃がしてやるって言ってるのに、あての折角死ねたかもしれない勝負の余韻を邪魔しておいて、刀を向けるなんてねぇ!
ひひ……ひひひひひ!」

トラ
「……いいさ。そんなに死にたいなら殺してやるよ。
遊びはなしだ、機嫌の悪いあてに刃を向けた自分を呪いな」

《ダン! ビュオ!》
(強く踏み込み一気に駆け寄る音)

トラ
「死ね」


《ひゅっ!》
(刀が迫る音)

《ずる……!》
(足をすべらせる音)

 自分に向かってやってくるケモノの怒り。
 先ほどの武士すら殺された技が自分にやってくるのだと思った瞬間。
 若者の喉は小さく悲鳴を漏らし、足は後ろに下げようとしましたが、その恐怖故に露に濡れる落ち葉に足を取られ、その場で後ろに足をずるりと滑らせる。

《ひゅん!》
(刀が空を斬る音)

トラ
「っ! はっ……生意気にっ!」

《ずざざざ! ひゅん!!》
(引きずるような体を回転させる音、そしてまた空を斬る刀の音)

《ごん!!》
(完全に足を滑らせて頭を強打する音)

トラ
「へ……?」

 月明りの下。ぐるりと回る視界の中で今までの人生が急速に巡っていく走馬灯を味わいながら、若者はごんっという音と共に、意識を暗闇の中へと途切れてさせていきました。

 あとに残されたのは転んで頭を打って気絶をした若者と、刀を振り上げた態勢のまま呆然と動けずにいるケモノが一匹。

《ちゃき……》
(刀を手元に戻す音)

トラ
「よけ、られた? あての虎噛が?」

《ぺし、ぺし!》
(倒れた若者に近づき頬を叩く音)

トラ
「おい、おい……アンタ! 今のはいったい、なあおい! 聞いてるのか!?
……ダメだ、完全に気を失ってら」

 自身の必殺の剣と定めた技から生き延びた若者へ、ケモノは驚きと共に問い掛けたが若者が目を覚ます様子はありませんでした。
 その様子に、ケモノは初めと言ってもいい人らしい渋い顔を惨ませる。

トラ
「今のは避けられたって考えるべき、なんだよな?
あてが虎噛を使って、今まで生きてた奴は一人もいない。そして、こいつは生き残ってみせた。
でも、あぁ……だってのにこりゃなんなんだ!
気なんか失いやがって、これじゃあ殺してくださいと言わんばかりじゃないか!
しかも、直前の構えもへっぴり腰だったし……くそっ、どう考えたらいいんだい!」

トラ
「うー……考えろ、考えろ、あて!
仮に狙って避けたんだとしたら、その後失敗して気絶してるんだからこいつの実力不足……ってことでいいよな?
で、偶然こうなったっていうならあての技を、偶然にかわしてみせたってことで……偶然?
命の危機が迫った状況で、噛嵯に出てしまった動きを偶然の一言で片づけていいもんなのか?」

トラ
「狙ってやって実力が足りなかったのなら、鍛えればこいつはきっと一角(ひとかど)の剣士になる。
あての技を未熟なりに追えている時点で、見込みは十分ってもんだ。
そしてもし、偶然……偶然、咄嗟に体が動いたっていうなら」


トラ
「ああ……そうか、コレか。
こういうのを天が与えた才能の片鱗、天稟(てんぴん)、って言うのか!
自覚なく、けれど結果として確かに成果を出してみせる才能。
それってつまり……そうだよな? そういう事でいいんだよな!?」

トラ
「つまりどっちにしろ、こいつは鍛えれば強くなる。
あてより、ずっと……強くなってくれるはずって訳だ!
はっ……ひひっ、はは……あはははは! そうか! あは、そうかぁ!!」

 苦悩していたはずのケモノが、ゆっくりと顔をあげ若者を見つめる。
 その目が、顔に浮かんだ笑みが、まるで恋い焦がれた相手を見つけたとばかりに若者へと注がれていく。

トラ
「まったくだからあては馬鹿なんだ。
あては挑むばかりで考えてみたことがなかった!
あてを越えてくれる相手を、あて自身の手で育ててみようなんてそんな考えは!
ああけれど、それに敵う(かなう)……今はまだ未熟だけれど、天稟を持ち合わせた相手と出会う事が出来た。
はは、こいつは天の導きって奴なのかねぇ? ひひ、神様なんてものは今まで一度も信じた事はなかったけれど。
ああいいさ、いいとも……やってやろうじゃないか」

トラ
「ひひっ! あてが、師匠って訳か……このあてが!
あは、はは……あははははは!
あぁ、あぁいいさ、ならやろう、是非やろう!
あてが、必ずアンタをあてを越える剣士に育ててみせよう!」

《ざっざっ、ぎゅう!》
(近づき、抱きしめる音)

トラ
「よろしく頼むよ、あての天稟の君。
あての……弟子。
くふ……ふふ、ふふふふふふ!」

 笑い出したケモノは突然若者へと近づくと、その体に触れ、抱きしめます。
 愛おしく、大事なものに語り掛けるかのように耳元に言葉を告げると、楽しそう、愉しそうに、ケモノはいつまでも笑い続けるのでした。

 獣道の奥。
 月明りが照らすばかりの山の中。
 こうして今宵、一人の若者が……一匹の狂ったケモノに見初められたのでした。

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思叫堂~ロア~ 2023/01/02 22:01

次回作:剣士師弟もの台本01

《ちゅんちゅん、ぴちゅん》
(陽気な鳥の鳴き声

《ざっざっざっざ》
警戒に道を歩く音

 田舎で一番の腕前と呼ばれた若者が、京(みやこ)に出て武名を轟かせられると意気揚々と村を飛び出した所からこのお話は始まります。

 京へ向かう途中の茶屋で、何でも大陸に住むという金毛に黒字の入った虎と呼ばれる生き物にそっくりの辻斬りか、人食いのアヤカシかと囁かれるモノが現れる噂を耳にします。
 既に何人もの手練れが返り打ちにあっているという話を聞くと若者はたちまちに興味を示し、我こそが退治をしてやろうとその人食い虎がいると噂の峠へと、茶屋の娘の止める言葉も聞かずに一人乗り込んでしまったのでした。

《きーきー……ざわざわ》
(鳥や虫の声)

 しかしそんな気持ちも夜の帳がすっかりと下り、月明りぐらいしか頼りとなるものがない峠を歩く事になると、途端に若者の中にあったはずの覇気も当然のように薄れ始め、周りをきょろきょろと気にしながら、来たのは失敗だったか……などと思い始めていた矢先の事です。

《キンッ》
(刀のぶつかる硬い音)

 峠の道の脇に、よく見れば見えてきた獣道の先より、明らかに虫とも獣とも違う硬いモノが擦れる音。
 刀の触れ合うかのような音が聞こえてきました。

 若者は緊張に胸が張り裂けそうになりながらも、音のした獣道をじっと見つめます。
 そして、ここまで来たのは何のためだと! 俺は村一番の剣士だぞと!
 そう己に言い聞かせ、怖気づく心を押し殺し、震える足に力を込め、一歩、また一歩とその道の先へと足を進めてしまうのでした。

≪がさ……ざっざっざ≫
(薮をかきわけ入っていく音)

 恐る恐る若者が、ゆっくりと気配を殺して進んだ先には2人の武士。
 一人の立派な体躯の美丈夫(びじょうふ)で、もう一人は……刀を持った金毛に黒字の入った髪を振り乱し笑う一人の少女……いえ、ケモノの顔とでも呼ぶべき凶相(きょうそう)を浮かべたモノがそこに相対しておりました。

武士
「そこもと、先(せん)だって我が道場の師範代を討ち取られし方とお見受けするが、仔細ないか?」

???
「はて? あぁ、どこの町での話だい?
名のある相手と聞けば、あてはすぐに斬り合いを申し込んじまうもんでね……あて程度に負けた相手の事は、一々覚えちゃいないんだよ」

武士
「……峠を越え、川を下り、3つ先の町に構えていた道場に御座る。
一月前(ひとつきまえ)に、夜の街にてお主に襲われ死んだ、我が兄弟子の事に御座るが、覚えてはおらぬか?」

???
「んん? ……あぁ、昼に尋ねたらあての身なりと女だってのが気に入らないようで相手をしてもらえなかったアレの事かねぇ?
きひ、ひひ……あてを小汚いと言いながら、夜にあったら酔いの口だったからか、抱いてやろうかなんて言ってきたのには思わず笑っちまったよ。
剣の腕の方は、評判ほど大したもんとは思えなかったけど……くひひっ。
道化としては上等だと、感心させられたもんだよ」

武士
「……兄弟子に非礼があったのなら、その点だけは某が代わって謝罪を伝えさせて頂こう。
が、何故斬った? そこまで許せぬ言葉が、兄弟子の中に入ってでもおったのか?」

???
「ひっ……ひひ!
いや、あては別に気にしちゃいないさ。
こんな見た目だ、どうのこうのと言われてるのはいつも事なんでねぇ。
別に気に障る事なんざありゃあしないさ」

武士
「ならば、何故?」
(理由が分からず、思わず問い詰めるように)

???
「あてが気にしてるのはいつだって一つ。……そいつがあてより強いかどうか、それだけさ。
あんたも仇討ち(あだうち)に来た位だ。腕には自信があるんだろう?
あぁ、楽しみだ、楽しみだ!
あんたは強いのかねぇ? あてはもう、ただただそれだけが気になって仕方がないんだよ!
きひっ……ひゃは、ひひ……ヒヒヒヒヒヒヒ!!」

《ちゃき》
(刀を構える音)

武士
「ぬ……っ」

???
「さぁ、始めようじゃないか!
補陀落念流(ふだらくねんりゅう)……参る!」

???
「正陰流(せいいんりゅう)……参られいっ!」

???
「ひっ、はっ!
つっ、あぁああああ!!」

武士
「く、ぬ……つぁっ!」

《ばっ、しゃん、しゃおんっ! ばっ!》
(駆け寄り、刀が交差する剣戟の音、再び距離を取る音)

???
「とっ!? ふ……はは!
いい……いいなぁ、アンタ! ひひひっ!
あての初太刀(しょだち)にしっかり反撃してきてくれて!
あぁ……命のやり取りをしているのを感じる。アンタ、良い腕してるよ!
ふ……ひひひっ!」

武士
「……命を奪い合うのがそんなに楽しいか?」

???
「あはっ! 勿論だっ!
あての命の火がアンタの刃の上で掠めて、掻き消えかけ、か細くなっていくのを感じる!
あてにはそれがたまらなく嬉しい! あぁ、そうだ。
それでいい、どうかその刀であてを殺してみせておくれよ!」

武士
「この……気狂いめがっ」

《ばっ! かん、きん、きん、しゅらっ! ばっ、きん、しゅら、きん、きんっ!》
(立ち位置を変えながら何度も刀の応酬が繰り返される音)

 ケダモノが如き少女の姿をした金色のケモノが、右に左にと位置を変えながら若い武士に目掛けてその刃を振るう。
 対する武士は、刀を正面へと構え、攻めてくるケモノの攻撃を弾き、或いは反らして相手に隙を作ながら、その隙を目掛けてケモノを両断すべく刀を振るう。
 そのいづれも隠れてみていた若者から見て、初めて見る格上の相手同士の本気の命を奪い合う刀のやり取りであり、恐怖と興奮と、若者はただ固唾を飲み見守る事しかできなかった。
 
トラ
「あぁ……いい、やっぱりいいね、アンタ。
兄弟子だったかなんだったか、そんな奴よりずっとアンタの方が楽しいよ。
これなら……あぁ、これなら、期待していいのかな?」

《ちゃきっ!》
(刀を構える音)

 数度の刀の応酬に満足気な吐息を漏らしたケモノは、一人何かを呟くと、突然今までとっていたソレよりも更に姿勢を前傾に傾け足に力を籠める。
 その体制はどう考えても命を考えずに、捨て身で武士を斬ろうとしているとしか思えぬものであった。

???
「……あての、全力を破ってくれるって!
どうか魅せておくれよ……いざ、参るっ!!」

 ケモノが走り出す。
 刀に担ぐように大きく半身に反らした体からは、相手の脇から胴を斬るつもりなのだという意図が隠れて見ている若者にもはっきりと分かった。

 そして、無論それは相対する武士からすればなおの事であった。

武士
「見切った! そのような大回し、当たらねばっ!」

???
「補陀落念流(ふだらくねんりゅう)、入水(いりみず)が……忌入り」

《シュン! ……ザッ、キィン!!》
(素早く刀が走り、強く踏み出す音。そして再び鳴る強い鞘走りの音)

トラ
「虎……噛(とらがみ)!」

《シュバ……バシュウウウウウ!!》
(軽やかに駆け抜ける刃の音、遅れて飛び散る鮮血の音)

武士
「ぶっ……!? ぐ……が、ぁ……」

《どさ……》
(倒れる音)

《ちゃぷ……ぴちゃ……どくどく》
(大きく切り裂かれた腹を抑えるが、血が流れ続ける音)

武士
「ばか……な。せっしゃ……は、たし、かに……そなたの剣を、かわした、はず。
なぜ、やいばが……あたる?
しかも、これは……かわしたはずの、刀の向き、では……なにが?
……っ! そう、か……。
さいごの歩み、あれが……」

トラ
「きひ……ひひ!
さすがぁ……さすがだよ、アンタ。
初見であての剣をそこまで言い当てるなんてねぇ……きひ、ひひひ!
でも、ダメだ……ダメだよ。見破るだけじゃダメだ。あてに、勝ってくれなきゃ。
アンタの自慢の剣で、あての……あてなんかの剣に価値がない、人殺しのクソ野郎だと切り捨ててくれなきゃダメなんだよ。
なのに、あぁ……畜生、畜生。残念……残念だ。
本当に、心から残念だよ……」

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