官能物語 2020/04/20 14:00

息子の告白/4

「お、おい、母さん。今のは違うから。そういう意味じゃないんだって!」

 息子が、いや、もう息子と呼ぶことはできないだろう少年が、焦った声を上げた。何が違うというのだろうか。何も違いはしない。彼は自分と血のつながりがなかったことを喜んでいる。まるで、プレゼントをもらったかのようなはしゃぎ方だった。それは、心の底から、自分と母子でないことを望んでいたというそのことではないか。

「そ、そういうこと、で、でしょ……」

 久美子はしゃくりあげながら言った。涙は止まりそうにない。

「いや、違う、違うって!」

 高典は、対面から、久美子の隣に来た。

「な、何が、ち、違うって、ゆ、言うのよっ!」
「落ち着けよ、母さん」
 
 どうして落ち着いていられるだろうか。これまで、17年の間、自分を殺して、彼を生かしてきたのだ。その彼から、あまりの仕打ちである。これで、落ち着いていられる方がどうかしている。

「母さん」
「か、母さんなんかじゃないっ!」
「じゃあ、久美子さん?」
「か、からかわないで!」
「とにかく落ち着けって、な」

 久美子はそっと腰回りに彼の腕が回されるのを感じた。優しい所作。しかし、その優しさはいつわりなのである。さっき、母子関係がなかったことを、彼は喜んでいたではないか。今さら、何を取り入ろうとしているのか分からないけれど、そんなものにほだされるわけにはいかない。久美子は、ぷいっとあちらを向いた。子どもっぽい振る舞いだと自分でも思うけれど、どうしようもなかった。気持ちがささくれていて、抑えようがない。

「なんか、誤解しているようだから、はっきりと言っておくよ。おれは、母さんに育ててもらったことに、心から感謝しているよ。そこに血のつながりがどうとか、そんなことは関係ない。血がつながっていたって、ひどい親はたくさんいる。母さんは、おれにとっては理想の母親だよ。おれが小さいときに亡くなったっていうその人だって、母さんほどおれを大事にしてくれたかは分からないさ」

 少年の声が、久美子の冷えた胸を大いに温めた。なんていうことを言ってくれたのだろう。実母よりも、自分の方がいいと言ってくれたのである。こんなに嬉しいことはなかった。しかし、だとしたら、どうして、さっきは母子関係がなかったことを喜んでいたのだろうか。理屈が合わない。そんなに感謝してくれているのであれば、血縁関係が無かったことに対してがっかりするのが普通じゃないのだろうか。久美子は高典を見た。その目から、彼は、言いたいことを理解したようだった。

「まあ、つまりさ、こういうことだよ」

 久美子は、息子がさらに体を寄せるようにするのを認めた。そうして、顔が近づいてくるのを見た。

――えっ……。

 と思う間もなく、久美子の唇は塞がれた。

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