官能物語 2020/07/28 14:00

母の浮気/23

 良太は耳を澄ませた。

「ちょうどケーキがありますから、召し上がっていってください。甘いものお好きでしょ?」

 母が言う。
 むっ、と良太は思った。ケーキは、良太の大好物である。もしかしたら、それは今日のおやつで、急な来客に慌てて出す格好になったものなのではないかと、良太は邪推した。いずれにしても、自分の分はちゃんとあるんだろうな、とやきもきしたけれど、押し入れに隠れている身では何をどうすることもできない。

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えます」

 江藤さんのお父さんが、快活な声を出した。
 それから少しの間、母がケーキとお茶を用意して、それを二人で食べて、たあいない世間話が続いた。良太は、音を立てないようにあくびをした。大人の世間話ほど退屈なものはない。

――今日は何も起こらないかもな。

 と良太は、半ば諦めかけた。確かに、江藤さんのお父さんが、母のことを気に入っているというのは、父母のピロートークで聞いたことであるけれど、そもそもそれが本当かどうか分からない上に、やはり、彼の妻である、江藤さんのお母さんの存在が大きかった。あんな綺麗な奥さんがいて、他の女性と関係を持とうなんて思うことがあるのだろうか。改めて考えてみた良太は、首を横に振った。あり得ないことである。それに、二人の世間話の中には、まったく艶っぽい話も無くて、江藤パパの語り口も誠実そのものであり、彼には、好感しかもてなかった。

「じゃあ、そろそろ、ぼくは失礼します」

 江藤さんのお父さんが言った。

「あら、まだいいじゃありませんか」
「しかし、あまり長居していたら、ご迷惑でしょう」
「迷惑なんてこと全然無いですよ。ね、もう一杯、お茶をお入れしますから。それとも、奥さんとお嬢さんがお家でお待ちですか?」
「はは、妻と娘は二人で、ショッピングに行っていますよ。わたしは、一人で留守番させられて、それに、こうして町内会の用件まで頼まれる始末でして。女の子なんてつまりませんね。今は妻にべったりですし、いずれはカレシを作る。おたくが羨ましいですよ」
「女親からしてみれば、男の子も同じですよ。もう、わたしとは全然口も利いてくれませんし」

 いや、そんなことはないだろう、と良太は心の中でツッコんだ。
 結構、コミュニケーションを取っているはずである。

「江藤さんは、二人目のご予定は無いの?」
「えっ、いやあ、わたしにその気はあっても、それは、妻次第じゃないでしょうか」
「二人仲いいんでしょ?」
「奥さんとご主人には及びませんよ」
「それで、思い出した。ちょうどいい機会だから、訊いちゃおうかなあ」
「どうぞ、なんでもお訊きください」
「主人から聞いたんだけど、スワッピングしたいっていうのは、本当なんですか?」

 母のからかうような声のあと、ごほっ、ごほっ、と咳き込むような音が聞こえてきた。

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