美少女のいる生活/23
外に出ると、空気が輝いて見えた。それは、春という気候によるものか、それとも自らの心持ちが華やいでいるからかは分からないが、おそらくは後者のような気がした。
会社までは、最寄り駅まで歩いてから、電車に乗り、さらにそこから歩く格好になる。せいぜいが40分くらいの道行きであって、行き帰りで、1時間20分、もったいないと言えばもったいない時間だが、片道2時間かけてくる同僚もいることを思えば、恵まれている方だろう。
毎日毎日満員電車に揺られて、出勤する自分を憐れんだことは無いけれど、何だかなあと思ったことはいくらでもある。しかし、そのおかげをもって、いくばくかの蓄えが持てて、少女を家に迎えられたわけだから、それはそれでいいことなのかもしれなかった。
時間は未来から過去に流れているのだと、あるビジネス書に書いてあった。未来に何をするのかということで、過去の意味が変わってくるのだと。これまでは、何のスピリチュアルだと思って鼻も引っかけなかったけれど、美咲を家に迎えるという未来が、満員電車に揺られて仕事三昧という過去を肯定してくれた今となっては、まったくその通りだ、ビジネス書もバカにできないと思うのだった。
無事会社に到着して仕事をしていると、同僚から、
「何かいいことでもあったのか。鼻歌でも歌い出しそうだぞ」
と突っ込まれた。どうやら、かなり機嫌良く仕事をしているらしかった。
「もしかして、彼女でもできたんですか?」
別の同僚からのツッコミに、
「いや、この年だよ。もしもできるとしたら、婚約者だろ」
と答えてやった。
そんな風に言うと、返って信憑性が無くなったということで、みんな興味を無くしたようである。それにしても、もしも、美咲と結婚ということになったらどうなるだろうか。今時、年の差婚など珍しくもないけれど、それはあくまで他人の話であって、それが自分の身の上に起こったら恥ずかしいと思う気持ちはあるのだった。
――まあ、恥ずかしいときは、恥ずかしがればいいか。
貴久は、そんなことを適当に考えながら、5時にきっかりと仕事を終えた。貴久の会社では、基本的に残業を許していない。勤務時間内で仕事を終えられるように自己研鑽を積めというのが社訓の一つなのである。まことに有り難い会社である。
会社を出ようとすると、後ろから声がかけられた。
同僚の女性は年下の妙齢美人である。
「お夕飯を一緒にどうかと思いまして」
「申し訳ないけれど、約束があるんだ」
「じゃあ、明日はどうですか?」
「実は明日もなんだ」
「婚約したって本当なんですか?」
「すでに同棲もしているよ」
「ええっ!」
びっくりする彼女を残して、貴久は帰路を取った。