Triangle広報 2021/06/15 17:53

6月15日は【天翼のアスクレイン】の美奈子さんの誕生日です!

とゆーわけで、野山風一郎先生がお誕生日SSを書いてくれました!
挿絵はジャム先生です!どうぞお楽しみください!

 1

 その日、真久郎の家には美奈子が来ていた。
 紗耶香はルアナの手伝いのため異世界に渡り、しばらくこちらの世界を留守にしていた。
 戻ってくる時は、ルアナと一緒に帰ってくるという話だった。
 そんなわけで、以前のように真久郎の身の周りの面倒を見に美奈子が顔を出していたのである。
「別に自分のことくらい自分で出来るんだけどなぁ」
 真久郎の呟きに、美奈子が振り返って反応する。
「ダメよ。真久郎君、一人だとお食事偏っちゃうでしょ? せっかくルアナちゃんや紗耶香ちゃんのおかげで健康的な食生活になってるんだから、体のためにも続けないと。それに、二人が留守の間に真久郎君が調子を崩したら、保護者として申し訳が立たないわ」
「そう言われてしまうと……」
 確かに真久郎一人だとスーパーの惣菜やコンビニ弁当で済ませてしまうので、反論できなかった。
「うふふ、私の料理、久しぶりでしょう? 腕によりをかけるから、楽しみにしててね」
 そう言って微笑を見せた後、美奈子は調理に戻る。
「確かに、美奈子さんの料理は楽しみだ」
 両親を失って以来、真久郎は美奈子の味で育ったと言ってもいい。自分の母親と同じく、美奈子の料理も間違いなく「お袋の味」だった。
「えっと……料理酒はどこにあったかしら……」
 美奈子はキッチンの中に視線を巡らせ、棚の上に目当ての日本酒を見つける。
 ルアナも紗耶香もあまり調理に酒を使わないので、棚の上に追いやられたらしかった。
 手を伸ばしただけでは届きそうになかったので、美奈子は椅子を使って取ろうとする。
「美奈子さん、危ないですよ。俺が取りましょうか?」
 真久郎が言うと、美奈子は椅子の上に立ちながら首を横に振った。
「大丈夫よ。まだまだバランス感覚は衰えてないんだから」
 美奈子は棚の上の一升瓶を取ると、ゆっくり椅子から降りようとする。
 その時、予想外のことが起きた。
 痛んでいたのか、椅子の脚が一本折れたのである。
「きゃっ!?」
「危ない!」
 宙に投げ出された美奈子に、真久郎は慌てて両手を伸ばした。

 2

「はあ……」
 自室で両手の手首から指先にかけて巻かれた包帯を見ながら、真久郎はため息をつく。
 椅子から落ちそうになった美奈子をどうにか抱き留めることはできたか、その代わりに真久郎は両手を怪我する羽目になった。
 病院で見てもらった結果、骨は無事だったものの、しばらく手首から先が使えない状態であった。
「不死身の真久郎だった時期が懐かしいや」
 真久郎はそう言って一人苦笑する。
 と、ドアがノックされ、美奈子が顔を見せた。
「真久郎君、ご飯の用意が出来たから」
「あ、はい」
 美奈子は真久郎の両手に巻かれた包帯を見ながら、申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい、真久郎君……私のせいで……」
 もう何度目になるかわからない謝罪に、真久郎は首を横に振った。
「いえ、事故だったんですし、もう謝らないでください」
 面倒を見てくれている美奈子に頭を下げられると、逆にこちらがいたたまれなくなる。
「うう……いきなり椅子が壊れるなんて……私、そんなに重いかしら……」
「全然! 美奈子さん痩せすぎなくらいですよ! だから俺でも受け止められたんですから」
 落ち込む美奈子に真久郎はそう言う。
 そもそも、あの椅子が壊れた理由に、真久郎は心当たりがあった。
「あの椅子に座りながら、ルアナや紗耶香と結構激しくシちゃってたからなぁ」
 三人の愛の重さが椅子の脚部にダメージを与えていた可能性が高い。
 もちろん、そんなこと口には出せないが。
「椅子が壊れかけていたことに気づかなかったのは、家主である俺の責任です。だから、美奈子さんが気に病む必要なんてないですから」
 本心でそう慰めると、力はないものの美奈子の顔に笑みが戻った。
「ありがとうね、真久郎君。でも、私のせいでしばらく両手が使えないのは確かだから……お世話だけはしっかりさせてね」
「はい、それはもちろん。お世話になります」
 両手が使えない今、美奈子の助けは非常にありがたかった。
「それじゃあ、ご飯にしましょう」
 キッチンに移動すると、テーブルの上にご馳走が広げられていた。美奈子が腕によりをかけたらしい。
「しっかり栄養を摂って、回復を早めないとね」
 美奈子の言葉に真久郎は笑顔で頷く。
 席に着くと、箸やスプーンなどが見当たらなかった。
「美奈子さん、箸がないんですけど……」
 そう言うと、美奈子は自らの手に持った箸を真久郎に見せる。
「真久郎君、手がそんな状態でしょ? 私が食べさせてあげる」
 美奈子の申し出に、真久郎は驚きつつ首を左右に振った。
「い、いいですよ。なんとかなりますから」
 箸は難しいかも知れないが、フォークなら料理を刺して口元まで運ぶくらいはできる。
 そう言って断ろうとしたが、美奈子は頑として受け付けなかった。
「ダメです。無理したら、治りが遅くなるかも知れないじゃない。私にお世話させなさい」
 こうなると美奈子は退かないことをよく知っているので、真久郎は諦めて好意に甘えることにした。
「はい、あーん」
 ニコニコしながら、美奈子が箸でつまんだ料理を差し出してくる。
「あ、あーん」
 真久郎は少し照れながら口を開ける。
 舌の上に乗せられた料理はいつも通り美味しく、噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。
 美味しそうに食べている真久郎を見ながら、美奈子は頬を緩ませた。
「うふふ、思い出すわ。真久郎君も紗耶香ちゃんもまだまだ小さい頃、こうやって二人にご飯を食べさせてあげたことがあるのよ」
 美奈子は真久郎の母親と親友同士で、お互いの子供の面倒をよく見ていたらしい。
 何だか急に恥ずかしくなり、真久郎は視線を逸らしながら口を開け、無言で次の料理を要求する。
 美奈子はクスクスと笑いながら、再び料理を真久郎の口に運んだ。

 3

 脱衣所で裸になった真久郎は、タオルを肩にかけて浴室に入る。
 両手が使えない状態だったが、シャワーくらい浴びておこうと思っていた。
 痛みを我慢して蛇口を捻り、壁に掛けたままのシャワーヘッドから出てくる温水を頭からかぶる。
 汗くらいは流せるだろうとそのまま打たせ湯をしていると、不意に背後で浴室の戸が開く音がした。
「え?」
 振り向くと、そこにはバスタオルを体に巻いた美奈子がいた。

「み、美奈子さん!?」
 真久郎は驚いてひっくり返りそうになりつつ、慌ててタオルで股間を隠す。
 動揺する真久郎に対し、美奈子はいつもと変わらぬ調子で言う。
「その手だと、体を洗ったりできないでしょう? お背中流してあげるわね」
「い、いやいや! いいですよ! 自分でどうにかできますから!」
 さすがに恥ずかしすぎると、真久郎は必死に断ろうとする。
「ダーメ。お湯で流すだけだと、汚れが落ちないでしょ。年頃の男の子なんだし、真久郎君も少しは気を遣わないと」
 子供を諭すように言いながら、美奈子はやや強引に真久郎を風呂椅子に座らせる。
 美奈子が責任を感じて善意で申し出てくれているのは充分理解しているので、真久郎も断り切ることができなかった。
「それじゃ、シャンプーからね」
 美奈子はどこか楽しそうに言いながら、真久郎の頭髪を洗い始める。
「目を閉じていてね。シャンプーが染みちゃうから」
「は、はい」
 真久郎は動揺を必死に押し殺しながら返事をする。
 ほとんど裸同然の状態で狭い浴室に美奈子と二人きりだと思うと、真久郎も気が気ではない。
 母親代わりではあるが、美奈子は真久郎にとって最も身近にいた女性である。
 女盛りが過ぎたとはとても言えないほど若々しく、それでいて彼女の体は若さだけではない女性らしい魅力的な輪郭をしている。
 この状況で意識するなという方が無理であった。
 真久郎がドギマギしているうちに頭髪が洗い終わり、シャンプーがお湯で流される。
「それじゃ、次は体を洗っていくわね」
 美奈子はボディソープを染み込ませたタオルで、真久郎の背中を適度な力で擦っていく。
 自分でするよりも、他の誰かに擦ってもらった方が気持ちよく、無意識のうちに体の力が抜けていく。
 いつの間にか緊張もほぐれていた真久郎に、美奈子がこう囁いた。
「どう? 気持ちいい?」
 蠱惑的に響くその声に、心の間隙を突かれた真久郎は、理性で抑えていた邪な感情を刺激されてしまった。
 気がつけば、股間を隠しているタオルの下で分身が自己主張を始めてしまっている。
(ま、まずい……! し、鎮まれ……!)
 必死にそう念じる真久郎だったが、一度起きた息子はなかなか寝てくれない。
 ルアナと紗耶香が留守にしているため、しばらく禁欲生活が続いていたので、必要以上に元気いっぱいであった。
(た、たまには自分で処理しておけばよかった……)
 ルアナと紗耶香が帰ってくる日のため、できるだけ弾丸を貯蔵しておこうと思ったのがいけなかった。油断すると暴発しそうなほど敏感かつ旺盛になっている。
(と、とにかく、背中を流し終わるまでの我慢だ……!)
 今の手では自分で慰めることもできないので、美奈子が浴室から出たら冷水でもかけて強○的に沈静化させようと考えていた。
 そんな真久郎に、美奈子がこんなことを言い出した。
「それじゃあ真久郎君、立って。腰から下も洗ってあげるから」
 全身隅々まで洗う気の美奈子に、真久郎は大いに焦る。
「し、下はいいですよ! 背中だけで充分ですから!」
 どうにか断ろうとしている真久郎に、美奈子は叱るような口調で言う。
「全身ちゃんと洗わないと。真久郎君を不潔なままにしておくなんてできません」
「で、でも……」
「もう、これくらいで恥ずかしがらないの。子供じゃないんだから」
「子供じゃないから恥ずかしいんですよ!」
「いいから、ほら、立って」
 抵抗する真久郎の脇に手を入れ、美奈子は強引に立たせようとする。
「!?」
 その際に美奈子の胸がタオル越しとはいえ背中に当たり、真久郎は思わず飛び上がるようにして立ってしまった。
「ん、それじゃあ、洗っていくから、大人しくしていてね」
 結果的に立ち上がってしまった真久郎は、美奈子のなすがままに下半身を洗われていく。
 タオルの向こうに感じられる美奈子の指先に、下半身からゾクゾクしたものが背筋を上っていき、頭頂部に到着したその痺れは垂れ落ちるように全身に広がりながら肌を粟立たせる。
 お尻を洗われる時など、真久郎はこれまでの人生で一番ではないかと思うほど下半身に力を入れていた。
 そして、踵の方まで丁寧に洗った美奈子は、真久郎が一番恐れていることを言った。
「じゃあ、前も洗うから、こっち向いて」
「できません!」
 真久郎は即答する。
 なぜなら真久郎のペニスは一向に治まることなく勃起しっぱなしで、美奈子の方を向いてしまうとそれが一目瞭然となるからであった。
 こんな状態の股間をもう一人の母と言っていい美奈子に見せられるはずがない。
 しかし、やはりというか、それで引き下がる美奈子ではなかった。
「もう少しなんだから、我慢して。すぐに終わらせるから」
 そう言って美奈子は真久郎の肩をつかむと、くるりと自分の方に向かせる。足下はシャンプーやボディソープの残滓で滑りやすくなっており、踏ん張ることができなかった。
 そして、真久郎と向かい合った美奈子は、思わず「あ」と声を漏らす。
 股間を隠すタオルが、見事な円錐を作り上げており、布の向こうで何が起きているのかが容易に連想できた。
「…………」
 しばらくの無言の時間の後、美奈子が咳払いを何度か繰り返す。
「し、真久郎君も、その、男の子だもんね。そ、そういう反応しちゃっても、えっと、仕方ないわよね」
 理解を示そうとしてくれているのが逆に心を抉り、真久郎はすべてを諦めたような態度になっていた。
「もう……好きにしてください……」
 乾いた笑いを見せる真久郎に、美奈子は一度深呼吸してからタオルにボディソープをかけ直す。
「と、とにかく、最後まで洗わないと」
 美奈子は真久郎の肩から胸板にかけて、タオルをゆっくり滑らせていく。その手つきは先ほどよりも明らかに遠慮したものになっていた。
 美奈子の顔が間近にある状態で体を擦られ、真久郎は雄欲が止めどなく沸き起こってくるのを自覚する。
 浴室の湿気で水気を帯びた美奈子の髪は年上の女性の艶っぽさを増しており、その色香に真久郎の胸は早鐘のように鳴る。
 バスタオル越しに浮かび上がる女性らしい輪郭も扇情的で、無意識に真久郎の鼻息は荒くなる。
 ダメだと思えば思うほど、母親同然である美奈子への背徳的な興奮が過熱し、股間の砲塔の角度がますます上がった。
 美奈子は腹部まで洗うと、股間を一旦回避し、しゃがんで足の前面を洗い始める。
 やたらと時間がかかり、美奈子は足の指の間まで丁寧に洗う。
 そして洗うところがなくなると、覚悟を決めたように真久郎の股間へと視線を向けた。
「こ、ここも洗わないと……ダメよね……一番キレイにしとかないといけないところだし……」
 美奈子は上目遣いに真久郎を見る。
 真久郎はもう抵抗しようとはしなかった。
 理性を情欲が上回ってしまっており、むしろ内心では洗われることを望んでいた。
「……お、お願いします」
 真久郎は股間のタオルを外し、己の恥部を美奈子の眼前に曝け出す。
 初めて見る夫以外の男性器に、美奈子は思わず息を呑んだ。
 隆々と勃ち上がっている男性自身は、美奈子が息子同然に可愛がっていた真久郎のものである。
 その彼の男としてのシンボルが、雄をむき出しにした姿を見せている。
 思わずまじまじと見つめてしまいながら、美奈子は思わず火照った息を吐き出す。
「し、真久郎君の……こんなになって……わ、私に興奮して……」
 女性として意識されているというこの上ない証拠を目にして、美奈子の中にも小さな火が灯った。
「ん……はぁ……」
 艶の滲む吐息とともに、美奈子は真久郎の陰部をゆっくりと洗い始める。
「ううっ……み、美奈子さん……!」
 タオルで隔てられてはいるものの、美奈子の手で雄茎に触れられ、後ろ暗さのスパイスの乗った甘美な刺激が真久郎の全身を駆け抜ける。
 切なそうに喘ぐ真久郎の声に、美奈子も長い間忘れていた肉の衝動を思い出し、タオル一枚を言い訳に手つきがどんどん大胆になっていく。
 子種がたっぷり詰まった皮袋を撫で回していると、孕み方を知っている下腹部の秘宮が熱く疼く。
 美奈子は真久郎に劣らず呼気を弾ませながら、タオル越しに肉竿を握ると、そのまま上下に擦り始めた。
「み、美奈子さん、そ、それ、くっ……!」
 まるで手コキのような動きに、真久郎は下半身を震わせる。
「これが真久郎君の……すごい逞しい……はぁ……」
 タオルで洗っているだけという建前で己の中の倫理観との整合性を強引に取りながら、美奈子の指は淫蕩に絡みついていく。
 禁欲生活が続いていた真久郎は、すぐにでも欲望を吐き出しそうになっていた。
「ダ、ダメです、美奈子さんっ……! こ、このままだと、お、俺……!」
 歯を食いしばって呻く真久郎に、美奈子は囁くように言う。
「いいのよ……真久郎君。何かあっても、それは体を洗っている最中に起きた、生理的反射……そういうことだから……」
 その言葉に、頑なに守り通そうとしていた最後の一線を肉欲が越えた。
「み、美奈子さんっ、くうっ、で、出ますよ、ほ、本当に……!」
「う、うん、いいのよ、それで真久郎君がスッキリできるなら……!」
 美奈子は手の動きを加速させる。
 美奈子にシゴかれているという特級の興奮材料に加え、ボディソープのぬめりが生む快楽に、真久郎の理性はあっという間に突き崩された。
「で、出ますっ!」
 その短い叫びが終わるか終わらないかのうちに、雄棒の先端から白い肉欲が勢いよく弾け飛んだ。
「きゃっ……!」
 放出された種汁は美奈子の顔や体の上に降りかかる。
「うっ……はっ……はぁっ、はぁっ……」
 雄欲を解き放った真久郎は、脱力した顔で荒い息を吐く。
 美奈子は男茎の小刻みな痙攣をタオル越しに感じながら、真久郎の子種の熱さに肌を灼かれて陶然となっていた。
 雄の匂いにまみれた美奈子は、蕩けた瞳で真久郎の股間の泡をシャワーで流す。
 泡の向こうから現れた真久郎の分身は、まるで衰えることなく雄々しくそそり立っていた。
「み、美奈子さん……」
 真久郎は自分の精液で汚れた美奈子の姿に激しい劣情をもよおしていたのだ。
「まだこんなに元気……」
 元気よく跳ねるように震える真久郎のペニスに、美奈子は色のついた息をこぼす。
 美奈子は真久郎の手をチラリと見て言った。
「その手だと……自分で出来ないわよね……私のせいなんだし……もし、真久郎君が嫌じゃないなら……こっちのお世話も……」
 美奈子の言葉に、真久郎は生唾を飲み込みながら、ゆっくりと頷いた――。

 4

「――ということが起こるんじゃないかと思うんだけど」
 学園の教室で貴理梨の話を聞いていた真久郎は、げんなりとした表情でため息をついた。
「お前は美奈子さんを何だと思ってるんだ。って言うか、妄想長いよ」
 ルアナと紗耶香が異世界に滞在中、美奈子が面倒を見に来ると貴理梨に話したところ、長々とした妄想話を披露されたのである。
「いやぁ、美奈子ママンって見た目も若いし、そういう過ちがあってもおかしくないかなぁって」
「ないよ。俺にとっては母親みたいな人なんだぞ」
「それが逆に燃えるんじゃない!」
「燃えないって」
 真久郎はやれやれと苦笑した。
 貴理梨は真久郎に流し目を送りつつ、艶っぽく言う。
「万が一の間違いが起こらないように、空っぽになるまで搾り取ってあげようか? 体育倉庫でヤッとく? それとも保健室?」
「遠慮しとくよ」
 ちょっと魅力的に聞こえるお誘いだったが、美奈子が来るので早めに帰ろうと思っていた。
「残念。でも、寂しくなったらいつでも呼んでね。貴理梨ちゃんデリバリーは真久郎専用ダイヤルで二十四時間待機してるから」
 そう言うと、貴理梨は人目が向いていない隙を突いて、真久郎の頬にキスしたのだった。

 5

 帰宅すると、美奈子はまだ来ていなかった。
「…………」
 学園での貴理梨の話を思い出した真久郎は、何となくキッチンの棚の上に目をやる。
 そして上にある日本酒のビンに手を伸ばすと、下ろして流し台の下の棚に入れておいた。
「まあ、あんな妄想通りのこと、起きないと思うけどね」
 自分自身の行為に苦笑していると、玄関のチャイムが鳴った。

「それじゃ、今日は腕によりをかけて美味しいもの作るからね」
 美奈子は楽しそうに言いながら、調理の準備に入る。
「手伝いましょうか?」
 真久郎がそう言うと、美奈子は首を横に振った。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。真久郎君はゆっくりしててね」
 やんわりと断り、美奈子は夕食の準備を続ける。
「えっと……ボウルはどこだったかしら」
 必要な道具を探していた美奈子は、流し台の下の棚を開ける。
「あ、奥にあるわね」
 棚の奥のボウルを取り出そうとしたところ、腕が日本酒のビンに当たり、床に転がり落ちそうになる。
 それを咄嗟に受け止めようとして、美奈子はバランスを崩してしまった。
「あっ……!」
 ふらついた美奈子は棚から転がり出た日本酒のビンを踏んでしまい、バランスを完全に失う。
「あ、危ない!」
 倒れそうになった美奈子に向かって、真久郎は反射的に両手を伸ばしたのだった――。

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