尾上屋台 2017/05/22 01:34

ミニストップと原さんのこと

俺はさ、大学一年になるまで、バイトってしたことなかったんだよ。
家庭の懐具合から言っても、決して裕福な家に生まれたわけじゃないんだけどな。

まず高校の時は、バイト禁止だった。
つってもこれ、隠れてやってる奴はいたもんだけど(笑)。
でも結構厳しい学校だったんで、隠れてやるのにも、それ相応の覚悟は必要だったかなあ。
で、その後は浪人生で、俺はここでバイトしようかなと思ってたんだけど、親に「バイトしてる時間あったら、勉強してくれ」って言われてさ。
それもそうだと。
当時は一浪でも大学行けるなんて感じじゃなかったから、その時間あったら、やっぱ少しでも勉強しとかないとなって思って。
んなわけで、俺がバイト始めたのは、大学一年の、五月からだったんだよ。

初めてのバイトは、別に名前出しても問題ないでしょ、コンビニの、ミニストップだった。
別になんでも良かったんだけど、バイト情報の雑誌見てさ、あんまり近所じゃなく、かつ自転車で20分以内、みたいので決めたんだと思うよ。
面接の予約取るのに電話した時に、結構緊張したのは覚えてるなあ。
なんといっても、初めて「働く」わけだからさ。

バイトの様子みたいのは、そんなに事件があったわけでもないので、後でまとめるとして、俺がここで働いて、一番印象に残ってるのは、これも名前出しちゃうけど、原さんっていう先輩のことだなあ。

この原さんがさ、すごくカッコ良かったんだよね。
ルックスは、氷室京介に似ててさ。
また本人もそれを意識してたみたいで、髪型までヒムロックにそっくりでね(笑)。
で、この人が、ものすごくいい人だったの。
当時はフリーターで、この店の昼番って感じ。
朝から夕方までってシフトと、昼から夜までってシフトで働いてる時があって、大体二回に一回は、この人と一緒に働いてた。

何がいい人って、ある種典型的な、面倒見がいい、かつ先輩ぶらない人だったんだな。
俺が後に色んな仕事で、あるいは他の場面でも、自分が先輩って立場になった時に、密かにお手本としてた人だよ。
仕事の教え方も、上手かったと思う。
あとね、ちょっとワルを気取ってるのに、人の好さってものが滲み出てくる人柄でもあったよなあ。
最初にこういった、いい先輩に巡り会えたってのは、幸運だったよね。

でもこの原さんさ、あんま女の子にモテなかったみたいなのよ。
これは後に、俺が他のバイトでも「お、こいつモテそうだな」って子が一人いたんだけど、その彼もまったくモテなくてね。
また別の機会でちゃんと触れるけど、意外とルックスや性格良くても、あんまモテない人ってのはいるんだよな。
いやー、恋愛ってのは、奥深いものですわ(汗)。

んで、今思い返してみると、この原さんの場合、その人の好さが仇となってか、なんか店の女の子にナメられてる感じはあったなあ。
ちょっと店の女の子に聞いてみると、なんか物足りないみたいな返事が返ってくることもあって。
そうは言いつつ、ホントはみんな原さんのこと意識してるんじゃないか?とか思ってたんだけど。

働いて一ヶ月くらい経ってからかな、普段は遅番で、すれ違いの挨拶くらいはしてたけど、ちゃんと話したことない、別の先輩と一緒になったことがあって。
この人もまた、ちょっとワルな雰囲気醸し出してた人なんだけど、背も俺と同じくらいだし、パッと見だけだと、さほど風采が上がらないタイプに見えたんだよね。
が、入れ違いで帰る女の子たちとこの人が話してるの何度か見たんだけど、もう女の子がキャーキャーしててね(笑)。
おお、この店でモテるのはこの人か!と、当時恋愛に疎かった俺でも、一発でわかったよ。
まあなんつうか、話の転がし方が上手いし、なんかこう、ちょっと危ない感じがするのも、かえっていい味出しててね。
一緒に働いて、原さんほど人が好かったり気が回るってタイプでもなかったんだけど、やっぱ後輩の俺の面倒は、ちゃんとみるのよ。
ホント最低限って感じだったけど、今考えると、その最低限ってのも、絶妙なさじ加減だよなあ。
俺はこの人と一緒に働く機会が少なかったんで、人柄については表面的な部分しかわからなかったけど、この人と組んだらそれはそれで、色々学ぶ点が多かったような気がするな。

というのも俺、後の仕事場で意識せずに、この人に近いポジションになってたからさ。
あ、あの時のあの人みたいになってんのかなって、急にその時のことを思い出したりしてね。
多分、似てたんじゃないかな、あの人に。

という強烈なライバルがいたおかげで(?)、原さんは店でそんなにモテるって感じでもない、みたいなポジションに落ち着いてた気がする。
まあでも、場所が違えば、間違いなくモテまくるだろうなあとは思ったけど。
店の女の子はその遅番の方に気が行ってるってのは、話してる内によくわかった。
そしてこの原さん、むしろ男の方に人気があったような気がするなあ。

まあモテるモテないは置いておくとしても、原さんには、多くのことを学んだよ。
後に長く働くことになった店でも、この時のあの人の言動ってのは、結構意識してたよな。
その辺の感覚ってのがなかったら、その店で長く働けることもなかったかもしれない。

俺がこの店に勤めたのは、その年の終わりまでだった。
別に嫌になって辞めたわけじゃなく、当時俺は、大学にいる間は、できるだけ多くのバイト経験しようと思ってたの。
でもあんまり早く辞めちゃうと店に迷惑かかるから、ざっくり半年くらいを目安にしてて。
これ、俺が後に店をある程度取り仕切る立場になってわかるんだけど、ホントは半年くらいで辞められたら困るんだけどね(笑)(笑えない)。
まあ当時は、そんなことはよくわかってなかったわけで。

原さんと最後のシフトだった時、俺が色んな喫茶店を巡ってるのを話してさ、それで原さんが、今度一緒にお茶でも飲みに行こうって誘ってくれたの。
是非是非ってその時は答えたんだけど、その後店が忙しくなっちゃって、連絡先交換するの、忘れちゃったんだよ。
今みたいに、みんな携帯電話とか時代じゃないしね。
この時代、学生が持ってるのはせいぜいポケベルくらいで、俺はそれも持ってなかったからさ。
んなわけで、ぱぱっと携帯なりスマホなりに連絡先交換できるって環境じゃなく、そういうのもあって、互いの連絡先知らないまま、最後の仕事を終えてしまったんだよ。
あとあれな、やっぱ連絡先ってのはお互いの自宅になるわけで、今ほどじゃないにしても、ある程度親しくならないと、お互いの連絡先ってのを教えるって感じでもなかった。
警戒ってよりも、遠慮みたいのもあったよな。
俺はまだこの時、そういったものを上手くコントロールする術を知らなかったってのもあった。
その意味で、最後のシフトの日に、原さんが連絡先教えてくれそうになったってのは、結構大きいことだったんだよ。

これは今思い返しても、もったいないことしたなあ。
原さんが帰る時も俺は忙しそうにしてたんで、気を遣って「じゃ、おつかれ」みたいにして別れちゃったから。
大体人間関係って、場の力による結びつきが大きいものだから、場が違っても繋がりを保てるってのは、結構でかいことなんだよね。
場が違うようになって、なお結びつきがあるってのが、本当の友人なのかもしれないって、多くの人も感じてることだと思う。
原さんとはそうなれるはずだったのに、ホント、ちょっとしたことで、その糸はするりと手から離れてしまった感じで。

惜しいなあ。
今振り返っても、本当に惜しい。

今頃、原さんはどうしてるのだろうか。
あの人の好さできっと上手くやってるはずだと思うんだけど。
ちなみに、店を辞めてから何年か経って、その店の前を何度か通る機会があったんだけど、いずれも原さんの姿を見かけることはなかった。
もう、店は辞められた後だったのだろう。

色々な話をしたけれど、俺も当時は気を回す余裕もなく、あの人のことは、よく知らなかったと痛感する。
あと、人の話を聞く、聞き出すスキルってものが、まったくなかったよなあ。
そこに明確な術があるってことは、そのちょっと後に気づくことになったわけで。

原さんがどんな人だったのか、今こそちゃんと、聞いてみたい気がするな。
この人が態度や行動で教えてくれたことってのは、今も俺の指針のひとつになってるよ。

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