フリーセンテンス 2021/07/10 17:20

次回作の冒頭はこんな感じになります。

・・・・・・聖エルマン王国における「蟲使い一族」への酷虐な扱いが、王国を崩壊へ導くきっかけとなったのは周知の事実である。
 魔導の大国として古の世界に君臨していた古代ルフテル王国が自らの怠惰と傲慢さによって滅亡した後、中原のルフテルシア一帯は戦乱と混乱の坩堝と化して多くの血が流れた。その混沌はおよそ一五〇年の永きに渡って続き、その間にルフテル王国が誇った魔術や呪術など、超常の力を操る術の多くが歴史の彼方に失われてしまったことは、人類にとって大きすぎる損失であったと言わざるを得ない。しかしながら、当時の人々にとってはそれ以上に、巨大な戦禍によって多くの命が喪われたことの方がより衝撃的だった。
 およそ一億人。その数字は、一五〇年の永きに及ぶ混沌によって「人為的」に奪われた人の命の数であって、この当時、老衰や病死といった自然死によって昇天した人は極わずかだったと記録されている。ルフテルシア一帯がこの損失から立ち直るまでにはさらに長い年月と、多くの汗と涙を苦労と共に流さなければならなかった。
 古代ルフテル王国滅亡後、ルフテルシア一帯では多くの国が興り、そして滅亡していったが、王国滅亡から五〇〇年が経過する頃には一応の安定をみた。聖エルマン王国もその頃に建国を果たした新興国家のひとつである。
 聖エルマン王国は、元々は小さな宗教勢力のひとつでしかなかった。この当時、民は為政者から搾取されるだけの存在であって、多くの人が筆舌に尽くし難い飢えの苦しみに苛まれていた。そんな中、豊穣の女神ウレアを信仰し、地上における女神の代理人として美しき「聖女」を象徴として掲げ、貧民の救済を謳ったエルマン教団の活動は、貧しい人々たちから多くの支持を集めて信徒の数を増やしていった。
 エルマン教団が国を興した場所は、辺境に隣接したルフテルシアの北東であった。そこは厳しい環境の土地であったが、作物はよく採れた。地味が豊かだったからではない。虫使いの一族の活躍があったからである。
 農業における知識が少しでもあれば、農業における昆虫の重要性は語るべくもないだろう。花への受粉はもちろんのこと、益虫による害虫の駆除、幼虫を使った土壌の改良、虫の種類によっては雑草の除去にも役立つし、作物の実りを害獣から守ることにも使える。虫使いの一族が聖エルマン王国に協力したことによって、王国は豊かな農耕生産力を手中にし、国力を増大させていったのだった。
 しかし、当初は蜜月だった両者の関係性は、聖エルマン王国が掲げた「ルフテルシア再統一政策」によって、歯車が狂った機械のごとく、徐々に壊れていくことになる。
 聖エルマン王国がフルテルシアの再統一を掲げた背景には、貧困の撲滅という崇高な目的があった。聖エルマン王国がルフテルシアの貧民を救済するために、どんなに支援を厚くしても、それを搾取する悪辣な為政者たちが存在する限り、彼らを救うことは永遠にできないという結論にいたった結果、聖エルマン王国は兵を挙げる道を選んだ。それは狂信的な信念に基づく行為であったと言わざるを得ないが、この行動は多くの支持を集め、国境を越えて多くの信徒たちが聖女の下に馳せ参じた。
 かくして大戦争が勃発し、再統一政策のもと、聖エルマン王国は近隣諸国へ次々と侵略戦争を仕掛けていった。いわゆる「聖戦」の始まりである。
 戦争の勃発と時を同じくして、聖エルマン王国は虫使いの一族に戦争への協力を求めた。虫はなにも農業にのみ役立つモノではない。その可能性と潜在能力は無限に等しく、優れた虫使いが使役すれば、偵察、諜報、謀略、暗殺、さらには「兵器」として活用することも可能であって、戦場での活躍が期待できた。聖エルマン王国の首脳陣は彼らの価値を深く理解していたからこそ、戦力としての活用を目論んだのであった。
 虫使いの一族は当初、戦争への参加を躊躇った。彼らにとって虫は人殺しのための道具ではない。大切な家族なのだ。しかし、次第に激しさを増してゆく聖戦が、彼らの背中を後押しした。彼らもまた、聖エルマン王国の一員であって、戦場で傷つき、血を流し、倒れ、死んでゆく同胞たちから目を背けることができなかったのだ。
 かくして虫使いの一族は戦線に立った。そして期待通り、数々の戦果をあげるのだが、その活躍が、皮肉にも彼らをさらなる苦境へと追いやることへつながってゆく。戦争の激化と共に、更なる協力が求められるようになったのだ。
「もっとだ! もっともっと、もっとッ、もっと力を貸してくれ! おまえたちの力はそんなものじゃないだろうが!」
戦争初期の段階では対等だった関係も、だんだんと一方的なものになっていった。聖エルマン王国は、虫使いたちをさらに働かせるべく、彼らを怒鳴りつけ、時には暴力を振るい、なだめすかし、あるいは脅迫して、最後は「区別」するようになった。時に冷遇し、あるいは過度に優遇することによって、虫使いたちの更なる協力を仰ごうとしたのだ。いわゆる飴と鞭という奴だが、このことで、虫使いの一族は隔絶された立ち位置へと追いやられた。差別への土壌が育まれはじめた。
 変化は虫使い側にも生じていた。王国への貢献を重んじるあまり、彼らは虫たちを慈しむ心を封印して、より一層の戦争兵器として扱うようになったのだ。心に鈍い痛みを覚えつつも、彼らはより強力な虫を戦力として投じるために、薬物による品種改良を施し、人為的な異種交配をおこなって、さらには古代ルフテル王国の遺跡から発掘した「呪術」で使役するようになったのである。その結果、虫は「虫」でなくなり、「蟲」になった。それはもはや、怪物だった。
 かくして虫使いの一族は「蟲使い」となり、王国の要求通り、聖戦への更なる貢献を果たして、聖エルマン王国を完全なる勝利へと導いた。すなわち、念願だったルフテルシアの再統一が叶ったのである。
 蟲使いたちは喜んだ。聖戦の勝利はこれ以上苦しまなくて済むという安堵をもたらし、勝利への貢献は褒美でもって報われると考えたからだ。
 しかし、現実は彼らが考えているよりも甘くなく、そして残酷だった。
 聖戦終結直後、彼らに対する粛清が始まったのである。主導したのは、民衆の意思を汲んだ「聖女」だった。
 聖エルマン王国の聖女は世襲制ではない。彼女たちはあくまでも地上における女神の代理人であって、信仰の対象そのものではないからだ。ただし、聖女として選ばれる者は、若く、国でもっとも美しく、そして女性として魅力的な豊満な肉体を持つ娘であるため、信徒たちの中には天上の女神よりも実在する聖女を崇拝する者も少なくなかった。
 聖女はあくまでも象徴であって、実際の国家運営は「枢機卿」と呼ばれる者たちによって執りおこなわれている。つまり聖女とはある種の「飾りモノ」ということになるのだが、それでも聖女の政治的な影響力は絶大を極める。聖女個人は非力な女性でも、その発言力は二千万の信徒を動かす力を持ち、時には老獪な枢機卿たちを凌駕することさえあった。宗教という特殊な背景があってこそ発揮されるこの全体現象は、狂信的な信仰を持つ勢力ほど強い力を発揮する。つつましい心の持ち主であればそれをわきまえて控えめに振る舞うが、そうでない者は暴走する傾向がしばしばみられた。蟲使いの一族の粛清を決めた第一〇八代聖女ナタリアもそのひとりであった。
 聖女ナタリアは、彼女が聖女として選ばれる以前から、おぞましい蟲たちを操る蟲使いの一族を生理的に嫌悪していた。これは当時のエルマン国民たちが抱いていた共通の認識感情であって、別に珍しいことではない。聖エルマン王国における蟲使いの一族に対する政策の数々が、そのような印象を国民に持たせる方向に作用していたからである。問題は、そのような感情を抱く人物が、絶大な権力を持ち、民衆と迎合してしまったことである。かくして聖戦を勝利に導いた立役者たる蟲使いの一族の破滅が決定した。
 蟲使いの一族は騙されて集められた。まさに一網打尽という奴なのだが、この時、彼らはまだ、自分たちの身に何が起ころうとしているのか理解していなかった。
「い、いったい・・・・・・なにが起こっているというのだ?」
彼らは捕縛され、多くの群衆たちが集められた広場に連れてこられた。そしてわけがわからぬまま宗教裁判にかけられると、ろくな弁護の余地も与えられないまま、ほぼ一方的に邪教徒の認定を受けたのである。そして、火炙りではなく○問による死を与えられた。
火炙りには炎によって魂を浄化するという崇高な意味があるのだが、それすら許さないというところに、聖女ナタリアの生理的な嫌悪感の凄まじさが込められているといえるだろう。女性はよく、頭ではなく感情で物事を判断するといわれるが、これはまさしくその最たる事例であるといえた。
 一族が揃って○問による処刑を言い渡された時、蟲使いの一族は困惑し、呆気にとられ、顔を見合わせてなにかの間違いではないかと考えた。しかし、実際に○問による処刑が開始され、車輪引きや凌遅刑、ノコギリ引きなど、目の前で一族の者たちが次々と残酷な方法でもって殺され始めると、彼らは全てを理解して、憤怒と憎悪の眼差しで聖女を睨みつけた。
「悪女よ! 我らがなにをしたというのだ! 我らは血ヘドを吐き、多くの同胞と億匹もの虫たちを永遠に失いながらも、おまえたちがはじめた聖戦に協力した功労者だぞ! この国を勝利へと導いた立役者だぞ! その仕打ちがこれか! その対価がこの悲惨な末路だというのか! 恥を痴れ! この汚らわしい売女が!」
聖女を侮辱したことで、民衆たちから罵詈雑言が飛んできた。
「聖女さまを侮辱したな! 恥を知るのは貴様らのほうだ!」
「この薄汚い蟲使いどもめ! 下賤な輩め!」
「おまえたちはこの聖なる国に相応しくない存在なんだよ!」
「死ね! 死ね! さっさと死じまえ!」
「この卑しい卑しい虫ケラどもが!」
「わはははははははははッ!」
集まった群衆たちは魂の叫び声をあげる蟲使いの一族を嘲笑った。彼らもナタリア同様に、蟲使いの一族を生理的に嫌っていて、そんな彼らがあげる嘆きの声は誠に耳障りの良いものであった。
 かくして○問による処刑が続けられようとした――その時だった。
 空で無数の羽音がしたかと思うと、突如として黒雲が沸き上がり、その雲が突然、降下して群衆に襲いかかってきたのである。悲鳴と絶叫があがった。
「うわあああああああああああああッ! 虫だ! 蟲が襲ってきた! 助けてッ、助けてくれえぇえぇぇえぇえぇぇえぇぇッッッ!」
そう、群衆たちに襲いかかってきたのは数百万匹という蟲たちの大群だった。蟲使いの一族を助けにきたのである。それも命令されたわけでもないのに自発的に。
 彼ら蟲たちは、人間たちがはじめた戦争のため、姿形を変えられて戦うための兵器に仕立てあげられたいわば被害者である。しかし、蟲たちは自分たちを使役する蟲使いの一族を慕っていた。彼らがどんなに蟲を慈しむ心を封印していたとしても、心の遥か奥底では通じ合っていて、「仲間」の危機に駆けつけたのであった。
 蟲たちの乱入によって広場は大混乱に陥った。その隙に、蟲たちに護られながら、蟲使いの一族は脱出することに成功した。そして彼らはそのまま辺境に走った。いつの日か、聖女と聖エルマン王国に復讐することを心に誓って。
 蟲使いの一族の粛清が失敗に終わると、面目を潰されたナタリアは、怒り狂って討伐の兵を幾度となく派遣した。しかし、蟲たちの反撃を受け、討伐が幾度となく失敗に終わっている間に、彼女の聖女としての任期が終わってしまった。
 ナタリアの後、新たに聖女の座に就いたユナは、蟲使い一族への討伐を中止とした。討伐隊の被害と犠牲があまりにも大きく、兵士たちから不満の声が強くあがっていたからである。
ユナの後、聖女となったニレナもその政策を支持した。彼女の代になると、蟲使いの一族との諍いは完全に過去のものとなっていた。
 ニレナの後、聖女になったのはユフィーという女性である。彼女の代になると、もはや蟲使いの一族の存在は、聖エルマン王国ではほとんど忘れ去られてしまっていていて、ユフィーは蟲使いの一族の存在をまったくといっていいほど知らなかった。
そしてユフィーの後、第一一二代聖女に選出されたのは、ミリーアという娘であった。彼女が聖女に選ばれた時、年齢は歴代聖女のなかでも最年少だった。
ミリーアは背丈も子どものように低かったが、優れた美貌の持ち主であると同時に、乳房が西瓜よりも大きく、臀部にも張りのある肉がたっぷりと乗っているという、まさに「豊穣」を象徴するような魅力的な肉体の持ち主であったため、彼女の聖女認定に際して意を唱える枢機卿はひとりとしていなかった。
 ミリーアがこれほどまで豊満な肉体を持つにいたった理由は、彼女が育った環境と、なによりも母親からの遺伝の影響が大きいと言われている。なにしろ、彼女の母親は、あの聖女ナタリアであったからだ。聖女の座を退いたナタリアは、当時最年少だった枢機卿と結婚し、ひとり娘としてミリーアを出産したのである。
 ナタリアはミリーアを金にものを言わせた最上級の環境で養育した。豪華な食事を与え、高度な教育を施し、さらには怪しげな薬物までをも服薬させて、彼女を万人が垂涎するほど魅力的な「女」に育てあげた。その目的は、娘を聖女にするためであり、そして自分の自尊心をズタズタにしたおぞましき蟲使いの一族を今度こそ根絶やしにするためであった。
母の意を受け継いだミリーアは、聖女の座に就くなり、未だ辺境の地で蠢く蟲使いの一族を今度こそ討滅することを表明し、自ら兵を率いて聖都を立ったのである。
「お母さま、見ていてください。このミリーアが、必ずやおぞましき蟲使いの一族を根絶やしにして、あなたの恥辱をすすいでご覧にいれますから」
かくして意気揚々と辺境の地へと赴いたミリーアであったが、この時、彼女はまだ、自分に死よりも残酷で恐ろしい未来が待ち受けていることを知らないのであった・・・・・・。



コロナに負けず、頑張って書いております。
最終的にどのくらいの文章量になるかはわかりませんが、なんとか今月中には出したいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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