フリーセンテンス 2021/11/22 09:33

黄昏の地下シェルター 第四部 絶望へ誘われる世界

 ・・・・・・灯滅せんとして光を増す―――ということわざがある。蝋燭の炎が消える最後の瞬間に勢いを増すことを表現する言葉だ。それは東堂勝也がワイドショーへのリモート出演を決めた頃の社会情勢に符合する言葉であったかもしれない。なにしろこの頃が、社会経済がまともに動いていた最後の時期であったからだ。
 マーズウイルスの感染拡大に伴って、社会情勢が急速に悪化し、経済状況も悪くなってあらゆる産業が低迷するなか、ほんのわずかながら活況を呈する分野があった。情報・通信産業である。現代社会の根幹を成すその分野では、他の産業が苦境に陥るなか、需要の増大に伴って活況を呈しており、関連企業は他職種の企業とは逆行する形で業績と株価を上げていた。携帯電話、ネットサービス、ゲーム、そしてテレビ。特に、感染を恐れて人々が外出を控え、学校が休校となり、在宅勤務が推奨されてますます家で過ごす時間が増大するようになると、それに比例する形でテレビの視聴率が上昇したのだった。
 そのなかでも特に高視聴率を叩き出していた番組は、ドラマの再放送でもなければ撮り溜めていたバラエティー番組でもなく、映画や、アニメや、歌謡ショーでもなく、ニュースの報道番組だった。
人々は、マーズウイルスに関する最新情報を入手しようと、ニュースやワイドショーをこぞって見るようになった。各テレビ局もまた、新型ウイルスの感染拡大に伴って、感染拡大が続くマーズウイルスに関する情報を伝えるべく、視聴者の求めに応じる形で報道番組の時間や枠を増やして対応するようになっていて、これも視聴率を上げる要因になっていたと言っていいだろう。
報道番組が報じたマーズウイルスに関するニュース内容は多岐に及ぶ。発表された感染者の数、確認された発病者の数、感染が流行している地域の情報、マーズウイルスに関する最新の研究報告、治療薬の開発状況、有効と思われる予防法と効果の検証、専門家の意見、流行阻止に向けた政府の動向とそれに対する批評、著名人の発言、冷静な対応の呼びかけ、不要不急な外出自粛のお願い、世界の感染状況や対応について等々を、ほぼ毎日のように、時間単位で報じたのだ。
「テレビ局はマーズウイルスの脅威を繰り返し報道することによって逆に人々の恐怖を煽っている!」
という手厳しい指摘があったものの、それでも各局の報道番組が軒並み高い視聴率を記録したことは、人々がマーズウイルスに関する情報を欲しているという事実を証明してやまなかった。
 視聴者の求める情報を提供する、という意味においては、テレビが果たした役割は大きいと言える。誰もが気軽に情報を入手できるツールとしての本来の役割を果たしたからだ。ただし、報道される番組内容に関しては千差万別だった。
 視聴者の不安を少しでも取り除こうと、あるいは人々が落ち着いて行動できるよう、恐怖と混乱の根源であるマーズウイルスに関する正しい情報を、子どもでも判るよう噛み砕いて伝える努力をする報道番組がある一方で、ただひたすら視聴率を稼ぐためだけに、意味の無い芸能人の発言や根拠不明な内容をニュースとして取り上げる番組もあった。勝也の出演が決まったワイドショーは、かなり贔屓目に見ても後者に属していることは明らかだった。
 番組名は「朝のワイドなショー」といって、玉置大輔という歯に絹着せぬ辛口コメンテーターが辛辣な批評を下すことを売りにしており、それに関して一部からは批判の声が上がってはいるものの、ここ最近は朝の時間帯であるにも関わらず、ずっと二桁台の視聴率で推移していると話題になった。ちなみに、番組最高視聴率を記録した回は、サンクチュアリ・キャピタルを話題に取り上げて、玉置が「臆病な連中だ」と嗤った時であった。
「臆病か。まぁ、否定はしないな」
勝也はそう思っている。新型コロナウイルス時の教訓があったとはいえ、実際問題、マーズウイルスの脅威が知られる以前から地下に籠っていたことは、この新型ウイルスに感染することが怖かったからである。ゆえに、臆病者の誹りを受けたからといって、それを否定することはできなかった。ただし、いまになって鑑みれば、どちらの対応が正しかったかは明白であろうが。
 勝也のリモートでのテレビ出演が決まって、彼の元を訪れた人物がいた。地下シェルターの維持・管理を担っている総務部長の毛利成元だ。
「聞きましたよ、今度、テレビにご出演するそうですね。ゲストとして」
「ええ、明日出ることが決まりました」
それを聞いて成元は「ふむ」と言った。
「出演を決めた理由は、やはりこの前の放送ですか」
「ご存じで?」
「ええ。ちょうど休日だったので、朝から見ていたのですが、なかなか酷い内容でしたよ。何も知らない人がアレを見たら、我が社のことを反社会的企業と勘違いしてもおかしくない内容でしたね」
「奇遇ですね。俺の感想も、あなたと同じです」
「しかし、あなたにしては、その・・・・・・なんと言いますか、感情的といいますか、随分と直情的な行動に討って出ましたね。てっきり無視して、他の話題に埋もれてゆくのを待つものだとばかりだと思っていたのですが。どういう風の吹きまわしで?」
「やはり、俺らしくないと思いますか」
勝也は苦笑いを浮かべた。
「ええ。僭越ながら申し上げますと、テレビに出て反論し、言いたいことを言ったとしても、どうせまたネットが炎上するのは明白なんですから、無視してもよかったのではないですか? その方が実益に富むでしょうに」
「確かに、その通りでしょうね・・・・・・ええ、判ってはいますよ。この敏感な時期に、安全な場所からなにを言っても批判されるだけだってことくらいはね」
「では、どうして?」
勝也はまた苦笑いを浮かべるように笑った。
「まぁ、今回は実益よりも、ちゃちなプライドを優先したというところでしょうか」
成元は納得したように頷いた。
「なるほど。実益を重視するあなたでも、さすがに今回の件は頭にきましたか」
「ええ」
そう頷いて勝也は言った。
「サンクチュアリ・キャピタルは、私が一から作った会社です。そしてこれまで大事に育ててきて、大きく成長させてきた。時価総額四〇〇〇臆円、運用資金一兆円という数字は、設立から一五年目としてはかなりの規模でしょう。まぁ、いうなれば、この会社は私にとって子どもみたいなモノなんです。それをデマによって侮辱されれば面白くないのは当然ですよ。怒りもします」
「・・・・・・戦うべき時に逃げるな、進むべき時に退くな、大切なモノを笑われた時に同調するな、というわけですか」
「まさにその通りです」
「なるほど。そういうところが、やはり亡きお父上にそっくりだ」
それを聞いた時、勝也は背中に虫がいるのかと思った。
「・・・・・・自分ではあまりそうは思わないのですが、まぁ、血の繋がりがありますからね。似ていて当然でしょう」
「ええ、実によく似ていますよ。ですが、お父上でしたら、もっと上手に報復したでしょうな。その点で言えば、あなたはまだ剛三郎殿に及ばないのかもしれませんね」
「ちなみに・・・・・・あなたは父だったらどのように報復したと思いますか?」
「仮定の話でよければお答えいたしますよ」
「参考までに、ぜひ」
それを聞いて、成元はひとつ咳払いをした。
「まず、剛三郎殿でしたら、侮辱した当人への報復は一番最後にするでしょうな」
「・・・・・・ほう」
勝也の顔色が少し曇った。
「その上で、報復対象の周りの人間に不幸をばら撒き、追い詰め、追い込み、とことん苦しめる」
「・・・・・・」
「そうやって報復の対象を真綿で締めるように苦しめた後、経済的・社会的に破滅させ、最後は自死へと追いやる―――まぁ、そんなところでしょうか」
「・・・・・・なるほど。やはり俺は、父の血をしっかりと受け継いでいるようだ」
そこまでやるつもりは無いものの、似たような報復措置を考えていた勝也は力無く笑う他なかった。
 それを見て成元は苦笑した。
「まぁあなたの性格からして、報復するにしてもやりすぎることはないでしょう。ですが、テレビでは一波乱ありそうなようですので、明日は愉しみにしておりますよ」
「あまり期待しないでください」
そう言って勝也は踵を返すと、明日に備えて早めに自室に籠るのだった。

          *

 ・・・・・・テレビに出演するにあたって、その日の早朝、勝也はリモートで番組の打ち合わせに参加した。リモートによる参加は勝也だけでなく、他のゲストや出演者もそうであって、実際にスタジオで番組に出演するのはメインキャスターの有森啓子とコメンテーターの玉置大輔の両名だけだということであった。
 打ち合わせでは、番組の構成、内容、時間配分などについて話し合われ、勝也は番組のディレクターから、くれぐれも放送禁止用語は口にしないでくれと念を押された。
 打ち合わせで気になったのは、玉置大輔の言動だった。
彼は不愛想な表情で断言するように言ったのだ。
「ぼくはいつも通り好きに喋らせてもらいますよ。今日はせっかくだから色々言いたいことがあるんでね。視聴者の気持ちを代弁するためにも、その時その時で対応させてもらうつもりですよ」
これは勝也を、ひいてはサンクチュアリ・キャピタルを意識しての発言であったことは間違いないだろう。そして波乱を予兆させる言葉でもあった。ゆえに、この時点で勝也は、相手に気づかれぬよう、静かに臨戦態勢を整えたのであった。
 打ち合わせの後、勝也はすぐに只野を呼んだ。
「結城、準備はできているか」
「ええ、もちろんですよ。社員たちはすでにディーリングルームで待機しておりまして、東京株式市場が開くと同時に、標的企業五社に買いを入れ、報復行動を実行に移します」
彼が口にした標的企業とは、番組のメインスポンサーにして、テレビ局に大きな影響力を持つ主要取引企業のことを指している。何処もサンクチュアリ・キャピタルを上回る大企業であるが、マーズウイルスの流行に伴って業績は過去最悪と言われるほど悪化している。そして株価は五社共に上場来安値を更新中だ。
 テレビ局は視聴率が上がって活況だと言われているが、マーズウイルスの感染拡大に伴ってスポンサー企業の業績が悪化するなか、それに比例するように広告収入が大幅に落ち込んでいると言われていた。そのため、現場の好況とは裏腹に、その台所事情はかなり苦しいものがあるらしく、それこそが付け入る隙であると考えられた。
「よし。連中に思い知らせてやろうではないか。我々を侮辱し、挑発して喧嘩を売ってきたことをな」
「はッ!」
そして朝の八時になり番組がスタートした。メインキャスターの有森が簡単な挨拶をした後、その日の出演者の紹介がおこなわれ、その席で勝也もゲスト出演者として紹介を受けた。その際「いま話題の」という一文が付け加えられたのだが、それは明らかに悪い意味での副助詞であった。
 番組は、最初の冒頭で芸能人カップルの授かり婚の話題が少しだけ取り上げられた以外は、ほぼ全ての内容がマーズウイルス関連の話題によって占められていた。
 昨日は全国で四〇〇人を超える発病者が確認されたこと、日本の累計死者数が二万五〇〇〇人を超えたこと、有名アイドル歌手が感染を苦に自殺したこと、物流が滞って各地で深刻な品不足が発生していること、それによって食料品の価格が高騰していること、経済の低迷によって企業倒産数や失業者数が増加していること、感染拡大によって治安秩序が悪化したため、政府が戒厳令の施行と自衛隊の出動を真剣に検討していることが矢継ぎ早に伝えられ、さらに海外では、アメリカで発病者数が五〇万人を超えたこと、南米から押し寄せていた不法移民がメキシコで大量虐殺されたこと、フランスでは大統領が会議の最中に発病して大パニックになっていること、これまで感染者の存在を決して認めてこなかった北朝鮮で発病者が確認されたことなどのニュースが報じられた。
なかでも、もっとも時間を割いて伝えられた内容は、中国で、たった一晩で、およそ一〇万人が一斉に発病したという衝撃的なニュースだった。発病者は重慶を中心に、北京、上海、天津、香港などの大都市で多く確認されたといい、死の絶望に駆られた発病者たちが自殺や犯罪を発作的に引き起こしたため、中国全土が大混乱に陥って収拾がつかなくなってしまったそうだ。
 そのニュースを見て、勝也は深いため息を吐いた。
「まさか自分が生きている間に、世界がこんなことになるとは思わなかったな。人類は、本当に滅亡に向かっているのかもしれないな」
彼が誰にも聞こえないように呟いている最中も、中国関連のニュースはなおも続いていた。
この一斉発病が確認された後、中国国家主席が緊急の声明を発表し、全国民に対して無許可の外出を禁じる旨を伝え、その禁を破った者は裁判なしで処刑すると布告したという。それに伴って人民解放軍の大規模部隊が各地に展開し、宣言通り、外出している市民に対して無差別発砲を開始したそうだ。そのため、都市部はさながら地獄のような惨状と化し、路上には収拾されないまま放置された遺体が大量に転がっているとのことであった。この件に関して、中国政府からの正式な発表はいまのところなされておらず、正確な犠牲者数はいまのところ不明だという。
 このニュースに関して、キャスターの有森から意見を求められたコメンテーターの玉置大輔が、口を開くと同時に唾を激しく飛ばしながらまくし立てた。
「いや、ぼくは中国政府はよくやったと思いますよ。マーズウイルスに感染しても治療法が無いわけですし、発病したら一〇〇パーセント死んじゃうんですから、だったら、感染拡大を阻止したいならあるていど強硬な措置をとらなくちゃいけないわけですよ。そう言った意味で、ぼくは中国政府の対応を称賛したいですね。強硬手段をとった国の感染状況が低いことは統計的に見ても証明されているんですしね。まぁ、もっとも、日本みたいに口先ばっかりの強硬手段じゃダメでしょうけどね」
この過激なモノ言いが、番組の高視聴率を叩き出す言動力になっているのは確かだ。ただ、彼の場合は、その時々で意見を変えることでも有名だったから、明日もう一度この件で意見を聞けば、案外簡単に翻しているかもしれない。
 このニュースに関しては、勝也も有森から意見を求められた。
「東堂さんは、このニュースを見てどう思いましたか?」
「そうですね・・・・・・」
勝也は、足を組み替えながら答えた。
「玉置氏の意見に全面的に賛同するわけではないですが、私もあるていど強硬な措置はとるべきだと思います。中国の件はかなり特殊な例だとしても、感染者が野放しにされている現状を鑑みると、もっと強い措置をとらないと感染拡大は止まらないのではないかと考えます。外出したら即射殺、という対応は、さすがに行き過ぎていると思いますが、それでもせめて感染者をどこか一か所にまとめて隔離して管理するぐらいの対応はすべきではないでしょうか」
それなりに考え、言葉を選んでの発言だったが、発言をした方も、発言を促した方も、この件に関して真剣に議論するつもりはなかったから、その他、二、三言葉のやり取りを交わしただけで、この件は深く考えられもせずに終了となった。
 もっとも、テレビ上でのやり取りなど、便所の落書きと同程度の価値しかなく、どんなに良い意見を述べたとしても、暴論や極論や正論を、声を大にして叫んだとしても、実際の国家政策に反映されることなどまずないのだから、気楽なものであった。
 そして話題はがらりと変わって、東堂勝也と、彼によって率いられているサンクチュアリ・キャピタルへと移行した。
 番組では、サンクチュアリ・キャピタルのことを、「地下に籠って利益を上げている」投資会社だと紹介したうえで、ボードを使って勝也の生い立ちや地下シェルターを所持するにいたった経緯、投資会社を設立してから現在にいたるまでの企業史や業績の推移などが詳細に説明された後、社員たちによる地下生活の投稿がネットで炎上した話題と、それに伴って噴出したインサイダー取引と脱税の疑惑が世間で強く問題視されているという旨が伝えられた。
 それを聞きながら勝也は、
「後者はおまえたちが勝手にでっち上げて報じたことが始まりだろうが」
と内心で吐き捨てたが、それを口に出して言ったりはしなかった。いまはまだ。
 説明を終えた後で、メインキャスターの有森が画面越しに声をかけてきた。
「いかがでしょうか、東堂さん。ここ最近、なにかと話題になっているようですが、この件に関してなにか思うことはありますでしょうか?」
それを聞いて、勝也は姿勢を正した。
「まず始めに、我が社の社員がとってしまった軽率な行動で、不快な想いをされてしまった全ての皆さまに、この場をお借りして謝罪したいと思います。この度は、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って、勝也は深く頭を下げた。それから、再び顔を上げ、その後に関しての報告をおこなった。
「今回の件に関しましては、該当社員に口頭での注意をおこなったうえで、再発防止に向けた取り組みを文書化して全社員に配布いたしまして、今後くれぐれも同様の事案が生じないよう細心の注意を払ってゆく所存であります。もう一度になりますが、この度は、このような敏感な時期に、このような騒動を起こしてしまいまして、誠に申し訳ございませんでした」
そう言って、勝也はもう一度、頭を下げた。一度目の謝罪の時よりも深く、そして長い時間、ずっと。
 この様子は、ディーリングルームで待機している社員たちも見ているはずである。いまの自分の姿を見て、彼らが何を思うかは定かではなかったが、勝也としては、彼らが良い方向でなにかを感じてくれればそれでよいと考えていた。
 成長し、大人になって、社会的職業や地位に就くと、人はなかなか謝れなくなると言われるが、勝也は謝罪することを、恥とは思わないし、悔しいと感じたこともなかった。悪いことをしたら謝る。それが当然のことだと思っているからだ。実際問題として、罪を犯したわけではないが、社員たちが世間に迷惑をかけたことは確かなのだ。で、あるならば、彼らを雇用する立場の人間として、責任者として、謝るのは当然のことだ。それが結果的に会社を、そして社員たちを護ることにつながるのであれば、勝也にとってこれは最良の選択だと断言することができた。
 そのうえで、勝也がインサイダー取引と脱税に関する疑惑について否定の言葉を口にしようとしたその時だった。
 コメンテーターの玉置大輔が、まるで勝也の気勢を制するかのように口を開いたのだ。
「いいや、この問題は謝って済むような問題じゃないと思いますよ」
厳しい、というよりは、明らかな敵意を剥きだしにした強い口調だった。それは彼の表情にも如実に現れており、その顔は、いつにも増して不機嫌な形相に変貌していた。
 玉置のひと言によってスタジオが凍結するなか、彼はさらに過激な発言を、言語の弾丸として発射してきた。
「ぼくはね、あなたは、いや、あなた達はね、もの凄く卑怯な存在だと思うんですよッ」
「卑怯、だと・・・・・・」
勝也が、微弱ながらも、明らかな怒気を含んだ声で問いかけた。しかし、玉置大輔は、それに気づいた様子もないまま、持論をまくし立てた。
「ええ、そうですッ。何度でも言いますがね、あなた達は卑怯ですよ、卑怯。卑怯、卑怯、卑怯中の卑怯、とんでもない卑怯者たちですよッ!」
「・・・・・・」
ここで不穏な空気を察したのか、メインキャスターの有森が、慌てた様子で口を挟んできた。
「あ、あの、玉置さん、あまり乱暴な言葉を使わない方が・・・・・・も、もう少し、落ち着いて話を・・・・・・」
 しかし、玉置の暴走は止まらない。彼は目を血走らせ、顔面を紅葉させながら、なおも怒りのボルテージを上げてまくし立てた。
「いや、だってそうでしょう? 世間が、日本だけじゃなくて世界中が新型ウイルスの恐怖にさらされて困ってる最中、こいつらは安全な場所に籠ってぬくぬく暮らしながら、いまも金儲けに勤しんでいるわけでしょう? そんなの卑怯者以外の言葉が見つからないですよ! ぼくはね、世間の方々の気持ちを代弁して言わせてもらいますけどね、こいつらは卑怯者ですよ! それもとんでもなく卑しい部類に入る卑怯者です! 大事なことなんで何度でも言いますし、断言もします。こいつらはッ、サンクチュアリ・キャピタルの人間はッ、はっきり言ってッッッ、卑怯者ですッッッッッ!」
顔面を真っ赤に染め上げ、画面越しでも唾の飛沫が確認できるほどの勢いで、コメンテーターの玉置大輔は言い切った。
「・・・・・・・・・ふうぅぅ」
勝也が、深く、大きく吸い込んだ息を、ゆっくりと吐き出した。彼は視線を下に向けたまま、玉置に言葉をかけた。
「なるほど。我々は、卑怯者ですか・・・・・・」
「ええ、そうです」
「自分たちが持っている環境を生かして業務をこなしているだけなのに・・・・・・?」
「そうですよ、そうですッ!」
「犯罪はもちろん、法律に触れるようなことも一切していないのにも関わらず、ですか・・・・・・?」
「あのね、あんたッ、これは法律うんぬんの話じゃないんですよッ! 道徳的観念の問題なんです! そう言った意味ではあなた達は立派な犯罪者ですよ! はっきり言って、死刑囚でもおかしくないと思いますよ!」
「そうですか・・・・・・」
そこまで言った時、勝也がゆっくりと顔を上げた。その形相は恐ろしいほど険しくなっており、それを見て玉置は、明らかに怯んだ様子を見せた。
「・・・・・・では、玉置さん、あなたにお聞きしますが、我々はどうしたら良いのでしょうか。ぜひとも、意見をお聞かせください」
形相は怒りに満ちていたものの、その声に変化の兆しは感じられなかった。勝也の、最後の理性が、働いた結果であることは間違いなかった。
 勝也の変貌を受け、怯んだ様子を見せた玉置だったが、それでも自分の意見を翻そうとはしなかった。彼は再び激しい調子でまくし立てた。
「そんなの簡単な話ですよ。地下に引きこもっていないで、地上に出てくればいいんですよッ。そして他の人たちと一緒に危機と恐怖を分かち合う。そうすれば、卑怯者呼ばわりされなくて済むと思いますがね、ぼくはッ!」
「詭弁ですな」
「あぁッ!?」
「少し考えればわかるでしょう。そんなことをして何の役に立つのですか? 我々が地上に出ても感染の拡大が止まるわけもなく、むしろ曲がり間違って感染したら、それこそ感染拡大の一翼を担ってしまうことになるだけだ。世間ではいま、みんなが感染を広げまいと、自粛して、家に引きこもって生活しているというのに、なぜそれに逆行するような真似をしなければならないのですか」
「それは言ったでしょうッ、世間と危機と恐怖を分かち合うためだってッ!」
「そんな義務、我々にはないッ!」
そこで玉置がテーブルをバンッと叩いた。
「それが卑怯だって言ってるんですよッ!」
その直後だった。
「きゃああああああああああああっ!」
スタジオ内に絹を裂くような悲鳴がほとばしった。それはメインキャスターの有森啓子が放ったものであった。
それと時を同じくして、勝也も大きく目を見開いた。
「・・・・・・!」
彼は見てしまった。
目撃してしまったのだ。
 画面越しに、玉置大輔の両眼から、赤い線のような、大量の血涙が流れはじめ、頬を伝って滴り落ちてゆく様を。
「ま、まさか・・・・・・!」
 愕然としたし、驚愕せずにいられなかった。なにしろ、いま玉置大輔の身に生じた出来事は、紛れもなく、マーズウイルスの発病症状だったからである。
「あ、あ、ああ・・・・・・」
目から流れる血涙を、震える手で拭い取りながら、玉置が、絶望で顔を青く染め、身体をガクガクと震わせながら、愕然とした様子で席から立ち上がった。その衝撃でイスが倒れて、大きな音を響かせた。
 それを合図にして、スタジオ内が大パニックに陥った。
「うわあああああああああああああああああッッッ! は、発病だッ、マーズウイルスの発病だッ!」
「た、玉置さん、あんた感染してたのかッ!」
「ああああああああッ! だ、ダメだッ! もうダメだッ! おしまいだああぁぁあぁあああぁあぁああぁあぁぁッッッ!」
「だ、だめだ・・・・・・これはもうッ、みんな感染ってるぞ! ちくしょうッ、ちくしょうッ、ちくしょうッ!」
「てめぇッ、玉置ッ! なんで感染してやがるんだぁああああぁぁああぁぁぁッッッ!」
「いやだあぁぁあぁあぁぁあぁぁあぁッッッ! 死にたくないッ、死にたくないよおぉおぉおぉおおぉおぉおぉぉッッッ!」
その、直後だった。
 放送がブツリと途切れ、画面が砂嵐となった。
「・・・・・・」
 この、あまりにも突然の、予想すらしていなかった出来事に、勝也は茫然としたまま受話器を取った。電話の相手は、ディーリングルームにいる只野だった。
「・・・・・・結城、テレビは見ていたか?」
「は、はい。しかと、この目で・・・・・・」
「そうか。報復行動は中止だ。いまの一件で、その必要はなくなったからな」
「了解しました・・・・・・」
腹心の返答を受け、勝也は受話器を置いた。それから、彼はもう一度、画面に目をやった。
 スタジオとの接続が途切れたままで、画面には砂嵐が映っているだけだ。勝也はそれからしばらくの間、番組再開を静かに待ったが、結局その日、そのテレビ局の画面は、放送が再開されることなく砂嵐が流れたままであった・・・・・・。

          *

 ・・・・・・いまにして思えばだが、玉置大輔は、マーズウイルスに感染することが怖かったのではないかと思う。だからこそ、感染を止めようとする中国の強硬姿勢を褒め称え、手ぬるい対応に終始する日本政府の対応を非難し、安全な場所でのほほんと暮らしているサンクチュアリ・キャピタルを羨ましがって必要以上に責め立てて非難したのではないだろうか。しかし、その真相が明るみになることはもうないだろう。なぜならば、コメンテーターの玉置大輔は、もうこの世にはいないからだ。
 他のテレビ局の報道によると、どのような経緯でそうなったかは不明だが、番組内で発病した後、彼はビルから転落し、死亡したということであった。そして、局内での集団感染の恐れがあるとして、テレビ局は無期限での全ての番組の放送中止の決定を下した。当然のことながら、サンクチュアリ・キャピタルを貶めた「朝のグットなショー」も。
スタジオにいたコメンテーターが発病したのだから、番組のメインキャスターを務めていた有森啓子も感染の疑いが濃厚だろうし、ディレクターやスタッフも感染している可能性が高い。となれば、局内での連鎖的感染が発生していてもおかしくないわけで、テレビ局が放送を再開することは限りなくゼロに近いといえる。多くの投資家はそう判断を下したようで、放送局の株価は連日のストップ安を記録した。
 そしてこれ以降(玉置大輔の死がきっかけになったわけではなく)、日本の状況は、否、全世界の状況は、ますます悪化の一途を辿ってゆくことになる。それは平穏な日常が、もはや二度と戻らないことを示唆していた。

・・・・・・次回、最終回

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