魔法使いの双子に使い魔の青年が大切なところに大事にしまわれる話サンプル
2022年08月30日に販売した作品のサンプルです。
続きはこちらから読めます。
--------------------------
町外れの深い森の奥、ひっそりと隠れるように建てられたレンガ作りの家から、爆発音が鳴り響いた。
「リアナさま! 危ない実験はお辞めくださいと言いましたよね!?」
もうもうとした黒煙から逃れるように玄関から転がり出たのは簡素な礼服を着た細身の青年。その背中には、
「う、うるさいわね使い魔のくせに! 失敗は成功の元って言葉を知らないの?!」
ちょこんと小柄な少女が引っ付いて喚いていた。低い位置でツインテールにまとめた栗色の長い髪を揺らし、利発そうでくりくりとした瞳をたたえた目尻は不機嫌そうにつり上がっている。そして袖広で真っ黒なローブをはためかせて使い魔と呼称する青年の背で暴れる。
「それもこれも、あんたが素直に実験台になってくれないからでしょ! 責任取りなさいよ!」
「その実験の末に汚れた部屋を掃除するのは私なんですから、その辺りを考慮すると承服しかねます」
「使い魔の都合なんて知らないわよ! あたしはあんたのご主人さまなのよ!」
「しかし、煤まみれの部屋を見たらセリナさまがなんと言うか、聡明なリアナさまならおわかりでは?」
使い魔と呼ばれている青年が少女の双子の姉の名前を出すと、その妹は「ううっ」と声をつまらせた。
「ともかく、私一人ではセリナさまが街から帰るまでに掃除が終わりません。ご自身の失敗のツケはある程度ご自身で拭ってもらわないと」
ここでふざけるなと怒鳴って掃除を拒否するとどうなるか、幼いながらも賢くはある少女はすぐに理解していた。ぐぬぬと呻いて、青年の肩をぎゅっと掴む。
「……実験に失敗したこと、姉さんにばらしたら承知しないわよ、カエルに変身させてやるんだから」
「もちろん、私はいつだってリアナさまの味方ですから」
その言葉を聞いて、照れ隠しのようにふんと鼻を鳴らした少女は不承不承ながらと言った顔をしながら青年の背中から降りた。その少女、”正真正銘の”魔法使いの末裔であるリアナは「ほら、さっさと片付けるわよ!」と未だに煙が立ち上る自宅へと入っていった。
青年もそれに続き、二人でやっても少女の姉であるセリナが帰宅する前に終わらないだろう清掃の算段と、リアナがなるべく姉から怒られないようにする言い訳を考えながら煙たい家へと入ったのだった。
***
街外れにある古いレンガ造りの家。そこには遥か昔より魔女が住み着いていた。大昔、剣と魔法が生活必需品であった時代は危険人物として扱われていた魔女だが、年代を重ね、世界が平和になるにつれて世間との融和が進んでいった。
おかげで、今代では良く効く魔法のポーションや珍しい触媒を街の住民たちに売る、薬師の一家のように扱われていた。そんな魔女の家に住んでいた夫婦が事故で命を落としたのが十年前。残されたのは幼い双子の姉妹と、弟子として働いていた少年だった。
彼女らと彼にとって幸いであったのは、街の住民たちが魔女から受けていた恩恵を忘れなかったこと、魔女の娘である姉妹が、残された魔術書を読み解く才能を若くして持っていたことだった。逆に知識はあっても魔法の才能が欠片もなかった少年は、恩師の娘たちの世話を苦難を乗り越えながら勤め上げ、親代わりをしてみせた。
しかし、少年から成長して青年となった彼は時折思ってしまう。
妹の方は少し甘やかして育て過ぎたかもしれない、と。
***
「はえ~、使い魔さんったらそんなこと言ってたんだねぇ」
「そうなのよ、生意気だと思わない?」
広い浴室で少女二人の会話が反響する。この姉妹には、青年の耳が及ばない場所で秘密会議をする日課があった。身体についた煤を洗い流したリアナは大人が使うにも大きい陶器のバスタブに浸かると、姉に向き合って「うーん」と薬液の混ざった薄緑の湯に肩まで浸かった。
「やっちゃいけないことを止めるのも、自分の役目だって言ってたからぁ、しかたないのかもねぇ」
対面でゆったりとバスタブに背を預けている姉、背丈も髪色も顔立ちも妹のリアナにそっくりなセリナは、少ない身体的差異である豊かな乳房を下から掬い上げて撫であげる。その大ぶりの果実のように丸く膨らんだ乳に張り付いた濡れた長い髪と、ふうと息を吐く仕草、それに垂れ気味の緩い目元が、幼気な容姿とギャップを産む妖艶さを作っている。
「まったく、使い魔は使い魔らしく主人の言うことを素直に聞いてればいいのよ! そうしたらもっと褒めてあげるのに!」
対して、すらりとスレンダーな体つきをした妹はツリ目をさらにきつくして「生意気生意気!」と青年の小言を思い出して怒り出す。数年前までは自分の言うことをなんでも肯定してくれていたのに、いつの間にか保護者ぶって口答えばかりするようになったことが、彼女は気に入らないのである。
おっとりとした話し方をする姉は薄めた薬液の混ざったお湯をちゃぷちゃぷと揺らし、「でもでもぉ」と眉を曲げた。
「そうやってリアナちゃんが危ないことばかりしてると、使い魔さんが心配し過ぎて病気になっちゃうかも?」
「えっ、そんなことあるの……?」
「街のお医者さんがぁ、そういう心の病気があるって言ってたの、使い魔さんいつも私たちのお世話で働いてるから、心配だって言ってたぁ」
それを聞いて、はっとしたリアナは思考を巡らせる。これまでの行いを思い出せば、青年はいつも自分のワガママに答えてはくれていたし、自分が実験や勉強をしている間に炊事洗濯掃除までしてくれている。素直に言ってしまえば、彼以上に頼れる大人をリアナは自分の両親しか知らない。
リアナは泣きそうな顔になった。青年にかまって欲しいという欲求に任せて、世話を焼かせ続けていた自覚が急激に膨らんで、それらが彼の疲れに繋がっていることも容易に想像できてしまった。
ずっと一緒に暮らしてきた使い魔、もとい兄がいなくなってしまうことは、彼女にとって何よりも恐ろしい出来事だ。
「で、でもあいつ言ってたもん! 何があってもずっとあたしたちと一緒にいるって!」
思わずざばりと立ち上がったリアナが叫ぶ。何度も何度も、両親がいなくなった日から定期的に確認するようにリアナが青年に問い直し、聞き直している台詞。妹の幼い願望すら混じったそれを聞いても姉は冷静だった。
「だけどぉ、使い魔さんは私たちみたいに魔法が使えないしぃ、魔力の適正も低いからぁ、いざという時に治してあげられないかもぉ?」
「そんな……」
彼に迷惑をかけすぎていると姉の遠回しな叱責を受けて、湯船に身を沈めたリアナはぐずぐずと泣き始めてしまう。湯にぽつぽつと涙が落ち、薄緑の薬液に混ざる。そんな妹の頭にセリナ手を添えて、姉は栗色の髪をよしよしと撫でる。
「ごめんねぇ、ちょっと意地悪しちゃったねぇ」
好きな異性に意地悪をしてしまうのは幼い情緒にありがちなことで、姉にもその気持ちはよくわかっていた。なんなら、彼女もときには青年にいたずらを仕掛けることもある。青年に好意があるのは妹だけではないのだ。
「だからこそなんだけどぉ、リアナちゃんが研究してる魔法を、早く完成させなきゃいけないと思うのぉ」
私たちがずっと一緒にいるために、そう付け加えたセリナにリアナは頷いて同意しながらも、自信なさげに顔を俯むかせる。二人が三年前から取り組んでいる大魔法の研究は、その目的の困難さ故にまだ完成に至らないのだ。
「わかってるけど、まだ読んでる魔導書の解析が終わらなくて……姉さんはもう触媒の準備がほとんど終わってるのに」
「触媒作りは簡単だものぉ、リアナちゃんの苦労に比べたら全然よぉ」
手先が器用でポーションや魔道具作りが得意なセリナは、反対に魔法の行使や魔術学が得意なリアナを慰めるように続ける。
「魔導書を読み解くのは難しいけど、お父様とお母様が書いたものだからぁ、リアナちゃんならきっと習得できるわよぉ……でも、その前に使い魔さんが倒れちゃったら意味がないからぁ……ね?」
「……わかった、少しだけ使い魔に優しくしてあげる」
「うん、やっぱりリアナちゃんは良い子だねぇ、だから使い魔さんを半分こしてもいいって思えるわぁ」
「あたしだって、姉さんだから使い魔のこと貸してあげても許せるのよ」
ちらりと視線を混じり合わせた少女二人には、若干の仄暗い感情があるように見えた。しかしそれは一瞬のことで、直後に外から聞こえた「そろそろお夕飯にしますよー」という青年の呼びかけで、本日の秘密会議は終わりを告げた。
***
「使い魔! これ飲みなさい!」
ある日のこと、洗濯物を畳んでいた青年は眼前に突き出されたマグカップに眉をひそめた。薬草を煮詰めたらしい青臭い薬効臭が目にしみたのだ。
「リアナさま、これは?」
「あたしが作った栄養剤よ! あんたのために特別に作ったんだから!」
栄養剤、と聞いて青年はほっと感嘆した。また何かの実験だと思っていたので、単純な気遣いの品を出されるとは思わなかったのである。リアナはワガママではあっても、決して嘘はつかないのだ。
「べ、別に使い魔が最近疲れてそうだから心配とか、そういうんじゃないんだけど、万が一あんたに倒れられたら困るから……普段についてのお礼よお礼! 何か文句ある?!」
「文句だなんてそんな、ありがとうございます」
早口で照れ隠しを述べたリアナの頭をぽんと撫でて、マグカップを受け取る。妹の得意分野は魔力を用いた魔術であり、姉と違って薬の類はあまり得意ではない。つまり、これは彼女が姉に頼ってでも労いのために用意してくれたのだ。
いつも世話をしている相手からの素直な好意を察した青年は嬉しくなり、少女の絹のような髪をすりすりと撫で続ける。不意に頭を撫でられ真っ赤になって硬直する彼女に調合した材料を訪ねようとしたが、一瞬考えてやめることにした。
ポーション類の材料については青年も知識があるが、だからこそ何が使われているかを知ると飲むのに躊躇いが生じることがある。なので青年は深く考えずにマグカップの中身をぐいと一気に飲み込んだ。
口に液体が入った直後、想像通りの青臭い苦味が口いっぱいに広がり、うぐっとえづきそうになるが、リアナの手前そんな素振りは見せまいと堪えて飲み干す。それでも口内の臭いを吐き出したくて、口を開き大きく息をつく。
「……効きそう?」
不安そうに見上げるリアナに、少し無理をして笑顔を向ける。
「ええ、もう身体が暖かくなってきましたよ、すごい効能で……?」
途端のことだった。青年の視界がぐらりと揺れる。ぽかぽか程度に感じていた体温の上昇が一気に高まり、身体の内側で火をくべているかのようになってくる。同時に倦怠感まで生じれば、もう床に身を投げ出してしまう。
「ちょ、ちょっと?!」
「すみません、これ……効果が強すぎたみたいで……」
「バカ! こんなになるように作るわけないでしょ! ど、どうしたら……」
姉さん、姉さんと助けを呼びに駆け出したリアナの背を横向きの視界で見送り、ついに力が入らなくなった体を床に倒れさせたまま、青年は全身が溶けるような熱を感じながら気を失った。
***
青年が目を覚ましてまず気付いたのは、自分が布一枚まとっていない全裸になっていることだった。分厚い布がかけられているので、素っ裸で放り出されているわけではないらしい。背中に感じる布地からして、ベッドに寝かされているようだった。
「気絶してしまったのか……」
流石に、実験でも意識を失うことはなかったが、まさか善意でもらった薬を飲んでそうなるとは想像もしていなかった。ああ見えて優しい娘で責任感もあるリアナは気に病んでいるだろう。どうにかフォローしないといけない。そう思って身を起こすと、青年の周囲に影がかかった。
なんだろうかと見上げてぎょっとした。そこにあったのは幼いながらも端正に整った顔立ち、垂れる栗色の長髪、いつも利発さと気の強さを表している瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。それだけであれば心配させてしまったのだと思うのだが、驚いたのはそこではなかった。
巨大だった。まるで巨木を見上げたような印象を受ける。自分の胸元までも身長がなかった少女が、自分の何倍も大きく姿を変えていた。いや、周囲の風景を見れば嫌でも察しが付く。自分の体が縮んでいるのだと。
「良かった、生きてた……!」
戸惑う青年に小さく巨大な手の平が迫って、そのまま両手で掬い上げられる。うわっと浮遊感に怯えた身体が、柔らかい少女の頬にぎゅっとくっつけられた。少女特有のふっくらした柔肌に身体がめり込み、染み一つない白い肌で視界が埋まった。
「生きてる……生きてるのよね……本当に良かった……!」
全身で密着させられている暖かくなめらかなミルク色の肌に水がつたわり、青年の頭に当たる。それもまた温かい。リアナの涙であった。どうやら、彼女の用意した薬のせいでこうなってしまったのだと理解した青年は「ご心配をおかけしました」と巨人の頬を小人の手で撫でた。
「あらぁ、もしかして使い魔さんが?」
そこへ洗濯物かごを抱えたセリナもやってきた。「あらあら」とかごを放り投げると駆け寄ってきて「私にも見せてください〜」と妹の手を引っ張った。それからリアナの手の平の上で小さくなった青年が身じろぎしている姿を見つけると、「はぁ〜」と長く息を吐きぺたりと床に尻をつけた。安堵で腰が抜けたようだった。
「使い魔さんが生きていることがわかったらぁ、力が抜けてしまいましたぁ……」
「とにかく良かったわ……ごめんね、使い魔」
言いながら、リアナが人差し指を立てて宙に何かを描くように動かす。それから細い指の先端を青年の胸元に当てて、呟く。直後に青年の身体が一瞬だけ光り瞬いた。すると裸で少し肌寒かったのがなくなり、すぐに馴染んで消えたが、何かに包まれたような違和感が生じていた。
「あんたに呪文をかけたわ、これで象に踏まれたりでもしない限り大丈夫よ……あと、その身体で出した声でもあたしたちに聞こえるようになったはず」
それは万物に守りの力を授ける魔法だった。魔法使いが何十年も修行した上で扱えるものを、少女はあっさりと小人にかけたのだ。調合の技術はともかく、普段は変な実験をしていても魔術に関しては紛れもない天才なのだと、改めて思い知らされる。
「保護の魔術ですか……お見事です」
「そんなこと言ってる場合?! あんた、あたしのせいでそんな身体になっちゃって、普通はもっと怒るでしょうが!」
のんきな様子の青年に、むしろリアナの方が憤った。自分を叱りつけるなり怒鳴りつけるものだろうと、罰してほしかった思いがあった。だが、
「死んだわけではないですし、今は約束を破らなくてすんだとほっとしていますよ」
もうリアナさまと一緒にいられなくなってしまうかと思いました。言われ、リアナは「バカ……」と頬を染めてそっぽを向く。申し訳なさと嬉しさと恥ずかしさが入り混じって、どんな顔を向ければいいのかわからない。
「しかし、私はどれだけ寝ていたのでしょうか?」
そんなリアナを後目に言いながら、姉妹の巨体越しに部屋を見やる。ここは自分の私室に違いないのだが、なぜだか整理整頓してあったはずの部屋には物が散乱している。床には畳まれていない衣類が散らばり、机の引き出しは大雑把に開けっ放しだった。
「使い魔さんは一週間も眠っていたんですよぉ」
「その間、どんどん身体が小さくなっていって……このまま消えちゃったらどうしようって心配だったけど」
「なんとか視認できる大きさで止まってくれてよかったですねぇ」
なるほど、と改めて自分の身体の様子を探る。身体が小さい以外に違和感はなく、痛みなどもなかった。自分が座らされているリアナの手の平と比較すると、身長は十センチないくらいになっているのだろう。ネズミより少し大きいくらいかと、そこで気付く。姉妹二人がじーっと自分の体を注視していた。
「あの、お二人とも……?」
「あ、いやそのね……」
「殿方の裸というのは、初めて見ましたのでぇ……」
どうやら、人形より小さい小人となっていても異性の全裸姿というのは思春期の目に毒だったらしい。妹くらいにしか思っていない相手に見られても、羞恥よりか「はぁ」と溜め息しか出ない。「それよりも」と青年は話をそらすことにした。
「一週間、誰が家事をしていたのですか?」
「それは、あたしと姉さんと交代交代で……」
「がんばりましたぁ」
「で、どうして私の部屋がこうなっているので?」
視線で散らかった床を指すと、姉妹揃って「うっ」と息をつまらせる。
「その、寝てるあんたの介抱をしている間に色々かたそうとしたんだけど」
「難しくてぇ……」
気まずそうに目を泳がせる姉妹。この二人は自分の研究や勉強ばかりしていたので、家事能力は一切ないのだ。生活のほぼ全てを青年に依存しているのに近い。
青年はむしろ、この二人がちゃんと一週間生き延びたことの方が奇跡なのではないかと思ってしまった。
「……この様子では、広間や台所も大変なことになってそうですね」
やれやれ、と肩をすくめた青年は「とりあえず」とリアナの顔を見上げた。
「改めて、ご心配をおかけしてすみませんでした」
「そんな……今回は完全にあたしが悪いのに……」
「いえ、きちんと飲む前に材料を確認しなかった私の落ち度でもありますから、それよりもですね」
「それよりもぉ?」
次の言葉を待ってじっと見つめてきた姉妹に、青年はこほんと咳払いをして、
「いい加減、服でも布でも着るものをくれませんか」
***
結論を言えば、生活をするのにそこまでの苦労はなかった。小人になった青年では流石に家事はできないので、姉妹の近くから、場合によって肩に乗った状態で指示を出して身の回りのことを自分たちで行わせたのだ。
そして良い機会だからと家事の仕方を具体的に教えてみれば、二人はすんなりとコツを掴んで手順を覚えてみせた。元々頭も要領も良いのだから、やり方がわかればこの程度すぐにできるはずだった。その上で困ったことと言えば、
「ちょっと使い魔、そんなところにいたら危ないでしょ」
「いえ、保護の魔法がありますし、そうそう床に落ちるなんて」
「万が一があるでしょ! こっち来なさい」
言って、街へ売りに行くポーションの値札を書いていた青年の身体をリアナの手がひょいとさらう。机の隅で作業をしていた彼がうっかり転落でもしたらと心配した様子だが、彼を恭しく服の胸ポケットにしまうのは過保護が過ぎた。
「あんたの面倒はあたしが責任を持ってみるって決めたんだから、使い魔らしくあたしにお世話されてればいーの」
「はぁ……ですがこれくらいの手伝いはしませんと、何もしないと落ち着きませんし」
「うるさいわね! あんまりワガママ言うとカゴにしまっちゃうんだからね!」
聞く耳持たず、小人の頭を小突いたリアナはそれ以上抗議を聞かずにさっさと時分の勉強机に戻ってしまう。そのまま机上に開いた分厚い魔導書、古代文字で記されたそれを黙読し始めてしまえば、すぐに集中し始めて胸の小人に意識を向けなくなってしまう。
(……困ったな)
一方、薄手のシャツにしまわれた青年はポケットの空間で頭を掻いた。幼い少女の体温と体臭がわずかに漂う中、これからどうやって仕事をすれば良いのか頭を悩ませる。
こうしたことは今回が初めてではないのだ。台所で皿洗いを手伝おうとすれば「溺れたらどうするの!」とリアナに捕まって胸ポケットに収納され、机の散らかった薬草や器具を整理しようとすればセリナがすっ飛んできて「重たい道具もありますからぁ」とズボンのポケットに入れられてしまう。
姉妹は徹底的に青年に仕事をやらせないつもりなのだ。最近になって気付いたが、青年が机に乗って何かしようとすると必ずどちらかがやってくる。まるで監視でもされているようだが、魔法を使えばそれも容易いだろう。
床から机などへの昇り降りのために用意してもらった縄梯子もこのままでは撤去されてしまいそうで、そうなればもう小人に自由はない。
「まるでペットにでもなってしまったようだ」
いや、体長はもう小動物のようなものだが、いつになったら元に戻れるのか、青年は姉妹がその方法を見つけてくれるのを待つしかない現状に重い溜め息を吐いて、ポケットの中で体を少女に預けたのだった。
一方、魔導書を読んでいたリアナは胸元に生じた動きにぴくりと動きを止めた。使い魔、青年が入っているのは素肌の上に直接身につけている胸ポケットである。普段は物も入れないそこの薄い布の裏側には、少女にとって敏感な突起物があるわけで、
(んぅ、また……)
十センチもない動物の動きは大きな刺激にはならないが、逆にそれが焦らされるもどかしさに繋がり、結果的にまだ幼い劣情を呼び覚ました。
(ほんとは、ダメだって、わかってるのにぃ……)
少女が青年を事あるごとに捕まえるのは心配が半分。もう半分は──
(使い魔がここで動くの、気持ちいい……♡)
薄い乳房の先っちょが小人の動きで擦れる楽しさが欲しくて、保護を口実に胸ポケットに入れておきたいだけなのだ。
本当は手を覆いかぶせて思い切りぐりぐりと、小人が保護の魔術で圧死しないのを良いことに、思い切り桜色の蕾をいじり尽くしたい。その欲求を必死に抑えながら、下唇を軽く噛んでリアナは勉強をするふりをする。
たまに伸びをしたり体を揺らしたりして胸ポケットの位置を上下左右に動かすことで、使い魔がもぞもぞと動くように仕向けるのは、せめてもの欲求解消の手段であった。