DIESEL文庫 2022/12/09 20:52

地縛霊と結婚します!

脱獄犯の僕は、逃亡の末、田舎の廃神社に身を寄せる。
そこに美しい巫女の霊〝もみじ〟がいることも知らずに――


指名手配犯のポスターを見たことがあるだろう。
行方不明者のポスターを見たことはあるだろう。
なぜ、逮捕されないのか。
なぜ、発見されないのか。
そもそも警察は探しているのか?


僕は拘置所から脱獄し、とある地方の山中にある廃墟のような神社に住み着くことにした。
この時期は夏。
子供の時に家にクーラーなどなかった。
中学の部活でどんなに脱水症状がでていても水を飲ませてもらえなかった。
そんな経験をした僕でさえ、近年の夏の暑さは耐えられない。
その神社は日中も薄暗く、木々の茂りで空気は澄んでいて、風通しの良い場所だった。

麓に下りては、地元農家の手伝いから、農耕車の手入れなどし、僅かな手間賃と食べ物を分けてもらう生活をする。
捜査の及ばない僻地でも、周囲の目は恐ろしく気になる。
このような生活を続けると不思議と廃墟で寝泊まりをしていても幽霊の類など気にもしなくなる。

そう、この神社の社務所には幽霊がいた。
ここに来てすぐに気づいた。日中の明るい内から、その透けた姿を晒していたからだ。
長い髪はボサボサで、白着物に朱袴の少女・・・巫女の幽霊だ。

僕は社務所には近づかずに物置小屋で寝泊まりをしていた。
ただ、慣れてきた頃に麓の大工屋からでる廃材と古い工具で物置小屋を修理し、その後、社務所の修理もすることにした。彼女の家ではないだろうが、住まわしてもらっている礼の意味もあった。

「ここから出ていけ!祟られたいかっ!!」

室内で大きな音を出せば、彼女に脅されることもあった。
最初は室内では必要以上の音を出さないよう掃除をメインに社務所を奇麗にしていき、彼女の姿が見えると僕は挨拶をかかさなかった。

そうしているうちに彼女は出てきても穏やかな表情になり、ボサボサだった髪をくしで梳かすようになる。
その髪はまるで漆を垂らしたように艶やかで美しかった。どんな黒よりも。


そして深夜に事件が起きる。
廃墟マニアと思われるが複数人。やつらは火を持ったまま境内にあがってくる。
動画も撮影している。
逃げている僕が公になるわけにはいかない。

そんなときだった。

――パァァァンッ!!
銃声が鳴響く。
そして、怒号。
廃墟マニアが驚いて逃げていく。

助けてくれたのは、麓の猟師だ。
年齢は僕と同じくらいか。壮年期。

その猟師の話で僕は驚愕する。
深夜に彼の枕元に現れたのは巫女の幽霊。
「起きろ!おい、起きろぉ!」と彼を起こす。
「お、お前・・・もみじじゃねぇかっ!?」
彼と彼女は地元の同級生だった。もちろん、彼は彼女がこの世の者ではないことは知っている。
透き通る白と黒と朱。
「銃を持って神社へ向かえ、出ないとお前を祟るっ!!」
「わ、わかった・・・だが、何をする気なんだ?」
そして、神社で騒ぐやつらを見て、上空に発砲したらしい。


僕は彼女のことを彼に聞いた。
彼女の名は〝もみじ〟亡くなったとき、まだ18歳だったらしい。
ここで自殺した。
巫女の姿であるのはここで高校生の頃に巫女のアルバイトをしていたそうだ。


僕は朝、社務所に向かう。
「巫女さん・・・いや、もみじさんいますか?」
すると彼女はすっと現れる。まるでフェードインのように。

「あなたが助けてくれたんですね。ありがとう」

もみじは何も言わなかった。
ただ、その美しい白い表情は柔らかい。

「よ、よかったら・・・これから一緒にご飯を食べませんか? カップラーメンしかないけど」

「・・・はい、喜んで」

意外にもこれが、もみじと最初の会話となる。
そして、そんな毎日が続いた。




「もみじさん。僕と一緒になりませんか?」
僕は彼女に切り出した。
戦中に亡くなった婚約者と結婚した話を聞いたことがあった。

なら、今、目の前にいる亡くなった者と。
幽霊である彼女に結婚を申し込んでもいいじゃないか。

「私はこの世の者ではありません」

「今更、そんなこと言われなくてもわかってる。それでもいい、君が好きなんだ。それに、君が生きていれば、それほど歳も変わらないし、僕には男性の機能だってないようなもんだし、僕だって存在していてしていないようなもんだし・・・い、命懸けであなたを幸せにする!」

彼女は俯くと「明日、返事をします」と言い、その日は姿を現さなかった。


だが、次の日の朝。
見知らぬ老夫婦が神社を訪れた。

夫婦はもみじの両親。
それは枕元の現実か、夢か。
夫婦の前に亡くなった娘が現れた。
透ける娘に触れることができた。そして仄かな温かみがあったという。
そして僕との結婚を承諾してほしいと話したという。

「お父さん・・・」
姿を現す彼女。

「まさか、娘と・・・亡くなった娘と30年以上たってこうして会い、話すことができるなんて」


参道がバージンロードとなり、神前結婚式ができた。
僕は人生で初めて幸福に満ち溢れている。


死んでも後悔はない。
そうなれば、僕たちは永遠に一緒にいられるのだから。

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