新戸 2023/10/12 20:16

ブルアカ:事情聴取は秘めやかに

最近、こんな噂が私の耳に飛び込んできました。
曰く『シスターヒナタと先生は、良い仲であるらしい』。
……話自体は以前から耳に届いていたのに『仲が良いのは大変結構なことですね』と思うばかりで、詳細を把握することなく聞き流していた、というのが実際のところなのですが。

ともあれ。
直接先生とやり取りする機会が増え、[[rb:誼 > よしみ]]を通じたことで、先生に対しての興味が以前よりも大きくなり。
結果、あまりお行儀の良いことではありませんが、先生にまつわる噂話が聞こえてくると聞き耳を立ててしまうようになってしまい……そして、先の噂についてより深く知ることとなったのです。

ヒナタさんと先生の『良い仲』というのはつまり、男女の仲を指しているのだ……と。

もちろんそれらは状況から生じた推測でしかなく、決定的な場面を目撃した人も居ません。
それでも噂が盛り上がりを見せているのは、シスターフッドのみなさんも色恋沙汰に無関心では居られなかったというだけのことなのでしょう。
ですがこの噂が外部に漏れ出せば、ヒナタさんと先生は聖堂の敷地内でまぐわうような人物であると、そう考える人も出てくるかも知れません。

「――ですので今日はその事実確認のため、ヒナタさんを執務室にお呼びした次第です」
「そ、そんなことになっていたんですね……」

話を聞くためにお呼び立てしたヒナタさんが、目に見えて落ち込んでしまいました。
先生に諭されたことで、皆さんからの厚意を素直に受け止められるようになったと以前言っていましたし、自分のせいで先生に迷惑が及んでしまっているのでは……と思われているのでしょう。

ですが、噂がただの噂でしかなく、事実とは異なるという確認さえ取れたなら。
それを私からシスターフッド全体に共有し、噂を一掃することもできるでしょう。

「なのでヒナタさん。協力していただけますね?」
「はい、もちろんです! よろしくお願いします、サクラコ様!」

明るく朗らかで、けれど意気込みに溢れたヒナタさんの表情を見て。
この時点で私は既に、例の噂が曲解されたものであるという確信を得たのでした。



「では一つ目の状況についてです。聖堂の扉の奥、部外者以外入れないはずの倉庫から、二人が汗だくになって出てきた件ですね」
「ああ、それでしたら確か……私が扉を閉め忘れてしまっていて、そこからの物音を聞きつけた先生がついつい入ってきてしまっただけだったと記憶しています」
「つ、ついついで入ってきてしまうのですか? 先生は」
「少し前に、モモトークで私が送ったメッセージもあったとは思いますが……それに、大きな物音だったようですし」

……情報から状況を組み立ててみましょう。
ヒナタさんは「聖堂に立ち寄った際、いつでも、何でもお申し付けください」といったメッセージを先生に送り。
それを受け取った先生はトリニティに寄った際メッセージを思い出し、ヒナタの姿を探してみるも見当たらず。
しかし片隅の扉の向こう、すなわち倉庫から、ヒナタさんが備品を動かす音を聞きつけてしまい。
無人の聖堂には説明をする人も引き止める人もなく、故に先生は倉庫に立ち入ってしまった、と。
……ふむ。

「先生が汗をかかれていたのは、どうしてでしょう?」
「私のお仕事を手伝おうとしてくださったのですが、思っていたよりも重かったようで、腰を痛めてしまったらしく……」
「魔女の一撃に近いものを受けてしまったと」

ヒナタさんが「おそらくは」と言葉を濁しながらも頷いた。

魔女の一撃――通称ぎっくり腰。
年若い私たちには基本無縁な症状ですが、発症すれば歩行どころか寝返りにさえ激痛を感じるものだと聞きます。
口さがないトリニティ生の中には、これを「聖園ミカの一撃」などと言って揶揄する人もいるようですが……あの人の一撃を受けて寝込むだけで済む人が、果たしてどれほど居るのやら。
……いえ、今は関係のない話でしたね。

ともあれ、先生が汗だくだったのは腰の痛みによるものであり。
ヒナタさんが汗だくになっていたのは、単に体質によるものであったわけです。
そして目撃者のみなさんは、人が立ち入らない場所から汗だくの二人が出てきたのを見て、よからぬ想像を膨らませてしまった。
ただそれだけのことだったのですね。

「今思えば、先生が足早に立ち去られたのも誤解の内容を理解されていたからなんですね……」
「その場で誤解を解ければ一番良かったのでしょうが、そのためには誤解の内容を共通の認識とする必要がありますからね……」

人だかりの……多数の女生徒の前でそれを宣言するというのは、流石の先生でも厳しかったということでしょう。
そもそも、本人が「やらしいことなんてしてないよ!」とどれだけ言い募ったところで、邪推を止めることはできません。
『人の噂も七十五日』を期待してその場を離れたというのが、先生の判断だったのでしょう。



「それでは二つ目の状況を。これは具合の悪そうなヒナタさんを、先生が人気のないところに連れ出した時のことですが……」
「先生が私を諭してくれた時のことですね」
「ええ。この件については論じるまでもないでしょう」

これはヒナタさんから直接聞いたことがある話なので飛ばしてしまいましょう。
上に立つ者として、自らの不甲斐なさを思い知らされた一件でもありましたし……先生がそのような場面で不埒な行いをする人だとも思えませんからね。

「最後、三つ目の状況です。これは聖堂の裏手での件なのですが」
「あぁ……それは、えっと……私がまた扉を閉め忘れていて……」
「……そこに先生が入り込んできてしまった、と」

先生は冒険心が旺盛なのでしょうか?
秘められたものを探りたい気持ちは大なり小なり誰にでもあるとは思いますが、もしこれが機密情報を収めた部屋で起きていたらと考えると……先生の未来が心配で仕方有りません。

「モモトークで裏手の公園のお話をしていて、それで扉の先が公園だったので私が居るかなと足を踏み入れられたようで……」

そうして先生と話をしていたところにヒナタさんを探す声がして、慌てて先生といっしょに茂みに隠れてしまった、とのこと。
しかし茂みは、二人で隠れるにはいささか狭く。
見つかってしまいそうになったこと、ヒナタさんは隠れる必要がなかったことから、ヒナタさんだけ茂みから出てその場を乗り切った、と。

これが何故、先生との噂に繋がったのでしょう?
先の二つの状況から関連付けされたと考えるのが妥当ではありますが……。

「聞き取りは以上になります。お疲れ様でした、ヒナタさん」
「いえ! サクラコ様もわざわざ時間を割いていただいて、ありがとうございます!」
「お気になさらないでください。噂については、私も気になっていましたから」

個人的感情で動くのは、私の立場上よろしくないかも知れません。
ですが、だとしても、先生に大恩あるトリニティ生の一人として、先生の潔白を証明したいという気持ちに偽りはなく。
潔白の証明は先生の平穏無事に繋がるものと信じて、今はただ行動いたしましょう。



「――というわけで。先生からもお話を伺いたくて、マリーに当番を代わってもらい、こちらに参った次第です」
「そっか……。噂、まだ続いてたんだね」
「それほどに皆さん色恋沙汰……いわゆる恋バナというものに飢えていらっしゃるのでしょう」

私自身無関心では居られなかったのだから、他人をとやかく言うことはできません。
ともあれ、先生からも一通りの話を聞いて、ヒナタさんの話と食い違っていないか確認しておきましょう。

「倉庫での一件についてですが――」
「大きな音がしたし、扉も開いてたからつい……ごめんね?」
「いえ、見られて困るものが置いてあるわけではありませんので。その後の腰のお加減はどうでしょう?」
「後も引かなかったし大丈夫。持ち上がらなかったから、それが逆に良かったのかも」
「ふふっ。もし持ち上がってしまっていたら、無理を押して運んでいたかも知れないから、ですか?」
「手伝うって言ったからには、やっぱり見栄を張りたくなっちゃうからね……」

「ヒナタさんが体調を崩していた時のことについては、ありがとうございました」
「気にしないで、っていうのも違うかな? だとしたら……うん、どういたしまして」
「あれ以来、ヒナタさんと他の子たちとの距離も縮まったみたいで。私としては、それを見抜けなかったことに忸怩たる思いもありますが……」
「サクラコは十分頑張ってると思うよ。それに、サクラコみたいな子をサポートするのも私の役目だから」
「……ありがとうございます。これからも頼りにさせていただきますね」

「ですが、裏手の公園の一件については少し言わせていただきたいことがあります」
「うっ」
「先生。どこに繋がっているか分からない扉は、安易に覗き込まないようにしてください。もしそこがシスターフッドの機密を取り扱う部屋だった場合、我々としても『何もしない』というわけには行きませんので」
「肝に銘じておきます……」
「なので、先生にはあらかじめ聖堂の見取り図をお渡ししておきます」
「えっ、いいの?」
「はい。と言ってもあくまで公開可能なものなので、全てを詳らかにしているわけではありませんが……」
「逆に言うと、載ってない場所は入っちゃいけない場所ってことだね」
「そういうことになります。……あっ。ここは私の執務室なのですが、こちら、私が居る時であればいつでもお越しくださって構いませんから」
「その時は、アポを取るようにするね」
「入っても大丈夫な時は、扉、少し開けておきましょうか?」
「勘違いされそうだからやめてね!?」
「うふふふ」

ヒナタさんから既に話を聞いていたこともあり、お茶とお菓子をいただきながらの聞き取りは始終穏やかに進んでいきました。
聞けた話に齟齬はありませんでしたし、二人のひととなりを鑑みれば、そこに嘘偽りは含まれていないでしょう。
後はこの事実を、シスターフッドのみなさんに周知するだけ。
そうすれば良からぬ噂は立ち消えとなり、外に漏れることも良からぬ影響をもたらすこともないでしょう。



「――これが、シスターフッド内に蔓延している噂に関する事実となります。以降、みなさんがヒナタさんと先生の関係について詮索したり、あるいはみだりに噂を流したりはしないものと、私は信じております」

明くる朝。
私は臨時の朝会を開き、所属の生徒たちが一堂に会する場にて、少しばかりの時間を頂いてお話をさせていただきました。
これで、シスターフッドで長らく囁かれていた噂は終りを迎えるでしょう。
年頃の少女らしい、恋バナという話題を取り上げてしまうことに申し訳無さを覚えなくもないですが、こればっかりは仕方のないことです。

そして、良いことをしたからでしょうか?
私自身、なんだか気持ちが晴れやかになった気がします。
こんな時は、ええ、あの言葉で会を締めくくるのが良いでしょう。

「どうか今日も、平和な一日でありますように。それでは……わっぴ~!」

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