恐怖のあまりに大決壊!2
お腹が痛くなってしまった千尋は、うんちをしに人気のない旧校舎へとやってくるが……。
ごろ、ごろごろごろ……。
「……えっ?」
千尋が異変に気がついたのは、五時限目の国語の授業中のことだった。
夕立の雷のような音が、お腹から低い振動となって聞こえてきたのだ。
この音は――、
ま・さ・か……?
(うそ、まだ学校なのにお腹痛くなってきちゃうなんて……ッ)
千尋は、学校ではなるべくうんちはしないようにしていた。
なんだか恥ずかしい気がするし、それにいつも牛乳をたくさん飲んでいるから下痢気味で、個室の外にまで音が聞こえてしまうからだ。
(うう~。今朝、しっかり出してきたのにっ)
黒板をノートに取りながら、ゴロゴロと不協和音を奏でているお腹をさする。
なんでお腹が痛くなったんだろう?
思い当たることといえば……。
今日はお休みの生徒が五人いたから、その生徒たちの牛乳を全部飲んでしまった。
それにそのあとドッジボールで男子相手に思いっきり暴れてきた。
……そのとき、お腹が牛乳でチャポチャポ波打っていたような気がしたけど、それがまずかっただろうか?
(確かにお腹タプタプだったけど! 牛乳飲み過ぎちゃったけど! ……はうう!?)
ギュルッ。
ぐるるる~~~。
一段階強くなった腹痛に千尋は苦悶の表情を浮かべてしまう。
腹痛には波がある。
この波を越えることができたとしても、次の波は必ずやってくるのだ。
しかも、その波は今の波よりもずっと高く、苦痛を伴う。
それに痛みに耐えるということは、千尋自身の体力も消耗するということだ。
もう、長くは保たない――。
そのことを理解しているのは、誰よりも千尋自身だった。
(ど、どうしよう……っ。お腹、痛くなってきちゃった。あと……、授業はあと何分で終わるの!?)
教室の前にある掛け時計を見上げると、次の休み時間まであと十五分とあった。
(うう、十五分なんて微妙な時間……! おトイレに行ったら授業終わってそうだし! そんなの恥ずかしすぎるし! でも、我慢しきれるかもわからない……!)
ぎゅるる、
ゴロゴロゴロ……。
こうして逡巡しているあいだにも、刻一刻と次のビッグウェーブが迫ってきている。
今は小康状態だけど、大きな波がやってくる時というのは、それだけ潮が引くということを意味する。
(つ、次の波に耐えられそう……? あと十五分、保つの!?)
千尋の額に、脂汗が浮き上がってくる。
それは焦りからなのか?
それとも苦痛からなのか?
それは千尋自身にも分からないことだった。
……が。
(うっ、ううー! お腹、痛い……!!)
ぎゅるるるる!
まるでお腹のなかで怪獣が暴れ回っているみたいだ。
直腸が波打つと『なにか』がお尻のすぐそこのところにまでやってくる。
それは、おならなのか、それとも……。
(お腹痛いっ、痛いっ! もう、ちょっとだけなら……っ)
とっさにおならだと判断すると、少しずつ、少しずつお尻の力を抜いていく。
ぷす、ぷすす……。
普段だったら、こんなに恥ずかしいことは人前ではしない。
だけど、その禁忌を犯さなければならないほどに、千尋は追い詰められていたのだ。
(は、はあ……。出ちゃった……。よかった、おならで……)
空気とはいえ、腸内のものを出せればそれだけ楽になれる。
これであと十四分間。
なんとか我慢でき――、
「は、はうう!?」
ぶじゅっっ!
お尻で弾ける、熱いお湯のような感触。
この感触は間違いない。
どうやら『実』まで出てきてしまったようだ。
「ぅぅー!」
なんとかすぐにお尻を閉じるも、どうやら一瞬だけ手遅れだったようだ。
ショーツの内側に、確かに熱い感触を感じることができてしまう。
(や、いやぁ……。も、漏らしちゃっ、た……?)
ほんの少しの量だけど。
この年にもなって、まさか学校でうんちを漏らしてしまうだなんて。
ショーツに染みこんでいく、お湯のような感触に、千尋の心は深い絶望へと沈んでいった。
微かに漂ってくるのは、卵を腐らせたかのような生温かい香り。
それは間違いなく千尋の腸内でドロドロになっている未消化物の臭いに他ならなかった。
(臭いが……ううっ、こんなに臭うなんて……! お願い、誰も気づかないで……!)
心の中で何度もお願いするも、しかしそう簡単に消えてくれる臭いではなかった。
ただでさえ夏場の教室はエアコンをつけているから閉め切っているのだ。
恥ずかしい臭いは、教室に籠もることになってしまう。
最初に騒ぎ出したのは、男子のなかでもお調子者の生徒だった。
『なんか臭くねー?』
『ああ、誰かが屁こいたんじゃね。こういうときって、言い出しっぺが一番怪しいよなあ』
『俺はこんなにくせー屁は出さねえよ。お前の方こそ怪しいんじゃねえか?』
『俺だってこんなに臭くねえよ! ったく、同じ給食食べたってのに、なんでこんなにくせー屁が出せるんだよ、なあ!?』
妙に演説ぶった声に、男子ばかりか女子までも、くすくすと忍び笑いをしてしまっている。
まさか、この腐敗臭が千尋の腸内から漏れ出したものだとは誰も思ってもいないだろう。
(どうしよう……。臭い、みんなにバレちゃってる……。こんなんじゃ、トイレに行けないよっ)
こんなに騒がれてしまっては、トイレに立つことさえもできなくなってしまう。
今、ここでトイレに行かせて欲しいと先生にいえば、それはこの悪臭の原因が自分自身だと認めるようなものだからだ。
(我慢しないと……。休み時間まで我慢しないと……)
ゴロロッ!
ギュルルルル。
ゴポポッ!
人間というのは実に不思議なもので、なにかを禁止されるとやりたくなってしまうものだ。
きっと、それは本能にも刻み込まれているのだろう。
トイレに行けないと分かった途端に、千尋の大腸は悲鳴を上げはじめたのだ。
「ううっ、あっ、あぅぅ……!」
腸が雑巾のように絞られるのような痛み。
千尋の額に、びっしりと脂汗が浮き上がり、背筋には滝のような冷や汗が流れ落ちていく。
(い、や、ぁ……。ダメッ、うっ、ううう!)
ぎゅるるるる!
ゴポッ、ゴポポッ!
ついに恐れていた腹痛の大波――。
大腸が大きく波打ち、牛乳でドロドロになった未消化物が一気に下ってくる。
(うっ、ううぅ……! お尻、苦しい……!)
ゴポッ、ゴポポッ!
ギュル! ギュルルルルル!
今にも決壊しそうな痛みに、意識が真っ白になる。
少しでもお尻から力を抜けば、きっと楽になることができるだろう。
だけどその代償として、明日からもう学校に来ることはできなくなってしまうに違いなかった。
もしもここで力を抜けば、柔らかい下痢がショーツのなかにぶちまけられて、待っているのは無様な大決壊――。
(あっ、だ、だめぇ……!)
…………じゅわぁ……。
意識が白くなり、じゅわりと股間が生温かくなる。
あまりの苦しみに、おしっこが漏れ出してきてしまったのだろうか?
それとも下痢が?
我慢することで必死になっている千尋には、よく分からなくなっていた。
ただ、ショーツのお尻の部分がジンワリと生温かくなり、夏の熱気に股間が蒸れ返っていく。
(おっ、おおおぉぉ……。も、もう無理ぃ……! こ、ここで……教室で出しちゃう、しかないの……!?)
腹痛の波に、大きく蠢動している大腸。
雑巾を絞るかのような痛みに、ついに千尋の心は折れ――、
だが、この世の地獄にも神様って言うのはいるのだろう。
「あっ、もう無理……」
フッと千尋の意識が遠のき、お腹からも力が抜けて……、もう決壊を待つばかり……。
だけど、チャイムが鳴ったのは、そんなときだった。
「えっ?」
千尋には一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
なんで急にチャイムが?
それになんで授業が終わっているのだろう?
白みがかった意識で、次の体育の授業の準備をする生徒たちを眺めていると、そのときになってようやく千尋は気がついた。
「授業、終わってくれたんだ……!」
どうやら魔の十五分を乗り越えることができたらしい。
それに幸いなことに、腹痛の波もいつの間にか越えていたらしい。
腸が破裂しそうなほどのお腹の痛みは、不思議なくらいどこかに消え去っていた。
「よかった……! これでトイレに行ける……!」
男子たちは早くも体操服に着替えはじめ、女子たちは体操袋を持って更衣室へと向かう。
そんななか、千尋はこっそりとトイレへと立つのだった。
☆
(早くトイレ行きたい……! も、もう限界だよ!)
周りの生徒たちに勘づかれないようにしながら、千尋はトイレを目指して廊下を急いでいた。
だけど、千尋が目指しているのは教室から一番近くにある女子トイレではなかった。
目指しているのは、滅多に人がこない、その先――。
そう。
旧校舎の女子トイレだった。
今では珍しい汲み取り式の和式の便器で、お世辞にも綺麗とは言えないトイレ。
旧校舎までは片道五分はかかるし、わざわざそんな汲み取り式の好んで使う女子なんていなかった。
(うんち、してるのバレたら恥ずかしいもんね)
だけど千尋をはじめとして、学校でうんちをしたくなった女子たちには意外と人気があるらしかった。
……まだ一度も、女子と鉢合わせたことはないのだけど。
(うう、早くしないと漏れちゃうよ。それに次は体育だし、早く出して着替えないと)
千尋はやや早歩き(漏らさない程度)で旧校舎のトイレへと向かっていく。
この小説は、大決壊! 誰にも言えないに収録されている作品です。
フルカラーのイラストもありますので、気になった方は購入してもらえると創作活動の励みになります。