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-freya- 2023/06/05 14:54

ヒトイヌスイートプランを利用する女の子

「ねぇ、光瑠ちゃんってパパ活してるでしょ?」

 放課後の喫茶店で高城璃音に告げられた言葉は私を動揺させるのに十分だった。
 過去の記憶が走馬灯のように浮かんでは消える。
 どこから情報が漏れたのか。自分の記憶を頼りに色々考えるけれど、たぶん意味はない。
 私、三枝光瑠がサポート交際を行っていた事実は変わらないのだから。

「ちゃんと写真もあるよ」

 それは高城璃音が見せてきたスマホの画面にもくっきりと刻まれている。

「な、なんで……あんたがこんなの持ってんのよ」

 彼女のスマホにある写真は、五日前の日曜日に40代半ばの男性とランチを食べたときのものだ。
 琥珀色のストレートヘアーを肩まで下ろし、メイクやファッションを何倍も綺麗に見繕って本来の自分らしさを押し出すように煌びやかな衣装まで着飾ってる女の子は間違いなく私と同じ顔をしてる。
 学生姿の私を知っているクラスメートたちなら大人びた外見すぎて見向きもしないはずだけれど、高城璃音は違ったらしい。

「それはナイショ」

「……そう」

 こういう身バレが起きないように学校に通うときはあえて地味なメイクとファッションを心掛け、私は普通の生徒を演じてきた。
 メイクに気を遣いすぎると高嶺の花になりすぎて目立つし、逆に何もしなさすぎると名前もわからない雑草に成り下がりイジられキャラにされてしまう。
 そうならないように最善の注意を払って、丹精込めて梳いた髪をあえてポニーテールに束ね、田舎にいる学生のような芋っぽさを前面に押し出しながら悩みのない明るい高校生として振舞ってきた。
 クラスメートと親しめる中間的な立場を継続していくことはリスクもあったかもしれないけれど、高校卒業を控えた今の今まで誰にもサポート交際のことがバレたことはなかったし、周囲に迷惑を掛けた覚えもない。
 なのに、よりにもよってクラスで一番の不良少女である高城璃音にバレてしまうなんて最悪にもほどがある。
 彼女の口からクラス全体に私のサポート交際の噂が広まれば「パパ活女」って蔑まれるのは目に見えているし、それが教師に伝われば、私の学歴に傷がつくのは避けられない。
 どうにかしてスマホの写真を消してもらわないとこのままでは社会的な立場が潰えてしまう。
 
「……何が目的?」

 高城璃音といえば、麻薬の取引をしてるとか、風俗店で働いているとか、臓器を売り捌いてるとか、そういうヤバい噂でしか名前を聞いたことがない。
 私もサポート交際をしているから、まともではない側の人間だけれど、あくまでも交際をして楽しんでもらった分のお金を受け取っているだけで、犯罪までは手を染めていない。
 まぁ、ちょっとばかりエッチなことに興味があってそういうのに首を突っ込みそうになった場面はあったけど、本格的な行為には至らなかったからあれは、ノーカウントだ。

「大したことじゃないんだけれどね、あたしに付き合ってほしいの」

 ふふ、と口角を吊り上げながら高城璃音はこれでもかというほど明るく染めたサラサラの金髪を指で梳いて、蒼いカラコンの入った瞳を輝かせる。
 その様子は新しいおもちゃを手に入れた三歳児のようだった。

「悪いけど、危ないことは絶対やらないから」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ? あたしと一緒にホテルに泊まってほしいだけだし、それに最後まで一緒にいてくれたら写真は削除する。まぁ、途中で帰ったり、断ったりしたら写真は学校に送り付けるけどねー」

 高城璃音は横髪を指でくるくる巻きながら冗談めいたように笑うけれど、脅迫してくるような人間に警戒しないほうがおかしい。
 そして、彼女の言葉からして、わかったことがある。私に拒否権はないらしい。
 マジでどうしよう。
 このままだとめんどくさいことになりそうだ。

「……ちょっと、考えさせて」

「うん、コーヒーもあるしゆっくり考えて」

 何か逃げ道はないかと模索する私の前で高城璃音はブラックコーヒーの入ったカップを左手で持ち上げて桜色のリップを縁につける。
 なにも喋らず、制服も着崩してなければ、金髪碧眼のその仕草はどこぞのお嬢様って感じで上品さを漂わせてる。

「うん、おいしい」

 彼女に脅迫されるという形ではなく、友だちとして喫茶店に訪れていたのなら、もう少し違った雑談ができていたのかもしれない。
 実のところ、私は高城璃音のことをよく知らないのだ。
 教室で時々目が合うことはあったけれど、それ以上の関係になったことはない。
 言葉を交わしたとしても挨拶程度だったし、高城璃音にまつわる情報は、すべて噂だけ。
 だから、彼女が私をホテルに連れていってなにをさせるつもりなのかまったく検討がつかないし、なぜ私が目をつけられているのかさえわからなかった。

 学校には私以外にも危ない橋を渡りかけてる奴らはたくさんいる。そういう奴らは学校で教師の目を掻い潜りながら表立って行動してるから、悪い噂でもちきりの高城璃音と実にお似合いな関係を築けるはずだ。
 考えれば考えるほど、そっちを誘えばよかったのに、と謎の私怨が立ち込めてくるばっかりで、一向にこのピンチを乗り切るための作戦は浮かばない。
 関われば、ろくでもないことないことになるぞ、と私の直感が告げてくるだけだった。

「そういえば光瑠ちゃんってさ、お金に困ってたりするの?」

「……別に困ってないけど」

 高城璃音はカップを置くと興味ありげな眼差しを向けてくる。私はその眼差しから目を背けるように残り少ないカフェオレをストローで吸い取る。ここのカフェオレはミルク感が強くて結構好きな味をしてるから気持ちが落ち着く。

「そうなんだ? サポしてるからてっきり困ってるかと思ったんだけどなぁ」

「逆だよ。サポしてるから困ってないの」

「あぁ、なるほどねぇー」

 ヤバい、口が滑った。
 いつもなら、お金とサポのことについては適当にはぐらかして絶対話さないのに、考え事で意識を反らされてるせいなのか喋ってしまった。
 挙句の果てに氷しか残ってないグラスのストローを咥えてズロロと虚しい音を立ててしまう。めちゃ恥ずかしい。

「ならさぁ、あたしも光瑠ちゃんにお金払ってあげるってのはどう?」

 ……は?
 お金払うって言った?

「ホテルに一緒に来てくれたら、サポ代としてお金あげる。最後まで一緒にいてくれたら写真も削除してあげる。コレなら条件いいでしょー?」

 要するに、私をお金で買おうってわけか。

「あんた、マジで言ってる?」

「本気だよ。なんなら前金であげてもいいし」

 高城璃音はスクールカバンから有名ブランドの長財布を取り出して、そこから諭吉を何枚か抜き出すとテーブルの上に差し出した。

「一緒に来てくれたら、コレの三倍追加で出してもいいよ?」

 現時点でも諭吉が5枚並んでる。
 その三倍を出すってことは合計で20枚ってことになる。
 明らかにヤバい。
 ここまで高いサポはしたことないし、逆に怪しすぎる。てか、どんだけお金持ってんだ?

「本当に危ないことはしないの?」

「しないよ? 一人じゃ心細いから、光瑠ちゃんにも一緒に来て欲しいだけ、それに」

 何かを言おうとして私から視線を外すと高城璃音は周囲を物思いに確認する。周りに聞き耳立ててる人がいないかどうか探っているみたいだった。

「……それに?」

 首を傾げる私へ口元を隠すように手を添えながら高城璃音がテーブルに身を乗り出し口を開いた。

「すっごく、気持ちいいと思う」

「……はぁ?」

 確実に弄ばれた。
 意味がわからなくて若干怒りが溢れてくる私とは違って、高城璃音は悪戯が成功した幼稚園児みたいに整った白い歯を見せてニヤニヤ笑ってる。まさかコイツ、レズとかバイとかそっち系のやつなんだろうか。

「まぁ、これから行くホテルだけにしかない特別なサービスなんだけど、あたし一人で受ける勇気がなくってさぁ、光瑠ちゃんに一緒に受けて欲しいんだよね」

 一人で受けるのが怖い特別なサービスってなに?
 ますます混乱してきた。

「てか、なんで私なの?」

 ずっと気になっていたことも聞いてみる。
 高城璃音が私を選んだ理由を知りたかった。

「それは、光瑠ちゃんならアタシの秘密を守ってくれそうだったから、かなぁ?」

 先ほどまでの悪ガキっぽい表情から一転して、璃音は真顔で答えてくる。

「なにそれ、写真で脅しておいて何も説得力ないじゃん」

「だって、付き合ってもらっちゃったら写真は消さなきゃいけないし、口止めしておけないでしょ? つまり、終わったあとはアタシの秘密を握られちゃうってわけ。それなら、秘密主義の光瑠ちゃんが一番信用できると思ったんだよねー、変かなぁ?」

 私が考えていた答えの数倍は筋が通ってて気持ち悪い。てっきり、都合のいいオモチャを見つけたから弄んでやろうとしてるのかと思ってた。
 たしかに高城璃音がいうとおり、私は自分のことも他人のことも分け隔てなく秘密が外に漏洩しないよう心がけてる。なぜなら、秘密を破るのは碌でもないことって知っているからだ。
 完璧に見える繋がりも、一つの小さなヒビが亀裂を生み、大きく崩れ去ってしまう場面を何度もこの目にしてきた。
 秘密を守る誠実さは人間として必要不可欠な素質であることを理解してなければ高城璃音が放った言葉は出てこない。
 彼女の言葉すべては納得できない……けど。

「一理あるかも」

「ほら、光瑠ちゃんのそういうところが信用に値するんだよ」

 蒼い瞳をキラキラ輝かせて頬を緩ませる高城璃音が妙になれなれしく感じてしまう。
 彼女から見れば、私は同じ穴の貉なのかもしれない。
 もし、彼女が秘密についてリスクを負うつもりで声を掛けてきたというのなら、私もリスクを負うのは当然だと言える。

「だから頼むよー、光瑠ちゃんしかいないんだぁ」

 最後の一押しと言わんばかりに高城璃音は両手を合わせてお願いしてくる。
 もしも、この言葉が彼女の本心からのものであるとするならば、高城璃音が私の生活の障害にならないようにとるべき選択は一つしかない。
 彼女の秘密の一端を聞いた私がこの申し出を断れば、彼女は確実に、私を社会的な立場から蹴落とそうとしてくるはずだからだ。

「あんたの秘密がどういうものか知らないけど、さっき提示してきた条件は忘れてないよね?」

「うん、一緒に来てくれたら写真は削除するし、そこにある前金もあげる。終わったら残りの分もちゃんとあげるよ」

「……なら、その話し乗ってあげる」
 
「ふふ、決まりだねー」

 私と彼女の接点は写真だけしかないのだから、写真が消えれば、私と彼女の関係も消えてなくなる。一回きりの関係なら、今のうちに終わらせておいたほうがいいだろう。
 たぶんそれが今の私が選べる最善の選択だ。
 
「じゃあ、さっそくだけど行こっか」

「え? 今から?」

 高城璃音はテーブルの伝票を取り上げるとコーヒーの入ったカップを残して会計に向かおうとする。

「そうだよ、光瑠ちゃんならオッケーしてくれると思ってたから予約してあるんだ」

 いくらなんでも計画的すぎるでしょ。

「問題でもある?」

 フリーズしてる私に高城璃音が問いかけてきた。
 問題は大ありな気がするが、これ以上話をややこしくしたところで私にメリットもない。ここはとりあえず大人しく従ったほうが賢明だろう。早く終わるならそれに越したこともないし、マジでヤバそうなら写真のことなんて放っておいて引き返せばいい。

「大丈夫、親に泊まることだけ伝えておく」

「オッケー、じゃ先に行ってるね」

 スマホで「友だちの家に泊まる」と親にメッセージを送ってから、レジへ向かう。
 そのころには会計が終わってた。
 
「いくらだった?」

「誘ったのはアタシだから払うよ」

「いや、自分の分は出すし」

「だめだめ、そこはきちっとしておかなくちゃね」

 結局押し負けて高城璃音に奢られてしまった。
 店員さんに「ごちそうさまでした」と挨拶してお店を出てから、高城璃音にも「ありがとう」と言っておく。
 サポート交際をするような私でも、人に奢られたらお礼はする。

「いいよ。それよりもう来てたみたい」

「来たってなにが……?」

「お迎えだよ」

 高城璃音の見ているほうへ視線を移すと白くて大きな縦長の車が停まってた。
 どこからどう見ても高級車の風貌を携えているその車はリムジンっていう名前だった気がする。
 扉の前には白と黒の不自然な光沢を放つメイド姿の女性が立っていた。
 ショートボブに揃えた栗色の髪に端正な顔立ちをしたその人は、プロフェッショナルな大人の笑顔で一瞥してから、私と璃音にお辞儀した。

「お迎えにあがりました。璃音お嬢さま、光瑠お嬢さま」

「お、お嬢さま?」

 メイドさんの言葉に開いた口が塞がらない。目を凝らすと彼女のメイド服はゴムでできているように見えるし、何がなんだかわからなくて混乱する。

「光瑠ちゃん面白い顔してるね」

 そりゃ面白い顔にもなる。「お嬢さま」なんていう恥ずかしい言葉で他人に自分の名前を呼ばれたことなど生まれて一度も経験したことなんてなかったし、ゴムのメイド服も初めて見る。

「あんたってお金持ちなの?」

「いやぁ、アタシのメイドじゃなくてホテルのスタッフさんだよ。あと『あんた』じゃなくて親しみをこめて『璃音』って呼んでほしいなー」

「へぇ~……」

 名前の呼び方についてはどうでもいいけれど、ゴムのメイド服を着た女の人がホテルのスタッフさんとは驚きだ。
 お迎えにあがるほどのサービスとは、よほど高級なホテルであることは間違いなさそうだけれど、特別なサービスっていったいどんなサービスなのだろう。『すっごく、気持ちいいと思う』と璃音は言っていたが、謎は深まるばかりだ。

「どうぞ、お乗りください」

 私と璃音の話しに一区切りがついたところでメイドさんはリムジンの扉を開けた。「いつもありがとうございますカエデさん」とちゃっかりメイドさんの名前を発しながら璃音はリムジンの中に乗り込んでいく。その様子を他人事のように眺めていると「光瑠ちゃんも早くおいでよ」と璃音に急かされて、カエデさんを一瞥してから軽くお辞儀し、私も乗り込むことにする。
 
「うわ、すご」

 車内は純白と金色で統一された空間が広がっていて、ゴムのような甘い香りに満たされていた。
 普通の車と同じで天井は低いけど、奥行きは広い。奥のほうにソファーみたいな横長のカーペットがあり、まさにリムジンという高級車ならではの雰囲気を漂わせている。
 ただし、車内は光沢を放つ白いゴムで覆われていることだけは違和感の塊だった。
 
「光瑠ちゃん、こっちに座ろ」

 どこに座るべきか迷っていると奥にいる璃音に促され、隣に座ることにする。

「……うっ」

 手のひらが車のカーペットに触れるたびにギュチギュチとゴムの感触が伝わってきて背筋がゾワゾワした。
 そこへカエデさんが乗り込んできて扉を閉める。

「この度はヒトイヌスイートプランをご利用いただき誠にありがとうございます。お嬢さま方は移動の前にアイマスクの着用をお願いします」

 ホテルのサービス名のようなことをカエデさんは発してから、私と璃音にアイマスクを手渡してきた。
 なんとかスイートって言ってたような気がするけど、ゴム塗れの空間に気を取られていて聞き取れなかった。アイマスクもエナメルっぽいゴム製でできてる。意味わかんない。

「どういうこと?」

「移動中は目隠しをする決まりなんだよ。特別なサービスだから、所在地は秘密になってるの」

「……いや、そういうことじゃなくってさ」

「大丈夫だよ、心配ないって」

 ゴムだらけのことについて璃音に聞きたかったのだけれど、伝わらなかった。
 どう考えても不安しかないけれど、璃音は笑いながらアイマスクをつけてしまう。
 蒼い瞳が黒いゴムの膜に隠されて、テレビのロケを受けるタレントさんみたいな見た目になっていた。

「さぁ、光瑠お嬢さまもお願いします」

「……わかりました」

 カエデさんに促されて私も渋々アイマスクを着用する。当たり前だけど何も見えなくなった。
 アイマスクを使うとよく眠れると噂で聞いたりするけれど、たしかにこれほど視覚情報を遮るならありかもしれない。ゴムじゃなければの話だけれど。

「では、発車いたします」

 走行中は特に会話というものもなく、リムジンは数十分ほどで目的地に停車した。
 アイマスクを外したい衝動に駆られるけれど、まだアイマスクは外さないように、とカエデさんからレクチャーされたからどうすればいいか合図を待つ。
 ガチャ、とリムジンの扉が開く音が聞こえると「光瑠お嬢さまは私が手引きいたしますね」とカエデさんのゴムに包まれた細長い指に手を取られ、ゆっくりと車を降りていく。

「そのまま、ついて来てください」

「あの、璃音は?」

「璃音お嬢さまは私がお連れいたします」

「え、もう一人いるの?」

「申し遅れました、私はツバキと申します。以後お見知りおきを」

 視界が塞がっているから姿までは見えないけれど、どうやらカエデさんと同じホテルのスタッフさんらしい。規則正しい言葉遣いから想像するにカエデさんとおなじくゴムのメイド服を着ていそうだ。「アタシは心配ないよー」と璃音の声も後ろから聞こえてきて一人で連れていかれるわけじゃないことを理解してちょっと安心する。

「では、光瑠お嬢さま。参りましょう」

「はい」

 カエデさんに促されて歩みを進めるが、真っ暗の視界のまま他人の手を頼りに歩くというのは中々に恐怖心をくすぐってくる。
 一歩ずつ地面を確認しながら歩いていても、どこかで床を踏み外してしまいそうな予感が脳裏によぎっては消える。
 おかげでカエデさんのゴムに包まれた手をぎゅっと強く握ってしまったりする場面が何度かあったけれど、そのたびにカエデさんが身体を支えてくれるから足を踏み外すことはなかった。

「アイマスクをはずしていいですよ」

 カエデさんの手が離れたから、指示通りアイマスクを外す。

「うわ、なにここ!?」

 そこは想像していたホテルの空間ではなかった。
 
 右側にはダンスの練習場みたいに一面が鏡で覆われた壁があり、周囲は白と黒を基調としたモノクロタイルの壁が佇んでいる。
 それらを挟みこむように天井は白一色で、床は黒一色に覆われていた。
 やはりというべきか、鏡以外はゴムで作られているようだった。

 白と黒が入り乱れる異世界に迷い込んでしまったような違和感に現実との区別が曖昧になる。
 私が想像していたのは、きらきら光る豪華な装飾を施された照明や壁があって、名前もわからない絵画が飾られていたり、床は幾何学模様のペルシア絨毯などが敷かれている高級ホテルだったのだけれど、全然違った。

 目の前に映るすべて、そのどれにも当てはまらなくてガッカリしてしまう。
 私はとんでもないところへ来てしまったらしい。
 
「光瑠ちゃん、こっちに荷物預けるよ」

 いつのまにか入ってきてた璃音に鏡とは反対側にある部屋の隅っこへ来るように手招きされる。そこだけ白黒の壁に鋼鉄製の扉が備え付けてあるように見えた。
 私が歩み寄っていく間に璃音の隣にいるもう一人のメイドさんであるツバキさんがその扉を開けて、璃音から受け取ったスクールカバンを中へ収納してる。ツバキさんの外見はカエデさんを見習ったような装いをしていて、はたから見ると姉妹のように見えた。
 ぼーっとしていると「お預かりしますね」とツバキさんに私のスクールカバンも収納されてしまう。どうやら、この鋼鉄製の扉は荷物を預けるためのロッカーのようなものらしい。
 さらに横からカエデさんもやってきて、入り口にあった私と璃音の靴を収納スペースへ入れてしまう。おまけに璃音はなぜか制服のブレザーに手を掛けて衣服を脱ぎ始めてた。

「な、なんで脱いでんの?」

 乳白色の柔らかそうな肌が開け放たれたブラウスから露出して水色の下着が見え隠れする。女の子同士とはいえ何も言わずに脱がれるのはさすがに困る。っていうか、何故脱ぐ必要があるのか説明してほしい。
 やっぱそっち系なんだろうか。

「これから着替えるから、服も全部預けるんだよ。光瑠ちゃんも早く脱いじゃって」

「……まじ?」

 スカートもブラウスも脱いでしまったら、残るのは恥部を隠すだけの布切れだけになるというのに、璃音は遠慮なしにすべて脱いでロッカーの中へ収納していく。羞恥心って奴は持ち合わせていないらしい。
 璃音が痴女っていう噂はあながち間違いじゃなかったかもしれない。

「ほら、カエデさんとツバキさんが待ってるよ? それとも、二人に脱がしてもらう?」

 璃音の言葉に二人へ視線を向けると「いつでも脱がせますよ」という凛々しい面立ちを私に向けてくる。

「いや、自分で脱ぐからいい」

「じゃあ、早く裸になっちゃって」

 急かしてくる璃音にちょっとイラつく。
 ニヤニヤ笑ってる様子からして動揺してる私を見て楽しんでるみたいだ。
 今ここで殴ってしまいたい衝動に駆られるけれど、カエデさんとツバキさんが見ているからやめておく。
 いまいち状況は理解できていないけれど、制服に手を掛けて璃音と同じように衣類を脱ぐことにした。
 私は痴女じゃないからね?

「お、やっぱ光瑠ちゃんってスタイルいいね。お肌もスベスベで毛の処理もしっかりしてるみたいだし、ジムとか通って鍛えてたりするの?」

 下着姿まで制服を脱ぎ終えたとき、酔っ払いのオヤジみたいに振る舞う丸裸の璃音がじろじろと私の身体を視線で舐めまわしてきた。その目は明らかに品定めをしているようにしか見えない。

「ちょ、変な目で見んなっ!」

 胸をターゲティングしてる蒼い瞳から咄嗟に胸を隠す。他人に見せるために頑張ってきたわけじゃない。

「いいスタイルしてるんだから、別に隠さなくてもいいのに〜」

 口をすぼめながら璃音はぷるぷる揺れる自分のおっぱいは隠さずに、腕で隠してる私のおっぱいを覗きこもうとしてくる。ホント、タチが悪い。
 痴女というよりも変態オヤジかもしれない。無理矢理にでも話題を変えないとずっと身体について色々と聞かれそうだ。

「うるさい……っ! てか、あんたもスタイルいいじゃん?」

「え、光瑠ちゃん褒めてくれた? 超嬉しいんだけど」

「別に褒めてない、客観的な事実を言っただけ」

「えへへー、照れ屋さんなんだからぁ〜」

「だから、うっさい……っての!」

 マジで褒めたつもりはないけれど、胸は璃音のほうが私よりも大きいのは確かだ。
 同年代で自分のFカップよりも大きいサイズを見たことがないからわかる。
 おまけに手足の締まり具合と身体の曲線や腰のくびれからして璃音は相当絞ってる。毎日運動をしたり、栄養制限を設けたり、様々なところで気を遣っていないとここまでの体型は作れないはずだ。
 背の高さも私と大差ない。こうしてみてみると私と璃音はほぼ同じ体型をしているのかもしれない。
 意外にも努力家なのだな、と璃音の評価は改めながら脱いだ下着をロッカーの中に入れる。ポニテに結んでる髪留めをどうするか迷ったけど直すのも面倒だし、外さずにそのままにしておいた。

「では、閉じますね」

「あ、はい」

 横にいたツバキさんが鋼鉄製の扉を閉めるとピピッと音が鳴りガチャンッ、と鍵のかかる音がした。数秒の沈黙を得て、目の前で起きたことに疑問が浮かび上がって、気づく。

「ちょっと待って」

「どうしたの?」

 セミロングの金髪を揺らして首を傾げる璃音の問いかけなど気にもとめず、ロッカーを開けようとしたのだが。

「開かないんだけど?」

 把手はロックされており、いくら扉を開けようとしても開いてくれない。鍵を持たずに家の外へ閉め出された気分だ。

「サービスが終わるまではロックされるんだよ」

 それをあたりまえって感じで言われる。

「早く言ってよ!」

「言ってなかったけ」

「言ってない!」

 胸を隠す腕の力が強くなる。
 こんな訳の分からない空間で裸になるだけでも恥ずかしいのに荷物が自由に取り出せないなんて酷すぎる。
 鍵を閉められるとわかっていたら、せめて下着だけは身に着けていた。

「光瑠お嬢さま、こちらにお召し物をご用意いたしましたのでどうぞいらしてください」

 そんな私の気持ちを察してくれたカエデさんが、用意されている着替えのもとへ来るように手招きしてきた。
 璃音よりカエデさんのほうが頼りになる。
 全裸から解放されたい私は、奥にいるカエデさんのもとへ駆け足で移動して、

「こちらが光瑠お嬢さまが着用するラバースーツです」

 目の前に広げられたキャットスーツみたいな黒いゴムスーツを見て足を止めた。

「な、なんですかそれ?」

「ラバースーツです」

 顔色一つ変えずにカエデさんは復唱するけど、ぜんぜん説明になっていなかった。
 ラバースーツってなに?

「きゃ、キャットスーツ……なんですか?」

「そうですね。キャットスーツをラバーで作った、というところでしょうか」

 カエデさん曰く、全身にドレッシングエイドという潤滑液を塗ってから着用するラバー製のキャットスーツらしい。
 ラバーの生地を肌に密着させるために私の身体よりも少し小さめのサイズを用意してあるとかなんとか説明されたが、右から左に話が抜けていく。カエデさんの後ろにある作業台のようなテーブルには他にも名前のわからない道具がたくさん並べられていた。

「光瑠ちゃんって、ラバースーツ初めてだった?」

 あとからやってきた璃音は、まるで私が経験済みだと思っていたかのような口振りで話しかけてくる。

「こんなスーツ知らないに決まってるでしょ」

 レザーのキャットスーツなら、パパ活してたおじさんからプレゼントされたことがあり、恥ずかしい見た目をしてたけど好奇心から自室で試着してみたことがある。
 でも、あれはフロントにジッパーがあって前開きになるタイプだったし、手や足先にまで生地はなかった。
 このラーバースーツをよく見てみると、クロッチの部分にしかジッパーがないし、手も足も完全に包み込んでしまう仕様になっている。おまけに私の知っているキャットスーツよりも小さくて薄っぺらくてテカテカしてた。まさに完全にゴムって感じだ。
 これだとラバーの生地が皮膚に密着して、着用してもストッキングのように裸同然のラインが維持されてしまうのではないだろうか。
 表面がツルツルしてて滑らかだし、コレを身に着けるのは裸よりも恥ずかしいような気がする。

「着るの結構難しいから、カエデさんに手伝ってもらってね。アタシはツバキさんにやってもらうから」

「まさか、着なくちゃダメなの?」

「別に着なくてもいいけど、裸のままでいるつもり?」

「それもいやだけどさぁ……」

「だったらほら、ちゃんと着せてもらってよ」

 璃音と話している間にも、カエデさんとツバキさんはそれぞれにドレッシングエイドという液体を手に取って用意していた。
 二人の手を黒く染めているゴムがテカテカと光沢を放ち、天井の照明を反射して妖しく光る。

「……うわ」

 どうして気づかなかったのだろう。
 カエデさんとツバキさんの二人はゴムのメイド服の下にラバースーツを着用してる。
 私たちの正装です、と言わんばかりの振舞いに、今の今まで気がつかなかった。

「光瑠お嬢さま、準備はよろしいですか?」

 頬をひきつらせてる私に気を遣ってくれているのかどうかわからないけど、璃音の下半身にドレッシングエイドを塗布しているツバキさんとは違ってカエデさんは待機してくれている。
 この空間にいる人間で目の前で起きている状況に抵抗を示しているのは、私だけしかいないらしい。
 想像していた状況の何倍も意味不明だけれど、璃音に付き合うことを条件として取引をしてしまったし、ここまで来たのに引き下がるというのもなんだか癪だ。
 それに、こんなにも意味不明な見た目をしてるラバースーツがどんな着心地なのかちょっと気になってしまった。

「……もう、カエデさんにお任せします」

「かしこまりました」

 意思確認を終えたカエデさんは、私の足にドレッシングエイドという液体を丁寧に塗り込んでいく。
 ラバーに包まれた細い指が足を這いまわって、液体が肌に馴染んでいくのがわかる。
 他人に身体を触られるのっていつぶりだろう。

「上は光瑠お嬢さまご自身で塗布してください」

「わ、わかりました」

 ドレッシングエイドを手のひらの上に出してもらい、腕や肩、胸周りなど、デリケートなところは自分で塗っていく。
 ローションだとヌメヌメしてて滑りが良すぎるけど、これはさらさらしてる。
 ローションとは成分が違うらしい。
 結構な量を全身に塗り込んだところでカエデさんからラバースーツを渡された。
 そのまま説明されるままに首の部分から、足先にあたる部位までを手繰り寄せていく。

「まずは片足を入れてから、爪先が底に当たるまで引き上げてください」

「は、はい」

 カエデさんに説明されるままに爪先からストッキングを履くように黒い膜の中へ右足を突っ込んでみる。
 ギチチッ、とラバーが肌に擦れて変な音が足先から太ももへ伝わってくるし、空気が邪魔をして上手く入っていかない感じがしたけれど、ラバースーツを手繰り寄せつつなんとか奥まで足を到達させた。

「お上手ですよ」

「あはは……」

 カエデさんに褒められたけど、苦笑いする。たしかにラバースーツにはちょっと興味はあるが、この行為を全面的に受け入れたわけじゃない。あくまでもお試し中って感じだ。

「んっ……と」

 残っていた左足もいれて、さらに上に引き上げていく。今にも破けてしまいそうな薄い材質だから、壊れてしまうんじゃないかと少し不安になる。けど、「思い切りが大事ですよ」とカエデさんに唆され、その通りに引っ張り上げる。

「うぁ……っ!」

 まだ両足だけなのに、ピチピチに肌に密着するラバーの感触がヤバい。ストッキングの締め付けとは訳が違う。肉の形を極限にまで絞ってしまうような圧迫感が常に足を掴んで放してくれない。
 このままラバーの膜に全身を入れてしまったら、私、どうなっちゃうんだろう。まさか脱げなくなるとかないよね?

「失礼しますね」

 ラバーの膜を股下まで上げたところで手を止めた私を見兼ねたのか、カエデさんが足先から太もものほうへラバースーツを馴染ませるように何度も撫でてくる。
 何をしているのかカエデさんに聞くと、中に残った空気を外に出しているらしい。

「んっ……ッ」

 事務的な行為のはずなのに、その手触りがどこか艶かしく感じてしまう。
 たぶん、ラバーの生地が私の足と一体化していく異様な感覚のせいだ。
 時間を掛けて着るよりもさっさと着てしまったほうが気持ち的に楽なのかもしれない。

「これ、上も着ちゃっていいんですよね?」

「よろしいですよ」

 変な気を起こす前に、股下で止まってるラバーの生地を着てしまうことにする。
 ネックの部分を破けてしまいそうなほど大きく広げて、ドレッシングエイドが馴染んだ両手で生地を掬いあげるように胸のところまで一気に持ち上げた。

「んッ……!」

 おっぱいの上をするりと抜けて、ラバーが肩を締めつける。
 そのまま勢いを殺さずに両手を袖の中へ通し、グイっと両手を伸ばしたら首もとでラバーがキュッと縮こまり、首のサイズにぴったり合わさってしまう。
 こんなにも小さい首元からラバーの膜の中に全身を押しこんだって考えるだけで背筋がゾワゾワしてきた。

「では、空気を外に出していきますね」

 指先を袖の先端まで差し込むと、カエデさんは再び撫で上げるように何度も何度もラバーの膜を肌に馴染ませてきた。
 右手が終わったら左手。
 左手が終わったら、肩や胸。
 そして再び足のつま先から上半身のほうへ向かってラバーの表面を撫でまわし、内側に残った隙間を消し去っていく。
 ギチ、ギチチ、と空気一つ残さずに、黒いゴムの膜が私の肌に密着してきて、ぷっくりと膨らんだ胸の形から、腰の括れまで、ありとあらゆる身体のラインがラバースーツの締め付けによって強調されていくのがわかる。

「んッ、っ……!」
 
 ふと視界入り込んだ壁の鏡に映る私は、ピッチピチの光沢を放つ黒いゴム人間になり果ててしまっていた。
 全身を黒一色のラバーに包んで身体のラインをこれ見よがしに浮き彫りにしてる自分の身体は、どこからどう見ても痴女にしか見えない。
 でも、カエデさんはそんな雰囲気を一切作らずに相変わらず事務的な動作で私の身体にラバースーツを馴染ませてくる。
 何度も、何度も、繰り返し、容赦なくまさぐって、なんとも言えないくすぐったさをひたすらに与えてくるのは反則にもほどがある。

「……ん、これ、やばッ」

 おかげで変な声が出そうになって、咄嗟に喉元で堪えた。

「なになに? 光瑠ちゃん、もう感じちゃってるの?」

「は、はぁ!? か、感じるって……っ、ど、どういう意味よ?」

 そのくすぐったさを我慢してるところに、ラバースーツを纏った璃音が野次を飛ばしてくるから最悪だった。
 カエデさんに変態だと思われちゃうじゃん。

「強がっちゃってぇ、ホントは気持ちいいんでしょー?」

「んなわけないでしょっ!」

 私と同じように首から下まで黒一色に染まってる璃音に反抗するけど、自分の言葉が図星にしか聞こえなくて、言ってるそばから顔が熱くなってきた。
 ラバースーツに包まれるだけで、自分が得体の知れない快感を味わいつつあるとは信じたくない。
 もしもそれを認めてしまったら、私はラバースーツを着るだけで性的な快楽を感じる変態ってことになってしまう。
 喫茶店で璃音に『すっごく、気持ちいいと思う』と告げられてはいるけれど、この気持ちは絶対に受け容れたりしない。

「てか、このスーツってあんたの趣味? こんなの着てどうするの?」

「アタシの趣味じゃなくて、ここに宿泊するのに必要なだけだよ……? まぁ、説明するより経験したほうが早いから、ツバキさん次のヤツお願いします」

「かしこまりました。では、テーピングしていきますね」

 璃音のそばにいるツバキさんの手には、ラバースーツと同じように光沢を放つ黒いフィルムが握られていた。
 ツバキさんは顔色ひとつ変えず、肘を曲げている璃音の腕にそのフィルムをくるくると巻いていく。
 肘を曲げたままフィルムに巻かれてしまったら、腕を伸ばせなくなるのに璃音は一切抵抗せず、一巻き一巻き丁寧に隙間を作らないように腕を梱包されていくのをただ眺めてる。
 
「な、なんで、腕を拘束してるわけ?」

「プレイに必要だからだよ。ほら、光瑠ちゃんもカエデさんにやってもらって」

「光瑠お嬢さま、よろしいですか?」

「……まじ?」

「はい、マジです」

 カエデさんの手にはツバキさんが持っているフィルムと同じものが用意されていた。いつでも準備はできていますよ、って感じでカエデさんは私が腕を折り曲げるのを待っている。
 璃音が進んで受け入れているからには、私も従うしかない感じだ。

「……ぅぅ」

 口を噤みながら、折り曲げた右腕をカエデさんに差し出すと璃音がツバキさんにされているのと同じように私の腕もフィルムでテーピングされていく。
 肘を曲げたまま腕を固定されるなんて初めてだ。
 一体こんなことをして何の意味があるというのだろう。
 急に不安になってきた。


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-freya- 2023/06/05 14:54

ご主人様とペットライフ

「アウッ! アウウッ!!」

 朝六時。起床の時間を告げるようにご主人さまが飼育しているペットが吠え始める。
 この声を合図に私――アンドロイド――の一日が始まります。
 
「アウうッ! アウッ!!」

「今、出してあげますからね」

 ケージの中で騒がしく吠えるペットをなだめながら、首輪と連動している装置のスイッチを切ります。
 これはペットのための目覚まし時計のようなものです。
 設定した時間に首輪から刺激を送り込むもので、ご主人様がペットのためにオーダーメイドで用意したものです。
 設定を変えることは私にはできないようになっているので、ご主人様が設定を変更しない限り、毎朝この時間にペットは起床することになっています。
 
「うぅ……ぁっ、うぅ」

 ケージの中に這いつくばるように寝そべるペットは、激しく吠え続け、疲れてしまったようでした。銀色にきらめく口からかわいらしい紅い舌をさらけ出して、息を整えているようです。しかし、このままという訳にはいきません。ご主人様のいいつけどおりにペットに餌を与えなくてはならないのです。

「さぁ、朝ごはんにしますよ」

 施錠を外してケージの入口を開き、ご主人様が予め用意してくださったリードを黒色の首輪に付属された銀色の金具へ取り付けます。
 以前はリードの使用はしていなかったのですが、昨日から私が独自に判断し、使用するようにしています。
 ご主人様に飼育を頼まれてから四日目にペットが脱走しようとしたのが事の発端です。
 ご主人様に設定された飼育プログラムを最後まで継続させるためにも、ペットを大切に管理しなくてはなりません。
 ですから、脱走の可能性が考慮される限り、リードを使用しての飼育は必要不可欠なのです。
 ペットが脱走を企てることがなくなれば、リードを使用することもなくなるでしょう。
 
「ひあッ! ほへ、はふひへえ!」

 しかし、ペットは首を横に大きく振ってケージから出ることを拒んでしまいます。
 困りました。これでは朝ごはんを食べさせることもできません。

「そんなこと言わずに、朝ごはんにしましょう」

「あううっ!! ひあぅッ!! はあううッ!!」

 リードを軽く引き、もう一度促してみますが、次は前足を使ってリードを外そうと抵抗してしまいます。
 リードを無理やり引っ張ることも考えましたが、それでは根本的な解決には至らないでしょう。
 どうやら、アレを使うしかないようです。

「仕方ありませんね」

 メイド服のスカートのポケットから、リモコンを取り出します。
 ペットがいうことを聞かないときはご主人様から託されたリモコンを操作するように言いつかっています。
 このリモコンは先ほどの首輪の装置を操作するものです。
 他にも多彩な機能が搭載されているのですが、今回は首輪の装置を起動するにとどめます。

「アウウウウウッッ!!」

 リモコンを見た途端にペットが大きく声をだして吠えてきますが、構わずに、弱。と書かれたスイッチを押します。

 ピッ。

「ヒャッ!? アウッ、アウウッッ!!」

 首輪から刺激を与えられて、苦しいようです。
 大きく首を横に振ってペットが抗議の声をあげてきますが、これは言いつけを守らないペットへのお仕置きです。その責任を私には負うことはできません。私はご主人様の言いつけを守っているにすぎないのです。

「これは、いうことを聞かないあなたへご主人様からのお仕置きです。指示どおりに動いてくだされば、このようなことはしません」

「ひあッ、ヒアフゥ……ッ!? アアッ、アウウッッ!!!」

 私の言葉が気に障ったのか、ペットは一層激しく抵抗の姿勢を見せつけてきます。
 リードを外すために革のグローブを履いた前足を動かし、銀色にきらめく口から、だらしなく涎をたらして床を汚していきます。
 床までも汚してしまうとは、本当にしつけがなっていないペットです。
 このままではご主人様に叱られてしまいます。

「はふひへえッッ!!!」

「わがままなペットですね」

 やはり、「弱」では効力は薄いようです。
 「弱」のまま継続して刺激を与えても、らちが明かないので、次は「中」と書かれたスイッチを押します。

 ピッ。

「アガッ!? あガァあああッッ!!!」

 ペットは姿勢を崩し、床に倒れながら、四肢を投げうつように悶え始めます。
 どれほどの刺激が首輪から流れているのか、私にはわかりません。
 ですが、これほど苦しい声を上げてしまうほど強い刺激であれば、お仕置きとして十分に効果はあると思われます。

「そのまま反省していてください。私は朝食の用意をしてきます」

「アガアアアッ、ゥガアアアアッッ!!!!」

 スイッチは切らずに、ケージを再び施錠してから、ペットの朝食の用意をします。
 準備を終えるまでの五分間。ずっと声をあげて吠えていましたが、全て無視しました。
 最初に警告はしましたし、昨日にも同じようなことをしています。
 同じ過ちを犯し、学習をしないペットが悪いのです。

 朝ごはんの準備を終え、ペットの元へ戻ると首輪を外せないことを理解したのか、四肢をなげうって悶えているだけになっていました。さすがにやりすぎたかもしれません。

「反省しましたか?」

「アウ……ッ! アウウ……ッッ!!」

 ケージの中で瞳に涙を浮かべながら、私の目を見つめて頷くようにペットが返事をします。
 どうやら、理解してくれたようです。これ以上のお仕置きは必要ないと判断し、首輪の装置をオフにします。

「あは……あッ、……ぅぅ、ぅ」

 刺激の余韻が残っているようでペットは未だにケージの中でぐったりしていました。
 ですが、このままでは朝ごはんの時間が少なくなってしまいます。
 ケージの施錠をはずし、リードを掴んでペットに立ち上がるように指示します。
 立位を保つのもおぼつかない足どりですが、歩けなくはないようです。

「うぁ……ッ、あぅ……あぅッ」

 ケージの中は唾液と涙でびちゃびちゃでしたが、あとで掃除をすれば問題ないでしょう。
 家事全般についても私のお仕事なので、責任をもって実行します。
 ちなみに、ペットが全身に着用している黒色のドッグウェアには自動洗浄機能があるので、ペットがどれほど粗相をしてドッグウェアを汚してしまっても清潔に保たれるようになっています。こちらについてはご主人様に感謝してもらいたいです。
 
「さぁ、行きますよ」

「……うぅっ」

「お返事は?」

「あう!」

「ふふ、いい子ですね」

 朝ごはんは至ってシンプルです。
 ご主人様が予め用意してくださったペット用の甘い流動食ととろみをつけた水です。
 現在、ご主人様が飼育されているペットは物を噛むことができないので、咀嚼する必要がない餌が用意されています。
 朝ごはんの際に私がペットへできることは餌の盛り付けと食べ終わった容器の洗浄です。
 上記とは別に脱走防止のため、近くの柱にリードを結びつけているのは私独自の判断で行っております。
 他にも独断で行っていることは多々あるのですが、全てご主人様のためにしていることです。

「うぅ……、うぅ……っ」

 器に盛りつけた流動食に顔を近づけて、銀色にきらめく口から紅い舌を伸ばし、丁寧に餌を食べていくペットの様子をじっと眺めます。
 ご主人様にペットの栄養管理を頼まれており、食事の栄養バランスは全て私が計算し、算出しています。
 本日は上手に食べていますが、最初のころは容器の外へ餌をこぼしたり、最後まで食べずに残してしまうこともあったので、注意が必要です。

 ペットの食べ残しについてご主人様からの指示は何一つありませんが、体型や体重にわずかな綻びが生じてしまうだけで、ペットが着用しているドッグウェアに支障をきたしてしまう可能性があります。
 つまり、食事をおろそかにするとオーダーメイドで作成されたドッグウェアが壊れてしまうこともあり得るわけです。

 ご主人様の大切なものを壊してしまえば、お叱りを受けるのはそれを管理しているアンドロイドの私であり、ペットに責任は問われません。
 ご主人様の指示がなくとも、ペットの最善の健康状態を維持し続けるのは、私の役目ということになります。

「今日は上手に食べてえらいですね」

「あうッ、あう!」

「ふふ、いいお返事です」

 ペットに使用している餌や生活物資全般はインターネット通販を使用し、勝手ながらご主人様のアカウントで定期購入をさせていただくことにしました。荷物の受領や管理などはアンドロイドである私でも可能になっておりますし、ご主人様から前もって、それらの権限は受諾しておりました。
 以前までそのような管理はご主人様に任されてはいませんでしたが、数日経過した今も、お叱りなどのお言葉は承っておりませんし、ご主人様の手を煩わせることもないので、特に問題はないのでしょう。

「ゥア……ッ!? ヒッ、うぁッ! アゥッ、アウウッ!?」

 器の流動食を平らげ、残りはお水だけになったところで急にペットが喘ぎ声を漏らしながら尻尾を激しく振り始めました。どうやら、アレの時間になったようです。

「間に合いませんでしたか……仕方ありません。お水はそのまま飲み切ってください」

 ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「アゥ……ッ、ゥゥ! アウっ……ッ! オウウッ!?」
 
 ペットの臀部、下腹部あたりから、低い振動音が鳴り響いてきます。
 これはペットの尿道、膣、肛門、それぞれに挿入されている機械が稼働し、体内に溜まっている老廃物を処理している音です。
 おかしい。とは思いますが、ご主人様が飼育されているペットは自ら排泄をすることができない品種のようで、このように機械で排泄の管理をしてあげなくてはいけません。

 ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィイイイイイイイイイッッ。

「アゥッ、アウゥ……ッ! ア……ッ、あッ! オッ、オオぅッッ!!」

 体内に溜まっていた老廃物が処理されていく感覚はペットには気持ちのいいものらしく、いつも喘ぐようにかわいらしい声を室内に響かせてきます。
 水を飲みながら装置が稼働することは初めてでしたが、紅い舌を器用に使って上手にすくえているようで安心です。

「アッ、……ッ、アゥ……ッ、ハァ、アッ、……ッ!」

 この声を聞いていると、アンドロイドである私も不思議と癒されているような気持ちになります。
 どれほど気持ちのいいことなのか想像はできませんが、淫らに悶絶しながら、高くつき上げた腰を振っている様子を見る限り、相当な快楽を味わっているに違いありません。
 
「ウッ、ウウッ! ゥオ……オッ、オ、オ、オゥッ、ぅあッ、アウッッ!?」
 
 見ていてとてもだらしない行為ですが、ご主人様がペットのために一生懸命探し出し、手に入れた装置です。
 特定の決まった時間に稼働し、ペットの体内を清潔に保つことを目的とした全自動自立型の排泄管理装置。

 アンドロイドの私には排泄の必要性はよくわからないのですが、排泄という生理現象を伴ううえで、生活に必要不可欠な装置から生じる快楽を享受することはペットの義務であり、責任でもあると私は考えています。
 こんなにも大切に扱われているとは、羨ましい限りです。

 生憎、この状態のペットへお仕置きをするようには言いつけられておりません。
 ですから、老廃物の処理が終わるまでの二時間は、快楽に悶えるペットを見守ることしか私には許されていないのです。それだけは非常に残念でほかなりません。

 ヴィィィィィィッ、ヴィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

 ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ、ヴヴヴッ、ヴィイイイッッ。

 ペットが排泄の処理に悶えている二時間のうちに、ご主人様に任されている室内の掃除に手を伸ばし、可能な範囲で片づけます。室内の環境を清潔に保つこともアンドロイドである私に課せられた任務なのです。
 もちろん、いくらリードでつなげているとはいえ、ペットのことを放置しているわけではありません。必ずペットに目が届く範囲で室内の清掃に取り掛かります。

「うぁ……ッ、ぁぁ……ッ、ぅぅ、ぁ……はぁ、ぁ」

 すると、ペットの声色が穏やかになり、ぐったりとその場に寝転んでしまいました。
 どうやら、排泄の処理が終わったようです。
 時刻は朝の九時。
 ここからはペットの休憩時間です。
 朝ごはん。排泄。と続き、疲労しているペットの身体を休ませるために、漆黒のドッグウェアに備え付けられた別の装置が自動で稼働し始めます。

 このドッグウェアもご主人様が特別に用意したもので、体内に挿入されている装置と連動する仕組みになっており、着用者の身体の表面から排出される老廃物を処理し、エネルギーへ転換するシステムが搭載されております。
 他には血行を促進するマッサージ機能が搭載されており、着用者の健康維持に努めるようになっております。

 人は一生のうちに衣服を何度も着替えるものらしいですが、このスーツは着替えを必要としないシステムが備わっているので、あくせくと場面に合わせて衣替えをする心配をすることもありません。
 衛生面。精神面にも気を遣った安心設計のものを用意するとは、さすがご主人様です。

「はぁぁ、ぁぁ……っ、ぁぁ、ぅぅ……っ」

 アンドロイドには必要のない機能ですが、ご主人様やペットなどの生き物が長生きするための健康グッズということもあり、特定の人気を博している逸品です。
 ただし、私のような特別製のアンドロイドを購入できるような富裕層にしか手に入れることができない貴重なものらしく、その絶対数は限られているようです。
 それほど貴重な品を自らのペットに使用しているご主人様には頭があがりません。
 大切に管理されているペットが本当に羨ましいです。

「……あぅ、あぅ」

 一時間の休憩時間も終わり、十時になりました。
 全身のマッサージを受けたおかげで、ペットも気力を取り戻したようです。

「運動のために、移動しますよ」

「あう」

 私がリードを握り、軽く引くと、おぼつかない足取りですが四肢を上手に使ってついてきてくれます。
 銀色にきらめく口からは相変わらず涎を垂らしてしまいますが、仕方ありません、許しましょう。

「……あぅ、……あぅ」

 十時からは運動の時間です。
 健康を維持するためにも、日々の活動量を増やす必要があります。室内に篭りっぱなしで運動もせずにだらけることは生物に著しい体力の低下を起こしてしまいます。
 アンドロイドには関係のない習わしですが、ペットには必要不可欠なものと言えるでしょう。

 それに、ご主人様が飼育しているペットは室内専用です。なおのこと運動は必要不可欠と言えます。外への散歩などは一切お許しをいただいておりませんので、散歩代わりにペット専用の運動用の装置をご主人様が用意してくださったのです。

 人間もよく使う、ウォーキングマシーンというものです。
 この装置を使って、三十分の歩行運動をしていただきます。
 しかしながら、昨日は運動中に脱走を試みた前科があります。
 今回はウォーキングマシーンに首輪と連結しているリードを繋ぎ、さらにウォーキングマシーンから降りられないように左右には高透過ガラス――水槽や展示ケースに使われるガラス――で仕切りを用意しました。
 私の膝丈ほどの高さしかありませんが、ペットが飛び越えるには難しい高さなので問題はありません。

「さぁ、こちらに乗ってください」

「……あぅ」

 さっそく、ペットをウォーキングマシーンのベルトの部分に乗せ、リードをハンドルに連結します。
 ペットに視線を合わせると瞳を弱弱しく潤ませて、私を見つめてきます。どうやら、あまり乗り気ではないようです。
 しかし、これも健康維持のためです。ペットの飼育をご主人様に頼まれている以上やらないわけにはいきません。
 
「では、稼働させます。三十分間がんばってください」

「あうッ」

 パネルから速度を最低値に設定し、スタートボタンを押します。
 モーターが起動すると、ベルト部位がゆっくりと回転し、ペットの運動が始まりました。

「あぅ、あぅ、ぅぅ、あぅ……っ」

 初めてのころはウォーキングマシーンの上で歩くこともできていませんでしたが、回数を重ねたおかげで、本日は上手に歩けているようです。
 短い四肢を前後左右交互に動かし、リードが突っ張らないように、維持して歩いています。

「あ……ぅ、うぅ……っ、はぅ……っ!」

 五分。

「はふ……っ、ふぅ……っ」

 十分。

「はぁッ……はぁッ……!」

 時間が経過していくにつれ、動きに乱れが生じてきました。
 ハンドルとの距離が広がり、リードが突っ張るように伸び始めます。
 このままでは首輪がリードによって吊り上げられ、首が締まってしまうでしょう。
 ペットもそれがわかっているようで、必死に四肢を前後左右に動かして歩き続けます。

 十五分。

「ひっ、ふぅっ! ふぅーっ! あぅーっ!」

 二十分。

「あぅッ! はへッ! はぁッ! ああぅッッ!!」

 二十五分。

「はふへへッ! ひゃええッッ!! アぐッッ!? ぅぅッ、ぐぅっ!!」

 残り二分のころでしょうか。リードが完全に突っ張り、ペットの首輪を締め上げます。
 しかし、足元のベルトの動きはとまることなく稼働し続けるので、足を前に伸ばさなくては苦しみは継続してしまいます。
 以前はリードを付けていなかったので、ウォーキングマシーンのベルトから落ちたりしていましたが、リードを連結した状態で力尽きてしまえば、ベルトの上から落ちることなく引きずられることになります。
 そうなってしまえば、首輪によって延々と首が絞められ、呼吸を阻害されてしまうのは明白でしょう。
 ですが、それもすべてペットが脱走を試みたことが悪いのです。
 脱走などせず、与えられた役目を果たしていればこのようなことにはならなかったはずです。
 全て、自業自得の結果でしょう。

「ゥグウウッッ!! ……ガッ、はッ! ……ッああぅッッ!!」

 案の定、残りの一分はベルトに引きずられながら苦しそうに喘いでいました。
 もし、万が一にも呼吸が止まり、心臓が停止するようなことがあってもスーツが全自動で心臓マッサージを行い、人工呼吸をすることも可能なので、息絶える心配はありません。
 とてもハイテクですね。

「……はぁ、……はぁ、……っ、あ」

「ご苦労様でした」

「アゥッ……ぅぅ、ぅ……っ、はぁ……ぅっ」

 歩行運動を終え、疲れ果てたペットの身体にマッサージが施されているようです。
 著しく体力を消耗したあとなど、スーツの安全機能が働き、肉体へのストレスを軽減するシステムが備わっています。
 甘い声を漏らしながら、気持ちよさそうに床に伏せる仕草はとてもかわいらしいです。

 ご主人様からのご褒美ともいえる管理システムに羨ましささえ感じてしまいます。
 
「さぁ、自由時間ですよ」

「あう」

 運動後のマッサージ時間を終えると、ここから夕食までは、ペットの自由時間です。
 フローリングの床が広がる何もない六畳ほどの個室に移動し、自由に過ごしていただきます。
 この時間は、ご主人様の命令でペットに触れることは一切禁止されており、私は見守ることしか許されておりません。
 万が一のトラブルなどの際は「対応するように」とのことで、待機のみしています。
 ご主人様のいう「万が一」が起きないように努めるべきなのですが、触れることを一切禁止されている以上それは叶いません。

 そんなトラブルを生み出してしまう可能性を秘めたペットは、この時間中は疲れ果てて眠っていることが多いのですが、今日は昨日とどうように、前足の黒革のグローブを外そうと躍起になっています。
 編み上げ紐と幅広のベルトで固定してあるので、簡単には外れないのですが、どうしても外したいようです。

 ドッグウェアの上に装着しているこのグローブはペットの足を保護するためのものです。
 なんとも言い難いですが、グローブを装着していなければ、ペットは床の上に立位を保ち、歩くことさえ困難なのです。
 そのことをわかっていながらグローブを外そうとしているのですから、困ったものです。

「あぅ……っ、ぅぅ! あぅ、あぅう……っ!」

 フローリングの床に涎を垂らしながら、何度も何度も左右の前足をこすり合わせています。
 そうしているうちに、息切れをするペットの健康維持のためにドッグウェアのマッサージ機能が稼働し、銀色の口から紅い舌をだらしなく伸ばしながら、喘ぎ声を漏らし始めます。
 さらに、自由時間の間に挟まれている排泄時間とマッサージのタイミングが重なり、気持ちよさそうに腰を振りながら、よがり声をあげていました。

「ふぅ……ぅ、あふっ……うっ!」

 結局、グローブのベルトを緩めることもできずに時間だけが過ぎ去り、床に倒れながら二時間ほど眠りこけてしまいました。

「ふふ、かわいいですね」

 疲れ切ったかわいいらしい寝顔を眺めているだけで、満たされた気持ちになります。アンドロイドであるはずの私が満たされるという表現を使うなど不思議ですが、たしかにそう感じたのです。

 十八時になり、晩ごはんの時間になりました。
 朝ごはんと同様の流動食とお水を用意します。
 朝のように嫌がる素振りもなく、紅い舌を上手に使って餌を食べていきます。
 これだけお利口に動いてくださるとこちらとしても助かります。
 ペットが安心して毎日を暮らしていけるように最善を尽くしている甲斐があります。

「これからも毎日、面倒を見てあげますからね」

「アゥッ、……ぅぅ! はふッ……ふぅうッ!?」

 ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。

 食事が終わったころに声を掛けると、本日三回目の排泄の時間が始まったようです。
 かわいらしい喘ぎ声を漏らしながら、腰を高く上げて、尻尾を振り回しながら悶え始めました。

 ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「アッ、アゥッ、アウウッ! ゔぅッ……オゥッ!?」

 顎を床に突き出して、銀色にきらめく口から紅い舌をだらしなく晒しだし、涎を床にたらしながら、ビクビクと腰を揺らしています。

「はしたない声を出して、そんなに気持ちいいですか?」

 ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴィンッ。

「アゥッ!?」

 私は一体何を言っているのでしょう。
 ペットの様子を見守ることが責務であるのに、だらしないペットの姿を見ていると自動的に言葉が発せられてしまいました。

「腰を振って、よがり、淫らに喘ぎ声を漏らしながら、気持ちのいいことをされて、満足ですか? 嬉しいですか?」

「アゥっ! アゥゥ!! ぅあッ、ぅ……あふうッ!!」

 足もとで声を荒げるペットは私の言葉を否定するように首を横に振っていました。ですが、快楽に身を委ねながら、腰を振ることはやめません。
 まるで私の言葉を肯定しているようではありませんか。

「大丈夫です。あなたがこれからも毎日そのように喘ぐことができるように私があなたを管理して差し上げます。自ら望んで腰を振り、一時の快楽を享受して、自分が何者であるか考えることもせず、何もかも全て、受け入れてしまえるように」

「あぅ! アゥウッ!!」

 黒革のグローブを履いた前後左右の足をバタバタ動かして、ペットはさらに私の言葉を否定してきます。必死に何かを訴えているその様子が何故か愛おしく感じてしまいます。

「どれだけあなたが否定しようと、どれほどあなたが抵抗しようと無駄ですよ。あなたが快楽に身を委ねて生きている事実は一生変わることなく、あなたの身体を少しずつ蝕み、本来のあるべき姿へと思考を変貌させていくことでしょう」

「アウウウウッッ!!!」

 このペットはご主人様のもの。ですが、今までも、これからも、見守り、管理し、飼育していくのは私の役目。それだけは誰にも譲ることができません。

「大丈夫です。安心してください。どのような姿でもあなたが最大限長く生きていられるように、私があなたのすべてをサポートして差し上げます。あなたは自らの欲望のままに生き続けるだけでよろしいのです。わずかな綻びは私が修正して差し上げますので心配する必要はありません。好きなだけよがり狂って、生き恥を晒しながら調教されていく自分を受け入れてください」

「ゥグウウッッ!!!」

「あなたは一生、私に管理されて生きていくのですから」

 ヴィンッ、ヴィ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ。

「~~~~~~~ッッ!!!」

 声にもならない咆哮をあげながら、ペットが力尽きました。
 尻尾をぶんぶん振り回しながら、ピクピクと腰を痙攣させて気を失っているようですが、尿道、膣、肛門で稼働する装置は動き続けています。おまけにドッグウェアのマッサージ機能まで稼働し、ペットの全身をなぶるようにあらゆる機能が稼働しているようでした。

「これはいけません」

 ご主人様が与えてくださっている快楽にもかかわらず、意識を失ってしまうとは、とても見逃せるものではありません。
 本来ならば、排泄時間は見守りのみの対応となっておりましたが、今後は見直さなければいけないようです。
 僅かな綻びは私が責任をもって修正していかなくてはいけないのです。

「起きてください」

 ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。

「……ぅぅ、うう……っ」

「起きるのです」

 ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「……あぅ……ぅっ」

 リードを軽く引っ張り、覚醒を促しますが、装置の音だけが響いているだけで反応がありません。

「仕方ありませんね」

 床に這いつくばるペットを横目にポケットからリモコンを取り出します。
 きっと、軽い刺激では目を覚まさないのでしょう。
 初めての使用になりますが、今回は「強」と書かれたスイッチを押してみます。

 ピッ。

「――ッああ、アグゥゥゥああああああああああああッッ!!??」

 叫び声をあげながら、ペットが激しくのたうち回ります。
 
「これはお仕置きです。ちゃんと目を開けて、ご主人様からの施しを享受してください」

 ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ

「~~~~~~~ッ!!」

 その後もペットが意識を失うたびにリモコンを使用し、首輪の装置を起動させながら、ペットにご主人様のありがたみを二時間にわたって教えてあげました。


――――――――――――――




「本日はご苦労様でした」

「……あう」

 二十一時。ケージの傍までやってきました。
 ケージはペット一匹がギリギリ納まる程度の大きさですが、ペットという生き物は狭い寝床のほうが安心するようです。

「では、中へ入ってください」

「…………っ」

 私が指示を出したにもかかわらず、俯いたまま動こうとしません。

「就寝の時間ですよ」

「……あう」

 二度目の指示で、しぶしぶとケージの中へ入っていきました。
 入り口を施錠し、本日最後の挨拶をしてあげます。

「それでは、よい夢を。おやすみなさいませ」

 寝室の照明を落とし、ペットが完全に就寝する前に別室で様々な雑務を済ませてきます。
 直径三センチの鉄格子を使用したケージから外へ出ることは不可能なので安心して雑務に専念できます。

 二十四時。
 雑務を終えてから、ペットのいるケージをこっそり確認すると、スヤスヤと寝息をたててペットが眠りに落ちていました。
 銀色の口から相変わらず紅い舌をだらしなく伸ばしています。
 明日も、ケージの掃除は必要そうです。

「まったく、だらしないペットですね」




END

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-freya- 2023/06/05 14:53

アームバインダーとモデル体験

「……どんな感じ?」

 スズの上半身は自由がなかった。
 白のブラウスと黒のワンピースのコントラストを纏う華奢な容姿を紅い麻縄が無常に縛りつけているからだ。
 背中で組んだ両腕。重なり合う細い手首には紅い縄が絡みつき、複雑に作られた菱形の縄目に吊り上げられてしまっている。

「えーっ……と……」

 それだけではない。
 胸の上下を圧迫する紅い縄が両腕を胴体と繋ぎ止め、スズの羞恥心を煽るようにおっぱいを強調していた。

 ――後手縛り。

 隣でカメラを携えるサオリがスズに施した緊縛術。江戸時代辺りから日本人の手によって考察、考案され続けてきた捕縛用の技術だが、現代社会で用いられる緊縛術は芸術やSMなどの特殊な嗜好の影響を強く受け、色欲というテーマに関与する娯楽の形へと変貌していた。
 海外でもジャパニーズボンデージと呼ばれ、世界的に注目されている拘束手段といえる。

「……なんか、すごい、です」

 縄から伝わってくる情報量が多すぎて、スズの語彙力が、喪失する。
 縛られている最中も、縛り終わった後も、縄が肌に擦れる感触というのは不思議なくらい焦ったく、気持ちの良い刺激に苛まれるのだ。
 適度な締めつけが与えてくる抱擁が謎の高揚感をもたらしてくる。微熱がかったようにスズの身体は火照り、僅かな縄の軋みにも敏感になってしまっていた。硬くなった乳首が服に擦れてしまうたびに恥ずかしさが増していく。

「キツかったり、痛いところとかない?」

「……大丈夫、です」

 サオリの流れるような縄捌き。縄士のような手際の良さをぼーっとしながら眺めているだけで、スズを緊縛する後手縛りは完成していた。

 ギシ。ギシ。

 縛られていく自分の身体があまりにも扇情的で悲哀な様相を晒しだしていたから、恥ずかしさにかまけて意識的に見ないように目を閉じたりしたもしていたから尚のこと縄の感触を深く感じてしまった。

 ギシ。ギギッ。

 縛られる経験は初めてだったし、内心どこか不安だった。だが、実際に緊縛されてわかったことがある。縄に縛られる感触は、不安を忘れてしまうほどの底知れない安心感がある。
 自由を奪われていく過程に芽生える相反した感情なのだが、不思議とスズは縄の感触を受け入れられた。

「痺れてきたり、痛みがあったらすぐに教えてね?」

「わかりました」

 それはきっと、緊縛を施したサオリがスズの体調を考慮してくれているからかもしれない。
 もし、サオリに乱暴に縄で縛られ、無理やり身体の自由を奪われていたなら、スズは不安と恐怖に苛まれて一生のトラウマを抱えていただろう。
 だが、様子を見ながら丁寧に接してくれるサオリの献身さはスズの好奇心を壊すことなく、裏の世界へと導いてくれたのだ。

「あ、もしかして……縄に縛られて感じちゃってる?」

「ち、ちがいますよ!」

「そう? 白い頬っぺた紅くしながら口角が上がってるから、スズちゃん悦んでるように見えちゃった」

「……ば、バカ言わないでくださいッ!」

 サオリの冗談に過剰に反応していることにスズは気づいた。自分が図星であることをサオリに理解させられてしまったのだ。罠に嵌った。急に首筋から熱が発しられて、蒸気したみたいに顔に熱がこもっていく。めちゃくちゃ恥ずかしい。

「じゃあ、撮影始めるから自由にしててね」

 サオリは手慣れているのか、切り替えが早い。
 自由に。と言いっていたが、後手縛りに緊縛されたスズの上半身に自由はない。サオリがスズに伝えたかったのは「リラックスしてて」という意味だろう。完全にスズの気持ちを見透かされている。

「————」

 カシャッ。カシャッ。
 カメラのシャッター音とフラッシュライトがスズに向けられる。
 緊縛モデルというものがどんなものかいまいち理解してなくて、あっちを見たり、こっちを見たりする。
 カメラのフラッシュライトが眩しくて、ソワソワしながら縛められた上半身を揺すったり、肩を回したり、背中で組んだままの両手に力を込めてみたり、スズは気の赴くままに白いベッドの上で後手縛りを堪能する。

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-freya- 2023/06/05 14:53

えすえむごっこ(過去作)

 中学生になって一年の時が経ち、中学2年生になってからの夏休み。

 私は、両親に頼まれ従姉妹の家へと遊びに行っていた。

 なんでも、従姉妹の両親と私の両親とで実家のことについて大事な話があるそうで、従姉妹の面倒を私に見てほしいんだとか……正直、面倒を見るのは構わないけどもここ最近会ってなかったこともあり、すこし緊張していた。

 確か私より年下で、5歳くらい歳が離れてるはずだ。今は小学3年生だろうか。
 
 従姉妹の名前はルイ。

 ちなみに私の名前はマイ。

 一文字違いだったりするから、お互いに結構親しみをもって名前を呼んでいたし、仲が良かったのも覚えている。

「おねぇちゃん。次足縛っていい?」

「…………う、うん」

 けど、こんなことして遊んだことは一度もなかったような気がする。

「そしたら縛っちゃうね」

 目の前に居る従姉妹のルイが私のために用意したという麻縄で、膝を折り曲げた状態に片足ずつ縛られていく。

 ルイの家に来てすぐに ルイの両親は私の両親と一緒に私たちを置いて出て行ってしまった。
 その後適当にテレビでも見ながらルイと学校のお話をしようと思っていた矢先に「やってみたいことがある」とか言われてなんとなく軽い気持ちで「いいよー」なんて言ってみたら「じゃぁ道具もってくる」と大きめのビニール袋を持ってきてこんな訳わかんないことになっている。

 ちなみに既に両手は後ろ手にVの字に手首を縛られているし、今足を縛られてしまえば、ほとんどなんにもできない状態になってしまう、試しに手首の縄を解こうと少し試してみたけど、縄がきしむだけで意外にも解けなかった。

「できた。どんな感じ? 抜けれそう?」

「今すぐにはちょっとムリだって、最初緩いと思ったら、間に縄巻かれて、締まって抜けないもん」

「おねぇちゃんいいところに気がつくね!」

 思ったことをそのまんま口に出していっただけなのに、結構嬉しそうに食いついてくるルイが少し怖かった。

「あのね、実はね。おねぇちゃんに何回か色んな縛り方して、縄抜けできるのか試してほしいの。それで、一番抜けられないと思った縛り方で今度友達のこと縛るんだ」

「なんで、友達のこと縛るの?」

 私はルイの言葉の内容がいまいち理解できなくて質問した

「えーっとね、あたしの学校友達のみかんちゃんがね、脱出マジックが得意って自慢してたから、本当に得意なのか気になってね今度縛るから脱出してみてよって煽ったら、乗ってきたの。だから今度縛るの。その練習」

「へ、へぇー。がんばるねー」(棒)

 どうでもいい内容でかなり適当に返事をしてしまう。そんなことのために私は小学3年生の従姉妹に縛られてるのか。

「インターネットとかで縛り方を探してみたんだけど、見たくらいじゃ分かんないから実際に縛りたいって思ったの」

「お母さんとお父さんには言ったの?」

「うん、そしたらおねぇちゃんに手伝ってもらったらって言われたよ? それにおねぇちゃん小さいから丁度いいんだ」

「小さいって……そりゃ、そうだけど……」

 確かに私は学年の女子の中でも一番小さくて、新入生には同じ学年の子と間違われてしまうほど先輩に見えない小ささだ。ルイとも大した差はなくて、目線もほとんど一緒。でも、力はルイよりあるほうだと思う。

 まぁ、でも仕方が無いか……。一応おねぇちゃんなんだし、かわいい従姉妹のお願いだから手伝ってあげようではないか。とか、誤魔化して悔しいから見栄を張ってみる。

「わかった。そしたら私もちゃんと手伝うよ」

「ほんと?」

「うん、縄抜けしてみる」

 その言葉と同時に今の縛られた状態で縄抜けしようとがんばってみた。

「あ、ほどけた」

 するとさっきは解けなかったのに案外結び目が弱いのかあっさりと縄がほどけてしまった。

「やっぱりこれくらいじゃダメなんだ……じゃ、次の縛り方していい?」

「う、うん。いいよ」

 結構あっさり解けたことに気持ちに余裕もあり軽い気持ちで頷く。

「そしたら……立ってもらっていい?」

 足の縄も解いて立ち上がるとルイは長い麻縄を袋から取り出し、綺麗に解くと、半分のところで折り、私の首に掛け胸の前に垂らす。
 
 そのまま縄を鎖骨あたりで一度結び目を作り、更に、胸のすこし下あたりにも結び目、へその上と下のところにも結び目を作る。

 そのままスカートを巻き込みながら、股を通して……って股っ!?

「ちょ、ちょっとまった!」

「なに?」

 当たり前のように股から縄を通そうとしているルイに焦りを隠せずに物言う。

「なに? じゃない、急に股に縄を通すとかルイはアホの子なの?」

「だって縛り方に書いてるんだもん、ここ通さないと縛れないもん!」

 馬鹿にされて怒ったみたいで、縛り方をプリントアウトされた用紙を私に無理やり見せ付けてくる。
 そこには確かに股の下を通すと書いてあった。

「でも、股通すってことは……その、えーっと……」

 今おもえば、ルイは小学3年生である。保健体育なんて習っていなかった。性の知識がなかった。
 顔を膨らませて少し怒り気味のルイをみて仕方なくOKをだすことにした。
 小学3年生に教えても意味なさそうに思えた。

「大丈夫だよ、この縛り方だけが股に縄通すの、他のはないよ」

 ルイはそういうと再び手を動かし始めた。

 一度スカートの位置を整えてスカートを巻き込み、また、縄を結び、結び目の瘤を作ってからルイは器用に股に縄を通す。

 「うっ……」

 その時に股に当たる瘤と太ももの辺りをスルスルと擦り付けながら通る縄の感触がなんとも言えない感じで声が出ないように我慢した。
 
「そして、通した縄をすこし――引っ張る!っと」

「――んひゃっ!?」

 ルイに突然股の縄を引っ張られ、その反動で身体が仰け反り、反射的に変な声がでた。

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-freya- 2023/06/05 14:53

タイトル未定(過去作)

 私はあの日見てしまった。夜中にトイレに行きたくなって暗闇の中電気もつけずに歩いていた廊下から変な声が聞こえた日。その声は姉の部屋から聞こえてきていて、耳を疑った私は姉の部屋をそっと覗き込んでしまった。

「……ッ、んぁ……っ、はぁん……んぅっ、んぁ」

 薄暗いナツメ球が照らす部屋の中で体のいたるところに黒い拘束具を身につけた姉がヴヴヴと低いモーター音を鳴らしながら小さく声を押し殺して喘いでいた。さすがに私も高校生になっていたし、性癖については人それぞれの世界があることは知っていた。けれど、彼氏がいない大学生の姉がまさか自分を拘束して快楽に浸っているとは夢にも思わない。

 だからといってそのときの私にできる選択肢は見なかったことにしてトイレに行くしかないわけで……。邪魔しちゃ悪いと思って静かに立ち去ったのが二週間ほど前のことだ。あの日以降姉と顔を合わせるたびに拘束具を身につける姉を思い出してしまって、普通に話してるはずなのにどこかぎこちなく感じてしまう。たぶん、私だけが感じていることなのだと思う。姉はいつもと変わらない様子でドラマの話しを振ってきたり、SNSで得た面白い情報を教えてきたりと分け隔てなく笑っていた。

 そして今――私は姉の部屋にいる。魔が差したといえば聞こえはいいかもしれない。事実今日は偶然が重なった。両親は実家へ祖父母の様子を見に行くということで外泊。姉は友だちの家に泊まりに行くということで外泊。つまり、二人姉妹の家系で留守番に残されたのは妹の私一人だけということになる。こんな珍しい日に気になっていた物を拝みに行くというのも悪くない。そんな気持ちを抑えられなかった。

「この辺……かな?」

 膝丈の白いTシャツワンピース姿で姉の部屋のクローゼットを開ける。すぐに目に飛び込んでくるのは不自然に置かれているタオルに隠されたダンボールだった。引っ張り出して中を開けてみると黒色を鮮やかに反射する名前もわからない拘束具たちが箱の中でひしめいていた。

「こんなにいっぱい……お姉ちゃん全部買ったのかな?」

 純粋に浮かぶ疑問と未知なる存在の出現に好奇心が鼓動を早くしているのがわかる。箱の中にどんなものがあるのか気になってきて姉のベッドの上に一つ、二つと並べていく。

 黒い拘束具は基本的に革製品でよく見てみると本革だった。分厚い革はしっかりとなめしが行き届き、なんども使用されているからかほんのりと姉の匂いが染みついていて、手触りはとても柔らかく感じた。

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