アームバインダーとモデル体験
「……どんな感じ?」
スズの上半身は自由がなかった。
白のブラウスと黒のワンピースのコントラストを纏う華奢な容姿を紅い麻縄が無常に縛りつけているからだ。
背中で組んだ両腕。重なり合う細い手首には紅い縄が絡みつき、複雑に作られた菱形の縄目に吊り上げられてしまっている。
「えーっ……と……」
それだけではない。
胸の上下を圧迫する紅い縄が両腕を胴体と繋ぎ止め、スズの羞恥心を煽るようにおっぱいを強調していた。
――後手縛り。
隣でカメラを携えるサオリがスズに施した緊縛術。江戸時代辺りから日本人の手によって考察、考案され続けてきた捕縛用の技術だが、現代社会で用いられる緊縛術は芸術やSMなどの特殊な嗜好の影響を強く受け、色欲というテーマに関与する娯楽の形へと変貌していた。
海外でもジャパニーズボンデージと呼ばれ、世界的に注目されている拘束手段といえる。
「……なんか、すごい、です」
縄から伝わってくる情報量が多すぎて、スズの語彙力が、喪失する。
縛られている最中も、縛り終わった後も、縄が肌に擦れる感触というのは不思議なくらい焦ったく、気持ちの良い刺激に苛まれるのだ。
適度な締めつけが与えてくる抱擁が謎の高揚感をもたらしてくる。微熱がかったようにスズの身体は火照り、僅かな縄の軋みにも敏感になってしまっていた。硬くなった乳首が服に擦れてしまうたびに恥ずかしさが増していく。
「キツかったり、痛いところとかない?」
「……大丈夫、です」
サオリの流れるような縄捌き。縄士のような手際の良さをぼーっとしながら眺めているだけで、スズを緊縛する後手縛りは完成していた。
ギシ。ギシ。
縛られていく自分の身体があまりにも扇情的で悲哀な様相を晒しだしていたから、恥ずかしさにかまけて意識的に見ないように目を閉じたりしたもしていたから尚のこと縄の感触を深く感じてしまった。
ギシ。ギギッ。
縛られる経験は初めてだったし、内心どこか不安だった。だが、実際に緊縛されてわかったことがある。縄に縛られる感触は、不安を忘れてしまうほどの底知れない安心感がある。
自由を奪われていく過程に芽生える相反した感情なのだが、不思議とスズは縄の感触を受け入れられた。
「痺れてきたり、痛みがあったらすぐに教えてね?」
「わかりました」
それはきっと、緊縛を施したサオリがスズの体調を考慮してくれているからかもしれない。
もし、サオリに乱暴に縄で縛られ、無理やり身体の自由を奪われていたなら、スズは不安と恐怖に苛まれて一生のトラウマを抱えていただろう。
だが、様子を見ながら丁寧に接してくれるサオリの献身さはスズの好奇心を壊すことなく、裏の世界へと導いてくれたのだ。
「あ、もしかして……縄に縛られて感じちゃってる?」
「ち、ちがいますよ!」
「そう? 白い頬っぺた紅くしながら口角が上がってるから、スズちゃん悦んでるように見えちゃった」
「……ば、バカ言わないでくださいッ!」
サオリの冗談に過剰に反応していることにスズは気づいた。自分が図星であることをサオリに理解させられてしまったのだ。罠に嵌った。急に首筋から熱が発しられて、蒸気したみたいに顔に熱がこもっていく。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「じゃあ、撮影始めるから自由にしててね」
サオリは手慣れているのか、切り替えが早い。
自由に。と言いっていたが、後手縛りに緊縛されたスズの上半身に自由はない。サオリがスズに伝えたかったのは「リラックスしてて」という意味だろう。完全にスズの気持ちを見透かされている。
「————」
カシャッ。カシャッ。
カメラのシャッター音とフラッシュライトがスズに向けられる。
緊縛モデルというものがどんなものかいまいち理解してなくて、あっちを見たり、こっちを見たりする。
カメラのフラッシュライトが眩しくて、ソワソワしながら縛められた上半身を揺すったり、肩を回したり、背中で組んだままの両手に力を込めてみたり、スズは気の赴くままに白いベッドの上で後手縛りを堪能する。