咲崎弧瑠璃 2024/02/24 03:27

しじまの果てにパゼオンカは(下)

 §
 ベッドにこしかけてパゼオンカは、自分の編み上げサンダルを解く司令官を、静かに見つめていた。何か見つけようとして見つけられない、そんな沈黙だった。
 それから、呆れたように言うのだ。
「……何を手間取っていますの?」
「君が凝視しているからだよ」
 見つめられると困る。女性の靴を脱がす様を、そんなに凝視されたくない。それも詩情を探るような、彼女独特の視線。僅かに伏せた目で見つめるものだから、やりにくいことこの上ない。ピンク髪のループスは、興覚めと言わんばかりに耳をくねらせた。
「不得手なことは徹底的に不得手ですわね。わらわにももう少し期待させてほしいものですわ」
「悪いね。……ほら、出来たよ」
 手の中、女性靴を紐解く。長くふっくらしたふくらはぎが、拘束が解かれるとふるんっと溢れた。
 見上げようとした私の頬を、真っ白な足の甲が撫でた。
「……狼藉者♪」
 足の親指が私の唇を撫で、するりと滑り込むと唇の端を引っ張る。それから、キスしろと言うように頬を叩くのだ。長手袋をまとった指が、クスクス笑う口元を隠す。ロゼ色の髪の中、同じ色の紅潮が頬に浮かんでいた。

 かつての令嬢は、ここに来て、その支配欲を隠さなくなりつつあった。ドゥリンへの庇護欲が何かの裏返しなら、こちらはそのおもて面なのか。……権力闘争の末、文字通り泥濘にまみれた以上、彼女は自身の権力欲を心穏やかに是認できない。それが転倒してのあの過保護も、今は率直な道を見出しつつある。
 自分のアンビバレントさを昇華できる感覚に、彼女は明らかに高揚していた。
「女性の脚に接吻する……。他のオペレーターが見たらどう思うかしら?」
「それは言いっこなしだよ」
 自分の内腿に接吻する上官の、頬を撫でる。処女雪のような白い肌に触れる喜びが、私に倒錯の道を示していた。ダメだと思いつつ止められない。じんわり火照る柔肌もまたそれを隠しきれずにいた。
「そろそろ、お許しをいただけるかな」
 パゼオンカは直接は答えなかった。ただ、私の腕を取り、引き寄せる。
 誘われるがままに上体へ身を乗り出した。半分はだけた胸に抱かれる。そこから指を這わせ、真紅のドレスの中、腰へ、スカートの中へと。再び顔を覗かせた私の指先には、ショーツの黒が引っかかっていた。
 そのまま、引き下ろす。内股を撫で、ほぐすようにゆっくりと愛撫し続けた。
 蜜が垂れはじめる。
 そして、恥部に腰を滑らせ。
 小さく水音が鳴ると。


 2人の、息を噛み潰すような吐息が漏れた。
 一方は、安堵の吐息を。
 他方は、快苦相半ばする呻きを。

 それほどに、そのナカは快楽の坩堝だった。
「これ、は……ッ」
 強烈な感触だった。ぬっぷり熱く柔らかい坩堝へ潜り込む感覚、融かされ蕩ける凶悪な快感。ねっとり濡れた膣内は快感が立ち込める密室だった。そこに身を包まれるのだから気持ち良くない訳がない。私は女性に身を横たえたまま、ループスの肉体に完全に囚われてしまう。
「……存外に安らぐものですね」
 首に腕を回し背に指を這わすパゼオンカ。頭半個分の身長差で、耳元にそっと囁いてくる。やめて欲しい。凛とした美声が潤んで妙に生々しい。パゼオンカは喉の奥から漏らすような、深い吐息を耳元にこぼした。
 ……ゆっくり互いの形を添わせるようなまぐわいだった。とくとくと少し速めの心音が々私を打つ。何かを確かめ合うように、しばらくそのままでいた。
 それでもゆっくり腰を練りつけ始めると……。

「…………んッ♡」
 快楽の側へと傾斜を深めていく男女。身をねじり合わせるように、ロゼ色のループスと指揮官が二人、地上的快楽に沈み行く。長躯が緊張を解くと徐々に熱を帯び始め、男もそれに続く。

 ただ、どこかぎこちない。
 動くと締め付ける。締め付けられると動けなくなる。あまりに早い粗相は避けたいが、ご令嬢の膣内は腰が引けるような快楽で、とてもじゃないがいつも通りにはいかない。
「……もう少し、積極的になってもらいたいですわね」
「消極的では、っ、ないよ。ただ、やりつけないだけ」
 これから気をつけるよ、と言う私に、パゼオンカは。
「もう、待てませんわ」
 ぐいっと、私の身を引いた。
 上下を交代する。
 私の上に、跨ったのだ。いわゆる騎乗位。私の上で、長身ループスは仄かに笑っていた。

「やはり、わらわにここまでさせるのは……」
 そして、ゆっくり私の上に腰を滑らせると。
「これっきりにしてほしいですわね……ッ」
 指に指を絡め、私の上で弾み始めたのだ。

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