思叫堂~ロア~ 2018/08/08 00:14

次回作:新体操少女、台本その3

《ざわざわ……》

早瀬
「……毎日、よく飽きないわよね。
きちんと、こんな遅くまでわざわざ私を待って……私が言い出した事だけど、荷物まで持ってくれちゃってさ」

 ……練習が終え、すでに暗くなり始めた街を幼馴染……早瀬と共に帰る貴方。
昼から夜へと姿を変えていく町の中を、ただ2人で静かに歩き続ける。

早瀬
「……つき合わせておいて何だけど、迷惑だったら別に一緒にいなくて構わないのよ?
どうせ、もう何時(いつ)帰ろうが私には関係ないし。
お金は……保険とか、ママが遺してくれた分も結構あるしね」

 早瀬がほんの一瞬、隣を歩く貴方に視線を向けた。
そして気遣うと言うにはあまりに無愛想に、けれど……確かに貴方を気にして言葉を紡ぐ。

 何時帰っても問題ないのは、貴方も同じであった。
貴方の両親は転勤の関係で家には居らず、今は気侭な一人暮らしである。

 そして彼女の家の場合……生まれた頃に父親を亡くし、母子家庭であった彼女の家族。

 つい……先日の事であった。
彼女の唯一の肉親であった母親が……交通事故で亡くなったのは。

 葬儀では親戚に囲まれながらも、彼女は涙一つ見せる事なく……いつも通りなんて事はないという顔で毅然と、喪主をこなしていた。
日頃から、学校でも愛想が無さ過ぎると言われる……あのすました顔で。

 そもそも貴方自身、子供の頃ならば兎も角、家が隣であっても、彼女と接する事も無くなっていた。
本来ならば、そんな不幸な事故が起きたからと言って、こうして彼女と共に帰る生活を送る事もなかったはずである……けれど。

早瀬
「まったく……はぁ(溜息)。
誰もいない一人の家に帰るが寂しいなんて……そんな事言うつもりないのよ、私?」

 ……けれど、あの日。
彼女の母が亡くなったあの時……。
そんな事は知らず自分の家に帰り、扉を開け、今日は夜に何をしようかなどと考えながら扉を開けようとした時……視界に彼女を捕らえてしまったあの瞬間。

貴方は、見てしまったのだ。

 庭先で顔を俯かせ、スマートフォンを強く強く……傍目からでも、痛いと思える程に強く握り締め。
何処かに連絡をすべきなのに、何かを今すぐしなければいけないのに。
起こってしまった事が受け入れらず……信じたくないと。

 普段の様子とはかけ離れた小さな子供のような、震えて……呆然と佇ずむ、彼女を。

早瀬
「ねぇ……黙らないでよ、何とか言ったらどうなの?
ちょっと……ねぇ、その顔止めて頂戴!
止めてったら……お願いよ、そんな困ったような顔…………私に向けないで」

 言葉に詰まり、要領を得ない彼女からどうにか事情を聞きだし、代わりに連絡をして……彼女の母親が搬送された病院へとタクシーの手配をしたのだ。
その間中、恐くて仕方が無いとでも言うかのように……早瀬は貴方の服を掴んで、放さなかった。

 昔の幼馴染であっただけの相手に取る態度ではない事は、お互いに分かっていた。
けれど、あの時の彼女は……そうしなければ、そうしていなければ……耐えられなかったのだと思う。

 そして、彼女に付き添い……彼女と母親の別れのその場に、立ち会う事になった貴方は。
それからこうして、彼女に寄り添い続けているのであった。

――好きでやってるんだ、早瀬に文句を言われたって止(や)めるつもりはないよ。

早瀬
「あっそ…………物好き」

眉を顰め(ひそめ)、まるで迷惑かのように顔を顰める(しかめる)早瀬。
けれど、眉を顰め(ひそめ)させたその瞬間……僅かに頬が上がるのを、貴方は確かに見たのだ。

早瀬
「ふんっ……今晩のご飯は何? ……あ、煮物がまだ残ってるんだっけ?
ん……貴方、意外とそういうの作れるのよね。 人参多めにして作ってくれたのは……嬉しかったわ」
(※弱い所を見せたくないと気を張るけれど、お礼はお礼でしなければという感じで少しだけ可愛らしい所が見える感じ)


 そんな、ささやかな会話をしながら……貴方たちは買い物をしながら帰路に着くのであった。


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《カチャン……》

早瀬
「ご馳走様……美味しかったわ」

 買い物を終えて帰宅した後、作り置きしていた煮物と合わせて簡単に夕食を済ませる貴方と早瀬。
早瀬は食べ物に拘りなどないという顔をしていたが、それでも煮物の中から人参を多く食べていたのは一緒に食べていた貴方にはよく分かった。

――お粗末様、気に入って貰えたなら何より。

 そう、箸を置く彼女に声を掛ける貴方。

 彼女の母親の件以来、貴方はずっと彼女の家で生活を送っている。
今は……新体操の事以外は考えたくないという彼女に対し、どうせ貴方の家族も転勤で誰もいないのだからと、一晩彼女を心配して付き添い……そのまま、ずるずると関係は続いていた。

早瀬
「私はシャワーでいいけど、貴方お風呂はどうするの?
入る? ……ん、じゃあ溜めておくわね……ソレくらいは私がやるわ」

 貴方が片付けをしていると、さして気に留めた様子もなく早瀬が問いかけてくる。
すでにこの生活も数日、風呂ぐらいでは気にしないという様子だ。
軽く頷けば、それで納得したと浴室に向かい姿を消す彼女。

 いつもながら、奇妙な関係だなと……妙な感慨のようなものが貴方の中に湧いていた。
貴方と幼馴染である早瀬とは、別に恋人である訳でも、気の置けない関係を続けていた友人同士という訳でもなかった。

 ただ、昔……子供の頃。
一緒に遊んでいた事があるだけの隣人(りんじん)……それだけの関係のはずだった。
それが、あれ以来……こうしていつも隣にいて、生活を共にしている……まるで家族のように。

本当に奇妙な……言葉にしづらい関係だなと、ふっと改めて認識してしまう。


《たんたんたん……ぎぃ》


早瀬
「用意してきたわ……少し時間掛かりそうだったけど、溜まったら先に入ってもいいかしら?
……そっ? それじゃ有難く頂くわ」

 準備を終えた様子の早瀬が、ひょいと顔を覗かせて聞いてくる。
貴方がそれに一声頷けば、頷き返してくれて。
……それっきり喋る事がなくなったといった様子で、部屋に沈黙が広がる。

 最近の学校であった事など些細な会話は、初日の内にすぐに使い果たしてしまった。
だからお互い、何が必要なのかなど最低限の会話が終わってしまうと……最近はお互い黙ったままでいる事も多くなった。
恋人と言うにはお互いを知らず、友人と言うには離れ過ぎていて、家族と言うには……何処か遠慮があって、ぎこちがない。

――本当に……奇妙な関係だ。

 再び、貴方は心の中で呟く。
尤も……元々、彼女はコミュニケーションを取りたがる相手ではない事はよく分かっていたし、これはこれで……良好な関係といえるのかもしれない。
少なくとも、貴方にとっては……この明確な言葉に出来ない関係は、決して不快なものではなかった。

早瀬
「……ねぇ、そういえば、なんだけど」

 沈黙が続いている中……ふいに、早瀬が口を開いた。
普段ならば、そのまま静かな時間が過ぎていく事が多かっただけに、小さな驚きを覚えながら貴方は彼女を振り返る。
そこにはいつも通りの、すまし顔の彼女がそこにいた……が。

早瀬
「今日、コーチから……。
あぁ……多分告白、されたのかしら?」

早瀬
「”家の事で苦労してないか? 大変な事があればすぐに俺に言え。
練習では手は抜けんが、それ以外なら何でも手伝ってやる……何なら、俺の家に来てもいいぞ?
お前さえ良ければ……一生面倒をみてやってもいいと思ってるからな、俺は!”」

早瀬
「……って、言われて。
その時は考えておきますって言って練習に戻ったんだけど……ねぇ、これって貴方、どういう事だと思う?」

 唐突に、そんな爆弾発言を彼女は言い放った。

 驚きのあまり何をどう返していいかと混乱し、思わず言葉に詰まってしまった貴方。
早瀬は、それを観察するようにじっと貴方を見つめている。

 どんな態度を取るべきなのだろうか……なんて答えを返せばいいのだろうか?
気に掛けてくれてる事を祝福すべきなのか?
それとも……そんな怪しい男は止めておけとでも、叫ぶべきなのか?

 そんな1つに纏まってくれない考えがぐるぐると脳裏を駆け回り、何かをいうべきと口が開くが……結局言葉には出来ず、パクパクと空回ってしまう。
そんな時間が、暫し流れ……。

早瀬
「……ぷっ……ふふ、あは……はは♪
何よ、その顔……ふふ……困りきったみたいな、変な顔! ふふ、ふふふ……♪」

 堪らず噴出したといった様子で、早瀬が笑みを浮かべた。
当惑する貴方を尻目に、珍しくくすくすと楽しそうに……彼女が笑い続ける。

早瀬
「バカね……嘘、って訳じゃないけど……ふふ、別に悩んでなんかいないわ。
今……私、そんな事言われても考える余裕なんてないもの。
お世話にはなってるけど、別にコーチの事……そもそもそんな好きでもないし、ね」

 猫のようにゆっくりと……、早瀬が楽しんでいるといった様子で目を細める。

 何を楽しんでいるのだろうか……?
コーチを滑稽だと嗤っているのだろうか?
それともその事にショックを受けてくれた貴方の態度が……、嬉しいのだろうか?

 そんな何も分からず戸惑う貴方に、早瀬が一歩、近づいた。

早瀬
「……私、今は大会の事しか考えていたくないの。
それだけは、ママと……約束してた、から。
ずっと、自分のことみたいに、ママ楽しみにしててくれたから……これだけは、絶対手を抜きたくない。
本当、今は他に……何も考えたくないの。
でも……」

 呟くように言いながら、また一歩、早瀬が貴方に近づく。
もう、すぐ目の前に……目を細め、普段は何にも興味を示していないかのように振舞っていたはずの彼女が、笑みを湛えて。

早瀬
「だから、貴方には……。
あれから……私が恥を晒したあの時から、ずっと傍にいてくれて。
大会の事だけに集中させてくれようとしてる貴方には……我ながら驚く位、感謝……してるわ」

 目の前、そう表現するにも近過ぎる程……お互いの息が……吐息を感じられる程、近くに……彼女がいる。
息を吸うと……彼女の匂いが、鼻腔に満ちた。

早瀬
「お風呂が沸くまで時間もあるし、汗をかいてもすぐ流せるわ……ね?
今日までの、その……まっお礼代わり……かしら?
流石に実際に……そういうのは、”まだ”あげられないけれど。
……そう、ね? ……そう、なんて言い方をすればいいのか、私も……分からないのだけれど」

早瀬
「ね……?
貴方のお陰で、私……今どれだけ集中出来てるか。
私の体……柔らかくなってるか、確かめて……頂戴よ?
貴方の、手で……ね? はぁ……、むっ♪」

 そう言って、笑みの浮かべていた早瀬が顔の横に消える。
そして貴方の耳に……くちゅりと湿った音を伴って、彼女のお礼の合図が……絡みついた。

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