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2020年 05月の記事 (4)

おかず味噌 2020/05/26 15:11

いじめお漏らし 復讐編

(「予讐編」はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/266388


「お前、『何様』」のつもりだよ?」
 真紀は問う。あるいは噂に聞いただけの「元ヤン」の彼女の当時の「口調」が蘇ったようだった。
 京子は思い出す――。決して「逆らえる存在」ではなく、「スクールカースト」においても特殊な「地位」を与えられ、特別の「権限」を与えられながらも、それでも断じて彼女に「危害」を加える存在ではなかった者たちのことを――。
 今思えば――、それは「非行」に走る彼ら彼女たちの中に唯一残った「矜持」であり、たとえ「行為」としては外れようとも「人」としての「道」だけは踏み外すまいとする、その者たちの最低限の「ルール」らしかった。(とはいえ、カーストの「最下位」に位置し、自らの「矜持」と「ルール」さえ全うすることのできない京子にとって、彼女たちのその「感覚」はとても理解できるものではなかった)
 だが、その「なぜか自分に対しては『無害』な存在」であるはずの「彼女」が。今では――、この状況においては――、まさに「率先」して自分のことを「貶めよう」としている。「『弱い者いじめ』を嫌う」と言っておきながら――もちろんその「宣言」を「実行」できる者が少ないことは知っている――やはり、「強者」としての立場を存分に発揮している。その事実に、京子の「理解」と「倫理」は追いつかなかった。
 京子は「返答」することができなかった。いや、真紀のそれは便宜上「問い掛け」の形を取っているというだけで、もはや彼女は「返事」なんて求めていなかった。それはただの「決意表明」であり、「犯行声明」に過ぎなかった。これから、京子に「危害」を加えることの――。

「絵美」
 真紀は「号令」を掛けた。小さく短く。けれど決して「逆らえない」ような、低い声色で。それまで「硬直」していた絵美は、「指示」を与えられることでようやく自らの「役目」を認識する。慌てて京子の腕を掴み直した。
 綾子の方は――、まだ動ける状態ではなかった。すでに自分と京子との「格付け」は済んでいる。いかに「虎の威」を借ろうと、「狐」のように俊敏に動くことはできない。いまだにその場に立ち尽くしたままだ。だが、たとえ「一人」欠けようとも――、そんなことは真紀には何の問題でもなかった。
「離しなさい!離してよ!!」
 京子は最後の「抵抗」を試みる。絵美の腕を振りほどき、引き離そうとする。最初は「命令口調」で、次には「懇願」へと変わる。それでもまだ彼女の中に微、「反抗」の意思は微かに残っていた。だがそれも、やがて――。

――バチン!!

「渇いた音」が響きわたる。京子は一瞬、何が起きたのか分からなかった。頬に「衝撃」が走る。「ビリビリ」と痺れたような感触は、「ヒリヒリ」とした痛みに変わる。
 真紀に「ビンタ」をされたのだと、京子は気づいた。だがやはり――、彼女には理解が追いつかなかった。
――どうして…!?
 その疑問は「行為」に対するものというより、その「動機」。どうして、「部下」であり「後輩」であり「年下」であるはずの彼女が、「上司」であり「先輩」であり「年上」であるはずの自分に対して、そんなことができたのかという疑問だ。
 その行為は、京子の「前提」を「根底」から覆すものだった。
「『上下関係』は絶対」「『暴力』反対」という、人間社会における当たり前の「ルール」が通用しない状況――。
 いかに「強引」な方法であろうと、「力づく」でも京子を従わせようとする、明確な「敵意」。それが「物理手段」として、彼女の眼前に現れたのだ。
 その「一撃」によって、京子は完全に「反逆の意思」を失ってしまった。あとはただ「服従」するのみだった――。

「こっちが『下手』に出ているからって、いい気になりやがって――」
 真紀の口から吐かれた言葉に、すでに「立場」なんてものは無関係だった。
「お前のそういう『態度』には、いつもウンザリさせられてたんだよ!」
 続く言葉は、不満の吐露。爆発――。
「今まで、『先輩』だから?まあ勘弁してあげてたけど――」
 さすがの私も今回ばかりは「プチン」ときたかも。そう言って真紀は、チラと綾子の方を窺った。未だに「硬直」が解けることのない彼女の方を。
「そんな『弱いものいじめ』ばっかして楽しいわけ?」
 真紀は問う。綾子を「代弁」するように。「弱いものいじめ」、彼女は言った。「三対一」、こんなにも「寄ってたかって」おきながら、あくまで自分が「正義の側」だと主張する。京子は「五人組」の「正義のヒーロー」を思い出した。「敵側」はいつだって「一人」だ。
「しかも、あんな『嫌がらせ』をするなんて――」
 最低。真紀は断言した。心底「軽蔑」したような視線を、京子に向ける。
「お前のせいで、綾子は…」
 やや真紀の口調が弱まる。声が抑え気味になる。その先を言うことは「憚られる」というように。
「人前で…『する』のがどんだけ恥ずかしくて、情けないか…」
 お前だって、分かるでしょ!?最後の部分ははっきりと、真紀は言った。綾子が何を「する」のか、何を「してしまった」のか、何の「こと」を言っているのか、さすがに京子にも分かった。「お漏らし」だ。確かにその気持ちは彼女にも十分理解できる。現に彼女自身もその「羞恥」から逃れたいがために、これまで抵抗してきたのだ。
「だから私は――私たちは、お前も『同じ目に遭わせてやる』って決めたの」
 くしくも、その感情はやはり、京子にも十分に理解できるものだった。
「しかも、お前がするのは――もっと『恥ずかしい』方」
 真紀は少し愉しそうに言う。
「絶対人に見られたくない、ましてや『後輩』」の前でなんて耐えられない」
「大」の方だよ。真紀は言い放った。その表情の中に、京子は彼女の本来持つ「性質」を確かに読み取った。圧倒的な「加虐者」としての顔を――。

「てか、もうそろそろ『限界』なんだろ?」
 真紀は訊ねる。試すように、京子の「具合」を測るように。やはりとても愉快そうに。
「とっとと出せばいいじゃん。この『糞お漏らし女』」
 今度ばかりは、より「直接的」な表現を用いる。まだ訪れていない「未来」を断言してみせる。けれど、このままいけばきっと――。それは「未定」ではなく「確定」だった。
――本当にヤバいかもしれない…。
 京子が自らの「結末」を悟ったのとほぼ同時、次の瞬間――。

――ゴゴゴゴ…!!!

 三度、京子の腹が「振動」する。それはもはや「予兆」などではない。とても乗り越えられないような「大波」が、再び彼女の前に迫る。
 京子は拘束されていない方の手で腹を押さえ「前屈み」になる。必然、京子の「尻」が突き出される格好になる。「排便」に備えるように。だが、まだ出すわけにはいかない。
 京子のタイトスカートの「巨尻」が「強調」される。それは決して「安産型」などではなく、二十代の頃の「不摂生」と三十代の「不始末」が祟った「だらしない尻」だった。ただでさえキツいスカートが、その「体勢」によってさらに「パツパツ」に張る。「出口」を求めて、「解放」されたがっている。
 そんな京子の「無様な姿」を見て取って、真紀はゆっくりと「後ろ」に回り込む。より彼女の「惨めさ」を観察できるよう「特等席」へと移動を開始する。
 真紀は京子の背後に立った。
「かわいそうに。そんなに出したいんだ~」
 心にもない言葉を口にする。
「じゃあ、手伝ってやるよ!!」
 何を思ったか、真紀は京子の「腰」に手を掛ける。京子の体が「びくん」と反応する。そして――。

 真紀は一気に京子の「スカート」をずり下ろした――。

 とはいえ、それはあくまで「京子側」における錯覚にすぎず。実際は彼女の「デカすぎる尻」に引っ掛かってそう簡単には「脱がせられない」のを、真紀が強引に力づくで「脱がした」のだった。
 足元に、京子の「スカート」が落ちる。あるいは「個室内」であれば当然とも思えるその行動も、「人前」でしかも「誰かによって」脱がされたものとなれば話は違う。
 京子はスカートを脱いだ――脱がされた。たとえ「自発的」であろうとなかろうと、「能動的」だろうと「受動的」だろうと、「結果」は変わらない。彼女は「強○的」にその「格好」にされる。
 そのことで当然――、京子の「スカートの中」は「剥き出し」になる。「ストッキング」を穿いているとはいえ――、その薄い「布越し」でもはっきりと分かる彼女の「ショーツ」が――。
 それを「見た」瞬間――、真紀は「呆れた」ような「渇いた」笑いを漏らした。「失笑」と呼べるものである。自分でそうしておきながら、あまりに「身勝手」にも思えるが、それは仕方のないことだった。
「てか、そんなの履いてたんだ~」
 真紀は言う。「意外」とでも言うように。だがそれは確かに「意外性」を含み、「ギャップ」ともいうべき「色」だった。

 京子は「真っ赤」な下着を穿いていた――。

「レース生地」の「セクシー」さを全面に押し出したような「原色」のショーツ。ただ「衣服を汚さないため」とか「隠すため」ではなく、あるいは「他の目的」をもって選ばれたような下着。
 それは「ショーツ」と言うような「ファッション性」を帯びたものではなく、「パンツ」と呼ぶような「機能性」を重視したものではなく、「パンティ」と言うべき「行為性」を前提としたものだった。
「お前さ~、いつもこんなの履いてんの?」
「呆れた」ような口調で真紀は言う。「長野の癖に」とでも言いたげだった。
「うわっ!!何これ~」
 真紀に続いて、それを確認した絵美が言う。
「めっちゃ『期待』してんじゃん?」
 絵美は、その下着を京子が穿いている「意図」を勝手に推察する。「男に見せるため」という彼女自身もそうである「理由」を、等しく京子にも当て嵌め、やはり「長野なんかが」と見下す。
 だが、京子にとってこの下着を穿いているその「真意」は違っていた。彼女は主に「勿体ないから」という理由でこの下着を着用していた。決して「そういう展開」を期待していたわけでも、自分が「そうなる」ことを望んでいたわけでもない。
 確かに、この下着を買った「当時」を思い返せば――、いくらかそういう「淡い期待」を抱いていなかったわけでもない。だが結局、幸か不幸か「その機会」が得られることはなかった。
 京子はこの下着を――、「まだ見ぬいつかの男性」のために、それに備えるために買ったのだ。決して安い買い物ではなかった。それなりに「ハイブランド」の下着というのは、やはり「それなりの」値段がするものだった。
 たとえ「活躍の場」が与えられずとも、だからといって「そのまま捨てる」のは大いに気が引けたし、かといって「タンスの肥やし」にしておくにはあまりに「勿体ない」気もした。
 結局京子は、この「高い下着」を「普段使い」することにした。たとえ誰かに「見せる」機会は無かろうと――、それでもその「機能性」については十分「期待」ができる。
 京子は、長年この下着を「愛用」していた。何度も穿いては脱ぎ、その度に「洗って」を繰り返した。幾度となく、「拭き残し」や「チビり」によって「汚し」ながらも、やはり「洗う」ことで元通りにした。
 そうして十何年も「穿き続ける」ことで――、いつからか彼女はこの「パンティ」に、ある種の「愛着」のようなものを感じていた。だがそれは同時に、そのパンティを「摩耗」させることにも繋がっていた――。
「てか、何この下着?『バブリー』?」
 絵美は近年流行った「芸人」によってもたらせられた、決して「当時」は使われなかったであろうと「ワード」を口にする。もちろん、京子自身もその「時代」の人間ではない。だが、彼女の言わんとしていること、そこに含まれている「嘲り」は十分に理解できた。
――せいぜい好き勝手言うがいい。
 京子は思った。「羞恥」はすでに与えられているが、それでもまだそれは「小さな」ものだ。決して「大きな」ものではなく、「気づかれる」ことによるいわば「中くらい」のものでもない。彼女は「そのこと」に気づかれないよう願った――。

「てか、コイツの尻めっちゃ『震えて』んだけど?」
 真紀はさらなる「発見」をする。確かに京子の尻は「小刻み」に振動していた。内から湧き上がる「欲求」に耐えるために――。真紀はそれを見逃さなかった。
「必死に『頑張っちゃって』、『漏れそう』なんですよね?センパイ」
 絵美の「呼び名」を真似する。「皮肉的」に。「加虐心」を込めて。
「ていうかもう、ちょっと『漏らして』るんじゃないですか?」
 ここにきて、「敬語」を用いる。それがある種の「揺さぶり」になることを彼女は「本能的」に知っている。そして――。
「どれどれ――」
 そうして真紀は「予想外」の行動に出た――。
 震える京子の「腰」を掴み、彼女の「抵抗」を奪っておきながら――、何と真紀はあれほどまでに「嫌悪」する京子の「尻」に、

 顔を「うずめた」のだった――。

 京子の尻に、予期せぬ「感触」が訪れる。「柔らかい」ような、けれど「鼻筋」が当たることで「固く」、少し「痛い」ような感覚が現れる。
「な…にっ!す――」
 驚きのあまり、抗議の言葉を「最後」まで言うことができない。まさか真紀がそんな「行動」に出るなんて――、京子は「想定」すらしていなかった。
「理解」を求めるために、「意図」を知るために、絵美の方を見る。けれどそれは彼女にとっても「予想外」であるらしかった。むしろ彼女自身も「仲間」である真紀の「暴挙」に驚き、あるいは若干「引いている」みたいだった。
 容赦なく、真紀は京子の尻を「まさぐる」。「臀部」に「頭部」を押し付け、「両手」で「位置」を調整し、「割れ目」に「鼻」をこすりつける。「異物感」は「衝撃」となって真紀の「尻」を、その奥に「あるもの」を「刺激」し、「欲求」を呼び起こそうとする。
 真紀の「息遣い」がストッキング越しに、パンティ越しに伝わってくる。くすぐったいような、どこか「快感」さえ思わせるような「感触」。息が「吹きかけられ」、それから彼女は大きく息を「吸い込んだ」。そして――。

「クッサ!!!」

 真紀は「叫んだ」。同時に京子の尻から、顔が離れる。
 真紀は述べた。まるで「小学生」のような「感想」を。「配慮」のない「率直」な意見を。京子のその「部分」の「匂い」が、「香り」ではなく「臭い」であることを――。
 その声は京子の耳に届いた。彼女は「赤面」するしかなかった。それが自分に向けられた「罵声」であることを、受け止めるしかなかった。
 その声は絵美の耳にも聞こえた。彼女は「クスクス」と笑った。そうすることで「同調」し、「一緒」になって京子を「罵倒」する。よくある「いじめ」の「典型」だった。
 慌てて京子はいまだ自由である方の手――右手――で、自分の尻を隠し、押さえる。だが、それは「今さら」だった。すでに「嗅がれて」しまった後なのだ。「情報」はすでに「与えられて」しまった。京子を「からかい」、「蔑む」べき「材料」を「明け渡して」しまった。
「マジで、クサすぎ…」
 やや「冷静」になって、改めて真紀は言う。だが京子自身が冷静でいられるはずはなかった。
「てか、すでに『漏らして』んじゃないの~?」
 真紀は「疑惑」を口に出す。あたかも「客観的事実」であるかのように。
――そんなはずはない…。
 京子は「反論」する。そこには確かな「実感」があった。まだ――、今のところはまだ「出ていない」――はず。彼女は「排泄」のその感触を思い出し、まだそれが訪れていないことを確認する。それは「圧倒的事実」だ。だがやはり「自信のなさ」が、わずかに買ってしまう。だからこそ反論を「口に出す」ことができず、「心の中」に留めた。
――でも、もしかしたら…。
「弱気」なまま、「可能性」について考えてみる。「原因」があるとするならば、あの時――。

 綾子に「突き飛ばされて」、壁に手をついて何とか「バランス」を保った。まさに「危機一髪」だった。けれどその「反動」で京子は――。
「おなら」をしてしまったのだ。
 それは京子にとって「思わぬ」出来事だった。「不可抗力」だった。一瞬の、気の「緩み」。括約筋が「お留守」になってしまった。それによって肛門から放出された「ガス」。
 だがそれ自体は「一過性」のものであり、すでにその「汚れた気体」は霧散している――はず、すでに京子の尻から「消えて」いる――はず、だ。「ガス」とは情報の「集合体」でありながらも、決して視認できない「事実」に他ならない。
 問題はその瞬間――、「ガスではないもの」まで放出されたのではないか?という可能性だった。
 十分にあり得る「可能性」だった。なぜならその「行為」は、京子の「意思」から離れたものであり、「意識」の及ばないものだったのだから。まさに「アウト・オブ・コントロール」だったのだ。
 盛大な「破裂音」の中に、「湿った」ような音は紛れていなかっただろうか。「熱いガス」にまみれて、パンティの「濡れる」感触はなかっただろうか。京子には判らない。
 京子は今すぐ――たとえそれがもはや「手遅れ」であろうと――自分のパンティの「中身」を確かめたい、という衝動に襲われる。だがやがて、その「確認」は「外部」の者によってされることとなる。そこには、さらなる「羞恥」が待ち受けていた――。

「脱がして、『確かめて』みたら?」
 絵美は「提案」する。良い「アイデア」だというように。それは「悪魔の囁き」のようだった。だが、そこに「救い」なんてものはなかった。
「そうだね~。ちゃんと『出た』か、『オムツ』の中を調べてあげないと!」
 真紀はまたしても、次の「嘲り」を思いつく。京子をまるで「幼子」のように扱う。可愛がる。だが、そこに「慈愛」のようなものは一切感じられなかった。
「ほら、動かないの!『赤ちゃん』」
 京子は必死に抵抗する。「右手」で尻をかばう。「もうこれ以上は――」と自らの尊厳を死守する。
「絵美、押さえて」
 真紀は絵美に「指示」を与える。絵美は「返事」するでもなく、「首肯」するでもなく、「行動」によって了承を示す。「左手」のみならず、「右手」にも拘束が及ぶ。強引に尻から手を引きはがされ、それによって「無抵抗」な京子の尻が現れる。それでも尚、わずかに残った「防備」さえも奪い去られようとしている。
 真紀の手が再び、京子の「腰」に触れる。彼女は探っている。「肌」と「布」との「境界線」を。やがてそれを見つける。そして――。

 京子の「防備」が――「ストッキング」と「パンティ」が一緒になって、一気に下ろされる。
 京子の「たるんだ」腹と尻に引っ掛かり、それによって「抵抗」を感じながらも、彼女の「衣類」は剥ぎ取られた。ちょうど「臀部」と「陰部」を露わにしたところで、「太腿」の辺りでそれは留められる。
 京子の「尻」は、「衆人環視」に晒された。近年全く「日の目」を見なかった部分が、「日の下」に供された。
 京子は「覚悟」する。直後、どのような「直射日光」を浴びせられるのか、不安に怯えながらもただ「待機」しておくことしかできなかった。
 一秒、二秒――。京子は待った。できることなら今すぐ、衣類を戻すか手で覆い隠すかしたかったが、絵美に両手を拘束されているためそれは叶わなかった。
 五秒、六秒――。京子は「焦らされた」。あるいはこの「放置」もまた、彼女たちが自分に与える「羞恥」のレパートリーなのかもしれなかった。
 九秒、十秒――。そこまで待っても、やはり「裁き」は与えられなかった。「猶予」だけが与えられ、「執行」は保留されたままだ。「結末」がもたらされないことで、京子の中で「不安」と「恐怖」だけが増大していく。「死刑囚」のような心境だった。

 真紀は「言葉」を失っていた――。
 彼女のした行為、その「意図」は明らかだった。全ては京子をさらなる「羞恥」に追い込むこと、ただそれだけが「目的」だった。
 これから関係を持つ「男性」の前であればまだしも、決して「人前」に晒すことのない「秘部」を暴かれること。しかも「同性」に、「部下」や「後輩」に「観察」されること。その「惨めさ」たるや真紀自身、想像に難くない。
 だが、真紀は「仕打ち」をそれで終わらせるつもりはなかった。さらにその先、さらなる「辱め」を彼女は求めていた。
 真紀は京子の「尻」を眺め、せいぜいこんな風に言ってやるつもりだった。
「うわっ!汚ね~!!」
 と。その続きは、あとは「勢い」任せだった。真紀は自分の口からどんな罵声が、「アドリブ」が飛び出すのか、それを期待していた。
 たとえ、京子の尻が予想に反して意外と「キレイ」だったとしても、真紀は「酷評」するつもりだった。「汚れて」いようといなかろうと、「汚な」かろうとそうじゃなかろうと、彼女はあくまで自分にとって都合のいい「結果」とするつもりだった。全ては「言ったもん勝ち」なのだ。
 今や、この場の「主導権」は自分が握っている。真紀にはその自負があった。自分が「カラスは『白』だ」と言えば「白」になるように。京子のパンティが「茶色」といえば、それはまさしく「茶色」なのだ。「真実」なんてもはやどうだっていい。「事実」はいくらだって捻じ曲げることができる――。
 実際、「さっき」はそうした。真紀が嗅いだ京子の尻は、別に「クサく」なんてなかった。いや、「無臭」であったかといえば決してそうではない。そこには独特の「匂い」があった。それは京子「独自」の匂いなのか、あるいは女性であれば誰でもする「類」の匂いなのか――自分の尻だって似たような匂いがするかもしれない――はたまた年齢を重ねたことによる「仕方のない」ものなのかは分からない。だがその匂いは決して、「あれ」の臭いではなかった。京子はまだ「漏らして」などいなかったのだ。
 それでも真紀は言い放った。「悪臭」だと言い切った。大袈裟な「演技」ができたのも、やはり「勢い」のためだった。たとえ「嘘」であろうと、京子に羞恥を「与えられる」のであればそれで良かった。これは「復讐」なのだ。

 けれど、真紀の口は動かなかった。「ポカン」と口を半開きにしたまま、言葉を失い続けていた。その理由は――、

 京子の尻があまりにも「汚かった」からだった。

 それはある意味、真紀の望んだまま、その通りだった。だがそれは彼女の想像を、「酷評」すらも超えた代物だった。「低評価」を押すことさえ、憚られた。それほどまでに「醜かった」――。
 京子の尻は「デカかった」。それは「巨尻」と言うのとも、あるいは「豊満」と言い換えるべきとも違った。単に、醜く「膨らんで」いた。「脂肪」がたっぷりと付き、今までタイトスカートの中に収まっていたのが不思議なくらい「巨大」だった。その癖、多くの「若者」がそうであるような「張り」は少しもなく、ただ「重力」に任せてそれに抗う力もなく、「垂れ下がって」いた。
 だがそれ自体は少なからず「意外」なものではなかった。何たって京子の年齢は自分より、「十つ」も上なのである。それはある意味「仕方のない」こととも言えた。けれどそれは「醜さ」を表す上での、ほんの「前触れ」に過ぎなかった――。
 たっぷりと脂肪のついた「霜降り」の尻。「セルライト」すら浮かび上がった、その「頬っぺた」。そこには幾つもの「シミ」が出来ていた。どうして紫外線のあまり当たらないその部分に、そのような「斑点模様」が形成されるのか、真紀には理解できなかった。あるいはそれも「加齢」によるものなのだろうか。ある種「打ち身」を思わせるようなその「マダラ」に彼女は「哀れさ」を感じつつも、少なからず「同情」を禁じ得なかった。そして――、やがて自分もそうなってしまうんじゃないか、と「恐怖」と「危機」さえ感じた。
 さらなる「極めつけ」は、京子の尻の「割れ目」だった。真紀が一番「観察」し「確認」したいその部分は――、けれどあまりよく「見えなかった」。
 そのことに、真紀はやや戸惑う。すでに下半身は「剥き出し」なのだ。「隠すもの」はもはや何もない。その上、京子が抵抗したことで皮肉にも、尻が「突き出される」格好になっている。いわば「観察しやすい」体勢なわけだ。
 さすがに綺麗な「ピンク色」ではないと思ってはいた。やはり「加齢」によって、あるいは「経験」によって、「黒ずんでいる」だろうとは予想していた。それすらも京子にとっては「恥辱」の材料に――、真紀にとっては「嘲笑」の燃料に――、なる「はず」だった。
 けれど、京子の「アナル」は見えなかった。「何か」によって覆い隠されていた。最初は「影」だと思っていた。たるんだ尻による「陰影」だと思い込んでいた。だけど、違った。

 それは、京子の「ケツ毛」だった――。

「割れ目」にびっしりと生えた、「群生」した「密林」だった。無遠慮に「自生」したそれらが京子の「割れ目」を覆い、「ジャングル」の奥地を隠していた。
 それを「知った」真紀は、そのことに「気づいた」彼女は、ただ純粋に「絶句」した。とてもじゃないが「罵倒」の言葉など浮かんでは来なかった。それは想像を「絶する」ものだった。同時に「疑問」がもたらされる――。
――どうして、ここまでなるまで放っておいたのか…?
 いくら「鈍感」な彼女であろうと、さすがに気づいただろう。それならばなぜ「剃ろう」と思わなかったのだろうか。「剃る」ことが余計に「恥ずかしかった」から?あるいは人に見られる機会などないと、「油断」していたのだろうか。どちらにせよ、「生えていない」真紀にとっては理解不能の「心境」だった。「ケツ毛が生えている」というのは、一体どんな気分がするものなのだろう?彼女には想像することしかできなかった――。
 あれほど「無精」に生えていれば、さすがに「違和感」があるだろう。まず第一に下着に触れる――、下着の中で「蠢く」。その「異物感」といったら、決して無視できるものではない。しかも――。
 あれだけ「無秩序」に生えていれば。確実に「付く」はずだ――。何が「付く」かについては、真紀はあまりはっきりとは言いたくない。彼女の「心配」を筆者が代弁するならば――、それは「大便」だ。
 それは日常的に「どうしようもなく」排出されるものだ。「排泄」するべきものだ。そしてその「行為」に至ってはやはりどうしようもなく、誰だって少なからず「余韻」とも言うべき「余剰」を残すものだ。だがそれをキレイに「拭き取る」ことで、人は――あるいは「女性」は、自らの「生物的側面」を隠すことが叶う。そうすることで――、女性としての「清廉さ」を、あるいは「清純さ」を保つ。それはいわば「尊厳的儀式」なのだ。
 けれど。いくらなんでも、あれほどまでに「不純物」があれば――、話は別だ。いくら「拭いても」、どうしたって「不潔物」は残ってしまう。「毛」にまとわりつき、尻の付近に「留まる」ことになる。「汚物」がそのままに、「付着」され続けることになる。
 それはもはや「お漏らし」と――、やや譲歩するならば「チビった」のと変わらない。下着の中に「うんち」を抱えたままの状態なのだ。後は「大量」か「少量」か、それのみが「論点」である。だがそのどちらも、「汚れている」ことに変わりはない。どちらにせよ「羞恥」を抱え、「尊厳」を失ってしまっていることに変わりはない。

 あれだけ「毛」を生やしているのだ。「排泄」する部分に。どうしたって「汚物」は付いているに違いない。いくら「拭いて」も、決して「拭い」きれないものが――、京子の「肛門」には付着している。真紀は「嗚咽」を感じずにはいられなかった。
彼女はその尻を「嗅いだ」のだ。
 だが京子の「尻」には、そのような「異臭」などなかった。「異物感」はなく、「汚物感」もなかった。それが真紀には不思議だった。(京子が「便秘中」であることなど、真紀には知る由もない)
 あるいは京子は――、あれだけ「ケツ毛」を生やしておきながら――、見事に「尻を拭く」ことに成功しているのだろうか。どうして「無事」でいられるのか、真紀には「不可思議」でならなかった。
 真紀自身にとっても、「付着物」については「悩みのタネ」だった――。
 真紀には当然「ケツ毛」は生えていない。肛門付近は「ツルツル」だった。にも関わらず――、なぜかショーツが「汚れて」しまう。具体的に言うならば――、「うんすじ」を付けてしまう。ちゃんと「拭いた」と思ったのに、やはり「拭き残し」がある。あるいは「下剤」や「浣腸」を日常的にすることで、もしくは昔付き合った彼氏の「趣味趣向」によって「拡張」されてしまったことで、そうなってしまったのかもしれない。
 だが京子の尻はそれにしては――、ケツ毛が生えているにしては――、あるいは自分と比べても明らかに――、「汚れて」はいなかった。
 それもまた真紀にとっては、「衝撃の事実」に他ならなかった。

「うわっ!キモっ!!」
 沈黙を破ったのは、絵美の「声」だった。真紀を代弁した「言葉」だった。
 絵美は京子の「前方」にいた。だから見えなかった。京子の「汚尻(おけつ)」が。見ていないからこそ、言えたのだ。そう真紀は思った。「直視」してしまった彼女とは違う。
 だがしかし、「見ていない」のならば――どうしてそんなことが言えたのだろう。京子の尻が「醜い」ことを、どうして絵美は知っていたのだろう。あるいは彼女も自分と同じように、「予め」罵倒の「文句」を用意していたのかもしれない。「ネタ」を「仕込んで」おいたのだ。
 それにしては、絵美の演技はあまりに「迫真」だった。「真」に「迫って」いた。まるで「目撃」したかのような、「リアル」な反応だった。
 絵美は「何か」を見ていた。嘲笑の「在り処」を見つけたみたいだった。その「視線」の先を、真紀は「目線」で追った――。

 絵美のその言葉は、自然と口から出たものだった。
「用意」していたわけでも「予想」していたわけでもなかった。それは「想定外」に他ならなかった。
 真紀は京子の下着を脱がした。それは絵美が「提案」したものだった。けれどまさか彼女が本当にそうするなんて――、「予想外だった」。
 いや、これは「言い訳」だ。確かに絵美は「煽って」いたのだから。今さら自分だけ「罪」を逃れることなんてできない。とっくに「同罪」であり、すでに「共犯者」だった。それでも、いまいち絵美は「主犯」にはなりきれなかった。あとは真紀が全部やってくれる、そう彼女は信じていた。「罵声」は真紀が用意してくれる。自分は「嘲笑」でそれに「乗っかる」だけで良かった。けれどその「目論見」は外れた――。
 絵美は「見てしまった」のだった。当然、彼女の「視点」からでは京子の尻は見えない。「観察者」は真紀に委ねられた。彼女の望んだ「結果」、けれどどうしたって「反射的」に目で追ってしまう。「脱ぐ前」と「脱いだ後」、その変化を見守ってしまう。
 京子は「見た」。パンティを脱がされた、京子の「前面」を。必要以上に「生え揃った」――いや「育ち過ぎた」、彼女の「陰毛」を。彼女の性格のように「太く」「ねじ曲がった」、その体毛を――。
 それ自体は「嫌悪感」を覚えるほどのものではなかった。「濃い」か「薄い」かの違いはあれど、絵美にだって「生えている」ものである。全く「手入れ」がされていないことについては確かに「謙虚」の無さを感じたが、それも京子の「年齢」を考えれば「仕方のない」ことかもしれない。もはや人に「見られる」心配も、その必要もないのだ。そうした「情事」からとっくに「上がって」しまった「売れ残り」。すでに、そうした「エチケット」さえ失ってしまった「年増」。(もちろん全ての三十路の、あるいはそれ以上の年齢の女性がそうであるとは思っていない)それが絵美が京子に与えた「評価」だった。

 絵美は思わず目を逸らしたくなった。けれど出来なかった。むしろ「興味津々」にそれを眺め続けた。自分もいつかこんな風になってしまうのだろうか?いや、そうならないように気を付けなければ、と京子の「無様さ」を「反面教師」にして、自らの「戒め」とするように――。
 そこで、絵美は「気づいて」しまった。京子の「陰毛」のその先、その下にあるものに。彼女の「秘部」と下ろされた「下着」とを「繋ぐ」存在に。

 京子の股間は「糸」を引いていた――。

 彼女の「意図」したものではないだろう。むしろ「予期」さえしていなかったことかもしれない。京子の股間は「濡れて」いた。「密林」を醸成する地域の多くがそうであるように、彼女の「地帯」もまた「湿り気」を帯びた「亜熱帯」だった。
 京子は「気づいて」いないことだろう。きっと突き出した尻にばかり、「気を取られて」いることだろう。今すぐにショーツを履き直し、尻を隠したがっているに違いない。だがそんな彼女の「思い」は、自分が彼女の手を拘束していることで叶えられない。けれど代わりに、決して絵美の「触れられない」、決して「触れたがらない」場所だけが唯一「抵抗」を見せていた。
 自らの下着に「離れ難さ」を感じるように、「名残惜しさ」を感じさせるみたいに。京子の股間は「追手」を放っていた。京子の「愛液」が手を伸ばしていた。
「ぬらぬら」と半透明に光る、その「液体」。本来であれば「潤滑油」としてのその存在はけれど、彼女自身の思わぬところで「分泌」されてしまったらしい。
 京子は「興奮」を覚えているのだろうか。そうでもないと説明できない、そうと誤解されてもしょうがないものだった。あるいは「恐怖」によって、その「緊急回避」としてのものかもしれない。だがどちらにせよ、それが「痴態」であることに変わりはなかった――。

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おかず味噌 2020/05/25 12:15

いじめお漏らし 予襲編

(「奇襲編」はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/249660


 時刻は「午後七時二十分」。「定時」をとっくに過ぎて、けれど「京子」はまだ社内に残っていた――。
――今日中になんとか、終わらせないと…。
 京子にはまだ残っている「仕事」があった。それを「仕上げて」しまうまで、帰宅することはできない。誰に「強○」されたわけでもない。ただ彼女自身がそう「決めた」というだけのことだ。
 昨今は「働き方改革」だの何だので、「残業」についてはなるべくしないようにと会社からもきつく言われている。それでも、「法律」や「制度」が変わったからといって即座にそれに対応できるほど、彼女は「器用」ではなかった。
「時間」の掛かる仕事には、それなりの時間が掛かる。「方法」を変えれば短縮できる仕事にもやはり方法を変えず、それなりの時間を掛ける。京子は断固として自分の「やり方」を変えようとはしなかったし、自分の「仕事」について周りからとやかく言われることをひどく嫌っていた。
 とはいえ、彼女の受け持っている「仕事」というのは、それほど「膨大」なものではない。そのほとんどを「部下」や「後輩」に押し付けて、自分は「責任」という名の判子を押すだけだった。しかもその責任はあくまで「名目」だけで、決してその「実質」を果たそうとはしない。「不備」があれば遠慮なく他人に押し付けるが、「成果」は自分の「手柄」にする。それが、彼女なりの「やり方」だった。
 そして今京子がやっている「作業」というのも、部下が作り上げた資料に目を通し、「見やすい」かどうかではなく、彼女の「好み」に合っているかを吟味するという「彼女にしかできない」仕事だった。

 オフィス内は「省エネ」によって、京子のデスク周辺以外の明かりが消されていた。京子以外はすでに帰宅している。ある者は今日の仕事を終えて、ある者は仕事を残したまま――。
「一人」オフィスに残った京子は、自分の意思で勝手に「残業」しているにもかかわらず、先に帰った者たちへの「呪詛」を唱える。
――どうして、私ばっかり…。
 京子お得意の「被害妄想」だった。自分だけが「不当」な扱いを受け、「不条理」な目に遭っていると思い込んでいる。やがて、その「思い込み」はやはり彼女のいつもの「論法」へと繋げられる。
――これも元はといえば…。
 自分の言うことを聞かない「部下」のせいだ。アイツらのせいで――、アイツらが仕事ができないせいで――、自分にその「しわ寄せ」が来ている。「割」を食っている。「尻拭い」をさせられている。
「すべては他人のせい」。京子の思考はやはり、そこに行き着く。
 京子は自分ばかりに仕事を押し付けて先に帰った部下が、「恨めしく」て仕方がなかった。「予定」があるのを良い事に、それを言い訳にして、早々に会社を出て「プライベート」に時間を費やす彼女たちが「羨ましく」もあった。
 だからこそ京子は、自分より先に帰宅する彼女たちを引き留めることができなかった。そうすることで自分ばかりが「悪者」にされ、あるいは「嫉妬」による「嫌がらせ」をしているんじゃないかと思われるのが嫌だった。
 彼女に出来たのはせいぜい、「へぇ~、『先輩』を残して先に帰るんだ?」と皮肉を精一杯込めた台詞を吐くことくらいだった。

――はぁ~。
 京子は長い「溜息」をついた。「不満」を吐露するように、さらには自分の前に山積された「課題」と「問題」を吹き飛ばすみたいに――。それを聞く者は誰もいない。それは誰にも届かない「声」だった。彼女の中で凝り固まり、溜め込まれた「鬱憤」だった。
 それでも――、そんな京子の「不満」と「不遇」に溢れた日々においても。決して嫌なことばかりではなかった。むしろ、そうした「日常」であるからこそ、些細な「喜び」が彼女の渇き切った「心」により染み渡るのだった――。

 京子の前には「缶コーヒー」が置かれていた。

 京子が「自分で」買ったものではない。そもそも彼女は、あまり「コーヒー」を好んでいなかった。その上、それは「ブラック」だった。彼女の人生と同じく「無糖」の飲み物だった。そんなものを彼女が自ら買うはずがない。それなのに、どうして「そんなもの」が彼女のデスクの上に置かれているかというと――。
 それは後輩からの「差し入れ」だった。ある後輩が、「帰り際」に置いていったものだった。そしてその「後輩」とは――。

「絵美」だった。

「長野さん、今日も残業されるんですよね?これ、良かったらどうぞ――」
 絵美はそう言って、京子のデスクの上に「それ」を置いた。京子は思わず面食らった。まさか、自分のことを「嫌っている」と思っていた彼女から、そのような「施し」を受けようとは――。京子は少なからず戸惑った。何かの「罠」ではないかと、勘繰りもした。
 素直に「ありがとう」と言えるような「真っ直ぐさ」を、京子は持ち合わせていなかった。たとえそれが「善意」であろうと、つい皮肉めいた言葉を返してしまう。
「何のつもり?こんな事で『自分の仕事は終わった』って言うつもり?」
 誰のせいで私が残業していると思ってるの?京子は言った。本心からそう思ったわけではないが、それでも「反射的」に彼女は「心にもない」台詞を吐いてしまう。
「そういうわけじゃ…」
 絵美は口ごもる。自分の「好意」でした「行為」に、まさかそんな反応が返ってこようとは――、彼女は予想もしていなかったらしい。彼女の顔が曇った。まるで自らの「厚意」を無下にされたように。あるいは彼女なりに、京子に取り入ろうとした「計画」を破綻させられたみたいに――。
「お疲れ様でした」
 絵美は一礼して、逃げるように京子の前から去った。「失意」を浮かべたように、自分の「奉仕」を受け取ってもらえなかったというように――。京子の机上には「缶コーヒー」だけが取り残された。彼女のあまり好まない「飲み物」が。
 もしそれが「手渡し」であったなら――、京子は受け取らなかっただろう。自分は「コーヒー」自体をあまり好まないのだと言って、断っていただろう。
 けれどそれは、彼女のデスクの上に「置かれた」のだ。有無を言わさず、断る暇さえ与えず、勝手に置かれたのだ。
 その行為に、「先輩に対して失礼じゃないか」と京子は言うこともできた。しかも何を思ったか、あるいは余計な「おせっかい」からか、缶の蓋はすでに「開けられて」いた――。まるで京子に「飲む」ことを強○するみたいに。すでに封は切られていた。
 全くもって「非常識」である。社会人としての「常識」がまるで抜けてしまっている。京子は思った。
――これじゃ、誰が先に飲んだとも分からないじゃないか…。
 あるいは誰かの「飲みかけ」であったとしても不思議ではない。もちろん、そんなはずがないことは分かっている。「課内」の誰も、京子に「間接キス」されたいとは思っていないだろう。それでも――、要は「気持ち」の問題なのだ。
 たとえ「そうでなかった」としても、「そうであったかも」と疑念を抱かせることはすべきではない。それがいわば「礼儀」の基本であり、人と人とが接する上で最低限「配慮」しなければならないことなのだ。

 だからこそ京子は、その「缶コーヒー」に今まで口をつけなかった。ある種の「気持ち悪さ」を感じていたから、というのはもちろんだけれど、やはり彼女はその「飲み物」があまり好きではなかったのだ。
 それでも、作業に何度目かの「行き詰まり」を感じた時、何回目かの「小休止」の際、京子はおもむろに「それ」に手を伸ばした。ほとんど「無意識」にも思える「行動」だった。別に「せっかくの後輩からの『差し入れ』だから」なんて考えたわけではない。しいて言うなら、「もったいないから」という現実的な理由からだった――。
 京子は「コーヒー」を口に運んだ。「缶」を口につけ、舐めるように「少量」を流し込んだ。
「苦み」が口の中に広がる。元は「冷えていた」はずの「温い」液体。喉の「渇き」をそれほど癒せるものではなく、かといって別の何かを「潤す」ものでもない。それはただ単に「苦い」だけのものだった。
 それが元々の「苦さ」なのか、時間が経ってしまったことでより「苦み」を増幅されたものであるのか、京子には判らなかった。どちらにせよ、やはり彼女の好む「味」ではなく、あるいはたとえそれが彼女の好む「味」であったとしても、それに対して彼女が怪訝に思うことはあれど、「感謝」するなんてことはなかった。
 それでも――。京子は思う。与えられた「もの」に対してではなく、あくまでその「行為」において、そこに含まれた「厚意」について考えを巡らせる。どうしてそれが、自分にもたらせられたのか、その「真意」を問う。
 もう「一口」、確かめるように「苦み」を味わいながら、その奥に微かにある「甘さ」に思いを馳せる。やはり「苦さ」は変わらない。それでも――。
――ちょっと言い過ぎたかな…?
 京子の中に引っ掛かっていたのは、およそ二時間前の「やり取り」だった。絵美の「好意」に対して、「敵意」をむき出しにしてしまったこと。さらに、数時間前のことについても考えてみる。
――何も、あんな言い方しなくても…。
 自分は「彼女のため」を思って「説教」をした。たとえ「疎まれる」ことになろうと、それは「仕方のない」ことだと。京子は割り切っていた。けれどそれは本当に「そうするべき」だったのか、と考えてみる。
 京子の中に初めて「芽生えた」感情だった。自分を「省み」、自らの行動について吟味する。彼女にとって「良好」な「兆候」だった。
 もちろん、たったの一度の「善意」(たとえそれが「善意」を装った別の何かだったとしても)によって、これまで京子が受けてきた数々の「悪意」を塗り替えてしまえるほど、彼女は単純な人間ではなかった。彼女が歩んできた「人生」はそれなりに「壮絶」なものだったし、自らの「善意」が無慈悲にも容易に「裏切られて」きた経験は少なくない。
 それでも。京子の中に、ある「変化」が訪れようとしていたのもまた事実だった。「きっかけ」はほんの些細なこと。
「一杯」の、あるいは「一本」の缶コーヒーがもたらした「奇跡」など――。とても気恥ずかしくて、他言できるものではない。それによって、自分の「価値観」が変えられたなど――、どうして人に聞かせられるだろう。
 だが、人が変わる「きっかけ」というのは、いつだって「些細」なものなのだ。京子は「変わろう」としていた。「今日から」ではなく「明日から」。彼女は自らの「行動」を「変えよう」と思った。それは京子の中に芽生えた純粋な「善意」であり、あるいはほんの一時の「気まぐれ」であるかもしれなかった。

 だが、京子がそれを「思いつく」には、すでに「時遅すぎた」のだ。あるいは彼女がもっと早くそれに気づき、自らの行動を省みていれば――、この後の「悲劇」が訪れることなどなかった。だが京子は善意に「口をつけて」いた。後輩から貰った飲み物を「飲んで」しまっていた。彼女に対する「復讐」はすでに始まっていたのだった――。

 時刻は「午後八時過ぎ」。京子はようやく自分の仕事を終えて、帰りの支度を始めた。「皮肉」なことに、それには「復讐」のためにもたらせられたコーヒーが大いに役に立った。その「苦み」を味わいながら、によって。彼女の仕事はそれなりの「成果」を上げたのだった。
 とはいえ、やはり元々「苦手」な飲み物である。京子はそのほとんどを「残した」まま、やや「迷い」ながらも、結局残ったその液体を「捨てる」ことにした。せっかくの「厚意」に対して「申し訳なさ」を感じつつも――、それもまた彼女の「選択」の一つだった。
 給湯室の「流し」に黒い液体を捨てて、缶をゴミ箱に放る。電気を消して、「オフィス」を後にする。廊下を進み、「会社を出る」その間際――。京子は少しの「違和感」によって、「トイレ」に立ち寄ることにする。
――もしかしたら…、今なら「出る」かも…。
 それは突如として現れた「予感」だった。あくまで「精神的要因」によってもたらされたものであり、決して「薬剤」によってのものではない。だがもしもこれで「出なければ」、今夜こそ「薬剤」に頼ることになってしまう。彼女にとっての「最後のチャンス」だった。
 だが、その「チャンス」はある者たちによって、阻まれることになる。「トイレ」に立ち寄った彼女の前に現れたのは――、「便意」の兆候などではなく、何人かの「同僚」であり、実体をもった「復讐」の姿だった――。

そこにいたのは――、「絵美」と「真紀」だった。
 すでに「帰宅」したはずの「後輩」たちだった。

 とっくに社内に「誰もいない」と思っていた京子は、驚きのあまり思わず声を上げそうになった。いや、本当に「驚いた」時というのは案外、声など上げられないものだ。彼女は「声」を出す代わりに「息」を飲んだ。一瞬、体に「力」が入る。彼女の四肢に「予期せぬ」力が込められる。当然、それは彼女の「下半身」にも――。
 だが、幸いなことに京子の「尻」が「息」を発することはなかった。
 ひとまず、そこに居たのが「得体」の知れない「霊体」などではなく、よく知る「人物」であったことに京子は胸を撫でおろす。だがそれでも、「どうしてここに?」という疑問までは拭えなかった。
――こんなところで何をしているのだろう?
 あるいはその「問い」は適切ではないかもしれない。ここは「トイレ」である。「何」をする場所かは言わずもがな、である。疑問に思うべきは、「そこ」じゃない。
――どうして「こんな時間」に…?
 そうだ、その「問い」こそ正しい。さらに言うならば、「どうして?」という疑問も適切だ。
 京子は数時間前のことを思い出す――。自分を「置き去り」にして次々と仕事を「上がって」いく者たち。その中には――、「彼女たち」も含まれていた。
 さらに彼女たちの内の一人、「絵美」においては、ついさきほどまで京子の頭の中に居た「存在」だった。彼女は「帰り際」、自分に「缶コーヒー」を渡し、その後で彼女はこう言ったのだ。
「お疲れ様でした」
 と。確かにそう告げたのだ。それはつまり、「先に帰ります」という宣言に他ならない。それなのに、どうして――。
 京子の「疑問」はすでに、そこに居たのが「彼女」であると認識した時点で完結していた。いかにそれが「見知った」人物であろうと、「居ないはず」の者が「居る」という事実は、やはり「得体の知れない」薄気味悪さのようなものを感じさせた。
 京子はすぐに「回れ右」をしようと思った。それをするだけの「余裕」が、彼女にはあった。彼女がここに来たのは「目的」を果たすためであったが、果たしてその目的が「達成」されるとは限らない。彼女が受け取ったのはあくまで「予感」であり、それはまだまだ「実感」には程遠かったのだ。
 この場所に「立ち寄って」おいて、逃げるように「立ち去る」自分を、彼女たちは「不審」に思うかもしれない。あるいは、またしても余計な「詮索」を与えてしまうかもしれない。それでも京子はその場から「逃げよう」と思った。それは彼女の人生における「経験」から、そこから培った「危機的意識」から、その「行動」は無意識に選択されたものだった――。
 何だか「嫌な予感」がする。まるで「草食動物」が「肉食獣」の気配を感じ取るみたいに、野性的な「勘」が京子に次の行動を決定させた。だが――。

「どこ行くんですか?『セ・ン・パ・イ』」
 その声は「絵美」のものだ。京子の「背中」に向けて、発せられたものだった。その「呼び名」は、これまで決して京子に対して彼女が使わなかったものである。それが「不自然」にも、この場において初めて用いられる。
 京子の体はまたしても「びくっ!」と震えた。本来の「関係性」であれば、とても許されるものではない。どうして自分が「後輩」の声に怯えなくてはならないのか?
 だから京子は掛けられた声に対して、あくまで「気丈」に「平然」を装って振り返ることにした。自分と「彼女」との、「立場」を再認識させるために。自分は決して彼女に対して「怯えて」いないと証明するように――。
 だが、京子の「目論見」はあっけなく外れた。彼女は「振り返った」。そして「見た」。その視線の先にある彼女たちの姿を。そこに居た彼女たちは――。

「嗤って」いた――。

 それは「笑み」ではなかった。それは京子に向けられたものではなく、あくまで彼女自身の「内側」から溢れ出した「嘲り」だった。「嘲笑」のようだった。そして、そこにあるのは「楽しさ」ではなく、「慰みもの」にする種類の「愉しさ」だった。
 京子はまたしても震えた。「悪寒」を感じずにはいられなかった。彼女には――、その絵美の表情に「心当たり」があった。それは「遠い昔」の記憶でありながらも、今でもありありと蘇ってくる、いつまで経っても「色褪せる」ことのない「思い出」だった。
 彼女のその表情に、京子は強い「既視感」を覚えた。これはまるで――。

「てか、先輩。せっかく後輩があげた『差し入れ』全然飲まないじゃないですか~」
 絵美は言った。京子にはやはり「心当たり」があった。だが、どうしてここでその「確認」が必要であるのかが分からない。確かに自分は彼女に「施し」を受けた。それは無償の「善意」であるはずだった。今になってその「代償」を求めるというのだろうか。
「まったく、待ちくたびれましたよ~」
 絵美は確かに言った。「待って」いた、と。つまり彼女たちは「偶然」ここに居たわけではなく、「必然」としてこの場に留まっていたのだ、と。京子のことを「待ち受けて」いたのだ、と。
「どういうこと…?」
 その「事実」を知ってなお、京子は返す。震える声を、それでも精一杯「取り繕い」ながら――。その言葉が出ただけ「大した」ものだ。
 絵美は答える。「即答」ではなく、たっぷりと「間」を空けて。あくまでこの場における「主導権」がどちらにあるのかを「知らしめる」ように――。
「私が先輩『なんか』に、わざわざ差し入れなんてすると思います?」
 今さら、どのような「蔑み」も問題ではなかった。より重要なのは、彼女の「真意」だ。どうして、彼女は善意を「装った」りしたのか?
 京子には分からなかった。彼女の「真意」も、彼女が「求めていること」も。彼女がどんな「答え」を期待しているのか、それさえも京子の理解の範疇を超えていた。
「まだ『気づかない』んですか?ホント、先輩って『鈍感』なんですね!?」
 問われてもなお、京子には解らない。やはり自分は「鈍感」なのだろうか?
 もしそうなのだとしたら――、それは京子が生きてゆく上で授かった彼女なりの「処世術」であり、「自己防衛」としての手段に他ならない。彼女は「痛み」や「悪意」に鈍感になることで、今日まで生きてきたのだ。たとえ「傷」を負ったとしても、それに「気づかないフリ」をすることで「致命傷」を避け、「無感覚」になることで身を守ってきたのだった。
 京子は傷口に「蓋」をしてきた。それはいわば「かさぶた」のようなものだ。ちょっと衝撃を与えれば、たちまち「剥がれて」しまう危うい「メッキ」――。そんな「かさぶた」を心に幾つも作りながら、危険な「バランス」の上で彼女はなんとか平衡を保っていた。
 だけど今、その「かさぶた」が剥がされようとしている。まだ渇き切っていない「傷口」。完全には修復されていない「傷跡」。決して「触れてはいけない」部分に、無情な衝撃が加えられる――。

「先輩の飲んだコーヒーの中に――、たっぷりと『下剤』を入れておいたんですよ」

 絵美は言った。まるで楽しい「サプライズ」であるかのように――、「ドッキリ」の「ネタばらし」みたいに――。その言葉は「刃」となって突き立てられる。
 京子の頭の中は「真っ白」になった。「理解」が追いつかない。その言葉が「意味」することも、その行為が「意図」することも、彼女には掴めなかった。
 だがそれでも、「真っ黒」な感情だけは、はっきりと感じ取ることができた。自分に向けられた、れっきとした「悪意」。もうずいぶんと長い間、決して「直接的」にぶつけられることはなかったその感覚を、京子は思い出していた――。
――どうして、そんなことを…?
 京子の中に再び「疑問」が浮かぶ。だが、今さら考えてみたところで遅い。すでに悪意は解き放たれ、「現実」のものとなったのだ。それでも京子は考える。そして、意識が自分の内側へと向けられたところで――。

――ギュルルル…!!!

 京子の腹が「悲鳴」を上げた。それは「空腹」によるものではなく、より「深刻」な原因によるものだった。あるいは――、普段の彼女にとってそれは「福音」であるかもしれなかった。「溜め込んだ」ものを「解き放つ」ことができる、という「予感」だった。
 あるいは、それは単に「気のせい」なのかもしれなかった。あくまで絵美の「発言」によってもたらせられた「幻想」に過ぎず、実際はそんなもの「ない」のかもしれない。
 そう思えるくらいに、京子の「異変」はまだ顕著ではなかった。「便意」をわずかに感じつつも、それはまだ「耐えられる」程度のもので、「限界」には程遠かった。
――今ならまだ間に合う…。
 京子は確信した。彼女たちの「悪意」がどうであれ、まだそれは京子を「捕える」ところまでは至っていない。今ならまだ――、十分に「トイレ」に行くことができる。
 というか、すでにここは「トイレ」だった。芽生えた「欲求」を果たすに「適した」場所だった。けれど、ここは使えない。彼女たちがいる。彼女たちは自分が「催している」ことを知っている。「個室」に逃げ込んだところで、「視線」からは逃れることができるだろうが、「音」と「臭い」まではどうしよもない。
 京子のたっぷりと腹に溜め込んだ「三日モノ」は、その「排出」にあたって、おそらくとんでもない「咆哮」を発することだろう。そして、出された後の「ブツ」は、みっちりと「熟成」されたことで、とてつもない「芳香」を放つことだろう。
 それらを彼女たちに「聞かれ」、「嗅がれ」てしまうことだけは避けたかった。「汚いもの」を「排泄」するという羞恥。生物であれば何者でも――、人間であれば誰でもする行い。それをすること自体は何ら「恥ずかしい」ものではない。だけど、いざそれを「認識」されるとなれば、話は別だ。そこには最大限の羞恥が伴う。「周知」されることによる「羞恥」。それだけは絶対に嫌だった。

 京子はますます、この場から「逃げ出し」たくなる。それもまた彼女にとっての「自衛」であり、「本能」によるものだった。
――逃げるは恥だが、「出す」に勝つ。
 たとえこの場においては「負け」に甘んじることになろうとも、決して「勝つ」ことにはならずとも。せめて自分の中の「欲求」にだけは勝つことができる。これは「撤退」ではなく、「勇退」なのだ。「退くも兵法」、「三十六計逃げるに如かず」――。とはいえ、この場においてとてもではないが「三十六計」など思いつくはずもなく、京子に選択できるのはその「一手」のみだった。
 京子は振り返る。「出口」の方向に。「ここ」から抜け出すことだけを思考する。あとは自宅の「トイレ」にでも――、それが無理と分かればコンビニの「トイレ」にでも逃げ込めばいいだけのことだ。
 京子は「軽んじて」いた。彼女たちの「計画」を。あくまでそれは「序章」に過ぎないとも知らず、まさかこれ以上はないだろうと、「高を括って」いた。
 だが、彼女たちの「悪意」はそれに留まらなかった――。

 京子は「両腕」を掴まれた。やはり一瞬、何が起きたのか分からなかった。だけど、すぐに気づく。自分が「拘束」されたという事実に――。
 まるで「犯罪者」みたいだ、と京子は思った。両腕をそれぞれに拘束され、「自由」を奪われた姿はまさにそうだった。あるいは自分が「宇宙人」になってしまったかのような印象を受ける。「人ならざる者」になってしまったことで、その存在を危険視され、行動を「制限」される。京子は幼い頃に観た、哀れな「特撮怪獣」を思い出した。
「どこ行くんですか?センパイ」
 彼女たちの行動に、十分「ショック」と「恐怖」を受けていた京子に対して、さらに追い打ちを掛けるように、彼女たちの声が発せられる。
「何すんのよ!?」
 京子は問う。だが、その「返答」を待つまでもなく、京子は「抵抗」する。「ジタバタ」と暴れ、「拘束」を振りほどこうと必死になる。だが。いくらもがいたところで「両腕」は掴まれたまま、「自由」になることは叶わなかった――。
「『見苦しい』ですよ、センパイ」
 絵美の「呆れた」ような声が聞こえる。今の自分の姿が「見苦しい」ことは、彼女自身よく分かっている。「便意」の危機を悟り、自らの「欲求」を果たすことだけに必死になっている。「本能」を剥き出しにした、まるで「動物」のような姿だ。いや、動物は「排泄欲求」に逆らったりなどしない。「羞恥」を抱えた「人間」とは違うのだ。
 それでも、このまま拘束され続けるようなことになれば――。彼女はやがて、「動物」に成り下がってしまう。所構わず、「人前」であろうと関係なく、自らの「欲求」を解放させてしまう。「人間」としての最後の「尊厳」を捨てた、「獣」としての姿だ。それだけは、何としてでも避けなければ――。

「危機的状況」がまさに喫緊に迫っていながらも、それでも京子はまだどこか「楽観視」していた。彼女たちのその行動はいわば「嫌がらせ」に過ぎず、まさか「最後」まではいかないだろう、と。京子がいよいよ「限界」に近づけば、さすがに彼女たちも拘束を解き、「赦して」くれるはずだろう、と。
 だから京子はこの場においても、やはり「強気」な態度を崩さなかった。それは彼女にとっての「はったり」じみた「予防線」でもあった。もしここで完全に「屈して」しまうことにでもなれば、今後の「部下たち」とのその「優位性」にさえ影響してしまう。「虐げる者」と「虐げられる者」、「管理される者」と「管理される者」、「従わせる者」と「従う者」。それらの「立場」が「逆転」されてしまう。そんなことは彼女の「プライド」が許さなかった。
 この職場に長年「居続ける」ことで、彼女が唯一「得て」きた特権。それを後から入ってきた者に強引に――しかも「不正」な方法によって――「剥奪」される。京子にはとても「我慢」できるものではなかった。
「肉を切らせて骨を断つ」なんて妥協に甘んじるのではなく、京子は「肉」さえも切られたくはなかった。なぜなら、こんな「行い」は本来許されるはずもなく、彼女の身に降りかかった「不条理」に他ならないのだから――。
「『先輩』であるこの私に、こんなことしてタダで済むと思ってるの!?」
 だからこの場においても京子は、あくまで自分の持つ前後性による「優位性」を振りかざし、「脅し」をもって彼女たちを制そうとした。それが彼女たちの「怒り」に油を注ぐことになろうとも知らず――、たとえそうなったとしても、「正しさ」は自分の方にあるのだと主張し、それが「抑止力」になると思い込んでいた。
 だが、次に絵美の発した言葉により、京子は自らのその「甘い考え」を完全に捨て去らなければならないことを悟る――。

「『自分だけ』助かろう、なんておこがましいですよ」
 京子はやはり自分が何を言われているのか、理解に時間を要した。「自分だけ」?、一体彼女は何を言っているのだろう?京子にはそれが分からない。「自分」が一体彼女たちに何をしたというのだろうか?
 確かに、彼女たちに対する普段の自分の態度には少なからず「省みる」部分もある。それを「見直す」かどうかは別として、彼女たちが「不満」に思っているのも無理はない。けれど、絵美のその言葉にはそんな「間接的」な理由ではなく、より「直接的」な理由が含まれているみたいだった。これは「八つ当たり」や「不満の暴発」などではなく、確かな「復讐」であるのだと、京子はそこで初めて理解した。
 さらに、ある「もう一人」の人物の登場によって――、その「復讐」はより明確な色を帯びることになる。その人物とは――「綾子」だった。

「物静か」で「大人しく」、「引っ込み思案」で「人見知り」。それが京子にとっての「綾子」のかつての印象だった。だが今の京子にとっては、そこに新たな「イメージ」が追加されている。それは――。

――「お漏らし」してしまった子。

「ブルッ…」と体を一瞬震わせたのち、その直後に地面を打つ「放尿」の音。彼女のスカートの中から溢れ出した「水流」は瞬く間にタイルへと広がり、やがて「臭気」を放ち始める。全てを出し終え、それから彼女は泣きじゃくり始める。
 無理もない。大の「大人」が「子供」のように、「お漏らし」をしてしまったのだ。自らの欲求を「我慢」することができなかったのだ。泣き出したくなる気持ちは京子にも分かる。これ以上ないくらいの「羞恥」による「惨めさ」を、かつて彼女自身も「経験」したことがある。
 けれど、京子とはやはり「事情」が少々違う。京子が催したのは「大」であり、その臭気は「小」とは比べ物にならなかった。それに彼女の場合の「目撃者」はもっと多かった。そして、もう一つの「相違」。京子の「お漏らし」と綾子の「お漏らし」における、最大の相違。京子はそれについて、より「強調」したかった。
 つまり京子が「お漏らし」をしたのは、彼女がまだ「十代」の頃であったということだ。もちろん、「高校生は『大人』なのか?」という議論には様々な意見があることだろう。「年齢」によっては、「選挙権」も与えられており――京子の「時代」にはもちろんそんなものはなかったが――「政治」あるいは「社会」への参加が認められてはいるものの、「少年法」の適用など、「一人前」とみなすには議論の余地が検討されており、世間的にはまだまだ「半人前」としての扱いがされる、いわば社会から「庇護」されるべき存在だ。
 その意見には、京子自身も「思うところ」がないわけでもないが、いざ自分がその「立場」に立たされるとなると、やはり「優遇」されたくなる、というのが人情であり、心情でもある。「大人」と「子供」の間を都合よく行き来できる存在。だから京子は自らの「失態」をあくまでその瞬間においては、「まだ『子供』だから仕方がない」とやはり都合よく解釈することにした。けれど、「綾子の場合」はまさに別である。
 綾子はすでに「成人」した立派な大人である。「高校」のみならず、「大学」まで卒業した、れっきとした「社会人」である。そんな彼女が犯した「失態」に、「情状酌量」の余地はない。全ては彼女自身が受け入れ、自ら「責任」を取るべきなのだ。多少の「同情」はあれど、やはりそこに「責任能力のなさ」は認められない。全ては彼女自身が被るべき「罪」なのだ。
 だからこそ京子は綾子の姿を見て――、彼女の犯した「罪」を知っているからこそ、ごく当然のように彼女のことを「見下した」。人前で「お漏らし」をする、という「失態」はそれだけ重大なことであり、その者の「尊厳」が奪われるべきものなのだ。京子は自らの経験から、それを知っている。
 そして「人間社会」においては誰もが、「意識的」であろうと「無意識的」であろうと、「自分」と「相手」とそのどちらが「上」なのか「下」なのかを見極めることで生きている――。というのが京子の「持論」である。少なくとも彼女はこれまでそうして生きてきたし、彼女を「虐げて」きた連中もまた、同じようにして彼女を「見下し」てきたのだ。
 だからこそ、自分が「綾子」に下した「評価」について、京子が悪びれることはなかった。全ては「相手」のせいであり「自己責任」なのだ、と彼女は思っていた。だが、その「意見」はやがて「覆される」ことになる――。

 京子は綾子を見た。「入口」の方から来た彼女が誰であるかを認識するのに、時間は掛からなかった。それでも、京子はやはり「疑問」に思った。どうして彼女がここにいるのだろう、と。その「答え」はすぐに明らかになった。
 京子は見た。綾子の「目」を。視線を合わせたことで、その奥に「宿る」並々ならぬ「思い」を受け取った。それは明らかな「敵意」であり、紛れもなく「京子」に向けられたものだった。
 綾子の掛けた「眼鏡」越しからでも、それは十分すぎるほどに伝わってきた。「熱」を帯びたような視線、けれどその「温度」はとても「冷た」かった。
 普段の綾子が決して見せないような「表情」あるいは「態度」、もしくはその「ギャップ」に京子は思わずたじろいだ。気がつくと、彼女の脚は「震えて」いた。それが「恐怖」によるものか、視線の「冷たさ」によるものか判別できなかった。だが、それらは同じものだろう。
 綾子はゆっくりと、緩慢な動作で近づいてくる。まるで「肉食獣」が慎重に「狙い」を定めるように。わずかずつ「射程」を狭めてくる。この場において「主導権」がどちらにあるのかを、「獲物」に知らしめるみたいに――。
 京子はひとまず「疑問」を止めて、再び「抵抗」を始めた。一刻も早く「逃げなければ」と思った。だがその考えは「半分」間違っていた――。
 綾子の「登場」によって怯んだのは、京子だけではなかった。おそらくその登場を「予期」し、それもまた「計画」の一部であり「想定内」であったにもかかわらず。その「実行者」であるはずの「絵美」も、「立案者」であるはずの「真紀」もまた、「綾子」の想定外の「迫力」に思わず怯んでいた。まるで「別人格」であるかのような綾子の「豹変」ぶりに、あるいは自分たちがその「一助」になってしまったのではないか、と怯えた。

 彼女たちのその「動揺」は、あるいは京子にとって良い「方向」に作用した。一瞬――、京子を掴んでいた、腕の力が緩んだのだ。その「隙」を京子は逃さなかった。すかさず「抵抗」を試みることで、京子の「拘束」はあっさりと解かれた。
「あっ!」と呆けたような声を上げた絵美を「置き去り」にして、京子はその場から「逃げ去った」。とっさのことにしては、彼女の「判断」は適切だった。
 問題は、彼女の逃げた「方向」だった。結果的に彼女はあまり遠くに絵美たちを「置き去り」にすることはできず「逃げ切る」ことは叶わなかった。
 綾子は京子の「前方」、つまり「入口」の方から迫ってきていた。だから必然、彼女の逃げる先は「後方」にしかなかった。けれど当然、その先は「行き止まり」だった。京子は「逃げる」ことで、自ら「追い込まれる」ことになったのだ。「行き場」をなくし、すぐに目の前の壁に「行き当たる」。
 あるいは京子は機転を働かせて、「個室」に逃げ込むことだってできた。個室に飛び込み鍵を掛けることで、あくまで「一時的」とはいえ危機を「保留」することくらいはできた。それで彼女たちが「諦めて」くれるとは到底思えなかったが、少なくとも「その場しのぎ」にはなる。しかも、その場所には今の京子が最も「切望」し、「希求」すべきものがある。「便器」が――。
 こうなったら、「背に腹は代えられない」。たとえ「音」を聞かれようと、「臭い」を発することになろうとも、そんな「羞恥」を○すことになろうと――。それでも、「最大の羞恥」に比べればマシだった。もはや「選択」の余地はない。

――百聞は「失便」に如かず。
(「百」回排泄音を「聞」かれようとも「失便」よりはマシ、の意)

 とりあえず腹の中の「モノ」を全て出し切ってから、後のことはそれから考えればいい。ひとまずは今の自分にとっての最大の「弱点」を捨て去ってから――たとえその「行為」によって「嘲り」と「蔑み」を浴びようとも――その先のことはそれから決めればいい。それこそが京子の選ぶべき、たった一つの「方向」だった。

 だがしかし、京子に残された「最後の道」はあっけなく「閉ざされる」こととなる。綾子によって――。
 京子の取った、とっさの行動を、とっくに綾子は見破っていた。即座に、彼女もまた移動を開始する。絵美たちのいる場所を追い越し、京子の背中に追いつく。
 ここで「命取り」になったのは、京子の一瞬の逡巡だった。彼女は個室に入るのを躊躇った。あるいはただ逃げ込むだけでも良かったのに――、その場にあるだろう「救済」に思わず目が眩んだのだった。
 再び、京子の腕は掴まれる。さっきよりも「強い力」で。一体綾子のどこにそんな力が眠ってたのか、不思議なくらいだった。そしてその「握力」は京子を拘束するだけでは飽き足らず、やがて「暴力」となって彼女へと降りかかる――。
 綾子は京子の腕を引いた。力任せに、何の遠慮も躊躇もなく、強引に彼女を引っ張った。京子は体勢を崩すことになる。比較的「小柄」な綾子に対して、平均的よりやや「大柄」な京子だったが――それなりに身長も高く、やや太り気味――それでもその「体格差」を覆すほど、綾子の「暴力」には微塵も自制はなかった。
 そしてさらに、体勢を崩した京子に追い打ちを掛けるように、綾子は今度は京子の体を押し、突き飛ばした。
 京子の体がよろめく。足元が定まらず、そのまま後方の壁へと背中を打ち付ける――はずが、そこで強すぎた「勢い」のせいか京子の体は「一転」して、「後ろから」ではなく「前から」壁に飛びこむ体勢になる。あるいは「顔面」を打ち付けることになる。反射的に京子は腕を前方に伸ばした。そうすることで何とか、壁に「手をつく」ことで怪我だけは免れた。だが――。

――プゥ~。

 緊迫したこの状況において、「不似合い」な「音」が聞こえた。ある種「楽観的な」、どこか「緩慢さ」もある、とても「マヌケな」音――。それは京子の「尻」から発せられた――。
 それは京子の「屁」だった。あるいは「おなら」と言い換えることもできる。だがどちらにせよ、それが「子供」じみた、「小学生」にとっての「笑い」における大好物であり、「大人」が、しかも「社会人」がそれをしてしまうことの羞恥は、とても「笑い」で片づけられるものではなかった。
 自らその「音」を発しておきながら、京子には一瞬何が起きたのか分からなかった。自分は突き飛ばされた。綾子によって。彼女の圧倒的「暴力」によって――。
 だから、それは決して「自分のせい」ではない。全ては「他人のせい」なのだ。
 だが、そうはいかない。理由がどうであれ、それを「してしまった」のは京子自身なのだ。彼女はその「報い」を向けなければならない。彼女が綾子の「悲劇」に「自己責任」を求めたように。「嘲笑」によって、それを甘受しなければならない――。

 一瞬、その場は「静寂」に満たされた。それがより京子の放った「音」を、その「余韻」を強調する。
 そして、その直後――。トイレ内は「笑い」に包まれる。京子の肛門が思わず「緩んで」しまったことによりもたらせられた、「緩んだ」空気が、一気にこの場を支配する。「恐れ」や「戸惑い」を忘れて、ある意味この場が「一つ」になる。
「マジですか、センパイ!いや、あり得ないでしょ!?」
 絵美が「信じられない」というように、京子の「失態」を叱責する。もちろん、「嘲笑」の声に京子のものは含まれていない。それは「爆笑」のようなストレートなものではなく、あくまでどこか冷え切った「嘲笑」だった。
「てか、めっちゃクサいんだけど!!」
 続けて絵美は言う。まさかそんなにすぐに、離れた彼女の元にその「芳香」が届くとも思えないが――、それでも「おなら=臭い」という等式から彼女はその答えを導出する。

 それにしても――。これまで一度も声を「言葉」を発していない「真紀」が、京子にはやや「気掛かり」だった。彼女は京子に「罵声」を浴びせるでもなく、「挑発」するでもなく、さらには「嘲笑」するわけでもなく、ただじっと黙り込んでいた。その「沈黙」が、京子にとっては「恐怖」でしかなかった。一体、彼女は何を「企んで」いるのだろう――。

 とはいえ。京子はここで初めて、自らの「弱み」を晒してしまった。あるいはそれは、単なる「生理現象」であり、決して恥じるべきものではないのかもしれない。だが、そんな「言い訳」はもはや通用しない。彼女を除いたこの場の「全員」が、彼女を「辱め」「貶める」ことだけを目的にしている。いわば彼女はそれに一度「屈して」しまったのだ。もはや、逃れる術はない。
 京子は「羞恥の音」を発した、タイトスカートの「尻」を突き出しながら――。彼女はこの先に待ち受ける「最大の羞恥」に対して、あくまで「抗おう」としていた――。

――ギュゴルルル…!!!

 締め付けるような「痛み」が京子の下腹部を襲う。さっきまでのものとは違う。「切実」に訴えかける「悲鳴」。今すぐにでも、その場にうずくまりたくなるような「大波」。
 急に動いたせいだろう。「衝撃」のせいもあるだろう。あるいは「ガス」の放出を不覚にも許してしまったことで、肛門が錯覚してしまったのかもしれない。もう「耐える」必要はないのだと、「出して」しまって良いのだと――。
 京子は慌てて自分の腹を押さえた。傍から見れば、綾子に腹部を殴られたようにも受け取れる。だが京子の痛みは「外部」からもたらせられたものではなく、「内部」から込み上がってくるものだった。
――もうダメ…!!!
 京子は「諦め」を覚悟した。「走馬燈」のように、かつての「記憶」が蘇ってくる。「ダメだ」と分かっていながらもついに肛門を通り抜ける「感覚」が、やがて尻に広がる不快な「感触」が、そして浴びせられる「罵声」が、出してしまったことによる「羞恥」が。つい最近の出来事であるかのように、「追体験」される――。
――私、また「お漏らし」しちゃうんだ…。
 高校生の時に続いて「二回目」。「十代」の頃から、実に「十数年ぶり」。とっくに成人した「大の大人」が、またしても人前で「糞」を漏らしてしまう。
 京子は目を閉じた。痛みをこらえるように。現実から目をそらすみたいに。視界を瞼で覆って、ただそれらが過ぎ去るのを待った。
 その瞬間は、とても長い時間に感じられた。「地獄」の淵に足を掛け、あともう一歩で「彼岸」に渡ってしまう――そのすんでのところで。だが、京子はそこから「生還」した――。

 急激に腹痛が収まっていく。「出した」わけでもないのに、まるで「無くなった」みたいに、「便意」が消えていく。人体というのは不思議なものだ。あれほどまでに「逼迫」していた「限界」に、まだもう少し「先」があることを知る。
 だがその「猶予」が「余裕」ではないこともまた、京子は知っていた。あくまで「波」が一時的に収まったに過ぎない。「ブツ」はすでに下りてきている。「本震」の前に「微震」があるように、「津波」の前に潮が引くみたいに、それはやはり「予兆」に違いないのだ。もはや「決壊」は近い。「トイレの神様」ならぬ「便意の神様」は決して彼女に微笑むことはない。むしろ「悪魔」のように、彼女を弄んでいる。
――一刻も早く、ここから逃げ出さないと。
 京子は決意を新たにする。その意志は「恐怖」によって生まれたものではなく、より実感を伴った「危機」によって芽生えたものだ。だからこそ一瞬、彼女は「背後」にいる者からの「威圧」を忘れた。恐怖に「打ち克つ」のではなく、あくまで「忘れる」ことで、「火事場の馬鹿力」ならぬ「糞力」を発揮するような、そんな境地に至ったのだ。
「力」を得ることで、人は「傲慢」になれる。たとえそれがほんの一瞬の錯覚であろうと――、むしろ「盛者必衰」であるほど――、その束の間の「栄華」を極め、「虚栄」を張りたくなる。
 京子は思い出した。自分と彼女たちの「関係性」を。想定外の「反抗」によって、「飼い犬に手を嚙まれた」ような心持ちにもなりかけたが、冷静に考えれば自分が彼女たちに「屈する」理由はどこにもない。京子は決して「下剋上」なんて「理」を――、その「不条理」を許さなかった。

 京子は振り返った。目の前には綾子がいた。「下位」の者でありながら、「上位」である自分を見下したような不遜な視線と態度。彼女が一番「我慢ならない」状況だった。
――どうしてこの私が、こんな奴に好き勝手されなくちゃいけないの!?
 クラスで目立たない、大人しい女子。自分の意見を発することさえできず、「強者」に同調することしかできない。そのくせ、あたかも自分も「強者の側」に立ったように振舞う。次の「ターゲット」はあるいは自分であるかもしれないのに、それさえも忘れて暫定的な「平穏」に胸を撫でおろす。そんな「身の程をわきまえない」女子たちを、自分に直接手を下してくる女子たちよりも、京子は憎んでいた。あくまで自分は「無関係」であると高を括り、「無神経」な視線を送ってくる彼女たちを、「お前もいつか同じ目に遭わせてやる」と京子は恨んでいた。
 そんな「女子」たちと綾子とが重なる。きっと、かつての彼女も「彼女たち」と同じであったに違いない。強者の影に怯え、陰で自分を蔑む。そうすることで、自分は「弱者」ではないと思い込む。「姑息」で「卑怯」で、救いようのない奴ら。京子は段々と腹が立ってきた。腹に据えかねなくなってきた。自分が腹に「抱えて」いることさえも忘れて――。

「私にこんな事して、いい度胸ね!」
 京子は「虚勢」を張る。つい一瞬前まで「便意」にうずくまっていた者とは思えないほどの、圧倒的な「逆襲」だった。
 元々、「強者」に対しては決して抗えない性質の綾子である。その京子の「逆転」ぶりに、思わず一歩身を引いた。彼女の「精神」と「心身」に染みついた習性である。そして京子は、その反射的な「後退」を決して見逃さなかった――。
「自分が無様に惨めな姿を晒したからって、他人を同じ目に遭わせようなんて――」
 アンタの「性根」は腐っているわね。京子は言った。
「アンタが『お漏らし』したのは、自分のせいでしょ?」
 良い歳してトイレの「しつけ」がなっていないなんて、まったく親の顔が見てみたいわ。京子は告げた。他人の「弱み」につけこみその「弱点」を突くのは、彼女の最も得意とする手法だった。
 さらに「一歩」、綾子が後退する。京子の「変わりよう」があからさまなように、彼女の「変化」もまた明らかだった。彼女の「変貌」は見破られた。「怒り」と「仕返し」に燃えた――、あるいは彼女自身がそう「演出」していた「復讐」のための姿。その「仮面」は、「メッキ」は見事に剥がれ落ちたのだった――。
 ついさっきまでの「迫力」は、もはや見る影もない。綾子は京子と視線を合わせることさえできず、ただ「もじもじ」と体を揺さぶらせて、「後退」と「撤退」の間で留保していた。彼女のその姿はまるで――「おしっこ」を我慢しているみたいだった。
 だが、実際は違う。「我慢」しているのは京子の方であり、しかも彼女が我慢しているのは「大」の方だ。そしてその「失態」は、「小」の方とは比べ物にならない「羞恥」と「崩落」を含んでいる。
 けれどようやく、この長い「闘い」に「終止符」を打つことができそうだ。綾子が退いたことで、京子は「前進」する。「詰め寄る」ように、また「一歩」と綾子の方へと近づく。だが、京子の今の「目標」は彼女ではない。すでに眼前の「敵」は消えた。もはや、そこに「照準」を定める必要はない。「彼女」については、あるいは「彼女たち」については後日たっぷりと、自身の「立場」と「身の程」を叩きこんでやるとして――、今はそれどころじゃない。

――とりあえず、「トイレ」に行かないと…。
 あくまで彼女の「照準」はそこに向けられていた。
 とはいえ、「ここ」ではない。いくら彼女たちを「制した」とはいえ、さすがにここで目的を達するわけにはいかない。そんなことをすれば、再び自分と彼女たちとの「関係性」が逆転されてしまうことにもなりかねない。あるいは自分がさらなる「原因」を作ってしまったことで、「復讐」はより凄惨なものとなるかもしれない。今はとにかく、これ以上余計に何も「刺激」することなく、「退く」ことが得策だ。
 これは「撤退」ではなく「勇退」だ。京子は自分に言い聞かせる。「退けられた」のは自分ではなく、あくまで「彼女たち」の方なのだ。それを示すように、京子は「威風堂々」と歩む。その道は「凱旋」の花道でなくてはならない。
 相変わらず震えたままの綾子の横を通りすぎ、入口の「二人」の方へと向かう。彼女たちもやはり、怯えたようにすんなりと京子の道を空ける。
 京子はすでに「勝利」を確信していた。その「喜び」からか、いくらか彼女たちに対する「恩赦」も考えないではなかった。だが、やはり京子は自分の中に芽生えかけた「甘さ」を否定する。
――いつか、アンタたちも「同じ目」に遭わせてやる…!!
 と。けれどまあ、今はとりあえずその事は置いておくとして。京子は「二人」の横を通り過ぎようとした――、その時。

 京子の前に「足」が「出される」。少なからず「警戒」しながらも、やはりどこか「油断」していた彼女は当然、その足に躓く。だが、とっさにもう一方の脚を踏み出したことで、何とか「転ぶ」ことだけは回避した。体勢を崩した彼女はそのまま、その「足」を「引っ掛けた」相手を睨みつける。そこにいたのは――「真紀」だった。
 これまで、あまり積極的には「復讐」に加担していなかった人物だ。とはいえ、完全な「傍観者」になるわけではなく、その証拠に最初に京子を捕らえた「片方」は彼女だった。そしてその「握力」は決して「仕方なし」に緩められたものではなく、むしろ「主犯格」の絵美よりも強いものだった。そこには彼女の元々の「筋力」が影響しているのかもしれない。真紀は学生時代、「運動部」に所属していたといつか聞いたことがある。だが、それだけでは説明できない、彼女自身の「意思」も確かに加わっていた。彼女はまさに自分の意思で、この「復讐」に加担していたのだ。
「足をかけた」のが真紀であると知って、京子は少なからず「驚き」と、それ以上に「かなり恐怖を感じた」。元々、この復讐が実行される以前から――、京子は真紀に対して「畏れ」を抱いていた。自らの信奉する「論理」に当て嵌まらない人物。自らの絶対とする「上下関係」に平気で挑んでくる人物。京子は真紀を「警戒」していた。だからこそ京子は「復讐者」の中に――たとえそれが「間接的」であろうと――「真紀」がいることを知って、一度は「負け」を覚悟したのだった。
 だが、その真紀がこれまで「発言」しなかったことで、京子は安堵した。個々の事実はあるものの、やはり彼女はあまり「乗り気」ではないのだと思い込むことで、京子は少なからず余計に「調子に乗って」しまった。そのことが彼女の「琴線」に触れてしまったのだとしたら――。京子はその「因果応報」を恐怖した。
 京子は、反射的「睨み」を慌てて元に戻し、とっさに「矛を収める」。後に残ったのは、「被虐者」としての「媚びる」ような姿勢だけだった。だが、そんな京子の「判断」もすでに遅い。とっくに真紀は「やる気満々」だった。
 綾子が「後退」し、同時に絵美すらも「降板」したことで、今度は真紀が「交代」する。本来は綾子のものであるはずの「復讐」を、真紀が「登板」することで引き継ぐ。もはやその先は、京子にとっての「敗北」に他ならなかった――。

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おかず味噌 2020/05/11 05:49

ちょっとイケないこと… 第十一話「聴覚と味覚」

(第十話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/247599


「良かった。お姉ちゃん『トイレ』に行きたかったの…」

 不安を抱くような、安心を吐くような言葉。やや籠って聞こえづらかったけれど、それは紛れもなくお姉ちゃんの声だった。

 無関係の他人ではなく、無歓迎な客人ではなく、無我無心を装った人狼でもない。やはり僕は何のためらいもなく、ドアを開けてあげるべきだったのだ。

 それでも。僕はもう一度、ドアスコープを覗いた。一体どういう原理なのだろう、小さな覗き穴からでもお姉ちゃんのほぼ全身が見て取れた。

 今朝と同じ服装。だけどその顔からはいつもの笑顔が消え去り、困っているような焦っているかのような表情が窺えた。眉は垂れ下がり、唇はきつく結ばれていた。

 両手はお腹よりも少しばかり下の位置にあてがわれて、そこを強く押さえていた。両脚は「もじもじ」と何度も組み替えられて、足踏みしながら何かを堪えていた。

 もはや全ての証拠は揃い、自供さえも得られた。それは決して僕の憶測ではなく、あるいは過去の前科による冤罪でもない。

 あの夜に目撃した証拠隠滅の現場。お姉ちゃんの『おしっこ』という名の被疑者。それが今や体内に溜め込まれ、凶器なる『尿意』による再犯を企んでいるのだった。

 ひょっとしたらひょっとするかもしれない。僕がこのままドアを開けなければ…。


「ねぇ、純君。悪いんだけど、早く開けてもらえないかな…?」

 再びお姉ちゃんの声がした。その瞬間ふと我に返り、瞬く間に悪巧みは霧散した。

――僕はなんて、意地悪なことを考えていたんだろう?

 僕がまだ小学生だった頃、よく自分のお小遣いで漫画を買ってくれたお姉ちゃん。(もちろん僕は覚えていないけれど、ママが言うには)僕がまだ赤ちゃんだった頃、オムツを替えてくれていたお姉ちゃん。(それについては覚えていなくて良かった)

 そんな優しいお姉ちゃんを。なぜ、そんな酷い目に遭わせなくてはならないのか?ほんの一瞬でも魔が差し、束の間の期待をしてしまった自分を恥じた。

「卑怯者」「裏切者」。漫画の中で敵に向けられる台詞が、僕自身に浴びせられる。

 正義の味方になりたかった時期は卒業したし、最近では悪の側に魅せられることも少なくないけれど。あくまで僕が憧れるのはカリスマ性を兼ね備えた大悪党であり、姑息で卑劣な小悪党なんかじゃない。


 僕は鍵を解錠した。チェーンロックを外して、ドアを開放する。

 すぐにお姉ちゃんがドアの隙間から滑り込んでくる。僕に体が触れるのも構わず、僕の横をすり抜けていく。(僕はアソコが当たらないようにこっそりと腰を引いた)

「ありがとう、純君」

 僕の方を振り向きもせず背中越しにお姉ちゃんは言う。よほど余裕がないらしい。普段は決してしないような行儀の悪さで靴を脱ぎ散らかし、そのまま玄関を上がる。

 廊下を進んでいく。僕の手前もあってだろうか、廊下を走るなんてことはしない。あくまでも早歩きで、お姉ちゃんは念願の目的地へと向かう。

 ここまで切迫しているということは、家にたどり着く前から催していたのだろう。お姉ちゃんがいつそれを自覚したのかは分からない。だが仮にバイト先を出た時点ですでに行きたかったのだとしたら、かなりの距離と時間を我慢していたことになる。(どうしてバイト先で行っておかなかったのだろう?)

 そこで僕はある想像をしてしまう。それは経験から培われた「想造」だった。


――お姉ちゃんは、もう…。

『チビって』しまっているのかもしれない。『おもらし』まではいかないながらも、少量の『おしっこ』をパンツに染み込ませているのかもしれない。そうやってまた、お姉ちゃんはパンツを汚してしまっているのかもしれない。

 お姉ちゃんは先を急ぐ。ここは僕の家であるのと同時にお姉ちゃんの家でもある。もちろんトイレの場所は分かっている。だから迷うことなく一直線にそこに向かう。

 お姉ちゃんの後ろ姿を目で追う。その時、僕はといえば…。

 ただ茫然と玄関に立ち尽くしていることもできた。すでに僕は役目を終えたのだ。ドアを開けてやる、というごく簡単な作業。だけどその行いによって、お姉ちゃんにささやかな恩返しができたのだ。

 なぜお姉ちゃんが鍵を持っていなかったのかは分からない。多分忘れたのだろう。お姉ちゃんはしっかり者だが、やや抜けている部分もある。がさつではないものの、おっちょこちょいな一面もある。お姉ちゃんがあくまで「カンペキ」じゃないことを僕は知っているし、今ではその証拠さえも掴んでいた。


 僕も歩き出す。玄関を上がり廊下を進む。お姉ちゃんの後をついていくみたいに。お姉ちゃんの背中を追いかけるみたいに。小学生の頃の僕がそうしていたみたいに。

 あの頃のお姉ちゃんならば、僕が追いつくまでちゃんと待ってくれたことだろう。僕の手を引いて僕に歩幅を合わせてくれていたことだろう。だけど今のお姉ちゃんは僕の手を引いてくれることもなく、僕が後ろに居ることに気づいてもいなかった。

 再び僕の中に葛藤が生まれる。悪党じみた考えがよぎる。

――ここで僕が、邪魔をしたら…。

 お姉ちゃんの腕を掴むなり、後ろから抱きつくなりしたならば。

――離して純君!お願いだから…。

 お姉ちゃんは懇願するような目で、僕に訴えかけることだろう。

――お姉ちゃん、もう限界なの…。

 お姉ちゃんは絶望したような顔で、僕にすがりつくことだろう。


 そして。僕はついに目撃することになる。お姉ちゃんの『おもらし』を…。

 お姉ちゃんのショートパンツから次々と水滴が溢れ出し、足元に水溜まりを作る。漫画の中ではたった一コマに過ぎなかったシーンが、映像となって僕の前に現れる。そしてそれをしてしまうのは空想の人物ではなく、僕のよく知る実在の人物なのだ。

 あと少しの思い切りだけなのだ。お姉ちゃんに追いつくのは難しいことじゃない。もう少し僕が歩速を上げて先を急げば済む話だった。それだけで僕は願望を捕捉し、想像を補足することができる。チャンスの後ろ髪は、すぐ手の届く先にあった。

 だけど。僕にはどうしても、最後の一歩の踏ん切りがつかなかった。それによってお姉ちゃんとの関係が失われてしまうことを恐れたのかもしれない。それとも単純に「やっぱりお姉ちゃんが可哀想」という己の良心に屈してしまったのかもしれない。

 結局、僕はお姉ちゃんがトイレに行くのを阻止することができなかった。


 僕に邪魔されることのなかったお姉ちゃんは、ようやく念願の目的地に辿り着く。焦っているためか何度かノブを掴み損ねながらも、何とかドアを開けることが叶う。お姉ちゃんはトイレに入り、ドアを閉めた。

 僕とお姉ちゃんの間が再び遮られる。だけどそれは分厚い金属製のドアとは違い、薄い木製のドアだった。お姉ちゃんの発する振動が詳細に伝わってくる。

 最初に聞こえたのは布の音だった。擦れるような音。お姉ちゃんがズボンを脱ぎ、パンツを下ろす音だった。

 僕はつい中の様子を思い浮かべてしまう。今まさにお姉ちゃんの下半身が丸出しになっているという状況を…。

 ドア越しに息を殺し、耳を澄ませる。それから間もなく、ある音が聴こえ始める。


――シュイ…!!ジョボロロ~!!!

 それは『おしっこ』の音だった。お姉ちゃんの股間から迸る『放尿』の擬音。

 かなり溜め込んでいたらしい。その勢いは、心地良いくらいに真っ直ぐだった。

 激流が便器に叩き付けられ、重力に従って流れ落ちる。便器内に溜まった冷水と、お姉ちゃんの出した温水が混ざり合う。(果たしてそのどちらが清浄なのだろう?)

 お姉ちゃんの『排尿』は暫く続いた。せいぜい十数秒くらいのことだったけれど、僕にはその何倍にも感じられた。あるいは永遠にも続くとさえ僕には思えた。

 だけど、やがてそれは終わりを迎える。用を足し終えたお姉ちゃんは溜息をつく。間に合ったことの安堵によるものか、それとも『おしっこ』自体の快感によるものか僕には判らなかった。

 それでも僕にはお姉ちゃんのその吐息がとても「えっち」なものに感じられたし、その息遣いはドアを隔てた僕のすぐ耳元で聞こえているみたいだった。


 またしても、僕は意識を研ぎ澄ませる。

「カラカラ」と渇いた音がして、お姉ちゃんがトイレットペーパーを巻き取る。
「ブチッ…」と切られる音がして、お姉ちゃんが一回分をちぎり取ったらしい。
「スリ…、スリ…」と拭く音がして、お姉ちゃんのアソコがキレイに保たれる。
「ジャ~~!!」と無機質な音がして、お姉ちゃんの出したものが水に流れる。
「スルスル」と再び布が擦れる音がして、お姉ちゃんはパンツを穿いたらしい。

 お姉ちゃんがトイレのドアを開ける。僕は慌てて、二、三歩ほど後ろに下がった。まさか僕がドアのすぐ前に居て、お姉ちゃんの立てる音に聞き耳を立てていたなんて知られるわけにはいかなかった。

 トイレから出てきたお姉ちゃんと鉢合わせる。僕がいるとは思わなかったらしい。お姉ちゃんは驚いたように目を丸くしてから、少しばかりバツが悪そうに苦笑した。僕としても何だか悪いような気がして、目を逸らした。

 お姉ちゃんはそのまま洗面所に向かう。お姉ちゃんはトイレの中で手を洗わない。トイレを済ませた後はわざわざ洗面台で手を洗う。その気持ちは僕にもよく分かる。トイレの水というのは、キレイだと分かっていても何となく汚い感じがするのだ。

 洗面台で手を洗うお姉ちゃんの背中。その光景はまるで、デジャヴのようだった。


 鏡越しに、お姉ちゃんと目が合う。お姉ちゃんも僕の視線に気づいたらしかった。それ自体は何の問題でもない。今日のお姉ちゃんは秘密を隠しているわけじゃない。

 それでも。やっぱりお姉ちゃんにとっては見られたくなかった姿であったらしい。お姉ちゃんはトイレを我慢していたのだ。僕にもはっきりと分かるくらいに限界で、お姉ちゃんとしても僕に知られていることに気づいているだろう。

 そして、お姉ちゃんは『おしっこ』をしたのだ。それが僕に聞こえていたなんて、それを僕が聴いていたなんて、さすがにお姉ちゃんも思っていないだろうけど…。

 普段から顔を合わせている弟である僕に、生理的欲求を気取られてしまったのだ。もちろん『おもらし』の恥ずかしさなんかとは比較にならないだろうが、気まずさは大いに感じていることだろう。


「鍵。家に忘れちゃってさ…」

 お姉ちゃんは言い訳するみたいに言う。僕の思った通りだ。やっぱりお姉ちゃんはどこか抜けているのだ。

「純君が家に居てくれて良かった」

 もし僕が家に居なかったら、どうしていたのか?その時にはきっと…。

「そういえば、パパとママは?」

 お姉ちゃんは話題を変えようとする。そんなつもりはないのかもしれないけれど、少なくとも僕はそう感じた。

「買い物だよ」

 僕は答えた。

「そうなんだ。あれっ?純君はついていかなかったの?」

 お姉ちゃんは不思議そうに訊いてくる。せっかくのチャンスを僕が逃さないことをよく知っている。

「別に。ゲームしたかったから」

 僕は嘘をついた。「勉強するため」と言わなかったのは、そんな嘘はお姉ちゃんにお見通しだと思ったからだ。だからといって、本当のことなんて言えるはずもない。「お菓子より魅力的なチャンスを得るため」だとは…。

「へぇ~、何のゲーム?」

 タオルで手を拭きながらお姉ちゃんは訊いてくる。どうやら話題を変えることにはすっかり成功したらしい。

「アニマル・ハンター」

 僕は答える。それは僕がこの前の誕生日に買ってもらったばかりのゲームだった。(ちなみにお姉ちゃんには協力プレイ用のコントローラーを買ってもらった)

「そっか」

 お姉ちゃんは興味があるのかないのか分からないような反応をする。

「ねぇ、久しぶりに一緒にゲームしない?」

 まさかの誘いがお姉ちゃんの口から発せられたことに、僕は少なからず戸惑った。もうずいぶん長いこと、お姉ちゃんと一緒にゲームなんてしていない。

 だけどコントローラーをもう一つ買ってもらったのは、友達と遊ぶためというのももちろんあるけれど。元はといえば、お姉ちゃんと一緒にゲームをするためだった。話題のゲームを買ってもらうと知ったとき、お姉ちゃんから言い出したことだった。


――確か、そのゲーム。何人かで遊べるんだよね?

 お姉ちゃんに訊かれる。「四人まで、ね」僕は得意げに答えた。

――じゃあさ、私がコントローラーを買ってあげるから一緒にやろうよ?

 そこで、お姉ちゃんはまさかの提案をしてきた。

 昔はよく一緒にゲームで遊んでいたけれど。いつからか僕一人で遊ぶようになり、大学生になったお姉ちゃんはもうゲームなんて卒業してしまったのだと思っていた。それなのに。お姉ちゃんは僕が買ってもらうゲームに珍しく興味を示したのだった。

――え~。お姉ちゃん、ゲーム下手だもん…。

 照れ隠しから僕は渋った。だけど僕が隠していたのは嬉しさでもあった。

 約束通り、ママからソフトとお姉ちゃんからコントローラーを買ってもらった。「お姉ちゃんとゲームをする」というもう一つの約束が果たされることはなかった。

 結局、僕はほとんど一人で新しいゲームを進めた。発売前から期待していた通り、それは一人でも十分面白いゲームだった。僕は最近、主にそのソフトで遊んでいる。唯一、お姉ちゃんから買ってもらったコントローラーだけが今のところ出番がなく、新品のまま箱に仕舞われたままだった。


「別に、いいけど…」

 僕のどっちつかずの返答に対して。

「やった~!!」

 お姉ちゃんは大袈裟に喜んでみせる。

 今はあまりゲームをやりたい気分ではなかったけれど、特に断る理由もなかった。それにもしここで断ってしまえば、もう二度とその機会は訪れないような気がした。

「じゃあ、ちょっとお洋服着替えてくるから。先にお部屋で待ってて」

 お姉ちゃんから子供っぽくそう言われて、僕は大人しく部屋に戻ることにした。(洗面台のすぐ横、洗濯機の中のものに名残惜しさを感じながら…)


 数分後。僕の部屋のドアがノックされる。返事をするとお姉ちゃんが入ってきた。

 それからママとパパが帰ってくるまでの一時間。僕はお姉ちゃんとゲームをした。それは本当に久しぶりのことだった。

 お姉ちゃんはやっぱりゲームが下手で。僕が何度も「回復薬」を使ってあげても、あっけなく「死んだ」。その度にお姉ちゃんは僕に謝ったり、悔しがったりした。

 僕一人でなら簡単に倒せる「アニマル」でも、お姉ちゃんがいるせいで苦戦した。だけど僕はお姉ちゃんにムカついたりはしなかった。ただ純粋にゲームを楽しんで、どこか懐かしさのようなものを感じていた。

 それでも僕はゲームに集中できないでいた。お姉ちゃんの様子をチラチラと窺い、その度に洗濯機の中の記憶が蘇ってきた。

――お姉ちゃんは今、どんなパンツを穿いてるんだろう?

 僕の脳内はそのことで一杯で。お姉ちゃんの操作する「女性ハンター」が動く度、露出度高めの格好をしたアバター自体がまるでお姉ちゃん自身であるかのように。「見えそうで見えない」もどかしさに襲われるのだった。


 一時間後、パパ達が買い物から帰ってきた。僕が勉強してなかったことが分かるとやっぱり叱られた。

「ほら、言った通りじゃない!」

 鬼の首を取ったように、ママは鬼になったが如くお説教を始めようとしたものの。すぐにお姉ちゃんも一緒になってゲームをしていたことが分かると…。

「結衣も、あんまり純君の邪魔しちゃダメよ?」

 軽く注意しただけで、それ以上は何も言わなかった。僕たちは「イケない秘密」を共有するみたいに目配せをして、小さく笑った。

 その夜、家族皆が寝静まった頃。僕はトイレに行くふりをして洗面所に向かった。目的はもちろん洗濯機であり、中を漁るとすぐにお姉ちゃんのパンツが見つかった。

 本日のそれは「ピンク」だった。


 お姉ちゃんのパンツは、やっぱり汚れていた。

 昼間僕が見たのと同じく、いやそれ以上に。『おしっこ』がたっぷりと染み込み、ぐっしょりと濡れていた。今回は女子特有の汚れについてはそれほどでもなかった。僕はパブロフの犬のように、条件反射的に匂いを嗅いだ。

 お姉ちゃんのパンツは『おしっこ』臭かった。不純物がないせいか、より直接的にアンモニア臭が鼻腔を刺激した。

――お姉ちゃん、やっぱり『チビって』たんだ…。

『おしっこ』を便器に出し切ることができず、パンツの中に『チビって』いたのだ。いかにも生還したような顔をしておきながら、こっそりお股を弛緩させていたのだ。


 次に、僕はお姉ちゃんのパンツを舐めてみた。なぜそんなことを思いついたのかは自分でもよく分からない。だけど僕はすでに…。

「視覚」でお姉ちゃんの汚濁を認めて、
「嗅覚」でお姉ちゃんの芳香を確かめ、
「触覚」でお姉ちゃんの幻想と交わり、
「聴覚」でお姉ちゃんの音調を聴いた。

 残るはあと一つ「味覚」のみだった。

 お姉ちゃんのパンツの濡れた部分にベロを這わせ、そのままベロベロと舐め回す。サラサラとした舌触り、ピリピリとした味覚が僕の舌先を刺激した。

 甘味がするなんて思っていたわけではない。だけど想像を超える酸味は僕の思考を麻痺させ、同時に襲い来る苦味が僕を現実に引き戻したのだった。

 パンツから顔面を引き離す。そうしてさらに観察を続ける。お尻の真ん中辺りに、何やら薄っすらと『茶色いシミ』が付いていた。

――これって、もしかして…?

 疑念を抱くと同時に、僕はある疑問に囚われるのだった。


――あの時、お姉ちゃんは「小」ではなく「大」だったのだろうか?

 いや、そんなはずはない。トイレの滞在時間からも、ドア越しに聞こえた音からもそれは明らかだった。

 だとすれば今朝『排便』をした際(お姉ちゃんは毎朝「長めのトイレ」に入る)、上手くお尻が拭けずにパンツに『ウンスジ』を付けてしまったのだろうか?

 いや、それこそあり得ない。いくらお姉ちゃんが「カンペキ」ではないとはいえ、その失敗はもはや「ガサツ」を通り越し「フケツ」といっていいほどのものだった。

 再び僕はお姉ちゃんのパンツに鼻を近づけた。パンツの底ではなく後方の部分に。お姉ちゃんのお股ではなく、お尻が触れていた部分に。

 ふと僕の脳内に場違いな映像が流れる。あれは確か、春休みに動物園に行った時。あるいはもう少し直近の記憶でいうならば、急に催して公園の公衆便所に入った時。

 あまりにも野性的で暴力的な匂い。それは紛れもない『うんち』の臭いだった。

 お姉ちゃんは『おしっこ』のみならず『うんち』までもパンツに付けていたのだ。


 僕の部屋を訪れた、あの時――。

 お姉ちゃんは部屋着に着替えていた。だけどパンツはそのままだったのだろう。(その証拠に夕飯前に洗濯機を覗いてみたけれどお姉ちゃんの下着はまだ無かった)

 僕とゲームをしている間も――。(それが今では夢の中の出来事のように思える)
 晩御飯を食べている最中も――。(なぜかお姉ちゃんはいつも以上に饒舌だった)
 夕食後の家族団欒の一時も――。(お姉ちゃんのお胸やお尻ばかりに目がいった)

 お姉ちゃんはパンツを『おしっこ』や『うんち』で汚していたのだ。

 その現実に僕は混乱した。だけどその真実は僕を激しく興奮させたのだった。


 次の休日(その日も家族は全員留守だった)、僕はお姉ちゃんの部屋に入った。

 お姉ちゃんの本棚には相変わらず難しそうな本ばかりがたくさん並べられていた。だけど背伸びしたい年頃を過ぎた僕の、今日の目的はそこではなかった。

 片付いた部屋の中を移動し、背の低い家具の前に立つ。

 僕はしゃがみ込み、タンスの引き出しを上から順番に開けていく。

 一段目には、お姉ちゃんの服が入っていた。
 二段目にも、これまたお姉ちゃんの服があった。
 三段目にして、僕はついに「アタリ」を引き当てた。

 きちんと丁寧に畳まれ、整理整頓されたカラフルな下着たち。それは僕にとって、まさしく宝の山だった。僕は堪らずに宝箱の中に顔を埋めてみた。

 洗剤と柔軟剤の香り。不快な臭いなどするはずもなく、洗濯を終えたそれらからは現実のお姉ちゃんの不都合な情報が失われ、理想のお姉ちゃんの偶像を醸していた。


 ずっと、そうしていたかったけれど。やがて僕は顔を上げて、お姉ちゃんの下着を漁り始める。

 下着の種類は大きく分けて二種類。ブラジャーとパンツ。僕がより興味があるのはもちろん下半身に付ける方だった。

 可愛らしいデザインに目移りしそうになりながらも、あくまでも僕の目的は一つ。他の誘惑に負けないように探し求めていると、すぐにそれは見つかった。

(見たところさしたる装飾のない前面上部に取って付けたかのような小さなリボンがあしらってあるだけの)黒いパンツ。

 同じ色の下着は何着かあったものの、恐らくこれに間違いないだろう。

 あの日僕が見た、お姉ちゃんが手洗いしていた、僕にとってはきっかけとなった、お姉ちゃんの『おもらしパンツ』。後ろから盗み見ることしか叶わなかったそれが、時を経て今ついに僕の手に触れたのだった。

 僕の指は震えた。良心の呵責ではなく発覚の恐怖から平常心ではいられなかった。


 僕には前科があった。洗濯機の中のお姉ちゃんのパンツを漁ったという罪が…。

 だけど今回ばかりは、観察するだけではなく拝借するのだ。僕は揺るぎない証拠をこの手にすることになる。もし現物を押さえられたら、それでお仕舞いなのだった。

 とはいえ、これだけあるのだから一つくらい無くなったところでバレないだろう。

 本当ならばむしろ、洗濯する前の汚れた下着を手に入れたいところではあったが。そうするわけにはいかないいくつかの理由があった。

 お姉ちゃんは洗濯が終わった下着をきちんと「セット」でタンスに収納していて。もし片方が無くなれば不審がられる可能性があった。

 あるいは、お姉ちゃんの「シミ付き」のそれを僕が部屋に隠し持っていたとして。それの放つ臭いで気づかれてしまう危険性もあった。

 だからこそ僕は。お姉ちゃんが刻み付けた汚れは失われつつも、僕の網膜と記憶に刻み付けられた黒いパンツを「思い出」と一緒にポケットにこっそりと仕舞い込み、お姉ちゃんの代わりに「お守り」にすることにした。

 普段はそれを勉強机の鍵の掛かる引き出しに入れておき、たまに取り出してみてはそこにあるはずのお姉ちゃんの肉体を想像し妄想に耽るのだった。

 そうして僕は再び、元の生活へと戻った。


 朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。トイレを済まして、手を洗って、朝食を取る。制服に着替えて、靴を履いて、登校する。授業を受けて、給食を食べて、下校する。帰宅して、漫画を読んで、ゲームをする。夕飯を食べて、TVを観て、お風呂に入る。歯を磨いて、宿題を終えて、ベッドに入る。深夜にベッドを抜け出し、下着を漁る。

 そんな毎日の繰り返し。これまでとほんの少し違った非日常の中にいるからこそ。まるで全てが本物のような、いつの間にか日常から抜け出してしまったかのような、どうにも落ち着かない気分だった。その原因はやっぱりお姉ちゃんだった。

 家族の誰も知らない秘密。それは僕とお姉ちゃんだけの秘密なのだ。


――続く――

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おかず味噌 2020/05/03 04:11

ちょっとイケないこと… 第十話「互換と五感」

(第九話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/247015


 僕は「長いトンネル」から抜け出せないでいた。

 朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。トイレを済まして、手を洗って、朝食を取る。制服に着替えて、靴を履いて、登校する。授業を受けて、給食を食べて、下校する。帰宅して、漫画を読んで、ゲームをする。夕飯を食べて、TVを観て、お風呂に入る。歯を磨いて、宿題を終えて、ベッドに入る。

 そんな毎日の繰り返し。これまでと何一つ変わらない日常の中にいるはずなのに。まるで全てが偽物のような、いつの間にか非日常に迷い込んでしまったかのような、どうにも落ち着かない気分だった。その原因は間違いなく、お姉ちゃんだった。

 といっても。別に、お姉ちゃんの様子に何か変わったところがあるわけじゃない。今朝もお姉ちゃんは僕らと一緒に朝御飯を食べて、パパとニュースの話をしていた。僕は朝は眠いからあまり喋らないけど、それでもお姉ちゃんの声に耳を傾けていた。そして、僕の方が先に家を出た。今日はお姉ちゃんもバイトが休みらしく、晩御飯も家族全員で揃って食べた。お姉ちゃんは大学の話やバイトの話、最近観て面白かったテレビの話をした。いつも通りの何も変わらないお姉ちゃんだった。

 だけど僕は知っている。家族の誰も知らない、お姉ちゃんの秘密を…。


 深夜の洗面所でパンツを洗っていたお姉ちゃん。『おもらし』をしたお姉ちゃん。顔を見るたび、挨拶を交わすたび、そんなお姉ちゃんの姿がいくつも浮かんできた。だから僕はお姉ちゃんとなるべく目を合わせないようにした。変わってしまったのはどうやら僕の方なのかもしれない。

 それでも。僕の些細な変化に、お姉ちゃんも、家族の誰も気づくことはなかった。せいぜいママに「純君、今日はやけに大人しいわね」と言われたことくらいだ。

 お姉ちゃんは知らないのだろう。あの夜、僕がすぐ後ろで息を潜めていたことを。じゃなきゃ、そんな風に平然としていられるはずがない。お姉ちゃんは僕に対してもごく自然に話しかけてきた。「学校はどう?」とか、「好きな子は出来た?」とか。僕はそれが嬉しかった。お姉ちゃんは今まで通りのお姉ちゃんで、誰のものでもない僕だけのお姉ちゃんでいてくれることが。でも僕は知ってしまった。一歩外に出れば僕の知らないお姉ちゃんで、もう僕だけのものじゃないということを。

 僕はお姉ちゃんに訊いてみたかった。

――お姉ちゃんは『おもらし』したの?
――だからあの夜、パンツを洗っていたんでしょ?

 でも訊けなかった。訊けるはずもなかった。もし訊いたなら、本当にお姉ちゃんは僕の知らないお姉ちゃんになってしまうような気がして怖かった。

 一人で洗面所にいる時はまさに気が気じゃなかった。この場所で、僕は目撃した。ここで、お姉ちゃんは『おもらし』の後始末をしていたのだ。それを思い出すだけで顔が熱くなった。そして洗面台のすぐ横には、洗濯機があった。

 その中には、洗う前の家族の洗濯物がある。もちろん、僕の服や下着だってある。そこには当然、お姉ちゃんのパンツもあるはずだった。

 僕は今まで洗濯機の中を覗いたことなんてなかった。汚れ物を洗濯機に放り込むとその先は全部ママ任せで、きちんと畳まれた衣類がタンスに仕舞われることになる。きれいになったそれを、僕はまた着るだけのことだった。

 だけど。僕はいつからか洗濯機の中を覗いてみたいという衝動に悩まされていた。そこにあるお姉ちゃんの下着を確かめてみたかった。とっくに洗濯を終えたはずの、お姉ちゃんの『おもらしパンツ』がまだ残っているような気がして…。

 僕はお姉ちゃんのことを知りたいと思った。より正確には、お姉ちゃんの下着を。僕のパンツとはだいぶ形の違う、お姉ちゃんの黒いパンツを。もう一度見てみたい、という盲動に苛まれていた。

 そして。僕がその一歩を踏み出したのは、ある休日の午後のことだった。


 その日、家族は全員出掛けていた。

 パパとママは買い物に行くらしく、僕もついて来ないかと誘われた。いつもならばお菓子を確保できるチャンスなので絶対ついて行くけれど、僕はその誘いを断った。

「勉強があるから」と明らかに嘘と分かる理由を言ったが特に疑われることもなく、パパが「おっ!純君はエラいな!」と感心しつつ手放しで褒めてくれたのに対して。ママは「どうせ、ゲームの続きがしたいんでしょ?」と見透かしたようなことを言い「ゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強もしないとダメよ?」と釘を刺された。

 お姉ちゃんは今日もバイトで、夕方まで帰らないらしい。

 一人きりでいると、家の中がいつも以上に広く感じられた。もちろん今までだって留守番したことは何度もある。中学生にもなれば、それくらいは普通のことだった。だけどその日の僕はとても普通じゃない、とある計画を遂行しようとしていた。

 早速、洗面所に向かう。そこは僕にとってもはや特別な場所へと成り果てていた。まずは手を洗う。洗面所でする当然の行動だ。誰に見られているわけでもないのに、ここに来た理由を作った。鏡に僕の顔が映り込む。いつもと変わらない自分だった。だけど内側にいつもと違う自分がいるせいか、どこか歪で醜いものに感じられた。


 僕には選択肢があった。今ならばまだ引き返せる。このまま自分の部屋に戻って、ママの監視がないのを良いことに、心ゆくまでゲームを堪能することだってできた。あるいはママの予想を裏切って、真面目に勉強するというのも悪くない考えだった。ママは僕を見直すだろう。次に買い物に行った時、ゲームはさすがに無理だろうが、漫画くらいなら買ってもらえるかもしれない。

 僕にはまだ幾つものより良い選択肢が残されていた。だが同時に僕は思っていた。この機会を逃したら次にチャンスが巡ってくるのは果たしていつになるだろう、と。僕はそれまで待てそうになかった。僕の我慢はすでに限界を越えていた。

 それは。お菓子や漫画やゲームなんかよりも、僕にとっては魅力的なものだった。ママを見返すことはできない。だけどある意味で、ママの予想は外れることになる。

 もしバレたら、こっぴどく叱られるだろう。いや、叱られるだけならまだマシだ。僕は家族から軽蔑されることになるだろう。ママやパパ、そしてお姉ちゃんからも。僕は犯罪者になってしまうかもしれない。家族のものとはいえ、許されない行為だ。僕は牢屋に入れられて、二度とお姉ちゃんと会うことさえできないかもしれない。

――それでもやるのか?

 ついに。最後の選択肢が与えられる。「このまま犯罪者になってしまうのか」、「ごく一般的な中学生のままでいるのか」という最終的な決断を迫られる。それは「宿題をする前に遊ぶのか」、「宿題をしてから遊ぶのか」という日常の選択肢とはあまりに規模の違うものだった。結局、僕が選んだのは…。


 僕は洗濯機の中を覗き込んだ。その頃には、罪悪感のようなものは失われていた。あるいは単に麻痺していただけなのかもしれない。いや麻痺なんてしていなかった。僕は後ろめたさを抱えたままだった。要は、それに打ち克ったというだけのことだ。打ち克ってしまったのだ。

 一番上に、タオルがあった。昨日家族の誰か(お姉ちゃんかもしれない)が使ったものか、今日家族の誰か(やっぱりお姉ちゃんかもしれない)が使ったものだろう。それを取り上げる。すると、次にワイシャツが出てきた。間違いなくパパのものだ。昨日、最後にお風呂に入ったのはパパだった。その情報を元に逆算する。

 昨日、お姉ちゃんがお風呂に入ったのはパパの前だった。僕は生唾を呑み込んだ。しんとした家の中で、その音だけがやたらと大袈裟に響いた。僕は後ろを振り返る。誰かに見られているんじゃないか、と警戒する。だけどもちろん、入口にも廊下にも誰もいなかった。分かりきっていたことだ。それでもなぜか視線を感じる気がする。それは、あの夜の僕自身のものだった。

 パパの服を取り去る。正直あまり触れたいものではなかったけれど、仕方がない。僕はタオルとパパの服を抱えることになった。ひとまずそれを床に置くことにした。こんな所に置くのは不衛生かなとも思ったけれど、どうせ洗うのだから一緒だろう。そうして手ぶらになった僕は再び洗濯機の中を覗き込んだ。ここから先はいよいよ、お姉ちゃんの「ゾーン」だ。


 やはり最初にタオルがあった。それは紛れもなくお姉ちゃんが使ったものだろう。だけど僕はそんなものに興味はなかった。僕が求めているのは…。

 そして。ついに、それが現れた。タオルをめくると、その下にそれは隠れていた。まるで、宝物のように。それを見つけた瞬間、僕は目眩を感じた。待ち望んだものが突然出現したことに、僕の脳は情報を上手く整理できないでいるらしかった。

 それは「白のパンツ」だった。

 僕の思っていたものと違う。てっきり黒なのだと思い込んでいた。だけど違った。すぐに予想を修正する。

 お姉ちゃんだって色んな下着を持っているだろう。男子の僕もトランクスの柄には様々な種類がある。女子のパンツにいろんな色があっても不思議じゃない。

 それでも。お姉ちゃんの下着の色は黒だと、僕の中ではそう決めつけられていた。それは、あの夜に見た光景が僕にとっての情報の全てだったからだ。僕のイメージはしっかりと固定されていた。

 だけど「白」というのもなかなか悪くない気がした。より女の子らしいと思った。黒に比べると子供っぽいような気もしたけれど、どこか可愛らしい雰囲気もあった。それに。あくまでも異性として扱うのなら、その方が好都合だった。


 僕はお姉ちゃんのパンツに手を伸ばした。動作自体は何てことないものだけれど、行為の意味を考えるとたちまち僕の鼓動は早くなった。ドクドクと自分の心臓の音がはっきりと耳に聴こえた。

 ついに。僕はお姉ちゃんのパンツに触れた。それは同じ布なのに、僕のパンツとはずいぶん違う手触りだった。なんだかサラサラとした不思議な感触だった。

 僕はお姉ちゃんのパンツを持ち上げた。それはとても軽かった。ハンカチみたいにポケットに入りそうなくらいの大きさだった。しかもハンカチよりずっと薄かった。よくママに「ハンカチくらい持って行きなさい」と言われて僕はそれを嫌がるけど、これなら全然苦にならなそうだった。

 僕の手にパンツが握られている。あの夜見たものと色こそ違うけれど、紛れもないお姉ちゃんのものだった。お姉ちゃんが穿いて、脱いだものなのだ。それを思うと、微かに温もりを感じるような気がした。(お姉ちゃんがこのパンツを洗濯機に入れてもう長い時間が経っているのは分かっているけれど)

 昨日一日のお姉ちゃんの生活を振り返る。とはいえ、僕が知っているのはせいぜい家にいるお姉ちゃんだけで外でのことは知らない。家にいる時といってもリビングにいる時のことくらいでそれ以外のことは知らない。後は想像することしかできない。それでも一つだけ確かなことがある。それは…。


――お姉ちゃんが昨日一日、このパンツを穿いていた。

 ということだ。それだけでお姉ちゃんの秘密を全て知れたわけではもちろんない。それは秘密と呼べるほどのものでさえないかもしれない。秘密というならそれこそ、あの夜の出来事のほうがずっと…。だけど僕は考える。

――この小さな布が、お姉ちゃんの大事な部分に当たっていたんだ。

 お姉ちゃんの、女の子の部分に。『おしっこ』の出る部分に。僕は思い浮かべる。これを穿いたまま『おもらし』するお姉ちゃんを。

 そんなはずはない。このパンツは乾いている。お姉ちゃんは自分で洗うことなく、これを脱いでそのまま洗濯機に入れたのだろう。だとしたら…。

 僕はお姉ちゃんのパンツをより詳しく知りたい、という次なる願望に思い当たる。中身を見たい、内側を確かめたい、という欲望に襲われる。

 僕は手の中でパンツを動かした。両端を握るのを止め、片手で下から支えながら、もう片方の手で裏返すようにして、底の部分を露わにした。

 僕はお姉ちゃんのパンツの内側を見た。そして、思わず自分の目を疑った。

 お姉ちゃんのパンツは、とても汚れていた。

 普段僕を子供扱いしてくるお姉ちゃんを十分見返せるくらいに、それは汚かった。小学生の頃の僕だって、ここまで下着を汚したりはしない。『おしっこ』をした後は入念におちんちんを振っているし、もちろんパンツの中で『チビったり』もしない。それに。女子は『おしっこ』をした後だってちゃんと拭くのではなかっただろうか。実際見たことがあるわけではないけれど、たぶんそうだ。それなのに…。

 お姉ちゃんの白いパンツには、ばっちりと黄色いシミが付いていた。紛れもなく『おしっこ』によるものだ。それが、お股の部分にたっぷりと染み込んでいる。

 ふと僕の中に、ある疑問が生まれる。

――お姉ちゃんは『おしっこ』した後、拭かないのだろうか?

 几帳面でキレイ好きなお姉ちゃんに限って、そんなはずがないとは分かっている。だけどそうじゃないと説明がつかないほど、お姉ちゃんの下着には恥ずかしい痕跡が現に証拠として刻み付けられているのだった。


 さらにお姉ちゃんの下着の汚れはそれだけに留まらなかった。僕は観察を続ける。お姉ちゃんのアソコが当たっていた部分に、カピカピとした白いシミが出来ていた。それは、女子が「えっちな気分」になった時に溢れるものらしい。

 最初に『おしっこ』によるシミを見つけた時から僕はそれに気づいていた。だけど一度は見て見ぬ振りをした。なぜならその液体は女子特有のものであり、男子の僕が知らないものだったからだ。

 よく「濡れる」とか言うらしいが。僕にその感覚は分からず、同級生の女子たちがそんな話をしているのを聞いたこともない。僕の主な情報源は深夜のテレビ番組と、いつ知ったのかも分からない曖昧なものばかりだった。だけど僕が知らないだけで、実は同級生である女子中学生たちも「濡れたり」しているのかもしれない。そして、実は同級生である男子中学生たちも口に出さないだけで知っているのかもしれない。

 そう思うと、何だか僕だけが周りから取り残されているような焦りを感じた。


 僕は、童貞だった。

 とはいえ、僕の歳でそれは珍しいことじゃないはずだ。クラスメイトのほとんどが僕と同じだろう。むしろ「童貞」という言葉とその言葉の指す意味を知っているだけ僕は同級生たちよりも進んでいるのかもしれない。だけどそれは僕が彼らと比べて、人一倍「えっち」なことに興味がある「ヘンタイ」というだけのことで。だとしたらあまり誇らしいこととは言えなかった。

 あるいは周りの友人たち(よく一緒に遊ぶ雅也や淳史)も実はすでに経験済みで、僕にそのことを隠しているのかもしれない。

 いやいや、とすぐにその考えを否定する。僕はアイツらの顔を思い浮かべてみた。とてもじゃないが、女子からモテるとは思えない。確かに淳史は運動神経が抜群で、男子の僕から見ても憧れる部分はある。だからといって女子からモテるのかといえばそれは別問題だ。「かけっこ」が速ければチヤホヤされていた小学生の頃とは違う。同級生の女子たちは男子よりもずっと大人で、そんなに単純ではないだろう。

 それに。雅也なんかは、僕がクラスの女子とちょっと話しているのを見ただけで「お前、アイツのこと好きなの?」などとからかってくる。そんな彼がまさか女子と秘密の関係になっているだなんて、それこそ「ぬけがけ」というものだ。

 とにかく。少なくとも僕の知り合いには、そんなマセたヤツなんていないはずだ。女子の裸を見たこともなければ、女子のアソコがどうなっているかなんて知らない。それどころか女子のパンツさえ見たこともなく、だとしたら今の僕の状況というのはお姉ちゃんがいる者だけに与えられた特権なのかもしれない。

 いや普通はお姉ちゃんがいるからといって、その下着を漁ったりはしないだろう。これまでの僕がそうであったように。お姉ちゃんというのは性別としてはともかく、だけど「女子」として扱うべき存在では決してないのだ。


 それでも。僕の手は股間へと伸びていた。左手でお姉ちゃんのパンツを持ちつつ、右手でズボン越しにアソコを握り締めていた。僕の意思によるものでは断じてない。無意識に、自然にそうしていたのだ。いつか女子からされることを期待するように、あくまで予行練習として自分を慰めていた。

――お姉ちゃんはどうなんだろう…?

 それはつまり「お姉ちゃんは処女なのだろうか?」という意味だ。僕は想像する。このパンツの持ち主を、これを穿いているお姉ちゃんを。

 お姉ちゃんは大学生だ。中学生の僕とは違う。まだ二十歳になってないとはいえ、立派な大人なのだ。家族にも話せない秘密の一つや二つ(あるいはもっとたくさん)抱えているに違いない。その内一つが『おもらし』であり(それはどちらかといえば子供の秘密だけど)、経験済みということなのかもしれない。

 お姉ちゃんは、どこで、誰と、したのだろう?聞くところによると、そういうのは男性側からアプローチするものらしい。やっぱり女子よりも男子の方がスケベだし、そういうことに興味がある。

 お姉ちゃんは興味ないのだろうか?いや、そんなはずはないだろう。だからこそ、こうして下着を濡らしていたのだ。少なからず期待し、興奮していたのだ。

 お姉ちゃんが発情し、お股を湿らせる。普段のお姉ちゃんからは想像もつかない、好きな男子の前でしか見せない、僕の知らないお姉ちゃん。


 僕の妄想は膨らんだ。淋しさと嫉妬に焦がれつつも、やはり興味は尽きなかった。僕はズボン越しの右手をより速く動かした。未知なる快感が得られることを信じて、僕は疑似体験を加速させた。想像の相手は他の誰でもない、お姉ちゃんだった。

 今まさに僕の興奮は最高潮に達しようとしていた。だけど、まだ何かが足りない。想像だけではどうしても補えないもの。僕のまだ知らないお姉ちゃん。

 僕の左手にはお姉ちゃんの下着が握られている。そこに刻まれた秘密を知ることで自分を昂らせていた。いわばそれは視覚のみによる情報。それだけじゃ物足りない。もっと別の方法で、別の感覚で、お姉ちゃんのことを知りたいと思った。

 僕の顔はお姉ちゃんのパンツに近づいていった。顔がパンツに近づいているのか、あるいはパンツの方が顔へと近づけられているのか、「卵が先か、ニワトリが先か」僕には判らなかった。だけど確実に、その距離は縮まっていった。

 僕はお姉ちゃんのパンツの匂いを嗅いでみた。クンクンと鼻を鳴らすのではなく、深々と息を吸い込んだ。そこには「ステキ」で「えっち」な香りが待っている――、はずだった。


――ゲホッォ!!!

 僕は激しくむせた。鼻腔を満たした臭気に、吐き気さえ催した。吸い込んだものを吐き出そうと、異物を排除しようとする条件反射に思わず涙目になる。

――クサい!クサすぎる!!

 お姉ちゃんのパンツは異臭を放っていた。未だかつて嗅いだことない臭いであり、他に何にも例えようもないのだけれど、それでもあえて表現しようとするなら…。

 チーズや牛乳などの乳製品を腐らせ、そこに微かにアンモニア臭が混じっている、そんな独特の香りだった。興奮を高めるものではなくむしろ萎えさせるものだった。幻滅させる、といってもいいかもしれない。そこに女子に対する幻想は微塵もなく、妄想を醒めさせ、理想を破壊するものだった。

 現実のお姉ちゃんに重なるものでもなければ、非現実のお姉ちゃんを補うものでもなかった。あるいは僕の最も知りたくなかった部分であるかもしれなかった。

 それほどまでにお姉ちゃんのパンツはとんでもない悪臭がした。良い香りなどでは決してなかった。それ自体がもはや『汚物』のようですらあった。とてもじゃないがもう一度だって嗅ぐのは御免だった。それは、きつい罰ゲームのようだった。


 それでも。僕は再びお姉ちゃんのパンツを嗅いでみた。一度は背けた顔を寄せて、鼻を近づけた。そして今度は慎重に、少しずつ息を吸った。

 やはり鼻にツンとくる刺激臭。耐え難い臭い。一秒だって堪えることはできない。僕の嗅覚はすぐに悲鳴をあげた。だけど同時に体中に血液がみなぎる感覚があった。それは主に下半身へと向かい、僕の股間を痛いくらいに勃起させた。

 いや、すでに元々勃起はしている。これ以上ないくらいに、はっきりしっかりと。むしろ一度は萎えさせかけられもした。だけど今では…。

 僕はお姉ちゃん匂いで股間を愛撫されていた。いや、そんな平穏なものじゃない。乱暴すぎるその臭いは、僕のアソコを激しく励まし鼓舞したのだった。

 もはや居ても立っても居られなくなった。ズボンを下ろし、トランクスを脱いだ。僕のアソコが剥き出しになる。そそり立った僕のおちんちんが。

 すぐに直接、自分の手で触ろうと思った。ズボン越しより気持ちいいに違いない。だけど僕はその欲求を何とか抑えた。おちんちんを握りたくなるのを必死で耐えた。それはなぜなら、僕はあることを思いついていたからだ。

 僕の目先にはお姉ちゃんのパンツがある。僕の鼻先にはお姉ちゃんのシミがある。それを嗅ぐことで、匂いを確かめた。視覚と聴覚、その次は…。


 手に持った下着を下半身に移動させる。お姉ちゃんのパンツを股間に巻き付ける。柔らかくて薄い布の感触。先っちょに当たる部分はもちろん、お股の部分だった。

 僕はその小さな布を介してお姉ちゃんを感じ取り、その汚れた布と触れ合うことでお姉ちゃんに触れている。かつてお姉ちゃんのアソコにあてがわれていた部分が今は僕のアソコに当たっている。それを思うだけで、おちんちんの先から何やらヌルヌルとした液体が溢れてきた。

 お姉ちゃんの「染み付きパンツ」が僕から出たもので濡れる。お姉ちゃんの汚れと僕の穢れが直接的に混じり合うことで、間接的にお姉ちゃんと交わっている。

 ふと。全身に何かがこみ上げてくるような感覚があった。背筋がゾクゾクと震え、何かがアソコから飛び出してしまいそうだった。僕のまだ知らない何かが…。

 それを許してしまえばこれまで以上の熱情を得ることができる、そんな気がした。だけどそれをしてしまえば二度と正常に戻ることはできない、そんな危機も感じた。

 僕は予感を抱いた。今さら罪悪感に襲われた。だが快感には勝てそうになかった。

 僕のスピードはさらに高められた。右手の動きが、意識が、現実さえも凌駕した。

 そして。ついにその瞬間を迎える。

――ピンポ~ン!!

 ふいに、甲高い音が家中に響き渡る。僕の行為を正解だと肯定してくれるものではもちろんない。

 僕は心臓が止まりそうなくらい驚き、動きを止めた。チャイムの音だと気づくのに数秒掛かった。

――ピンポン!!

 再びチャイムが鳴らされる。今度は短く、客人の焦りが伝わってくるようだった。

 それは誰かの呼ぶ声であり、あるいは神様からのお告げなのかもしれなかった。「もう、それくらいにしておきなさい」と。

 僕は迷った。訪問者を無視して継続すべきか、預言者に従い中断すべきか、を。

 結局、僕は「神さまの言うとおり」にした。お姉ちゃんのパンツを洗濯機に戻し、トランクスとズボンを履き直し、玄関の方へと向かった。

 その選択が僕にとって正解であったのかは分からない。だけど結果的にいうなら、僕はその選択によってある一つの「洗濯」の可能性を失ってしまったのだった。


――ピンポン!!

 廊下を歩いている間、もう一度だけチャイムが鳴らされる。切羽詰まったような、そんな音。

――うるさいなぁ…。

 僕は不機嫌になる。あと少しのところで邪魔をされたから、という理由もあった。果たして、そんなにも急かす必要があるのだろうか?

 ようやく玄関にたどり着いた。だけど、すぐにドアを開けることはしない。

――ドアを開ける前に、まず誰が来たのかをちゃんと確認しなさい。

 ママからきつく言われていることだ。一人で留守番する時なんかは、特に。

 ママの言いつけに従い、僕は覗き穴に近づこうとした。だがその必要はなかった。


「ねぇ、誰かいない…?」

 ドア越しに心細く言ったその声は、僕のよく知っているものだった。

――なんで、お姉ちゃんが…?

 僕の頭は混乱する。

――お姉ちゃんはバイトで、夕方まで帰らないんじゃ…?

 確かにそうだったはずだ。だからこそ昨日の夜ママに「晩御飯はいらないから」と言っていたはずだ。それなのに。僕は動揺を隠せなかった。

 ふと昔読んでもらった童謡を思い出す。「三匹の子豚」や「赤ずきんちゃん」を。それらの物語を聞きながら、子供ながらに思ったものだ。

「どうして、ちゃんと姿を確認しないのか?」と。

 警戒しつつも僕はドアに近づいた。覗き穴に顔を寄せ、外に居る人物を確認する。


 そこにはお姉ちゃんがいた。僕の想像なんかとは重ならない現実のお姉ちゃんが。やっぱり本物だったんだ。僕がお姉ちゃんを偽物と間違えるはずがなかった。

 だとしたら、ドアを開けることにもはや躊躇う必要はなかった。

「ちょっと待って!」

 僕は答えた。

「あっ!純君…!!」

 お姉ちゃんは僕が家に居たことに喜び、安堵しているらしかった。ついさっきまでお姉ちゃんのパンツで僕が何をしていたかなんて、お姉ちゃんは知る由もなかった。

 僕はすぐに鍵を開けて、お姉ちゃんを家の中に入れてあげるつもりだった。だけどその間際、お姉ちゃんは言った。

「良かった。お姉ちゃん『トイレ』に行きたかったの…」

 僕は再び、股間に集まってくる熱さを感じた。


――続く――

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