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おねショタの記事 (10)

おかず味噌 2020/06/20 23:15

ちょっとイケないこと… 第十二話「謝罪と反省」

(第十一話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/258937


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 純君は謝り続けている。お腹にあるスイッチを押すと予め録音された台詞を喋る、一昔前に流行った「ぬいぐるみ」みたいに何度も同じ言葉を繰り返す。

 感情の起伏が感じられない玩具と違い、その声からは悲嘆と悲愴が伝わってくる。

「ごめん…なさい!!」

 ついに純君は泣き出してしまう。すでに可愛らしい瞳から涙は溢れていたけれど、そこに嗚咽が混じることで号泣を始めてしまう。

 純君がこんなにも盛大に泣くのを見るのは、果たしていつぶりだろう。少なくとも彼が中学生になってからは一度も目にしていない。

――もう、泣かないで…。

 私は出来ることなら、そんな風に声を掛けてやりたかった。あくまでも姉らしく、目の前で泣きじゃくる弟を慰めてあげたかった。だけど私にはそれが出来なかった。なぜなら彼の涙の理由は、私に大きく関わったものだったから…。

 今の私に出来ることはただ一つ。彼が泣き止むのを待って、彼の口から事の顛末を聞くことだけだった。


 枕の下から見つかったもの、それはショーツだった。彼の部屋にあるはずのない、あってはならないものだった。そうだと分かった瞬間、疑問が幾つも頭に浮かんだ。

――あれ~?おかしいな~?

 私はまるで「名探偵」にでもなったみたいに。だけどそこに使命感や正義感などは微塵もなかった。「たった一つの真実」になんて、私はたどり着きたくなかった。

 そこで、私は一つの事実に行き当たる。それは最初から気づいていたことだった。

 疑問が幾つも脳裏を掠めたとき、あえてその問いだけはしないように避けていた。あるいはそれさえ訊いていれば、彼にあらぬ疑いを掛けずに済んだのかもしれない。私が無意識の内に除外していた問い、それは…。

――これは、誰の?

 という、ごく当たり前の質問だった。

 明らかに純君のものではない、女性ものの下着が部屋から見つかったという事実。だとすれば真っ先に問うべきは、それが果たして誰のものであるのかということだ。一体どのようにして手に入れたものなのか。盗んだものなのか、貰ったものなのか、買っただけのものなのか。(それはそれで「なぜ?」という疑問は拭えないが…)

 仮にきちんと対価を支払って手に入れたものならば、それは決して犯罪ではない。理由はどうであれ、その行為は正当性を帯びることになる。

 だけど、私は最初からその可能性を否定してしまっていた。


 見覚えのある下着。それは紛れもなく「私のショーツ」だった。

 もちろん名前が書いてあるわけではなく、私としてもいちいち自分の所有している下着一枚一枚を覚えているわけではない。

 だけど、その下着だけは覚えている。はっきりと記憶と網膜に焼き付いている。

――前面上部に小さなリボンのあしらわれた「黒いショーツ」。

 それは、あの日。私が初めて○○さんの家で『おもらし』した日に穿いてたものに間違いなかった。

 あの夜のことは数週間経った今でも鮮明に覚えている。我慢の限界、理性の崩壊、膀胱の決壊、羞恥の公開、先立たぬ後悔、不可能な弁解、甚大な被害、汚辱の布塊。それら一つ一つの感慨を、私は詳細に渡って述懐することができる。

 それをきっかけにして、私と彼の関係は進んだ。いや、進んだといって良いのかは分からない。だけど現に今日だって、ついさっきまで彼の家にお邪魔していたのだ。そこで、またしても『おもらし』をしてしまったのだ。


 だけど、今日に限っていえば。深夜の洗面所での惨めな後始末を私は免れていた。まるで何事もなかったかの如く、粗相の物的証拠の隠蔽および隠滅に成功していた。

――そうだ、私は今…。

「ノーパン」なのだった。本来であれば持ち帰るべきはずの『おもらしショーツ』を道中で捨てて来たのだ。私は穿かないまま帰宅し、そのまま弟の部屋を訪れていた。

 これではどっちが犯罪者なのか分かったものじゃない。純君のことを問い質す前に私だって罪を犯している。「痴女」「露出狂」、罪名でいうなら「猥褻物陳列罪」。

 だけど、それにしたって。彼の犯した罪がそれで洗い流されるわけではなかった。どうして彼がそれを枕の下に隠していたのか。そもそもなぜそれがここにあるのか。私は毅然とした態度で、平然を装いながらも、彼に言詮させなければならなかった。


 ひとしきり泣いた純君は落ち着いている。相変わらず顔を手で覆っているものの、ひとまず会話が出来そうな程度には回復している。私は彼に訊ねてみることにした。

「これ、お姉ちゃんの…だよね?」

 動かぬ証拠を突き付けつつ、彼を問い詰める。責めるような口調にならないように気をつけながら、あくまでも確かめるというだけのつもりで訊いた。

「本当にごめんなさい!!」

 再び、純君は謝罪を口にする。またしても泣き出してしまう。まるで子犬のように「わんわん」と声を上げて泣き叫ぶ。

 私は困り果てた。時刻は一時前、朝の早い両親はとっくに寝ている時間帯である。こんな深夜に喚いているとなれば、何事かと起きて来てしまうかもしれない。

 今ならまだ私と純君、二人だけの秘密に留めておくことができる。いつの間にか、私自身も共犯者になってしまったかのような気分だった。


 ベッドに座った純君の元に近づく。彼の手に優しく触れ、包み込むように握る。(もちろんショーツを床に置いてから)

 純君はつぶらな瞳から大粒の涙を零しながらも、恐る恐る私の目を見返してきた。戸惑ったような顔で(戸惑っているのは私なのだが…)上目遣いで見つめてくる。

 守ってあげたくなるような幼さを滲ませた表情に、私は純君を抱き締めたくなる。だが、まだそうするわけにはいかない。彼の口から真相を聞いてからでなければ…。

「どうして、こんなことしたの?」

 今一度、訊き方を変えて言ってみた。というよりも彼を犯人だと決めつけた上で、その動機について触れた。

「ごめ…」

 再び、同じ台詞を繰り返そうとする純君を。

「もう謝らなくていいから」

 私はすげなく打ち切った。少しばかり厳しい口調になってしまったかもしれない。彼の体が怯えたように震えたのが、掴んだ手からも伝わってきた。

「ちゃんと、話してみて」

 怒らないから、と私は念押しした。


 暫しの沈黙が訪れる。純君の表情が次々と変化する。彼は迷っているらしかった。どう話せばいいものか、あるいはどこから話すべきなのか、分からない様子だった。

 私は純君を急かしたり追い込んだりすることなく、彼が自ら話し出すのを待った。

 やがて、彼の口元がもごもごと動き始める。微かに開いた唇から、ぽつりぽつりと自供が始められる。

「その、ちょっと気になって…。女子が、どんな『パンツ』を穿いてるのかって…」

 軽犯罪における犯行の動機とはいつだって、好奇心による興味本位から生まれる。ごくごく一般的な好意に過ぎなかっただけの感情が、やがて恋心へと変わるように。

「だから、それで…」

 彼はその先を言いづらそうにしている。それでも私は決して助け舟を出さない。

「お姉ちゃんの、なら…。すぐ手に入りそうだったから…」

 無差別ということか。たまたま近くにあったのが私のものであったというだけで、「誰のでも良かった」のだろうか。

「イケないことって、分かってたんだけど…。どうしても我慢できなくて…」

 罪の意識はあったらしい。だとすれば直ちに許されるというわけではないけれど、少なくとも情状酌量の余地くらいはある。

――というか、もう許す!!

 私は元々、弟には甘いのだ。己の罪を白状する健気な彼の姿に、私の方がいい加減耐えられなくなってきた。


 あるいは、私の下着で済んで良かったのかもしれない。

 もしこれが人様のものだったら、私一人の裁量ではどうにもならなかっただろう。中学生のやったこととはいえ、裁きは免れない。(それが裁判によるかは別として)

 仮に同級生に知られでもしたら、彼は「死刑判決」を下されることになるだろう。女子からは軽蔑の視線を浴びせられ、男子からは好奇の目で見られ、一生その罪咎を背負って生きていくことになる。

 ほとぼりが冷めるまで「カノジョ」だって出来ないだろうし、「いじめ」にだって遭うかもしれない。いくら己の犯した罪の報いであるとはいえ、それはあんまりだ。

――だって、純君はこんなにも…。

 私は彼を抱き寄せた。姉弟でこんなこと生き別れになってからの再会でもなければ本来あり得ないことだ。それでも私は彼の頼りない体を、ほんのちょっと見ない間に逞しくなった体を抱き締めていた。


「もう大丈夫だから」

 慰めるように言う。そんなにも穏やかな声が発せられたのは自分でも意外だった。もっとこわばるかと思った。不器用に不自然になってしまうかと思っていた。

 だけどその声はごく自然に口から出た。それはやっぱり私がお姉ちゃんだからだ。弟の罪を許してあげられるのは、姉である私をおいて他にいないのだから。

「誰にも言わないから」

 私は純君を抱き締めたまま言う。彼が心配に思っているだろうことを先回りして、まずはその不安を拭ってやることにする。そう、これは秘密なのだ。私と純君だけの誰にも知られることのない二人だけの…。

 それでも私は姉として、もう一つ彼に言っておかなければならないことがあった。


「もう二度と、こんなことしないって約束できる?」

 私は抱擁を解いて、きちんと純君に向き直ってから言う。誰にだって過ちはある、問題はその後どうするかだ。同じ過ちを二度と繰り返さないことこそが重要なのだ。それさえ誓ってくれたなら、この件については今後一切話題にしないことにしよう。私自身もそう誓った。

 純君は首を縦に振った。頭を上下し何度も頷いた。最大限の了承のつもりらしい。だけど、私はそれだけでは許さなかった。

「ちゃんと返事をしなさい。わかった?」

 心を鬼にして私は言った。(ずいぶんと甘い鬼がいたものだ)

「はい…。わかりました」

 純君は素直に答えた。はっきりと誓いを立てた。

「よしっ!」

 あえて無理矢理に渋面を作っていた仮面を外した。満面の笑みで純君に対面する。それこそが私にとっての面目躍如であるというように。


「それにしても…」

 姉としての責務を果たし、一仕事を終えたことで気が緩んでいたのかもしれない。私は口を滑らせてしまう。二人で立てたはずの誓いを、私自ら破ってしまう。

「よりにもよって、お姉ちゃんのを盗らなくても…」

 私は言ってしまう。さも、ぶっちゃけるみたいに。彼がした行為の気まずさから、つい余計なことを口走ってしまう。

「そんなに欲しかったなら、言ってくれれば良かったのに…」

 言った途端に後悔する。そんなこと言うべきではなかった。たとえ冗談であっても決して口にしてはいけなかった。慌てて訂正を試みる。「ごめん、今のはナシで!」と軽い調子で軽はずみな前言を撤回しようとする。あるいは姉と弟の関係であれば、それも十分に可能であろうと高を括っていた。

 だけどその言葉はすでに私の口から発せられ、不穏な意味を持ち始めていた。


「本当に?」

 彼は訊き返してくる。その声は驚くほど冷静で、真っ直ぐな響きさえ持っていた。

「えっ…?」

 私も聞き返すことしかできなかった。彼のそれよりさらに無意味な言葉を返すのが精一杯だった。

「もしちゃんと言っていれば、お姉ちゃんは『パンツ』を僕にくれたの?」

 いよいよ彼の問いが意味を帯び始める。想定外の言及。私の冗談に端を発した、まさかの本気(マジ)。彼の眼差しは真剣(ガチ)そのものだった。

「いや…それはその…」

 今度は私が口ごもる番だった。

「わざわざ『盗む』必要なんて、なかったってこと?」

 ねぇ、と純君は迫ってくる。私は彼のことが段々と怖くなってきた。私の知らない別の誰かであるかのような気さえした。


「そんなわけないでしょ!冗談に決まってるじゃない…」

 思わず声を荒げてしまう。そうでもしなければ彼の追求から逃れられそうにないと判断したからだ。

「じゃあ、嘘をついたってこと?僕をからかったの?」

 それでも尚、純君は引き下がらない。あろうことか私を「嘘つき」呼ばわりする。私は自分の置かれている立場が分からなくなった。

――どうして、私が責められているんだろう…?

 責められるべきは、純君の方なのに。それでも私はあえて、そうしなかったのに。いつの間にか私の方が責められる側になっていた。

「そうやってお姉ちゃんはいつも、守れない『約束』をするんだ…」

 純君ははっきりとそう言った。私が一体いつ、どんな約束をしたというのだろう。しかも彼のその発言からは、さも私がその約束を「破った」のだと告げられている。だがそれも果たして何のことを言っているのか、理解不能だった。

 私は腹が立ってきた。自分の犯した罪を棚に上げ、相手ばかりを責めるその態度にもはや我慢ならなかった。


「いい加減にしなさい!」

 彼のことを突き放すように、私は言い放つ。

「女の子の下着に興味を持つなんて、恥ずかしくないの?」

 触れてはいけないデリケートな問題に、土足で踏み込んでしまう。

「それはイケないことなの!わかる?」

 有無を言わさずに私は断定する。間違っているのだと、恥ずかしいことなのだと。

「お願いだから、もう二度とこんなことをしないで」

 さきほどまでとは違い、うんざりとした口調で呆れたような表情で言う。

 彼は沈黙していた。私が責める口調になって以来、じっと私の罵倒に耐えている。反論はないらしい。かといって素直に受け入れてくれているようには見えなかった。その目は雄弁に語っていた。「裏切られた」という哀しみを…。

 彼は項垂れた。私から目線を外して、床の上を見つめている。こと切れたように、まるでスイッチを切られてしまった玩具のように。


――ちょっと言い過ぎたかな…?

 私は自省した。自制できなかった己の罵声を悔やんだ。だけど…。

 むしろ、これくらいで良かったのかもしれない。さっきまでの私が甘すぎたのだ。本当はこれくらい厳しく叱りつけなければいけなかったのだ。

 これも純君のためなのだ。こうでも言わないと彼は同じ過ちを繰り返してしまう。姉として弟を間違った道に進ませないために、これは仕方のないことなのだ。

「私は、純君を犯罪者にしたくないの」

 今さらながら取り繕うような言葉を掛ける。

「『ヘンタイ』になんてなりたくないでしょ?」

 私は言った。その後の末路を教え聞かせることで、彼を思い留まらせようとした。純君は相変わらず何も言わなかった。だけどきっとわかってくれたはずだ。


「じゃあ、今日はもう寝なさい」

 私は立ち上がる。床に落ちた自分のショーツを拾い上げ、彼の部屋を後にする。

「お姉ちゃんは、違うの?」

 久しぶりに彼は口をきいた。私の背中に向けて、不可解な質問を投げかけてくる。私は振り返った。

「どういう意味…?」

 怪訝に思いながら私は訊き返した。彼の言葉の意味が本当に分からなかった。

 再び彼は黙り込む。私から視線を外してそっぽを向く。何かを隠しているように、何かを知っているかのように…。


「僕、知ってるよ?」

 彼は告発を始めてしまう。その状況はまるで、サスペンスドラマのラストシーン。

――やめて…!!

 私は咄嗟にそう思った。その先を聞くことを拒んだ。だけどもはや手遅れだった。


「お姉ちゃんが『おもらし』しちゃったこと」


 彼は「禁断のワード」を口にした。

 トンネルに入ったように。私は突然、目の前が真っ暗になるような絶望を感じた。あるいはそれは、彼が私に秘密を知られた時と同じ心境だったのかもしれなかった。


――続く――

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おかず味噌 2020/05/03 04:11

ちょっとイケないこと… 第十話「互換と五感」

(第九話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/247015


 僕は「長いトンネル」から抜け出せないでいた。

 朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。トイレを済まして、手を洗って、朝食を取る。制服に着替えて、靴を履いて、登校する。授業を受けて、給食を食べて、下校する。帰宅して、漫画を読んで、ゲームをする。夕飯を食べて、TVを観て、お風呂に入る。歯を磨いて、宿題を終えて、ベッドに入る。

 そんな毎日の繰り返し。これまでと何一つ変わらない日常の中にいるはずなのに。まるで全てが偽物のような、いつの間にか非日常に迷い込んでしまったかのような、どうにも落ち着かない気分だった。その原因は間違いなく、お姉ちゃんだった。

 といっても。別に、お姉ちゃんの様子に何か変わったところがあるわけじゃない。今朝もお姉ちゃんは僕らと一緒に朝御飯を食べて、パパとニュースの話をしていた。僕は朝は眠いからあまり喋らないけど、それでもお姉ちゃんの声に耳を傾けていた。そして、僕の方が先に家を出た。今日はお姉ちゃんもバイトが休みらしく、晩御飯も家族全員で揃って食べた。お姉ちゃんは大学の話やバイトの話、最近観て面白かったテレビの話をした。いつも通りの何も変わらないお姉ちゃんだった。

 だけど僕は知っている。家族の誰も知らない、お姉ちゃんの秘密を…。


 深夜の洗面所でパンツを洗っていたお姉ちゃん。『おもらし』をしたお姉ちゃん。顔を見るたび、挨拶を交わすたび、そんなお姉ちゃんの姿がいくつも浮かんできた。だから僕はお姉ちゃんとなるべく目を合わせないようにした。変わってしまったのはどうやら僕の方なのかもしれない。

 それでも。僕の些細な変化に、お姉ちゃんも、家族の誰も気づくことはなかった。せいぜいママに「純君、今日はやけに大人しいわね」と言われたことくらいだ。

 お姉ちゃんは知らないのだろう。あの夜、僕がすぐ後ろで息を潜めていたことを。じゃなきゃ、そんな風に平然としていられるはずがない。お姉ちゃんは僕に対してもごく自然に話しかけてきた。「学校はどう?」とか、「好きな子は出来た?」とか。僕はそれが嬉しかった。お姉ちゃんは今まで通りのお姉ちゃんで、誰のものでもない僕だけのお姉ちゃんでいてくれることが。でも僕は知ってしまった。一歩外に出れば僕の知らないお姉ちゃんで、もう僕だけのものじゃないということを。

 僕はお姉ちゃんに訊いてみたかった。

――お姉ちゃんは『おもらし』したの?
――だからあの夜、パンツを洗っていたんでしょ?

 でも訊けなかった。訊けるはずもなかった。もし訊いたなら、本当にお姉ちゃんは僕の知らないお姉ちゃんになってしまうような気がして怖かった。

 一人で洗面所にいる時はまさに気が気じゃなかった。この場所で、僕は目撃した。ここで、お姉ちゃんは『おもらし』の後始末をしていたのだ。それを思い出すだけで顔が熱くなった。そして洗面台のすぐ横には、洗濯機があった。

 その中には、洗う前の家族の洗濯物がある。もちろん、僕の服や下着だってある。そこには当然、お姉ちゃんのパンツもあるはずだった。

 僕は今まで洗濯機の中を覗いたことなんてなかった。汚れ物を洗濯機に放り込むとその先は全部ママ任せで、きちんと畳まれた衣類がタンスに仕舞われることになる。きれいになったそれを、僕はまた着るだけのことだった。

 だけど。僕はいつからか洗濯機の中を覗いてみたいという衝動に悩まされていた。そこにあるお姉ちゃんの下着を確かめてみたかった。とっくに洗濯を終えたはずの、お姉ちゃんの『おもらしパンツ』がまだ残っているような気がして…。

 僕はお姉ちゃんのことを知りたいと思った。より正確には、お姉ちゃんの下着を。僕のパンツとはだいぶ形の違う、お姉ちゃんの黒いパンツを。もう一度見てみたい、という盲動に苛まれていた。

 そして。僕がその一歩を踏み出したのは、ある休日の午後のことだった。


 その日、家族は全員出掛けていた。

 パパとママは買い物に行くらしく、僕もついて来ないかと誘われた。いつもならばお菓子を確保できるチャンスなので絶対ついて行くけれど、僕はその誘いを断った。

「勉強があるから」と明らかに嘘と分かる理由を言ったが特に疑われることもなく、パパが「おっ!純君はエラいな!」と感心しつつ手放しで褒めてくれたのに対して。ママは「どうせ、ゲームの続きがしたいんでしょ?」と見透かしたようなことを言い「ゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強もしないとダメよ?」と釘を刺された。

 お姉ちゃんは今日もバイトで、夕方まで帰らないらしい。

 一人きりでいると、家の中がいつも以上に広く感じられた。もちろん今までだって留守番したことは何度もある。中学生にもなれば、それくらいは普通のことだった。だけどその日の僕はとても普通じゃない、とある計画を遂行しようとしていた。

 早速、洗面所に向かう。そこは僕にとってもはや特別な場所へと成り果てていた。まずは手を洗う。洗面所でする当然の行動だ。誰に見られているわけでもないのに、ここに来た理由を作った。鏡に僕の顔が映り込む。いつもと変わらない自分だった。だけど内側にいつもと違う自分がいるせいか、どこか歪で醜いものに感じられた。


 僕には選択肢があった。今ならばまだ引き返せる。このまま自分の部屋に戻って、ママの監視がないのを良いことに、心ゆくまでゲームを堪能することだってできた。あるいはママの予想を裏切って、真面目に勉強するというのも悪くない考えだった。ママは僕を見直すだろう。次に買い物に行った時、ゲームはさすがに無理だろうが、漫画くらいなら買ってもらえるかもしれない。

 僕にはまだ幾つものより良い選択肢が残されていた。だが同時に僕は思っていた。この機会を逃したら次にチャンスが巡ってくるのは果たしていつになるだろう、と。僕はそれまで待てそうになかった。僕の我慢はすでに限界を越えていた。

 それは。お菓子や漫画やゲームなんかよりも、僕にとっては魅力的なものだった。ママを見返すことはできない。だけどある意味で、ママの予想は外れることになる。

 もしバレたら、こっぴどく叱られるだろう。いや、叱られるだけならまだマシだ。僕は家族から軽蔑されることになるだろう。ママやパパ、そしてお姉ちゃんからも。僕は犯罪者になってしまうかもしれない。家族のものとはいえ、許されない行為だ。僕は牢屋に入れられて、二度とお姉ちゃんと会うことさえできないかもしれない。

――それでもやるのか?

 ついに。最後の選択肢が与えられる。「このまま犯罪者になってしまうのか」、「ごく一般的な中学生のままでいるのか」という最終的な決断を迫られる。それは「宿題をする前に遊ぶのか」、「宿題をしてから遊ぶのか」という日常の選択肢とはあまりに規模の違うものだった。結局、僕が選んだのは…。


 僕は洗濯機の中を覗き込んだ。その頃には、罪悪感のようなものは失われていた。あるいは単に麻痺していただけなのかもしれない。いや麻痺なんてしていなかった。僕は後ろめたさを抱えたままだった。要は、それに打ち克ったというだけのことだ。打ち克ってしまったのだ。

 一番上に、タオルがあった。昨日家族の誰か(お姉ちゃんかもしれない)が使ったものか、今日家族の誰か(やっぱりお姉ちゃんかもしれない)が使ったものだろう。それを取り上げる。すると、次にワイシャツが出てきた。間違いなくパパのものだ。昨日、最後にお風呂に入ったのはパパだった。その情報を元に逆算する。

 昨日、お姉ちゃんがお風呂に入ったのはパパの前だった。僕は生唾を呑み込んだ。しんとした家の中で、その音だけがやたらと大袈裟に響いた。僕は後ろを振り返る。誰かに見られているんじゃないか、と警戒する。だけどもちろん、入口にも廊下にも誰もいなかった。分かりきっていたことだ。それでもなぜか視線を感じる気がする。それは、あの夜の僕自身のものだった。

 パパの服を取り去る。正直あまり触れたいものではなかったけれど、仕方がない。僕はタオルとパパの服を抱えることになった。ひとまずそれを床に置くことにした。こんな所に置くのは不衛生かなとも思ったけれど、どうせ洗うのだから一緒だろう。そうして手ぶらになった僕は再び洗濯機の中を覗き込んだ。ここから先はいよいよ、お姉ちゃんの「ゾーン」だ。


 やはり最初にタオルがあった。それは紛れもなくお姉ちゃんが使ったものだろう。だけど僕はそんなものに興味はなかった。僕が求めているのは…。

 そして。ついに、それが現れた。タオルをめくると、その下にそれは隠れていた。まるで、宝物のように。それを見つけた瞬間、僕は目眩を感じた。待ち望んだものが突然出現したことに、僕の脳は情報を上手く整理できないでいるらしかった。

 それは「白のパンツ」だった。

 僕の思っていたものと違う。てっきり黒なのだと思い込んでいた。だけど違った。すぐに予想を修正する。

 お姉ちゃんだって色んな下着を持っているだろう。男子の僕もトランクスの柄には様々な種類がある。女子のパンツにいろんな色があっても不思議じゃない。

 それでも。お姉ちゃんの下着の色は黒だと、僕の中ではそう決めつけられていた。それは、あの夜に見た光景が僕にとっての情報の全てだったからだ。僕のイメージはしっかりと固定されていた。

 だけど「白」というのもなかなか悪くない気がした。より女の子らしいと思った。黒に比べると子供っぽいような気もしたけれど、どこか可愛らしい雰囲気もあった。それに。あくまでも異性として扱うのなら、その方が好都合だった。


 僕はお姉ちゃんのパンツに手を伸ばした。動作自体は何てことないものだけれど、行為の意味を考えるとたちまち僕の鼓動は早くなった。ドクドクと自分の心臓の音がはっきりと耳に聴こえた。

 ついに。僕はお姉ちゃんのパンツに触れた。それは同じ布なのに、僕のパンツとはずいぶん違う手触りだった。なんだかサラサラとした不思議な感触だった。

 僕はお姉ちゃんのパンツを持ち上げた。それはとても軽かった。ハンカチみたいにポケットに入りそうなくらいの大きさだった。しかもハンカチよりずっと薄かった。よくママに「ハンカチくらい持って行きなさい」と言われて僕はそれを嫌がるけど、これなら全然苦にならなそうだった。

 僕の手にパンツが握られている。あの夜見たものと色こそ違うけれど、紛れもないお姉ちゃんのものだった。お姉ちゃんが穿いて、脱いだものなのだ。それを思うと、微かに温もりを感じるような気がした。(お姉ちゃんがこのパンツを洗濯機に入れてもう長い時間が経っているのは分かっているけれど)

 昨日一日のお姉ちゃんの生活を振り返る。とはいえ、僕が知っているのはせいぜい家にいるお姉ちゃんだけで外でのことは知らない。家にいる時といってもリビングにいる時のことくらいでそれ以外のことは知らない。後は想像することしかできない。それでも一つだけ確かなことがある。それは…。


――お姉ちゃんが昨日一日、このパンツを穿いていた。

 ということだ。それだけでお姉ちゃんの秘密を全て知れたわけではもちろんない。それは秘密と呼べるほどのものでさえないかもしれない。秘密というならそれこそ、あの夜の出来事のほうがずっと…。だけど僕は考える。

――この小さな布が、お姉ちゃんの大事な部分に当たっていたんだ。

 お姉ちゃんの、女の子の部分に。『おしっこ』の出る部分に。僕は思い浮かべる。これを穿いたまま『おもらし』するお姉ちゃんを。

 そんなはずはない。このパンツは乾いている。お姉ちゃんは自分で洗うことなく、これを脱いでそのまま洗濯機に入れたのだろう。だとしたら…。

 僕はお姉ちゃんのパンツをより詳しく知りたい、という次なる願望に思い当たる。中身を見たい、内側を確かめたい、という欲望に襲われる。

 僕は手の中でパンツを動かした。両端を握るのを止め、片手で下から支えながら、もう片方の手で裏返すようにして、底の部分を露わにした。

 僕はお姉ちゃんのパンツの内側を見た。そして、思わず自分の目を疑った。

 お姉ちゃんのパンツは、とても汚れていた。

 普段僕を子供扱いしてくるお姉ちゃんを十分見返せるくらいに、それは汚かった。小学生の頃の僕だって、ここまで下着を汚したりはしない。『おしっこ』をした後は入念におちんちんを振っているし、もちろんパンツの中で『チビったり』もしない。それに。女子は『おしっこ』をした後だってちゃんと拭くのではなかっただろうか。実際見たことがあるわけではないけれど、たぶんそうだ。それなのに…。

 お姉ちゃんの白いパンツには、ばっちりと黄色いシミが付いていた。紛れもなく『おしっこ』によるものだ。それが、お股の部分にたっぷりと染み込んでいる。

 ふと僕の中に、ある疑問が生まれる。

――お姉ちゃんは『おしっこ』した後、拭かないのだろうか?

 几帳面でキレイ好きなお姉ちゃんに限って、そんなはずがないとは分かっている。だけどそうじゃないと説明がつかないほど、お姉ちゃんの下着には恥ずかしい痕跡が現に証拠として刻み付けられているのだった。


 さらにお姉ちゃんの下着の汚れはそれだけに留まらなかった。僕は観察を続ける。お姉ちゃんのアソコが当たっていた部分に、カピカピとした白いシミが出来ていた。それは、女子が「えっちな気分」になった時に溢れるものらしい。

 最初に『おしっこ』によるシミを見つけた時から僕はそれに気づいていた。だけど一度は見て見ぬ振りをした。なぜならその液体は女子特有のものであり、男子の僕が知らないものだったからだ。

 よく「濡れる」とか言うらしいが。僕にその感覚は分からず、同級生の女子たちがそんな話をしているのを聞いたこともない。僕の主な情報源は深夜のテレビ番組と、いつ知ったのかも分からない曖昧なものばかりだった。だけど僕が知らないだけで、実は同級生である女子中学生たちも「濡れたり」しているのかもしれない。そして、実は同級生である男子中学生たちも口に出さないだけで知っているのかもしれない。

 そう思うと、何だか僕だけが周りから取り残されているような焦りを感じた。


 僕は、童貞だった。

 とはいえ、僕の歳でそれは珍しいことじゃないはずだ。クラスメイトのほとんどが僕と同じだろう。むしろ「童貞」という言葉とその言葉の指す意味を知っているだけ僕は同級生たちよりも進んでいるのかもしれない。だけどそれは僕が彼らと比べて、人一倍「えっち」なことに興味がある「ヘンタイ」というだけのことで。だとしたらあまり誇らしいこととは言えなかった。

 あるいは周りの友人たち(よく一緒に遊ぶ雅也や淳史)も実はすでに経験済みで、僕にそのことを隠しているのかもしれない。

 いやいや、とすぐにその考えを否定する。僕はアイツらの顔を思い浮かべてみた。とてもじゃないが、女子からモテるとは思えない。確かに淳史は運動神経が抜群で、男子の僕から見ても憧れる部分はある。だからといって女子からモテるのかといえばそれは別問題だ。「かけっこ」が速ければチヤホヤされていた小学生の頃とは違う。同級生の女子たちは男子よりもずっと大人で、そんなに単純ではないだろう。

 それに。雅也なんかは、僕がクラスの女子とちょっと話しているのを見ただけで「お前、アイツのこと好きなの?」などとからかってくる。そんな彼がまさか女子と秘密の関係になっているだなんて、それこそ「ぬけがけ」というものだ。

 とにかく。少なくとも僕の知り合いには、そんなマセたヤツなんていないはずだ。女子の裸を見たこともなければ、女子のアソコがどうなっているかなんて知らない。それどころか女子のパンツさえ見たこともなく、だとしたら今の僕の状況というのはお姉ちゃんがいる者だけに与えられた特権なのかもしれない。

 いや普通はお姉ちゃんがいるからといって、その下着を漁ったりはしないだろう。これまでの僕がそうであったように。お姉ちゃんというのは性別としてはともかく、だけど「女子」として扱うべき存在では決してないのだ。


 それでも。僕の手は股間へと伸びていた。左手でお姉ちゃんのパンツを持ちつつ、右手でズボン越しにアソコを握り締めていた。僕の意思によるものでは断じてない。無意識に、自然にそうしていたのだ。いつか女子からされることを期待するように、あくまで予行練習として自分を慰めていた。

――お姉ちゃんはどうなんだろう…?

 それはつまり「お姉ちゃんは処女なのだろうか?」という意味だ。僕は想像する。このパンツの持ち主を、これを穿いているお姉ちゃんを。

 お姉ちゃんは大学生だ。中学生の僕とは違う。まだ二十歳になってないとはいえ、立派な大人なのだ。家族にも話せない秘密の一つや二つ(あるいはもっとたくさん)抱えているに違いない。その内一つが『おもらし』であり(それはどちらかといえば子供の秘密だけど)、経験済みということなのかもしれない。

 お姉ちゃんは、どこで、誰と、したのだろう?聞くところによると、そういうのは男性側からアプローチするものらしい。やっぱり女子よりも男子の方がスケベだし、そういうことに興味がある。

 お姉ちゃんは興味ないのだろうか?いや、そんなはずはないだろう。だからこそ、こうして下着を濡らしていたのだ。少なからず期待し、興奮していたのだ。

 お姉ちゃんが発情し、お股を湿らせる。普段のお姉ちゃんからは想像もつかない、好きな男子の前でしか見せない、僕の知らないお姉ちゃん。


 僕の妄想は膨らんだ。淋しさと嫉妬に焦がれつつも、やはり興味は尽きなかった。僕はズボン越しの右手をより速く動かした。未知なる快感が得られることを信じて、僕は疑似体験を加速させた。想像の相手は他の誰でもない、お姉ちゃんだった。

 今まさに僕の興奮は最高潮に達しようとしていた。だけど、まだ何かが足りない。想像だけではどうしても補えないもの。僕のまだ知らないお姉ちゃん。

 僕の左手にはお姉ちゃんの下着が握られている。そこに刻まれた秘密を知ることで自分を昂らせていた。いわばそれは視覚のみによる情報。それだけじゃ物足りない。もっと別の方法で、別の感覚で、お姉ちゃんのことを知りたいと思った。

 僕の顔はお姉ちゃんのパンツに近づいていった。顔がパンツに近づいているのか、あるいはパンツの方が顔へと近づけられているのか、「卵が先か、ニワトリが先か」僕には判らなかった。だけど確実に、その距離は縮まっていった。

 僕はお姉ちゃんのパンツの匂いを嗅いでみた。クンクンと鼻を鳴らすのではなく、深々と息を吸い込んだ。そこには「ステキ」で「えっち」な香りが待っている――、はずだった。


――ゲホッォ!!!

 僕は激しくむせた。鼻腔を満たした臭気に、吐き気さえ催した。吸い込んだものを吐き出そうと、異物を排除しようとする条件反射に思わず涙目になる。

――クサい!クサすぎる!!

 お姉ちゃんのパンツは異臭を放っていた。未だかつて嗅いだことない臭いであり、他に何にも例えようもないのだけれど、それでもあえて表現しようとするなら…。

 チーズや牛乳などの乳製品を腐らせ、そこに微かにアンモニア臭が混じっている、そんな独特の香りだった。興奮を高めるものではなくむしろ萎えさせるものだった。幻滅させる、といってもいいかもしれない。そこに女子に対する幻想は微塵もなく、妄想を醒めさせ、理想を破壊するものだった。

 現実のお姉ちゃんに重なるものでもなければ、非現実のお姉ちゃんを補うものでもなかった。あるいは僕の最も知りたくなかった部分であるかもしれなかった。

 それほどまでにお姉ちゃんのパンツはとんでもない悪臭がした。良い香りなどでは決してなかった。それ自体がもはや『汚物』のようですらあった。とてもじゃないがもう一度だって嗅ぐのは御免だった。それは、きつい罰ゲームのようだった。


 それでも。僕は再びお姉ちゃんのパンツを嗅いでみた。一度は背けた顔を寄せて、鼻を近づけた。そして今度は慎重に、少しずつ息を吸った。

 やはり鼻にツンとくる刺激臭。耐え難い臭い。一秒だって堪えることはできない。僕の嗅覚はすぐに悲鳴をあげた。だけど同時に体中に血液がみなぎる感覚があった。それは主に下半身へと向かい、僕の股間を痛いくらいに勃起させた。

 いや、すでに元々勃起はしている。これ以上ないくらいに、はっきりしっかりと。むしろ一度は萎えさせかけられもした。だけど今では…。

 僕はお姉ちゃん匂いで股間を愛撫されていた。いや、そんな平穏なものじゃない。乱暴すぎるその臭いは、僕のアソコを激しく励まし鼓舞したのだった。

 もはや居ても立っても居られなくなった。ズボンを下ろし、トランクスを脱いだ。僕のアソコが剥き出しになる。そそり立った僕のおちんちんが。

 すぐに直接、自分の手で触ろうと思った。ズボン越しより気持ちいいに違いない。だけど僕はその欲求を何とか抑えた。おちんちんを握りたくなるのを必死で耐えた。それはなぜなら、僕はあることを思いついていたからだ。

 僕の目先にはお姉ちゃんのパンツがある。僕の鼻先にはお姉ちゃんのシミがある。それを嗅ぐことで、匂いを確かめた。視覚と聴覚、その次は…。


 手に持った下着を下半身に移動させる。お姉ちゃんのパンツを股間に巻き付ける。柔らかくて薄い布の感触。先っちょに当たる部分はもちろん、お股の部分だった。

 僕はその小さな布を介してお姉ちゃんを感じ取り、その汚れた布と触れ合うことでお姉ちゃんに触れている。かつてお姉ちゃんのアソコにあてがわれていた部分が今は僕のアソコに当たっている。それを思うだけで、おちんちんの先から何やらヌルヌルとした液体が溢れてきた。

 お姉ちゃんの「染み付きパンツ」が僕から出たもので濡れる。お姉ちゃんの汚れと僕の穢れが直接的に混じり合うことで、間接的にお姉ちゃんと交わっている。

 ふと。全身に何かがこみ上げてくるような感覚があった。背筋がゾクゾクと震え、何かがアソコから飛び出してしまいそうだった。僕のまだ知らない何かが…。

 それを許してしまえばこれまで以上の熱情を得ることができる、そんな気がした。だけどそれをしてしまえば二度と正常に戻ることはできない、そんな危機も感じた。

 僕は予感を抱いた。今さら罪悪感に襲われた。だが快感には勝てそうになかった。

 僕のスピードはさらに高められた。右手の動きが、意識が、現実さえも凌駕した。

 そして。ついにその瞬間を迎える。

――ピンポ~ン!!

 ふいに、甲高い音が家中に響き渡る。僕の行為を正解だと肯定してくれるものではもちろんない。

 僕は心臓が止まりそうなくらい驚き、動きを止めた。チャイムの音だと気づくのに数秒掛かった。

――ピンポン!!

 再びチャイムが鳴らされる。今度は短く、客人の焦りが伝わってくるようだった。

 それは誰かの呼ぶ声であり、あるいは神様からのお告げなのかもしれなかった。「もう、それくらいにしておきなさい」と。

 僕は迷った。訪問者を無視して継続すべきか、預言者に従い中断すべきか、を。

 結局、僕は「神さまの言うとおり」にした。お姉ちゃんのパンツを洗濯機に戻し、トランクスとズボンを履き直し、玄関の方へと向かった。

 その選択が僕にとって正解であったのかは分からない。だけど結果的にいうなら、僕はその選択によってある一つの「洗濯」の可能性を失ってしまったのだった。


――ピンポン!!

 廊下を歩いている間、もう一度だけチャイムが鳴らされる。切羽詰まったような、そんな音。

――うるさいなぁ…。

 僕は不機嫌になる。あと少しのところで邪魔をされたから、という理由もあった。果たして、そんなにも急かす必要があるのだろうか?

 ようやく玄関にたどり着いた。だけど、すぐにドアを開けることはしない。

――ドアを開ける前に、まず誰が来たのかをちゃんと確認しなさい。

 ママからきつく言われていることだ。一人で留守番する時なんかは、特に。

 ママの言いつけに従い、僕は覗き穴に近づこうとした。だがその必要はなかった。


「ねぇ、誰かいない…?」

 ドア越しに心細く言ったその声は、僕のよく知っているものだった。

――なんで、お姉ちゃんが…?

 僕の頭は混乱する。

――お姉ちゃんはバイトで、夕方まで帰らないんじゃ…?

 確かにそうだったはずだ。だからこそ昨日の夜ママに「晩御飯はいらないから」と言っていたはずだ。それなのに。僕は動揺を隠せなかった。

 ふと昔読んでもらった童謡を思い出す。「三匹の子豚」や「赤ずきんちゃん」を。それらの物語を聞きながら、子供ながらに思ったものだ。

「どうして、ちゃんと姿を確認しないのか?」と。

 警戒しつつも僕はドアに近づいた。覗き穴に顔を寄せ、外に居る人物を確認する。


 そこにはお姉ちゃんがいた。僕の想像なんかとは重ならない現実のお姉ちゃんが。やっぱり本物だったんだ。僕がお姉ちゃんを偽物と間違えるはずがなかった。

 だとしたら、ドアを開けることにもはや躊躇う必要はなかった。

「ちょっと待って!」

 僕は答えた。

「あっ!純君…!!」

 お姉ちゃんは僕が家に居たことに喜び、安堵しているらしかった。ついさっきまでお姉ちゃんのパンツで僕が何をしていたかなんて、お姉ちゃんは知る由もなかった。

 僕はすぐに鍵を開けて、お姉ちゃんを家の中に入れてあげるつもりだった。だけどその間際、お姉ちゃんは言った。

「良かった。お姉ちゃん『トイレ』に行きたかったの…」

 僕は再び、股間に集まってくる熱さを感じた。


――続く――

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おかず味噌 2020/04/14 02:41

ちょっとイケないこと… 第九話「秘密と洗濯」

(第八話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/241040


――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

 昔、お姉ちゃんの部屋の本棚にあった小説の書き出しに、そんな一文があった。

 僕はお姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんが帰ってくるのを待っていた。小学生の頃、僕はよくお姉ちゃんの部屋に勝手に入っていたが、怒られたり文句を言われることは一度もなかった。もしかしたら今でもそうなのかもしれないけれど。いつからか僕はお姉ちゃんの部屋に行くのをやめた。それは、自分の部屋に無断で入られたくないと僕が思うようになったのと同じ頃からだった。

 お姉ちゃんの本棚には、難しそうな本ばかりがずらりと並んでいた。漫画しかない僕の本棚とは大違いだ。いつもは特に興味なんてなかったのだけれど。その時の僕はあまりにも暇を持て余していて、一冊を抜き出して、それを読んでみることにした。小学生にありがちな大人の真似事だった。お姉ちゃんが普段そうしているみたいに、自分もその真似をすることで大人の気分を味わってみたかった。

 なぜ、その本を選んだのかは覚えていない。ただ何となく背表紙のタイトルを見て漢字だったことと、小学生の僕でもその漢字が読めたという理由からだったと思う。

 イスに座って本を開くと、そこには聞き馴じみのない単語がいくつも並んでいた。もちろん、漫画みたいに絵は付いていない。それでも僕はすっかりその気になって、書かれた文章を読んでみることにした。その冒頭がその一文だった。


――こっきょうのながい…。

 漢字が読めたことで僕は増々得意になる。今にして思えば、それは「くにざかい」と読むのが正しいのかもしれないけれど、どちらが正解なのかは未だにわからない。そして当時の僕は「国境」という言葉の意味を、国と国の境目だと理解したものの。おそらくそれは郷と郷、「県境」や「市境」を指したものなのだろう。

 そんな間違いや勘違いはさておき。小学生の僕でも書かれた一文のおよその意味は理解できたし、「長いトンネル」を抜けた先の異国の情景を思い描くことができた。

 だけど結局、僕がその続きを読むことはなかった。本を読み始めてからすぐ後に、お姉ちゃんは帰ってきた。僕が読書に飽きるのとお姉ちゃんが帰ってくるのと、そのどちらが早かったのかは覚えていない。


 暗い廊下の奥に光が見える。それはまるでトンネルのように。果たして、その先に何が待ち受けているのか。僕は興味を抱きつつ、同時に底知れぬ恐怖を感じていた。

 静寂の中、水の音が響いている。僕はまた少し進む。「だるまさんがころんだ」をしているみたいだ。緊張が僕の脚を強ばらせる。それでも一歩ずつ、明かりの方へと近づいてゆく。

 洗面所の入口まで来た。この先にお姉ちゃんがいる。僕の優しいお姉ちゃん、が。仮にバレたところで何も言われないだろう。「まだ起きてたの?早く寝ないと!」と自分のことを棚に上げて、せいぜい小言を言われるくらいのものだ。

 またしても水流が止んだ。キュッと蛇口を止める音が聞こえた。僕も息を止めた。お姉ちゃんはすぐ目の前にいる。だけどその姿は見えない。

――はぁ~。

 それはお姉ちゃんの溜息だった。がっかりしたような、後悔しているような吐息に僕は心配になる。大好きなお姉ちゃんが何か心配事を抱えているんじゃないか、と。それを覗き見し、盗み見ようとする自分に罪悪感を覚えた。

 僕はお姉ちゃんの姿を見ることなく、そのまま自分の部屋に引き返そうと思った。だけど罪悪感より好奇心がわずかに勝った。再び水が流れ始める。その音に紛れて、僕は洗面所の中を覗き込んだ。


 お姉ちゃんは、手を洗っていた。

 僕の位置からだとお姉ちゃんの背中しか見えない。それでも洗面台の前に屈んで、ジャブジャブと音を立てている様子はおそらくそうだろうと思った。それにしても、ずいぶんと熱心に手を洗っているみたいだった。

 そんなに手が汚れてしまったのだろうか。小学生の頃の僕じゃあるまいし、まさか大学生のお姉ちゃんが泥遊びをしたとは考えられなかった。

――ジャブジャブ…(?)

 その音に微かな違和感を覚えた。また水が止まる。お姉ちゃんが上半身を起こす。僕は見つからないように壁で体を隠しながら、お姉ちゃんの手元を鏡越しに見た。

 そこでお姉ちゃんは、一枚の布を広げた。

 僕は最初それをハンカチだと思った。綺麗好きなお姉ちゃんはちゃんとハンカチを持ち歩いていて、帰ってきて自分でそれを洗っているのだろう、と。だけどその形はどう見てもハンカチではなかった。三角形の小さな布に、僕は見覚えがあった。


 それは、水着だった。

 いや、水着であるはずがない。海水浴やプールの季節には早すぎる。それでも僕がとっさにそう思ったのは、テレビの中で最近それを見たからだ。

 それは、パンツだった。

 とはいえ、僕が穿いているものとはだいぶ形が違う。それは女子用の下着だった。

 僕はお姉ちゃんのパンツを見てしまったことに動揺した。だがもちろん家族だし、一緒に暮らしているのだから、何度かお姉ちゃんの下着を見てしまったことはある。その時は何も思わなかったし、後ろめたさを感じることもなかった。だけど今は…。

 僕は、困惑していた。混乱していた、と言ってもいいだろう。どうしてお姉ちゃんがこんな夜中に自分のパンツを洗っているのだろう、と。

 明日穿く下着がもう無いのだろうか。服や靴下を脱ぎっぱなしにする僕とは違い、お姉ちゃんは脱いだ服をきちんと洗濯に出している。ママは毎日洗濯をしているし、まさかお姉ちゃんに限って下着が足りなくなるなんてことはないだろう。


 さらにお姉ちゃんは謎の行動に出た。なんと、洗った下着を嗅ぎ始めたのだ。布にそっと鼻を近づけ、確かめるみたいにクンクンと匂いを嗅いだ。そして、小さな声で「よし…!」と言った。

 そんなお姉ちゃんの不審な行動を眺めている内に、頭の中である想像が浮かんだ。それは、ついさっき観たテレビ番組から得たばかりの知識だった。

――お姉ちゃん、もしかして。
――『おもらし』しちゃったのかも…。

 画面の中の女子大生とお姉ちゃんが重なる。「性の悩み」を暴露していた彼女が、まるでお姉ちゃんであるかのように。

 その一致には無理がある。身内だから贔屓目もあるだろうが、あの女子大生よりもお姉ちゃんの方が美人だ。それに、お姉ちゃんは黒髪だ。あるいは「もんめ」の方が近いかもしれない。だけど漫画のヒロインが相手だと、さすがにお姉ちゃんといえど分が悪かった。

 それに。まさか、お姉ちゃんが『おもらし』するだなんて。真面目でしっかり者のお姉ちゃんがそんな失敗をするだなんて、とても考えられなかった。


 だったらなぜ、お姉ちゃんは下着を洗っているのだろう。洗っているということは汚れたということだ。そりゃ服や下着は着たり穿いたりすれば多少は汚れるものだ。でも、それなら洗濯に出せばいい。今の時代、洗濯機という便利な機械があるのだ。わざわざ手洗いする必要なんてない。それなのに…。

 お姉ちゃんは自分で自分のパンツを洗っている。それはつまり、そのまま洗濯機に入れられない理由があるのだ。たとえば下着がいつも以上に汚れてしまった、とか。あるいは『おもらし』をしてしまった、など。

 そんなはずがないことは分かっている。だけど、全ての証拠がお姉ちゃんの犯罪を裏付けているみたいだった。イケないと分かっていても脳は勝手に想像してしまう。お姉ちゃんが『おもらし』する姿を…。

 スカートの内側から『おしっこ』が溢れ出し、足元の地面に『水溜まり』を作る。まるで漫画の一コマのようなワンシーン。


 いや違う。それは「もんめ」だ。またしても「もんめ」とお姉ちゃんの姿が被る。脳裏に焼き付いたそのシーンに、空想上のお姉ちゃんが上書きされる。それはとても素敵な想像だった。だけど今は、そんな妄想に浸っている場合ではなかった。

 ふと、僕は我に返る。改めて、自分の置かれている現在の状況を整理する。ずっとこうしているわけにはいかない。お姉ちゃんはパンツを洗い終えたらしい。もうすぐ洗面所の電気を消して、僕の方へと向かってくる。その前に部屋に戻らなければ…。

 だが僕の心配をよそにお姉ちゃんはその場を動かなかった。僕に見られているとも知らずに自分の下着を広げて、それをまじまじと観察していた。再び鼻を近づけて、クンクンと嗅いだ。何度も何度も、洗い立てのパンツの匂いを確かめていた。

 早く逃げなければ、と思いながらも僕もその場から動けなかった。僕はいつまでもお姉ちゃんの秘密を覗き続けていた。

 何度目かにお姉ちゃんが下着から顔を離したとき、僕は急に呪縛から解放された。そして、自分の今取るべき行動を思い出した。名残惜しさを抱きつつも、僕は廊下(トンネル)を引き返すことにした。

 来たとき以上に音を立てないように注意して、すぐ後ろにお姉ちゃんが迫ってきているような気配を感じながらも、なんとか自分の部屋に無事帰還することができた。


 真っ暗な部屋にまだ視界が慣れていなくて、洗面所の明かりが眼球に残っていた。それと共に網膜に焼きついた光景を思い出す。

――あれは、何だったんだろう…?

 もしかすると、夢だったんじゃないかと思う。僕はいつの間にか寝落ちしていて、束の間に見た夢だったのではないかと。だが夢にしてはあまりに記憶は鮮明だった。

 廊下を歩く足音が聞こえた。お姉ちゃん、だ。お姉ちゃんが下着の観察を終えて、自分の部屋に帰っていく足音だ。それは僕がさっき見た光景が決して夢ではないと、紛れもない現実だと報せてくれているみたいだった。

 家族は全員、寝静まっていると思っているのだろう。お姉ちゃんはなるべく足音を立てないように気をつけながらも、完全にその音を消し去ろうとまではしていない。まさか洗面所での姿を弟の僕に見られていたなんて、夢にも思っていないのだろう。やがて、お姉ちゃんがドアを閉める音が聞こえた。


 その夜、僕は上手く寝付けなかった。僕の鼓動は早いままだった。目を閉じると、あの光景が浮かんできた。それと共に「見てもいない」情景も現れてきた。

――『おもらし』するお姉ちゃん。

 考えちゃいけない、想像しちゃいけないのだと分かっていても。それは次々と違うシチュエーションで何度も繰り返された。僕はアソコに血液が集まるのを感じた。

――お姉ちゃんはもう寝たのかな…?

 こんなにも僕を眠れなくしておきながら、自分はぐっすり眠っているのだろうか。僕はこっそりとドアを開けて、真っ暗な廊下のその先を見た。お姉ちゃんの部屋にはまだ明かりがついていた。


――続く――

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おかず味噌 2020/04/12 01:49

ちょっとイケないこと… 第八話「漫画と番組」

(第七話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/228667


 早めにお風呂に入って、歯磨きをして、部屋に戻る。いつもならお風呂も歯磨きもママに言われてから嫌々するのだけれど、今日は違う。言われる前に自分からした。別に、褒めてもらおうとか思ってるわけじゃない。だけど…。

「純君、ちゃんと宿題は済ませたの?」

 自分の部屋に戻ろうとしたとき、ママにそう訊かれる。

「これからする~!」

 振り返りもせずに僕は答える。やれやれ、親というのは子供に向かって何か一つは小言を言わないと気が済まないものらしい。

「ちゃんと寝る前にするのよ!」

 お皿を洗いながら言うママに対して。

「わかってる!」

 僕は少し不機嫌になりながら返したのだった。


――ふぅ~。

 部屋のドアを閉めて、一息つく。もちろんすぐに宿題に取り掛かるわけでもなく、ベッドに横になる。

――さて、これからどうしよう。

 何気なく本棚を見る。そこには、僕がこれまで集めた漫画がたくさん並べてある。

 僕一人が買ったものだけじゃない。中にはお姉ちゃんが買ってくれたものもある。「猫夜叉」なんかはほとんどがそうだ。だけどお姉ちゃんはそれを僕の部屋の本棚に置いていて、自分が読みたいとき(ほとんどないけど…)はわざわざ借りに来る。

 もし逆の立場だったら、絶対に嫌だと思う。自分のものは手元に置いておきたい。独占したいわけじゃないけれど、何となくそんな感じだ。でも、お姉ちゃんは…。

「純君の部屋に置いてていいよ。そしたら、いつでも読めるでしょ?」

 自分のお金で買ったものなのに。お姉ちゃんは優しい。いや、それが大人の余裕というヤツなのだろうか?


 そもそも、僕とお姉ちゃんとでは財力が全然違う。中学生の僕が一月2000円のお小遣いなのに対して、大学生のお姉ちゃんはアルバイトをしている。アルバイトというのが一体どれくらいのお金を稼げるものなのかは知らないけれど、僕のお小遣いよりも圧倒的に多いことは間違いないだろう。だからこそお金持ちのお姉ちゃんは、漫画をたくさん買うだけの余裕がある。ただそれだけのことなのかもしれない。

 そういえば、お姉ちゃんはバイト代を何に使っているのだろう。女子大生だから、服やお化粧品に使っているのだろうか。だけどそこは真面目なお姉ちゃんのことだ。ちゃんと貯金しているのかもしれない。

 思えば、お姉ちゃんの部屋に入ったことは一度もない。僕が小さい頃はよく一緒に遊んでくれていたけれど、僕が中学校に上がると同時に受験生になったお姉ちゃんはあまり遊んでくれなくなった。僕だってお姉ちゃんが忙しいことは分かっていたし、勉強の邪魔をしちゃ悪いとも思っていた。

 それでも。三か月に一回出る「ドラゴン・ピース」の続きをお姉ちゃんは楽しみにしているらしくて、新刊が発売されるたびに僕の部屋に借りにくる。(お姉ちゃんはなぜか発売日を知っていて、僕が買ってから一週間以内に絶対借りにくる)

 僕としては正直「ドラゴン・ピース」は展開もマンネリ化していて、あまり面白くなくなってきたから買わなくてもいいんだけど、お姉ちゃんが楽しみにしているから買っているというのもあった。

――次の発売日はいつだろう?

 前の巻が出たのは確か二か月くらい前だったから、たぶんもうすぐのはずだ。僕はその時が待ち遠しくて仕方なかった。続きが気になるからじゃない。新刊が出れば、お姉ちゃんはきっとまた…。


 本棚から「ドラゴン・ピース」の今のところ一番新しい巻を取る。発売日に備えて復習しておくのも悪くないと思った。

――そうだ!主人公の「ライス」が絶体絶命のピンチというところで終わったんだ。

 この後の展開が気になる。だけど、これまでダテに漫画を読んできたわけじゃない僕には分かる。きっと仲間が助けに来るんだろう、と。

「ドラゴン・ピース」を本棚に戻して、代わりに「猫夜叉」の第一巻を取る。それを読むのは久しぶりな気がした。パラパラとページを捲って内容を思い出すと同時に、僕は別のことを考えていた。

――これを買ったときは、まだお姉ちゃんと…。

 よく一緒に本屋に漫画を買いに行っていた。当時小学生だった僕は、何をするにもどこに行くにもお姉ちゃんと一緒で。その中でも特に本屋に行くのが大好きだった。

 店に入るなり漫画コーナーに走っていく僕を、お姉ちゃんは「走ると危ないよ」と言いながらも優しく見守ってくれた。本屋には数えきれないくらいの漫画があって、そこは僕にとって宝物庫みたいな場所だった。

 僕が漫画選びに夢中になっているとお姉ちゃんはいつの間にか居なくなっていて、自分はいつも難しそうな本のコーナーにいた。お姉ちゃんは頭が良い天才なんだ、とその時は僕もなんだか誇らしくなった。

 そして。僕が「これにする!」と指さした漫画を、お姉ちゃんは自分のお小遣いで買ってくれた。お姉ちゃんは僕の選んだ漫画がたとえ一巻じゃなくても、続きからであっても、何も言わずに買ってくれた。(一巻から買わないという小学生の考えは、今の僕には理解できない)

 でも僕が「猫夜叉」を選んだとき。初めてお姉ちゃんは「え~、別のにしなよ」と言ってきた。僕にはどうしてお姉ちゃんがそんなことを言うのかが分からなかった。そして「ダメ」と遠回しに言われるほど余計に欲しくなった。「これがいいの!」と僕が駄目押しすると、お姉ちゃんは渋々その漫画を買ってくれた。


 家に帰ってから読んでいる内に、どうしてお姉ちゃんがそんなことを言ったのかが何となく理解できた。「猫夜叉」はもちろん健全な少年漫画なのだけれど、その中に一部「えっち」な場面があったのだ。

 それは。ヒロインの「もんめ」が見知らぬ土地でトイレに行けず、挙句の果てに『おもらし』をしてしまうというシーンだった。

(注:パロディの元となった作品に、もちろんそんなシーンはありません。)

 それまでに僕が読んでいた「ゴロゴロコミック」でも、「ウンチ」がギャグとして登場することはあった。だけど「猫夜叉」の中のそれは、そうしたギャグなんかとは少し違うものだった。

「もんめ」は内股になって、お腹を押さえて『おしっこ』を我慢していた。その姿は小学生の僕にとって、とても「えっち」なものに思えた。やがて彼女のスカートから液体が溢れ出す。僕はムズムズとした変な感じがした。なんだかちょっと悪いことをしているような、イケないことをしているみたいな、不思議な気持ちだった。

 だから僕はなるべくそのシーンを見ないように、数コマ分だけを飛ばして読んだ。それでもその場面はまるで現実のように、僕の目にはっきりと刻みつけられた。僕は自分が「ヘンタイ」になってしまったんじゃないかと思った。女子の『おもらし』に興奮するだなんて、異常なことに違いなかった。


 僕が「ヘンタイ」になってしまったと知れば、お姉ちゃんはきっと悲しむだろう。だからこそ、僕はそれを「面白いから読んでみて!」とお姉ちゃんにも薦めてみた。

 そうすることで、僕がその漫画の「えっち」な部分に気づいてないというように。純粋に漫画として楽しんでいるというように。僕が自分の買った(買ってもらった)漫画をお姉ちゃんに貸したのは、それが初めてのことだった。

「猫夜叉」を読んだお姉ちゃんは、どうやらその漫画にハマったらしかった。確かに例のシーンを抜きにしても、「猫夜叉」はめちゃくちゃ面白い漫画だった。

 そしてある日、お姉ちゃんは「猫夜叉」の二巻を自分で買ってきた。お姉ちゃんが自分の意思で漫画を買ってきたのは、おそらくそれが初めてのことだった。それから三巻四巻と、お姉ちゃんは事あるごとに次の巻を買ってきてくれた。

 僕たちはその漫画の続きを楽しみにし、二人でその展開にハラハラドキドキした。だけど僕は純粋に「猫夜叉」を楽しむ反面で、密かにある期待をしてしまっていた。もう一度「もんめ」が『おもらし』をしてくれないかな、という微かな願望だった。(だが結局、最終話まで読み終えてもそんな場面が登場することは二度となかった)


 僕は「猫夜叉」の第一巻を読み続けていた。その結果、どうしたってそのページに行き着いてしまう。「もんめ」が『おもらし』をするシーンだ。最初に彼女が尿意を感じ始めてから、それが徐々に深刻なものとなり、ついに決壊を迎えてしまう。

 何度も読み返し、すっかり目と脳に焼き付いた数ページ。僕はそれを再び繰り返す。記憶の中でいつの間にか省略されていた、数コマをなぞる。展開が分かっていても、分かっているからこそ、やっぱり僕はゾクゾクした。そして中学生になった僕には、そのゾクゾクの正体が何なのか分かっていた。

 イケないことだと分かっていながらも、僕は下半身に手を伸ばす。ズボンの上からそこに触れる。僕のアソコは膨らみ始めていた。軽く触っただけで、ビリビリとした電流のような衝撃が走った。とても気持ちが良かった。

 片手で漫画を持ちつつ、片手でおちんちんを握る。硬くなったことで大きくなり、「ビンカン」になったアソコを擦るように上下に動かす。誰に習ったわけでもない。そうすればもっと気持ちよくなれると経験から知っていた。

 いよいよ、そのシーンが迫ってくる。僕の手はさらに激しい動きになる。そして、ついに…。


「純君~!」

 廊下からママの声が聞こえた。僕は慌ててアソコから手を離し、同時に勢い余って漫画を放り投げてしまう。

「…何~?」

 僕はなるべく普通の声で返事をした。ママの足音が近づいてくる。ママはそのまま僕の部屋のドアを開けた。

「りんご切ったんだけど、食べ――」

 そこでママは、僕がベッドに寝転んでいるのを見た。

「宿題は?」

 怒り気味に言うママ。「もう終わった!」と嘘をつくのはさすがに無理があった。

「今から、やるよ…」

 僕もちょっと不機嫌になりながらそう答えた。

「また漫画読んでたんでしょ?」

 床の上に放り出された漫画を見つけて、ママはさらに怒りっぽく言った。

「ちょっと休んでただけだよ…」

 僕は言い訳をする。だけど、それがママに通じないことは分かっている。

「もう中学生でしょ?ちゃんと勉強しないと、授業についていけなくなるわよ?」

 ママのお説教が始められる。こうなると長い。言い返すと余計に長くなる。だからいつもは素直に聞いておくに限るのだけど、なぜか今日はそんな気になれなかった。あと少しのところで邪魔をされたから、というのもある。


「てか部屋に入る時はちゃんとノックしてって、いつも言ってるじゃん!」

 僕は口答えをする。宿題をやってないことについては何も言い返せないからこそ、別の所から反撃をする。(お姉ちゃんはいつも、ちゃんとノックをしてくれる)

「良いじゃない。別に見られて困るものもないんだし」

 ママは言う。見られて困るものという言葉に僕は一瞬たじろぐ。確かに、床の上の漫画は見られて困るものじゃない。それは健全な少年漫画だ。たとえ中身を見られたとしても問題はない。問題は僕がその中のどの部分を熱心に読んでいたか、だ。

 そして、僕がさっきまでしていたこと。それは完全に見られて困ることだった。

「じゃあ、りんご食べてからちゃんとするよ」

 僕は言った。別に今りんごを食べたい気分ではなかったけれど、そう言ったほうが丸く収まる気がした。

「食べたら、ちゃんと歯磨きするのよ!」

 ママの怒りも、とりあえずは収まったみたいだった。僕としては余計な仕事が一つ増えてしまったけれど、それは仕方がない。

 リビングに行ってりんごを食べた。そこにパパもいた。お姉ちゃんはいなかった。今日もバイトなんだろうか?それにしても最近、帰りが遅い気がした。僕は少しだけ心配になった。お姉ちゃんが僕の知らない別の誰かになってしまうような気がして、ちょっぴり怖かった。

 りんごを齧りつつ僕はパンツの中に気持ち悪さを感じていた。濡れたような感覚。汗のせいでもなければ「もんめ」のように『おもらし』してしまったわけでもない。ヌルヌルとした変な感触。それは紛れもなく、おちんちんから出てきたものだった。


 もう一度歯を磨いて部屋に戻る。今度こそ宿題をやろうと机に座る。今日の宿題は数学ワークの17~18ページの問題を解くことだった。数学は僕の得意な科目だった。だけど、あまり集中できなかった。僕は時計を見た。

――9時37分。

 まだ、あと三時間くらいある。何がといえば、それは僕の観たい深夜番組が始まるまでの時間だった。

 一ヵ月前のことだった。僕は0時過ぎまで起きていた。それ自体は少しも珍しいことじゃない。僕はもう中学生なのだ。小学生みたいに、10時に眠くなったりはしない。そりゃ夜更かしだってする。

 中学に上がったのとほぼ同時に、部屋にテレビがきた。お姉ちゃんのお下がりだ。

「私はもう使わないから、純君にあげるよ」

 お姉ちゃんは言ってくれた。僕が「テレビが欲しい!」とママにねだっているのを知っていたらしい。やっぱりお姉ちゃんは優しい。お姉ちゃんにだって観たい番組があるはずなのに。(それとも大人なお姉ちゃんはもうテレビを観ないのだろうか?)

 そして、僕の部屋に念願のテレビが置かれた。


 最初の頃こそ、特に観たい番組があるわけでもないのに電源をつけたりしていた。だけどいざそれが当たり前になったら、そんなに珍しいものでもなくなっていった。自分の部屋にテレビがあっても、あまり観ないものだ。欲しいものは手に入るまでが一番欲しいのだと、僕はその時学んだ。

 リビングにもテレビはある。我が家のルールで食事中はニュースと決められているけれど、それ以外の時は好きな番組を見せてくれた。だから、わざわざ自分の部屋で観る必要もなかった。それに、リビングのテレビの方がずっと大きいのだ。

 だから僕はその日も特に観たい番組があるわけでもなく、ただ寝るまでの暇潰しにチャンネルを回していただけだった。僕がその番組を見つけたのはその時だった。

 それはバラエティ番組だった。だけど深夜よりゴールデンタイムの方が知っている芸能人も多いし内容だって面白い。その番組には僕が名前だけは聞いたことのある、歌手か俳優なのかよくわからないタレントが出ていた。MCというやつだろう。そして僕のあんまり好きじゃない芸人がゲストだった。僕はチャンネルを変えようとした。だけど番組の内容を聞いて、思わずリモコンを置いた。

「女子大生が水着になったら~!!」

 MCが大袈裟にタイトルを発表すると文字が「バン!」と大きく表示され、ゲストがやっぱり大袈裟に「イェーイ!」と言って手を叩いた。僕は慌ててリモコンを取り、テレビの音量を落とした。


 その番組の内容はこうだ。

 MCとゲストが二人一組になり、まずはそれぞれ女性用の水着を選ぶ。そして今度は街に出て、女子大生に声を掛けてパーティーに来てくれるよう誘う。最終的に渡した水着を着てくれた女子の人数が多いほうが勝ちとなる。

 企画としてはどこか面白いのか分からなかった。とてもゴールデン向きじゃない。だけど面白さとは別の理由で、僕はその番組に釘付けになった。

 街を歩く女子たちを、MCとゲストは色んな手段を使って誘っていく。全然似てないものまねを披露したりギャグをやったりして、女子を笑わせて水着を渡す。これが「ナンパ」というやつなんだろうか。(水着を渡すのはもちろん違うだろうけど…)

 いよいよ番組の後半。MCとゲストは会場で祈りつつ、女子が来てくれるのを待つ。いつの間にか僕も四人と同じ気持ちになっていた。

 そして、ついに一人目が会場に現れる。それはナンパの時は絶対来てくれなさそうだと思っていた女子だった。僕は少し意外だった。

 女子大生が登場してくるステージにはカーテンがあり、その向こうに姿が現れる。カーテン越しのシルエットで芸能人たちはどちらの水着が選ばれたのかを予想する。僕は瞬きをするのさえ忘れていた。そして…。


 カーテンが引かれて、そこから登場した女子は黒い水着を着ていた。それと同時にゲストの前に目隠しの壁が出現する。だけど僕には関係なかった。

 水着姿の女子大生はモデルみたいにランウェイを歩いてくる。それは水着なのに、まるで下着のように。男子が決して見てはいけない、お尻やおっぱいが強調されて、とても「えっち」だった。僕は無意識に自分の股間を弄っていた。

 次々と女子大生が登場しては水着になっていく。中には「こんな水着あるの?」と思うくらいに肌を盛大に露出し、お尻をほとんど丸出しにしているものもあった。

 顔だけを画面に向けてベッドにうつ伏せになる。おちんちんを手で触る代わりに、パジャマ越しに布団に擦り付ける。自分で触るよりも気持ち良かった。

 そうして。僕はすっかりその深夜番組の視聴者になった。曜日と時間帯を覚えて、新聞を読むふりをしては番組欄を確認するようになった。だけど…。

 これまで四回、番組欄を見てみたものの。そこには「女子大生」とも「水着」とも書かれてなかった。「番組名を間違えたのかな?」と実際に番組を観てみても。MCは変わらずあの二人だったけれど、内容は「ご飯を食べたり」「罰ゲームをかけて勝負したり」というような、ゴールデンタイムの番組とあまり変わらないものだった。

 僕はがっかりした。そして大した期待もせずに番組欄を眺めていた今日。ついに、そこに興味のそそる文字を見つけた。


――女子大生の「性の悩み」相談会!!

 僕は股間がピクリと反応するのを感じた。だがそれを面に出すわけにはいかない。「落ち着け」と自分に言い聞かせて、咳払いをしたりしてみた。それから番組欄以外ほとんど読んだことのない新聞をめくった。様々な事故や事件の記事が載っている。その中で僕が興味あるのはせいぜい四コマ漫画くらいだった。だけど今はそれさえも頭に入ってこない。

 僕の脳内には、デカデカとした文字で番組のタイトルが浮かんでいた。

 果たして、女子大生の「性の悩み」とはなんだろう。僕は想像を膨らませてみた。だけど例は一つも出てこなかった。中学生男子の悩みというなら僕にだってわかる。「好きな子とうまく話せない」とか、「アソコに毛が生え始めて恥ずかしい」とか。それから…。

「女子の『おもらし』に興奮する自分は変態なのか?」

 最後の悩みは僕だけのものかもしれない。あるいはそう思い込むことこそが悩みをより深刻にし、人に話せない秘密にしていく。だけど僕の悩みについては、ひとまず置いておこう。問題は女子大生の持つ「性の悩み」とは何か、だ。


 僕は一番身近な女子大生を思い浮かべてみた。それはもちろんお姉ちゃんだった。お姉ちゃんも「性の悩み」を抱えているのだろうか。とてもそんな風に見えないし、僕は一度たりともお姉ちゃんからそんな話を聞いたことはない。それもそのはずで、そういう悩みを誰よりも知られたくない相手は家族なのだ。僕だってお姉ちゃんに、そんな相談はできない。軽蔑されるかもしれないし、お姉ちゃんに「ヘンタイ」だと思われたくなかった。

 番組の内容には見当もつかなかったけれど、それでも僕のアソコが反応したことは事実だった。そこには僕の勝手な想像があった。

――女子大生が出るということは、また水着になってくれるかもしれない…。

 僕の期待は高まった。それから夜までとても長かった。

 僕は、ハッと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。現在の状況を思い出す。そういえば、宿題をしている途中だった。慌てて時計を見る。時刻は0時過ぎだった。危ないところだったと思うと同時に、僕のワクワクはいよいよ最大限に高められる。あと数分で番組が始まる。

 それを知ると、もはや宿題なんて手につかなかった。「一日くらい、いいさ!」と僕の中の悪魔がそう言った。これまで宿題をやらなかったことなんてないけれど、「今日だけなら…」と僕の中の天使も許してくれた。

 ワークを閉じて、イスから立ち上がる。電気を消して、代わりにテレビをつける。ベッドに潜り込んでリモコンをスタンバイして、準備完了だ。

 そして、いよいよ番組が始まる――。


 結果から言うと期待外れだった。今回もその番組に「えっち」な部分はなかった。

 水着になることはもちろんなく、悩み相談も彼氏のことについてなど、僕にはよく分からないものばかりだった。途中「Tバックを履いていて、汚れるのに困っている」という相談には少しだけ興奮したけれど、それだけだった。

 だけど、ある一人の女子大生の「性の悩み」は僕の興味をくすぐるものだった。

「エッチの時に『おもらし』してしまった。彼氏に引かれていないか心配…」

 そんな内容だった。僕は意味が分からなかった。「エッチ」という言葉の意味が、じゃない。(それくらい僕にだってわかる。近頃の中学生をナメないでもらいたい)そうじゃなくて、「なぜ『おもらし』をしてしまったのか?」ということだ。

「もんめ」のように敵に囲まれたわけじゃない。近くにトイレだってあっただろう。

 それなら普通にトイレに行けば済む話だ。恥ずかしくて言えなかったのだろうか。その気持ちは少しだけわかる。たとえば授業中。僕も何度か「トイレに行きたい」と言い出せなくて我慢したことがある。(もちろん『おもらし』なんてしてないけど)そういうことなんだろうか?


「彼に触られてたら、段々したくなってきちゃって…」

 女子大生の言葉に顔が火照るのを感じた。「触られて」というのはどこをだろう。何となくの辺りはわかる。だけど女子のそこが、僕のアソコとどう違っているのかはよく分からなかった。「おちんちん」が無いことは知っている。女子はその代わりに「穴がある」らしい。

――女子もそこを触られたら、気持ちいいのかな…?

 僕は想像する。だけど、男子の僕にはやっぱり分からなかった。

――女子はそこを触られたら『おしっこ』したくなるの…?

 それも僕には「初耳学」だった。もしそうなのだとしたら、女子というのはとても不便な生き物だ。アソコを弄るたびにトイレに行きたくなっていたら、大変だ。

「それで、イクのと同時に出ちゃって…」

 女子大生は告白する。カメラの前で、自分の失敗談を暴露する。

 テレビでそんなこと言ってしまっていいのだろうか。大勢の人が観るというのに。周りに知られて恥ずかしくないのだろうか。今さらになって、僕は女子大生のことが心配になる。

 中学生にとって『おもらし』をしたなんて秘密がクラスメイトや友達にバレたら、もう生きてはいけない。いじめられるかもしれない。


「どれくらい出ちゃったの?」

 MCが質問する。それは僕も気になるところだった。「ナイス!」と思う。

「めっちゃ出ちゃって…。普通に一回分くらい。『じょろ~』って…」

 恥ずかしそうにしつつも笑いながら答える彼女。僕は想像する。想像してしまう。女子の『おもらし』を…。

「ベッドが水浸しになっちゃいました!彼の家だったのに…」

 ベッドの上に広がる『おしっこ』。まるで『おねしょ』みたいだ。

 ふと、僕の頭の中で女子大生と「もんめ」が重なる。全く似ていない。女子大生は茶髪だし「もんめ」は黒髪だ。それに「もんめ」の方がずっと可愛い。さらにいえば「もんめ」は女子高生だ。空想と現実は違う、というのも分かっている。

 それでも。いつの間にか僕の想像は「ベッドの上でおもらしをする『もんめ』」に塗り替えられていた。「もんめ」が裸になりエッチをする。その相手は、僕だった。

 僕は興奮していた。固くなったアソコをベッドにこすりつける。僕は目を閉じて、自分の想像をオカズにした。だけど、それだけだった。

 そうしている内に女子大生の番は終わり、次の人の番になった。僕はモヤモヤしたなんとも言えない気持ちのまま、お預けを喰らうことになった。その時だった。


 ふいに玄関の方から物音が聞こえた。僕は布団に潜り込み、息を潜める。

――こんな時間に、誰…?

 僕は一瞬、泥棒が家に入ってきたのかと思った。だけどすぐ冷静になって考える。

――お姉ちゃん、だ…!!

 お姉ちゃんがバイトから帰ってきたのだ。泥棒じゃないことに、僕は一安心した。それにしても遅い帰宅だ。僕は時計を見た。もう1時前だった。

――どうせ、友達と遊んでいたんだろう。

 僕はちょっとだけ腹立たしい気持ちになる。ムカついた、と言ったほうがいいかもしれない。自分がなんでそんな気持ちになるのか分からなかった。

 中学生の僕には、門限が決められているのに?いや違う、そうじゃない。真面目なお姉ちゃんが不良になってしまったみたいな、お姉ちゃんをそんな風にしてしまったバイトが憎らしかった。


 お姉ちゃん(多分)が廊下を歩く音が聞こえた。少しずつ僕の部屋に近づいてくる。安心している場合でもムカついている場合でもなかった。僕は慌ててテレビを消して寝たふりをする。お姉ちゃんが勝手に僕の部屋に(しかもこんな時間に)入ってくるとは思わなかったけれど、それでも僕がまだ起きていると知られたら何かと面倒だ。僕は目を閉じて、お姉ちゃんが行き過ぎるのを待った。

 ゆっくりとお姉ちゃんの足音が廊下を通り過ぎ、遠ざかっていく――はずだった。だけどそれは僕の部屋のずっと前で止まった。

 僕は不思議に思った。幽霊だったのかも、とまた少しだけ不安になる。

 カチッという音が聞こえた。電気をつける音だった。僕はドアの下の隙間を見た。だけど廊下から明かりは漏れていなかった。

 ジャーという音が聞こえた。水の流れる音だ。洗面所の方からだった。

 お姉ちゃんが手を洗っているのだと思った。さすがはお姉ちゃん。帰ってきたら、ちゃんと手洗いうがいをしているのだ。(僕は言われない限りしない)

 それでも、やっぱり不思議なことがあった。


――いつまで、手を洗ってるんだろう…?

 水の音はしばらく聞こえた。石鹸で洗うにしても長すぎる。

 ようやく音が止んだ。だがまたすぐに水を出す音が聞こえ、何回か繰り返された。僕は意味が分からなかった。

――お姉ちゃん、何やってるんだろう…?

 僕の疑問は不審へと変わる。僕は気持ち悪さを感じた。同時に腹立たしさも。

――お姉ちゃんが、また僕に何かを秘密にしている…。

 そうやって、お姉ちゃんが僕の知らない他人になっていくことが腹立たしくもあり怖くもあった。

 目を開けて、ベッドから起き上がる。足音を立てないようにゆっくりと部屋の中を移動し、音がしないようにドアをそっと開けた。

 真っ暗な廊下。洗面所に明かりがついている。外灯に引き寄せられる虫みたいに、僕はその場所へと慎重に近づいていった。


――続く――

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おかず味噌 2020/03/29 01:34

ちょっとイケないこと… 第七話「姉弟と秘密」

(第六話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/223259


 行為の後、彼の家でシャワーを借りて、私は深夜に帰宅した。

「泊まっちゃえば?」

 彼はそう言ってくれたものの。外泊の準備はしていなかったし、朝帰りともなればさすがに親も心配するだろうから、遠慮させてもらうことにした。それに…。

 あれだけの醜態を晒しておきながら、平然と彼の隣で眠れるほど、私のメンタルは強靭ではなかった。

 体だけはキレイにしたものの、ベッドの上は『おしっこ』で大惨事となっていた。立派な世界地図が描かれ、私の『尿』はマットレスを浸食し、床にも零れていた。

 私がシャワーを浴びている間に彼が後始末をしてくれたみたいだが、もはや今宵の彼の寝床は完全に失われていた。それをそのままにして帰るのは気が引けたけれど、彼は大丈夫だと言ってくれたし、やはり元はと言えば彼のせいでもあるのだ。

 犯した過ちの責任を彼に押し付けるが如く、私は逃げるように彼の家を後にした。彼は玄関まで私を見送りつつ、ドアが開く直前、私の腕を掴んで強引にキスをした。それが何度目のキスであるのか、私はもうカウントしていなかった。


 濡れたショーツは帰りの道中でコンビニのごみ箱に捨てた。袋の口を固く縛って、罪の物的証拠を隠滅した。「家庭ごみ持ち込み禁止」と注意書きが貼られていたが、今回だけは不可抗力ということで許してもらいたい。

 深夜にそれを洗う情けなさに比べれば、ブラとのセットが一つ失われることくらい惜しくはない。思えば彼の家から帰るとき、私はいつも「ノーパン」なのだった。

 ショーパンは一度洗ってドライヤーで急速乾燥させたが、やっぱり生乾きだった。夜道だったから良かったものの、昼間ならば通行人に気付かれていたことだろう。

「見て!あのお姉ちゃん、濡れたおズボン履いてるよ!」
「コラ!見ちゃいけません…!!」

 そんな風に、子供に指をさされて笑われたかもしれない。

――そうよ。お姉ちゃんは、大学生にもなって『おもらし』しちゃったの。
――僕だって、もうしないよね?そんな恥ずかしいこと。
――でも、やっちゃったの。案外気持ちいいもんだよ『おもらし』って…。

 自宅に辿り着き、静寂に満たされた廊下を歩きながら、私は色んなことを考えた。だがある地点に差し掛かったところで、ふいに私の思考を乱す雑音が聞こえてきた。


 それは、弟の部屋からだった。ドアの隙間から微かに明かりが漏れている。

――まだ、起きてたんだ…。

 私はカバンからスマホを取り出して時刻を確認した。午前零時過ぎ。中学生ならば夜更かしをしていたとしても不思議ではない。

 私と弟は歳が離れていた。別に、実は血が繋がってないとかではない。ただ単純に同じ両親から生まれたものの、インターバルが比較的長かったというだけのことだ。

 なぜ両親がそのタイミングで子作りをしたのかについてはあまり考えたくない。(両親のそういった行為について、誰だって想像したくはないだろう)

 とにかく。歳の離れた弟は私にとって可愛いものであり、庇護の対象なのだった。

 私は今無性に彼と話がしたかった。だけど、もうこんな時間だし。そうでなくとも私が遅くなった理由を鑑みるに、そのまま廊下を素通りするべきだった。

 それでも。何を思ったか、私は無意識的にも反射的に弟の部屋をノックしていた。自分が今現在「ノーパン」であることも忘れて…。


 弟の「ビクッ!」とした息遣いがドア越しに伝わってくる。まさかこんな時間に、訪問者が現れるとは思っていなかったのだろう。私が帰ってないことは知りつつも、不良の姉ならば朝帰りでもするだろうと半ば呆れられていたのかもしれない。

「入っていい?」

 私は訊く。その問い掛けと同時に、すでにドアノブに手を掛けていた。

「うわっ!!急に、開けないでよ!」

 愛しい弟は、ひどく狼狽した様子で私を迎え入れる。歓迎はされていないらしい。彼の動揺の原因を探るように室内を見回す。枕の下に不自然な「膨らみ」があった。だけど、私はそれをあえて指摘しなかった。

「ごめんね。お姉ちゃん、今帰ってきたの」

 私は笑顔で言う。もちろん、どこから帰ってきたのかは言わない。

「へぇ~、おかえり…」

 弟は言う。「だから何だよ!」なんて言わない。礼儀正しく真面目な子なのだ。

「何やってたの?」

 確信犯的に私は訊く。核心を突く問い。意地悪な質問だったかもしれない。

「別に…。ただぼうっとしていただけ!」

 案の定、彼は曖昧な返答をする。いくらでもツッコまれそうな弱味を晒して…。


――じゃあ、何で電気を点けてたの?その枕の下のモノは何?

 なんて無粋な邪推はしない。彼もまた一歩、大人への階段を踏み出しているのだ。

 つい最近まで「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」と私の後ろを付いて回っていたのに。私は弟の成長が嬉しいような、少し淋しいような複雑な気持ちだった。

――邪魔しちゃいけない。

 弟の知的好奇心を育むため、私にできることはこの場を立ち去ることだけだった。いつもは来室を割と歓迎してくれる彼も。今ばかりはベッドの上から動こうとせず、睨むような顔で私を見ている。

 今まさに。彼の興味は目の前の姉ではなく、枕の下の「恋人」にあるのだった。

――どんな子がタイプなの?お姉ちゃんに見せてごらん。

 デリカシーもなく、そんな風に訊いてみたかった。弟は「えっ?何のこと…?」と惚けるに決まっている。だけど、お姉ちゃんには全てお見通しなのだ。

――どんなプレイに興奮するの?

 まだ中学生の彼に、そんな概念はないのかもしれない。女性の裸が写っていれば、それだけで満足なのだろう。

 でも、最近の中学生はませてると聞いたことがあるし。あるいはそれなりの性癖を持ち合わせているのかもしれない。彼は一体、どんな「エロ本」を読むのだろう?


――「レ○プもの」とかだったら、嫌だな…。

 もちろん、そうした嗜好の人を否定する気はない。実際にやるのは言語道断だが、創作物として楽しむのは個人の自由だ。それでも弟には女性を傷つけるような思考を持っていて欲しくなかった。あくまで私にとっては心優しく素直な子なのだ。

――もしかして、『おしっこモノ』だったりして…?

 わずかな可能性について思い浮かべる。だけどすぐに、それはないなと否定する。そもそもそんな性癖が存在すること自体、私自身ついこの前まで知らなかったのだ。生物として当たり前の『排泄行為』に対して興奮するなんて。理解し難いどころか、そうした感情が芽生えることすら考えてもみなかった。だけど…。

 あの日、彼の家で犯した失態がきっかけとなり――。

 私の中で、微かな興味と興奮が発芽した。最初はとにかく絶望でしかなかった。「過去に戻ることができたら」と、あの時ほどタイムマシンを渇望したことはない。だけど「ノーパン」で家に帰る道中、汚れたショーツを洗っている最中、幾度となく決壊の光景がフラッシュバックした。


 我慢が限界を迎える瞬間。股間が弛緩してゆく実感。ショーツの中に温感が溢れ、やがて悪寒と共に冠水したそれを他人に、あろうことか異性に視姦される高揚感。

 それは、今までの私の人生にはなかった種類の感慨だった。やや戸惑いもあった。自分が果たして、何に興奮しているのか分からなかった。『放尿』に対してなのか、あるいはそこに付随する何らかの要素に昂りを覚えているのかも不明だった。そして「二度目」の今夜、それは自明なものとなった。

 私は『おもらし』することに興奮するのだ。

『排尿行為』自体にではない。トイレでするだけでは少しも興奮したりなどしない。それは、そこが出していい場所だからだ。催した『尿意』を正しい手順で解放する。ごく当たり前の手続きであり、それ自体はあくまで日常的な行為に他ならない。

 そうじゃない、私が求めているのは非日常なのだ。イケないのに、ヤってしまう。欲望を押し留めつつも、勢いに流される。己を律し、理性で抑えていた本能の解放。それこそが私の越えられなかった壁であり、私に嵌められた枷なのかもしれない。


――そうだ、私はまだ「処女」なんだ…。

 今夜もまた、それを捨てることが叶わなかった。同年代が次々と卒業していく中、己だけが同じ場所に留まっているという劣等感。周回遅れの醜態に身を焦がしつつ、今宵も一人で就寝するのだろうか。それはとても耐え難いことのように思えた。

――こんなことなら、○○さんの家に泊まれば良かった…。

 一夜を共にしたならば、ふと彼もその気になってリベンジだってあり得ただろう。今度は後ろではなく前で。非正規の穴ではなく性器で。アナルではなくヴァギナで。女性としての正しい喜びを知る機会に巡り合えたかもしれない。

 だが、私は一時の感情により情事を遠ざけてしまった。そんな自分のマトモさが、不真面目になりきれない真面目さが疎ましかった。


「なんか用…?」

 弟の声でふと我に返る。私はいつの間にか内界の深海へと沈みこんでいたらしい。彼が怪訝そうな表情で、というより「早く出て行け」という顔でこちらを見ている。そうだ、ここは弟の部屋だった。自戒し、後悔に溺れるのなら己の領海ですべきだ。

 でも私は今一人になりたくなかった。それが弟だろうと誰かと一緒に居たかった。

「ちょっといいかな?」

 私は訊ねる。肉親である彼に向かって、他人に接するように遠慮がちに言う。

「えっ…?どうしたの?お姉ちゃん」

 私の改まった問い掛けに対し、彼はやや戸惑いながらも優しく訊き返してくれる。「お姉ちゃん」と、こんな私をそう呼んでくれる。それだけで私は泣きそうになる。自分を手放しに受け入れてくれる存在。それが家族であり姉弟という関係性なのだ。

「大丈夫だよ。ちょっと話さない?」

 何が大丈夫なのかは解らない。事情を抱えた心情や内情に渦巻く感情について彼に打ち明けることはできないし、そんなことを弟相手に語るつもりもなかった。ただ、どんなことでもいいから話したかった。普段のように他愛のない会話がしたかった。


 弟の名前は「純一」という。純粋な彼にふさわしい名だ。私や両親は、彼のことを「純君」と呼んでいる。

 純君はベッドから起き上がり、招かれざる客である私を室内に招き入れてくれる。「どうぞ」と言ってくれたわけでも、自ら率先して私を誘ってくれたわけでもない。私が勝手に了承を感じ取り、あるいはそう思い込んだだけなのかもしれない。

 部屋に入って、ドアを閉める。何気ないその仕草に少しだけ心がざわついたのは、デジャヴを感じたからだ。だがそれは錯覚でも何でもなく、私が数時間前に彼の家で同じ動作をしたからだった。

――男性の部屋で二人きり。

 そんな状況説明が脳内でナレーションされる。だけど男性の部屋といってもここは弟の部屋であり、私の実家の一部に過ぎない。普段なら特段に意識することもない。彼が中学に上がってからは無断で立ち入らないようにしているものの。小学生の頃は漫画の貸し借りや、ちょっとした用事を頼むためなんかで頻繁に訪れていた場所だ。そこに感傷の余地などあるはずもない。だけど…。

 純君の部屋は、かつての印象とは少し違っていた。父親の仕事関係の知り合いから貰った小型テレビが置いてあり、本棚には少年漫画の単行本がずらりと並んでいる。その他には彼が今座っているベッドと、ほとんど物置状態の学習机。私のお下がりの白いテーブルには食べ掛けのお菓子の残骸が散らかされていて、いつもの私ならば「片づけなさい!」と注意していたところだろう。


 見慣れたはずの弟の部屋。見知った景色が、何だか少しばかり違って感じられる。その理由が分からぬまま、胸騒ぎにも似た胸の高鳴りを覚えつつも私はカーペットに腰を下ろした。

「あんまり、じろじろ見ないでよ…」

 純君は照れくさそうに言う。私は無意識の内に、弟の部屋を観察していたらしい。彼が嫌がるのも無理はない。私だって、家族であろうと自分のプライベートな空間をまじまじと検分されたくはない。

「ごめんね。なんか純君の部屋変わった?」

 私は訊ねてみた。己の抱いている違和感の正体を、彼に求めるように。

「別に?何も変わってないと思うけど…」

 純君は不思議そうに答える。実際に変わっていないのだから当然だろう。あくまでそう感じる原因は私の内側にあって、外側にその理由を求めるのは間違っている。

「そっか」

 そっけなく答えつつも、私はまだ弟の部屋を眺めていた。


「話って何?」

 純君がそう訊いてくる。「話がある」などと言ったつもりは特にないのだけれど。「ちょっと話さない?」なんて姉の私に改まって言われれば、何か重要な話があると思われても仕方ないだろう。

「別に。たまには、ゆっくり純君と話したいなって」

 つい、彼の口癖がうつってしまう。だがそんなこと気にならないほど、私の口調はどこか他人のような響きを醸していた。

「あっ!『ドラゴン・ピース』新刊出たんだ!」

 何気なく本棚を見ていた私はようやく、微かな違和感の正体に思い当たる。だけどその変化がまさか、部屋全体の雰囲気に波及していたとは考えづらい。それでも私は大袈裟に発見を口に出す。あたかも意図的に話題を作るように…。

「この前、買ったばっか」

 彼はぶっきらぼうに答えつつも、その表情はなぜか得意げだった。二人が楽しみにしている漫画の続きを、自分だけが知っているという優越感らしい。

「どうして、お姉ちゃんに教えてくれなかったの!?」

 責めるような口調で私は言う。でも本当は新刊が発売されることはネットで知っていたし、コンビニのレジ前に置いてあるのを見ても「純君が買ってくれるだろう」とあえて買わずにおいたのだ。

「今度、貸してあげようと思ってたの!」

 彼は釈明する。私から視線を逸らし、気まずそうに目を伏せる。

――本当に~?自分だけ読んでネタバレしようと思ってたんじゃないの~?

 そんな風に、私が冗談半分でからかおうとしていると…。


「でもお姉ちゃん、最近帰りが遅いから…」

 純君は言った。それは私の全く予想していなかった種類の言葉だった。彼の表情はなんだか申し訳なさそうに見えた。いや違う。罪悪感に苛まれるべきは私であって、断じて純君ではない。

 カーペットをじっと見つめる純君の瞳はどこか切なそうで、私は胸の奥をキュッと締め付けられるような痛みを感じた。

――私の帰りが遅いせいで、純君を淋しがらせてしまってる…!

 思えば、弟の部屋を訪ねたのはいつぶりだろう?純君がこの部屋を与えられてから何度も遊びに来ていたから考えたこともなかったが。ここ最近漫画を貸してもらいに来ることもなければ、ちょっとした用事をわざわざ彼に頼むこともなかった。

 そして、私がバイトを始めてからというもの。夕食を一人で済ませることも増え、それによって家族との団欒の時間は確実に削られていて、さらには純君と話す機会もめっきり減っていた。

 しかもバイトだけならまだしも、私の帰りが遅い理由はそれだけじゃない。今日とこの前の二日、私がしていたことといえば…。


 とても純君に聞かせられるような内容のものではない。私はいつの間にか、弟にも打ち明けられない秘密をいくつも抱え込んでいた。もちろん、仲の良い姉弟だろうと何でも話せるわけではないし、言えないことの一つや二つくらい持っているものだ。だからといってそんな建前を盾にして、立て続けに秘密を積み重ねていっていいものだろうか。

「別に、お姉ちゃんが忙しいのは分かってるし。別に、良いんだけどさ…」

 純君は「気にしてないよ!」というように、口癖を何度も繰り返す。精一杯強がっているようにも見えた。あるいはそれも、単に姉としての願望だったのかもしれない。けれど今にも泣き出しそうな純君を見ていると、私は今すぐに抱き締めたくなった。姉として、それを越えて母のような慈愛をもって、家族としての関係性を抜きにして、一人の女性として。

 私は、カーペットに座ったまま体を移動させる。ベッドに腰かける純君に近づき、その手を優しく包みこんだ。

「ごめんね、純君」

 私は謝る。姉としての責務を果たせていなかったことを。純君を置き去りにして、自分ばかり早く大人になろうと突っ走っていたことを。

「また、前みたいに遊んでくれる?」

 上目遣いでそう訊いてくる彼を、私は本当に抱き締めそうになった。けれどいくら姉弟であろうと、いや姉弟であるからこそそういうわけにもいかず。私は純君の手をより強く握った。

「もちろん。また一緒にいっぱい遊ぼう」

 私は言う。姉としての優しい笑みは自然に溢れてきた。これからはもっと家族を、弟を大事にしよう。そう心に固く誓った。女性として成熟することも大事だけれど、それ以前に姉として成長することのほうがより大切なのだ。だって家族はいつだって無条件で私を認め、好いてくれるかけがえのない存在なのだから。


 私は湿った雰囲気を一掃し転換するための話題を探した。そして、そのきっかけをやはり本棚に求めた。けれどそれはあまりにもあからさまな気がしたし、その話題は友人とだっていくらでも置換可能なものに過ぎない。それよりもっと姉弟だからこそできる親密な会話を私は探した。そして、それは秘密の共有にこそあると思った。

――ここで一つ、純君の「隠し事」を暴いてやろう。

 彼は嫌がるかもしれない。それにより姉に軽蔑されることを恐れるかもしれない。だが私は彼の秘密を受け入れる覚悟があった。いまだに処女のままではあるけれど、一歩前進した(はずの)私には思春期ならではの悩みを受け止める準備があった。

 私は純君の手を離した。そのまま前のめりになって、ベッドの方に手を伸ばした。突然の私の行動に、彼の反応が遅れる。それも想定内だ。

――どんな「エロ本」を隠しているの?お姉ちゃんに見せてみなさい!

 枕の下に手を差し込む。予想した通りそこには何かがあった。けれどその感触は、私の想定とは大きく違ったものだった。


――柔らかい…?

 指先に触れたものは、写真集のような固さもなければDVDのようなツルツルとした手触りもなかった。ベッドと同じような、シーツがもう一枚あるような感触だった。

 怪訝に思いながらも、もう後には引けない。嫌な予感を覚えつつも勢いに任せて、私は弟の秘密を暴き出した。

 それは、布の塊だった。

 いや、塊というほど大きくはない。むしろ極小のその物体に私は見覚えがあった。と、同時に混乱する。それは決して純君の部屋にあるべきものではなかった。

 それは、下着だった。

 黒い下着だった。見たところさしたる装飾のない、前面上部にとって付けたような小さなリボンがあしらってあるだけの簡素なショーツだった。

 純君のパンツでないことは一目でわかる。それは明らかに女性ものの下着だった。

――どうして、こんなものが…?

 私は全身が強ばるのを感じた。考古学者が人類史を真っ向から否定する古代遺跡を発掘した時のように、私の体は緊張とある種の畏れによって震えていた。


 頭の中に、次々と新聞の一面が浮かぶ。

「最年少、下着泥棒!!」
「男子中学生、夜の学校に侵入し同級生の下着を拝借か!?」
「犯行の動機『女子の穿いている下着に興味があった』」

 まだ子供と思っていた弟の知られざる一面に、姉である私はこれ以上ないくらいに動揺していた。

「思春期の抱える闇!!」
「姉の素行不良が原因か!?」
「姉は外で、変態プレイ三昧!!」

 そんな週刊誌の記事さえも脳内に流れる。

「思春期の子供を持つ親の責任は――」
「両親のみならず、やはり兄や姉の責任も――」
「いや、今回の事件は姉に問題があるでしょう!」

 ワイドショーのコメンテーターの発言すらも聞こえてくる。

――純君は何も悪くないです!!姉の私が全ての原因です!!
――ごめんね、純君。私が構ってあげられなかったばっかりに…。
――大丈夫。お姉ちゃんも一緒に罪を償ってあげるから。

 自分自身の弁明もまた浮かんでくる。

 私は一瞬、このまま純君と一緒に警察に自首するところまでをシミュレートした。だがそんな想像の飛躍において、私は意識の中にある引っ掛かりを感じた。それは、そのショーツに強烈な既視感を覚えたからだ。

 ただ、私が普段穿いているものと同種のものであるという事実のみではない。その黒いショーツは、私のよく知っているものと酷似していた。買う時以外は普段あまりまじまじと見ない下着だが。そのものばかりはある事情によって、どうしても詳細に観察せざるを得なかった。


 それは、私の『おもらしショーツ』だった。

 もちろん現在のそれは、そうした汚名からは解放されている。きちんと手洗いし、その上で洗濯機に放り込んだのだから。

 それでも私が「おもらしをした」という過去の事実までを洗い流せるはずもなく、私の脳裏にはあの日の惨めな己の姿が現実のものとしてはっきりと焼きついている。ゆえに私はそのショーツに強烈な既視感を覚え、それがあろうことか弟の枕の下から発掘されたことに混乱したのだった。

 私は恐る恐る口を開く。それを言うことで姉弟関係が完全に失われてしまうことを危惧しながらも、それでも私ははっきりと彼を問い質す。

「これ、もしかしてお姉ちゃんの…?」

 純君の表情が驚きから絶望へと変わる、その変化がありありと感じられる。まるでアニメーションのコマ送り、スローモーションで再生されるように。

 純君の顔が瞬く間に曇り、やがて両手で顔面を覆って泣き出してしまう。

「ごめんなさい、ごめんなさい…」

 何度も繰り返し詫びる純君。再び私の脳内に先ほどの事件の想像が浮かんでくる。罪が発覚した際、逮捕され世間に対し謝罪する時も、彼はこんな感じなのだろうか?

 胸を潰されそうな罪悪感と庇護欲に苛まれつつ、私は彼の弁解を待った。


――続く――

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