ぶるがり屋 2016/04/14 15:36

先週の へうげもの 感想 2016年 4月第1週

あらすじ

 自分だけの美に到達した俵屋宗達。
そして打ちのめされた岩佐又兵衛は、逃れるように大阪城へ走る-。


へうげもの(21) (モーニング KC) コミック

山田 芳裕
講談社
2015-12-22

感想

 俵屋宗達の滲みの美。
今回も予想が外れました(笑
中国の水墨画のように滲みを多用したものだと思いましたが、ここまで緩やかに淡い、滲みそのものの美しさとは。
確かにこれは意識的に「滲みを完全に操る」発想と技術と美しさが結実した、新しいものでしょう。
織部の変顔も久しぶりで、嬉しくなります。
まぁ、織部好きだろうなぁ、この方向(笑
満点をあげられないのは、まだ処女作に近いからでしょうね。
まだまだ奥がある、究めるには遠いと分かるのでしょう。
 当時の数寄の第一人者織部、そして天皇家に認められるのは、絵師としても最高の名誉だろうなぁ。

 この新しい美に、一番衝撃を受けたのが岩佐又兵衛。
本阿弥光悦の、筆を持つものしか分からない、という言。
絵という同じ世界にいるということ、そして監督で制作者である織部と、作家である又兵衛たちとは違う、ということなのでしょう。
目下と思っていた宗達に超えられたということではなく、自分こそが至上と思っていたのにそうでなかった、という苦しみかな。
 そして織部の言う通り、偏屈者である以上に、生き急いでいることが、今回の行動につながた気がします。
荒木道糞を父に持つ、どうしようもない重み。
 今回の行動は間違いなく愚かで早計で、逃避に近いと思いますが、常にもっと良いものを、素晴らしいものを追い求める芸術家気質を非難することは出来ないなぁ。

 だからこその織部の叱咤するような言葉なのでしょう。
言葉は厳しくても、中身は「何が何でも生き伸びろ」なのですよね。
織部にとって、本当に大事な愛弟子、そして同士道糞に託された義理の息子なのでしょうね。
死に別れるかもしれないこの時に、道糞の死に様をまだ話さなかったのは、生き延びてまた聞きに来い、と言うことなのだと思います。
 この言葉を受けた又兵衛は、荒木道糞と山上宗二、どちらの生き様を選ぶのか。

 まぁ、これぐらいの手間と愛を嫡子重嗣に向けてやれとも思わなくないですが(笑

 又兵衛、女子供作ってた!(笑
笑ってしまいましたが、ずっと父を忌み嫌っていた又兵衛が、子を嬉しく思うようになっているのですね。
そう思うと、少し、心温まるのです。

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