フリーセンテンス 2022/06/07 22:01

新作「女胎狂喚前編」第1章 わがまま上司、ミニーニャ・ノーバ

 ・・・・・・エボル合衆国の首都があるシントンシティより、北に一八〇リーバ離れたノースルタ州シンプトンに、ライトエンド社の生物兵器部門の開発拠点基地がある。
 敷地面積は一八八〇レーカーで、大小数十の施設が、それぞれかなりの距離を空けた状態で建てられている。施設と施設の間は、道路によって区分けされているだけでなく、柵やフェンスが設置され、有刺鉄線で厳重に囲まれているだけでなく、各種対人兵器も配備されており、人を近寄らせない雰囲気を醸しだしている。
さらに施設には、上空からの接近を想定したレーザー兵器やマイクロ波兵器、対空ミサイルや対空機関砲などが随所に設置されていて、無許可で施設領空を侵犯した機体を問答無用で撃ち落とすシステムとなっている。このシステムによって、一九九八年と二〇一二年に規定空路を外れて間違って施設領空を侵犯した民間航空機が撃墜されているが、これは裁判によって航空会社側に落ち度があったとしてライトエンド社側が勝訴している。
もちろん、施設には兵器類だけでなく、警備のため、生物化学戦の訓練を専門に受けた私設武装兵も配置されており、その数は軽く一個旅団を編成することができるほどであった。これはどこの施設でも極秘の研究開発がおこなわれているためで、なにか「問題」が生じても即座に「処理」するためであった。
施設警備だけでなく、情報漏洩の対策も厳しい。たとえば、研究内容が異なるチーム間の人的交流も厳しく制限されているし、私的な軽い食事であっても、所属しているチームが異なれば上層部に申請をだして許可を受けなければならない仕組みになっている。もちろん、通信や電子情報のやり取りも同様だ。また、たとえ家族であっても、研究内容を喋ることはかたく禁じられており、もし話してしまった場合には、厳しい「私刑」を受ける規定も設けられている。理由も告げられず「行方不明」になった研究員が少なからずいる事実が、「私刑」内容の恐ろしさを如実に物語っているといえるだろう。
これは別に生物兵器開発部門がとりわけ厳しい環境下に置かれているというわけではなくて、ライトエンド社では、兵器開発部門に属する全ての職員と研究員が同じような環境に置かれているのである。極一部の、特権的階級に在る者を除いては。
 ひと言で「生物兵器」といっても、その内容は多種多様だ。花形であるウイルス・細菌兵器のひとつをとっても、対人用、対獣用、対虫用、対植物用でそれぞれ研究チームが異なるし、配属されている施設もそれぞれ別だ。軍用犬の品種改良をおこなっているチームがあり、小動物を使った地中埋設兵器の除去を研究しているチームがある。穀倉地帯の植物汚染を目的とした新種の侵略的外来植物を開発しているチーム、蚊によるウイルス散布を研究しているチーム、有毒昆虫の戦術活用を研究しているチーム、寄生虫による土壌汚染を研究しているチームなど、様々な開発チームが、それぞれ独自の方法と手段でもって、一八八〇レーカーの敷地内で日々極秘に活動しているのだ。そしてこの中に、妖獣兵を研究しているチームもいた。
 彼ら「妖獣兵開発チーム」に与えられた研究施設は地上三階、地下四階から成る建物で、地下の部分がより広大で頑丈な造りとなっている。これは万が一、漏洩等の事故が起こった際はそのまま隔離するためでもある。
この施設には現在、三八人の研究員と、一七名の施設管理職員が配置されている。性別は、ひとりを除いて全員男だ。居住区も敷地内にあり、ここから外へ出るためには、たとえ基地内のショッピングセンターに買い物に出かけるためであっても許可が必要だった。ちなみに、チーム唯一の女性で、トップに君臨している二二歳のミニーニャ・ノーバだけは特権的に許可なく外出することが許されている。
彼女は肩書こそ「上級主任研究員」であるものの、その実態はただの「施設職員」であるにすぎない。つまり、薬品のひとつ取り扱うこともできなければ、施設に必要な備品や資材を調達する能力もないのだ。
能力的にミニーニャ・ノーバは、受付け嬢としての雇用形態がもっとも相応しいであろう。彼女は容姿が端麗で、スタイルも抜群であるが、それが理由ではない。彼女には、それぐらいしか仕事ができないからだ。つまり、頭がよくないのだ。おそらくは、無駄にでかい乳房に栄養分が取られてしまったがため、脳が発達しなかったと思われる。
しかし、彼女の経済的な後ろ盾が、金銭の力を使ってミニーニャ・ノーバを不相応な地位に就けてしまった。おかげで、苦労するのは「手足」にされた研究員たちである。ミニーニャ・ノーバは、早急な成果に固執するあまり、研究員たちに無理難題を圧しつけて、それが叶わないとなるとヒステリックに喚き散らすことしばしばだった。
「どうしてできないのッ! なんでやれないのッ! あなた達ッ、馬鹿なんじゃないのッッ!? この愚図どもがッ!」
 と、いった具合にだ。脳に欠陥があるのか、それとも性格に難があるのか、それとも両方か。とにかく彼女は、叫んだり、怒鳴ったり、怒ったり、罵ったりすれば、成果が天から降ってくると思っているらしく、自分の思い通りにいかないと、手あたり次第、研究員たちに八つ当たりしてくるである。時には暴力めいた行為に及ぶことさえあって、殴られたり蹴られたりして、負傷する者も少なくなかった。
ゆえに、ついたあだ名が「わがままボディ」なのである。
「はぁ・・・・・・」
 研究員たちを実質的に束ねる立場にあるクロスノイドは、無意識のうちにため息を吐かずにはいられなかった。
「まったく、女は得な生き物だ。容姿と性的特徴だけあれば、なんの苦労もせずに役職に就けるのだからな。いいご身分だよ、まったく」
クロスノイドは前任者であるドラジ・ノーバの左遷後、彼の後任として「妖獣兵器開発チーム」を率いる立場に就いた。そしてこの八年間、研究に次ぐ研究と、実験に次ぐ実験を重ねて、要となる「生きた培養器」に成り得る人材さえ確保できれば、すぐにでも妖獣兵器を量産するところまでこぎつけた。手を伸ばせば、あともう少しで成功の果実をもぎ取ることができる位置まで梯子を昇ってきたのである。
それが、今年入ったばかりの新入社員に、梯子から蹴落とされてしまった。そして、あっけなく地位を奪われてしまったのだ。このままいけば、ミニーニャ・ノーバが果実をもぎ取ることになるであろう。なんの苦労も努力もしない雌ガキが、全てを持っていってしまうのだ。諸行無常とはこのことだ。勤め人であるため口には出さないが、今回の人事決定は、はっきり言って不愉快だった。
 そして、これからさらに不愉快なことが起こるのである。これは単なる予想ではなくて、明確な事実の確認であった。なぜならば、彼はいま、上司であるミニーニャ・ノーバに呼び出しを受け、彼女の元に向かっている最中であったからだ。
「はぁ・・・・・・」
また深刻なため息を吐きながら、クロスノイドはミニーニャ・ノーバが待つ執務室へと向かう。執務室が在る三階についた途端、その足取りが急に重たくなったのは、決して気のせいではないだろう。
 エレベーターを降り、正確に五〇歩あるいたところで、執務室の前に辿り着いた。ほんの少し前まで、彼が居た部屋に。
「・・・・・・はぁ」
クロスノイドはもう一度、ため息を吐いた。それから、彼はドアをノックした。立て続けに二回。
 中からきつい声がして、入室の許可が下りた。嬉しくないことに。
「待ってたわ。入りなさい」
「・・・・・・失礼します」
ドアを開け、入室するクロスノイド。胸の内側に不快な痛みを感じるが、決して気のせいではないだろう。
執務室の中で性的玩具人形を彷彿とさせる人物が待っていた。腰に手を当てた仁王立ちの状態で、目をキッと鋭く吊り上げながら。
 言葉の針が、クロスノイドに襲いかかってきたのはその直後だった。
「遅いわよ、なにをしていたの! アタシが呼んでから、いったいどれだけ時間が経ったと思っているのッ!」
「申し訳ありません。実験の準備をしている最中だったもので・・・・・・」
「言い訳なんか聞きたくないわッ!」
「・・・・・・」
なら聞くな、と思ったが、口には出さなかった。
 この喧々と喚くように叫ぶ女性こそ、クロスノイドの現在の上司であるミニーニャ・ノーバその人であった。
彼女の容姿は端麗で、その美貌に非の打ちどころはない。ハッキリ言って美人だ。いや、背が低く、小柄であるうえ童顔で、実年齢よりも若く見えるため、美少女と言った方がいいかもしれない。髪は淡い色をした金髪で、肌の色は処女雪のように白く、スーツを着てはいるもものの、どこか幻想的な気配が漂う。中世の画家や彫刻家が彼女を目にしたならば、こぞって作品のモデルにしたに違いない。
だが、彼女は類稀な美少女ではあるものの、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、それが他者のマイナス思考を刺激するのだ。目つきが悪いからか、それともツンと高く尖った鼻がそう思わせるのか、あるいは常に不機嫌そうな表情からそう見えるのか。とにかく、ミニーニャ・ノーバという人物は、その言動も含めて、まことに攻撃的な印象を他者に与えるため、彼女と相対する多くの者は、彼女を正視しようとはせず、首から下に視線を向ける。すると、肉感的な魅力を伴った部位だけが目に入ってくるのだった。
視界に飛び込んでくるソレは、性的に熟れに熟れた肉体だった。セックスシンボルとはよくいったもので、まだ年齢が若いにも関わらず、その豊満な肉体は、若さと、蜜漬けにされた熟成肉のような妖艶さ淫猥さを兼ね備えており、世の男たちが理想とするダッチワイフを彷彿とさせるものがあった。
胸部にはその童顔の容姿には不釣り合いなほど大きな乳房がずしりと重々しく実っており、それが歩くとゆさゆさと蠱惑するように揺れるのだ。太腿もムチムチとして肉付きがよい。振り返ると、これまた肉付きのよい尻が視界に飛び込んできて、それが布地の上からでもはっきり判るほど尻の形を浮かび上がらせているのである。それはスーツ越しでもわかるほど見事な豊満美肉体であって、たとえ彼女のことを毛嫌いする者であっても、まことに目の保養になるほど見事な肢体であった。
「それで、ジュージェルダ・グローズが造れる算段は立ったの? 黙っていないで報告しなさい! この愚図がッ!」
その声で、クロスノイドはハッと我に返った。
「あ、いえ、それは――」
クロスノイドが全てを言い終わるよりも早く、ミニーニャ・ノーバが追撃の言葉を口にした。
「まだなの? まだできないの!?」
「申し訳ございません・・・・・・」
「謝って済む問題じゃないわよッ!」
テーブルをバンッと強く叩きながら、目を吊り上げて喚き散らす。
「あんた、アタシがここにやってくる前からジュージェルダ・グローズの研究をしているのよね? そうでしょ? 違う?」
「・・・・・・いえ、違いません。その通りです」
「つまり、あんたはアタシのお父さんの時代から、ジュージェルダ・グローズの研究しているのよね! それなのに、まだなんの研究成果も出せないの? いったい、どれだけおカネと時間を無駄に使えば成果が出せるのよ!」
「・・・・・・」
 クロスノイドが沈黙すると、ミニーニャ・ノーバはそれが気に食わなかったようだった。部下が歯向かわないことをいいことに、さらなる罵詈雑言の限りを浴びせる。
「あんたは本当に馬鹿で愚図で無能なのね! ほんと、能なしの給料泥棒だわ! 少しは上司であるアタシに怒られないよう努力したらどうなの! まったく、親の顔が見てみたいものね! どうせあんたと同じで馬鹿で無能のどクズなんでしょうけどね!」
「・・・・・・ッッ」
話が親のことに及んだ瞬間、クロスノイドの頭に血が昇った。カッとなった。しかし、爆発を、理性でもって抑え込む。クロスノイドは静かに弁解の言葉を口にした。
「・・・・・・それだけ妖獣、あ、いえ、ジュージェルダ・グローズの研究は難しいのです。前にも述べましたが、八年前にジュージェルダ・グローズができたのは、まったくの偶然でした。偶然、拒絶反応を起こさない素質をもった女性を発見することができたからこそ――」
「だったら、さっさとその素質を持った奴を探しだせばいいでしょう!」
ミニーニャ・ノーバが、また叫ぶような大声をだした。そして、そのままの調子で言葉を放ち続ける。まるで機関銃のような勢いで。
「さっさとその素質をもった女とやらを探し出して、そいつを改造でもなんでもして生体プラントにすればいいでしょうがッ! そんなことも判らないの? ホント、馬鹿ねッ! この愚図がッ!」
(それができれば苦労しないんだよ、このわがままボディがッ!)
柄にもなく、内心で悪態を吐きながら、こみ上げてくる怒りをぐっと堪えて、クロスノイドは根気強く弁解を続けた。
「これも・・・・・・前に説明したとは思いますが、素質の持ち主は、計算上、数千万人にひとりの割合でして、この人物を見つけるのは大変、難しいのです。それに、たとえ見つけられたとしても、人道や人権の観点からして――」
「言い訳なんか聞きたくないわッ、この無能!」
また、強い口調でミニーニャ・ノーバがぴしゃりと言った。言うと同時に、感情に任せて、卓上の上に置いてあったマグカップを投げつけてきた。カップはグロスノイドの額に命中し、中身が白衣を黒色に染め上げた。熱いコーヒーがかかったのだ。
「・・・・・・ッッ」
思わず顔をしかめるクロスノイド。
 ミニーニャ・ノーバは謝らなかった。それどころか、彼女はさらに口汚く、クロスノイドを罵ってきたのである。
「さっさとジュージェルダ・グローズを造りなさいッ、この役立たずの無能者ッ! アタシが優しくなかったら、あんたなんてただの穀潰しのリストラ要員で、とっくの昔にクビになっているのよ! クビにされたくなかったら、そのことを肝に銘じておくことね! この役立たずの愚図がッ!」
「・・・・・・はい。心得ております。ジュージェルダ・グローズは、必ずや完成させますので、もうしばらくお待ちください」
そう言ってクロスノイドは、丁寧なほどうやうやしく頭を下げた。転職を、そろそろ本気で考えた方がいいかもしれないと、彼は思った。

     *

 ・・・・・・若い上司に理不尽な怒りをぶつけられ、怒鳴られるだけ怒鳴られてから、クロスノイドは力なく下階の研究室に戻ってきた。そして、自分の席に戻ると、コーヒーで汚れた白衣を脱いでから、椅子に深く身を沈めた。自然と、口から大きなため息が漏れた。
 部下の研究員たちが、彼の周りに集まってきた。たちまち、白衣の人垣が出来上がる。それから、彼らは口々に労いの言葉をかけてきた。
「お疲れさまです、主任」
「わがままボディの相手、ご苦労さまです」
「疲れたでしょう。なにか飲みますか?」
 クロスノイドは部下の好意に甘えることにした。
「ありがとう。できれば、コーヒーを一杯頼む。ミルクと砂糖たっぷりで」
 彼は疲れていた。肉体的にではなく、精神的に。
 すぐにコーヒーが用意された。クロスノイドの要望通り、ミルクと砂糖がたっぷり入った甘いコーヒーが。そして、そこにはチョコレートが添えられていた。
 クロスノイドは用意されたコーヒーを一気に半分ほど飲み干してから、幸せが逃げていきそうなため息を大きく吐いた。
「はぁ~・・・・・・」
 それから、彼は不快感を露にした。
「本当に、馬鹿の相手は疲れる。空腹の野犬を相手にする方がまだマシだ。おまけにあの女、マグカップを投げつけてきやがって。それも、頭に。いったいいくつ脳細胞が死滅したか見当もつかん」
「胸がでかい女は総じて馬鹿だといいますが、あの女はその典型ですな」
クロスノイドの怒りに、部下たちが同調の意思を示す。彼らもまた、ミニーニャ・ノーバのやり口や態度に、常日頃から不平や不満、不快感を持っているのだ。
「やはり、父親の件を根に持っているのでしょうか。左遷された一件を、我々のせいだと思って、ことさら辛くあたってくるのでしょうか」
「いや、違うな、それは」
クロスノイドは首を横に振った。それから、彼は残っていたコーヒーを全て飲み干してから、自分の考えを口にした。
「あれは性格によるものだろう。あの女の卒業論文を読んだことがある。内容は、読むに耐えない幼稚な女性優勢論だった。要約すると、女は男よりも生物学的に優れた生き物で、いま現在、女性の地位が不当に貶められているのはすべて男のせいであり、男は女に支配され、虐げられながら生きていくことが相応しいみじめな存在――とかなんとか書いてあったな。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、途中で読むのをやめたが、まぁ、要するに、あの女の頭の中には性的な上下関係というものがあって、女が男の上に立つことが正しいと思っているのだよ。ふざけた考えの持ち主なのさ、あのわがままボディは」
「なんと、まぁ・・・・・・」
「酷いですな、それは」
部下たちが、呆れたような声をだした。
 フェミニズム、というものがある。女性解放思想に基づく社会運動の総称であり、政治制度、文化慣習、社会運動などのもとに生じる性別による格差、性差別に影響されない男女平等の権利行使を目的とした社会の実現を目指す運動のことをそう呼ぶ。本来は非差別主義に基づく崇高な主義思想であるのだが、これを逸脱し、悪用したり、歪曲したりして、極解する者が多数存在するのだ。
 その中に、男性を過度に敵視する一派がある。彼女たちは男性そのものを異常なまでに敵視しており、存在そのものを害悪と見なしているだけでなく、男を社会から排除、または追放してこそ、正常な社会が訪れると妄信しているのだ。
中には男性と同調する女性やフェミニズムから一線を隔す女性のことを「名誉男性」と呼んで蔑んだり差別したりする者もおり、その者たちによる当該女性への誹謗や中傷、差別、私的制裁は、もはや犯罪そのものであるといって過言ではなく、その行動は常軌を逸していると言わざるを得ない。被害者の中には誹謗中傷に耐えきれずに自殺してしまう者もおり、社会問題になったことも少なくなかった。
しかし、彼女たち極右フェミニズム主義者たちはそれを「正義」だと錯覚していて、むしろ自分たちをそうさせる男こそ「悪」だと確信しているのだ。それも、心の底から。ゆえに、彼女ら極右フェミニズム主義者たちは、姿形こそ同じ人間であれど、中身はまったく別の生命体であると断言してよく、これと交わることはもはや不可能といってよかった。そして、おそらくはミニーニャ・ノーバも、その類と同種の生命体であるに違いなかった。
「――ところで、おまえたち・・・・・・」
ここでクロスノイドは、あることに気がついた。
「みんなして笑っているが、なにかいいことでもあったのか? それとも、傷心している俺を嗤っているのかな?」
そう。そうなのだ。クロスノイドの周りに集まった部下たちは、みな一様に、顔に笑みを浮かべていたのである。まるで、なにか愉しいことが起きて、それを喜んでいるかのように。「あなたを嗤うなど、ありえませんよ」
「ですが、愉しいことが起きたのは事実です」
「こちらをご覧になってください」
そう言って、部下のひとりがタブレット端末を差し出した。そこには、つい先ほど入ってきたニュース速報の記事が映し出されていた。
「・・・・・・シントン空港発リンドバーグ行きのシルバースター航空五五七便が、西レメア大陸ノゼルダ上空で消息不明に。現地の反政府勢力「クォーツ」が犯行声明を発表し、ミサイルで撃墜したと主張。同機には乗員乗客合わせて四五一名が搭乗しており、その中には著名な投資家であるイゼルローン・ワグナー氏が含まれて――ほぉーう・・・・・・」
クロスノイドの顔に邪悪な笑みが浮かんだ。イゼルローン・ワグナーとは、ミニーニャ・ノーバのパトロンを務めている人物である。
「それだけではありません。こちらの七ページ目をご覧になってください」
そう言って渡された薄いファイルは、今年ライトエンド社に入社した三五〇〇人の女性新入社員から採取した血液鑑定の結果だった。妖獣兵器開発チームでは、「生きた培養器」になる人物を探すべく、様々な方法で血液検体を搔き集めており、その対象はライトエンド社の社員にまで及んでいるのだ。
 ファイルには、氏名と年齢、出身地、社会的階級、家族構成などが記載されており、その左横に、結果を示す文字が記されていた。そのほとんどは「不適合」の文字で埋め尽くされていたが、その中に、唯一、「適合」という文字が記されていたのである。
 クロスノイドは、声に出してその人物の名前を口にした。
「ミニーニャ・ノーバ」
 その直後、悪意に満ちた嗤いがドッと起こった。


・・・・・・ご購入のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

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