時 自若 2021/06/18 15:54

浜薔薇の耳掃除「第32話」

ケットシーに限らず、猫にはこの人は猫好きである、そういうのがわかるようなので。
浜薔薇にやってきたお客さんがそうかのだなと思うと、いそいそとイツモはその前に飛び出して。
どや?もふるか?
「これをイツモ様の『もふの誘い』と呼んでいます」
相変わらずKCJ、王立ケットシー協会の国内支部の職員はテンションが高かった。
「あっ、いけない、いけない」
「どうしたんですか?」
「今、お越しになられたお客様、イツモ様がお誘いしたのに、目も虚ろで反応も薄かったので、イツモ様が心配しておられます」
そこでみんなの視線がイツモに向かうが。
(いや普通だな)
(どこが違うんだろう)
(優しい子だな、相変わらず)
「なのでKCJ特権を使用しますので、あのお客様に極上の癒しをお願いします」
そんな特権はないが言いたいことはわかった。
「あのお客さん、この土日は寝て過ごすっていってましたから、時間はあると思います」
「体に負担がないように、こりゃあ大仕事だな」
「腕が鳴るぜ」
「蘆根、お前、はりきりすぎてしくじるなよ」
「はい」
「先輩、なんでいつもよりイキイキしているんですか?」
「いつもはだいたいマニュアルにそってマッサージしているから、ほら時間通りに終わるようにって」
そこから解き放たれ、思うがままにマッサージする、実は蘆根はそれが一番好きなやり方である。
「正解はねえが、正解にたどり着かなきゃねえ、今までの自分が試されるようなもんだから、尻込みするやつもいるんだが、コイツにはそれがねえ」
「えっ、楽しいじゃないですか、それ」
どんな疲れを抱えているのかは知らないが。
「あんなに固く、辛かったものがほぐれ、和らいでいく、今日は悪いがかかりっきりになるかもしれません」
「食事もきちんと頼んでおくか、お客さんの分も頼むから、好き嫌いやアレルギィーとか聞いておくんだぞ」
「はい」
そんなことを知らないお客さんの着替えが終わったようだ。
「お客さん」
「なんですか?蘆根さん」
「もし時間があるなら、その疲れできるだけ取るコースにしますよ」
「えっ?いいの?」
「通常のメニューよりそっちの方がいいと思いますよ、それとサービスでお茶とマッサージ後のお食事もつきますので、お茶の方はこちらから選んでいただければ」
「なんかこんなにサービスいいと申し訳ないね」
「やっぱりこういう商売って、競合が多いですから、サービスもよくしていかないと、お茶の方は◎がついてるものが本日のおすすめです、こちらを飲みますと、老廃物も流れやすくなりますし」
「そうか、それならこのおすすめのやつで、これ出張先のカフェで飲んだことあるけども、この辺で出しているお店ってないんだよね」
「それではただいま準備をさせていただきます、お仕事の方はお忙しいんですか?」
「平日窓口回って、書類とか作って、土日だと窓口休みだからその間にスケジュールを組んで…さっきイツモくんみたけども、猫をもふる余裕がないぐらい疲れているね」
お茶のいい香りがしてきた。
「ああ、これだ、これ、出張先のカフェってお茶にこだわっているお店でね、向こうで良くしてもらった人から教えてもらったお店なんだよ、ゆっくりするためのお店で、一時間ぐらいいたからそろそろ出ようと思ったら、お店の人に『もっとゆっくりしていきなよ!』って言われたことがあったな」
「このお茶の監修している先生もいってましたね、お茶はゆっくりしていくものだからって」
「やっぱりお茶の世界ってそうなのかな」
「今、その先生畑作るって」
「えっ?」
「どうしました?」
「その先生って」
「ああ、この方ですが」
ラベルに表示されている名前を見せるが。
「あっ、さっきいったお店のお弟子さんじゃなかったかな、その方」
「ええ、そうなんですか」
「そうそう、独立して、畑とかやりたいってとは前も言ってたから」
「よろしければこれからもご贔屓に」
「ああ、そうするよ、うれしいね、こういうの、やっぱりさ、今は、こだわらないところとか多くなっちゃったしね、確かに赤字とか出したらダメなんだけどもさ、そのこだわりに感動したり、満足しちゃったりするから、矛盾はしているんだけどもさ、頑張ってほしいというか…」
お茶でリラックスしたようで、そのまま個室でマッサージを始めるが。
(固いな)
軽く撫でただけでわかる。
この凝りが、どうやってこの凝りをとり、緩めてやろうか、ここまでの疲れになるとマニュアルでは対処しづらい部分がある。
ユサユサ
軽く揺さぶる。
トントン叩くのもいいのだが、それよりも弱く緩く効く。
この揺らしで体の変化を見る。
揺らすと、体は全体に広がるのだが、疲れていたり、気が張っている状態だと均一に揺れない。
(肩、腕、膝、腰…)
みる限り、どこも疲れが溜まっている。
揺らされているお客さんはもう目がトローンとしていた。
これは実はとても気持ちがいい、ここでトントン軽く叩いていくのもいいかもしれないが、それだとここまではならない。
「ふぅ~」
あくびが出た。
きちんと呼吸をしようと、体が動き出している。
お茶も二杯ほど飲み、このままマッサージを続ければ途中でトイレにも行きたくなるだろう。
(腎臓の部分も冷えているな)
円を描くように揉む。
「蘆根さん、ちょっとトイレに行ってきていい?」
「どうぞ」
このペースだと、マッサージが終わり、家に帰ってぐっすり寝て起きたら、見間違えるぐらい体が回復するのではないだろうか。
「トイレに行きましたら、水分補給お願いします」
適切な水分補給に疲労回復のためのケアマッサージ、本人は夢見心地でされるがままのようだが、マッサージ技術国内上位の人間が行うことで、このマッサージが終わる頃には体から疲れというものが消えた。
「何これ…」
これが浜薔薇のクオリティ、一度味わうと他に浮気をしなくなる、そういう技である。

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