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【先行公開】大橋裸足渡り

 俺は興奮しながらタブレットのVowtubeアプリを立ち上げた。今はド平日の真っ昼間だが、今日のリアルタイム配信のため会社なんか当然休んだ。俺の部屋はクーラーがギンギンに効いていて肌寒いくらいだが、外では太陽が殺人的な勢いで輝いている。さあ、そろそろだ。

「こんにちは! 優凪ゆうなです」

 時間通りに配信がスタートする。画面の向こうでは俺達の女神、ゆうながにこやかに手を振っている。ノースリーブのシャツにチェックのスカート。足下はいつもどおりのサンダルだ。ゆうなの顔には大粒の汗が浮かんでいた。視聴者たちから挨拶代わりのスパチャが飛び交う。

「今日はですね。視聴者の方からリクエストがあった伊勢崎大橋に来ています!」

 カメラが大橋を映した。橋には二車線の車道、そして、その脇に独立した歩道が付いている。ゆうなの説明によると橋は全長が1km以上あるようだ。人通りはほとんどなく、たまに車が通る程度のささやかな交通量。

「でですね……見て下さい! この歩道、なんと……全面が鉄板なんです!」

 カメラが下を向き歩道を映した。ひどく赤錆びた鉄板の道が延々と続く。これは相当の年代物だ。

「そしてぇ~、気になる本日の気温は~~」

 38度です! と画面の中のゆうなが楽しそうに言った。殺人的な気温だ。人間が出歩くような天気ではない。家の中で配信を見ている俺が絶対的に正解だ。

「じゃあ、早速、脱いでみましょう!」

 そう言って、彼女は躊躇なくサンダルを脱ぎ、裸足になって橋の手前のアスファルトの上に立った。が、すぐに小刻みな足踏みを始めた。

「あ、熱い! もう、アスファルトですら……メッチャ熱いです! ヤバ! 立ってられないです!!」

 笑いながら必死に地面の熱から足を逃そうとする彼女が可愛らしく、「頑張って」「期待してる!」などのスパチャが飛び交う。もちろん俺だって期待で爆発しそうだ。

「ええ~、これ、ホントに大丈夫かな……。無理しない程度に行ってみます~!」

 そう言いながらも、ゆうなは躊躇なく大橋の歩道へと進んだ。もちろんサンダルは置き去りのままだ。ギンギンに太陽の輝く真夏日に、全長1kmの鉄板の歩道を裸足で踏破する……それが今回の視聴者リクエストだった。

「ゆうなの裸足チャンネル」を俺が見つけたのは数ヶ月前のことだ。19歳の大学生だという彼女は、これまで裸足での様々なチャレンジを行っていた。雪の中を歩いたり、砂利道を走ったり、ばらまいた画鋲の上でジャンプしたり……。俺は興奮して、すべての動画を視聴した。

 最初はおっかなびっくりだったゆうなのチャレンジだが、視聴者のリクエスト企画を募集し始めてから、その過激さに拍車がかかった。過激化によりチャンネル登録者数はむしろ減ったようだが、少数ながら熱心なファンが付き始め、スパチャ収益は大きく伸びたようだ。今日のために会社を休んだ俺もそのファンの一人だ。

「あ、これ……あッ……熱い! 熱い熱い熱いっっ、無理! こんなの絶対ムリッ!!」

 歩道の上を数歩歩いたゆうなは、跳ね跳びながら慌てて戻ってきた。片足立ちになって自分の足の裏を交互に何度もカメラに向ける。「……もぉ赤くなってる……」と辛そうな声を出す。

 さらには「今日のチャレンジ、ちょっとムリかも……」と弱気なことを口にし始め、困ったような眼差しをカメラマンに向けた。カメラ担当はトキコさんと呼ばれる女性で、ゆうなの大学での友人だそうだ。

 普通の配信者ならここで企画倒れだ。本人であれカメラマンであれ、まともな常識の持ち主なら、この時点で中止するだろう。だが、俺もみんなも、ゆうなのことを心から信頼していた。

「やり遂げるって信じてます」

 俺はそんなコメントを添えて1000円を飛ばした。

「ゆうなならできる!」
「超期待」
「新たな伝説の始まりだ!」

 他の視聴者からもそんなスパチャが飛び交った。トキコさんはそれを読み上げて、ゆうなに伝える。すると、さっきまで泣き出しそうだったゆうなの顔がどんどん明るくなっていく。そう、この子は応援されれば、どんな無茶だってやり遂げてしまう。

「えぇ~~、そんなに言われたら頑張るしかないんだケド……」

 そう言いながら、ゆうなは橋の向こうを見た。1km先のゴールは遥かに遠い。「え、でも、やっぱムリ……ムリだから……」。ゆうなの顔色がまた不安げになっていく。流石に今回はおだてても無理か? と思った次の瞬間……

「歩くのはムリだから…………走るのでもいい?」

 キタ……! これだよ、これ! さすがは俺たちのゆうなだ!! そして、トキコさんがダメ押しの一言を加える。

「じゃあさ、橋の真ん中まで全力で走ろっか。で、そこで、どうしてもダメだったら引き返そっか」
「うん。じゃあ、半分までは絶対頑張る」

 真ん中まで走ったら引き返せるはずがない。トキコさんはサディストだ。ゆうなは分かって言ってるのか天然なのか、未だに判断がつかない。ゆうなはその場で軽くジャンプしてウォームアップしてから、

「じゃあ、行くよ!」

 白いロングスカートをはためかして勢いよく歩道の上を走り出した。トキコさんが後を追って走り、カメラがぶれまくる! それでも俺は画面を凝視して二つの肌色の足裏に集中する。どんどん赤く腫れ上がっていくのが分かる!

「ひっ、ひ、ひい……ひ、ひぃっ!」

 200mも走ったところで、ゆうなが耐えれないとばかりに飛び跳ね始めた。

「頑張って! まだ半分来てないよ、半分までは絶対走ろ! 視聴者のみんなも期待してるよ!!」
「わっ、わあ! わ、わ、わ!!」

 無様なスキップのような姿で、ゆうなが必死で前へと進む。

「まだ! 半分まだ!?」
「あとちょっと……!」
「あ……あぁあ! ひッ、ひいいいッ!!」
「オッケー、半分来たよ!」
「無理! もう、絶対ムリ!! 戻る、戻る戻る戻る!!!」

 そう言って振り返ったゆうなもハッと気付いたようだ。ここまで来て戻るのも最後まで走るのも一緒だ。

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リクエスト「イケニエマラソン」

Skebにてリクエストを頂きました。

「生贄ガールズ裸足マラソン大会の小説をお願いします。メンバーは稽古屋さんにお任せします。」

リクエストにお答えして生贄のみんなに裸足でマラソン大会をしてもらいました。
もちろんメチャクチャ過酷です。
中でも最も過酷なのは60mにわたって続く、手すりのない鉄製の橋。
真夏の直射日光でギンギンに焼かれた橋の上を女の子たちが素足で渡ります。

今回の主人公は一色沙耶ちゃん。
マラソン大会で優勝すれば、なんと……! 24時間足裏○問ペアご招待券がプレゼントされます。
草間風花ちゃんのことが大好きな沙耶ちゃんは「風花ちゃんと一緒に地獄に落ちたい!」と思い、優勝目指してがんばります!


『イケニエマラソン』

 真夏の太陽が燦々と輝く中、裸足の生贄たちがスタートダッシュを決めて一斉に山中の砂利道を走り出しました。そんな中、私一人だけはその場で四つん這いになっています。それを命じた王仁さんが、私の背後から楽しそうな声で言いました。

「じゃあ、景気付けに一発入れるね」
「は、早くお願いします!」
「うん。分かってるって」
「い、急いで!」

 四つん這いの私は、王仁さんが打ちやすいように素足の両足裏を揃えて差し出しています。早く、早く! お願い! 私が心の中でそう祈る中、業務用ビデオカメラが私の足裏を捉え、王仁さんが手にした乗馬鞭をゆっくりと掲げ上げます。

「ッぎ……ッ!」

 空気を切る甲高い音に続いて私の両足裏から炸裂音が響き、焼けるような鋭い痛みが走りました。ですが、私は悲鳴を飲み込んですぐに立ち上がります。

「王仁さん、行きましょう、早く!」
「う、うん! 待ってよ、沙耶ちゃん」

 砂利道を素足で踏みしめて私は走り出します。鞭を持った王仁さんが慌てて自転車にまたがって私の後を負い始めました。……ああ、もう! 先輩たちの背中はもうずっと先です。いつもの生贄の制服姿の群れと、それに並走する自転車複数が遠くに見えています。

 真夏の直射日光で熱された砂利が足の裏に突き刺さり、それに加えてさっきの鞭の痛みが足裏でズキズキと響きますが、私はそれを必死に飲み込んで走り続けます。今回の裸足チャレンジ「生贄マラソン大会」は絶対に一位を取りたい! だってだって! 一位の副賞が豪華すぎるんだもん!

 Bクラスの生贄である私――、一色沙耶がその企画を聞いたのは一週間前のことでした。

 名物プロデューサーである王仁玲子さんの裸足チャレンジ番組『素足でいんふぇるの』の新企画としてマラソン大会……つまり、生贄による人間競馬が行われるというのです。

 今回のマラソン大会はチャリティーイベントでもあります。まず最初に、出場する生贄が一人一人競売にかけられます。落札者はその生贄の「馬主」となります。馬主は鞭を振るって馬である生贄を励ます役割です。

 さらに視聴者は「馬券」を買うことができ、お気に入りの生贄を応援することができます。この落札金額と馬券の収入は、半分がアフリカの恵まれない子供たちに、もう半分が生贄ガールズの運営資金として寄付されます。万年綱渡り経営の生贄ガールズとしては大変ありがたい話です。運営部は前のめりで協力を約束しました。

 そして、落札金額を吊り上げるため、また、生贄の参加意欲を盛り上げるために、副賞もとても豪華なものとなっていました。三位入賞まで副賞が付くのですが、なんといっても目玉は一位の副賞「実験室24時間貸し切りペアご招待券」です。

 生贄ガールズの本部ビル地下にある実験室ーー。ここには様々な裸足チャレンジの実験素材が揃っています。火渡り用の薪や焼印用の焼きごて、根性焼き用の煙草、鞭、拘束具などなど……。簡単な人体実験であれば、ここに生贄を連れ込んですぐに実験することが可能です。

 今回の副賞では、そんな実験室をなんと24時間も貸し切ることができるんです! 馬主と馬券購入者は一位になった生贄をこの実験室に連れ込みます。そして、24時間の間、生贄の足の裏に何をしても良いのです。条件はたった一つ。生贄が死なないこと。それだけです。

 どんなにむごたらしくおぞましい地獄を味わうことになるのか、想像するだけでも身震いがしてきますが、素敵なのはここからです。「ペアご招待券」とある通り、なんと一位になった生贄は他の生贄を一人誘って、この地獄へと引きずりこむことができるんです!
 誘う相手がAクラスの生贄であれば相手の同意はもちろん不要です。Aクラスの生贄は足の裏に関する限り一切の拒否権を持ちませんし、仮に拒否権があったとして、こんな素敵な地獄へのお誘いを断るようなAクラスは絶対にいません。大喜びで二つ返事するに決まっています。

 一方で、Bクラス以下を誘う場合は相手の同意が必要です。Bクラスの裸足チャレンジは「全治一ヶ月まで」が上限とされていますが、このペアご招待券は全治一ヶ月なんてレベルで済むはずがないからです。

 同様に、この競馬への参加もBクラスは任意でした。Aクラスからは三名がこの企画にアサインされ(もちろん彼女たちに拒否権はありません)、さらにBクラスの生贄の中から、この競馬への自主的な参加者が募られました。

 Aクラス並におぞましい地獄を味わう可能性があるチャレンジです。Bクラスの生贄たちの間でも態度は二分されました。あまりの恐ろしさに尻込みする生贄が多い中、熱烈にAクラス昇級を望んでいる円城明日那(えんじょう・あすな)さんは喜々として参加表明しましたし、綿里莉奈(わたざと・りな)さんも微笑みながら参加を決めました。Aクラスの生贄であり、生贄ガールズの代表でもある百合川紗奈(ゆりかわ・さな)さんに対して強い感情を抱いている綿里さんは、きっと一位を取って百合川さんを地獄にお誘いすることを夢見ているのでしょう。

 そして、私も――。

「ね、ねえ、ふーちゃん」

 生贄ガールズの寮のダイニングで、ハーブティーを飲んでいる草間風花ちゃんを見つけて、私は緊張しながらも勇気を出して話しかけました。

「なあに、沙耶ちゃん?」

 ふーちゃんはいつもの花が咲いたような笑顔を私に向けてくれます。わぁ…………か、可愛い……大好き。
 私は顔を真っ赤にしながらも、思い切ってふーちゃんに尋ねました。

「あ、あのさ……今度さ、生贄マラソン大会ってあるじゃん。し、知ってる……?」
「ウン、知ってるよ。一位の副賞が超豪華だよね!」
「そ、それなんだけど、さ……」

 ふーちゃんが机の下でプラプラさせている足下には巨大な包帯が巻かれています。一週間前にふーちゃんは素足で焚き火を踏み消すチャレンジを行って全治一ヶ月の大火傷を負っていました。これでは一週間後のマラソン大会には参加できません。

「も、もし……もしだよ? もし、沙耶が、もし一位を取れたら、ペアご招待券って……」
「うん」
「あの、ふーちゃん、誘っても、いい、のかな……なんて……」
「え? いいの!? もちろん大歓迎だよ、ありがと!」
「わぁああぁああぁぁ!」

 私は嬉しさのあまりに顔を真っ赤にしてパタパタと小躍りしました。そんな姿を見て、ふーちゃんがクスクスと笑ってくれます。

 馬主と馬券購入者に取り囲まれ、24時間、一秒の休みもなく足裏を○問され続ける。泣いても喚いても許してもらえず、嘔吐し大小便を漏らし、メチャクチャな姿になって苦しみ抜く……私とふーちゃんが一緒にそんな姿になる……それを思うと興奮しちゃうのは当然です。

 副賞では一応「生贄を殺してはいけない」とされていますが、もちろん何が起こるか分かったものではありません。最悪の場合は二人とも○問に苦しみ抜いて死ぬことになります。なのにふーちゃんはそんな未来を予感しながらも、一秒の迷いもなく笑顔で受け入れてくれたのです。大好きすぎる!

 私は感動のあまり涙さえこぼしながら、ふーちゃんに何度もありがとうを伝えました。

「私、死んでも一位取る! だから、一緒に苦しみ抜いて死のうね!」

 競売の結果、私の馬主に決まったのは王仁玲子さんでした。今回のイベント企画主でもあり、『素足でいんふぇるの』のプロデューサー兼ディレクターでもある彼女は私を番組構成のメインに抜擢したのです。

「Aクラスの三人は高すぎて予算オーバーだったからさ~。でも沙耶ちゃんも十分に番組のメインを張れると思ってるから!」

 私は200万円で競り落とされましたが、やはりすごかったのはAクラスの生贄三人です。百合川紗奈さんは380万円、そして、雪村織絵(ゆきむら・おりえ)さんは550万円、黒乃静音(くろの・しずね)さんに至ってはなんと720万円もの値が付いたのです。やはり一位を取れる期待値の高い生贄が高騰したようです。生贄ガールズの中でも飛び抜けた根性を誇る黒乃さんは本命中の本命であり、雪村さんがその対抗馬といったところでしょうか。

 黒乃さんや雪村さんに勝たなければならないと思うと、それだけでもハードルの高さに目眩を覚えますが、加えて、予想外のハードルとなったのが馬主が王仁さんであることでした。一キロも走るとまた王仁さんの声が後ろから飛んできます。

「沙耶ちゃん、悪いんだけど鞭入れるね!」

 私はすぐに四つん這いになり、足裏を揃えて差し出します。業務用ビデオカメラがググッと迫り、砂利道で赤く腫れ上がった私の足裏を接写します。その間にも先を行く生贄たちの背中がどんどん遠くなっていきます!

「早く、早く鞭下さい!」
「分かってるってば!」

 炸裂音と共に足裏に焼け付くような激痛が響き、私は悶絶して砂利の上に倒れますが、一呼吸の後には立ち上がって走り出しました。慌てて王仁さんが自転車に跨り直します。

 鞭は、本来は馬が走れなくなったり気合が足りてない時に入れるべきものです。ですが、私だけは関係なく、定期的に鞭を受けねばなりません。ひとえに番組の都合上です。20㎞のマラソンを通じて生贄の足の裏がどう変化するか……それを伝えるため定期的に視聴者に足裏を観察させる必要があり、私はその役割を課されていたのです。それに見ている方だって私が意味もなく鞭打たれた方が楽しいに決まっています。

「一色沙耶の足裏は砂利で真っ赤に腫れ上がり、打たれた鞭の痕は青黒く変色していた。そして、そこに新たな鞭痕が刻まれたのだ!」

 後で編集された番組を見ていたら、私の鞭打ちシーンではこんなナレーションが被せられていました。つまり、私はそういう役目を担わされていたのです。そんな制作側の事情は理解できるものの、実際、これは私にとっては相当のハンディキャップでした。

 立ち上がった私は肺が潰れそうな程に息を切らして、砂利が足裏に突き刺さる痛みを味わいながら走り続けます。そもそもアスリートでもない私たち生贄は20kmを走り抜くだけでも大変です。息を切らしながら必死に速度を上げますが、先を行く先輩たちの姿は遠いままです。今日のマラソン大会に臨んだ生贄14名は、全員が一位の「ペアご招待券」に憧れていてみんな本気なのですから。

 そうこうしているうちに2㎞が過ぎ、両足裏がズキズキと酷い痛みを訴え出した頃、ついに砂利道が終わりました。ですが、楽になるわけでは全くありません。ここからは真夏のカンカン照りに熱されたアスファルトの山道が続きます。

「この時、アスファルトの表面温度は60度にまで達していた。普通の女の子であれば裸足で10秒と立っていられない」

 編集後のナレーションではそんなことを言っていましたが、実際に地面は凄まじい熱を持っていました。真夏のプールサイドを裸足で歩くような辛さです。この熱された道がこの後、6㎞も続くのです。

 普通の女の子であればこれを走り抜くなど到底不可能でしょう。ですが私たちは生贄です。足の裏がどうなろうとどうでも良いのです。

 普通の女の子は足の裏の辛さ以上に、「火傷するんじゃないか」という恐怖で走り切ることを断念するでしょう。ですが、私たち生贄は「火傷は当然するもの」です。足の裏を焼き焦がしきった後、どこまで無理できるか、気合を見せられるかで生贄の真価が決まるのです。

 汗だくになりながら焼けたアスファルトの上を走っていると、初めて他の生贄の背中が見えてきて、追い越しました。Bクラスの生贄の雨河ミリィさん(落札価格170万円)でした。裸足アイドルから生贄に転向した女の子で、私やふーちゃんとも仲良しです。彼女はゾンビのようによろけながらヨロヨロと歩き、馬主の男性が隣で彼女を罵倒し続けていました。

 後に編集された番組を見たところ、馬主はアイドル時代のミリィさんの熱烈なファンだったようです。馬主は当初は当然一位を目指してミリィさんを走らせていたものの、砂利道でも一切怯まないAクラスの生贄たちの圧倒的な走力を見て、早々に入賞を諦めたようです。

「冷静に考えて入賞は無理と判断し、割り切ってレース自体を楽しむことにしました」

 そうコメントしていました。

 つまり、馬主は諦めた瞬間に彼女を跪かせて、怒涛の鞭連打を足裏に叩き込み、彼女が泣き叫んで嘔吐するまで容赦なくそれを続けたそうです。その後、またレースに戻したのですが、当然まともに走れるはずがありません。ミリィさんは鞭打たれた足裏の激痛に呻きながら、灼熱のアスファルトの上をヨロヨロと歩き続けました。ミリィさんの進む先に日陰があると馬主が罵倒しながら進路変更させて、徹底的に日陰を避けさせます。彼女の足裏を決して休ませません。

「入賞が不可能な以上、下手に早くゴールさせるよりもこうした方がミリィちゃんの苦痛が最大化されると判断しました」

 どうです、合理的でしょう、と言いながら馬主さんがメガネをクイッとしていたのが印象的でした。

 ミリィさんを追い抜き、長い長い灼熱のアスファルトの道を走り抜く中で、Bクラスの生贄をさらに二人追い抜かします。足裏の激痛とは別に体力的な問題から、彼らは走力が限界に来ていたようです。生贄の生活は足裏を焼かれて入院の繰り返しなので、どうしても体力が減退しがちです。中学時代にバスケ部だった私はその点で少しだけ有利でした。

「沙耶ちゃん、鞭」
「はいっ」

 私は四つん這いになり両の足裏を差し出します。6㎞の焼けたアスファルトを1時間弱かけて走り抜いた私の両足裏は一面が薄ピンクに腫れ上がりジンジンする強い痛みに襲われていました。浅達性Ⅱ度の火傷と思われます。数時間経てば全体が水ぶくれに覆われるでしょう。普通の女の子ならこんな足の裏で裸足で走ろうなんて間違っても思わないでしょうが、しかし、私は生贄です。

 そんな私の足の裏に、王仁さんは喜々としながら五度目の鞭を叩き込みます。そしてニコニコとしながら前を見て、

「ここからだね~!」

 と嬉しそうに呟きました。私達の目の前には細い橋。橋桁が鉄板の全長60mの橋がありました。

 20㎞の道程の中盤に用意されたこの橋は、今回のマラソン大会の目玉とも言うべきスポットです。川の上に作られたこの橋に手すりはなく橋桁は総鉄板。当然ながら鉄板は太陽光により激しく焼かれています。私達はこの上を裸足で渡らなければならないのです。

 川の流れは穏やかで落ちても危険は少ないでしょうが、その場合は川の中を歩いて戻り、再び橋の上を渡らなければなりません。現に今も、Bクラスの生贄である綿里莉奈さん(落札価格65万円)がびしょ濡れになりながら川の中から這い上がってきました。馬主の男性が綿里さんの濡れた足先を丁寧にタオルで拭いていましたが、彼女の足裏は皮膚がドロドロに焼け爛れています。タオルで水滴を拭き取っていたのは、この後また橋の上を渡らせるからでしょう。足裏が濡れていると火傷が軽くなってしまいフェアではないからです。

 馬主の方は番組ではこうコメントしていました。

「橋を渡る前に気合を入れようと思って莉奈ちゃんの足裏に鞭を三十発叩き込んだんだけど、あれが失敗だったね。莉奈ちゃん、ほとんど歩けなくなっちゃって。で、橋の上で足の裏を焼かれまくった挙げ句、耐えれなくて川に落ちちゃった」

 そんな綿里さんの不甲斐なさに怒った馬主は、懲罰としてさらに数十発の鞭を叩き込んで再び橋を渡らせたところ、今度もまた耐えきれずに転落。そして、今ようやく川から這い上がってきたところだというのです。

 馬主は私達に「どうぞお先に」とジェスチャーします。

「こちら、少し時間が掛かりますので」

 そう言って馬主は綿里さんの足裏めがけて懲罰の鞭を振り上げ、綿里さんの甲高い悲鳴が響きました。綿里さんはこの後、大会がタイムアップとなる五時間後まで、十数回も繰り返し橋を渡ることになります。結局、最後まで踏破できることはありませんでしたが。

 さて、私たちも問題の橋の前へとやってきました。王仁さんがしゃがんで橋桁の鉄板を素手で触ります。

「熱っ……!」

 触った瞬間に慌てて手を引っ込めました。この時のナレーションではこう語られています。

「鉄製の橋桁の温度は、この時、実に75度を超えていた。1秒も触っていられない温度である。だが、生贄はこの橋桁の上を裸足で歩き抜かねばならない」

 転落の危険があるため、という建前で、この橋の上は走るのではなく歩くことが義務付けられていました。番組的には生贄が大火傷して痛みに狂った方が面白いからです。とはいえ、私にとってはそれも願ったり叶ったりです。私は躊躇なく鉄板の上へと素足を踏み出しました。

 熱い……熱いです! とてつもない熱さです。足の裏が焼かれていくのがハッキリと分かります。この苦しみは火渡りとほとんど変わりません。ですが、通常の火渡りが10メートル、長くてもせいぜい20メートルなのに対し、この橋は60mもあるのです。

 足の裏は苦痛に耐えきれず飛び跳ねそうになりますが、それを気合で押さえつけて、スタスタと素足で鉄板を踏み続けます。橋の下を流れる冷たい小川の中に飛び込みたくなる気持ちを殺して足の裏を焼き続けます。飛び跳ねることを自分に許したら、そのまま川の中へと飛び落ちてしまいそうなのです。そんな誘惑を跳ね除け、自分の足の裏をグチャグチャに焼き焦がすんだ!という気持ちで、歯を食いしばりながら橋を歩き続けます。その覚悟が限界に達するほんの手前で、ようやく対岸にたどり着きました。

「あ、ぁ……ッ!!」

 私は呻き声を上げて、たまらずその場に倒れ込みました。本当はすぐに走り出すべきなのですが、どうしても動き出せません。この時の私は気付いていませんでしたが、後で番組を見ると私の両足裏とも皮がベロベロに焼き剥がれていたのです。見事な深達性Ⅱ度熱傷を負っていました。

「王仁さん、鞭を下さいっっ!!」

 私は叫ぶような声で初めて自分から鞭を懇願しました。走ることはおろか、歩くことすらできない凄まじい激痛なのです。こんな足の裏でマラソンを継続するには…………この激痛すら「マシ」になる程の痛みと恐怖が必要でした。もちろん王仁さんは私の気持ちをすぐに察してくれました。

「ギゃっ……! ひィっ、いギぃいいッ! うあギゃぁあああッ!」

 私に贈られたのは情け容赦ない鞭の連打です。十発は足裏に見舞われたでしょうか。頭の中が爆発したかと思うほどの凄まじい激痛の洪水に目の前が真っ白になります。この時の私は気付いていませんでしたが、おしっこも漏らしていたようです。視界が涙で濁り、酷い耳鳴りがする中、怒気を孕んだ王仁さんの叱咤が聞こえてきました。

「立て! 今すぐ走れ! 次は二十発叩き込むぞ!」

 私は恐怖に駆られて死ぬ気で立ち上がります。一歩踏み出すと激痛のあまりに死にたくなりますが、鞭の恐怖を糧に走り出します。でも全ての生贄がこの苦しみを味わっているのだと思うと、やっぱり願ったり叶ったりでした。だって、足の裏が焼ければ焼けるほど……状況が厳しくなり根性の勝負になればなるほど……私に逆転の目が出てくるのですから。

 そこから先、残り12㎞の苦しみは、これまでとは比べ物にならないものでした。まず4㎞の砂利道が続き、次に5㎞の焼けたアスファルト、再び2㎞の砂利道。そして最後はゴツゴツした岩が堆積した1㎞の山道です。

 ベロベロに焼け爛れた足裏で踏みしめる砂利の痛みは格別ですし、焼けたアスファルトも足裏の火傷を深めて悶え狂いそうになるほどの激痛を与えてきます。私は悲鳴を上げ、泣きわめきながらも、それでも走り続けました。走ったと言っても時速4㎞程度で、歩いているのと変わらない速度でしたが、それでもゾンビのようにヨタヨタと歩く生贄たちを何人か追い抜かしました。

 意外だったのが、Aクラスの生贄である雪村織絵さん(落札価格550万円)を追い抜かせたことです。彼女はアスファルトの道の端で、小便と吐瀉物の水たまりの中に倒れ込み、白目を剥いていました。黒乃静音さんとデッドヒートをしていた彼女は肉離れを起こして、優勝争いから脱落してしまったそうなのです。

 もちろん馬主はカンカンに怒り、雪村さんに対して、残り時間すべてを使って徹底的な懲罰を行うことに決めたようです。彼女の足裏に力任せに何十発も鞭を振るい、乗馬鞭が叩き折れると、今度は枝を拾ってきて、それで足裏をメチャクチャに鞭打ちます。雪村さんが嘔吐し小便を漏らすと、彼女を無理矢理に立たせて焼けたマンホールの上に連れていき足裏を焼き焦がしました。私が彼女を追い抜かしたのはまさにそんな処刑の真っ最中だったようです。

 約三時間にわたり懲罰を受け続け、マラソン終了後、命の危険から緊急入院となった雪村さんですが、番組のインタビューでは後にこう語っていました。

「いや、あれは当然ですよね! 肉離れだなんて、そりゃ馬主さん怒りますよ。私に550万円も払って下さったのにドブに捨てたようなものじゃないですか。私も優勝逃したの残念ですし、不甲斐ない私に馬主さんが時間いっぱい使って私を懲罰するのも当然だし、むしろやるべきだと思います。本当にすいませんでした~~!」

 グチャグチャの足裏に、定期的に鞭を振るわれながら、私は尖った砂利道や焼けたアスファルトの上を必死に走り続けます。一位になれば……今の苦しみなど比べ物にならない本物の生き地獄に大好きなふーちゃんと一緒に落ちることができるんです。そんな幸せな未来を目指して、死ぬ気で足を進めて行きます。

 しかし、そんな私でさえも気力が潰えそうになったのが最後の1km、ゴツゴツした大きな岩が堆積した、いわゆるガレ場です。砂利道やアスファルトはどれだけ痛くて苦しくとも、とにかく痛みに耐えて頭からっぽで足を進めれば先に進めますが、ガレ場では足下が極めて不安定です。ズタズタの足裏でしっかりと岩を捕捉し、力を込めて、意識的に、考えながら足を進めなければなりません。

 けれど私の視界は涙で濁ってるし、頭も激痛に支配されて真っ白です。足下の岩の状態を視認し、認識し、思考する余裕など全くありません。よろけ、つまずき、何度も転びながら進む私のスピードは極端に遅くなっていましたが、それでもさらに数人の生贄を追い抜かしました。

「ぎゃっ、ぎゃァあああっ! ぐがああァっ! ギぎゃああっッツッ! いぎィいい、ぁぎぎああっアッ!!」

 ガレ場の上に倒れ伏し、動けなくなった見村瀬奈さん(落札価格45万円)の足裏に馬主が鞭を連打しています。それでも見村さんは立ち上がれません。このガレ場は一位入賞を目指して参加した気合の入った生贄ですら、最後の最後に気力が尽きる程の困難な道程だったのです。

 そんな生贄たちの惨憺たる有り様を横目にしながら、私の馬主である王仁さんはキャッキャと楽しそうにしています。

「うふふ! 我ながら最高のコースね。このガレ場、絶対にキツイと思ったのよね~!!」

 王仁さんはこのマラソン大会のために調査チームを組織し、何度もロケハンを重ねて最高のコースを探し出したのだそうです。鉄製の橋や砂利道、そしてガレ場まで含んだこのコースを見つけ出した時、「これは神が生贄のために用意した道だ!」と大喜びしたそうです。

 ズタボロになりながら最後の1kmのガレ場を走り……いや、歩き続けた私ですが、番組ではこの場面は見事な編集がなされていました。汗と涙と鼻水とよだれにまみれて苦痛に歪んだ私の顔と、ズタズタのボロクソになった足裏の映像が同時に映されて、とても惨めでむごたらしく、こんな私の姿が全国のお茶の間に流れたのだと思うと、生贄としての誇らしさと恥ずかしさが混じった複雑な気持ちになります。なお、このシーンが番組中での瞬間最高視聴率を獲得したようです。

 私の足裏を視聴者に晒すことも兼ねて、王仁さんは何度も何度も私の足裏に鞭を振るいました。そして、なんとか1kmのガレ場を踏破して、最後のゴールテープが見えた時、そこには既にゴール済みで、座って足裏を晒している三人の生贄の姿が! 私は愕然としましたが、それを見た王仁さんもゴールテープの直前でため息をつきました。

「あちゃ~、こりゃ入賞無理だね。残念賞あげるから、沙耶ちゃん、四つん這いになって歯を食いしばって!」

 そう言って私を座らせます。私もあんなに頑張ったのに一位が取れなかった悲しみから、もうどうにでもなれと思って、破れかぶれな気持ちで両足裏を揃えて王仁さんに差し出しました。

 もちろん私に贈られたのは王仁さんからのメチャクチャな鞭の連打です。私の足裏をブッ壊すつもりの情け容赦ない力任せの鞭打ちです。

 これは馬主の心情を考えても視聴者の心情を考えても当然だと思います。王仁さんはこれまで五時間にわたって私を苦しめ続けてきました。入賞して、さらなる地獄を私に味わわせるためです。ですが、それが無理だと分かったのだから、最後の最後に無茶苦茶をして私をブッ壊したくなるのは当然でしょう。私は200万円もの大金で落札した馬なのですから番組的にも最後まで有効活用したいでしょうし。視聴者だって、入賞を逃した私のような駄馬をこのままゴールさせて休ませたいなんて思うはずがありません。ゴール前に止めを刺したいに決まっています。

「ガッ、ぎ、あぎィ! ぐぎィいあギャっ! ギャあアァああああッ!!!!」

 岩場の上で体をぐねらせ、弾けさせ、身悶えながら、私は足裏で爆発する激痛を味わい続けます。

「ギ、ギャあッあああアあッ!! ギあ、アァぎィいッ、ひぎィギぎぎいいいッッ!!!」

 王仁さんも汗だくになりながらも、楽しそうに鞭を振るい続けます。力任せに鞭を振り下ろし続けます。

「おッ! ギャッ! ギャッッ、が、ギャッ! あ、ァあ、ギャッ! ガ! あギャッ! おあッ、ぐっ、ぐァッ! ギぎゃッ、ア!!!」

 業務用ビデオカメラ数台が様々な角度から私を捉え、おぞましくむごたらしい有り様へと変わっていく私を記録し続けます。

 後から私に追いついてきた馬主たちは、私の姿を見て「なるほど!」と気付き、同じように生贄に「残念賞」をプレゼントし始めました。ゴール前はまるで生贄の屠殺場です。

「ふーっ」

 十数分後ーー、四十度近い炎天下の中、力いっぱい鞭を振るい続ける重労働をこなした王仁さんは、汗だくになって額の汗を拭いました。そして、彼女の足下には私が……嘔吐し、おしっこも漏らして、痙攣するようにビクビクと震え続ける惨めな私の姿がありました。

「いや~~、もうムリ! 腕上がんないよぉ~。これ、明日、絶対筋肉痛~っ」

 王仁さんは爽やかな笑顔でそう言いながらも、鞭を持った腕を苦労しながら振り上げて、私の足裏に振り下ろします。

「ギャ……ぁ」
「はーい、沙耶ちゃん、立って立って! あと5メートルでゴールだから。最後まで死ぬ気で走ってね」

 その最後の5メートルがこの日一番の生き地獄となったことは言うまでもありません。

 三位入賞までの生贄は表彰台の上で縛られて、足を伸ばして座っていました。彼女たちには頑張った足裏をみんなに見てもらえる権利が与えられたのです。

 一方で私たち四位以下の生贄は、表彰台から少し離れた岩場の上にまとめて投げ捨てられました。ゴツゴツした岩の上に放り出されて倒れているので、全身が酷く痛みます。私もそうでしたが、他の生贄たちもみんな嘔吐して小便を漏らしており、中には大便すら漏らしている子もいました。そんな子たちが同じ場所にどんどん投げ込まれていくので、真夏の熱気も手伝って凄まじい悪臭が立ち上がり、ハエが無数に寄って来て私たちにたかります。ですが、足の裏が激痛すぎて、とても気にしていられません。

 女の子には見えない程に顔を苦痛に歪めて、小袖と袴を汚物でまみれさせ、一箇所にまとめて生ゴミのように投げ捨てられている私たちの姿は本当にグロテスクで、入賞を逃した私たち駄馬の末路にふさわしいものでした。

 私の足の裏は全面が焼け爛れて皮膚が剥がれ落ち、執拗に重ねられた鞭のせいで肉も裂けて、おぞましい有り様へと変わっていました。全治1ヶ月半の重傷です。通常、Bクラスの生贄が受ける裸足チャレンジは上限が全治1ヶ月と決まっていますから、足の裏がこんなことになるなんて、私たちからしてもとてもお得なチャレンジでした。「入賞はできなかったけど、参加して良かったね」と後で番組を見ながら生贄たちで語り合ったものです。

 それで今回のマラソンの入賞者ですが、まず三位を獲ったのは生贄ガールズ代表でAクラスの生贄、百合川紗奈さん(落札価格380万円)です。タイムは4時間35分。私が5時間15分での完走だったため、ゴール前で屠殺されていた時間を別計算としても、百合川さんは30分以上前にゴールしていたことになります。やっぱりAクラスの生贄はすごい……!

 百合川さんには三位の副賞として、舞姫30回がプレゼントされました。舞姫は百合川さんが開発した裸足チャレンジ用の装置で、円柱状の檻の中に裸足の女の子を閉じ込めて足下の鉄板を熱し、女の子が熱さで踊り狂うさまを楽しむというものです。1回や2回では大した火傷も負わないのですが、30回も繰り返し入れられれば足裏は焼け爛れ全治一ヶ月の大火傷を負うことになります。

 ですが、今もニコニコしながら縛られている百合川さんの足裏は既に全面がベロベロに焼け爛れて全治一ヶ月を超える火傷を負っています。ここからさらに30回の舞姫……百合川さんの足裏はどれほどむごたらしい有り様へと変貌するのでしょうか。百合川さんの大ファンだという馬主の女性も、この後の百合川さんの処刑タイムをとても楽しみにしているようです。

 続いて二位ですが、なんとBクラスの生贄である円城明日那さん(落札価格80万円)です! タイムは4時間35分。百合川さんとほぼ同着ですが、最後の最後でデッドヒートを制したようです。実は今回のマラソン、Aクラス昇級がかかっていたようで、2位以上を取れば昇級成功だったのだそうです。

 昇級試験に何度も失敗して今回が四度目だったという円城さん。ついに念願のAクラスになれることが嬉しくて仕方ない様子です。Bクラスの生贄には全治一ヶ月までの上限がありますが、Aクラスなら死なない限り足の裏に何をやっても構いません。際限のない命懸けの足裏地獄を味わえるのがAクラスの特権であり、円城さんはずっとその生き地獄に憧れていたのです。

 そして、二位の副賞は足の裏への根性焼き二千本。その発表を聞いた円城さんは縛られたまま大興奮で喜びます。これから馬主と馬券購入者全員で円城さんを取り囲んで、その足の裏に一本一本、火の付いた煙草を押し付けていくのです。

 二千本ということは、この先、7~8時間にわたって処刑が続くことになります。円城さんの足裏も当然グチャグチャに焼け爛れているし、何より20kmの全力疾走で体力も限界のはずです。ここからさらに7時間以上にわたり足の裏を焼き尽くされる……その未来を想像したのか、円城さんはニヤニヤ笑いを浮かべて、よだれすら垂らしています。これには馬主さんもニコニコです。

「俺は昔から明日那ちゃんの大ファンでさ! たったの80万円で落札できた上に2位入賞! ここからさらに明日那ちゃんの足裏を焼きまくれるなんてコスパ最高だし、それに明日那ちゃんがAクラス昇級だなんて。そんな記念すべき日に立ち会えたのが嬉しくてたまらないね」

 馬主さんは二千本のうち千五百本を押し付ける権利を得られます。ということは一本あたり533円。ボロボロに焼け爛れた女の子の足裏にワンコインでさらに煙草を押し付けられるというのはコスパで言えば確かに最高です。

 そして一位は、本命中の本命だったAクラスの生贄、黒乃静音さん(落札価格720万円)でした。タイムはなんと驚きの3時間46分。二位の円城さんたちを1時間弱引き離しての堂々の優勝です。編集後の番組を見ていると、恐ろしいことに黒乃さんは最後のガレ場を除いて時速6km前後のスピードをずっと維持し続けており、例の鉄製の橋で足裏を焼いた後も一切スピードが衰えていませんでした。

「足の裏ですか? もちろん痛かったですよ。橋で足裏を焼いた後は本当に辛かったです」

 と、黒乃さんはインタビューに答えながらも、

「でも、全部気合で耐えればいいだけなので。それが根性ってことじゃないですか」

 そう言いながら笑ってダブルピースを見せました。黒乃さんは自分の根性を人に見てもらうことが大好きなのです。今回のような裸足チャレンジは大好物だったでしょう。

 なお、黒乃さんの足裏は焼け爛れてはいましたが、鞭の痕は一切付いていませんでした。

「だって、鞭を入れる必要がないんだもん」

 と、馬主である佐都野朱莉(さとの・あかり)さんはコメントしていました。

「シズちゃん、ぜーんぜんスピードが落ちないから。そりゃもちろん私だって鞭打ちたかったですよ。でもグッと我慢しました。だって、ね!」

 佐都野さんがアイコンタクトを送ると、黒乃さんが嬉しそうにニコッと頷きます。そう、今から黒乃さんに贈られるのは一位の副賞、「実験室24時間貸し切りペアご招待券」です。

「鞭なんて今からいくらでも入れられるからね~! あぁ~、どんなメチャクチャしようかな。本当に楽しみぃ~♪」

 黒乃さんは縛られたまま、ドロドロに皮膚が焼け落ちた両足裏を揃えて、挑発的に左右に振りました。黒乃さんのこの可愛い足の裏に、今から24時間どんなひどいことをしても良いだなんて……黒乃さんの大ファンであり、黒乃さんを苦しめ抜いて殺したいと公言している佐都野さんにとってはこんなに嬉しいことはないでしょう。

「シズちゃんのこと、一応殺しちゃいけないことになってるけど、私、自分を抑えられる自信ぜーんぜんないから! 覚悟しといてね!」
「うふふ、覚悟は常にできてますよ」
「あ、そうだったね、ゴメンゴメン!」

 黒乃さんと佐都野さんが楽しそうに笑いあいます。黒乃さんはすべての裸足チャレンジに「今日のチャレンジで自分は死ぬ」と覚悟して挑んでいます。だからこそ、毎回とてつもない根性を発揮し、死ぬほどの○問にも雄々しく耐え抜くのです。そんな黒乃さんだから今日の素敵な副賞で苦しみ抜いて死ぬことも、もちろん覚悟済みなのでしょう。

「シズちゃんさ、ペアに誰を誘うかはもう決まってるの?」

 王仁さんが黒乃さんに尋ねました。

「うーん……。一人で独占しちゃうのもアリかなって思ってたんですけど」

 黒乃さんがいたずらっ子のような、はにかんだ笑みを浮かべます。24時間の地獄にたった一人で挑もうだなんて、やっぱりAクラスはスゴ過ぎます……。

「今回は、同じAクラスの子を誘いますね。なかなか裸足チャレンジできなくて困ってる子なので。きっと喜んでくれると思います」

 黒乃さんの言っている相手とは、Aクラスの茨沙樹(いばら・さき)さんのことです。とても立派な生贄なのですが、茨さんは「純粋なモルモットとして人知れず消耗される」というモットーを持っており、今回のような生贄が表舞台に出て脚光を浴びるチャレンジはすべてお断りしていました。昨今は生贄がメインを張る裸足チャレンジが増えきたせいで、茨さんの派遣される現場はどんどん減っていたのです。

 黒乃さんの言葉に、マラソンの見物客でもある馬券購入者たちが「オオーッ」と歓声を上げました。みんな、茨さんのことだと察したのでしょう。茨さんは生贄の中でも随一の美少女なのに表舞台に全く出てくれないので、生贄ファンの間ではレアキャラとして人気なのです。黒乃さんをグチャグチャのズタズタにできる上に、おまけで茨さんまで無茶苦茶にできるなんて一粒で二度美味しすぎる話です。

「じゃあ、馬券を買ったみんなにはその子をあげるから! 私は24時間、シズちゃんを独占しちゃおっかなぁ~!」

 佐都野さんも楽しそうにそう言いました。黒乃さんも楽しそうに笑っています。

 この後、黒乃さんがどうなったのか。それは皆さんのご想像のとおりです。「命が助かった」という一点を除く、この世のすべての最低最悪を黒乃さんはその身でたっぷり味わうことになりました。
 
 †

 そして、二ヶ月後ーー。

 私とふーちゃんは燃え盛る火の道の前へと立っていました。生贄の制服姿である小袖と袴。そして、足下はもちろん裸足で、私たちは火渡りの時を待っています。隣でふーちゃんが私を見てニコッと笑いました。私も嬉しくて笑顔が止まりません。

 先週のことでした。王仁さんが私に謝罪に来たのです。

「沙耶ちゃん、こないだのマラソン大会ではごめんね~。番組の都合上、しょうがなくってさあ」

 内容はもちろん私の足裏を定期的かつ無意味に鞭打ったことです。ただ、もし王仁さんの鞭がなくても黒乃さんに勝てた気は全然しないのですけど……。

「でさ、お詫びと言ってはなんなんだけど、ちょっと良い話持ってきたよ」
「?」

 その王仁さんの「良い話」が、いま私たちの目の前にある火の道なのです。私の右足首とふーちゃんの左足首が荒縄で縛られています。この後、私たちは「二人三脚火渡り」に挑戦するのです。

「これ、私からのご褒美だと思ってよ~!」

 と王仁さん。王仁さんは私が風花ちゃんと一緒に足の裏をメチャクチャにされたいことを知っていたのです。

 今日の二人三脚火渡りは20メートルの火の道が用意されています。私たちは息を揃えて、この上を歩き抜くのです。通常の火渡りよりも遥かに危険なことは言うまでもありません。

 ですが、それだけではなく、さらに二つの魅力的なルールが追加されています。一つは、火の道の周りにはフェンスが立てられており、一度スタートしたなら踏破するまで絶対に逃げられないこと。

 そして、もう一つ。こちらがより重要なのですが、踏破した後、私かふーちゃん、どちらかがおかわりを望む限り、何度でも火渡りは繰り返されるのです。Bクラス上限の「全治一ヶ月縛り」も王仁さんが百合川さんに直談判して(私とふーちゃんも直談判して)、今回は特別に不問となっています。 

 二人三脚ですので、私かふーちゃん、どちらかが苦痛のあまりパニックでも起こして息が合わなくなれば永遠にゴールできません。私たち二人はずっとずっと火の上で踊り続け、足の裏を焼き尽くされることになります。そして……

 私は、そうなるまで、何度でも火渡りをおかわりできちゃうんです。

「え、えへへ! ふ、ふーちゃん、覚悟……いい……?」
「うん! ていうか、沙耶ちゃんが挫けたら私がおかわりするからね!」
「えっ……。……あ、あり、がと……」
「当ったり前じゃん! 今日は最後まで楽しもうね、沙耶ちゃん!」
「う、うん!」

 生贄が泣こうが喚こうが叫ぼうがどうなっても絶対に途中で解放しない、と書かれた誓約書に私とふーちゃんが連名でサインします。ああ、もう、嬉しくて仕方ありません! まるで結婚式のようです。私、一色沙耶は死ぬまで草間風花ちゃんと一緒に足の裏を焼き尽くすことを誓います!


<終>

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【発売】小説『近畿地方のある神事について』

 Kindleにて長編小説『近畿地方のある神事について』発売開始しました。

■あらすじ

日本のとある地方で過激な火渡りの儀式が行われ、参加した巫女が足裏に大火傷を負う事件が発生する。

この神事の背景には穂村之宝稀姫(ホムラノホマレヒメ)と呼ばれる女神信仰があった。
ホムラ信仰に興味を持った女性記者は奇祭の取材を重ねていくが、彼女の原稿は段々と常軌を逸していき、最後には彼女自身も行方不明となってしまう。

その女性記者のノートPCを手に入れた有堂勇次は、データ復旧へと取り掛かり、彼女の足跡を追う――。
女性記者が収集していた様々な事件記録や雑誌記事、さらにはネット上の書き込みなどから、有堂はホムラ信仰の恐るべき実態を浮かび上がらせていく。
火渡りを始めとする危険な足裏苦行がホムラ信仰の名のもとに執り行われており、多くの若い女性たちが「裸足の巫女」となって、それらの神事に参加していたのだ。
危険でおぞましい神事に競って参加し、そして、足裏に大怪我を負っていく巫女たちの姿を見ていくうちに有堂は一つの疑いを抱き始める。

 ――これは女神の呪いではないか?

大怪我を免れえない危険な神事に挑む巫女たちは正気なのか? そして、失踪した女性記者の行方は? ホムラ神事は日本各地で次々と執り行われ、裸足の巫女たちは恐怖と激痛を競って求め、痛々しい悲鳴を叫ぶ。巨大で異常な呪いが日本列島を覆っていく……。

謎に包まれた神格「穂村之宝稀姫」の正体とは? 衝撃のグロテスク・マゾヒズム・ホラー!!

■こんな人にオススメ

・マゾヒズム文学
・民俗学系ホラー
・モキュメンタリーホラー
・裸足が好き
・足裏が好き

■目次

・アライワ文書(抜粋)
・打ち合わせ 1
・九州地方のある神事について
・メール
・編集部へのメール
・事件例
・若者の見てるサイト
・フドクホムラソウ
・メール
・阿達氏へのメール
・打ち合わせ 2
・関東地方のある神事について
・編集部へのメール
・編集部からのメール
・打ち合わせ 3
・雪山の奇妙な生き物
・レアなバイト経験
・新進気鋭のアーティスト
・卒業旅行
・プロフィール
・打ち合わせ 4
・馬塔氏からのメール
・北海道のある神事について
・編集部へのメール
・編集部からのメール
・打ち合わせ 5
・阿達氏へのメール
・書き込み 1
・打ち合わせ 6
・書き込み 2
・荒岩氏へのメール
・盗聴
・呪い
・ポータルサイト
・近畿地方のある神事について
・付録

 なお、支援者限定で本作のEPUB版を配布いたします。(Kindleで読めます)

【 全治二週間 】プラン以上限定 月額:500円

EPUBファイルをDLできます

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閲覧できなくなる特典が
あります

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【ホラー】近畿地方のある神事について(完結)【足裏○問】

 緋袴姿の三ツ花撫子が本当に幸せな笑顔を向けて俺に手を振った。

「ユウジ君、ホントに色々ありがとう! じゃあ、私たち、苦しみ抜いて立派に死んでくるね!」

 裸足の三ツ花が弾むような足取りで他の巫女たちの後に続き、特徴的な円形の建物の中へと入っていく。赤師眞子も一緒だ。

 ここは近畿地方の▓▓県の片田舎にある施設。ホムラ神事「蛆虫の巣」――、通称「裸足の巫女の最終処分場」のためだけに使われるものだ。俺は静川さんとの面談の後、三ツ花たちが探し求めていた「蛆虫の巣」の情報を彼女たちに伝えたのだ。そして、三ツ花たちを神社まで送り届ける役も買って出た。

 三ツ花からしてみれば、俺の妨害すら懸念していたわけだから、俺が豹変して協力的になったことはさぞ嬉しかったに違いない。

 彼女たちは昨日は神社に宿泊した。二十四歳の裸足の巫女たちが集まったわけだが、翌日、自分たちが苦しみ抜いて死ぬことが嬉しくて仕方なかったようで、どんな激痛が、どんな苦しみが待っているのか、どんな地獄を味わえるのかと、巫女たちはまるで女子中学生のように盛り上がっていたらしい。

「みんなでお互いの足裏の見せ合いっこしてたよ。私たちみんなの足の裏が今からグチャグチャに焼け爛れてゴミ以下の汚物になるんだと思うと本当に嬉しい!」

 今朝、三ツ花はそんなことを言ってキャッキャと喜んでいた。楽しそうで何よりだ。

「では、皆さんはこちらに起こし下さい」

 一方、俺たちは施設の二階席へと案内された。「蛆虫の巣」は非公開神事だが、巫女の恋人など、僅かな親近者にだけは観覧権があるようだ。巫女には日給が出るそうだが、俺たち観客には相応の寄付……実質的な観覧料が求められた。結構なお値段だった。

 だが、静川さんはこうも言っていた。

「蛆虫の巣は見る方もとっても楽しめると思いますよ。有堂さんも三ツ花さんが足の裏焼かれて苦しむ姿を生で見てみたいんじゃないですか?」

 それが三ツ花たちに情報を伝えることにした決定打の一つだ。三ツ花の苦しむ様は写真や動画でたくさん見たが、もちろん生でも見てみたいに決まっている。

 円柱の建物の一階部分に巫女たちが集まっている。俺たちの通された観覧席からはガラス窓越しに下の様子が見えた。地面には砂利が敷き詰められ、その上に巫女たちが裸足で立っている。真ん中には一本の柱があり、その柱から水平に棒が伸びていた。柱の上部は鉄パイプ製の円形と連結しており、円形から鎖に吊るされた手枷が下りている。メリーゴーランドのようなものを想像すれば近い。

「いやあ、とっても楽しみですねえ」

 俺の隣の席に座ったのは二十代後半の男性で、今日参加している裸足の巫女の彼氏なのだという。

「あ、ほら、あの子です」

 高藤と名乗った男性がガラス窓から下を指差した。ロングヘアーの清楚な感じの巫女が見えた。名前は水月静瑠(みなづき・しずる)というらしい。

「僕はホムラ神事の追っかけをやってて静瑠ちゃんと知り合ったんです。当時、静瑠ちゃんは二十二歳だったんですけど、二十五歳になるまでに絶対に神事で死にたい! って言ってまして。僕が最終処分場の噂を教えたら、絶対やりたい、探して欲しい、ってお願いされて、一緒に探してるうちに仲良くなって付き合うことになったんです」

 彼らもあらゆる手を尽くした末にようやくこの情報に辿り着いたという。静川さんの言葉を借りて言うなら、「本当に心の底から求めている巫女にだけ、蛆虫の巣が招いてくれるんです」ということなのだろう。これへの参加が許された時、二人は飛び上がって喜んだという。

「蛆虫の巣は簡単に死ぬことはできないそうですよ。苦しみに苦しみ抜いて、生き地獄を味わい尽くした末にようやく死ねるそうです。静瑠ちゃんが死ぬまで苦しむ姿が見れるなんて本当に楽しみです!」

 前のめりな高藤さんに俺は愛想笑いで応えた。俺は静川さんからこの神事の本当の目的を聞いている。でも、せっかくの期待を壊しては悪いので黙っておいた。

 一階では、今回の主役である処分予定の巫女が七人揃っていたが、そこに神主に連れられて明らかに年齢の若い巫女が一人入ってきた。その子が七人に向かってぺこりと頭を下げる。

「先輩の皆さん、はじめまして。本日、蛆虫の巣で現姫行を務めさせて頂きます、細道環奈(ほそみち・かんな)と言います」

 その少女がニコッと微笑むと、巫女たちが拍手で迎えた。細道環奈、有名人だ。俺もホムラ神事のことを漁っている間、その名は何度も見てきた。

 年齢は十七歳。「ラッキーガール」「神に愛された少女」「奇跡の巫女」などの異名を持つ。ショートカットのボーイッシュな少女で、九州地方の▓▓県の神社の養子。裸足の巫女となるべく育てられた生粋の裸足の巫女だ。

 それで何がどうラッキーなのかと言うと、彼女は十六歳の時に、アライワ記事にもあった▓▓村の神籤の火渡りに参加している。そこでクジ運に恵まれて、なんと二十六回もの火渡りを行ったという。アライワ記事にあった白神水緒の火渡りが十五回だったので、それを遥かに上回るとんでもない記録だ。

 環奈の足の裏は当然ながらむごたらしく焼き尽くされ、酸鼻を極めた。息も絶え絶えとなった環奈を心配し、神主は彼女を病院に緊急搬送しようとしたが、環奈は頑としてそれを拒み、毒油による伝統的な治療を望んだ。

 毒油を塗り込まれて、当然ながら彼女は悶え苦しみ、死の淵に立った。足裏も全治四ヶ月、皮膚移植なしでは絶対に治らないと医学的には判断されたが、奇跡的に彼女は生き残り、毒油だけの治療で足裏も二ヶ月後には綺麗に回復した。そして、足裏が治った直後にすぐに彼女は次の神事に挑み、また足裏を焼き尽くして死にかけた。

 わずか一年の巫女活動の間になんと三回も神事で死にかけており、生存を絶望視されるもその全てで生き残ってきた奇跡の巫女なのだ。神籤の火渡りのように運が絡む神事では常に最悪の結果を味わってきたが、もちろん環奈自身はそれを「超ラッキー」だと喜んでいる。

 そんな見事な実績もあり、ホムラ神事界隈で大型新人扱いされた環奈の人気は絶大で、三ヶ月前に行われた形代祓ではファンが殺到し、なんと三千九百本もの根性焼きを二日間に渡って味わい続けた程だ。

 その環奈が処分予定の巫女たちの前で嬉しそうにニコニコしながら言った。

「皆さん、蛆虫の巣をお楽しみにされていたのに長らくお待たせしてすいません。形代祓で受けた私の足裏の火傷が例年より遥かに重傷で、完治に時間が掛かってしまいました。てへっ」

 神事の追っかけ連中からは大人気の環奈だが、三ツ花も赤師も「でも、生意気でいけすかない子なんだよ」と言っていた。「世界で一番、自分こそが誰よりも足の裏をメチャクチャにできる、って思ってるんだもん」とのことだ。「ま、そんなところが可愛いんだけどね」とも彼女たちは付け加えていたが。裸足の巫女たちは環奈に対し、若き後輩への愛しさと、若さに見合わない実績の小憎たらしさ、その両方の感情を覚えているようだった。

「現姫行を勤める身として、皆さんが苦しみ抜いて死ねるよう、私が責任を持って導きたいと思います。もっとも、皆さんが死んだ後、誰よりも苦しみ抜いて死ぬのは私ですけどね!」

 環奈の言葉に巫女たちがカチンと来たのが空気で分かった。「あ、こういうところなんだな」と俺は直感的に理解する。

「環奈ちゃん、気持ちは嬉しいけど、ちょっといいかな」

 三ツ花撫子が頬を軽く引く付かせながら口を挟んだ。

「言っとくけど、一番苦しんで死ぬのは私だから」

 だが、それを聞いた他の巫女たちは聞き捨てならないとばかりに、

「え、私が一番ひどい死に方するんだけど?」
「何言ってんの。一番むごたらしく死ぬのは、わ・た・し!」

 と、よく分からない張り合いを始めた。環奈はそんな先輩たちのやる気溢れる姿を見てニコニコとしている。

「先輩たちのやる気が伝わって環奈もとっても嬉しいです。では、蛆虫の巣、みんなで楽しみましょう!」

 巫女たちは素直に「はーい」と答えて、そこから神事の準備が始まった。
 
 †

 神事の内容は巫女たちには伏せられている。おそらく現姫行を務める細道環奈だけには伝えられているのだろう。「当日までのお楽しみ!」と三ツ花もワクワクしていた。俺は静川さんから概要を事細かに聞いていたが、もちろん三ツ花には伝えていない。

 一階の中央に立てられた柱。そこから水平に伸びる棒の前へと環奈が立った。漫画などで見る、奴○が回す謎の棒のようなものだ。環奈が軽く棒を押すと、連動して柱の上部にある鉄パイプ製の円形が回った。その円形から吊り下がっている鎖と手枷も当然ながら連動して回る。処分予定の巫女たちはその動きを見て、何かを察したようだった。

 環奈を含む巫女たちは男衆から目隠しをされ、腕に点滴のようなものを刺された。点滴パックが括り付けられた背負子のようなものを各自が背負う。さらに環奈以外の巫女は吊り下げられた手枷で両手を縛られた。この点滴の意味も俺は静川さんから聞いている。

「点滴は一つには栄養補給。蛆虫の巣をやってる間は水分補給だけで、食事は一切出ないから。生きるために必要な栄養は全部点滴」

 それともう一つ。

「後ね、あの点滴に入ってる特殊な薬品で聴覚と嗅覚が麻痺するの。昔の神事では団子とかにして経口摂取してたみたいだけど、今では点滴。全く聞こえなくなるわけじゃないんだけど、すごくボヤッとした音になって意味は全然聞き取れない。悲鳴だけは聞こえるし分かるんだけどね」

 つまり、巫女たちは目隠しで視覚を塞がれ、薬品で聴覚と嗅覚を塞がれた状態で、この神事を行うことになる。当然、何をするのか、彼女たちに説明は一切与えられない。

「唯一された説明は終了条件だけ」

 と静川さんは言っていた。

 男衆が肩を押さえて巫女たちを膝立ちで座らせた。環奈と処分予定の巫女たち、計八人の可愛らしい十六の足裏が晒される。そして、男衆が穂群灯……煙草に火を付けて、傷ひとつない真っ白な足裏に、一本ずつ、しっかりと煙草の火を押し付けていく。

 うっ、とか、あっ……、とか、可愛らしい呻きが巫女たちの口から漏れる。静川さんはこう言っていた。

「何をされるか分からないけど、もちろん何をされてもいいと思ってるし、足の裏に痛みが走った時はそれはもう嬉しかったです。あ、これ、根性焼きだ、やった! って。だって形代祓では、私、たったの百本しか根性焼きしてもらえませんでしたから。二千本以上、根性焼きされてた水緒ちゃんが羨ましくて仕方なかったんです。しかも、今回は私が死ぬまでやってもらえるわけですから……一本一本しっかり痛みを味わってましたよ」

 巫女たちの足裏にどんどん煙草が押し付けられていく。当然だが、俺は三ツ花の足裏ばかりを見ていた。三ツ花の足裏に火傷が刻みこまれ、彼女の口から噛み殺した悲鳴が漏れる度に俺は嬉しくてたまらなくなる。

「いやぁ……静瑠ちゃん最高にかわいいな。巫女が足の裏を焼かれて苦しむ様って本当に最高ですよね」

 隣の高藤さんも感慨深げにそう呟いている。俺も同意して頷き、三ツ花の憐れな姿を脳裏に焼き付けようとする。

 片足ずつ百本、両足合わせて二百本の煙草が押し付けられたところで根性焼きは一時終了となる。鎖が巻き上げられ、処分予定の巫女たちの手枷が吊り上げられていき、巫女たちは強○的に立ち上がらされる。バンザイの格好で巫女たちが立ち上がると、

「ひいッ!」

 神主が環奈の足裏に鞭をふるい、環奈が甲高い悲鳴を上げた。それを合図に環奈がふらふら立ち上がる。環奈の手を取った神主が、環奈に棒を握らせた。環奈がその棒を押し始める。

 環奈が棒を押すと、連動して柱の上部の円形が回り始め、処分予定の巫女たちを縛る手枷も動き、巫女たちは歩くことを余儀なくされる。片足ずつ百の火傷が刻まれた素足の足裏で、砂利の敷き詰められた地面の上を歩き始めると、当然ながら巫女たちから、さっきよりも痛ましい呻きが漏れ始める。ここからが蛆虫の巣の本番だ。俺は処分予定の巫女たちを笑顔で見下ろしながら、静川さんの言葉を思い出した。

「現姫行を務める巫女が棒を押して歩き続ける限り、鎖と手枷に繋がれた私たち巫女もずっと歩かなくちゃいけないの。現姫行を務める巫女はホムラ姫様の顕現なのね。要するにホムラ姫様が直々に顕現して、巫女たちが死ぬまで一緒に足裏苦行をしてくれる、ってわけ。だから、現姫行の巫女は、処分予定の巫女が全員死ぬまで棒を押し続けて、最後に自分が死ねばそれが理想なの」

 現姫行を担当する細道環奈の責任は重大だ。なにせ、ここに集まっている巫女たちはみんな今回の神事で苦しみ抜いて死ぬことを目的としている。そんな彼女たちを満足させる……つまり、全員をきっちり殺し切らなければならないのだ。

 環奈は足裏に刻まれた二百の火傷を気にする素振りなど一切見せず、一時間以上も歩みを止めずに棒を押し続けた。処分予定の巫女たちは少なからず呻きや悲鳴を漏らしているが、環奈は口元をニヤニヤさせてずっと嬉しそうにしている。自分が今から処分予定の巫女たちを命がけで殺すのだという使命感に燃えているのかもしれない。

 そうして、二時間が経過すると神主が環奈を止めて、巫女たちを吊り上げていた鎖も緩んだ。巫女たちが痛みに呻きながら膝を下ろすが、これは断じて休憩時間などではない。煙草を持った男衆が巫女たちの足裏に集まってきた。

「二時間に一度、片足に百本ずつ、計二百本の根性焼き。二時間頑張って歩いた私たちへのご褒美ってところね。うふふ! 思い出したら私も嬉しくなってきちゃった!」

 静川さんは当時を思い出しながら楽しそうにケラケラ笑っていた。

 足裏に根性焼きのおかわりをもらった巫女たちは本当に嬉しそうだった。みんな、思い思いに悲鳴を上げ、泣き崩れていく。火傷した足裏を二時間も砂利道で削られ、さらに根性焼きを重ねられる。その苦痛は筆舌に尽くしがたいだろうし、この後の砂利道はさらに悲惨なものとなるだろう。

 現に、四百本の根性焼きを味わった巫女たちの、それからの歩みは格段に痛々しさを増した。呻きや悲鳴は押さえられるものではなくなり、大声で泣き出す者も現れ始めた。そんな中、環奈はなおもニヤニヤとした笑みを口元に浮かべて、止まらずに棒を回し続ける。三ツ花から漏れる悲鳴の悲痛さが俺も嬉しくて仕方ない。今、彼女の味わっている苦痛を思うと、そして、これから彼女が味わう地獄を思うとたまらない気持ちになる。

 静川さんはこうも言っていた。

「蛆虫の巣はね、本当に素晴らしい神事なの。裸足の巫女ならみんな憧れると思うよ。だって、蛆虫の巣には足の裏の痛み以外、何もないの。真っ暗な世界で、何も見えず、何も聞こえず、何の匂いもなく、ずーっと、ずーっと、足の裏の痛みだけを味わい続けるの。そんなの裸足の巫女なら嬉しいに決まってるでしょ? 足の裏の痛みにだけ集中できるんだから。それにどんなに痛くても苦しくても、現姫行の巫女が止まらない限り、私たちは絶対に逃げられない。最高だよね、そんなの」

 それからも二時間に一度の根性焼き二百本を挟みつつ、巫女たちは砂利の上を火傷した足の裏で無意味にぐるぐる歩き続けた。何の意味もなく、ただ、苦しむためだけに、同じ場所を延々と回り続けた。

 後半になると、流石に環奈の歩みも遅くなり出した。その度に神主が環奈の足裏に鞭を振るって励ます。その鞭の甲斐あってか、前半はあんなに楽しそうだった環奈が後半ではどの巫女よりも苦しそうな顔で呻き、悲鳴を上げるようになった。

 一方、俺たちの観覧席には夕食の幕の内弁当が配られた。三ツ花たちの苦しむ姿もおかずにしながら、俺たちは弁当をつついた。うまい。安い弁当屋の幕の内ではない。これは専門店の味だ。

 夜十時になり、それぞれの巫女の足裏に計千本の火傷が刻み込まれたところで、巫女たちを縛っている鎖が緩み、全ての巫女が砂利の上へと倒れ伏した。環奈も足裏に鞭を一発叩き込まれ、転げ回って苦しんでいるところを踏みつけられて砂利の上へと寝かされた。環奈への合図は全て足裏への鞭で行われるようだ。

 一日の終りに関しても、俺は静川さんから聞いていた。

「蛆虫の巣は毎日千本の根性焼きと砂利道を十時間。それだけ。後は朝まで休憩。蛆虫の巣は裸足の巫女に最大限の苦痛と本当の生き地獄を与えるためのものだから、そんな簡単に死んだりできません。何も見えず何も聞こえず、足の裏の痛みだけしかない世界を、きちんと休憩しながらずーっと味わい続けるの」

 休憩時間とはいえ、火傷し、砂利道で延々と削られ続けた巫女たちの足裏の痛みは尋常ではないのだろう。環奈を含む全ての巫女が砂利の上で呻きながらもがき苦しんでいる。その様を上から見ると、まさに蛆虫が地面を這い回るかのようなおぞましい姿だ。

「いやあ、すごく壮観で目の保養になりますね。静瑠ちゃんもとっても辛そうで笑顔になっちゃいますねえ」
「良いですよね。でもまだ一日目ですからね。彼女たちの地獄はまだまだ続きますよ。高藤さん、有給はしっかり取ってきました?」
「ええ、一応、十日で申請してますが、なんなら仕事辞めてでも最期までしっかり見ますよ。途中で見るの止めて帰ったりしたら静瑠ちゃんが激怒しちゃいますし。私が死ぬところ最期まで見届けてね、って言われてますし、僕も見たいです」
「ですよね。俺も最後まで見届ける予定です」

 俺たちには夕食後のデザートとしてプリンとトロピカルフルーツジュースが配られた。観覧席は安くなかったがサービスが行き届いている。

「静瑠ちゃんたちはご飯どうするんですかね?」
「ああ、今、点滴してるじゃないですか。ご飯はあれですよ」
「あ、なるほど」
「せっかく目隠しして聴覚も嗅覚も麻痺させてますからね。今、彼女たちは足裏の痛み以外の一切の感覚がない状態なんです。食事とかで味覚を刺激するべきじゃないですから」
「そうですね。足の裏の痛み以外、一切与えるべきじゃないですもんね。よく考えられてるな」
「感心しますよね」

 俺たちがプリンを食べ終わった後も、巫女たちは砂利の上で苦しみ、もがき続けている。男衆が巫女たちのオムツを交換し、体の上から毛布をかけたが、すぐに寝られそうな巫女はいない。みんな痛みに呻き続けている。

「じゃあ、俺たちもそろそろ寝ますか」
「そうですね。静瑠ちゃんもまだ死なないだろうし」
「死にそうになった時にウトウトしていたら失礼ですからね」
 俺たちはシャワーを浴びた後、観覧席に用意されたふかふかのベッドへと向かった。見守る方も長丁場だ。

 †

「ギぃゃあああああッッぁ!」

 二日目は巫女たちの絶叫で始まった。

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【ホラー】近畿地方のある神事について【足裏○問】

 これはある匿名テキストサイトに投稿されていた記事である。静川氏のPCから草稿が見つかったことから、投稿主が静川氏であることが確認されている。

 †

202■-0■-■3
題名:足の裏が真っ白なことに耐えられない

私の足の裏が真っ白なことに耐えられない。
今の私の足裏は傷一つなく、真っ白。
当然だが痛みも全くない。
三ヶ月前はあんなにグチャグチャに焼け爛れていたのに。

毎日、眠れない程に痛かった。
家からも出られず足裏の痛みに悶絶するだけの日々だった。
立って歩くことすらできず、家の中を這って移動した。
食欲も全くないし、むりやりに食事を飲み込んでも睡眠不足と足裏の痛みで反射的に嘔吐した。

仕事はもちろん手に付かない。
テレビもゲームも読書も何もできない。
一日中、気が狂いそうな足裏の痛みに呻き続けてた。
唯一の楽しみは、滅茶苦茶になった自分の足の裏を眺めること。
足裏一面の皮は全部焼けて剥がれ落ち、ピンク色の肉がてらてらと光沢を持って輝いていた。
そんな自分の足の裏がたまらなく愛おしくて、誇らしかった。
自分の意志で足の裏をこんなむごたらしいものにしてやったことが本当に嬉しくて、見ているとついニヤニヤしてしまう。

いつまで見ていても全然飽きない。
ズタボロになった私の足の裏がかわいすぎる。
もっともっと大火傷させて、もっともっと可愛くしてやりたい。
足の裏に味わっているとんでもない痛みも苦しみも、こんなに素晴らしいものを生み出すための代償なのだから仕方がない。
むしろ私が苦しむだけでこんなに素敵なものが世の中に生まれ落ちるのなら、私なんてどれだけ苦しんでも構わないだろう。

痛みに呻き、啜り泣き、布団の上で身を丸めて震えながら自分の足の裏を見つめるだけの、本当に素敵な時間をあの時の私は味わっていた。
けど、それにも終わりが訪れた。

一週間もする頃には、動けない程だった足裏の痛みも、なんとか家の中を歩ける程度に落ち着いた。
二週間も経つ頃には、痛みはあるものの、簡単な外出くらいはできるようになり、一ヶ月が経つ頃には痛みは拍子抜けする程に軽いものとなってしまった。
そこからずっとイライラしている。

痛みが軽くなってからは焦燥感に駆られ続けた。
その間もいくつかの神事があったが、ほとんどは足裏の完治が条件で参加を断られた。
待つことしかできない、この時間が本当にもどかしかった。
毎日、毎日、自分の足の裏を眺めながら、早く治れ! 治れ!と願い続けた。

もどかしい日々の間、私は全国の神事をずっと調べ続けた。
足の裏が治ったらすぐにホムラ神事に参加したい。
私はもう24歳だ。
巫女として神事に参加できる時間は限られている。
前回は全治二ヶ月の大火傷を負うことができて私も大満足だった。

でも、本音はもっともっと凄まじい苦行に挑みたい。
私の足の裏を徹底的に焼き尽くして、世界中のどんな足の裏よりもむごたらしい最悪の足の裏にしてやりたい。
そう思うと、現姫行を務められる巫女が羨ましくて仕方ない。
みんなが現姫行を取り合っていた意味が今なら理解できる。
そりゃ現姫行やりたいよね。
現姫行のどれか一つでもやらせてもらえるなら私は全財産を投げ打っても惜しくない。

足の裏が治ったら本当はすぐに神事に参加したかった。
けど、手頃な神事がなくてやきもちした。
全治一週間や二週間程度の神事ならすぐに見つかったが、悩んだ末に止めた。
それで火傷して、足の裏を治している間に、私がまだ知らない過酷な神事が重なったりしたら最悪だ。
そっちに出れば良かったと後悔するに違いない。
最低でも全治一ヶ月、できれば二ヶ月、欲を言えば苦しみ抜いて死ぬような神事がいい……。

私は毎日パソコンにかじりつき、時には図書館で資料に当たり、様々な角度から日本中のホムラ神事を調べ上げた。
微かな痕跡を見つけたら、今もまだ神事が続いていないか確認していった。
村役場への電話も何十回かけたか覚えていない。
これまでに知り合った巫女との情報共有も欠かさず、掘り出し物の神事がないか聞きまくった。

足裏の痛みがどんどん薄れていき、ついに真っ白に治ってからは、焦りと後悔で頭がおかしくなりそうだった。
私が巫女でいられる時間は後わずかしかないのだ。
一分一秒も無駄にできない。
一秒でも早く私の足の裏をボロクソにして、足裏の痛みに震えて泣き喚きたい。
なのに、これぞという神事がない。
自分の足の裏が傷ひとつ無くきれいで真っ白なことが不愉快で仕方ない。
耐えられない。

何度も何度も誘惑に駆られた。
ホットプレートを出してきて、その前で何十分も悩んだ。
スイッチを入れて、プレートの上に裸足で立って、一分……いや、二分……いや、三分の間、何があってもプレートから降りない。
私の足の裏がどうなろうと絶対に降りない。
そんなちょっとしたチャレンジをするのはどうだろう。

想像するだけでドキドキしたけど、悩んだ末に止めた。
ホムラ姫様は神事以外の場面で、巫女が勝手な足裏苦行を行うことを嫌うらしい。
それならもっともっと神事の数を増やして、私たち巫女が年中無休で足の裏をグチャグチャにできるようにしてよ! 
そんな不満も覚えてしまう。

自分の白い足の裏が憎たらしくて仕方ない。
この足裏が今すぐグチャグチャに焼け爛れればいいのに……。
ピンクの肉を露出させ黄色い膿にまみれた自分の足裏を想像すると愛しくて仕方なく、今の白い足の裏が本当に嫌で嫌でたまらない。
早く、早く足の裏をボロクソにしたい。
泣き喚いて、悶え狂って、足の裏の痛みに苦しみ抜きたい……。

明後日、神事に参加する……。
どの程度の火傷を味わえるのかは分からない。
悩んだ末に妥協した。
期待外れに終わる可能性も高い。
もっと良い条件の神事が他にあるのかもしれないが、私はこれ以上、自分の白い足の裏に耐えられなかった。

私の足の裏がドロドロに焼け爛れることだけを祈っている。



この記事には幾つかのコメントが付いていた。ほとんどは意味不明な怪文書と馬鹿にするものだったが、「裸足の巫女だよね?」といったコメントも僅かにあった。そして、この記事の四日後、静川氏による追加記事が投下された。


202■-0■-■7
題名:本当にすいません。。

皆さん、コメントありがとうございます。
前回は意味不明な文章を書いてしまい、ごめんなさい。
ストレスがたまりすぎて周りが見えなくなっていたようです。
いきなりあんなポエムみたいなの書いて、変な女だと思われて当然ですよね……。

> 裸足の巫女だよね?

はい、そうです。裸足の巫女です。

23歳の時に仕事でホムラ神事を取材して、それからのめり込んでしまい……。
今は裸足の巫女として各種神事に参加しています。
あと4ヶ月で25歳になっちゃうので、神事に参加できるのは次がラストチャンス……って感じです。

> 本職はなに?

実は無職でして……。
大学卒業後はフリーライターをやってたんですが、ホムラ神事にのめり込みすぎて仕事もなくなってしまいました。

今は貯金を切り崩してるんですが、ホムラ神事って全国あちこちで開催されてるから交通費とかも結構痛いんですよね……。
ただ、そのへんの心配はもう必要なさそうです。
今使ってるノートパソコンも近く売り払う予定です。

それで、先日、近畿地方の……具体的には■■県■■村で行われている形代祓(かたしろはらい)という神事に参加してきました。
これがその時の私の足の裏です。

注:挿入された画像は女性のものと思しき両足の裏で、左右の足の裏には計百箇所ほどの火傷の痕が見える。煙草のような火種を押し当てたものと思われた。

正直、内容自体はガッカリだったんですが、少しでも足の裏が火傷できたこと、それから、次に繋がる素晴らしい機会を頂いたので、今はとても気分が晴れやかです。

もし、需要があれば少し形代祓のレポートも書きますよ。


202■-0■-■8
題名:形代祓のレポートです

コメントありがとうございます。

> 足の裏の今の痛みは?

歩くのはしんどいですね。
ただ、初日は本当に歩けないくらい痛かったんですが、今日でもう三日目なので。
痛みのピークは過ぎちゃった感じです。

> これはなに? 根性焼き?

それに近いものです。
順を追って説明しますね。

私が参加した形代祓はホムラ神事の一つで、元々は村民全員が足の裏に苦行を行うものでした。
村に伝わる薬草を干して刻んで固めた煙草のようなものに火をつけて、それを自分の足の裏に押し付ける、という苦行です。
現地ではこの煙草は穂群灯と呼ばれてますが、ここでは煙草と言っちゃいますね。

ここの神事はホムラノホマレヒメ……足裏苦行の女神なんですが、村民全員が足裏苦行を行うことで村全体にホムラ姫様の加護が得られる、というものです。
ただ、それがいつの時代からか変化して、巫女(ホムラ神事に参加する巫女は裸足の巫女と呼ばれるのですが)……裸足の巫女の足の裏に、村人全員がこの火種を押し付ける祭りへと変化したようです。

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