人間牧場(ノベル版)
いわゆる、遺言書だ。
使用人である和子を頼り、私の死後にお前へと届くよう手配しておいた。
何故に、お前か?
各地に散りばめられた子の中では、お前が最も私に近いと感じたからだ。
お前なら、きっと私の跡を継げるだろう。
財団の話ではない。
そんなものは、優秀な他の兄弟が勝手にやっていれば良い。
お前には、もっと面白いものをくれてやると言っているのだ。
和子から鍵を受け取れ。
牧場の鍵だ。
財団が経営する牧場ではない。
とにかく行けば分かる。
和子を始めとした、ごく少数の使用人だけには話が伝わっている。
彼女たちに教えてもらえ。歴史ある財団の、真実の姿を。
学べ。そして……愉しめ。
ルールさえ守ってくれるなら、好きなだけ愉しんで構わない。
…………
ああ、年上が好きなら、和子にも手を出して構わないぞ。
お前が睨んでいた通り、私は多くの使用人を手塩に掛けていたからな。
そういう訳だ。私亡き歴史を頼んだぞ。
よい人生を。
財閥王より~~
という、親父の遺言書が届いてから数日が経過した。
目的地へと向かう道すがら、俺は使用人の和子さんにおおよその粗筋を聞かされた。
政治家だった親父の、真の素顔について……あまりに突拍子もない内容なのに、すんなり受け入れてしまう自分がいる。
まるで最初から知っていたように、「なるほど」と、小さく一言だけ和子さんに返した。
「冷静ですね。普通なら、もっと取り乱すものですよ?」
「これでも困惑してるよ」
「……やはり、似ているのかもしれませんね」
隣で運転する和子さんが笑う。
少し厚めの化粧に、シンプルだけど高級そうなメガネに、隙の無いスーツ姿と、和子さんは正にデキるけど堅物なOLと言った女性である。
「俺と親父か? はは、数いる兄妹で一番の親不孝者だぞ、俺は」
言いながらも、心では和子さんに同調していた。
俺の父親……表向きは、甚も堅苦しい政治家だった。
私生活でも笑顔は見せず、そもそも感情の有無が疑わしいような人間である。
対して俺は、優秀な兄妹を差し置いて、いつまでもふらふらと遊びまわるような奴だった。
金に、女に、遊びに。家の財産を貪る寄生虫と誹られ続けた。
『どうして、あの父親から、あんな子供が……』
周りからは、正反対の親子と言われ続けていた。
だが、通ずる部分は確実に存在していたのだ。
親父も、分かっていた訳だ。
優秀な兄妹を差し置いて、俺へと招待状を渡した理由……
「着きました」
東京から車で2時間あまり、着いた先は馴染みの薄い栃木県某所だった。
見渡しの良い田畑の脇に車が止まる。
目の前には、ひと気のないビルが一つ在る。
ビルといっても、三階建て程度だろうか?
商業ビルではない。会社という訳でも無い。
外観からは中身の想像が付かない建物だ。
都会っ子の俺からすれば、穴場の箱ヘルにも見えた。
「ここが?」
俺は、車から出た。
都会の喧騒がない田んぼだらけの拓けた地は、季春だというのに風が強くて肌寒さを感じる。
高層ビルの一つも見えない。芯まで都会っ子の俺とは肌が合わないような場所だった。
「こんな場所に……?」
「ご主人様の祖父は有名な地主であり、ここ一帯を管理していました」
「先祖が田舎の金持ちだって話は聞いたことあるな。ここがそうか」
「お金持ち……ええ、大変な資産家でした」
それからも和子さんは、なにやら懐かしむような遠い目で語ってくれた。
それは、まるで自分について話しているような口ぶりである。
俺より一回り二回り年上とはいえ、まだ40代なのに……
親父の祖父について、なんで詳しいのか?
聞こうとしたとき、和子さんが先制して口を挟む。
「一先ず、入りましょう」
和子さんが鍵を取り出して開錠する。
……開けると、そのまま俺に鍵を渡してきた。
一つの輪に、重厚な鍵が三つ連なっている。
一つは、この建物の鍵。あと二つは……?
「これからは、坊ちゃんがお持ちください。いつでも、好きな時に此処へと訪ねてくれて構いません」
「遠いんだよ。頻繁に此処に来るメリット、ちゃんとあるんだろうな」
「…………」
俺の言葉を無視して和子さんが中に入る。
灰色のカーペット、ビジネス用の椅子やデスク、景観を崩さない造花があちこちと、まさにオフィスと言った内装だった。
デスクの上には、まるで先程まで人が居たように、無造作にノートや書類が置かれている。
ただ、違和感が拭えない。
このオフィスからは、生気を感じなかった。
親不孝者な俺の勘が騒ぐ。
「隠れ蓑か」
「ご名答です。理解が早くて助かります」
薬の取引や違法な性風俗など、金や立場を悪用して裏社会にどっぷり浸かっていた俺である。驚きは無かった。
また、和子さんも、さも当然のような口調だ。
「実際には、旦那様が訪れる週末は此処もオフィスとして使われていましたけれど」
「そして隠し階段か。マジで犯罪の臭いがしてきたな」
淡々とオフィスを抜けていく。突き当りの壁に来ると、和子さんはカーペットを捲り、隠れていた取っ手を慣れた手つきで引っ張り上げる。
すると、そこにはまるで映画のような隠し階段が現れたのだった。
流石の俺も息を飲む。
だが、衝撃は更なる怒涛で俺に畳みかけてきた。
「このビルには地下があります。正確には防空壕だったようですが、旦那様が手ずから整えていきました。地下には、現在四人の女性が住んでいます」
「四人の……なんだって?」
「世界から遮断された、言葉も、自分の名前すら分からない四人の女性……もとい娘が、生まれた時から此処で暮らしているのです。暮らすという表現は適切では無いでしょう。『監禁』に言い直します」
「……そうか」
寿司は旨い。なんて当たり前みたいなテンションで和子さんは話すもんだから、俺もバカみたいな反応しか出来なかった。
「実際に見るまでは信じがたいな。見せてくれ」
「はい、此処です」
螺旋状の階段を降りた先には、厳重に施された重々しい鉄塊の扉が聳え立っていた。
和子さんが目配りする。鍵を使えということか。
三本のうちの一本を差し込むと、なんなく扉は開錠した。
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