フリーセンテンス 2021/05/15 18:19

私立魔鬼孕学園の淫談新作 冒頭部分紹介

 ・・・・・・この年の九月一三日、世界では若干九歳の少年ボナパルトス・シェアーズ・ジュニアが、アメリカの巨大民間軍事企業ダーク・シェアーズの新最高経営責任者に就任したと驚きをもって報じられた日である。
シェアーズ・ジュニアは数年前から行方不明となっているダーク・シェアーズの創業者ボナパルトス・シェアーズと愛人の間に生まれた子どもで、わずか八歳でハーバード大学を首席で卒業した「天才」であるものの、経営手腕の未知数よりも、その若さが不安視されたため、就任報道が流れるや否や同社の株価は先行きの不安から売りが先行して一日で一四パーセントも下落するという大暴落を記録するにいたった。
 だが、それは海外での話であって、この日、日本で占められていた報道の大半は、南からやってくる大型の強い台風二十一号に関するものであった。
 中心低気圧八七〇ヘクトパスカルという、昭和五四年に観測された史上最大の台風チックと並ぶ台風二十一号は、強い勢力を頼ったまま日本列島を横断する形で北上を重ね、翌一四日未明に関東を直撃した。
 強力な台風の蹂躙によって、関東一帯は苦悶した。河川の氾濫、交通網の遮断、電気・ガス・水道の各種ライフラインの寸断、事故の多発、火災、さらには人的被害も相次いで、さながら首都直下型地震でも起きたかのような惨事に見舞われたのだ。死者・行方不明者合わせて一六五人という数字は、最低でも一二〇〇億円という経済的な損失と相まって、夏であるにも関わらず日本中を震えあがらせたのだった。
 台風の関東直撃によって、当然のことながら魔鬼孕村にも甚大な被害が出た。人命の被害こそ出なかったものの、強風によって公民館の屋根や農業用ビニールハウスが吹き飛ばされたり、複数の民家で瓦屋根や窓ガラスの破損、老朽化した家屋の倒壊、増水した川が氾濫して田畑が水没したりといった被害が出た。が、不思議なことに、私立魔鬼孕学園だけは、その規模に関わらず、なんの被害も受けずに済んだのである。まるで、なにか「結界」にでも護られているかのように。
 だが、学園に隣接する封魔山は、この「結界」の恩恵にはあずかれなかったようであった。台風による猛威がピークを迎えつつあった一四日早朝、山肌の一部が斜面崩壊をおこし、地響きを轟かせながら土石流となって流出したのだ。崩壊の大きさは長さ一三〇メートル、幅四五メートル、そして深さ一五〇センチメートルに及び、瞬間最高時速一三〇キロメートルという速さで魔鬼孕学園に迫った。直撃していれば、未曽有の大惨事になっていたはずである。なにしろ土砂の流出先には、生徒や教師たちが住む寮が複数棟建っていたのだから。だが、土砂崩れは学園の敷地からわずか三〇センチメートル手前で止まったため、魔鬼孕学園は人的・物的被害を免れた。
「不幸中の幸いでした」
とは、理事長である槇原雪史郎に被害状況の報告をおこなった斎藤巧副理事長による安堵の末語であったのだが、槇原雪史郎は大した反応を示すことなく、二次災害への懸念を理由に封魔山への全面的な立ち入りを禁じる措置を命じたのだった。
土砂崩れをおこした山の斜面に、ぽっかりと洞窟が開いているのが見つかったのは、土砂災害が発生した翌日だった。とあるテレビ局の報道ヘリが、空撮によって災害現場を報じた際、土砂崩れがおこった一角に、ぽっかりと大きな穴が開いているのが映ったのだ。
 この事態に色めきたったのが魔鬼孕学園オカルト部のメンバーたちだった。というのも、この山には、古くから魔物が封じられているという伝承があって、そのことを知っていた彼らは、その洞窟に封じられた魔物がいるのではないか、と考えたのだ。
「さっそく調査に向かうべきよ!」
と、やや興奮気味に部の会合で主張したのは、オカルト部の中心メンバーであり、学園美少女神セブンのひとりにも数えられる四万十星羅であった。
 進学科に在籍する彼女は、低身長でありながらも、まだあどけなさが残る容姿は端麗で、才色兼備、眉目秀麗を画に描いたような美少女であるだけでなく、快活な性格で笑顔が絶えず、誰とでも気さくに分け隔てなく接することができる人柄であったため、他の神セブンたちと同様に男子生徒たちから高い人気を誇っている娘だ。
 繰り返しになるが、四万十星羅に対する男子生徒たちからの人気は高い。にも関わらず、彼女が特定の男子生徒たちと付き合ったという話はとんと聞かない。否、告白を受け、交際に発展することはあるのだが、長く続いた試しが無いといった方が正確かもしれない。
 その理由は、彼女が現実よりもむしろ、怪奇空想の世界で過ごすことを好むような人物であったためで、目の前にいる恋人を、ただの話し相手としてしか目さなかったためである。しかも、その話す内容というのがほぼ一方的なうえ、内容も常人には理解し難いモノばかりであった。
 四万十星羅の別名はオカルトマニアという。あるいは、奇人・変人と呼ぶ者も少なくない。これは当初、彼女の美貌や容姿に嫉妬した一部の女子たちが蔑称としてつけたものであったのだが、つけられた当の本人はその別称をいたく気に入ってしまい、いまでは自称として用いているほどである。そして、この別称こそ、異性との交際が短期間で終わってしまう理由でもあった。
 名は体を表すというが、その別名が示す通り、彼女はオカルトに関係することを趣味としている。宇宙人、超能力、未確認生物、伝説の古代文明、呪い、ナチスの人体実験、失われた太古の技術、邪神とその眷属について、そして都市伝説など、常識から逸脱した分野の話を好み、それらに関する証拠の品や資料を集めることを一種のライフワークにしているのだ。
「南極には失われた古代文明の痕跡があって、そこを支配していたのは人類とはまったく別種の知的生命体たちだったのよ。そして、とある巨大企業は、ブルーブック作戦に際してアメリカ軍と協力し、南極から別種生命体の肉片を採取して凶悪な生物兵器を創り出そうとしているの。それも、非人道的な人体実験を繰り返しながらね!」
そんな話を、デートの最中、目を輝かせながら大真面目にずっと話してくるのである。しかも、将来の夢をオカルト研究科と言ってはばからなかったため、大抵の男子たちは精神的に参ってしまい、自ら交際終了を願い出るという有り様だった。
 そんな彼女にとって今回、封魔山の斜面で見つかった洞窟は、地元魔鬼孕村に残されている伝承を裏付けるものであったかもしれなかったため、前述のような主張に繋がったという次第であった。
 しかし、彼女の想いとは裏腹に、学園の対応は現実を極めた。
 学園は、理事長の指示を受け、洞窟に生徒たちが近づくのを禁じただけでなく、「危険」を理由に、早々に埋め立てるという決断を下したのだ。それも、「業者」を呼んで。
 この決定に星羅は憤慨した。
「なんの調査もおこなわずに埋め立てるなんて愚の骨頂! もしかしたら、なにか歴史的な発見があるかもしれないのに・・・・・・ホント、ナンセンスだわ!」
と、いうわけで、憤った彼女は、学園が定めた禁を破って、夜中にこっそりと洞窟の調査をすることにしたのだった。それも、誰にも気づかれぬよう、ひとりで。



・・・・・続きはもうしばらくお待ちください。

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