『ハチロクカメラ』2020ハチロクお誕生日祝い書き下ろしショートストーリー(進行豹
「これは……」
包みをほどく手が止まる。
小さく息が呑み込まれる。
包装の下、本体箱をじっと眺めて、その手はすぐさま丁寧に慎重に動きはじめる。
「カメラ。写真機……デジタルカメラでございましょうか?」
「うむ。デジタルカメラだ。オリンピア社の、テーゲー860という防水対衝撃デジタルカメ
「まぁまぁまぁ、ハチロクマル! わたくしと同じお名前のカメラだなんて!!」
そこでようやく、得心がいったらしい。
戸惑うようにあちらこちらとさまよっていた赤い瞳が、僕のまなざしに重なり、おちつく。
「でしたら……でしたら。これを、わたくし」
「うむ、イヤでなければ受け取ってほしい。僕からハチロクへの、今年の誕生日プレゼントとして」
「イヤだなんてとんでもないことでございます! ありえません!
わたくし、ただ……びっくりしてしまって、うれしくて。こんなに立派でかわいらしくて、それだけに、扱いがむつかしそうなものを……」
「ところがこれは、扱いもきわめて簡単なのだ。実際にやってみればすぐに覚えられる。まずは箱から取り出してくれ」
「は、はい。かしこまりました」
ガラスでできた小鳥の卵を扱うがごとき慎重さ。
(ぱしゃっ)
「あら」
(ぱしゃっ)
「うふふっ!」
(ぱしゃっ)
「ね、双鉄さま、今度はにっこり、ほほえんでみてくださいますか?」
「うむ? こ、こうか?」
(ぱしゃっ!)
「うふふ、なんて可愛らしい。双鉄さまにも、苦手なことって、ございますのね」
シャッター音を繰り返すたび、ハチロクのてつきが、ことばが滑らかになる。
「やはりそのカメラで正解だったな。ハチロクと同じ名前だけあり、きわめて忠実で正確に、主の望みに応えてくれているようではないか」
「あら、わたくしは扱いやすいレイルロオドとは言い難いかとと存じます。
ただ、マスターと……双鉄さまとの相性が抜群によろしいだけで」
「ならばハチロク。お前とカメラのハチロクとの相性も抜群によいのだろうさ」
「うふふっ。左様でしたらとても嬉しいことですね。
あ、そう! ハチロク同士、このこにも紹介をしてあげませんと」
「ああ」
ハチロクが8620にむけ860を構える。
なんともややこしい光景だけれど、その横顔はーー
(ぱしゃっ)
「え!? わたくしまだシャッタアを……って、双鉄さまが?」
「すまん、つい。真剣な横顔が、あまりに純粋でうつくしかったゆえ」
「ああ」
ハチロクが笑う。
深く頷く。
「たいへんに良くわかります。わたくしも、カメラを構える双鉄さまの横顔に、いつも見とれてしまいますので」
「ならば、ハチロク」
「はい、双鉄さま」
お互いがお互いに向けカメラをかまえてしまうのならば、顔は当然、大きく隠れる。
けれどもそれでもかまわない。
カメラに隠れている表情が、僕の同じ、最高の笑顔なのだと、ファインダーには写らなくとも、見えているから。
「ね、双鉄さま」
「うむ、ハチロク」
故に重なる。こころも、声もーー
「「はい、チーーーーズ!」」
((ぱしゃっつ!!))
ーーそうしてもちろん、シャッターも!