「まったく、どこに行きやがったんだ」
駅本屋、機関庫、詰所、保線小屋。
あいつが行きそうなところは他に──
「あれ? ムナカタ? どしたの、こんなとこに」
「ん?」
こんなとこ──って、いったいどこだ。
声がするのに姿が見えんが。
「オリヴィここだよ! ずっと上! Higher UP!! もっと上みて!!」
「? 屋根上か。いったいなんだってそんなところに」
「うん、あのね? って、おはなししづらいから、ムナカタものぼってきてよ」
「……面倒なことをいいやがる」
だが、まぁ、今日──
ロールアウト日くらいは多少のわがままは聞いてやるか。
「とはいえ」
屋根上なんて、何年ぶりだか……
「よっ、と」
「へへっ! ムナカタいらっしゃい! あのね、オリヴィといっしょ探してほしいの」
「さがすって、何をだ」
「Satellite! ジンコーエーセー! ハヤブサっていうやつ!!」
「ハヤブサ?」
少し前、打ち上げがニュースになったアレか。
しかし、ありゃあ確か、人工衛星じゃなかった筈だが──
「PDA? 何調べてるの?」
「この流れで明日の天気を見やしないだろ。ハヤブサのことだよ。ああ、あった──」
「Wow! どこに見えるの?」
「……いや、見えやしないな。人工衛星ってのはお前の勘違いだ。
ハヤブサは、小惑星探査機だって話だ」
「ショーワクセータンサキ?」
「ん……。
詠語だと──惑星はなんだったかな? 地球とか火星とかの総称の」
「Planet!」
「ああ、んじゃあ、リトルプラネットシーカーとか、リトルプラネットクエスターとかそんな感じだ」
「I see! 小さな惑星でショーワクセー! タンサはquestの探査なんだね──えっ!?
そしたら、どっか遠くの小惑星さがして、ハヤブサ、ぴゅーって飛んでっちゃってるの!?」
「みたいだな」
こんな小さな端末でも、かなりの情報を引っ張れる。
会社に支給されたときにはバカにしてたが──いや、こりゃあ随分便利なもんだ。
「……イトカワって小惑星に着地して、その地面の成分を持ち帰るための旅をしてるんだそうだ。
帰ってくるのは……順調にいって2007年になるって話だ」
「そんなに先なの!!!? それじゃあオリヴィ、ハヤブサ見れないかもだねー」
「ふん」
まぁ、否定できるような観測じゃない。
老朽機なりに頑張っちゃいるし、メンテもできるかぎりは尽くしているが──2007年なんてころまで保つ可能性は高くなかろう。
「なんだって、ハヤブサが見たいだなんてこと」
「うん、あのね! ハヤブサ、特急にもあったでしょ?」
「ああ、帝央-隈元間の夜行寝台特急だ」
「ツクモとね? その特急のハヤブサの話になったの。ツクモお客さんとして乗ったことあるんだって」
「へぇ、C56のレイルロオドがか」
「そ! で、オリヴィすっごく羨ましかったから、『いいなー、いいなー』っていってたらツクモ、
『それなら、宇宙を飛ぶハヤブサを目指してみたら?』って、ハヤブサのこと──ジンコーエーセーって間違ってたけど、教えてくれたの」
「そうか。まぁ、頑張って目指せや。叶うたぁとても思えんが」
「目指さないよー! そんなの! オリヴィが目指すの、もっと全然別のものだもん」
「ふん?」
やけにこっちを見て来る気がして顔を向ければ、同じタイミングで上を向く。
「ただね? ハヤブサ。きっとキラキラきれいな気がして──だから、見れたらうれしいなぁって思って探してただけなんだ」
「じゃあ、見りゃあいい」
「え、けど」
「時間なんてな、振り返ってみりゃ一瞬だ。
今は遠く思える2007年だって、毎日あくせく働いてりゃあ、すぐに来るだろうよ」
「I see! そだよね!! そしたら、ムナカタ!!」
小指がずいっと突き出される。
「そのときもね? オリヴィといっしょに見てくれたなら、うれしいな!!!」
「……ああ、うたた寝しちまってたのか」
随分懐かしい夢を見た。
2007年──正和63年。
当初予定の年だったなら、ギリギリ間に合ったのかもしれんが。
「ま、世の中予定通りにゃいかんわな」
予定通りにも、思い通りにも。
「……約束くらい、指切りくらいはしてやりゃあよかったかな。ロールアウト日だったんだしな」
けど、空約束になっちまいそうなのがイヤだった。
あいつはえらく察しがいいレイルロオドだったから、すぐに「Just a joke!」と笑って指を引っ込めた。
「……あの作り笑いの痛々しいさったら、な」
だがまぁ、おかげで思い出せたんだろう。
ハヤブサ帰還のニュースを聞いたその瞬間に、あのおんぼろのジェネリック・レイルロオドのことを。
「3年も遅れたが、ちゃんと帰ってくるんだと。それも偶然、今夜。この6月13日の夜に」
見てみたくなり屋根上にのぼってみたけれど、あのときのあいつとまるでかわらん。
星があんまり瞬きすぎてて、どれがどれやら──
「っ!!」
流れた。
流れ星にしちゃ、鮮やかに。
あれが実際ハヤブサなのか、俺には確かめようもないが。
「だが、まぁ。どっちにしろ──帰ってきたんだな」
懐かしい。
あいつは実際オンボロだったが──決して、ポンコツなんかじゃなかった。
みかん鉄道をひたすら愛した……そう悪くない、レイルロオドだった。
「…………」
らしくもない言葉を吐きそうになり、慌てて飲み込む。
いや──飲み込む必要なんてありゃしないのか。
こんな夜中のこんな場所。誰が聞いてる筈もなし──万が一聞いてるとしても、あいつだけだ。
だから目を閉じ、さっき見た流星の軌跡をまぶたに描く。
「よく頑張ったな」
八ツ城海に沈む夕日と同じ色──
鮮やかなオレンジの光跡を。
「──おかえり」
;おしまい