黒い誘いにばんめ(過去作)
白いベッドの上で寝がえりを打とうとする桜の手足は動かせなかった。背中を支えるマットレスの柔軟性が桜の全身を磔にしている。それが本当なのか信じられなくて、もう一度手足を動かしてみた。だが、確かめるために動かした手足からギシッと革の擦れる音が鳴り、手首、足首に枷が深く食い込んだ。
「ふぇ……?」
初めて経験する手足の感触に気の抜けた声が喉から室内へ響き渡る。天井から射す橙色の照明はベッドの上で四肢を広げながら無様に拘束されている桜を包み込むように照らし、もう一人の影をも映し出す。
「起きちゃったんだ? でも、手遅れだよ。桜ちゃん」
声を掛けられたほうへ顔を向けると首に嵌まり込む慣れ親しんだ黒い首輪が桜の喉を締めつける。その視界に映ったのは黒いラバースーツに革の拘束具を深く食い込ませた金髪の少女。
「……遊月、さん?」
SMプレイの中でも奴○に身を堕とす者が身に着ける隷属衣装を思わせるその佇まいは少女本来の曲線や細い四肢を強調しており、とても扇情的で桜の嗜虐心さえもくすぐってきた。もし、桜が革の枷でベッドに四肢を拘束されていなければ、遊月を自分の好きなように弄ぼうと戦略をたてていたに違いない。
「今日はね、桜ちゃんも私も楽しめるように“すごいこと”しちゃうの。だから、一生懸命抗ってね?」
容姿に惑わされ、思考が若干停止していた桜に投げかけられた遊月の言葉からおぞましい何かを感じ取り、桜は自分の身体へ視点を移す。
「あ、いや、遊月さん……嘘、だよね……?」
そこには遊月と同じ革の拘束具が深く食い込み、ゴムの匂いを周囲に散らすラバースーツが全身を真っ黒く染め上げていた。いつのまに桜の身に拘束具を装着していたのか。いくら記憶に問いかけようと桜に思いあたるふしはない。朝ごはんを食べてからの記憶があいまいだった。
「しっかり咥えこむんだよ?」
「ま、待ってッ、だめだよこんな――ッあ、カハッ……んぁ!?」
心の準備が終わっていない桜へ遊月は容赦なく開口具をあてがう。これから遊月が成し遂げんとする行いを理解した桜は手足をバタつかせて声を荒げた。だが、慌てふためく桜の口の中へ遊月は迷わず開口具を咥えさせる。
「あぅっ! えぁッ、あが! はへあおっ!」
遊月が後頭部でバックルを留めると桜の口の中に入り込んだ銀色の開口具がミシミシと音を鳴らして大きく開いた顎を抑え込み、自分の意思で口を閉じられないよう固定する。抵抗する間もなく桜の口は獣以下の声しか出せない無意味な音を発する紅い空洞になり果ててしまった。
「一緒に楽しもうね」
「――っ」
目を見開き抗議する桜の上に遊月は跨り、紅い舌をだらしなく外にだすと銀色の開口具を口に咥えこんだ。それは桜の口に咥えさせた開口具と瓜二つで、二人を鏡写しにするよう仕組んだ遊月考案の特別な拘束具。
「えへへ」
ニコリと笑う蒼い二つの瞳の下で、紅い空洞が微笑みをこぼす。