おかず味噌 2020/07/15 22:14

ちょっとイケないこと… 第十六話「抱擁と放屁」

(第十五話はこちらから↓)
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 弟の部屋を後にしようと、ドアノブに手を掛けた間際。

 ふと背後に悪寒のようなものを感じた。直後に我が身に危険が迫っているような、今後の姉弟の関係性に大きな禍根を残すような、空前絶後の予感を抱いたのだった。

 私はとっさに振り返ろうとした。だけど手遅れだった。

――ズッボ…ン!!!

 まるで履物を形容したかのような擬音。局地の気温が著しく下降していくような、同時に局部の体温が激しく上昇していくような、奇妙な寒暖差を実感したのだった。

 遅ればせながらも、恐る恐る首だけで後方を振り返る。

 私は穿いていたショーパンを脱がされ、弟の目先に剥き出しの生尻を晒していた。


 一陣の風が、下半身を吹き抜ける。

 だけど室内で吹くそれは荒れ狂う暴風ではなく、愛撫するだけの微風に過ぎない。そして無色透明な気体に、無垢な肢体を包み込んでくれることは期待できなかった。

 徐々に思考が追いつき始める。後手に回りつつも、慌ててお尻を隠そうと試みる。だが両手だけでは心許なく、ならばいっそ頭を隠した方が心なしかマシなのだった。

 股間を晒したまま、私はしばし無言になる。気まずさを遥かに超越した静寂の中。

「お姉ちゃん、それ…」

 先に口を開いたのは、彼の方だった。

「ち、違うの!!これは、その…」

 私は容疑を否認する。なぜ被害者の側に弁解が求められているのかは分からない。それでも何かしらの弁明をすることにした。


「今日、ちょっと暑かったから…」

 たどり着いた言い訳は、苦し紛れの嘘だった。それはそれで問題である気もする。あくまで気候を理由に「穿かない」というならば、その事実は私の日常にも波及する常習的な奇行の告白に他ならない。

――やっぱり、今のナシで!!

 私は前言を撤回したかった。己の習性について、そこに含まれる変態性について、自らの発言を訂正したかった。

 だがそれを否定するということはつまり、今度こそ正直に話さなければならない。なぜ「ノーパン」だったのかという理由を。ショーツを脱ぎ捨てるに至った経緯を。

「お姉ちゃん、やっぱり…」

 私自身が白状するより前に、彼からの追求が始められる。

「『おもらし』しちゃったの?」

 彼の問いに小さく頷く。およそ数センチの首肯は、紛れもない敗北の白旗だった。私は自分の口からではなく首の動きによって、羞恥を打ち明けさせられたのだった。


「どうして?」

 私の秘密を白日の下に晒しても尚、彼は思わぬ結末に困惑しているみたいだった。

「間に合わなかったの…」

 いや、それは事実とは少しばかり異なる。本当はあえてそうしなかったのである。未然に決壊を防げていたはずなのに、自ら救済を拒んだのだ。「あの夜」とは違う。

 だけどもちろん、それについては言わない。あまりにも状況が込み合っているし、それを話すなら○○さんとの異常なる情事に関しても言及しなければならなくなる。上手く話せるとは思えなかったし、その辺の事情については秘匿しておきたかった。

「ずっと、我慢してて…」

 それは本当だ。私は『おしっこ』がしたかった。きちんと脱いでからすべき行為をショーツを穿いたままの状態でしたがったのだ。だけど、それについても言えない。

「どうしても我慢できなくて。それで…」

 その先はまさしく彼の言った通りだった。私は『失禁』をした。大学生にもなって二度も粗相をしてしまったのだ。


 ふと彼の様子を窺う。彼は何かを考え込むみたいに深く俯き、沈黙を貫いている。軽蔑しているのだろうか。あるいは己の予想が的中し、悦に浸っているのだろうか。

「じゃあ、あの日も…?」

 さらに彼の質問は、私の過去の過ちにさえ及ぶ。その確認こそが肝心なのだろう。彼自身が道を踏み外すことになった元凶。悪事に手を染めることになった犯行動機。それが果たして単なる見間違いによるものなのか、厳然たる現実によるものなのか。

 私は頷いた。もはや言い逃れは出来なかった。この期に及んで嘘を重ねたとして、恥の上塗りになることは避けられなかった。

「そうだよ。お姉ちゃんは、あの日も…」

 ついに私は自供する。彼が目撃した私。深夜の洗面台で下着を手洗いしていた私。不可解な行動のその真相を。

「ごめんね。嘘ついて…」

 虚言を吐くという倫理に背く行為を詫びる。だがそれは尊厳に関わる問題であり、あくまで免罪の余地はあるはずだ。私としても背に腹は代えられなかったのである。


「お姉ちゃんは、その…、よく『おもらし』しちゃうの?」

 度重なる疑惑が真実であると分かったところで、さらなる粗相の可能性についても彼は追求してくる。

「そんな、わけ…」

 すかさず私は常習を否定する。

「あの日と今日と、まだ二回だけ…」

 答えた直後に、「まだ」という副詞は不要であったことに気づく。それではまるで今後も繰り返すつもりみたいではないか。

「そうなんだ…」

 彼は素っ気なくそう言った。その反応はどことなく残念そうなものに感じられた。彼は一体、姉に対して何を期待しているのだろう。


「もしかしてお姉ちゃん、学校でいじめられてるの?」

 その発言は私にとって青天の霹靂だった。だけど質問の意味にすぐに思い当たる。

 彼としても、二十歳前の姉がそう何度も粗相するとは考えられなかったのだろう。だからこそ彼は、私の『失禁』の原因に何かしら不穏なものを感じ取ったのだろう。例えばそう誰かに、そう仕向けられたのだとか。

 彼の抱いた懸念はその半分は当たっている。確かに私はトイレを禁止されたことで醜態を晒す憂き目に遭った。あるいは悪意といえる企み。○○さんのせいで私は…。

 だけどそれは決して「いじめ」と呼ばれるような一方的な加害などではなかった。

 一度目の『おもらし』に関していえば、双方合意によるものではなかったけれど。今日に限っていえば、膀胱に尿意を抱えたまま自らの意思で彼の家を訪問したのだ。

「そんなんじゃないよ」

 私は答える。余計な心配を掛けまいと、ひとまず彼の推理を否定してみたものの。代替となるべく説明については何も用意していなかった。


――じゃあ何で、二回も『おもらし』しちゃったの?

 その先の彼からの問いは容易に想定される。他者による危害でないとするならば、一連の不始末の理由は私自身の個人的な事情になってしまう。

 日常的に尿道が緩いのか。あるいは特殊な性癖によるものか。そのどちらにせよ、羞恥な事実であることに違いなかった。

「――て、あげる」

 私の否定を肯定と誤解したらしく、彼は下を向いたまま消え入りそうな声で言う。彼の言葉が上手く聞き取れなかった。

「僕が、お姉ちゃんを守ってあげる!」

 今度こそ、はっきりとそう聞こえた。彼の発声は、決意と勇気に満ち満ちていた。

「もうお姉ちゃんが、外で恥ずかしい思いをしなくて済むように…」

――僕が、ちゃんと守ってあげる!!

 彼はそう言って私の上半身へと両手を回し、背中越しに抱き締めてきたのだった。


「えっ!?いや、その…」

 狼狽する私。なぜこんな展開になったのか、と。こんなつもりじゃなかった、と。弟による想定外の抱擁に動揺する。

――違うの。そんなんじゃなくて、お姉ちゃんはその…。

 今さら、本当のことなんて言えない。『おもらし』という行為自体に高揚を抱き、興奮を感じると共に私の中で好色が芽生え始めているなんて言えるはずもなかった。

 彼の体は小刻みに震えていた。あたかも己の不安な気持ちを吐き出すかのように。不安定な関係を繋ぎ止めようとするように。姉のことを引き留めようとするように。ぎこちないながらも精一杯に抱き締めていた。

「ありがとう、純君。でも、ちょっとだけ痛い…」

 私は苦笑気味にそう言った。すると彼はようやく抱擁を解いてくれた。そして…。


「僕が、お姉ちゃんを『慰めて』あげる!」

 立場を逆転したように言って、彼は再びその場にしゃがみ込む。その動作だけで、彼がこれから何をしようとしているのかを悟った。だけど不思議と抵抗はなかった。

――ムギュ…。

 純君は私のお尻にしがみつく。ショーツを穿いていない、「ノーパン」の生尻に。

――チュ…。

 純君は私のお尻にキスをする。柔らかく冷たい唇の感触。少しだけくすぐったい。

――ンチュ。ムチュ。ブチュ。

 純君は何度も何度も口づける。お尻の頬っぺたにそっと唇を這わせるかのように。やがて彼の口唇が温かく濡れる。

――ベロン。ペロペロ…。

 純君は舌を出して舐め始める。恥ずかしいような、照れ臭いような、そんな感覚。そうして彼が当然の如く、お尻の割れ目にも舌を這わせようとしてきたところで…。


「ダメ…。そんなとこ、汚いよ…」

 私は言う。不浄の恥穴を両手で覆い隠すことで、恥辱の継続に対する拒絶を示す。

「平気だよ」

 純君は言う。一体何が平気なのかも不明なまま、私の腕を掴んで優しく振り解く。

 尻肉を押し広げて、隠されていた尻穴に彼の舌先が触れる。電撃のような刺激に、ついつい卑猥な悲鳴が込み上げそうになるのを必死で堪えた。

 純君は丹念に肛門と付近を舐め回す。汚染されているかもしれない、その部分を。

――たぶん、大丈夫。

『うんち』は付いてないはずだ。それは数時間前の彼との情事からも明らかだった。それにしても、まさか一日に二度も男性にお尻の穴を舐められることになろうとは。しかもその内一人は弟という、異常な状況。正常な姉弟の関係性からは程遠い行為。


 純君から与えられる快感に身を委ねている。彼は私の腰をがっしりと掴んだまま、一心不乱に私の肛門を舐め続けている。まるでそれが彼の大好物であるかのように。

 必然的に私の肉体にある変化が訪れる。敏感な部分を舌で刺激されたことにより、またしても催してしまう。

「純君。ちょっと、ストップ…!!」

 彼の頭を手で押しのけようとする。その抵抗に、追体験のような既視感を覚えた。

――これじゃ、○○さんの時と…。

 羞恥の再来。私の大腸が秘めたる欲求を解放しようとしている。

――ダメ!!それ以上したら…。

 既知の危機を悟ったものの、やっぱり手遅れだった。次の瞬間。


――ブホォォォ!!!

 豪快な轟音を立てて、高圧力の温風が生み出される。肛門の咆哮。汚らしい擬音。

 またしても、やってしまった。今度は純君の目の前で『おなら』をしてしまった。お尻を刺激されたことへの反撃。条件反射的に、私の習性となりつつある『放屁』。

 私のすぐ後方にいた彼は『モロ屁』を浴びてしまう。きっととんでもない臭気に、意識さえも持っていかれそうになっていることだろう。予期せぬ驚天動地の攻撃に、理解すらも追いついていないことだろう。

「本当にごめん!!お姉ちゃん、その…」

 私はどう謝罪していいのかも分からなかった。純君は私を慰めてくれると言った。それが勘違いによるものだったとしても、その気持ちだけは本気であるらしかった。ただ少し方法を間違っている気もしたが、それでも甘んじて受け入れようと思った。

 だがそんな彼の厚意に対して私がした仕打ちは、あまりにあんまりなものだった。


「お姉ちゃんでも、やっぱり『おなら』はクサいんだね」

 純君は言った。アクシデントではなく、あくまでもハプニング。まるでちょっとしたサプライズであるかのように。

――やめて!!そんなこと言わないで…。

 弟に『おなら』を嗅がれて、凄く恥ずかしかった。その上感想を述べられるなど、顔から火が出そうだった。

 それでも。私は恥辱にまみれながらも、なぜか真逆の正の感情を抱き始めていた。それは加虐心ともいうべき、征服感にも似たものだった。


「純君、お姉ちゃんの『おなら』もっと嗅ぎたい?」

 私の口から予想外の言葉が飛び出す。

「えっ?うん…」

 純君は戸惑いながらも、そう答える。

「じゃあ、もう『一発』いくよ?」

 私は発射を警告する。お腹に力を込める。純君は再び顔を近づける。そして…。


――プスゥ~、ブピ!!!

 二度目の『放屁』。間延びした音と共に放たれた二撃目。今度は私自らの意思で、弟の顔面めがけて解き放つ。

――ゲホ、ゲホ…!!

 純君は激しくむせた。それでも彼は咳払いをした後、大きく息を吸い込んでから。

「お姉ちゃんの『おなら』食べちゃった」

 さも愉快そうに言う。最近、私の界隈ではその行為が流行りつつあるのだろうか。まるで流行語がぴたりと状況にハマったみたく、純君もまた彼と同じことを言った。私自身の羞恥の塊を「食べちゃった」と。

「もう!純君のヘンタイ!!」

 私は純君を罵倒する。だけどその言葉は本音でありながらも、本心ではなかった。ネガティブな言動とは裏腹に、ポジティブな感情が沸き上がってくるのが分かった。


「ねぇ、純君」

 姉にあるまじき、甘ったるい声で彼を誘う。

「お姉ちゃんの『ここ』も舐めて」

 脚を広げて、アソコを突き出す。ついに純潔の穴さえも純君に差し出してしまう。

「いいの…?」

 彼は訊いてくる。無理もないだろう、これまで頑なに棚上げしてきた場所なのだ。

 それでも。彼に「おあずけ」したことで、私の方が「おあずけ」を喰らっていた。まさしく「策士策に溺れる」というやつだ。

 私自身もう限界だった。火照りを鎮めないことには、今宵は眠れそうになかった。理性のタガがまた一つ、カチッと音を立てて外れるのが分かった。

――舐めてもらうだけ、それだけ…。

 言い訳しつつ、また一歩、譲歩する。あくまで挿入さえしなければ構わない、と。もはや私の倫理と論理は綻び、とっくに崩壊を始めていた。


――続く――

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