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おかず味噌 2021/03/14 16:00

クソクエ 勇者編「排泄の黎明 ~女戦士の野外脱糞目撃~」

(前話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/408090

(女戦士編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/311247

(女僧侶編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/357380


 勇者が故郷の「救援」へと駆けつけ、村人からの「歓迎」を受けることとなった翌日。彼はもう一日だけそこに留まり、微力ながらも「村の復興」を手伝うことにした。

 まずは、村中に打ち捨てられた「ゴブリンの死体」を片づけるところから始める――。
 彼自身の手で倒した数体をナナリーの部屋から運び出し「広場」に並べる。最も多くの亡骸が置き去りにされていたのも、そこだった。数十体にも及ぶゴブリン達が、ある者は切り刻まれ、ある者は魔術によって爆散されているのだった。
 恐らく、あの「女魔法戦士」の仕業だろう。これほどの多勢に囲まれながらも、けれど決して怯むことなく。魔物を一網打尽にしたのであろう彼女の「仕事ぶり」は、まさしく「上級職」に相応しいものだった。
 自分もそんな風に強くなれるだろうか?冒険者としての「先輩」に憧れを抱きつつも。やがては自らもそこに至りたいと、確かな「決意」を彼は新たにするのだった。

 集めた屍に火を放ち、それらが葬られる様をしばらく眺めた後。次に彼はゴブリン達によって無残にも破壊された「家屋の修繕」に取り掛かった。
 とはいえ、それは「短日」にして成るものではなく。あくまで膨大な作業量における、ほんの「一助」に過ぎないものではあったが。それでも村人は、相変わらず非力ながらも「村の一員」として復興を手伝う彼に感謝するのだった。
 村の「風景」は未だに変わり果ててはいるものの。そこにはわずかずつだが「日常」が戻りつつあり、村人の表情もいくらか活気づき始めた――、その日の夜。

 決して盛大とはいかず、簡素的ではありながらも「祝宴」が催された。それはもちろん「勇者の帰郷」を祝うものだった。

 村人は今となっては貴重な「食糧」を持ち寄り、彼のためにそのような場を設けてくれた。これまで彼らに見向きもされず、どちらかといえば「隅っこ」の方で膝を抱えるばかりだった彼も――、今宵は主賓席に座り、まさに「人々の中心」に居るのだった。
 誰もがこぞって彼の「英雄譚」を聞きたいとせがみ、未だ「駆け出し」である勇者はそれにやや辟易させられながらも。故郷で過ごす久方ぶりのひと時に、やはり「懐かしさ」と「幸福さ」を噛み締めていた。
 宴会の最中、彼の傍らには終始「ナナリー」の姿があった。村人が彼のことを「勇者」としてもてなす中、けれど彼女だけが今までと変わらぬ態度で接してくれた。
 此度の働きによって、少しはナナリーも自分を「見直してくれたかも」と思っていた彼は、そんな彼女の「変化のなさ」をやや残念に感じつつも。あくまで変わることのない「二人の関係性」に、どこか遠く記憶の彼方に「置き去り」にされたと思われていた日々を取り戻すのだった。

 ナナリーの捲れ上がった「スカート」の内側から、露わにされた「下穿き」から、溢れ出した「液体」。その「光景」は彼の網膜に焼き付き、決して消えることはなかった。
 ナナリーが「粗相」をしてしまったという事実は彼の脳裏に刻み付けられ、やがて胸の奥に微かな「キズ」となって半ば永久的に残り続けることとなった。
 今はあえて気丈に、どこか強気に振舞っている彼女の晒した「醜態」。そのあまりの「ギャップ」に対して、果たしてそれをどのように扱っていいのかも分からず。同時に彼女の見せた「羞恥」に満ちた表情を思い浮かべるだけで――、彼の「股間」に携えられた「聖剣」は何やら熱を帯び、得体の知らない力が込められるのだった。
 今も隣に居る彼女に。自らの内から湧き上がる「変化」を、その「衝動」を悟られることを怖れた彼は――、いつも以上に「いつも通り」に振舞おうとすればするほど、かえってぎこちなくなってしまうのだった。

 宴会は「夜更け」まで続けられ、一人また一人と村人が「帰宅」もしくは「寝落ち」していく中。けれど幾人かの酒好きとナナリーだけはいつまでも勇者を取り囲み、あくまで彼を寝かしてくれるつもりはないようだった。
 町では決して眺めることの叶わない「無数の星々」に夜空が彩られ、昼の光を浴びた「衛星」が沈むのに合わせて、それらはやがて「疎ら」になってゆく。人々の歓声も次第に消えてゆき、ついにはナナリーの瞼も少しずつ重くなり始め、

 そして「夜」が明けた――。

「未明」に、彼は村を発つことにした。
 あるいはこのまま一眠りし、昼過ぎに起きることで、改めて村人からの激励と共に送り出されることは容易であったが。彼はそれを何だか気恥ずかしく思い遠慮したのだった。
 人々がすっかり寝静まる中、皆を起こさないように音をさせずに立ち上がる。彼が最も気を遣わなければならなかったのは、やはり「ナナリー」だった。
 いつの間にか眠りこけていた彼女は彼の肩にもたれ掛かり、その「寝顔」は幸福そうな夢を見ているみたいだった。あくまで慎重に肩に乗った頭を動かすと、彼女は「うわ言」のように「彼の名」を呟いた。

「〇〇、ダメだよ…。そんなことしちゃ…」

 まるで彼の人知れぬ「出奔」を咎めるようなその言葉に。あるいは「悩ましげ」なその声に。彼は一瞬逡巡しそうになりながらも、何とか「迷い」を断ち切るのだった。
「別れの挨拶」とばかりに――、彼はやはり悩み迷いながらもナナリーにそっと「キス」をした。彼女の柔らかい唇の感触。自らの唇に残ったその「余韻」に頬を紅潮させながら、彼は再び「勇者としての日々」に戻っていくのだった。

「もう行くのか?」

 ふと「低い声」に呼び止められる。彼は思わず萎縮しつつも、声のした方を見ると――、そこには村長の「カルロスさん」の姿があった。
 暗闇の中で、彼の「鋭い眼光」だけが輝いている。それを窺い知るや否や、勇者はより一層「狼狽」してしまうのだった。
 彼は村長であると同時に、ナナリーの「父親」でもあるのだ。その「娘」に対して勇者の犯したあらぬ「狼藉」を、あるいは見られてしまったのではあるまいか?
 厳しい「叱責」を浴びせられることを怖れた勇者は身構える。だが彼の予想に反して、その声はあくまで穏やかなままだった。

「君にはこれから『世界を救う』という『使命』がある」

 彼は勇者のことをあえて「君」と呼称した。あくまでも「村の一員」として扱うつもりだというように。

「それは君にしか出来ないことだ」

 勇者は「決意」を込めて頷く。

「だがもしも、世界に『平和』が訪れたのなら――」

 彼は村人はおろか、未だかつて世界の誰もが口にすることのなかった勇者の「その後」について言及する。

「その時はどうか、この村に帰って来て欲しい」

 それはやはり「村長」としての言葉なのだろうか。それとも――。

「そして、娘のことを『幸せ』にしてやってもらえないだろうか?」

 どこか言いづらそうにしながらも、はっきりと「願望」を口にする。

「これは村長としてではなく。私一個人として、『父親』としての『依頼』だ」

 厳格な彼にしては珍しく、冗談めかしてそう言うのだった。

「『アレ』はどうも勝気というか、男勝りというか――、危なっかしいところがある」

 照れたような表情が、声からも伝わってきた。娘のことを「指示語」でそう呼んだことからもそれは窺える。

「だから、どうか君が『守って』やってほしい…」

 あくまで「勇者」としてではなく「幼馴染」として、彼は恐縮しつつも頷いた。
 そうして、彼にはまたしても「無二の肩書」が刻まれることとなった。ギルドの名簿に載ることのないその「称号」は――、「ナナリーの婚約者」と。


 すっかり「陽」が昇りきった頃になって、ようやく「町」へと辿り着いた勇者。
 いかに「依頼」のためであるとはいえ。村一つを、多くの人命を救ったその「働き」は紛うことなきものであり。にも関わらず、そんな彼の「凱旋」はあまりに「ひっそり」としたものだった。
 本来ならば、今回の彼の「功績」は「パーティ」(「即席」ではありつつも…)によってこそもたらせられたものであり。故にその「凱旋」もまた、「仲間たち」と共にあってこそ然るべきなのだったが――。

 村人の「無事」を見届け、「感動の再会」を果たしたその直後。
 勇者はその存在を半ば忘却し、すっかり「置き去り」にしてしまっていた「パーティ」と合流した。

「すまないが…、俺たちは一足先に町に帰らせてもらうことにするよ」

 その「提案」は、まさかの「サンソン」の口から発せられたのだった。
 これまで何かと勇者のことを気に掛けてくれて。今はまだ「名」ばかりの――、彼らのような「熟練者」に比べれば、ほんの「駆け出し」に過ぎない勇者を。決して侮るわけでも蔑ろにするでもなく。あくまで「平等」に「仲間」として扱ってくれていた、他ならぬ彼自身からのその申し出に、

「えっ!?あ、はい…」

 勇者はやや戸惑いながらも、了承するしかなかった。

 サンソンの傍らには「ナディア」の姿があった。遡ること、つい数刻前――。
 散々「悪態」をつきつつも、共に村を目指していた頃と「今の彼女」とでは、もはや「別人」とさえ思えるほどに纏う「雰囲気」が異なっていた。
「女魔法戦士」はサンソンに肩を貸され、その腕に支えられることでかろうじて立ててはいるものの――、今にも倒れそうなほど、ひどく「憔悴」している様子だった。

 激しい戦闘によって、「魔力」を「消耗」したのだろうか?
 周囲には、無数ともいえるほどの「戦果」が転がっている。思えば――、ほんの些細な「諍い」の末、一足先に村へと辿り着いたのは彼女なのだった。
 勇者はてっきり「パーティ」とは形ばかりの「馴れ合い」に我慢がいかず、彼女が逃げたものとばかり思っていた。だが、そんな考えが一瞬でも脳裏を掠めてしまったことすら不敬に感じられるほど、彼女は律儀にも自らの「仕事」を全うしていたのである。

 もし、彼女が居なかったら――。此度の「戦況」は、村民の置かれた「状況」は、あるいは今とは違うものになっていたかもしれない。そして彼が最も恐れ、だが強引にも覚悟を迫られることとなった、「犠牲者」だって出ていたかもしれないのだ。

 そういった意味では、やはり彼は(彼女の仕事に臨む「姿勢」がどうであれ)あくまでその「働き」については感謝すべきであったし。実際、今まさに彼はそれを言葉にしようと、声を発し掛けたところだった。

 だが。彼女のあまりの「変貌ぶり」に、彼は思わず口をつぐんでしまう。
「雰囲気」のみならず、むしろより「視覚的」に。彼女の「身に纏う」もの――、かつて「清廉」に「洗練」されていた「衣服」は、すっかり変わり果ててしまっており。それは今や「ボロ布」のように所々に穴が開き、あるいは「薄汚れて」いるのだった。

「どうして、『この私』がこんな目に…!!」

 彼女はまたしても「悪態」をつく。だがそれは、これまでのような「軽口」では決してなく。より深い場所から届けられる、「呪詛」の如く重たい響きを醸していた。
 その瞳に灯された、いつかの「鋭い眼光」もまた影を潜め――、彼女の「視線」は勇者を捉えることもなく、もはや何にも向けられてはいないようだった。
 どこか翳りのある「表情」。彼はそんな彼女の「横顔」と相対し、とてもじゃないが「礼」を言えるような雰囲気ではなかった。

 ふと。「異臭」が勇者の鼻に漂ってきた。それは紛れもなく「女魔法戦士」の方向からもたらせられる「芳香」。
 ゴブリンの「返り血」を浴びたことによるものなのだろうか。あるいは、何かしらの「魔物の体液」だろうか。それにしてはどこか「懐かしい」感じのする香りに、予期せず彼は「村での日々」を思い出す。

「農村」においては、ごく頻繁に嗅ぐこととなる「臭い」。
 やはり「悪臭」であることに違いはないものの――、「家畜」のそれは「肥料」として「作物の成長」にも役立てられる。
 ナディアから放たれる「ニオイ」、それはまるで「肥溜め」のような――。

 彼女から「数歩」離れた場所にいる勇者にさえ届くのである。ましてや、すぐ隣に居るサンソンが気づかぬはずはない。だが、彼はそれについて言及することなく、

「皆とも話し合ったんだが――」

 後方の「仲間たち」を一瞥し、

「今回の『報酬』について、俺たちは辞退させてもらうことにするよ」

 落ち着き払った様子で、きっぱりとそう言った。勇者はそれを聞き、けれど少しも意外に思うことはなかった。むしろ、当然とばかりに納得するのだった。

 今回の「クエスト」における「報酬」について。彼は「依頼書」によってではなく、ナナリーから伝え聞かされたことでその「内容」を知った。
 それを知っているからこそ、彼は「赤面」してしまう。いくら自分のことではないとはいえ――、「同郷」の村人、それもあろうことか「身内」による「醜聞」に。彼は思わず「羞恥」を感じずにはいられなかった。

 そのあまりに児戯じみた「報酬内容」について。彼は「仲間」に詫びようと思った。あるいは「村民」に代わって、自分がその「対価」を支払おうとさえ考えていた。だが彼が意思を告げようとする、その前に――、

「まあ、報酬が『アレ』じゃあねぇ…」

 それまで黙り込んでいた後方の「賢者」があからさまに侮蔑し、見下したように口元を歪めたのだった。

――どうして、そんなにも「馬鹿」にされなければいけないのか…?

 現に彼自身もそう思ったように、「報酬」とは本来「金銭」であって然るべきなのだ。だがそれにしたって、村で獲れた「作物」は町において「商品」として普通に「売買」されるものであるし。であるならば、それは「金品」と呼んだって差し支えないだろう。
 それに。何よりそれは「直接的」に、お腹を満たすことの出来るものなのだ。いかに「高価」であろうとも「硬貨」でお腹は膨れない。つまりは「間接的」な「価値」を有しているに過ぎないのである。

 にも関わらず。その「報酬」は彼らにとって、やはり「無価値」なものなのだろうか。
 もはや議論の余地さえなく(サンソンはそう言ったものの、彼らの間で報酬を受け取るか否かについて、真剣な「話し合い」がなされたとは到底思えなかった)、あっさりと「拒否」してしまえるほど。さらには、そこに何らかの「皮肉」を付け加えなければ気が済まないと思わせるほどに――。

 彼は「頬」のみならず、「全身」に熱が灯るのを感じた。あくまで自分に対するものではなく、「大切な人たち」に向けられたその「嘲り」に。「羞恥」よりもむしろ「怒り」がこみ上げてくるのだった。
 勇者は何か言い返そうと、「反論」を試みようとした。だがそれも、やはりサンソンの「反応」に先を越されてしまう。彼は睨みつけるようにして仲間を「制止」した後、

「確かに。今回の報酬は、あまりに『莫大』なものだ」

「定量的」に述べつつも、そこに「定性的」な「価値」を見出すのだった。

「だからこそ、君が受け取るにこそ相応しい!!」

 彼は言った。あるいはその言葉自体、紛れもない「方便」であり。勇者や依頼者に対する、彼なりの「気遣い」でもあったのだろうが――。
 兎にも角にも。彼は最後の最期まで他者に向けての「配慮」を欠かすことなく、その「姿勢」を崩すことはなかった。

 と、そこまで言い終えたところで。サンソンは「隣の同胞」を気遣いながらも体の向きを反転させ、勇者に「背」を向けて立ち去るのだった。
 その颯爽たる彼の「後ろ姿」に比して――。肩に腕を回され、まるで「引きずられる」ようにして歩くナディア。その「背中」は、やはり幾分か「小さく」感じられた。彼女の「マント」は下半分ほどが無残にも引き千切られており、「白いブラウス」はすっかり「土埃」にまみれていて、そして――。

 辺りはすでに「昏い」ものの、彼女の「スカート」に盛大に浮かび上がった「染み」を勇者は決して見逃さなかった。

 あたかも濡れた地面に「尻もち」をついてしまったかのような、「臀部」を中心にして広がるその「痕跡」。彼女はそこを手で「隠そう」としているものの、だがその全てを「覆う」ことは出来ずに半ば諦め掛けているのだった。
 その「仕草」と、あくまで衣服の「形状」は違えど、同じく描き出された「紋様」に。ふいに勇者は、強い「既視感」を覚えるのであった。

 ナナリーの晒した「醜態」。「恐怖」のため、「理性」を「本能」が上回ってしまったことによる「痴態」。それについては致し方ないだろう。何しろ彼女は「村娘」であり、ついこの間まで「戦い」とは無縁の日々を送っていたのだから――。
 だが、ナディアに関しては違う。彼女にとっては、まさにそれこそが「本業」であり。「戦い」こそが「日常」なのだから――。
 あるいは「死」に対する「恐怖」が全くないかといえば、さすがにそんなことはないだろうが。まさか「彼女に限って」、そのような「失態」を○すとは考えられなかった。

 だからこそ、ふいに浮かんだあり得ぬ「発想」を勇者はすぐさま打ち消した。そして、代わりに勇者はまたしても「想像」する。彼が実際に目にした、ナナリーの「粗相」を。

「さてさて、我々もそろそろ――」

「賢者」が声を発したことで、「回想」は打ち切られる。彼は「半笑い」を浮かべつつ、「目配せ」をした。それは、とても「嫌な感じ」のする「笑み」だった。

「ナディア様の『雄姿』を皆に周知する、という『重大な使命』がありますので!」

 あえて「大仰」に言う賢者。その畏まった「物言い」に、それまで「無反応」だった「モブ達」さえもついに堪えきれず笑い出してしまう。
 周囲を憚ることなく、鳴り響く「嘲笑」。その「罵声」は、あるいはナディアの耳にも届いていたのかもしれないが。それでも、彼女が振り返ることは決してなかった。

 ナディアの「うんちお漏らし」。
 彼女にとって、耐え難き「羞恥」でありながらも。あくまでも「仲間内」のみ、その「下穿きの内」だけで収められるべき「秘密」を「吹聴」して回ったのは――、他ならぬ「彼ら」なのだった。
 あるいは「女魔法戦士」に相手にされなかったことに対する「当てつけ」か、はたまた他者を蹴落とすことで成り上がろうとする彼らの「卑しい性分」か。
 いずれにせよ「ゴブリン如き」に恐れおののき、あろうことか「糞尿」までもまき散らしてしまった彼女に対して。「劣情」を主成分とした彼らの「憧憬」は、もはや見る影もなく失われていたのだった。

 もし仮に、勇者の耳にもそのような「噂」が届いていたとしたら――。それも全ては「自分のせい」だと彼女に対する「申し訳なさ」と、いくらか「同情」を禁じ得なかったであろうが。(それもまた彼にとっては「目覚め」の契機となり得たかもしれないが…)
 その後、すぐに町を後にすることになる彼は知るべくもなかった。

 何はともあれ、サンソンの「号令」をもって「急造パーティ」は「現地解散」となり。またしても「一人きり」となった勇者は町へと帰還し、その足で「ギルド」に向かったのだった――。


「おはようございます、勇者様」

 すでに「昼前」だというのに、未だ人の疎らな「ギルド」において。
 やはり真っ先に声を掛けてきたのは、あの「エルフ」だった。今回のクエストの受注にあたって自ら「便宜」を図ったというのに。パーティ招集のため、あれほど「尽力」したというのにも関わらず。けれど彼女はあくまで、それについては何も言って来なかった。ただ、普段通りの「挨拶」を彼に向けてくるのだった。

 早速、彼は「報告」する。依頼を「達成」したこと、村の皆が「無事」であったこと、数匹のゴブリンを彼の手で「打倒」したこと。それらを出来るだけ「簡潔」にまとめようと心掛けてはいたものの、それなりに「饒舌」になってしまうことは否めなかった。

「お疲れ様でございました」

「全て」を聞き届け、それでも尚彼女は冷静なまま「定型句」を述べるのだった。
 その表情こそ紛れもない「笑顔」ではあるものの、それは「建前」として他の冒険者に向けられるのと「同じもの」であり。あくまでギルドの受付として、彼女に「標準装備」されているものに違いなかった。

「では早速、『報酬受け渡し』の手続きに移らせて頂きます」

「業務的」にそう言い終えると。彼女は手元にあった「帳簿」を、ページを捲ることなく「一発」で開き当て、それを彼に向けて差し出したのだった。

「こちらに『サイン』をお願い致します」

 彼女は指で箇所を示しながら、やはり起伏なく言う。「羽ペン」を受け取りつつ、彼女に言われるまま「署名」を終えながらも――、彼は何だか「拍子抜け」するような、妙に「がっかり」したような気がするのだった。

 別に「褒めて」欲しかったわけではない。「認めて」貰いたかったというのとも違う。彼が今回受けた「依頼」というのは、あくまで「低級」のものであり。「志願者」が現れなかったのも、その「報酬の低さ」こそが理由であり。決して「誰にも成し得なかった」という類のものではなく、むしろ「駆け出し」であっても丁度いいくらいの「低難易度」に過ぎないのだった。
 何しろ相手は「ゴブリン」なのだ。「低級の魔物」、「冒険者」がまず最初に「狩る」に相応しい「敵」であり。あるいはその「経験」を経ることによって、初めて「半人前」だとかろうじて認められるくらいの、いわば「試金石」なのである。
 たとえそれが「軍勢」であろうとも――、いくらか「難易度」の「加算」は認められるものの、やはりそれは「低級の範囲」に充分収まるだけのものなのだった。

「エルフ」は彼のことを「心配」すらしていないようだった。紛れもない「彼の故郷」が「戦火」に見舞われたというのに。いかに「低級」であろうと、まさに「魔物」と戦ってきたというのに。彼女は勇者の「生還」を祝うどころか、体中に受けた「名誉の負傷」を眺めても尚、彼が「無事」であったことに対する言葉はないのだった。
 あるいはそれこそが「信頼」と呼ぶべきものなのかもしれない。彼女は彼が無事に戻ると信じていた。きっと大丈夫だろう、と。余裕をもって、そう構えていた。だからこその「無言」なのかもしれない。(それとも、彼女が集めた「上級職」に対する「信頼」なのだろうか…?)

「ありがとうございます。それでは――」

 彼女は「署名」を確認し、上から「受領印」を押す。そして帳簿を「パタン」と閉じてから仕舞うと、代わりに何やら「薄汚れた小袋」を取り出した。

「お渡しするのが遅れてしまいましたが…、こちらが『依頼』の『前金』です」

 彼はその「小袋」に見覚えがあった。(確かこれは村の大人たちが「買い出し」のため、町に出掛ける際に用いるものだったはず…)

「どうぞ、ご確認下さい」

 確認するまでもなく、すでに「中身」については知っている。村人が彼のために持ち寄った「果実の種」だろう。それもやはり、彼以外にとっては「無価値」に過ぎないもの。
 だがしかし。彼が一応とばかりに袋を開け、改めたその「中身」は――、

 数枚の「銀貨」であった。

 彼の育った村においては「大金」とさえ呼べる額である。 

「そして、こちらが今回の依頼の『達成報酬』です…」

 彼女はどこか言いづらそうに、

「村で獲れた作物、『一生分』でございます…」

「依頼書」に書かれた通りの、そのあまりに途方もない「内容」をそのまま口にする。

「尚、『報酬の多寡』について、当ギルドは一切関知しておりませんので――」
「万が一『支払い』がなされない場合は、ご自身で『回収の依頼』をお願い致します」
「我々ギルドは、『依頼者様』と『冒険者様』との『信頼』で成り立っております」

 それを言うことが、「規則」で決められているのだろう。「スラスラ」とした口調で、澱みなく「条文」を言い終えたところで。

「いりません…」

 彼は「明確な意思」を言葉にする。

「えっ?」

 そこで初めて、彼女は「個人的」な戸惑いを露わにした。

「報酬はいらないです。これも依頼者の――、『おじいちゃん』に返しておいて下さい」

 勇者はやや迷った挙句、あくまで彼にとっての「呼び名」でそう言った。

「かしこまりました。では、責任もって私から依頼者様に『お返し』しておきます」

 無論それは「業務外」であったのだが、エルフは「快諾」した。
 そうすることで、少なからず村の「復興」に役立てられるのなら。それによって、わずかばかりでも彼の「助け」となれるのなら。彼女は「ギルドの受付」としてではなく、「一人の女性」として。今一度、彼のために一肌脱ごうと決意するのだった。

「以上で、全ての『手続き』を終えさせて頂きます。何かご不明な点はございますか?」

 最後にそう問われ、勇者は顔を上げる。「正面」からしっかりとエルフの顔を見据え、そして――。

「色々とありがとうございました!!お陰で、村の皆を助けることが出来ました」

 はっきりと彼は言った。「不器用」ながらも、精一杯の気持ちが込められた彼の言葉。けれど、当のエルフは――、

「一体何のことでしょう?」

 わざとらしく首を傾げ、あくまで「とぼけて」見せるのだった。

「いえ、何でもないです…」

 彼のなけなしの「勇気」もそこまでだった。「気恥ずかしさ」を堪えつつも放った言葉はけれど――、彼女によって見事に躱されたことで、後にはただ「居たたまれなさ」のみが残るのだった。
 再び、彼は下を向いてしまう。もはやその場に留まり続けることすら「羞恥」に感じ。彼は踵を返し、立ち去ろうとしたところで。

「必ず帰ってくるって信じてましたよ!」

 その「声」に振り返り、今一度彼は「エルフ」を見る。
 その「表情」は、やはり「いつも通り」のものでありつつも――、瞳を潤ませながらの「笑顔」は、紛れもなく「彼だけに」向けられたものだった。


 ある者は去り、またある者が訪れる。「町の日常」はあまりにも忙しない。そうした日々の中で、ようやく彼にも「仲間」が出来た。

「アンタ、『勇者』なんだって?」

 最初に声を掛けてきたのは、一人の「女戦士」であった。
「肉体」に縦横無尽に走る「傷」は、まさに「歴戦の猛者」であることの「証」だった。

「アタシと『一戦』交えちゃくれないかい?」

 彼女からもたらせられた提案は「勧誘」ではなく、まさかの「試合の申し出」だった。

――ヒュン!
――ガキィィン!!
――ズバッ!
――ドシャ!!

 幾閃かの「剣戟」を重ねた末、あまりにあっけなく彼は膝をついてしまう。
 彼のこれまで積み上げた「研鑽」は、彼女の「剣技」の前では全く歯が立たず。彼が「勇者」となって以来、一日たりとも欠かすことの無かった「鍛錬」も――、彼女の長年のそれに比べればほんの「付焼刃」に過ぎず。彼は彼女に対して、少しも敵わなかった。
 だが、それでも。「試し合い」の後、蹲る彼に差し出された手。

「アンタの『太刀筋』気に入ったよ!まだまだ、アタシには遠く及ばないけどね!」

 彼のことを認めながらも。けれど自らを決して「卑下」することなく、むしろ盛大に「誇示」しつつも「豪快」に笑う彼女の手を――、彼は掴むのだった。

「アタシの名は『ヒルダ』」

 彼女は「名」を告げた上で、 

「今はまだ『戦士』だけど、これでも『世界一』の『バトルマスター』を目指してる!」

「不遜」ともいえるくらいの「名乗り」を上げる。

「アンタは?」

 そう問われたことで、彼は自らの「氏名」とそれから――。あるいは自らの「使命」と呼ぶに相応しき「職業」を、やはり「自信なさげ」に答える。

「――か。いい『名』だね!」

 ナナリー以外から「名前」で呼ばれるのは、随分と久しぶりな気がした。けれど彼女はあえて「その名」を繰り返すことなく――。

「決めた!これから先、アンタのことは『勇者サマ』って呼ぶことにするよ!」

――自分が「勇者」だって、アンタが堂々と胸を張って言えるようになるまで。

 そうして、またしても彼女は「豪快」に歯を見せるのだった。
 当初は「次の町まで」という約束だったが、いつの間にかそれは「反故」にされ――、彼女はパーティにおける「最古参」として、「最後まで」彼と共にあり続けるのだった。

「新天地」を求めるべく、「彼ら」が町を出ようとした時。
 また一人、声を掛けてくる者の姿があった。

「あの、えっと…。ワタクシも『お仲間』に加えては頂けないでしょうか?」

 あまりに唐突な「出願」に、「二人」は顔を見合わせる。女戦士の方はやや「苦い顔」をしているようにも思われたが、あくまでも「合否」は彼に委ねるつもりのようだった。

「ぜひ、お願いします!!」

 むしろ彼の方から「願い」を口にし、あっさりと「了承」を示すと、

「やった!!めっちゃ嬉しいで――あ、その…、ございます」

「女僧侶」はなんだか妙な「言葉遣い」になりつつも――、だがそれによって、彼女の「真っ直ぐな思い」がより率直に伝わってくるのだった。

「経験的」にも「年齢的」にも、彼にとって「先輩」である「両名」を加えて。ついに、彼は念願の「パーティ」を組むことと相成った。だがしかし――。

 それからの勇者の日々は、これまで以上に「危険」に満ち溢れたものだった。

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おかず味噌 2021/02/04 16:00

能力者たちの饗宴<時間停止能力> 「ギャルに教育的指導」

 前から歩いてきた「二人組のギャル」(その言葉自体、もはや死語なのだろうか?)が私を見るなり、あからさまに嫌な顔をした。
 一人分にしては十分過ぎるほど大袈裟に身を躱し、しばし無言のまますれ違うや否や。

「ヤバくない…?」
「マヂ、ヤバイ!!」

 若者特有の、あまりに語彙力に乏しい感想を述べ合う。
 果たして、私の何がそんなにヤバイというのだろう?見るからに中年である私の、あるいは「勃起の持続力」についてだろうか。はたまた彼女たちは一目で私の「能力」を見抜いたとでもいうのだろうか。

「ねぇ、あんなハゲが父親だったらどうする?」
「ムリムリムリ!!!」

 黒い方が予期せぬ仮定を問い、白い方が「擬音」でそれに答える。
 分かりきっていたことだ。彼女らはあくまで私の容姿についてそう言及し、そこに透けて見える私の人生に対して、身勝手にも「ヤバイ」と一言で片づけたのである。
 あたかも私という存在の、その全てが「間違い」であると断定するように――。

「てか、聞こえるよ…?」

「白」がやや冷静になって言う。だがその声すらも私の耳には届いていたし。何より彼女たち自身、私に聞かれたところでそれを何ら不都合にも感じていないらしかった。その証拠に。

「なんか、めっちゃ性欲強そう…」

 一度は友人を咎めたその口で、やはり私の「外見」についてそう呟く。
 彼女の私に対する「予見」は、ある意味では当たっている。確かに私は同年代と比べて、どちらかといえば性欲に従順な方である。だがそれも、彼女たちのように男を「とっかえひっかえ」するのではなく。あくまで、唯一無二の恋人である「右手」に執着し続けるのであったが。

「わかる!!」

「黒」が同調を示す。そうすることが彼女たちにとって、数少ないコミュニケーションの手段であるというように。
 友人に乗せられたことで、「白」はさらに増長する。そしてついに許容の一線を、私の琴線に触れる一言を放ってしまう。

「ホント、何が楽しくて生きてるんだろうね~」

 その発言はつまり、私に「死ね」と言っているのと同義だ。もはや「生きる価値なし」と、私の生命さえも否定するに等しい言葉なのである。

 彼女たちにしてみれば、あくまで私の命など取るに足らないものなのかもしれない。
 ただ道ですれ違うだけの存在。彼女たちの人生において、普通に暮らしていれば巡り合うことのない人種。仮にも同じ世界に生きているとはいえ、我々の世界線が交わることなど決してなく。
 それ故に彼女たちは私に対して傲慢に、後々の関係性を気にすることなく不遜に振舞えるのだろう。もう二度と、あるいは一度たりとも関わることがないからこそ。

 だが、たとえそうだったとしても。私の年齢のおよそ半分にも満たない小娘なんかに、なぜこうも好き勝手に罵詈雑言を浴びせられなくてはならないのか?
 ただ彼女たちの視界に入った、というだけの理由で、あたかもそれ自体が何らかの罪であるかのように。あからさまな嫌悪を抱かれなくてはならないのか?
 あるいは、これがもし逆の立場だったなら。見ず知らずの他人にすれ違いざまに暴言を吐く、頭のおかしな人物として。明らかな不審者として通報され、逮捕されるまである。

 若いというだけで、「女性」というだけの理由で。あくまで被害者はあちら側であると当然にように推定され、社会的に優遇される。
 そうした世間の不平等に、私は憤りを感じずにはいられなかった。普段はむしろ「自分たちこそ強者である」と尊大にしておきながら、都合の良い時だけ「弱者」としての武器を盛大に振りかざす彼女らに対して。
「ついカッとなって、頭に血が上った――」のではなく。意思とは裏腹に、私の血液は「別の箇所」へと運び込まれる。
 そして。私の股間は逃げ場を失ったズボンの中で、固く「勃起」していた。

 その瞬間、世界は時を止める。

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おかず味噌 2020/12/30 16:00

クソクエ 勇者編「伝説の黎明 ~安堵失禁と恐怖脱糞~」

(前話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/404264

(女戦士編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/311247

(女僧侶編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/357380


「村」に近づくと、「異臭」が彼の鼻腔を満たした。

「畑」の焼ける香り、「家」の燃える匂い、「肉」の焦げる臭い。
「黒煙」となったそれらが「風」に乗って、彼の元へと運ばれてくる。

 そして、辺りがすっかり「昏く」なり始めた頃。ようやく「目的地」に辿り着いた彼は、「変わり果てた」故郷の姿を目にするのだった――。


 彼は「言葉」を失った。「眼前の光景」に思わず「悲鳴」を上げそうになりながらも、けれど「声」を発することは叶わなかった。口内は「カラカラ」に渇き、喉の奥に何やら「引っ掛かり」を覚える。かろうじてそれを「呑み下す」と、胸いっぱいに「モヤモヤ」とした「黒いモノ」が広がってゆくのを感じた。それはまさしく「絶望の塊」であった。
 何とか「理解」が追いついた彼の目に「涙」が浮かぶ。「臭い」のせいもあるだろう。目に染みるような「煙」が、そこかしこから上がっている。だが無論それだけではない。彼の瞳に滲んだそれは「視界」をぼやかし、あるいは全てが「幻想」であるかのような「希望」をチラつかせるが――。瞳を閉じても尚「瞼の裏」に貼り付くその「残像」は、紛れもなくそれが「現実」であることを示していた。

「さすがに『ショック』か…?だが、こんな『景色』は世界中にありふれている」

 勇者の肩に「ポン」と手を置き、励ますように言うのはサンソンだった。あくまで彼はここが「勇者の故郷」であることを知らない。知らないからこそ、そんなことが言える。「何もここだけのことじゃない」と、彼の故郷は「ここでしかない」というのに――。

 勇者は今すぐにでも駆け出したかった。「村中」を駆け回り、背に抱えた剣を振り回したかった。彼と「出身」を同じくする、この「聖剣」を――。
 だけど彼はその場から動けなかった。果たして「どちら」に向かえばいいのか分からなかったからだ。あるいは「助け」を求める声の「方角」に向かおうと思っていたのだが。そんな「悲鳴」も、「彼を呼ぶ声」も、どこからも届くことはなかった。

「少しばかり『遅かった』かもな…」

「長めの前髪」を弄りながらサンソンは言う。彼としては「見慣れた景色」なのだろう。「取り乱す」ことも「喚き散らす」こともせず、あくまで「冷静」なまま「客観的」な「感想」を漏らす。

――イヤだ…!!その「先」を言わないで…!!

 そんな勇者の「願い」も虚しく――。

「残念だけど、『手遅れ』だな…」

 けれど、サンソンは「続き」を言ってしまう。彼の「最後の望み」すら打ち砕くように(もちろんサンソンに「悪気」はないのだが)、わずかな「希望」さえも消してしまう。

「勇者。これからどうする?」

 サンソンが訊ねる。その「意味」が勇者には分からなかった。「どうする」も何も、「やるべきこと」は決まっている。早く「村の皆」を助けなければ――。

「『この様子』だと、たぶん『依頼者』はもう生きちゃいない。それに恐らく――」

――「村人」も「全滅」だろうな…。
「全滅」?彼はそう言ったのか?何が?誰が?一体どうして、なぜそんなことが言える?まだ分からないじゃないか!!きっと「村の皆」は「避難」しているのだ。「ゴブリン」に見つからないように、じっと息を潜めて「救援」を待っているのだ。「悲鳴」が聞こえて来ないのも、それならば頷ける。「皆無事」で、だからまだ――。

 彼はそれでも尚「期待」を口にしようとする、その前に。先にサンソンが口を開いた。

「ゴブリンってのは、ああ見えてとても『狡猾』な奴らなんだ」

 サンソンは「見てみろ!」とばかりに「辺り」を指し示す。

「見張りがどこにも居ないだろう。『狩り』をする時、奴らは必ず見張り番を置くんだ」

 確かに彼の言うとおり、村の「入口付近」にゴブリンは「一匹たりとも」居なかった。

「もう引き上げた後なんだろう。奴ら『強奪』と『凌○』の限りを尽くして、それで…」

――全く、「反吐」が出るぜ…!!
 サンソンの言葉に「怒り」が込められるのを感じた。さすがの彼も「冷静」ではいられないのだろう。露わにされた「感情」に、凄まじいばかりの「鬼迫」に。「味方」であるはずの勇者さえも「圧倒」されたのだった。

「いくらか『残党』は残っているだろうが――」

――どうする?
 再び、サンソンは問う。ようやく彼にもその「意図」が分かった。
 つまりは「クエスト失敗」となっても尚、「ゴブリン狩り」を続ける意思があるのかを彼は訊いているのだ。

「皆さんは、先に帰っていて下さい…」

 勇者は言う。本来であれば「形」はどうであれ、ここまで付いてきてくれた「仲間」に「礼」の一つでもあって然るべきなのだが。普段の彼ならば、間違いなくそうしていたのだろうが。もはや今の彼には、そうした「礼節」を重んじるだけの「余裕」はなかった。

「あとは、『一人』でやりますから…!!」

「意志」を込めて彼は言う。「呼応」したかのように「聖剣」に「鈍い光」が灯る。だが「鞘越し」のそれに気づく者はいなかった。ただ一人、サンソンが何かしらの「気配」を感じたのみだった。

 勇者は駆け出す――。「目的地」を定めることなく、ただ「村の奥」へ向かって走る。

「ちょっと待て!!」

 その「背中」にサンソンが声を掛けるも、けれど彼の耳には届かず。「失われた故郷」へと分け入っていく――。

「はぁ…」
 勇者の姿がすっかり見えなくなったところで、サンソンは似合わない「溜息」をつく。彼の中に残った「一抹の不安」それは――。

――大丈夫だろうか…?きっと勇者は今以上に「凄惨な光景」を目にすることになる。

「村人の屍」「残酷に切り刻まれた肢体」「凌○され尽くした死体」。ゴブリンを相手にすると、いつもそうだ。彼も「初めて」それらを目にした日の夜は「悪夢」にうなされ、幾度となく「嗚咽」を感じて眠れなかった。
 どうしてこんな「惨いこと」が出来るのか!!「奴ら」は「人」をまるで「物」としてしか見ていない。今でも彼は、何度だって「怒り」を覚える。
 だが「彼ら」からしてみれば、「人間」もまた「同じ」なのだろう。「報酬」のため、「経験値」のためと宣い、彼が積み上げてきた「魔物」の「亡骸」の数は「百や二百」ではきかないだろう。
 あるいはその「事実」を知り――、自身も「魔物」と成り果てた者がいると聞く。そうでなくとも自らの「仕事」に嫌気が差し、人知れず「ギルド」を去った者だっている。

――彼は大丈夫だろうか…?

 いや、きっと大丈夫なはずだ。彼ならば「深淵」を覗きながらも、やがていつかはその「暗闇」を抜けることが出来るだろう。何しろ、彼は「勇者」なのだから――。

「きゃぁ~!!!」

 ふいに「悲鳴」が鳴り響く――。これまで決して聞こえることのなかった「人の声」。「助け」を求めるその「呼び声」は、紛れもなく「生存者」がいることの証。
 なぜか「その声」に「聞き馴染み」を覚えつつも。まさか「その彼女」がそのような「状況」に陥ることなどとは考えにくい。
 だが、何はともあれ「救援要請」を受けたサンソンは――、「広場」とは「反対方向」に向かったのだった。


「仲間」を置き去りにして、「一人」駆け出しては来たものの――。勇者は迷っていた。何も「道に迷った」というわけではない。何しろここは彼の「生まれ育った村」であり、凄惨に「変わり果てて」はいるものの、見慣れた景色の「面影」はそこかしこに見当たるのだった。けれど――。
「広場」まで「一目散」に駆けてきた彼は、果たしてここから「どっち」に行くべきかを迷っていた。

 まずは「自宅」に向かうべきだろうか。此度の「凶報」を知る「きっかけ」となった「依頼者」はそこにいるのだろう。年老いた「祖父」のことだ、逃げ遅れてしまった可能性だって十分ある。いやそもそも「無事」逃げることの出来た「村人」が、一体どれほどいるというのだろう。
 彼はまだ「村人」の「変わり果てた姿」を一度も目にしていない。だから、あくまで「希望」が潰えたわけではない。それでも、今や燃え尽き「黒焦げ」となった「家々」を見るに――、それがとても「儚い」ものであることは確かだった。

 それとも「ナナリーの家」にこそ向かうべきなのだろうか。「村長の家」でもあるそこには、「有事」に備えて多少の「蓄え」があるのだと聞いたことがある。(もちろん、彼がまだこの村に「居た頃」には幸い、その必要に迫られるような「事態」は一度たりともなかったのだが…)
 あるいは「村の皆」が「避難」していることも考えられる。そこに「彼の祖父」もいるかもしれない。「ナナリー」も――、今となっては「懐かしさ」さえ覚える「同年代達」も――、皆そこに身を寄せ合っているのかもしれなかった。
 ようやく彼は「目的地」を定め、少し「高台」にある「屋敷」を目指すのだった。

 それにしても。彼はこれまで「ゴブリン」に一度も「遭遇」していなかった。サンソンの言った通り、すでに「引き上げた」後なのだろうか。「クエスト」にあった「軍勢」はおろか、その「残党」にすら出くわすことはなかった。
 なんだか「不気味」だった。「ゴブリン達」は一体どこに「消えた」というのだろう。いや、あくまで彼らは「隠れている」だけなのかもしれない。建物の陰から――、あの角を曲がった先で――、息を殺して「こちら」を窺っているのかもしれない。
 それを考えただけで、彼の中に再び「臆病心」が芽生えるのだった。いかに「聖剣」に選ばれようとも、「勇者」となった今でも。自らの「性質」というのは、そう容易く変えられるものではなく――。ついこの間までは田畑を耕すことのみに従事し、「命の危険」などとは程遠かった彼にとって。すぐ近くに迫り来る「生死」というのは耐え難く、やはり目を背けていたいものだった。

 だけど、もはやそんなことも言っていられなかった。ついに「屋敷」に至る「坂道」の下まで辿り着いた彼は、そこでより一層「焦燥」を感じた。「あるもの」が見えたからである。急いで坂を上った彼は「村長の家」の「正面扉」の前に立つ。その「扉」は、

「開いて」いた――。

 あるいはそれこそ、すでに村人たちが隙を見て逃げ出したことの「痕跡」なのかもしれない。だがさらに「扉」に近づいたことで、彼は知る――。扉の「カギ」は、

「破壊」されていた――。

「村人」によるものでは決してないだろう。「鈍器」で無理やり「こじ開けた」ような「傷跡」は、「ゴブリン達」の「仕業」に違いなかった。

 すかさず彼も「半開き」となった扉をくぐる。「他人の家」に「無断」で上がることに多少の「抵抗」と、場違いな「緊張」を覚えつつ――。

――そういえば、ナナリーの家を訪ねるのは「初めて」だな…。

 と。いかに「非常時」であり仕方ないとはいえ、ならばいっそナナリーに「誘われる」ことでそれを果たしたかった、と彼は思うのだった。
 だがそう出来なかったのには幾つもの「理由」がある。いつだって彼は、ナナリーとはあくまで「人目を避けて」会うようにしていた。彼女がそう望んだわけではない。むしろ彼女は彼が「いじめられている」ことを知るたびに。「外聞」など決して構わず、すぐにその場に駆けつけてきて、怒鳴り散らしてくれたのだった。
 思わず縋りつくように、ナナリーの「後ろ」に隠れる彼を見て。「いじめっ子達」は彼のことを――、

「や~い、弱虫!!また『女』に助けてもらいやがって!!」

 と、さらに罵るのであった。それに対しても、やはり彼は何も言い返すことは出来ず。その「代わり」にナナリーが――、

「うるさいわね。いいの!○○は『優しい子』なんだから」

 そう「反論」してくれるのだった。
「優しい子」――。果たしてそれはどういう意味なのだろう。確かに彼は「家畜」を始めとする「動物」や、「虫」やさらには「草木」に至るまで。それらを決して「下等生物」だと決めつけることはなく、あくまで「対等」に接するのだった。
 だがそれは、彼に「友人」が少なかったためでもあり。それを「優しさ」と形容するのは、何だか違うような気がした。
「優しい子」――。それは「臆病者」の間違いではないだろうか。彼の「性質」に彼女なりに最大限配慮し、言葉を選んだ末のその「表現」なのではないだろうか。

 彼はひと時の「回顧」に耽る。だがもちろん、そんな場合ではない。あくまで彼女の「本心」ではなかったとしても――、たとえ彼女が自分のことをどう思っていようとも。
 彼の今「やるべきこと」は変わらないである。
「優しい」というならば、それはナナリーにこそ当て嵌まるべきもので。その彼女は今「ゴブリンの襲撃」に怯え、「救援」を求めているのだ。
 あるいは「救援者」が誰であろうと、それについては構わないのかもしれない。だが「依頼者」である彼の「祖父」が、ギルドで確かにそう言っていたのだと聞いたように。
 やはりナナリーもまた「勇者」を――、かつては単なる「愚者」に過ぎなかったその存在を――。紛れもない「彼」による「助け」を、待ちわびているのかもしれなかった。

 目の前の「階段」を駆け上る。相変わらず「気配」はなく、「物音」さえ全くしなかったが――。そこで「聞き慣れた声」による「悲鳴」を、彼は確かに耳にしたのだった。

「イヤァ~~~!!!」

「甲高い」その声に――、彼は一瞬それが彼女のものであることを疑いたくなったが。「鼓膜」にこびり付いた「残響」を何度も「反芻」する内に、それが紛れもなくナナリーの声であることを知った。
 それを「聴いた」ことで、まず最初に彼の中に浮かんだ感情は――、「安堵」だった。「良かった、生きてたんだ…」と、そう思ったのだった。だけどすぐにそれは「不安」へと変わる。「悲鳴がした」ということは、今まさにナナリーの身に何かしらの「危機」が迫っているという、紛れもない「事実」を表わしているのだ。

「二階」へと上ってきた彼の眼前には、いくつもの「扉」があった。「村の長」たる人物の「家」というのは、「屋敷」と呼ぶに相応しい「広さ」と「豪華さ」であった。
 数多くあるその「部屋」の内、果たしてどれが「正解」なのだろう。こうなればいっそ「虱潰し」に当たろうかと思い掛けた彼であったが――、ここに来てもやはり「痕跡」はあった。
 およそ半数以上の扉は「開け放たれて」いたのである。「悲鳴が聞こえた」ことから察するに――。ということはつまり、その中の「どれか」ということだろう。
 だがそれだって。開かれた扉の数もそれなりにある。もはや「時間」は限られている。早くしないと、ナナリーは。

 彼が「最初の部屋」に向かおうとした、まさにその時だった――。

「誰か、助けて…」

「微かな声」を、けれど彼は聞き逃さなかった。今度ばかりは疑いようもない。それは間違いなく「ナナリーの声」であり、彼女の「助け」を求める声であった。
 かつては彼の方からナナリーに「救い」を求め、決して声には出さずとも「悲鳴」を上げていたのだが。今度は彼が彼女を「救う番」なのだった。

 勇者は、すでに開いた扉から部屋の中へと躍り出る。あえて鳴らした「足音」によって、それを聞いた「ゴブリン達」が振り返る。
 室内には全部で「六匹」のゴブリンがいた。その「全員」が彼の方を見て、「村人」とは違うその「装い」に目を丸くしていた。
 ゴブリン達が振り向いたことで――、その「目線」の先を追って、ようやくナナリーも「何者か」の「来訪」に気づく。だがその「表情」には相変わらず「恐怖」が張り付いたままで。そこに居たのが「彼」であると分かっても尚、あくまで彼女はそれを「幻」だと思い込んでしまう。

「ナナリー!!」

 勇者は彼女の「名」を呼ぶ。そうしたことで、彼の姿が紛れもない「現実」であることを彼女は知ったのだった。

「○○…?」

 それでもナナリーは未だ「半信半疑」で。なぜ彼がここに居るのか、数月前に「町」に向かったはずの彼が、どうして「この村」に居るのか分からないという様子だった。
 あるいはここまで来る「道中」、ずっと心に決めていた「台詞」を彼は言う。

「『助け』に来たよ!!」

 あまりに「呑気」というか、馬鹿げたようなその言葉。まるでちょっと「お手伝い」に来た、とでもいうような。少しも「緊迫感」のない、あくまで「のほほん」としたようなその「口調」。
 けれど、だからこそナナリーは知った。それがまさしく、彼女にとっての「勇者」であることを――。

 勇者はゴブリン達に目を戻す。未だ「驚き」を浮かべたまま、盛大に「動揺」している彼らは――、やはりどこか「人間臭く」もあった。
「彼ら」は、勇者の手に握られた「聖剣」をぼんやりと眺めていた。それが意味することを、これから与えられるであろう「痛み」と「恐怖」を。彼らは知らぬまま――、けれど彼らの「理解」が追いつくのを待つつもりはなかった。

「うわぁ~~~!!!」

「咆哮」を上げて、彼はゴブリンに飛び掛かる。そこに「戦略」と呼べるようなものはなく、「間合い」さえも「デタラメ」で。けれど、この「数月間」に彼が培った「経験」がまさに「武器」となる。

――ブンッ!!ゴトン…。

 まずは「一匹」。彼の足元にゴブリンの「頭部」が転がる。そして、すかさず――。

――ズバンッ!!バタン…。

「二匹目」は「体部」を狙って切り倒す。だがそこで、ようやくゴブリン達も何事かを知る。すでに「屍」となった「身内」を見届け、眼前のそれが紛れもない「脅威」であることに気づく。

「キシャァァ!!!」

 醜い「奇声」を上げて、彼らは「戦闘態勢」を整える。「血気盛んな一匹」が勇者に飛びつき、彼の「視界」を遮ろうとする。だがあえなく勇者はそれを討ち取り、すぐに構え直すのだった。
「じりじり」と互いに「間合い」を保ちながら、「攻撃の瞬間」を待ちわびる。堪らない「緊張感」。けれど勇者はもう何度も、そうした「死線」を潜り抜けてきたのだった。
 最初に仕掛けたのは「三匹」だった。相変わらず「奇声」を上げつつ、同時に飛び込んでくる。「知性」のない彼らに「連携」などというものはない。ただ「闇雲」にそれぞれが飛び掛かってくる――。
 だが、それだけでも勇者は「苦戦」を強いられてしまう。かろうじて「初撃」だけは受け止めたものの、「二撃目」をギリギリで躱し、「三発目」をその身に受けてしまう。

 肩に鈍い「痛み」を感じる。焼け付くような「傷口」は「熱」を帯びて、彼の「心」さえも焼き尽くしてしまいそうだった。
 思わず勇者は膝をつく。何とか「片膝」だけに留めたものの、再び「立ち上がる」のはもはや「困難」であるかのように思えた。それでも――。
 勇者は立ち上がる。「鮮血」と共に飛び散った「決意」を体中からかき集め、心を蝕む「痛み」と「恐怖」を精一杯に振り払い、何とか膝を立てたのだった。
 勇者はその目でゴブリン達を見据える。その瞳に宿るものは「憎しみ」などでは決してない。「敵」は眼前の「三匹」などではなく、あるいは「自分自身」。それに打ち克とうとする「想い」。もはやそれこそ紛れもない「勇気」であった。

 再び、勇者はゴブリンに立ち向かう。この「痛み」が――、たったこれだけの「傷」が一体何だというのだ、と自らを「鼓舞」するように。「引き下がる」つもりなど毛頭ないのだった。そこで、ナナリーが何かに気づく。

「う、後ろ…!!あぶない!!」

 勇者がナナリーの声に反応する前に、またしても「攻撃」を浴びてしまう。「後方」からもたらせられた「一撃」。彼が後ろを振り向くと――、そこにはすでに「倒した」と思い込んでいたゴブリンが、その手に持った「斧」に彼の血を滴らせていた。
 背中に受けた「傷」は、さきほどのものとは比べ物にならないほど深かった。にも関わらず、彼はもう膝をつかなかった。「激痛」に顔を歪めつつ、「意識」を「朦朧」とさせながらも。けれどあくまで彼は「正面」を見続けていた。
「三匹のゴブリン」、その後ろには「ナナリー」がいる。彼にとってまさしく「恩人」でもあり――、「姉代わり」の存在でもある――、彼の「大切な人」が。

 勇者のその傷が「深手」であることは、もはやゴブリンの目から見ても間違いなく。だからこそ彼らはすでに「勝利」を「確信」したかのように浮かれている。

――相手が「弱者」だと知るなり、ゴブリンは「敵」を侮る。

 果たしてそれは「油断」なのだろうか、あるいは「余裕」というものなのだろうか。だがどちらにせよ、そこに「侮蔑」と「嘲笑」が混じっていることは明らかだった。
 それは(無論、決して比べるものではないのだが)「同年代達」による「いじめ」にも似ていた。彼が「弱者」であることを知り、だからこそ「強者」である自分らは「安泰」だろうと。決して「反撃」されることはなく。彼に唯一出来ることといえば、頭を垂れて「許しを請う」ことのみであると――。
 自らが「臆病者」であることを知っているから。「勇者」になどなれぬことを分かっているから。生まれ持った「性質」はもはや「残酷」なほどに彼の「運命」を縛り付け、その「身」も「心」も逃れられない「牢獄」へと捕えてしまうのである。それでも――。

「僕は、もう『臆病者』なんかじゃない…!!」

 彼は叫ぶ。自らの「意志」を表明するように。そうありたい、と「願い」を口にするように。彼は、今まさに「勇者」となったのだった――。

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おかず味噌 2020/12/20 16:00

クソクエ 勇者編「伝説の黄昏」

(前話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/404020

(女戦士編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/311247

(女僧侶編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/357380


 小高い「丘」の向こうに「煙」が立ち上っている――。

 数月前に「一人」で下った坂道を、今は「数人」で越えようとしている。
 思えば「あの日」からもうそんなに経つなんて。「年月」というものは、それほどまでに足早に過ぎて去っていくのだと。けれど「呑気」な彼もさすがに、今ばかりはそう悠長に構えてもいられなかった。

 町を出た頃には、まだ「昼前」だったというのに――。すでに「陽」は傾き始めていて。一日の中で最も強いその「光」は「丘」を、「草原」を、「茜色」に染めている。
「天」にまで届くかのように伸びた「黒煙」。その「根本」の「場所」に、その「方角」に、彼は「心当たり」があった。「畑焼き」の「時季」でもないというのに。あるいはそうであったとしても、それならば「白煙」が上がっているべきであるというのに。
「空」に昇り、やがて「雲」へと連なるその「一筋」はけれど。「水蒸気」を主とした「白い煙」ではなく、「不吉さ」を思わせ「非常事態」を報せる「黒い煙」であった。

――間に合ってくれ…!!

 そう「願い」を込め、彼の足取りは急いてくる。「焦燥」に追い立てられながらも、けれど「即席パーティ」の歩みは「緩慢」なままで。彼と「彼以外」との「距離」は自然と開いていく。いくら「温厚」な彼もやや「苛立ち」を感じ始め、それならばいっそ自分だけでもと、「故郷」への早過ぎる「帰還」を目指すのであった――。


 彼がその「凶報」を知ったのは、「今朝」のことだった。

 すっかり「冒険者としての生活」に慣れた彼であったが、それでもかつての「習慣」は容易に抜けないものらしく。「農夫」に比べて「朝の遅い」冒険者たちの中で、彼は誰よりも「早起き」だった。
「ギルド」の「三階」に「間借り」している彼は「いつも通り」に目覚めると、まずは「冷水」で顔を洗って「支度」を済ませ、それから「相棒」と共に「森」へと向かった。
 そこで「数時間」たっぷりと「汗」を流した後。ようやく「町」が活気づき出した頃、「いつも通り」彼は「ギルド」の「ロビー」を目指したのだった。

「おはようございます、勇者様」

「受付」の「エルフ」に挨拶される。初めて彼が「ギルド」を訪れた時、彼のことを散々「笑った」のが「彼女」である。だがその彼女も今では、彼のその目覚ましいばかりの「成長」と、何よりも彼自身の「勤勉さ」と直向きに「努力」し続ける「その姿」を見て――、すっかり彼を「認めて」くれるようになった。あるいは彼のことを「勇者」と、「最初」にそう呼ぶようになったのは紛れもない「彼女」であった。
「名」は知らない。他の「受付嬢」と同じく「胸」には「プレート」が提げられているみたいだが、いつも受付で「テーブル」ばかりを見つめている彼にとっては知る由もない「情報」だった。
 彼が彼女の前で、そうして「俯いて」しまうのは――、彼の生来の「自信の無さ」が故ではなかった。というよりむしろ、「幼馴染」である「ナナリー」の顔さえ「直視」することが出来なかった頃とは違い――、今ではほとんど誰に対しても「面と向かって」「堂々と」会話をすることが出来るようになっていた。それだけでも彼にとっては、かなりの「成長」である。

 だがそんな彼も「彼女の前」だけでは――、どうしてだか「あの頃」の彼に「戻って」しまうのだった。遠目から見ても「美人」とはっきり分かる「女性」。差し出される「腕」のその「肌の色」は「白く」、まるで「透き通っている」かのように「繊細」で。「村一番の美少女」であるナナリーもそれはそれで「可愛らしかった」が、「エルフ」である彼女のその「洗練」された「美しさ」にはやはり遠く及ばず。「造り物めいた」彼女の「近く」に寄るだけで、あるいは「言葉」なんて交わそうものならばもはやたちまち。彼の「動悸」は激しくなり、「呼吸」は浅くなり。今ではあらゆる「魔物」に「対峙」したとしても決して「動じる」ことのない彼であるが――、だが彼女を「目の前」にすると「震え」が止まらなくなるのであった。
 あるいはそれを「恋」と呼ぶのだと――。けれど「未熟」な彼はその「感情」を未だに知らないでいた。

「早朝」(といっても、もはや「昼前」近い)の「ギルド」は「冒険者」も「疎ら」で、「清潔」な「ロビー」は「新鮮な空気」に満たされており、それを思いきり「吸い込む」ことで、彼は「清浄」で「静謐」たる「心持ち」になれるのだった。
「受付」に向かう前にまず、彼は「日課」としている「掲示板」の「確認」のためそちらに立ち寄ることにした。
「掲示板」とは――、日々「発注」される「クエスト」が「一覧」になったものだ。
「内容」と「報酬」、「参加人数」などの「情報」が簡潔に記された「貼り紙」が所狭しと並べられ、「冒険者」たちはそれを見て自らの「レベル」に、あるいは「労働対価」に「見合った」ものを探し、「今後の予定」を立てるというわけである。

 その中には――、
「屋敷の『掃除夫』募集!!」
「隣町まで『お遣い』を頼みたい!!」
 などといった「簡易」で「誰でも出来そう」なものから――、
「新魔法開発の『助手』を求む!!(『魔法使い』のみ)」
「『稽古相手』募集!!(依頼者と同じ『武闘家』が相応しい)」
 などの「適正要件」があるもの。あるいは――、
「素材収集のため『スライム型モンスター』を『三十匹』討伐!!」
「登城にあたって、道中の『護衛』を求む!!」
 といったまさに「冒険者ならでは」のものもある。そして――、
「『パーティメンバー』募集!!和気あいあいとした『仲間たち』です!!」
「『パーティメンバー』募集!!我、強き者を求む…」
 というような「冒険者自ら」による「依頼」も中にはある。

 同じく「冒険者」でありながら、「勇者」であるところの――、だが未だ「駆け出し」である彼もまた日々「無数」に「発注」されるそれらを眺めて。これまでは「初心者」に「相応しい」、「報酬」が「少額」である代わりに比較的「ラク」な――とはいっても、あくまで「戦闘能力」を「要求」されるものばかりなのだが――「クエスト」ばかりを「受注」してきたのであるが。
――そろそろ、もう少し「強敵」と「戦って」みたいな…。
 と、「腕試し」とばかりに「修行の成果」を「確かめる」が如く。次なる「依頼」は、出来ることならば「大型の魔物」などを相手にするものを、と求め出した頃であった。
――でも、そのためには…。
 ちょうど、まさしく彼が望んだような「大型モンスター討伐依頼」の「クエスト」が目に入る。けれど彼はそれを見て「渡りに船」とばかりにすぐに「歓喜」したのではなく、あくまで「冷静」になってからその「貼り紙」をよくよく読んでみた。そこには――。

「参加人数『三人』」

 と、はっきりそう書かれていた。もはや分かりきっていたことだがそれでも、やはり彼は「落胆」を隠し切れなかった。
 再び「別のクエスト」を見つける。だがそこにも――、
「募集人数『最低三人』」
 と、当たり前のようにそう記されている。「依頼者」の指定する「条件」は「絶対」である。たとえ彼がどれほど「強かろう」とも――、あるいは「勇者」であろうとも――、「人数要件」を満たさなければもはやそれまで。そもそも「契約成立」にすらならないのである。そして「クエスト」の「難易度」が上がれば上がるほど(「達成」の可否も鑑みて)「最低人数」を「条件」に付するという傾向はより「顕著」になってくるのだった。

――「パーティ」か…。

 彼は心の中でそう呟いて。改めて「メンバー募集」の「貼り紙」に目を向ける。
「『戦士』を求む!!(それなりに『経験』を積んでいる方のみ)」
「『回復役』募集!!(出来れば『女性』で…)」
 だがどれも、彼が「条件」に当てはまるものは見つからなかった。そしてその中には。

「アタシは『女戦士』。一緒に『ワクワク』するような『冒険』に出ようぜ!!っていうのはつまり、『強い敵』を『ぶっ倒そう』って意味で…。アタシの剣の腕があれば、いつか『魔王討伐』だって夢じゃないと思ってる!!だから!!熱き想いを持った『勇者』をアタシは求めている!!そして――」

 というように、「皺くちゃの紙」に「思いの丈」を「長文」で「書き殴った」だけのものもあった。他の「募集」が――、それぞれ「工夫」はあるものの、あくまで「条件」だけを「簡潔」に述べたものであるのに対して。それはあまりに「ごちゃ付いてる」というか、「熱意」だけは十分に伝わってくるものの。「用紙」の隅々に至るまで「びっしり」と「文字」で埋め尽くされている様は、やはり「読みづらい」ことこの上なかった。
 それでも――。彼はその「純粋さ」と「正直さ」の溢れた「文面」に、思わず顔を綻ばせるのだった。

――こんな人と「パーティ」を組めたら、楽しいだろうな~

 彼は「夢想」しつつも、けれど「自分なんか」が願い出たとして――、果たして、断られないだろうかという「不安」も同時に浮かんでくるのだった。
「文中」には「『勇者』を求む!!」とある。だがその「勇者」というのは「職業」や「役割」を表わすものではなく、あくまで「尊称」としてのものなのだろう。
 他に、こんな「貼り紙」もあった――。

「ワタクシは『女僧侶』でございます。未だ『修行中の身』故、何かと『ご不便』をお掛けすることと存じ上げますが。共に『旅』して頂ける方が居られれば幸いです」

 と、「言葉遣い」こそ「丁寧」であるがそれだけ。「数文」が書かれているのみで、「内容」としてはあまりに「スカスカ」。求める「職業」も「人数」も、「条件」すら何も記されてはおらず。比較的「真新しく」、「キレイ」である「羊皮紙」の「大半」は「空白」になっており。先程の「熱意」に溢れた「募集」を見た後では、尚更に「淡泊」に感じるというか、むしろ「やる気がない」という印象すら与えられるのだった。
 だが、それでも――。

――こんな「上品」な人と旅するのも悪くないかも…。

 やはり彼は「夢想」してみたが、そこでふと――。彼の「視界の端」に何やら「不吉」なものが「映った」ような気がした。

――今、何か「見慣れた文字」を目にしたような…。

「既視感」の「正体」は分からずも――、彼は「記憶の糸」を手繰るように、慌てて片端から「掲示板」に貼られている「クエスト」に目を通した。
 そこで。彼はようやくついに、「それ」を見つけたのだった。

「『ノドカ村』、『ゴブリン』の『軍勢』に『襲撃』されり!!『救援』を求む!!」

 後に「はじまりの村」と名を変える、けれど「現代」においてはまだその名で「呼称」される――。まさしく「勇者伝説」の「始まりの地点」であり、それは紛れもない彼自身の「故郷」でもある「村の名」だった。

「思考」が追いつくまで、それなりの時間が掛かった。そして「理解」に至るまでには、さらなる時間が必要だった。
 少なからぬ「驚き」と「戸惑い」によって見開かれた目で、彼はそこから必要最低限の「情報」を読み取ろうとした。

「募集人数」「募集内容」「適正職業」――。違う、そんなことじゃない!!
「報酬」――。そんなこと、どうだっていい!!

 彼が本当に「知りたいこと」とは、つまり――。
「一体『いつから』それが貼り出されているか?」だった。

 彼は「昨日」も「ギルド」に立ち寄り、この「掲示板」を見た。その時は確か、こんな「クエスト」は「発注」されていなかったはずだ。だけど分からない。
 それこそ日々「星の数」ほど量産される「依頼」の中で。彼がそれを見落としていたとしても、何ら不思議ではなかった。

――まだ「間に合う」のだろうか。それともまさか、もう「手遅れ」なんてことは…。

「真剣な眼差し」で「貼り紙」を見つめる彼を――。同じく「熱い視線」で傍から眺める者があった。

「勇者様。何か気になる『ご依頼』はありましたか?」

「この世」にはない、「神」のみが弾くことを許される「楽器」のような――、とても「繊細」で「美しい」響きのする「音色」だった。すかさず彼が「声の聴こえた方向」を振り返ると――、そこにはいつもの「エルフ」が立っていた。

「私で良ければ、『内容』について『ご説明』させて頂きますが――」

 彼女がそう言い掛けたところで――、彼は彼女の「腕」を「がっしり」と掴んだ。

「あっ…勇者様、困ります…!!こんなところで…、そんな『大胆』な…!!」

 彼女は何か「よく分からないこと」を口走ったが、だが彼は聞く耳を持たず――。

「この『クエスト』、いつから『発注』されているか分かりますか!?」

「普段」ならば、彼女に「話し掛ける」ことすら「緊張」でままならない彼なのである。ましてや、その「身」に――、たとえ「腕」ではあるとはいえ「触れる」ことなどもはや「想像」しただけで。
 けれど今の彼にとっては、そんなことは「些事」に他ならなかった。それよりももっと、「彼女のこと」よりずっと、彼には気に掛かることがあったのだった。

「えっ…?あ、え~と…ちょっと待って下さいね!(なんだ…違ったんだ…)」

「語尾」はよく聞き取れなかったが、それについてはさておき――。彼女は一旦「受付」に戻って、そこで何やら「帳簿」のようなものを繰り始めた。

「あった!これだ!!」

 すっかり「敬語」を使うことを忘れてしまっている彼女であったが、そんなことより。

「え~と…。うん、『二日前』と書いてありますね!!」

 彼女の「返答」を聞くなり、彼は「絶句」した。目の前が「真っ暗」になるような、それは紛れもない「絶望」の色だった。

「『依頼者』の方から『更新』もされていないみたいですし…」
――そろそろ、取り下げないと…。

 彼女は「焦る」様子もなく、「平気」でそんなことを言う。それが彼には全く「理解」が出来なかった。
「更新がされていない」ということは――、その「余裕」がないからではないのか?
 そもそもこの「事案」は「依頼」として貼り出されるようなものではなく――、もはや「最優先事項」として「緊急性」をもって「周知」されるべきものではないのか?

「まあ、でも『報酬』も『低い』ことですし…」

 ここにおいても、彼女はまだそんな「呑気」なことを言っている。普段は滅多なことでは「怒らない」彼も段々と「腹が立って」きた。彼をいじめていた「同年代」たちも、あるいは今の彼と「同じ気持ち」だったのだろうか。だとしたら――、少しばかり彼にも「省みる」ところはありそうだった。

「それに第一、この『クエスト』は――」

「ダメ押し」とばかりに彼女は言う。彼を「諦めさせる」ために、他にもっと「依頼」はあるのだからというように――。

「最低参加人数『五人』ですよ?」

 彼は全身から力が抜けてゆくのを感じた。自らの「努力」と「やる気」ではどうにもならない「厚い壁」が、再び彼の前に「立ち塞がる」のだった。

――ここでもやっぱり、「人数」が「道」を「阻む」のか…。

 彼は「唇」を噛み締め、「拳」を握り締めた。彼の「体」は小刻みに「震えて」いる。「恐怖」によるものではない。それは「悔しさ」だった。これまで彼が、いかに周囲に「蔑まれ」ようとも、「嘲り」を受けようとも、決して感じたことのない――。それは「怒り」にも似た「感情」だった。

「勇者様、どうされました…?」

 彼のその「反応」から何かを察したらしく、「エルフ」は怪訝そうに訊ねてくる。

――そんなに、この「クエスト」に「魅力」を感じていたのだろうか…?

 これまで数多くの「依頼」の「手続」を行ってきた彼女である。その彼女からすれば、別にこれといって「オイシイ依頼」ではないように思える。
「報酬額面」についてもそうだが、第一この手の「クエスト」は「依頼者」が「存命」であるという「保証」もなく。たとえ「達成」したとしても、きちんと「支払い」がされるのかすら怪しいものなのである。

――「ノドカ村」。
――「農耕」を「中心」とした、あまり「栄えている」とはいえない村だったはず…。
――近年「増加傾向」にあり、「凶暴化」しつつある「魔物」。
――それによって、一つ二つの村が「地図から消えた」らしいが…。
――あくまでそれも「よくある話」なのだ。

 そこでふと、彼女は「何か」に思い当たる。

――今、何かが「引っ掛かった」ような…?

「ギルド」において、あまり聞かないその「村の名」を――。けれどつい最近、どこかで見掛けたような気がする。
 彼女は「クエスト一覧」を一旦横に置き、受付後方の棚から「あるもの」を取り出した。それは、「ギルド」に「登録済」の「冒険者名簿」だった。

「職業別」に並んだ「分厚い」それの中から、けれど「一名」しか居ない「職業」である「彼の名」を見つけるのは容易かった。

「勇者」――。

 そこにはそう記されている。「特別」であるその「称号」は、「職種」ごとに色分けされた「縁取り」においても。やはり「特別」であることを示すかのように「金色」で表されている。
「名前」「性別」「現在レベル」「達成クエスト数」。それらの「情報」の中には――、まだ「数月」しか経っていないというのにも関わらず、彼のこれまでの「足跡」が刻み付けられている。
 そして。ようやく彼女はそれを見つけた。彼の「出身地」の「欄」。そこには、今まさに「戦火」にある「村の名」があった。「ノドカ村」と――。

――そういえば…。

 続けて彼女は思い出す。それは「二日前」のこと。ある「村人」が「ギルド」を訪ねてきた時のことを――。

――「勇者」に「お願い」したいことがあるのです…!!

「町の者」からすれば、「ぼろ布」ともいえる「格好」をした「老人」は確かにそう言ったのだった。「勇者」とそう呼んだにしては「敬称」すら用いられず、あくまで「友人」であるかのように。「依頼」ではなく「上奏」でもなく、あえて「お願い」という言葉が用いられたのだった。
「勇者」としての「義務」――、それは人々の「救済」である。唯一の「仕事」である「魔王討伐」にしてみても、やはりその「目的」は全てそこに繋がるものであり。だからこそ「勇者」というのは、「人々の声」を広く聞き届けなければならないのである。
 だが、それはあくまで「ギルド外」においての話だ。「ギルド」に持ち込まれた以上、いかなる「願い」であろうともそれは「依頼」という形を取ることとなる。あるいはその「対価」が「僅少」であったとしても、それはまた別の問題であり。「クエスト」における「発注者」と「受注者」とは、常に「平等」に扱われるべきなのである。
 あるいは相手が「勇者」であろうと、そこに「例外」はない。「職業柄」はともかくとして、「他の職業」と同じくあくまで「職能」の「譲受」となる。

「ともかく落ち着いて。こちらの用紙に『必要事項』をお書き下さい」

 だから彼女はいつものように――、同様の「手続」を踏むことを求めるが如く。少しも「取り乱す」ことはなく。むしろ「落ち着き払った様子」で、滞りない「手順」を繰り返すのであった。
 渋々ながらも、差し出された「用紙」を受け取った老人は。「文字もろくに書けない」様子ながらも、それなりに時間を掛けつつ「記入欄」を埋め終えると――。

「いつ頃、『勇者』は来てくれるのでしょうか…?」

 あくまで「勇者」を「指名」した上で、そう訊ねてくる。彼女は――、

「分かりかねます。『志願者』が見つかれば、すぐにでも『受理』されますよ!!」

 励ますようにそう答えつつも。けれど「報酬の欄」を見て、やはり「望み薄」であることを察したのだった。

「報酬」――、村で獲れた「作物」を「一生分」。

 あまりに「漠然」とした、あるいは「童子の児戯」じみた「ご褒美」である。「量」は示されていないし、そもそも「報酬」とは「貨幣」で支払われるのが「暗黙の了解」なのだ。そこはもちろん「依頼者」が「自由」に「設定」できるのだが――。兎にも角にも、これでは「志願者」が現れるのはもはや「絶望的」だった。

「では、承りました」

 それでも――。やはり彼女はいつも通りに言う。「定型句」を用いることで、自らの「仕事」を全うする。
「受付の役割」とは本来「クエスト」の「仲介」であり、あくまでそこまで。「交渉」や「助言」はそもそも「業務外」なのである。「発注者」について多少の「相談」や、それこそ「彼」のような「駆け出し」に対してはそれなりに「斡旋」を行うものの――、何もそれは「義務付けられたもの」では決してない。
 だから――。たとえ「クエスト」に「志願者」が現れなかったとして。その「責任」はやはり「依頼者」に「帰属」するのであって、単なる「仲介者」に過ぎない彼女とっては「無関係」なのである。
 それに――。「多忙」である彼女としては出来るだけ早く、このどこか得体の知れない「翁」に、すぐにでもお引き取り願いたかったのだった。

「どうか、お願い致します…」

 力なさげに老人はそう言って、深々と頭を垂れた後。何やら「小袋」のようなものを「テーブル」に置いて、去って行った――。
 いささか「不審」を覚えつつも、けれど最後の最後に至っての「老人の行動」は彼女を
「感心」させたのであった。

 いわゆる「前金」というヤツだろう。「報酬」とは別に「受注者」に支払われる(無論、「ギルド側」も一部の「マージン」を頂戴するのであるが…)、いわば「手付金」のようなもの。仮に「クエスト達成」とならずとも「返金」の必要はなく。あるいはもし「達成」したとして、万が一「発注者」の「雲隠れ」などによって「正規の報酬」が支払われなかった時などに「最低保証」となり得るものなのだ。
「依頼実績」の少ない「発注者」において、その「名」の代わりとしてあくまで「資金」を「担保」に置くことで――、「受注」をさせやすくするというわけである。

 ただの「世間知らずの田舎者」とばかり思っていたが――。「年の功」とでもいうべきか。やはりそれなりの「作法」はわきまえているらしい。
 彼女は早速、その「小袋」の「中身」を改めようとした――。あるいはこれで分からなくなった。この内容如何によっては、すぐにでも「受注者」が現れるかもしれない。
 だが彼女がそれに手を伸ばし、それを持ち上げようとしたところ――。そのあまりの「軽さ」に、再び彼女は拍子抜けしたのだった。
「袋」を開いて、「中身」を確かめる――。「まさか」というか「やはり」というか、そこに入っていたのは「銀貨」でも「銅貨」ですらなく、「穀物の種」であった。

――これが…「手付金」??

 驚きと同時に、彼女は呆れ返る。ほんの一瞬でも信じた自分が「莫迦」だった。こんなものは「前金」でも何でもない。第一、「金」ですらないのである。
 それでも。彼女は思わず「溜息」をつきながらも、その「小袋」の扱いに困り果てながらも。だが決してそれを「無駄」にしようとは考えなかった。

 その日の「業務」を終えた後、彼女は町の「市場」に向かった。彼女のその「可憐」ともいえる「装い」にはおよそ「不似合い」な、「小汚い袋」を小脇に抱えたまま――。
 彼女はそれを「換金」することにした。無論、「通常レート」であれば「二束三文」にしかならないものである。だがそこは、彼女の持ち前の「世渡りの巧さ」と、何より彼女自身の「女性的魅力」を最大限に活かした「取引」であった。

 結局、彼女は「老人」の置いていった「穀物の種」を――、本来の「売買」ではおよそあり得ないほどの「貨幣」に換えて。もちろんそれをそのまま「懐」に入れることもなく、あくまで「前金」として「ギルド」に預けた後、「例のクエスト」の「報酬欄」に「手付金あり(銀貨〇枚)」と書き加えたのだった。

 だが。彼女がそこまでしてやったというのにも関わらず。「依頼」に「志願者」が現れることはなく――。彼女としても、日々「無数」に持ち込まれる「発注」や「受注」に「忙殺」されて、いつの間にか「例のクエスト」に関する記憶は「忘却」されていた。

 彼女は今「全て」を思い出した。彼の「故郷」のこと。二日前に持ち込まれた「依頼」のこと。あるいはその「老人」は――、彼の「馴染みの客」であったのかもしれない。
 だからこそ、あの「翁」は彼のことを「勇者」と呼びつつも、どこか「親しげ」な響きを醸していたのかもしれなかった。
 やがて彼女は「全て」を語り出す――。「依頼」のこと、「老人」のこと。だがそこに「当時」の彼女自身の「感想」が含まれることはなく。それに、彼女が行った「厚意」についても口にすることはなかった。(なんだか、気恥ずかしかったからだ…)

「その人、僕の『おじいちゃん』です」

「勇者」は言った。それを聞いて、彼女はまたしても驚いた。

――あんな「小汚い老人」が…?まさか、「勇者様」の「御祖父様」だなんて…。

 しかも、その上「育ての親」だという。

――では果たして、「勇者様」の「御両親様」はいずこに…?

 だがそれについては、あえて訊ねなかった。きっと、それなりの「事情」があるのだろう。それにしても――。

――「粗相」はなかっただろうか…?

「不始末」は?「不手際」は?「無作法」は?「失礼」は?「失禁」は?(いや、これは違うか…)彼女は途端に「不安」と「後悔」に駆られる。

――この「エルフ」、まさに「一生の不覚」…!!

 何たることだろう。いつか、あわよくば「勇者」の「伴侶(小声)」になるとして。その「第一歩」を、彼女は踏み違えたのである。

 そんな「エルフ」の「後悔」を、けれど彼は知る由もなく。彼は未だに自らの「無力」に打ちひしがれていた。
「依頼者」は――、他ならぬ彼の「祖父」だったのだ。幼い彼をここまで育て上げ、数々の「教育」を施してくれた存在。「ナナリー」を彼にとっての「姉代わり」だとするならば――やはり「血の繋がり」こそ無いものの――「祖父」は彼にとって「親代わり」となるべく、紛れもない「家族」であった。

「『ナナリー』…」

 これは「小声」で「彼女の名」を呟いた。そうすることで「かつて」の「村での日々」が、まるで堰を切ったように溢れてくる。
「忘れた」わけではもちろんない。むしろ、その「風景」は――、その「日常」は――、今も彼の中に確かな「居場所」としてあり続け、「一人きりの夜」に「温もり」を与えてくれるものであったのだった。

 そこで、彼ははっと気づかされる。そしていざその「考え」に至ると、どうして今まで「思いつかなかった」のか不思議なくらいだった。
「村の皆」が「助け」を求めている。厳然たる、その「事実」。たとえ「ギルド」においては「クエスト」という形であったとしても――、今の自分にはそれを満たす「資格」は無かったとしても――。であるならば、何も決して「受注」という「手順」を踏む必要はないのである。
 恐らく彼の「祖父」は、今頃彼がそれなりに「仲間」に恵まれていると「期待」して、「募集人数」を「多め」に見積ったのであろうが。たとえ「一人」であろうとも、彼の「為すべきこと」は少しも――、「全く変わらない」のだ。

 彼は駆け出した。誰も「受ける」ことのないであろう「クエスト」のその「貼り紙」を「掲示板」から引き剥がし、それを引っ掴んだまま。すぐに「ギルド」を後にするべく、彼の「故郷」を目指すべく、その場から走り去ろうとしたのであった。

「勇者様、お待ちください!!」

 だがそこで、またしても「エルフ」に声を掛けられる。いついかなる時でも「冷静」であり、決して声を荒げたりしない彼女であるが。けれどここにおいては、そうした彼女の「立場」を排した上で、あくまで彼に「加担」するのだった。

 彼女としては、まさに「汚名返上」「名誉挽回」の「チャンス」だった。彼の「祖父」であったことを知らなかった故の「狼藉」。あるいは「受付」としての「仕事」においては正しかったのかもしれないが――。

「『仕事』は『程々』に、『プライベート』にこそ『充実』を――」

 自らの「信条」をそう定める彼女としては、彼の「恩人」となるどころか、後々になって彼に「恨まれる」ようなことだけは避けたかったのである。

「ここは私にお任せを!!すぐに『志願者』を募って参りますので!!」

 完全に「業務外」であることを、彼女は平然と言ってのける。けれど、もはやこれは「ギルド」の「受付」としての「台詞」などではない。彼女のごく「個人的」な「感情」による、「女」としての「矜持」による、紛れもない「彼女自身」の「言葉」であった。

「でも…、今日まで誰も見つからなかったんですよね?」

 そうだ、だからこそ「この依頼」は今の今まで「掲示板」に貼り出され、あるいは彼がそれに気づくことさえなければ、もはや「永遠」に忘れ去られていたのだろう。そのような「クエスト」に今さら「志願者」が現れるとは、彼は到底思えなかった。

「『半刻』ほどお待ちを――」

「期限」を設定した彼女は、もちろん「その場凌ぎ」「時間稼ぎ」でそんなことを言ったのではなく。もちろん、そこには確かな「心当たり」があったのだった。

「半刻後」――。彼は彼女の集めたくれた「パーティ」と共に、町を出た。
 彼にとっては「初めての仲間」。だが「感慨」に浸っている間はなく、「急造」である「彼ら」を従えて、彼は「戦火の故郷」へと向かったのであった――。

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おかず味噌 2020/12/08 16:00

クソクエ 勇者編「伝説の幕開け ~村一番の臆病者~」

※この「記事」には、「エロ描写」及び「スカトロ」「お漏らし」の「表現」などは一切含まれません。「読み飛ばして」頂いても一向に構いませんが、お読み頂けたならば今後の「展開」をより「お楽しみ」頂けることと思います。

 すぐに「ヌキたい」方はこちらから↓
(女戦士編)「野外脱糞」「ウンスジ」表現あり。(一部「有料支援者様限定」)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/311247
(女僧侶編)「水中放尿」「着衣脱糞」表現あり。(一部「有料支援者様限定」)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/357380


――「勇者」とは何だろう…?

「勇敢」な者。強大な敵(たとえそれが「魔王」であったとしても)に怯み、臆することなく「勇猛」に立ち向かう者。あるいは、いかなる苦境に立たされたとしても「果敢」にそれを乗り越えようとする者。
 そうした、あらゆる恐怖に「打ち克つ者」。または恐怖に挑み、それに「打ち克とう」とし続ける者を指して、我々はいつしか彼らのことをこう呼ぶ。

「『勇者』である」

 と。だが無論、誰だって「勇者」になれるわけではない。では果たして――、

――「勇者」の「条件」とは何か…?

 それはつまり「選ばれる」ことである。「世界」に、「時代」に、はたまた「神」や「精霊」に。「選ばれし者」こそが「勇者」となり得るのである。
 そこにおいて、努力や才能は何ら効力を発揮しない。あくまでも素質。生まれながらにして与えられた「器」こそが、彼の者が「勇者」となれるか否かを決定し「運命」付けるのである。

 そういった意味では「勇者」と「他の職業」との成り立ちは大きく異なっている。
 例えば「武闘家」において、恵まれた体躯と腕っぷしの強さこそを必須としながらも。あるいは生まれつき小柄で矮躯である者。はたまた老境に至り、「枯れ枝」のような手足しか持たぬ者だったとしても。当人の「努力」によって、日々のたゆまぬ「研鑽」において技術を磨き続けることによって、誰しもにその機会は「平等」に与えられるのである。

 だが、こと「勇者」においては違う。たとえ、いかなる鍛錬に励もうとも――、常に、あらゆる試練に挑もうとも――、選ばれなければ、それでお終い。それもあくまで刻んだ「功績」によって「のちに選ばれる」のではなく。「生まれた瞬間」からすでにその可否は決まっているのだ。素質を持たぬ者、その道にない者には、そもそも目指すことさえも許されないのである。

 あるいは、それは「魔法の才能」にも似ているかもしれない。「素質」を「素養」と言い換えるならば――、「魔法使い」における「魔力」についてもその「絶対量」はやはり生まれつきによる部分が大きく。当人の修行によって「詠唱の速度」や「魔術の練度」を高めることはそれなりに出来はするものの――、いわゆるMPの僅少な者が「大魔術師」となった例は、これまで「一度たりとも」ない。

 だがそれでも。「勇者」と「魔法使い」では、やはりその根本からして違うのだ。勇者の「仕事」とは「魔王打倒」のみでありそれ以外にはない。そして「職業」という以上、そこには何かしらの対価があって然るべきなのだが――、「魔王」を倒したからといって莫大な富が得られるかといえば、そんなこともない。
 あくまで、得られるのは「名声」のみ。人々が恒久的な「平和」を手にする代わりに、自らが犠牲にするものを思えば、その「代償」はあまりに大きい。
 にも関わらず。当人の意志にも依らず勇者は誕生し――、選ばれたからには必ず、自らに与えられた「責務」を果たさなければならない。
 つまり「勇者」とは「職業」などでは決してなく。「魂魄」に刻みつけられた、その「称号」を指す呼び名なのである。

 今まさにこの世界において、この時代において、また一人。「勇者」が生まれようとしている。「魔王復活」を目前に控え、だがそれを知る者は厭世家の「学者」か、高山の「賢者」たちをおいて他にはいない。
 民衆は日に日に増し、これまで「安全圏」と信じて疑わなかった「村」や「町」にさえ進行してくる「魔物」たちの脅威に怯えながらも、あくまでその状況を打開するべく術は知らず。かろうじて残された「見せかけの平和」を享受することに精一杯だった。
 それでも。誰もが心のどこかで、その存在を待ちわびていた。人々を「絶望」から救ってくれる力を、人類を「希望」に導いてくれる光を。紛れもない「勇者の誕生」を――。
 いつだって、彼らは「勇者」を待ち望んでいるのだ。

 多くの「英雄譚」がそうであるように。「彼の物語」もまた、やはり「牧歌的な風景」の中から始められることとなる。やがて世界に轟き、あるいは永久に紡がれるであろう「伝説の始まり」を――。
 だけど彼はまだ自らのその「運命」を知らずに、あくまで呑気に日々を過ごしていたのだった。


――昔々あるところに「一人の青年」がいた。

 齢にして「十」にも満たぬ彼を、あるいは「少年」と。「少女」のように小柄で矮躯の彼を「童子」と。あくまで「現在の見た目」についていえば、そう呼んだ方が相応しいのかもしれない。
 だが後に語り継がれる「伝説」において、年齢などというものはやはり意味を持たず。彼の残すであろう輝かしい「功績」の前では、そうした個人を特定するべくあらゆる情報は、時に都合よく、時により大袈裟に書き換えられてしまうのである。

――彼には「名」があった。

 だがそれもまた、彼が「勇者」となったまさしくその日から失われ――。やがて人々は彼の事を「勇者様」と、皆口を揃えてそう呼ぶようになった。
 勇者には大きく分けて、「二種類」の者がいる。すなわち「自らの名」を歴史に刻む者。あるいは偉業のみが語り継がれ、後世において「別名」が与えられる者。果たして、そのどちらがより優れているというものではなく。あくまで彼については後者だった、というだけのことだ。

 彼は、主に農耕を生業とする「とある村」で育った。牧歌的で、平和な日々の暮らし。彼にとって唯一の肉親は、年老いた「祖父」のみで。彼の「生まれ」については、もはやそれだけで「前日譚」としての一つの物語となってしまいそうなので、ここでは省かせてもらうことにする。

 既述の通り――、幼い頃から貧弱で、また周囲の者に比べて成長の遅かった彼は、よく同年代たちの「揶揄い」や「嘲り」の対象となった。
 加えて当時の彼は「泣き虫」で、受けた仕打ちに対してやり返すことも、言い返すことすら出来ずに。ただただ俯き、涙をこらえるばかりだった。
 だが、そんな彼にも少なからず「味方」がいた。共に暮らす祖父については言うまでもなく。他に「もう一人」、彼を見守り、涙を拭ってくれる存在があった。

 その「少女」の名は――、「ナナリー」といった。
 彼より「二つ年上」の彼女は、「勝気」で「活発」な女性であり。村の大人や男共にも負けず劣らず、強い信念を持った「男勝り」の性格であった。
 兄弟を持たない彼にとって、ナナリーはまさしく「姉代わり」の存在で。何かと自分を気に掛けてくれる彼女を、いつしか親しみと憧憬を込めた視線で見つめるようになった。

「また、アイツらに『いじめ』られたの?」

 ナナリーはやや呆れたような顔で、彼に問う。

「いや…、その、うん…。でも…」

 短く切った言葉の中に、幾つもの逡巡と躊躇いを滲ませつつ彼は答える。
「はぁ~」

 彼女は長い「溜息」をついた後、

「嫌だったら、ちゃんと『言い返さない』と!!じゃないと、また――」

――ナメられるよ?

 肩の上で切り揃えられた、短い「赤毛」を掻きむしりながらナナリーは言う。「母親」からの遺伝らしいその「特徴的な髪色」を、彼女は気にしているみたいだが、彼としてはむしろ好意的に思っていた。

「ご、ごめんなさい…」

 彼は詫びる。それが彼なりの「処世術」であり――、なるべく早く「謝る」ことこそが彼にとっては自らの被害を未然に、あるいは出来るだけ最小限に抑えるための数少ない、あまり積極的とはいえない唯一の方法だった。
 だがナナリーにしてみれば、そうした彼の「態度」が気に入らないらしく。

「ほら、またそうやって!!」

 あくまで、彼に厳しく詰め寄る。両手を腰に当てて、胸を反らせるようにして彼を叱りつける。
 ナナリーが胸を張ることで。細身である彼女の、決して豊かとはいえない「膨らみ」が、少なからず明らかとなる。女性としての特徴ともいえるその「丘陵」は、けれど母親を知らぬ彼にとっては何らの慈愛を感じさせるものではなく。あくまでそれはそういうものなのだと。自分にはなく、けれど「同年代」たちは当然のように持っている「力強さ」や「男らしさ」にも似た、そうした「他者との違い」としてのみ理解されるのだった。

 村では慣例として、男子は「十五」、女子は「十三」で「婚礼」を迎えることとなる。相手は「本人の意思」を尊重しながらも、やはり家柄やその者の「収穫力」に依るところが大きい。
 来る年に、いよいよ「適齢期」となるナナリーについても。「村長の娘」として、その家柄は申し分なく。また「村一番の美少女」と呼び声の高い彼女の心を、「射止めたい」と願う男性陣の数と面子には、まさに錚々たるものがあったのだった。
 恐らく、秋に行われる「収穫祭」が争点となるだろう。祭りの最後、広場の「たき火」を囲んで始まる「舞踏会」において。男子は意中の女子を「踊り」に誘い、それを受けるか否かによって「互いの意思」を確認し合うのである。

 引っ込み思案な彼にとって、そのひと時は苦痛以外の何物でもなく。それは「去年」にしてみても同様で――、声を掛ける「勇気」のない彼は火の届かない「隅っこ」の方で、ただ両膝を抱えて蹲っているしかなかった。
 遠くの明かりをぼんやりと見つめる彼を、けれどナナリーはそんな時でさえも気に掛けてくれた。

「アンタは踊らないの?」

 いつの間にか「横」にいて、そう訊ねてきた彼女に対して、

「踊れないんだ…」

 彼は自分の不器用さと相手が居ないことの、その両方を含めて呟いた。

「そっか…」

「隣」に腰を下ろしたまま、同じように明かりを見つめながら彼女は言った。

「ナナリーこそ、踊らないの?」

 彼女は「踊り」だって巧かった。祭りの前日、彼の前だけで見せてくれた「舞い」は中々のもので。あるいは(彼はまだその存在を知らないが…)「踊り子」としても十分に通用するくらい「妖艶」なものだった。
 それに。彼女にしてみれば、まさしく相手だって引く手数多なのだろう。この「一夜」を彼女と共にしたいと願う男性は数知れず。現に今だって、彼女を探して忙しなく辺りを見回す村一番の力自慢の「ガストン」の様子が、彼の場所からも見て取れるのだった。

「ウチくらいになると、誘ってくるヤツも多くてさ…」

――ほんと、困っちゃうよ!!

 誇らしげに、けれどなぜかカラ元気であるように彼女は言う。

――やっぱり、そうなんだ…。

 彼は打ちのめされたような気がした。分かりきっていたことだ。だけどいざこうして「現実」を突き付けられると、自分の中に少なからず「焦燥」が生まれるのを感じた。
 それでも。その身を焦がすものの正体を、その感情の理由を、未だに彼は知らずにいたのだった。

「○○も、誰か誘えばいいのに…(ウチとか)」

 彼女は「その名」で彼を呼ぶ。やがて世界に轟く「勇者」のその「別名」を――。誰も知ることのないその「個人名」を――。けれど彼女だけは、彼が「勇者」となった後でも変わらずそう呼ぶことになるのだった。

「えっ…?」

 彼は訊き返す。ちょうど夜風が吹いたことで、語尾まで上手く聞き取れなかったから。それでも彼の疑問に彼女は取り合わず、二度と同じ台詞が繰り返されることはなかった。

 それから二、三言葉を交わして、やがて二人は無言になる。遠くの騒めきを聞きながら、けれど彼は風の音と自らの鼓動の音ばかりに耳を傾けていた。
 いつ、誰が、ナナリーを見つけて、あるいは彼女を誘いに来るかは分からない。
 だがそれでも。今はただ、彼女を独り占め出来ているというこの「瞬間」が――、彼女と過ごすこの「空間」が――、彼にとっては心地良く、決して明かりの届かない場所にある彼の心を優しく温めるのだった。
 どこか淋しげに見える彼女の横顔をこっそりと見つめて。「来年こそは――」と、彼は自らにとっておよそ初めてとなる「決意」を誓うのであった。

「この村」には、ある「言い伝え」があった――。
 村の「広場」。何かと「集会」などに利用され、「収穫祭」においてもまさしく「火」が焚かれる場所。その「広場」の「片隅」に、とある「オブジェ」があった。
「段差」が備えつけられ、やや「高く」なった「台座」に。何やら「植物」を模したかのような「彫像」が置かれている。
 だがよく見てみると、それは――。決して「花」を表わしたものではなく。その証拠に「花弁」にあたる部分はなく、むしろ「尖端」の方がやや「細く」なっている。「蕾」であるかのような「玉」が付いてはいるものの、だがやはり「葉」のようなものは見当たらず。「茎」の部分も「真っ直ぐ」で、これではあまりにあんまりというか。「植物」を「象った」にしては、その出来はお世辞にも「見事」とは言い難いものだった。

 それは「剣」だった――。

 だがあるいは「剣」だったとしても。そこに「刀身」と呼べるものはなく、あくまで「錆びついた」だけの「金属板」があるのみで。そもそも、いかなる「宝剣」ないしは「名剣」であったとしても、こんな「風雨」に晒される場所に「放置」されたとあらば、すぐさま立ちどころに「価値」を失ってしまうことは「必然」だった。
「一見」して、そうとは知れぬモノ――。けれどどうして「村人」が、あるいは彼さえもがそれを「剣」だと「認識」しているのかというと。それは、そのように「言い伝え」られてきたからだ。

 村の「歴史」において、「祝言」を迎える際の「儀式」として――。かつては「新郎」となる者が、その「剣」を「引き抜く」という「行事」があったらしい。
 だがもちろん、それはそう簡単に「引き抜ける」ものではなく――。というよりも未だかつて、その「剣」を「抜いた」ものは「ただの一人」もいないらしい。
 いかなる「力自慢」だろうが、あるいは「貴族」を遠い「出自」に持つ者をもってしても、それを「抜く」ことは決して叶わなかった。
 そんな「有様」だったから、いつしかその「剣」はあくまで「そういうもの」として扱われるようになり――。当初は「儀式」の「目玉」としての「催し」も、やがては単なる「興ざめ」の「行為」としてしか「意味」を持たなくなり。いつ頃からかその「祭事」は、ただただ「畑」に実った「作物」を「収穫」してみせるという、「この村らしい」といえばそれまでだが、あくまで「動き」を「真似た」だけのものへと「すり替わって」いったのだった。
 それでも。村には相変わらずその「剣」にまつわる「言い伝え」が、あるいは「伝説」として、「幾星霜」の時を経て尚、残り続けていた。それすなわち――、

――「彼の剣」を抜きし者、「勇者」とならん。

「伝承」にしてはあまりに短く、ごくごく「簡潔」なその「一文」。だが、であるからこそ。その「一節」は村で育った者ならば誰でも、幼い頃から幾度となく、それこそ「鍬」や「鋤」の「使い方」を教わるが如く、当然に「伝え聞かされる」ものなのであった。

――「勇者」とは何か?

 たとえ、その「意味」は知らずとも――。それが「選ばれし者」を指す「呼び名」であることくらいは「村民」にも分かっており。そのほとんどが「平凡」なる「農夫」である「この村」において、まさかそのような者が「現れる」などとは到底考えられず。だからもう「長年」に渡って、それを「試そう」とする者はおらず。その「剣」はやはり単なる「飾り」として、もはや「忘れ去られ」「打ち捨てられて」いるばかりであった。

「彼」は、「夜空」を見上げていた――。
「涙」が「零れ」ないようにするためではない。むしろ「涙」はとうに枯れ果て、彼の頬にその「痕跡」を刻み付けていた。
 彼は、目を擦る。すると、もはや「渇き切った」と思っていた「雫」が、またしても「こみ上げ」「溢れて」くるのだった。
 彼は、目線を落とす。そうしたならば、いよいよ「涙」は「水滴」となって、しゃがみ込んだ彼の「足元」に落ち、「石床」に滲んでいくのだった。

 彼は「台座」に腰掛けていた。あるいは「昼間」にそんなことをしようものなら――、すぐにでも口煩い「カトレーナおばさん」が「鬼の形相」で駆けつけて来て、彼を散々に「叱りつけた」後、彼をそこから「引きずり降ろして」いたことだろう。
 だが今は「夜中」である。「おばさん」はおろか、「村人」の多くは「眠り」についている。ここには、彼の他には誰もいない。彼を「いじめ」てくる「同年代」たちも、あの「ナナリー」さえも――。彼は今「ひとりぼっち」だった。

 彼は「ツラい」ことや「悲しい」ことがあったとき、「蓄積」されたそれらが「日常」の中で上手く「消化」出来なかったとき。「祖父」の寝静まった「家」を――、自分の「ベッド」を――、「こっそり」と抜け出し、よく「ここ」に来るようにしている。
「夜中」であるからこそ、誰にも「見つかる」ことはないが。それだっていつ「大人」が――、「作物」を荒らす「野生動物」や、最近「村の中」にも「頻繁」に入ってくるようになった「魔物」の「見回り」のため、「起きてくる」かわかったもんじゃない。
 もしそんな「大人たち」が――、決して出来が良いとはいえない、むしろ「愚鈍」とさえいえる「子供」である彼を「見つけた」ならば、
「こんな『夜更かし』ばかりしているから、お前はそうなんだ!!」
 とばかりに、ここぞとばかりに「悪態」をついてくることは分かりきっていた。
 にも関わらず。「平穏」を「信条」とする彼が――。どうして、そのような「危険」を冒して尚、「この場所」に留まっているのかといえば。それは単に「ここ」が彼にとって「落ち着ける場所」だったからだ。

 この「台座」に腰掛けていると――、この「剣」なのかもよく知れない「オブジェ」の「傍」にいるだけで――。何だか、とても「勇気」が湧いてくる。まるで、自分自身が「強くなった」みたいに。いかなる「苦難」だろうが、それを「乗り越えられる」と思わせてくれるように。彼にとっては「この場所」こそが、自らの「原点」であるかのような――、いつだってそんな「不思議な気持ち」になれるのだった。

 彼はふと。「剣」に手を伸ばして、それに「触れて」みた。「冷たい」感触。だがどこか「温もり」を感じさせるような、そんな――。
 何も「引き抜こう」と思ったわけではない。かの「伝説」については、いくら「無知」な彼でもさすがに知っている。今まで誰一人として、それが「叶わなかった」ことも。
 人に「当たり前」に出来ることすら、「ままならない」自分のことだ。まさか自分が「他人にさえ出来ない」ことを「成し遂げられる」などとは「夢」にも思わなかった。
 それでも、どうして彼が「手を伸ばした」のかといえば。それは「強くなりたかった」からだ。今は「非力な自分」でも――、「臆病」で「鈍臭く」「情けない」自分であったとしても――。「きっといつか」はそこから「脱却」し、そんな自分を「変えたい」と「強く」心から「願った」からだ。

 それはまさしく「星」に手を「翳す」ような――、決して「届くはずのない場所」に手を「差し伸べる」ような――、「無謀な行為」に他ならなかった。
 誰もがそれを聞いて「嗤う」だろう。「――のクセに」と「生意気」に思うかもしれない。だがそれでも、彼は願った。

――「強く」なりたい!!
 と。
――「勇者」になりたい!!
 と。

 そう「願い」を込めた瞬間、なぜだか彼の「脳裏」には「ナナリー」の顔がよぎったのだった。

 彼が「それ」を「掴んだ」とき「不思議なこと」が起こった。「錆びついていた」はずの、もはや何かも分からない「その剣」が、「輝き」を放ち出したのである。
 彼は最初「朝が来た」のかと思った。「眩い」までの「光」を発するそれを――、彼は「天空」に昇った「陽光」だと「錯覚」したのだった。
 だがそれは彼のすぐ「近く」からもたらされた。「剣」それ自体が「光」を帯びているのだと、それを知って尚、彼はやはり「呑気」に「さすがに怒られるかも…」と、自らの「愚行」に対する「叱責」を恐れただけだった。
「剣」から「力」が伝わってくる――。「温もり」を超えて、もはや「熱さ」にさえ変わろうとするその「奔流」は、すぐさま彼の「全身」を駆け巡り、やがて彼自身を瞬く間に「満たして」いった。
 彼は「腕」に力を込めた。少しばかり「大きめの作物」を「収穫」するときですら、「苦労」してしまう彼なのである。とてもじゃないが、そのような「大物」を「相手」に出来るはずもない。それでも彼は今、どうしてだか「自分にならば出来る」と感じた。「両手」で「柄」をがっしりと掴んで、それを「引き抜こう」とした時――。またしても彼の「脳裏」には「ナナリー」が浮かんできたのだった。

 全くもって、「容易」なことだった。
「力を込めた」のは「最初」だけで、後はただ「自然」に「身を任せる」のみだった。「ゆっくり」と「剣」を持ち上げる。すると「台座」に隠れていた「刀身」が徐々に見え始める――。

――ズポッ!!

 やがて「全て」を抜き終えた時。再び「剣」が「光」を――、今度はより「強い光」を――、「放ち」始めた。一時は「刀身」に「集中」した「それ」が、だが次の瞬間には「全方向」へと飛び散り、ようやく光が「収まった」かのように思えたその時。これまで「錆びついた」だけの「金属棒」に過ぎなかったそれが、もはや立派な「聖剣」へと成り変わっていた――。

「その夜」から、彼の「日常」はまさしく「一変」した――。
 彼が「聖剣」を「引き抜いた」という「噂」は、すぐに「村中」へと伝わり。あるいはそれを「嘘」だと信じて疑わない「村人」も。彼の背に負われた「それ」を目にすると、たちまち「態度」を改め、どこか「納得いかない様子」ながらも、皆彼を「讃えた」のであった。
 彼を「いじめ」ていた「同年代」たちも、その「事実」を知るや否や。これまでの彼に対する「仕打ち」を詫び、もしも「冒険」に出るならば「自分を仲間にして欲しい」と「懇願」して来るのだった。
 唯一、ナナリーだけがなぜか「浮かない顔」をしていた。人々から聞かされる、およそ「初めて」となる彼の「良い噂」に、けれど彼女はどこか「不満そう」に「耳を塞ぎ」。ようやく彼が「彼女以外」にも「認められた」というのに――、あるいは「彼女自身」もそうなることを「心」から「願っていた」にも関わらず――。どうしてだか彼女はあまり「嬉しそう」ではなかった。

 それから間もなく、彼は「旅」に出ることとなった――。
「旅立ち」の朝、彼が「大勢の村人たち」に見送られる中。いつもならば「イの一番」に「駆けつけて」くれるであろうナナリーの姿は、けれどそこにはなかった。
 少しばかり「淋しい」ような気もしたが、それはそれ。もはや彼には、彼女の他にも多くの「味方」が出来ていたのだった。
 最後まで彼に「縋りつく」ように「同行」を希望していた「同年代」たちを――。だが彼はあくまでその「提案」を断り続け、結局「一人きり」で村を後にするのであった。

「村」を出てから、彼はその足ですぐさま「隣町」へと向かった。「収穫祭」の準備や、村で獲れた「作物」の「売買」や「物々交換」などで、「大人」たちは「年に数回」は「町」に「出てくる」らしいが。「村」からほとんど出たことさえない彼にとっては、まさしく「初めて」の場所だった。

「人の多さ」に圧倒されながらも、彼は早速「ギルド」へと向かった。「何はともあれ、まずはそこに行くといい」と、「祖父」に聞かされていたからだ。
「受付」で「職業」を訊かれ、やや「躊躇い」ながらも彼が「勇者…」と答えると――。担当した「女性エルフ」は思わず「噴き出し」、その後も「ごめんなさい、つい」と詫びながらも、白く「尖った耳」が真っ赤になるまでひとしきり笑っていたのだった。
 あまりの「笑い様」に、やがてそれが「ギルド全体」へと「伝播」し――。そのせいで彼はひどく「恥をかく」ことになった。
 だがそれも。「冗談も程々に…」とばかりに、彼女が「職業適性」を「確認」し始めたところで「一変」することとなる。

 彼の「職業適性欄」は「空欄」だった。つまりはどの「職業」にも「向いていない」ということである。それを受けて、またしても彼女は「笑い」そうになったが――。
 やがて「羊皮紙」に浮かび上がってくる「赤文字」を見るなり、「女性エルフ」はその「美しい声」を「失った」のだった。そこには「はっきり」と、こう書かれていた。

「勇者」
――と。

「ギルド中」を包んでいた「嘲笑」はすぐに「騒めき」へと変わる。「驚き」と「動揺」が飛び交いながらも。「あんな『ガキ』みたいなアイツが…?」と、そこには少なからず「疑いの声」も混じっていた。
 たまたま「この町」を訪れていた「熟練」の「女戦士」も――、つい最近「転生」したばかりの「女僧侶」も――。まさにその「瞬間」に「立ち会って」いた。やがて「世界」に響き渡るであろう「伝説」の「序章」に――。「産声」を上げた「勇者誕生」に――。
 けれど「二人」はやはり「疑心」に満ち溢れた「瞳」で、それを眺め――。まさか自分が、いずれは「彼」と「共」に「旅」をすることになろうなど。いつしか「その彼」が、「彼女ら」にとっての「想い人」となることなど。けれど「今はまだ」知る由もないのであった。

「ギルド」での「登録」を済ませ――、すぐさま彼は「仕事」に取り掛かった。無論、「勇者」としての「仕事」ではない。「勇者の仕事」とは、つまり「魔王征伐」である。だから彼がまず「始めた」のは、あくまで「冒険者」としての「仕事」であった。
 最初は主に「小型モンスター」を「倒す」ことにより、当面の「日銭」を「稼ぐ」ことにした。「スライム」「ゴブリン」「自立型植物」など――。「村」にいた頃であれば、「見掛ける」なり「逃げ出し」、「大人」を「呼び」に行っていた「相手」である。
 けれど今となってはその「敵」に、彼は自ら「向かって」行き、「たった一人」でそれに「挑む」のであった。

 彼と「パーティ」を組んでくれる者など居なかった。彼から「声を掛けなかった」せいもあるだろう。だが、仮にも「勇者」であるならば――、むしろ「向こう」から幾らでも、むしろ「断り」きれないほどの「誘い」を受けたとしても、おかしくはなかった。
 にも関わらず。彼が「勇者」であることはすでに「証明済み」にも関わらず――。彼の「仲間」になりたいと申し出る者は、「ただの一人」として現れなかった。
――こんなことなら、「皆」を引き連れてくれば良かった…。
「同年代」たちの「懇願」を「固辞」したことを、今さらになって少しばかり「後悔」しつつも。けれどイマイチ「楽観的」な彼は、まあそれはそれで「仕方ない」と。あくまで「過ぎたこと」を「悔やむ」よりも、これから「訪れる」であろう「未来」へと目を向けるのだった。
 そうした、彼の「些細」な「変化」も。あるいは自分が「勇者」に「選ばれた」という「自負」が、わずかながらも「影響」するものなのかもしれなかった。

 けれど。あくまで「変わらないもの」もあった――。
 そもそも彼は、たとえ「不出来」であるとはいえ。自分に課せられた「責務」については「実直」に、あるいは「愚直」なほど「忠実」に「こなそう」とする人間であった。
 あるいはそれが「邪魔者扱い」のため――、差し当ってひとまず与えられた「石拾い」の「仕事」であったとしても。彼は「非効率」ながらも、ある時は「日暮れ」までそれを続け、村の「大人たち」を「唖然」とさせ、「祖父」を「心配」させたのだった。
 そんな彼の生まれながらの「性質」は――、けれど「村の仕事」において「日の目」を見ることはなかった。なぜならそれは、彼の「得意分野」では決してなく、彼の「才能」を充分に「発揮」出来るものではなかったからだ。
 だが一たび、「鍬」を「剣」へと「持ち替えた」ならば――。まさに「魚」が「水」を「得た」ように。彼の「本来居るべき場所」「住むべき世界」において、その「才能」は瞬く間に「開花」していったのだった。

「勇者誕生」にまつわる「伝説」に、その「物語」における「冒頭」に、こんな「一節」がある。
 すなわち「突如」として起きた「環境」の「変化」に、「日常」に訪れた「変革」に。あるいは「魔物」と「対峙」するに及んで――、「恐ろしくはなかったのか?」と。
 だがそれに「答えて」曰く、
――決して「怖く」はなかった。
 と。彼の「臆病さ」「貧弱さ」は相変わらずながらも、それをもってして尚、あくまで彼は言う。
――「聖剣」が「勇気」をくれたのだ。
 と。ただそれを「握る」だけで、それを「構えた」だけで、自然と「勇気」が湧いてきたのだと――。

 あるいは「美談」としてもあまりに「出来過ぎた話」であるかのように思われるだろうが。だが実際、彼自身そうであったのだ。たとえ「仲間」に恵まれず「一人きり」だとしても――、彼には「共」に戦ってくれる「友」がいた。かつては村の「片隅」に打ち捨てられ、ただ「錆びつき」「朽ちて」いくだけだった存在。それが今では「意味」を与えられ「使命」を帯びることにより――、もはや何にも隠せぬ「輝き」を放つようになった。
「戦友」としての「聖剣」と彼の「境遇」は、あまりにも「似て」いた。「それ故」なのだろうか。「光を放つ」その「刀身」をただ「眺めている」だけで、彼はそこに「自身」を「写している」かのような、そんな気がしてくるのだった。そして。「剣」を「振る」度に、「魔物」の「返り血」を浴びる毎に、まさしくそれは「自信」へと変わっていくのだった。

 決して「早熟」とはいえぬかもしれぬが。それでも彼は「着実」に「レベル」を上げていき、ようやく彼の「勇者」としての「名声」が、少なからず「ギルド」に聞こえ始めた頃――。「故郷」からの「救援要請」を報せる「クエスト」が貼り出されたのは、まさにそんな頃であった――。


続く――。

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