おかず味噌 2020/12/20 16:00

クソクエ 勇者編「伝説の黄昏」

(前話はこちらから↓)
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(女戦士編はこちらから↓)
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(女僧侶編はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/357380


 小高い「丘」の向こうに「煙」が立ち上っている――。

 数月前に「一人」で下った坂道を、今は「数人」で越えようとしている。
 思えば「あの日」からもうそんなに経つなんて。「年月」というものは、それほどまでに足早に過ぎて去っていくのだと。けれど「呑気」な彼もさすがに、今ばかりはそう悠長に構えてもいられなかった。

 町を出た頃には、まだ「昼前」だったというのに――。すでに「陽」は傾き始めていて。一日の中で最も強いその「光」は「丘」を、「草原」を、「茜色」に染めている。
「天」にまで届くかのように伸びた「黒煙」。その「根本」の「場所」に、その「方角」に、彼は「心当たり」があった。「畑焼き」の「時季」でもないというのに。あるいはそうであったとしても、それならば「白煙」が上がっているべきであるというのに。
「空」に昇り、やがて「雲」へと連なるその「一筋」はけれど。「水蒸気」を主とした「白い煙」ではなく、「不吉さ」を思わせ「非常事態」を報せる「黒い煙」であった。

――間に合ってくれ…!!

 そう「願い」を込め、彼の足取りは急いてくる。「焦燥」に追い立てられながらも、けれど「即席パーティ」の歩みは「緩慢」なままで。彼と「彼以外」との「距離」は自然と開いていく。いくら「温厚」な彼もやや「苛立ち」を感じ始め、それならばいっそ自分だけでもと、「故郷」への早過ぎる「帰還」を目指すのであった――。


 彼がその「凶報」を知ったのは、「今朝」のことだった。

 すっかり「冒険者としての生活」に慣れた彼であったが、それでもかつての「習慣」は容易に抜けないものらしく。「農夫」に比べて「朝の遅い」冒険者たちの中で、彼は誰よりも「早起き」だった。
「ギルド」の「三階」に「間借り」している彼は「いつも通り」に目覚めると、まずは「冷水」で顔を洗って「支度」を済ませ、それから「相棒」と共に「森」へと向かった。
 そこで「数時間」たっぷりと「汗」を流した後。ようやく「町」が活気づき出した頃、「いつも通り」彼は「ギルド」の「ロビー」を目指したのだった。

「おはようございます、勇者様」

「受付」の「エルフ」に挨拶される。初めて彼が「ギルド」を訪れた時、彼のことを散々「笑った」のが「彼女」である。だがその彼女も今では、彼のその目覚ましいばかりの「成長」と、何よりも彼自身の「勤勉さ」と直向きに「努力」し続ける「その姿」を見て――、すっかり彼を「認めて」くれるようになった。あるいは彼のことを「勇者」と、「最初」にそう呼ぶようになったのは紛れもない「彼女」であった。
「名」は知らない。他の「受付嬢」と同じく「胸」には「プレート」が提げられているみたいだが、いつも受付で「テーブル」ばかりを見つめている彼にとっては知る由もない「情報」だった。
 彼が彼女の前で、そうして「俯いて」しまうのは――、彼の生来の「自信の無さ」が故ではなかった。というよりむしろ、「幼馴染」である「ナナリー」の顔さえ「直視」することが出来なかった頃とは違い――、今ではほとんど誰に対しても「面と向かって」「堂々と」会話をすることが出来るようになっていた。それだけでも彼にとっては、かなりの「成長」である。

 だがそんな彼も「彼女の前」だけでは――、どうしてだか「あの頃」の彼に「戻って」しまうのだった。遠目から見ても「美人」とはっきり分かる「女性」。差し出される「腕」のその「肌の色」は「白く」、まるで「透き通っている」かのように「繊細」で。「村一番の美少女」であるナナリーもそれはそれで「可愛らしかった」が、「エルフ」である彼女のその「洗練」された「美しさ」にはやはり遠く及ばず。「造り物めいた」彼女の「近く」に寄るだけで、あるいは「言葉」なんて交わそうものならばもはやたちまち。彼の「動悸」は激しくなり、「呼吸」は浅くなり。今ではあらゆる「魔物」に「対峙」したとしても決して「動じる」ことのない彼であるが――、だが彼女を「目の前」にすると「震え」が止まらなくなるのであった。
 あるいはそれを「恋」と呼ぶのだと――。けれど「未熟」な彼はその「感情」を未だに知らないでいた。

「早朝」(といっても、もはや「昼前」近い)の「ギルド」は「冒険者」も「疎ら」で、「清潔」な「ロビー」は「新鮮な空気」に満たされており、それを思いきり「吸い込む」ことで、彼は「清浄」で「静謐」たる「心持ち」になれるのだった。
「受付」に向かう前にまず、彼は「日課」としている「掲示板」の「確認」のためそちらに立ち寄ることにした。
「掲示板」とは――、日々「発注」される「クエスト」が「一覧」になったものだ。
「内容」と「報酬」、「参加人数」などの「情報」が簡潔に記された「貼り紙」が所狭しと並べられ、「冒険者」たちはそれを見て自らの「レベル」に、あるいは「労働対価」に「見合った」ものを探し、「今後の予定」を立てるというわけである。

 その中には――、
「屋敷の『掃除夫』募集!!」
「隣町まで『お遣い』を頼みたい!!」
 などといった「簡易」で「誰でも出来そう」なものから――、
「新魔法開発の『助手』を求む!!(『魔法使い』のみ)」
「『稽古相手』募集!!(依頼者と同じ『武闘家』が相応しい)」
 などの「適正要件」があるもの。あるいは――、
「素材収集のため『スライム型モンスター』を『三十匹』討伐!!」
「登城にあたって、道中の『護衛』を求む!!」
 といったまさに「冒険者ならでは」のものもある。そして――、
「『パーティメンバー』募集!!和気あいあいとした『仲間たち』です!!」
「『パーティメンバー』募集!!我、強き者を求む…」
 というような「冒険者自ら」による「依頼」も中にはある。

 同じく「冒険者」でありながら、「勇者」であるところの――、だが未だ「駆け出し」である彼もまた日々「無数」に「発注」されるそれらを眺めて。これまでは「初心者」に「相応しい」、「報酬」が「少額」である代わりに比較的「ラク」な――とはいっても、あくまで「戦闘能力」を「要求」されるものばかりなのだが――「クエスト」ばかりを「受注」してきたのであるが。
――そろそろ、もう少し「強敵」と「戦って」みたいな…。
 と、「腕試し」とばかりに「修行の成果」を「確かめる」が如く。次なる「依頼」は、出来ることならば「大型の魔物」などを相手にするものを、と求め出した頃であった。
――でも、そのためには…。
 ちょうど、まさしく彼が望んだような「大型モンスター討伐依頼」の「クエスト」が目に入る。けれど彼はそれを見て「渡りに船」とばかりにすぐに「歓喜」したのではなく、あくまで「冷静」になってからその「貼り紙」をよくよく読んでみた。そこには――。

「参加人数『三人』」

 と、はっきりそう書かれていた。もはや分かりきっていたことだがそれでも、やはり彼は「落胆」を隠し切れなかった。
 再び「別のクエスト」を見つける。だがそこにも――、
「募集人数『最低三人』」
 と、当たり前のようにそう記されている。「依頼者」の指定する「条件」は「絶対」である。たとえ彼がどれほど「強かろう」とも――、あるいは「勇者」であろうとも――、「人数要件」を満たさなければもはやそれまで。そもそも「契約成立」にすらならないのである。そして「クエスト」の「難易度」が上がれば上がるほど(「達成」の可否も鑑みて)「最低人数」を「条件」に付するという傾向はより「顕著」になってくるのだった。

――「パーティ」か…。

 彼は心の中でそう呟いて。改めて「メンバー募集」の「貼り紙」に目を向ける。
「『戦士』を求む!!(それなりに『経験』を積んでいる方のみ)」
「『回復役』募集!!(出来れば『女性』で…)」
 だがどれも、彼が「条件」に当てはまるものは見つからなかった。そしてその中には。

「アタシは『女戦士』。一緒に『ワクワク』するような『冒険』に出ようぜ!!っていうのはつまり、『強い敵』を『ぶっ倒そう』って意味で…。アタシの剣の腕があれば、いつか『魔王討伐』だって夢じゃないと思ってる!!だから!!熱き想いを持った『勇者』をアタシは求めている!!そして――」

 というように、「皺くちゃの紙」に「思いの丈」を「長文」で「書き殴った」だけのものもあった。他の「募集」が――、それぞれ「工夫」はあるものの、あくまで「条件」だけを「簡潔」に述べたものであるのに対して。それはあまりに「ごちゃ付いてる」というか、「熱意」だけは十分に伝わってくるものの。「用紙」の隅々に至るまで「びっしり」と「文字」で埋め尽くされている様は、やはり「読みづらい」ことこの上なかった。
 それでも――。彼はその「純粋さ」と「正直さ」の溢れた「文面」に、思わず顔を綻ばせるのだった。

――こんな人と「パーティ」を組めたら、楽しいだろうな~

 彼は「夢想」しつつも、けれど「自分なんか」が願い出たとして――、果たして、断られないだろうかという「不安」も同時に浮かんでくるのだった。
「文中」には「『勇者』を求む!!」とある。だがその「勇者」というのは「職業」や「役割」を表わすものではなく、あくまで「尊称」としてのものなのだろう。
 他に、こんな「貼り紙」もあった――。

「ワタクシは『女僧侶』でございます。未だ『修行中の身』故、何かと『ご不便』をお掛けすることと存じ上げますが。共に『旅』して頂ける方が居られれば幸いです」

 と、「言葉遣い」こそ「丁寧」であるがそれだけ。「数文」が書かれているのみで、「内容」としてはあまりに「スカスカ」。求める「職業」も「人数」も、「条件」すら何も記されてはおらず。比較的「真新しく」、「キレイ」である「羊皮紙」の「大半」は「空白」になっており。先程の「熱意」に溢れた「募集」を見た後では、尚更に「淡泊」に感じるというか、むしろ「やる気がない」という印象すら与えられるのだった。
 だが、それでも――。

――こんな「上品」な人と旅するのも悪くないかも…。

 やはり彼は「夢想」してみたが、そこでふと――。彼の「視界の端」に何やら「不吉」なものが「映った」ような気がした。

――今、何か「見慣れた文字」を目にしたような…。

「既視感」の「正体」は分からずも――、彼は「記憶の糸」を手繰るように、慌てて片端から「掲示板」に貼られている「クエスト」に目を通した。
 そこで。彼はようやくついに、「それ」を見つけたのだった。

「『ノドカ村』、『ゴブリン』の『軍勢』に『襲撃』されり!!『救援』を求む!!」

 後に「はじまりの村」と名を変える、けれど「現代」においてはまだその名で「呼称」される――。まさしく「勇者伝説」の「始まりの地点」であり、それは紛れもない彼自身の「故郷」でもある「村の名」だった。

「思考」が追いつくまで、それなりの時間が掛かった。そして「理解」に至るまでには、さらなる時間が必要だった。
 少なからぬ「驚き」と「戸惑い」によって見開かれた目で、彼はそこから必要最低限の「情報」を読み取ろうとした。

「募集人数」「募集内容」「適正職業」――。違う、そんなことじゃない!!
「報酬」――。そんなこと、どうだっていい!!

 彼が本当に「知りたいこと」とは、つまり――。
「一体『いつから』それが貼り出されているか?」だった。

 彼は「昨日」も「ギルド」に立ち寄り、この「掲示板」を見た。その時は確か、こんな「クエスト」は「発注」されていなかったはずだ。だけど分からない。
 それこそ日々「星の数」ほど量産される「依頼」の中で。彼がそれを見落としていたとしても、何ら不思議ではなかった。

――まだ「間に合う」のだろうか。それともまさか、もう「手遅れ」なんてことは…。

「真剣な眼差し」で「貼り紙」を見つめる彼を――。同じく「熱い視線」で傍から眺める者があった。

「勇者様。何か気になる『ご依頼』はありましたか?」

「この世」にはない、「神」のみが弾くことを許される「楽器」のような――、とても「繊細」で「美しい」響きのする「音色」だった。すかさず彼が「声の聴こえた方向」を振り返ると――、そこにはいつもの「エルフ」が立っていた。

「私で良ければ、『内容』について『ご説明』させて頂きますが――」

 彼女がそう言い掛けたところで――、彼は彼女の「腕」を「がっしり」と掴んだ。

「あっ…勇者様、困ります…!!こんなところで…、そんな『大胆』な…!!」

 彼女は何か「よく分からないこと」を口走ったが、だが彼は聞く耳を持たず――。

「この『クエスト』、いつから『発注』されているか分かりますか!?」

「普段」ならば、彼女に「話し掛ける」ことすら「緊張」でままならない彼なのである。ましてや、その「身」に――、たとえ「腕」ではあるとはいえ「触れる」ことなどもはや「想像」しただけで。
 けれど今の彼にとっては、そんなことは「些事」に他ならなかった。それよりももっと、「彼女のこと」よりずっと、彼には気に掛かることがあったのだった。

「えっ…?あ、え~と…ちょっと待って下さいね!(なんだ…違ったんだ…)」

「語尾」はよく聞き取れなかったが、それについてはさておき――。彼女は一旦「受付」に戻って、そこで何やら「帳簿」のようなものを繰り始めた。

「あった!これだ!!」

 すっかり「敬語」を使うことを忘れてしまっている彼女であったが、そんなことより。

「え~と…。うん、『二日前』と書いてありますね!!」

 彼女の「返答」を聞くなり、彼は「絶句」した。目の前が「真っ暗」になるような、それは紛れもない「絶望」の色だった。

「『依頼者』の方から『更新』もされていないみたいですし…」
――そろそろ、取り下げないと…。

 彼女は「焦る」様子もなく、「平気」でそんなことを言う。それが彼には全く「理解」が出来なかった。
「更新がされていない」ということは――、その「余裕」がないからではないのか?
 そもそもこの「事案」は「依頼」として貼り出されるようなものではなく――、もはや「最優先事項」として「緊急性」をもって「周知」されるべきものではないのか?

「まあ、でも『報酬』も『低い』ことですし…」

 ここにおいても、彼女はまだそんな「呑気」なことを言っている。普段は滅多なことでは「怒らない」彼も段々と「腹が立って」きた。彼をいじめていた「同年代」たちも、あるいは今の彼と「同じ気持ち」だったのだろうか。だとしたら――、少しばかり彼にも「省みる」ところはありそうだった。

「それに第一、この『クエスト』は――」

「ダメ押し」とばかりに彼女は言う。彼を「諦めさせる」ために、他にもっと「依頼」はあるのだからというように――。

「最低参加人数『五人』ですよ?」

 彼は全身から力が抜けてゆくのを感じた。自らの「努力」と「やる気」ではどうにもならない「厚い壁」が、再び彼の前に「立ち塞がる」のだった。

――ここでもやっぱり、「人数」が「道」を「阻む」のか…。

 彼は「唇」を噛み締め、「拳」を握り締めた。彼の「体」は小刻みに「震えて」いる。「恐怖」によるものではない。それは「悔しさ」だった。これまで彼が、いかに周囲に「蔑まれ」ようとも、「嘲り」を受けようとも、決して感じたことのない――。それは「怒り」にも似た「感情」だった。

「勇者様、どうされました…?」

 彼のその「反応」から何かを察したらしく、「エルフ」は怪訝そうに訊ねてくる。

――そんなに、この「クエスト」に「魅力」を感じていたのだろうか…?

 これまで数多くの「依頼」の「手続」を行ってきた彼女である。その彼女からすれば、別にこれといって「オイシイ依頼」ではないように思える。
「報酬額面」についてもそうだが、第一この手の「クエスト」は「依頼者」が「存命」であるという「保証」もなく。たとえ「達成」したとしても、きちんと「支払い」がされるのかすら怪しいものなのである。

――「ノドカ村」。
――「農耕」を「中心」とした、あまり「栄えている」とはいえない村だったはず…。
――近年「増加傾向」にあり、「凶暴化」しつつある「魔物」。
――それによって、一つ二つの村が「地図から消えた」らしいが…。
――あくまでそれも「よくある話」なのだ。

 そこでふと、彼女は「何か」に思い当たる。

――今、何かが「引っ掛かった」ような…?

「ギルド」において、あまり聞かないその「村の名」を――。けれどつい最近、どこかで見掛けたような気がする。
 彼女は「クエスト一覧」を一旦横に置き、受付後方の棚から「あるもの」を取り出した。それは、「ギルド」に「登録済」の「冒険者名簿」だった。

「職業別」に並んだ「分厚い」それの中から、けれど「一名」しか居ない「職業」である「彼の名」を見つけるのは容易かった。

「勇者」――。

 そこにはそう記されている。「特別」であるその「称号」は、「職種」ごとに色分けされた「縁取り」においても。やはり「特別」であることを示すかのように「金色」で表されている。
「名前」「性別」「現在レベル」「達成クエスト数」。それらの「情報」の中には――、まだ「数月」しか経っていないというのにも関わらず、彼のこれまでの「足跡」が刻み付けられている。
 そして。ようやく彼女はそれを見つけた。彼の「出身地」の「欄」。そこには、今まさに「戦火」にある「村の名」があった。「ノドカ村」と――。

――そういえば…。

 続けて彼女は思い出す。それは「二日前」のこと。ある「村人」が「ギルド」を訪ねてきた時のことを――。

――「勇者」に「お願い」したいことがあるのです…!!

「町の者」からすれば、「ぼろ布」ともいえる「格好」をした「老人」は確かにそう言ったのだった。「勇者」とそう呼んだにしては「敬称」すら用いられず、あくまで「友人」であるかのように。「依頼」ではなく「上奏」でもなく、あえて「お願い」という言葉が用いられたのだった。
「勇者」としての「義務」――、それは人々の「救済」である。唯一の「仕事」である「魔王討伐」にしてみても、やはりその「目的」は全てそこに繋がるものであり。だからこそ「勇者」というのは、「人々の声」を広く聞き届けなければならないのである。
 だが、それはあくまで「ギルド外」においての話だ。「ギルド」に持ち込まれた以上、いかなる「願い」であろうともそれは「依頼」という形を取ることとなる。あるいはその「対価」が「僅少」であったとしても、それはまた別の問題であり。「クエスト」における「発注者」と「受注者」とは、常に「平等」に扱われるべきなのである。
 あるいは相手が「勇者」であろうと、そこに「例外」はない。「職業柄」はともかくとして、「他の職業」と同じくあくまで「職能」の「譲受」となる。

「ともかく落ち着いて。こちらの用紙に『必要事項』をお書き下さい」

 だから彼女はいつものように――、同様の「手続」を踏むことを求めるが如く。少しも「取り乱す」ことはなく。むしろ「落ち着き払った様子」で、滞りない「手順」を繰り返すのであった。
 渋々ながらも、差し出された「用紙」を受け取った老人は。「文字もろくに書けない」様子ながらも、それなりに時間を掛けつつ「記入欄」を埋め終えると――。

「いつ頃、『勇者』は来てくれるのでしょうか…?」

 あくまで「勇者」を「指名」した上で、そう訊ねてくる。彼女は――、

「分かりかねます。『志願者』が見つかれば、すぐにでも『受理』されますよ!!」

 励ますようにそう答えつつも。けれど「報酬の欄」を見て、やはり「望み薄」であることを察したのだった。

「報酬」――、村で獲れた「作物」を「一生分」。

 あまりに「漠然」とした、あるいは「童子の児戯」じみた「ご褒美」である。「量」は示されていないし、そもそも「報酬」とは「貨幣」で支払われるのが「暗黙の了解」なのだ。そこはもちろん「依頼者」が「自由」に「設定」できるのだが――。兎にも角にも、これでは「志願者」が現れるのはもはや「絶望的」だった。

「では、承りました」

 それでも――。やはり彼女はいつも通りに言う。「定型句」を用いることで、自らの「仕事」を全うする。
「受付の役割」とは本来「クエスト」の「仲介」であり、あくまでそこまで。「交渉」や「助言」はそもそも「業務外」なのである。「発注者」について多少の「相談」や、それこそ「彼」のような「駆け出し」に対してはそれなりに「斡旋」を行うものの――、何もそれは「義務付けられたもの」では決してない。
 だから――。たとえ「クエスト」に「志願者」が現れなかったとして。その「責任」はやはり「依頼者」に「帰属」するのであって、単なる「仲介者」に過ぎない彼女とっては「無関係」なのである。
 それに――。「多忙」である彼女としては出来るだけ早く、このどこか得体の知れない「翁」に、すぐにでもお引き取り願いたかったのだった。

「どうか、お願い致します…」

 力なさげに老人はそう言って、深々と頭を垂れた後。何やら「小袋」のようなものを「テーブル」に置いて、去って行った――。
 いささか「不審」を覚えつつも、けれど最後の最後に至っての「老人の行動」は彼女を
「感心」させたのであった。

 いわゆる「前金」というヤツだろう。「報酬」とは別に「受注者」に支払われる(無論、「ギルド側」も一部の「マージン」を頂戴するのであるが…)、いわば「手付金」のようなもの。仮に「クエスト達成」とならずとも「返金」の必要はなく。あるいはもし「達成」したとして、万が一「発注者」の「雲隠れ」などによって「正規の報酬」が支払われなかった時などに「最低保証」となり得るものなのだ。
「依頼実績」の少ない「発注者」において、その「名」の代わりとしてあくまで「資金」を「担保」に置くことで――、「受注」をさせやすくするというわけである。

 ただの「世間知らずの田舎者」とばかり思っていたが――。「年の功」とでもいうべきか。やはりそれなりの「作法」はわきまえているらしい。
 彼女は早速、その「小袋」の「中身」を改めようとした――。あるいはこれで分からなくなった。この内容如何によっては、すぐにでも「受注者」が現れるかもしれない。
 だが彼女がそれに手を伸ばし、それを持ち上げようとしたところ――。そのあまりの「軽さ」に、再び彼女は拍子抜けしたのだった。
「袋」を開いて、「中身」を確かめる――。「まさか」というか「やはり」というか、そこに入っていたのは「銀貨」でも「銅貨」ですらなく、「穀物の種」であった。

――これが…「手付金」??

 驚きと同時に、彼女は呆れ返る。ほんの一瞬でも信じた自分が「莫迦」だった。こんなものは「前金」でも何でもない。第一、「金」ですらないのである。
 それでも。彼女は思わず「溜息」をつきながらも、その「小袋」の扱いに困り果てながらも。だが決してそれを「無駄」にしようとは考えなかった。

 その日の「業務」を終えた後、彼女は町の「市場」に向かった。彼女のその「可憐」ともいえる「装い」にはおよそ「不似合い」な、「小汚い袋」を小脇に抱えたまま――。
 彼女はそれを「換金」することにした。無論、「通常レート」であれば「二束三文」にしかならないものである。だがそこは、彼女の持ち前の「世渡りの巧さ」と、何より彼女自身の「女性的魅力」を最大限に活かした「取引」であった。

 結局、彼女は「老人」の置いていった「穀物の種」を――、本来の「売買」ではおよそあり得ないほどの「貨幣」に換えて。もちろんそれをそのまま「懐」に入れることもなく、あくまで「前金」として「ギルド」に預けた後、「例のクエスト」の「報酬欄」に「手付金あり(銀貨〇枚)」と書き加えたのだった。

 だが。彼女がそこまでしてやったというのにも関わらず。「依頼」に「志願者」が現れることはなく――。彼女としても、日々「無数」に持ち込まれる「発注」や「受注」に「忙殺」されて、いつの間にか「例のクエスト」に関する記憶は「忘却」されていた。

 彼女は今「全て」を思い出した。彼の「故郷」のこと。二日前に持ち込まれた「依頼」のこと。あるいはその「老人」は――、彼の「馴染みの客」であったのかもしれない。
 だからこそ、あの「翁」は彼のことを「勇者」と呼びつつも、どこか「親しげ」な響きを醸していたのかもしれなかった。
 やがて彼女は「全て」を語り出す――。「依頼」のこと、「老人」のこと。だがそこに「当時」の彼女自身の「感想」が含まれることはなく。それに、彼女が行った「厚意」についても口にすることはなかった。(なんだか、気恥ずかしかったからだ…)

「その人、僕の『おじいちゃん』です」

「勇者」は言った。それを聞いて、彼女はまたしても驚いた。

――あんな「小汚い老人」が…?まさか、「勇者様」の「御祖父様」だなんて…。

 しかも、その上「育ての親」だという。

――では果たして、「勇者様」の「御両親様」はいずこに…?

 だがそれについては、あえて訊ねなかった。きっと、それなりの「事情」があるのだろう。それにしても――。

――「粗相」はなかっただろうか…?

「不始末」は?「不手際」は?「無作法」は?「失礼」は?「失禁」は?(いや、これは違うか…)彼女は途端に「不安」と「後悔」に駆られる。

――この「エルフ」、まさに「一生の不覚」…!!

 何たることだろう。いつか、あわよくば「勇者」の「伴侶(小声)」になるとして。その「第一歩」を、彼女は踏み違えたのである。

 そんな「エルフ」の「後悔」を、けれど彼は知る由もなく。彼は未だに自らの「無力」に打ちひしがれていた。
「依頼者」は――、他ならぬ彼の「祖父」だったのだ。幼い彼をここまで育て上げ、数々の「教育」を施してくれた存在。「ナナリー」を彼にとっての「姉代わり」だとするならば――やはり「血の繋がり」こそ無いものの――「祖父」は彼にとって「親代わり」となるべく、紛れもない「家族」であった。

「『ナナリー』…」

 これは「小声」で「彼女の名」を呟いた。そうすることで「かつて」の「村での日々」が、まるで堰を切ったように溢れてくる。
「忘れた」わけではもちろんない。むしろ、その「風景」は――、その「日常」は――、今も彼の中に確かな「居場所」としてあり続け、「一人きりの夜」に「温もり」を与えてくれるものであったのだった。

 そこで、彼ははっと気づかされる。そしていざその「考え」に至ると、どうして今まで「思いつかなかった」のか不思議なくらいだった。
「村の皆」が「助け」を求めている。厳然たる、その「事実」。たとえ「ギルド」においては「クエスト」という形であったとしても――、今の自分にはそれを満たす「資格」は無かったとしても――。であるならば、何も決して「受注」という「手順」を踏む必要はないのである。
 恐らく彼の「祖父」は、今頃彼がそれなりに「仲間」に恵まれていると「期待」して、「募集人数」を「多め」に見積ったのであろうが。たとえ「一人」であろうとも、彼の「為すべきこと」は少しも――、「全く変わらない」のだ。

 彼は駆け出した。誰も「受ける」ことのないであろう「クエスト」のその「貼り紙」を「掲示板」から引き剥がし、それを引っ掴んだまま。すぐに「ギルド」を後にするべく、彼の「故郷」を目指すべく、その場から走り去ろうとしたのであった。

「勇者様、お待ちください!!」

 だがそこで、またしても「エルフ」に声を掛けられる。いついかなる時でも「冷静」であり、決して声を荒げたりしない彼女であるが。けれどここにおいては、そうした彼女の「立場」を排した上で、あくまで彼に「加担」するのだった。

 彼女としては、まさに「汚名返上」「名誉挽回」の「チャンス」だった。彼の「祖父」であったことを知らなかった故の「狼藉」。あるいは「受付」としての「仕事」においては正しかったのかもしれないが――。

「『仕事』は『程々』に、『プライベート』にこそ『充実』を――」

 自らの「信条」をそう定める彼女としては、彼の「恩人」となるどころか、後々になって彼に「恨まれる」ようなことだけは避けたかったのである。

「ここは私にお任せを!!すぐに『志願者』を募って参りますので!!」

 完全に「業務外」であることを、彼女は平然と言ってのける。けれど、もはやこれは「ギルド」の「受付」としての「台詞」などではない。彼女のごく「個人的」な「感情」による、「女」としての「矜持」による、紛れもない「彼女自身」の「言葉」であった。

「でも…、今日まで誰も見つからなかったんですよね?」

 そうだ、だからこそ「この依頼」は今の今まで「掲示板」に貼り出され、あるいは彼がそれに気づくことさえなければ、もはや「永遠」に忘れ去られていたのだろう。そのような「クエスト」に今さら「志願者」が現れるとは、彼は到底思えなかった。

「『半刻』ほどお待ちを――」

「期限」を設定した彼女は、もちろん「その場凌ぎ」「時間稼ぎ」でそんなことを言ったのではなく。もちろん、そこには確かな「心当たり」があったのだった。

「半刻後」――。彼は彼女の集めたくれた「パーティ」と共に、町を出た。
 彼にとっては「初めての仲間」。だが「感慨」に浸っている間はなく、「急造」である「彼ら」を従えて、彼は「戦火の故郷」へと向かったのであった――。

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