おかず味噌 2020/06/17 20:59

クソクエ 女戦士編「野外排泄 ~彼女の長い一日~」

――ズバン!!!

 凄まじく、小気味の良い斬撃の音色が草原に響き渡り、正面の「獣人型モンスター」を「一刀」で切り伏せる。
「成人男性」と比較しても、かなり大柄な体躯をした怪物は、

――グォォオ!!!

 と。「断末魔」とさえ呼べない醜い声を上げて、「両断」された。
 まさに「圧巻の一撃」。だが、その余韻に浸っている暇はない。蛮族の血で汚れた剣を軽く振って、すぐさま「次の敵」に備える――。

「脱色」された癖のある「長い髪」。「意志の強さ」が込められたような、鋭く切れ長の「双眸」。まるで「彫刻」の如く、目鼻立ちのくっきりとした「相貌」。
「剣」を振るたびに「躍動」する、鍛え上げられた全身の「筋肉」。その「自前の鎧」に覆われながらも尚、「主張」する女性としての「特徴」。「たわわ」に実った「双丘」、「豊満」な「瓢箪島」。それらを誇示するように、自らを鼓舞するように。あるいは単に「機動性」に特化したが故の「出で立ち」。
「額」と「肩」――、「戦闘」において「弱点」となり得る箇所だけを最低限に守り、「胸部」と「下腹部」――、女性にとって時に「武器」となり得る箇所だけを、最小限に隠した「防具」。名称としては「ビキニアーマー」に分類される、「扇情的」でやたらと「露出度の高い」その装備は――、彼女の「攻撃的」な「戦闘スタイル」を表し、自らの「剣の腕」に対する「自負」を謳ったものであった。

「ヒルダさん、後ろ!!」

 その「名」で呼ばれた彼女は、とっさに振り返る。だが、やはり「撃破」のもたらした一瞬の「油断」のためか、あるいはその名を呼んだのが「彼」であったせいか、彼女の「反応」がほんのわずかだけ遅れる。その「ほんのわずか」が、戦闘においてはしばしば致命的な「空白」となる。
 ヒルダの「左肩」に、「重い一撃」が加えられる。剣と呼ぶにはあまりに無骨で醜悪な蛮族の武器は、「斬る」というより「叩く」といった用途の方が相応しいだろう。彼女の斬撃の「流麗さ」に比べるべくもなく。けれど力任せに振り下ろされたその「攻撃」は、あくまで「打撃」としては「一級品」だった。

「チッ…!マズったか」

 ヒルダは「舌打ち」した。常人であれば、あるいは「激痛」によって「意識」を遠のかせられたとしても、何ら不思議ではない。だが彼女にとっては、その「攻撃」自体よりも「攻撃を受けてしまった自分」の方が、精神的な「ダメージ」となった。たとえ「一撃」であろうとも「反撃」を許した未熟な自分を、彼女の「プライド」は許せなかった。

 すぐに「体勢」を立て直す。痛みに怯んでいる場合ではない。もうこれ以上、彼の前で「醜態」をさらしてなるものか、と。「挽回」と「返上」を込めて、踏み込みながら剣を横に薙いだ。
 完璧な「踏み込み」だった。だがしかし、一見して「知性」の欠片も感じさせない蛮族はここで、持ち前の「戦闘スキル」を発揮した。「生存本能」、「野性的勘」と呼ぶべきものかもしれない。蛮族は斬撃の刹那、一歩身を引いたのだった。
 もちろんそれだけで斬撃の全てを躱されるほど、彼女の剣は甘くも浅くもない。当然の如く、蛮族の硬い皮膚に「一閃」が走った。汚い血しぶきが上げられる。だが、あいにく「トドメ」には至らなかった。そのことがさらに彼女のプライドに傷を付け、その精神に火を点ける。
 ヒルダはさらに「一歩」。二歩、三歩、踏み込んだ。自らの失態、その「尻ぬぐい」をするように――。

 突然、蛮族の全身が「炎」に包まれる。
「火のない所に煙は立たぬ」ならぬ「煙のない所に『火の手』が上がる」。彼女の気迫が起こしたものではない。それは紛れもなく「魔法」によるものだった。
 ヒルダは振り返る。背後の敵ではなく「味方」のいるであろう方向を――。そこには、安堵したように笑う「勇者」の姿があった。


 そこからさらに、三体の同種族モンスターを倒し、今度こそ本当の「勝利」が訪れる。
 美しい草原の風景に散らばった醜いモンスターの死体から、「戦利品」ともいうべき「物資」と「魔石」を剥ぎ取る。これらを「加工」し、あるいは「換金」することで、彼らはそれを旅の「資金」へと替え、自らをさらに高めるための「装備」へと化す。

「――ったく、ロクなもん持ってねえな!」
「戦闘後」の「ルーチンワーク」をこなしながら、ヒルダは毒づく。今回の「戦利品」の内容は、あまり労力に見合ったものではなかったらしい。苛立ち混じりに、八つ当たりするように、モンスターの「亡骸」を足で蹴る。だが彼女が苛立っているのはその「徒労」にではなく、やはりこの程度の戦闘に徒労を感じてしまった自分自身に対してだった。

――この程度のモンスター、アタシ「一人」でだって…。

 彼女は思う。それは決して「傲慢さ」によるものなどではなく、かつての彼女であればいかに「謙虚」に見積ったとしても、確かな事実であった。

「ヒルダさん、大丈夫?」

 彼女の身を案じて、一人の「人物」が駆け寄ってくる。

「少年」のように小柄な体。男性であるにも関わらず、その「背丈」は女性である彼女に遠く及ばず、「頭」数個分も低い。正面から相対したとき、ちょうど彼の「顔」の位置が彼女の「腰」の高さに相当する。
 彼女と同じく「剣」を扱う「職業」でありながら、その手足はまるで「小枝」のように細く、あるいは「少女」を思わせる「華奢さ」を醸している。
 だが、その背に負った「しるし」はまさしく「選ばれし者」の「証」であり、彼の矮躯に不釣り合いな、およそ自身の「身の丈」とも等しいその「大剣」は、あるいは彼自らが「背負い込む」と誓った「使命」の大きさを比喩しているようだった。
 一見して「童子」のように思える、実際「年頃」としても「童」である彼こそが、この「パーティ」の「リーダー」であり、「魔王打倒」の「切り札」でもある、紛れもない「勇者」なのであった。

 彼は、本当ならば「戦闘後」すぐにでも彼女の元へ駆け寄りたかったのだが――。彼女のただならぬ「気配」と冷めやらぬ「殺気」を感じ取って、何となく近づき難さを抱いていた。それでもやはり「仲間」への「心配」を抑えることができず、今こうして遅ればせながら彼は駆け寄ってきたのだった。

「平気さ、これくらいのキズ!」

 彼女は答える。「何でもないさ」と気丈に振舞ってみせる。だが、それは「はったり」だった。いくら「重症」でないとはいえ、とても「軽傷」と呼べるものではない。気を張っていた「戦闘中」はそうでもなかったが、気の緩んだ「戦闘後」になって、徐々にその「傷」が痛みだしてきた。「ズキズキ」と鈍い痛みを、肩に感じ始めている。

「アルテナさ~ん、お願いします」

 彼は呼ぶ「忌むべき名」を。「もう一人」の「パーティ」である「仲間」の名を――。自分とは「正反対」の属性を持つ、「彼女」の名を――。

「はいはい、そんな大声で呼ばずともワタクシは『あなた様』のすぐ傍にいますよ」

 まさしく、彼のすぐ「傍ら」から姿を見せたのは――、「僧侶」のアルテナだった。

「染色」された、まっすぐな長い髪。温厚さを、あるいは「慈悲深さ」さえも思わせる、垂れ下がった「眉尻」。「気品」を感じさせる、穏やかな表情。
「武器」を振り回すには決して似合わない、細い腕。その手に握られているのは「殺し」の「道具」などではなく、「救い」の「祭具」。「剣」ではなく「杖」。
「身」も「心」も、まさしく「神」に捧げたものであるらしく、その「肌」を不必要に「人前」に晒したりはしない。その全身は「濃紺の布」で隠されている。
 それでも。なだらかな「法衣」の上からでも隠し切れない、女性的な「起伏」。全身を覆っている、だからこそ余計に「主張」される、その「布」の奥にあるもの。それこそが男性を「迷える子羊」にさせるとも知らずに、あくまで気づかないというフリをして。

 同じ「種族」。同じ「性別」。だが、どこか違う。彼女にあって、自分にはないもの。似通った「凹凸」を持ちながらも、その魅力はまさに「正反対だ。自分のそれが「強さ」だとすると、あるいは彼女のそれは「弱さ」。「庇護欲」を駆り立てる「か弱さ」。世の男性が異性に求める、身勝手な「印象」。「剣士」である自分が最も疎むべき、それこそが「女性らしさ」と呼べるものだった。
「自分」と「彼女」。そのどちらに多くの男性が「夢見る」かは知っている。「淑女」と「筋肉女」。果たしてそのどちらを自らの「傍ら」に侍らせ、生涯の「伴侶」として選ぶのか、その答えは分かりきっている。そして、あるいは「彼」としても――。

――はぁ~。

 彼に呼ばれたアルテナは、ヒルダの負ったその「傷」を見て、呆れ果てたというように長い「溜息」をついた。

「後先考えず獣のように突っ走るのは、いい加減お止めになってはいかがでしょうか?」

 優しげな声音。あくまで穏やかな口調。諭すように、まるで稚児に言い聞かせるように彼女は言った。

――チッ…!

 またしても、ヒルダは「舌打ち」をした。だが今度のそれは自分にではなく、まさしく相手に向けられたものであった。

「どっかの『足手まとい様』が、戦いもせずに『後ろ』でコソコソやっているからさ!」

 最大限の「皮肉」を込めて、ヒルダは言い返す。

「あら。ワタクシの『役割』は、あくまで『回復』と『サポート』ですよ?」

 悪びれる様子もなく、アルテナは答える。

「もちろんそれも、『神命』あってのものですが――」

 そう言ってアルテナは、ごく自然な仕草で「勇者」に擦り寄った。自らの腕を絡ませ、彼の腕に豊かな「膨らみ」を押し当てる。
 彼女にとっての「神」はどうやら、随分と「身近」にいるらしい。「従者」の心構えとしては、あるいは正しいのだろう。だが、彼女のあまりの「俗物ぶり」に嫌気が差した。

「アンタはせいぜいその有難い『神様』とやらの、言いなりにでもなっているがいいさ」

 吐き捨てるように、ヒルダは言う。それもまた「俗的」な発言に違いなかった。

「我らが『神』を冒涜なさるおつもりですか?」
「だとしたら、ワタクシとしても心穏やかではいられませんよ?」

 声を荒げるでもなく、あくまで平静な口調でアルテナは言う。

「『ボウトク』なんてしちゃいないさ!」
「ただ、アンタのその『シンジン』とやらが如何なもんかって言ってるだけさ!」

 別にヒルダとしても、「神」を貶めるつもりなどは毛頭なかった。熱心に「信心」こそしないものの、決して蔑ろにする気はなかった。ただ問うただけだ。売り言葉に買い言葉で、口をついてその文句が出てきただけだ。

「今度はワタクシの『信仰心』までも。一体アナタはどれだけ――」

 さすがのアルテナも、いよいよ「心穏やか」ではいられなくなってきたらしい。言葉に「感情」が込められる。ヒルダとしては望むところだった。彼女の「反論」を想定して、自らも「反撃」の「刃」を備える。だが――。

「もう~、二人とも!喧嘩はダメ!!」

 畏れ多く、何人も近寄りがたい「龍虎の戦い」に割って入ったのは、やはり「勇者」の名を冠する者だけだった。無謀にも、彼はその「争い」に身を投じるわけでもなく、ただ「諍い」の無為さを説く。「怒る」のではなく「叱る」ことで、その場を収めようとする。まるで「大人」であるかのように。自らが「子供」であるにも関わらず。
 少なからずの不満を抱えながらも、二人は留まるしかなかった。まさに「鶴の一声」。だがその声はどちらかといえば、「小鳥の囀り」にも似ていた。それでも両者は互いに、振りかざし掛けた「拳」と「言葉」を渋々ながらも静かに下ろすのだった。

「勇者」であるという彼の「身分」がそうさせたわけではない。「リーダー」の「命令」だから、というのとも違う。たとえそんな「地位」などなくとも、彼女たちはあくまで表向きは素直に従っただろう。それは彼女たちと彼との「関係性」が、彼女たちが彼に抱く「密かな想い」がそうさせるのだった。

 何となく「気まずさ」のようなものをヒルダは感じた。「子供」が叱られたときに抱く感情だった。そして「大人」であるからこそ余計に、その感情はより強く彼女の中で発露するのだった。彼女は立ち上がろうとする。

「どちらに行かれるのですか?」

 アルテナが声を掛ける。「不戦勝」の気配を感じ取ったような余裕の表情で。

「別に…。なんでもねえよ!」

 苛立ち混じりにヒルダは答える。だがそれは「答え」になっていなかった。
「敵前逃亡」。自らに課したその「禁忌」を、自ら破ることに躊躇いを覚える。だが、「戦い」を禁じられたとすれば致し方ない。あとは従う他ないが、彼女の「矜持」はそれを許さなかった。であれば、あとに残る道は「逃げ道」だけだった。
 だが、わずかに残されたその道さえも彼女は閉ざされる。やはり、他ならぬ彼によって――。

「ダメだよ。ちゃんと『回復』してもらわないと」

「勇者」はヒルダの腕を掴んだ。か細い腕。その気になればいくらでも振り払えそうな、非力な握力。だが、そこに彼の真剣な「眼差し」が加わることで、まさに「真剣」を向けられたかの如く、その場から身動きできなくなった。
 いや、それが真なる「剣」であれば、いかに強者や達人のものであったとしても、彼女は臆することなく「太刀向かう」ことができていただろう。けれど、たとえ虫を殺すことさえできない、殺気の籠らない「刃のない剣」であろうとも、相手が彼であるとしたら、もはや彼女に「太刀打ち」はできなかった。

 彼に「触れられた」腕が、「熱」を帯びる。頭の中が、胸の奥が「じん」と疼く。股間が、その部分にあてがわられた「下穿き」の中が「じゅん」と湿る。
「切ない」ような、どこか「懐かしさ」さえ覚える、その感触――。
 ヒルダが「戦士」として、初めて臨んだ「戦闘」。「敵」に対する「恐怖」から、意図せず「尿道を緩ませた」ことによる「失禁」。「下穿き」の中が「水流」に満たされ、やがて大地を穿つ。後に残された「羞恥」すべき「染み」。それとは違う。
 やがて「戦士」として、いくつもの「戦闘」を経たのち。「強敵」との邂逅によって、自らを昂らせたことによる「興奮」。それにも似ているが、やはりそれとも違う。
 もっと「熱く」、あるいは「優しい」感触に。彼女は思わず一瞬、戦士であるという、自らの存在理由すらも忘却していた。
 
「アンタがそこまで言うなら…」

 ヒルダは立つのを止めて、その場に留まった。「しょうがない」というように、彼の「指示」を聞き入れ、あくまで「お願い」として受け入れることにした。
 ヒルダは負傷した肩の「防具」を外し、「患部」を晒した。自らの「弱点」であるその部分を、「味方」である彼女に見せた。
 アルテナは、ようやく「自分の出番だ」というように――。やはり、彼女にとっての「存在理由」である「杖」を握り直し、その先端をヒルダに向けてかざした。

「汝、『救い』を求めなさい。たとえそれが『艱難辛苦』の茨の道であろうとも、その『歩み』を終えることなく、ただひたすらに『願い』続けなさい――」

 アルテナは「詠唱」を始める。やがて「杖」の先が「光」を帯び始める。「神秘的」で、ある種の「荘厳さ」を思わせる、紛れもない「魔法」の色。そして――。

――ヒーリング!!

 杖の先が、彼女の体が、淡く照らされる。周囲が、優しい色に包まれる。
 すると。まるで「奇跡」が「伝播」したように。まさしく「魔力」が「伝染」したかの如く。ヒルダの「傷」が少しずつ癒えてゆく。徐々に「傷口」が塞がり、やがて消えゆくことで、それと共に「痛み」さえも和らいでゆく。
「回復魔法」。選ばれた「職業」の者にしか扱えない、それはまさに「奇跡」とも呼べる代物だった。

 やがて。ヒルダの「肩」を覆った、「杖」からもたらせられたその「光」が、失われてゆく。それはアルテナが自らの「役目」を果たし、「使命」を終えたことを意味する。

「はい。終わりましたよ」

 アルテナはまるで「聖母」のように微笑んだ。決して認めたくはないが、今この瞬間に限っては、紛れもなく彼女は「ひれ伏すべき存在」であった。

「すまない…ね」

 ヒルダはあくまで「謝意」ではなく、「謝罪」をもって「礼」に代えた。それでも彼女なりの精一杯の「譲歩」だった。
 これにて「一件落着」。真の意味で、戦闘を終えたこととなる。
 だが。ヒルダにとってはもう一つ、済まさなければならない使命が残されていた――。

「魔法」とは、まるで「万能の能力」であるように思われるけれど。それが「人の手」によってもたらせられる以上、どうしたって「完全な奇跡」とはいかない。その「強大」な力を得るため、「鍛錬」と呼ぶべき「修行」が必要なことは言うまでもないが。それを「行使」する上で――、「術者」において「魔力の消費」はもちろんだが、それだけではなく。「行使された側」、つまり「奇跡を与えられた側」においてもやはりその「代償」は付きものであり、それを避けることはできないのだ。

 ヒルダは「下腹部」に、鈍い「違和感」を覚えていた。「回復」とは、魔法によって「のみ」与えられるものではなく、本来人体にも当たり前に備わっている「機能」だ。「魔法」を使わずとも、適切な処置(「消毒」や「固定」)をして、そのまま「安静」にしていれば、いつかは「回復」するものだ。
 つまり。「回復魔法」のもたらす「効果」というのは、いわばその本来人体に備わっている機能を「活性化」させ、「促進」し、それを「加速」させることに他ならない。
 換言するならば、「新陳代謝」の「活性化」。だからこそ、そこにはどうしたってある「副作用」が付きまとうことになる。
 とはいえ、やはりそこは「魔法」であり、全ての「代償」を「当人」が受けるわけではない。術者の「魔力」も当然「消費」する。いわば痛み分けに等しい。
 即座に「消化」が促されるわけではなく、「老い」を早めることにもならない。わずかに「髪」や「爪」が伸びるとも言われるらしいが、その「変化」は微々たるものだ。
 それでも。やはり「きっかけ」くらいにはなり得る。自らの「体」に現れる「兆候」に、気づくだけの「理由」にはなる――。

 ヒルダは再び、その場から立ち上がった。二人は怪訝そうな顔をする。だが、彼女が「役目」を果たしたように――、自分もまた暫定的な「義務」は終えたのだ。あとは好きにさせてもらうことにする。
 ヒルダはその場から立ち去ろうとした。颯爽と、彼女本来の「クールさ」を取り戻すようにして。自らの「目的」を告げることなく。「弱み」を見せることなく。だが――。

「どこ行くの?」

 無情にも声が掛けられる。彼女の背中に彼は呼び掛ける。ヒルダは立ちどまった。苛立ち混じりに、彼の察しない言動を咎めるように。彼女は振り返った。そして、意を決して口を開く。

「『便所』だよ!!」

 彼に報せたくなかった言葉を、知られたくなかった「生理現象」を告白する。それは、ある種の「開き直り」だった。

「『ついて来る』ってなら、別に構わないけどさ」

 そう言って、ヒルダは「挑発的」に口元を歪める。試すように彼の「羞恥」を煽ることで、自らの「羞恥」を覆い隠す。
 彼女のその「挑発」に、彼が応じることはなかった。「パクパク」と不器用にも口を「開閉」しただけだった。その「反応」は彼女にとって、少なからず「予想通り」のものだった。アルテナが露骨に、嫌そうな顔をする。

「まったく。何と、『下品』な…」

 嘆くように、軽蔑を込めて彼女は言う。だがその「蔑み」も、ヒルダにとってはむしろ心地良いものであった。これにて「意趣返し」は成った、とあくまで間接的にではあるが「卑怯な勝利」がもたらせられた。
 もはや、ヒルダを止める者はいなかった。彼女は悠々とその場から歩き去り、拓けた「草原」の隅の、拓けていない「草影」を探した。自らの「使命」を果たすために。「用」を足すために――。

「パーティ」から離れること、しばらく――。ようやく、丁度いい「場所」が見つかる。それなりに背の高い「茂み」。身を隠し「用」を済ませるには、うってつけだった。

――よしっ!ここなら…。

「仲間たち」の居る場所から充分に「距離」もある。故に「音」を聞かれる心配はなく、「臭い」だって届きはしないだろう。
「旅をする者」にとって「野外排泄」は付きものだ。それはどうしたって仕方のないことなのだ。だがそれでも、彼女にも「羞恥心」というものはある。さすがにその「行為」を「観察」されることはもちろん、たとえ「間接的」であってもその気配を「観測」されることは憚られた。
 だが、ここまで来ればその心配もない。存分に、「事」に臨むことができる――。

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