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おかず味噌 2020/08/16 20:04

クソクエ 女僧侶編「失禁と放尿 ~聖女の秘めたる信仰~」

(「女戦士編」はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/311247


――天にまします、我らが「父」よ…。

「彼女」は「祈り」を捧げる。目を閉じ、口を引き結んで。掌を合わせ、「膝をつく」のではなく「しゃがみ込んで」。頭を「垂れる」のではなく天を「仰ぐ」ようにして――。

――なぜ、貴方様はこのような「試練」をワタクシにお与えに…。

「彼女」は思う。この世に「生」を受け「生きる」上で、何と「艱難辛苦」の多いことだろう、と。「祈り」は通じず、「願い」は叶わず、いかに「信仰」を重ねようと「救い」が訪れることはない。
「神の巫女」であるはずの彼女としても、さすがに。「主」の実在を疑いたくもなってくる。なにしろ、彼女の「たった一つの願い」さえ、聞き届けられることはないのだから。

――あぁ、神よ。ワタクシは一体どれほど「耐え忍ばなければ」ならないのでしょう。

 すでに「祈り」は十分過ぎるほどに捧げている。そろそろ、いい加減――。


「あ~もう!!『うんち』出てよ~!!!」


「アルテナ」は叫んだ。神聖なる「教会」などではなく、「御不浄」なる「個室」で。「祭壇」に向かってではなく、「便器」にしゃがみ込んだまま――。

 肌を覆う「濃紺」の祭服――いわゆる「全身タイツ」のような「格好」。その「形状」、あるいは「特性上」、「排泄」をするためには一度「全て」を脱ぎ去らなくてはならない。「信仰」の「象徴」である「十字架」の修飾された「前掛け」を取り、背中の「留め具」を外して、「首元」から「足先」まで一気に脱ぐ。途中、彼女の豊満な「凹凸」にそれなりの「抵抗」を感じたが、それでもその慣れた「一連の儀式」にはさしたる「滞り」もなかった。
 脱いだ「衣服」は全て、個室の「壁」に掛けられている。「外」から見れば、「誰が」入っているのか、「行為の最中」であることは一目瞭然なのだが、それも致し方ない。

「聖職者」だって「排泄」はする――。

 それは「真理」でも何でもなく、ただ厳然たる「事実」なのである。あるいは、たとえ「女神」といえども――。
「祭服」を取り去った彼女はもはや「聖女」などではなく、そこにあるのは単なる「ごく普通」の「一人の女性」の姿であった。ただ一つ、彼女のその「美貌」がまるで「女神」と見紛うほど「美しい」ことを除けば――。

「女神」は現在、「衣服」はおろか「下着」さえも身に着けてはいなかった。「下穿き」については「最中」であるがゆえ「当然」なのだが、彼女は「胸部」を隠すための「布」さえ纏ってはいないのだ。
 それはなぜか?「問い」に対する「答え」は自明である。それはつまり――、彼女が「元々」それを身に着けない「習慣」であるからだ。

 先述の通り、彼女の「普段着」は全身をすっぽりと「覆い隠す」濃紺の祭服である。「前掛け」の大仰な「刺繍模様」を除けば、他に「装飾」の類は一切なく、その「装い」は実に「地味」一辺倒のものである。
 その「質実さ」は、「華美であれ」とする本来の「服飾」のあり方とはむしろ真向から「対立」するものであり、そこには彼女がその「身」と「人生」を賭して歩む「信仰の道」における、まさしく「神の教え」の一つが大いに息づいている。すなわち――、

 隣人、色を好むべからず――。

 というものである。いまだ「修行の道」の途上である「修道女」の彼女にとって、いわゆる「恋愛」は「ご法度」であり、たとえ自分に「その気」がなくとも――、むしろないのであればこそ余計に――、不用意に「異性」に「劣情」を抱かせるような「格好」ないし「行動」は「慎む」べきである、という「教え」である。
 だが他のものはともかくその「教え」についてだけは、彼女はいささかの「疑問」を呈したくもあった。
「信仰」とはつまり、日々の「祈り」によって遂げられるものであり。「祈り」とはつまり、「願い」の「可視化」に過ぎない。では何について「願う」のかといえば――人によって様々であろうが、大きく「一言」で括るならば――それは「愛」についてである。
「家族愛」、「兄弟愛」、「隣人愛」。「愛」においてはまさに多様なものがあるが、それらをやはり「一言」でいうならば、それは「人類愛」である。
 つまりは「人」が「人」に向ける「思い」、「感情」、「労り」、「労い」、「優しさ」、「慰め」、「慈しみ」、「親しみ」、「想い」。それこそが「愛」なのだ。
 であるならば、いわゆる「男女間」における「愛情」についても、それは当て嵌まるのではないだろうか。いやむしろ、本来全くの「他人同士」である「関係性」から、「逢瀬」と「接触」と時を経てこそ培われるその「愛」こそまさに、人類における「真の愛」ではないだろうか。

 アルテナはそう思っている。そして現に、そんな彼女にも「真なる愛」を真摯に捧げる「紳士」。つまりは「想い人」と呼ぶべき「存在」がいる。
 その「彼」はどこか頼りなく、ときに危なっかしくて、いつも彼女を「落ち着かない」気持ちにさせる。「庇護欲」を駆り立てられるような、あるいは「母性」すらも感じさせるような、まるで「童子」のような見た目でありながら――。
 けれどその「瞳」に宿る「意志」は強く、ひとたび「剣」を振る彼に「背中」を預け、あるいは「前衛」を任せれば、その「矮躯」には到底「不相応」な「敵」を次々と「なぎ倒して」ゆく――。
 そして、やがて「戦闘」を終えれば、また「いつも」のどこか頼りなく、「無邪気」で「幼い」だけの「少年」に戻っている――。
 そんな「彼」の「意外性」ともいえる「ギャップ」に。「はっとさせられた」経験は、一度や二度では到底及ばない。まるで彼の「掌」で思うように「転が」され、彼の「一挙手一投足」に「右往左往」させられ、いまだ知り得ない彼の「内心」に「一喜一憂」させられてしまうことが、彼女にとっては「もどかしく」もあり、けれど同時にそれ自体が「幸福」でもあった。
 つまり「一言」でいうならば――、

 アルテナは「勇者」に「恋心」を抱いていたのだった。

 とはいえ、それは「秘めたる想い」。いつか「打ち明ける」その時まで、「胸の奥」に厳重に「鍵」を掛けて「閉まっておくべき願い」。(やや、想いが「溢れ出して」しまう時もあるけれど…)
 あるいは「未来永劫」、「門外不出」のものであろうとも。「永遠」に「その時」が訪れることがなくとも。それでも彼女はただひたすらに、その「想い」を日々「醸成」し続け、その「はちきれんばかりの胸」に抱え込んでいるのだ。


 さて。やや「脱線」し掛けたが、ここで今の「状況」に話を戻すことにしよう――。

 そもそも彼女がなぜ、いわゆる「異世界」、「別時代」において「ブラジャー」と称される「婦人専用下着」を身に着けていないのか、だ。
 それについて語るにはやはり、彼女の「着衣」に話を戻さなければならない。
「質素であれ」とする彼女の「祭服」には、けれどその「見た目」において裏腹の「問題」を孕んでいる。それは彼女のその服の「形状」が――、あまりに「ぴったり」とし過ぎている、ということだ。
 それもあるいは「彼女でなければ」、さしたる「問題」ではなかったのかもしれない。たとえば彼女にとって「大先輩」にあたる、「老境」の「シスター」であったならば。それとも「年齢」は彼女とほぼ似通った「年の頃」である「若い修道女」であったとしても。もし、その者の「凹凸」がそれなりに「平坦」であったならば、やはり「問題」には至らなかったであろう。
 つまり。いわゆる彼女の「女性としての膨らみ」が、平均的な「婦人」のものと比べてあまりに「穏やか」でないことにこそ、その「問題」は起因するのだ。
「有り体に言えば」――、より「直接的」に、「控える」ことなくいうならば――、

 アルテナの「身体」は、とても「いやらしかった」――。

 眉根の垂れ下がった、そのどちらかといえば「保守的」な見た目に反して、その「肉体」はあまりに「攻撃的」であり「暴力的」ですらあった。
 全身を布で覆い隠しているにもかかわらず、いやむしろ「覆い隠している」からこそ余計に――。その「女性的な膨らみ」はより顕著に、まるでその「存在」を「誇示」するように「顕現」するのであった。
 ただ立っていても、その「丸み」は容易に窺え。あるいは「前屈み」になったりしようものならば、さらにその「部分」は「強調」され、「男性」の「視線」を「釘付け」にするのにもはや何の「遠慮」も感じられなかった。
 あるいは共に旅をする「仲間」である、「パーティメンバー」の「一人」。あまりに「過激な格好」であり「露出過多」であるところの「女戦士」と比べてみても。その「胸」も「尻」も、およそ「ひと回り」は「豊かさ」を余分に持ち合わせていた。

 彼女自身、自らのその「身体」が時に「疎ましく」思うこともあった。「欲」を禁じるべき「精神」をその身に宿しておきながら、けれどその「肉体」はまさに「欲望の権化」であるという「矛盾」。たとえ彼女に「その気」がなくとも、自らは決して意図せずとも、「男性」の視線をしきりに集めてしまうという「背反」。
 さすがに「神の巫女」である彼女に対して、あまりに「不躾」な「熱線」を送る「殿方」こそ少ないが。けれど街中においては確かに感じる、いわゆる「チラ見」という疎らな視線。
「対象」である彼女自身がそれに気づかないわけもなく。その「視線」の出所である「雄」の姿を視界の端に捉えてしまう。そして、それこそ「見なければ」いいのにも関わらず、どうしたって目に入ってしまう。一皮剥けばまさしく「獣」であるところの彼らの「衣服」のある部分――、いわゆる「ズボン」の「一点」が大きく「膨らんで」しまっているのを。

「男根」を「勃起」させている姿を――。

「町」にはあらゆる「職業」の者が行き交っている。「商人」、「鍛冶屋」、「戦士」、「武闘家」、「魔法使い」など。そうした者の中には「一目」でその「職業」と判る「格好」をしている輩もいる。
 自らの「肉体」をまるで「武器」や「防具」の一つと捉え、それを「誇示」して歩く者。「上半身裸」な者のみならず、あるいは「全裸」に近い者だって少なくはない。
 そんな「無骨」な「野郎」達が――、胸を張って堂々と闊歩する「もののふ」達が――、「修道着姿」の彼女を目にするなりどこか「気まずそう」に、場合によってはやや「前屈み」になるのである。
 だがそれは致し方ない事だ。男性の「本能」による「習性」であり、あるいは正常な「反応」に過ぎないのかもしれない。だから彼女は、そうした「欲求」を「前面」に押し出す彼らを、いちいち咎めたりなどしない。むしろこんな「肉体」をしているにも関わらず、こんな「格好」をして平然と歩いている自分にこそ「非がある」のかもしれない、と彼女は思うようにしている。

 だが「魔法使い」達については別だ。
 彼らの「格好」はそのほとんどが「厚手のローブ」である。その「装備」については「魔力」における何らかの「恩恵」を受けるためのものであるのだろうが、それのみならず彼らは自らのその「非力」な体を覆い隠すために、そうした「服装」を好んでいるのだと、アルテナは勝手にそう思っている。
 あるいは「男性」「女性」問わず、どちらでも「装備」できるその「防具類」は、まさしく彼らの「男性的魅力の無さ」の裏付けであると、やはり「偏見」じみた考えを彼女は抱いている。
 だがそんな「彼ら」もまた、ひとたび彼女をその視界に捉えた時の「反応」は実に「男性らしい」ものだった。
 分かりやすく「動揺」し始め、意識的に「視線」を逸らそうと試みる。それでもやはり「本能」と「欲求」には抗いきれず、結局何か「別の方向」を見る振りをしつつ、「チラチラ」と疎らながらも「執拗」な視線を向けてくるのだ。
 だがそれについては、彼女は「赦して」いる。理由はやはり前述の通りである。問題はその後――、彼らのその「反応」についてだ。

 彼らもまた「半裸の男達」と同じく、やや「前屈み」になり始める。あるいは自らのその「反応」を「恥じる」ように、少しでも「目立たせない」ようにするために、「腰を引く」ことで「膨らみ」を相殺しようと考える。けれどそれは、いささか「ヘン」ではないだろうか。

 すでに「描写済み」のように、「彼ら」は主に「ローブ」などを身にまとっている。それは十分に「下半身」に「余裕」のある衣類であり、「戦士」や「武闘家」たちのように「半裸」であるわけでも、「動きやすさ」を重視するがゆえの「剥き出し」の格好でもない。にも関わらず――。

 彼らもまた「腰を引く」のだ。

「普通」にしていればただそれだけで。たとえいかなる「劣情」を抱こうとも、あらぬ「妄想」に耽ろうとも、「外」から見れば「それ」は分からないはずなのに。(あるいは彼らが「異世界」「別時代」における「魔法使い」の「正装」である「『チェック・シャツ』をズボンに『イン』」する格好でもしているならば、話は別だが――。)
 それなのに――。さして「巨根」であるわけでもないだろうに(それもまた彼女の「偏見」である)、必要以上に「股間」を隠そうとするのである

「服装」と「体勢」。それでさえもはや「過剰」であろうに。けれど、その上彼らはさらなる「隠蔽」を試みようとする。
 それは彼らの持つ「武器」であり同時に「防具」でもある、「ある装備」によって行われる。

「杖」、「ステッキ」――。

「魔法」を行使する者にとってはまさしく「必需品」であり、「剣」や「盾」を持たない彼らにとっての「代替品」。己の「非力」さをカバーするものでありながら、「実力」を発揮するためにこそ用いられるもの。
 その「形状」は実に様々で――。アルテナが「所持」しているような、「霊験」あらたなかな「神木」の「幹」や「枝木」をそのまま用い、上部に「宝玉」などをはめ込んだだけの「無骨」なものもあれば。
「既製品」ともいえる、「丈夫」で「シンプル」な素材に「奇跡」の類を付与することで「デザイン」された、「コンパクト」で「スタイリッシュ」なものもある。
 そのどちらにせよ、軒並み「小柄」である彼らにおいてその「装備」はやや「長大」に過ぎ、その「矮躯」に対してやや「持て余している感」がある。
 その「杖」を用いて彼らは――、

 自らの「股間」を隠そうと試みるのだ。

「神聖」なる「巨木」、あるいは「華美」で「荘厳」なそれを、自らの「陳腐」で「醜悪」な「小枝」を隠すことに用いる。まさに「神」を、「奇跡」を軽んじ、「冒涜」する行為に他ならない。

 そして――。彼らは「隠す」だけでは飽き足らず、自らの股間に「挟み込む」ように「装備」したその「棒」を用いて、あるいは「魔術」とも呼べる「儀式」を始める。

「逞しく」「立派」であるそれに、自らの「チンケな棒」を擦り付けるのだ――。

 まるで「古代」の「魔女」さながらに。「箒」ではなく「杖」に跨るようにしながら。「太く」頑強な棒に、自らの「細く」ひ弱な棒にあてがう。
 そうして「奇跡」とは程遠く、「祈り」にさえ及ばない、ただ目先の「願い」を叶えることだけに腐心する。
 果たして、その「行為」の一体どこに「救い」があるというのだろう。決して「本懐」には至らず、あくまで「代替」に過ぎないだけのその「行い」に。あるいは届くことのない「女体」の「夢」を描くのだろうか。それとも、「死骸」となっても変わらず「選ばれし存在」である「神の子」と、決して「選ばれる」ことのない「愚息」とを比較して、ある種の「憧憬」を重ねるのだろうか。

 一見して「豪快さ」や「無謀さ」とはおよそ無縁であるように思える「彼ら」は、けれどその場においては実に「大胆」に振舞う。
 周囲の者、あるいは「対象」である「アルテナ」に。「気づかれていない」とでも思っているのだろうか。自身は「無遠慮」に「視線」を向けておきながら。まるでそれが「不可逆」のものとでも思い込んでいるのだろうか。
 もしそうだとしたら――、あまりに「浅慮」である。「想像力」が欠如している。
 あるいは彼らの脳内に描き出される「光景」は、彼らにとって実に「都合よく」書き換えられ、「不都合」は排されているのかもしれない。

 次第に彼らの「息」は上がり、「愚息」からもたらせられる「快感」によって。「猫背」気味の彼らの「背筋」はピンと伸びて、ただただ「欲望」のみに従う「子羊」となる。あまりに「無恥」で「無様」である、そんな彼らの姿を見てアルテナは、

「お漏らし」をしてしまうのだった――。

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おかず味噌 2020/07/15 22:14

ちょっとイケないこと… 第十六話「抱擁と放屁」

(第十五話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/344082


 弟の部屋を後にしようと、ドアノブに手を掛けた間際。

 ふと背後に悪寒のようなものを感じた。直後に我が身に危険が迫っているような、今後の姉弟の関係性に大きな禍根を残すような、空前絶後の予感を抱いたのだった。

 私はとっさに振り返ろうとした。だけど手遅れだった。

――ズッボ…ン!!!

 まるで履物を形容したかのような擬音。局地の気温が著しく下降していくような、同時に局部の体温が激しく上昇していくような、奇妙な寒暖差を実感したのだった。

 遅ればせながらも、恐る恐る首だけで後方を振り返る。

 私は穿いていたショーパンを脱がされ、弟の目先に剥き出しの生尻を晒していた。


 一陣の風が、下半身を吹き抜ける。

 だけど室内で吹くそれは荒れ狂う暴風ではなく、愛撫するだけの微風に過ぎない。そして無色透明な気体に、無垢な肢体を包み込んでくれることは期待できなかった。

 徐々に思考が追いつき始める。後手に回りつつも、慌ててお尻を隠そうと試みる。だが両手だけでは心許なく、ならばいっそ頭を隠した方が心なしかマシなのだった。

 股間を晒したまま、私はしばし無言になる。気まずさを遥かに超越した静寂の中。

「お姉ちゃん、それ…」

 先に口を開いたのは、彼の方だった。

「ち、違うの!!これは、その…」

 私は容疑を否認する。なぜ被害者の側に弁解が求められているのかは分からない。それでも何かしらの弁明をすることにした。


「今日、ちょっと暑かったから…」

 たどり着いた言い訳は、苦し紛れの嘘だった。それはそれで問題である気もする。あくまで気候を理由に「穿かない」というならば、その事実は私の日常にも波及する常習的な奇行の告白に他ならない。

――やっぱり、今のナシで!!

 私は前言を撤回したかった。己の習性について、そこに含まれる変態性について、自らの発言を訂正したかった。

 だがそれを否定するということはつまり、今度こそ正直に話さなければならない。なぜ「ノーパン」だったのかという理由を。ショーツを脱ぎ捨てるに至った経緯を。

「お姉ちゃん、やっぱり…」

 私自身が白状するより前に、彼からの追求が始められる。

「『おもらし』しちゃったの?」

 彼の問いに小さく頷く。およそ数センチの首肯は、紛れもない敗北の白旗だった。私は自分の口からではなく首の動きによって、羞恥を打ち明けさせられたのだった。


「どうして?」

 私の秘密を白日の下に晒しても尚、彼は思わぬ結末に困惑しているみたいだった。

「間に合わなかったの…」

 いや、それは事実とは少しばかり異なる。本当はあえてそうしなかったのである。未然に決壊を防げていたはずなのに、自ら救済を拒んだのだ。「あの夜」とは違う。

 だけどもちろん、それについては言わない。あまりにも状況が込み合っているし、それを話すなら○○さんとの異常なる情事に関しても言及しなければならなくなる。上手く話せるとは思えなかったし、その辺の事情については秘匿しておきたかった。

「ずっと、我慢してて…」

 それは本当だ。私は『おしっこ』がしたかった。きちんと脱いでからすべき行為をショーツを穿いたままの状態でしたがったのだ。だけど、それについても言えない。

「どうしても我慢できなくて。それで…」

 その先はまさしく彼の言った通りだった。私は『失禁』をした。大学生にもなって二度も粗相をしてしまったのだ。


 ふと彼の様子を窺う。彼は何かを考え込むみたいに深く俯き、沈黙を貫いている。軽蔑しているのだろうか。あるいは己の予想が的中し、悦に浸っているのだろうか。

「じゃあ、あの日も…?」

 さらに彼の質問は、私の過去の過ちにさえ及ぶ。その確認こそが肝心なのだろう。彼自身が道を踏み外すことになった元凶。悪事に手を染めることになった犯行動機。それが果たして単なる見間違いによるものなのか、厳然たる現実によるものなのか。

 私は頷いた。もはや言い逃れは出来なかった。この期に及んで嘘を重ねたとして、恥の上塗りになることは避けられなかった。

「そうだよ。お姉ちゃんは、あの日も…」

 ついに私は自供する。彼が目撃した私。深夜の洗面台で下着を手洗いしていた私。不可解な行動のその真相を。

「ごめんね。嘘ついて…」

 虚言を吐くという倫理に背く行為を詫びる。だがそれは尊厳に関わる問題であり、あくまで免罪の余地はあるはずだ。私としても背に腹は代えられなかったのである。


「お姉ちゃんは、その…、よく『おもらし』しちゃうの?」

 度重なる疑惑が真実であると分かったところで、さらなる粗相の可能性についても彼は追求してくる。

「そんな、わけ…」

 すかさず私は常習を否定する。

「あの日と今日と、まだ二回だけ…」

 答えた直後に、「まだ」という副詞は不要であったことに気づく。それではまるで今後も繰り返すつもりみたいではないか。

「そうなんだ…」

 彼は素っ気なくそう言った。その反応はどことなく残念そうなものに感じられた。彼は一体、姉に対して何を期待しているのだろう。


「もしかしてお姉ちゃん、学校でいじめられてるの?」

 その発言は私にとって青天の霹靂だった。だけど質問の意味にすぐに思い当たる。

 彼としても、二十歳前の姉がそう何度も粗相するとは考えられなかったのだろう。だからこそ彼は、私の『失禁』の原因に何かしら不穏なものを感じ取ったのだろう。例えばそう誰かに、そう仕向けられたのだとか。

 彼の抱いた懸念はその半分は当たっている。確かに私はトイレを禁止されたことで醜態を晒す憂き目に遭った。あるいは悪意といえる企み。○○さんのせいで私は…。

 だけどそれは決して「いじめ」と呼ばれるような一方的な加害などではなかった。

 一度目の『おもらし』に関していえば、双方合意によるものではなかったけれど。今日に限っていえば、膀胱に尿意を抱えたまま自らの意思で彼の家を訪問したのだ。

「そんなんじゃないよ」

 私は答える。余計な心配を掛けまいと、ひとまず彼の推理を否定してみたものの。代替となるべく説明については何も用意していなかった。


――じゃあ何で、二回も『おもらし』しちゃったの?

 その先の彼からの問いは容易に想定される。他者による危害でないとするならば、一連の不始末の理由は私自身の個人的な事情になってしまう。

 日常的に尿道が緩いのか。あるいは特殊な性癖によるものか。そのどちらにせよ、羞恥な事実であることに違いなかった。

「――て、あげる」

 私の否定を肯定と誤解したらしく、彼は下を向いたまま消え入りそうな声で言う。彼の言葉が上手く聞き取れなかった。

「僕が、お姉ちゃんを守ってあげる!」

 今度こそ、はっきりとそう聞こえた。彼の発声は、決意と勇気に満ち満ちていた。

「もうお姉ちゃんが、外で恥ずかしい思いをしなくて済むように…」

――僕が、ちゃんと守ってあげる!!

 彼はそう言って私の上半身へと両手を回し、背中越しに抱き締めてきたのだった。


「えっ!?いや、その…」

 狼狽する私。なぜこんな展開になったのか、と。こんなつもりじゃなかった、と。弟による想定外の抱擁に動揺する。

――違うの。そんなんじゃなくて、お姉ちゃんはその…。

 今さら、本当のことなんて言えない。『おもらし』という行為自体に高揚を抱き、興奮を感じると共に私の中で好色が芽生え始めているなんて言えるはずもなかった。

 彼の体は小刻みに震えていた。あたかも己の不安な気持ちを吐き出すかのように。不安定な関係を繋ぎ止めようとするように。姉のことを引き留めようとするように。ぎこちないながらも精一杯に抱き締めていた。

「ありがとう、純君。でも、ちょっとだけ痛い…」

 私は苦笑気味にそう言った。すると彼はようやく抱擁を解いてくれた。そして…。


「僕が、お姉ちゃんを『慰めて』あげる!」

 立場を逆転したように言って、彼は再びその場にしゃがみ込む。その動作だけで、彼がこれから何をしようとしているのかを悟った。だけど不思議と抵抗はなかった。

――ムギュ…。

 純君は私のお尻にしがみつく。ショーツを穿いていない、「ノーパン」の生尻に。

――チュ…。

 純君は私のお尻にキスをする。柔らかく冷たい唇の感触。少しだけくすぐったい。

――ンチュ。ムチュ。ブチュ。

 純君は何度も何度も口づける。お尻の頬っぺたにそっと唇を這わせるかのように。やがて彼の口唇が温かく濡れる。

――ベロン。ペロペロ…。

 純君は舌を出して舐め始める。恥ずかしいような、照れ臭いような、そんな感覚。そうして彼が当然の如く、お尻の割れ目にも舌を這わせようとしてきたところで…。


「ダメ…。そんなとこ、汚いよ…」

 私は言う。不浄の恥穴を両手で覆い隠すことで、恥辱の継続に対する拒絶を示す。

「平気だよ」

 純君は言う。一体何が平気なのかも不明なまま、私の腕を掴んで優しく振り解く。

 尻肉を押し広げて、隠されていた尻穴に彼の舌先が触れる。電撃のような刺激に、ついつい卑猥な悲鳴が込み上げそうになるのを必死で堪えた。

 純君は丹念に肛門と付近を舐め回す。汚染されているかもしれない、その部分を。

――たぶん、大丈夫。

『うんち』は付いてないはずだ。それは数時間前の彼との情事からも明らかだった。それにしても、まさか一日に二度も男性にお尻の穴を舐められることになろうとは。しかもその内一人は弟という、異常な状況。正常な姉弟の関係性からは程遠い行為。


 純君から与えられる快感に身を委ねている。彼は私の腰をがっしりと掴んだまま、一心不乱に私の肛門を舐め続けている。まるでそれが彼の大好物であるかのように。

 必然的に私の肉体にある変化が訪れる。敏感な部分を舌で刺激されたことにより、またしても催してしまう。

「純君。ちょっと、ストップ…!!」

 彼の頭を手で押しのけようとする。その抵抗に、追体験のような既視感を覚えた。

――これじゃ、○○さんの時と…。

 羞恥の再来。私の大腸が秘めたる欲求を解放しようとしている。

――ダメ!!それ以上したら…。

 既知の危機を悟ったものの、やっぱり手遅れだった。次の瞬間。


――ブホォォォ!!!

 豪快な轟音を立てて、高圧力の温風が生み出される。肛門の咆哮。汚らしい擬音。

 またしても、やってしまった。今度は純君の目の前で『おなら』をしてしまった。お尻を刺激されたことへの反撃。条件反射的に、私の習性となりつつある『放屁』。

 私のすぐ後方にいた彼は『モロ屁』を浴びてしまう。きっととんでもない臭気に、意識さえも持っていかれそうになっていることだろう。予期せぬ驚天動地の攻撃に、理解すらも追いついていないことだろう。

「本当にごめん!!お姉ちゃん、その…」

 私はどう謝罪していいのかも分からなかった。純君は私を慰めてくれると言った。それが勘違いによるものだったとしても、その気持ちだけは本気であるらしかった。ただ少し方法を間違っている気もしたが、それでも甘んじて受け入れようと思った。

 だがそんな彼の厚意に対して私がした仕打ちは、あまりにあんまりなものだった。


「お姉ちゃんでも、やっぱり『おなら』はクサいんだね」

 純君は言った。アクシデントではなく、あくまでもハプニング。まるでちょっとしたサプライズであるかのように。

――やめて!!そんなこと言わないで…。

 弟に『おなら』を嗅がれて、凄く恥ずかしかった。その上感想を述べられるなど、顔から火が出そうだった。

 それでも。私は恥辱にまみれながらも、なぜか真逆の正の感情を抱き始めていた。それは加虐心ともいうべき、征服感にも似たものだった。


「純君、お姉ちゃんの『おなら』もっと嗅ぎたい?」

 私の口から予想外の言葉が飛び出す。

「えっ?うん…」

 純君は戸惑いながらも、そう答える。

「じゃあ、もう『一発』いくよ?」

 私は発射を警告する。お腹に力を込める。純君は再び顔を近づける。そして…。


――プスゥ~、ブピ!!!

 二度目の『放屁』。間延びした音と共に放たれた二撃目。今度は私自らの意思で、弟の顔面めがけて解き放つ。

――ゲホ、ゲホ…!!

 純君は激しくむせた。それでも彼は咳払いをした後、大きく息を吸い込んでから。

「お姉ちゃんの『おなら』食べちゃった」

 さも愉快そうに言う。最近、私の界隈ではその行為が流行りつつあるのだろうか。まるで流行語がぴたりと状況にハマったみたく、純君もまた彼と同じことを言った。私自身の羞恥の塊を「食べちゃった」と。

「もう!純君のヘンタイ!!」

 私は純君を罵倒する。だけどその言葉は本音でありながらも、本心ではなかった。ネガティブな言動とは裏腹に、ポジティブな感情が沸き上がってくるのが分かった。


「ねぇ、純君」

 姉にあるまじき、甘ったるい声で彼を誘う。

「お姉ちゃんの『ここ』も舐めて」

 脚を広げて、アソコを突き出す。ついに純潔の穴さえも純君に差し出してしまう。

「いいの…?」

 彼は訊いてくる。無理もないだろう、これまで頑なに棚上げしてきた場所なのだ。

 それでも。彼に「おあずけ」したことで、私の方が「おあずけ」を喰らっていた。まさしく「策士策に溺れる」というやつだ。

 私自身もう限界だった。火照りを鎮めないことには、今宵は眠れそうになかった。理性のタガがまた一つ、カチッと音を立てて外れるのが分かった。

――舐めてもらうだけ、それだけ…。

 言い訳しつつ、また一歩、譲歩する。あくまで挿入さえしなければ構わない、と。もはや私の倫理と論理は綻び、とっくに崩壊を始めていた。


――続く――

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おかず味噌 2020/06/17 20:59

クソクエ 女戦士編「野外排泄 ~彼女の長い一日~」

――ズバン!!!

 凄まじく、小気味の良い斬撃の音色が草原に響き渡り、正面の「獣人型モンスター」を「一刀」で切り伏せる。
「成人男性」と比較しても、かなり大柄な体躯をした怪物は、

――グォォオ!!!

 と。「断末魔」とさえ呼べない醜い声を上げて、「両断」された。
 まさに「圧巻の一撃」。だが、その余韻に浸っている暇はない。蛮族の血で汚れた剣を軽く振って、すぐさま「次の敵」に備える――。

「脱色」された癖のある「長い髪」。「意志の強さ」が込められたような、鋭く切れ長の「双眸」。まるで「彫刻」の如く、目鼻立ちのくっきりとした「相貌」。
「剣」を振るたびに「躍動」する、鍛え上げられた全身の「筋肉」。その「自前の鎧」に覆われながらも尚、「主張」する女性としての「特徴」。「たわわ」に実った「双丘」、「豊満」な「瓢箪島」。それらを誇示するように、自らを鼓舞するように。あるいは単に「機動性」に特化したが故の「出で立ち」。
「額」と「肩」――、「戦闘」において「弱点」となり得る箇所だけを最低限に守り、「胸部」と「下腹部」――、女性にとって時に「武器」となり得る箇所だけを、最小限に隠した「防具」。名称としては「ビキニアーマー」に分類される、「扇情的」でやたらと「露出度の高い」その装備は――、彼女の「攻撃的」な「戦闘スタイル」を表し、自らの「剣の腕」に対する「自負」を謳ったものであった。

「ヒルダさん、後ろ!!」

 その「名」で呼ばれた彼女は、とっさに振り返る。だが、やはり「撃破」のもたらした一瞬の「油断」のためか、あるいはその名を呼んだのが「彼」であったせいか、彼女の「反応」がほんのわずかだけ遅れる。その「ほんのわずか」が、戦闘においてはしばしば致命的な「空白」となる。
 ヒルダの「左肩」に、「重い一撃」が加えられる。剣と呼ぶにはあまりに無骨で醜悪な蛮族の武器は、「斬る」というより「叩く」といった用途の方が相応しいだろう。彼女の斬撃の「流麗さ」に比べるべくもなく。けれど力任せに振り下ろされたその「攻撃」は、あくまで「打撃」としては「一級品」だった。

「チッ…!マズったか」

 ヒルダは「舌打ち」した。常人であれば、あるいは「激痛」によって「意識」を遠のかせられたとしても、何ら不思議ではない。だが彼女にとっては、その「攻撃」自体よりも「攻撃を受けてしまった自分」の方が、精神的な「ダメージ」となった。たとえ「一撃」であろうとも「反撃」を許した未熟な自分を、彼女の「プライド」は許せなかった。

 すぐに「体勢」を立て直す。痛みに怯んでいる場合ではない。もうこれ以上、彼の前で「醜態」をさらしてなるものか、と。「挽回」と「返上」を込めて、踏み込みながら剣を横に薙いだ。
 完璧な「踏み込み」だった。だがしかし、一見して「知性」の欠片も感じさせない蛮族はここで、持ち前の「戦闘スキル」を発揮した。「生存本能」、「野性的勘」と呼ぶべきものかもしれない。蛮族は斬撃の刹那、一歩身を引いたのだった。
 もちろんそれだけで斬撃の全てを躱されるほど、彼女の剣は甘くも浅くもない。当然の如く、蛮族の硬い皮膚に「一閃」が走った。汚い血しぶきが上げられる。だが、あいにく「トドメ」には至らなかった。そのことがさらに彼女のプライドに傷を付け、その精神に火を点ける。
 ヒルダはさらに「一歩」。二歩、三歩、踏み込んだ。自らの失態、その「尻ぬぐい」をするように――。

 突然、蛮族の全身が「炎」に包まれる。
「火のない所に煙は立たぬ」ならぬ「煙のない所に『火の手』が上がる」。彼女の気迫が起こしたものではない。それは紛れもなく「魔法」によるものだった。
 ヒルダは振り返る。背後の敵ではなく「味方」のいるであろう方向を――。そこには、安堵したように笑う「勇者」の姿があった。


 そこからさらに、三体の同種族モンスターを倒し、今度こそ本当の「勝利」が訪れる。
 美しい草原の風景に散らばった醜いモンスターの死体から、「戦利品」ともいうべき「物資」と「魔石」を剥ぎ取る。これらを「加工」し、あるいは「換金」することで、彼らはそれを旅の「資金」へと替え、自らをさらに高めるための「装備」へと化す。

「――ったく、ロクなもん持ってねえな!」
「戦闘後」の「ルーチンワーク」をこなしながら、ヒルダは毒づく。今回の「戦利品」の内容は、あまり労力に見合ったものではなかったらしい。苛立ち混じりに、八つ当たりするように、モンスターの「亡骸」を足で蹴る。だが彼女が苛立っているのはその「徒労」にではなく、やはりこの程度の戦闘に徒労を感じてしまった自分自身に対してだった。

――この程度のモンスター、アタシ「一人」でだって…。

 彼女は思う。それは決して「傲慢さ」によるものなどではなく、かつての彼女であればいかに「謙虚」に見積ったとしても、確かな事実であった。

「ヒルダさん、大丈夫?」

 彼女の身を案じて、一人の「人物」が駆け寄ってくる。

「少年」のように小柄な体。男性であるにも関わらず、その「背丈」は女性である彼女に遠く及ばず、「頭」数個分も低い。正面から相対したとき、ちょうど彼の「顔」の位置が彼女の「腰」の高さに相当する。
 彼女と同じく「剣」を扱う「職業」でありながら、その手足はまるで「小枝」のように細く、あるいは「少女」を思わせる「華奢さ」を醸している。
 だが、その背に負った「しるし」はまさしく「選ばれし者」の「証」であり、彼の矮躯に不釣り合いな、およそ自身の「身の丈」とも等しいその「大剣」は、あるいは彼自らが「背負い込む」と誓った「使命」の大きさを比喩しているようだった。
 一見して「童子」のように思える、実際「年頃」としても「童」である彼こそが、この「パーティ」の「リーダー」であり、「魔王打倒」の「切り札」でもある、紛れもない「勇者」なのであった。

 彼は、本当ならば「戦闘後」すぐにでも彼女の元へ駆け寄りたかったのだが――。彼女のただならぬ「気配」と冷めやらぬ「殺気」を感じ取って、何となく近づき難さを抱いていた。それでもやはり「仲間」への「心配」を抑えることができず、今こうして遅ればせながら彼は駆け寄ってきたのだった。

「平気さ、これくらいのキズ!」

 彼女は答える。「何でもないさ」と気丈に振舞ってみせる。だが、それは「はったり」だった。いくら「重症」でないとはいえ、とても「軽傷」と呼べるものではない。気を張っていた「戦闘中」はそうでもなかったが、気の緩んだ「戦闘後」になって、徐々にその「傷」が痛みだしてきた。「ズキズキ」と鈍い痛みを、肩に感じ始めている。

「アルテナさ~ん、お願いします」

 彼は呼ぶ「忌むべき名」を。「もう一人」の「パーティ」である「仲間」の名を――。自分とは「正反対」の属性を持つ、「彼女」の名を――。

「はいはい、そんな大声で呼ばずともワタクシは『あなた様』のすぐ傍にいますよ」

 まさしく、彼のすぐ「傍ら」から姿を見せたのは――、「僧侶」のアルテナだった。

「染色」された、まっすぐな長い髪。温厚さを、あるいは「慈悲深さ」さえも思わせる、垂れ下がった「眉尻」。「気品」を感じさせる、穏やかな表情。
「武器」を振り回すには決して似合わない、細い腕。その手に握られているのは「殺し」の「道具」などではなく、「救い」の「祭具」。「剣」ではなく「杖」。
「身」も「心」も、まさしく「神」に捧げたものであるらしく、その「肌」を不必要に「人前」に晒したりはしない。その全身は「濃紺の布」で隠されている。
 それでも。なだらかな「法衣」の上からでも隠し切れない、女性的な「起伏」。全身を覆っている、だからこそ余計に「主張」される、その「布」の奥にあるもの。それこそが男性を「迷える子羊」にさせるとも知らずに、あくまで気づかないというフリをして。

 同じ「種族」。同じ「性別」。だが、どこか違う。彼女にあって、自分にはないもの。似通った「凹凸」を持ちながらも、その魅力はまさに「正反対だ。自分のそれが「強さ」だとすると、あるいは彼女のそれは「弱さ」。「庇護欲」を駆り立てる「か弱さ」。世の男性が異性に求める、身勝手な「印象」。「剣士」である自分が最も疎むべき、それこそが「女性らしさ」と呼べるものだった。
「自分」と「彼女」。そのどちらに多くの男性が「夢見る」かは知っている。「淑女」と「筋肉女」。果たしてそのどちらを自らの「傍ら」に侍らせ、生涯の「伴侶」として選ぶのか、その答えは分かりきっている。そして、あるいは「彼」としても――。

――はぁ~。

 彼に呼ばれたアルテナは、ヒルダの負ったその「傷」を見て、呆れ果てたというように長い「溜息」をついた。

「後先考えず獣のように突っ走るのは、いい加減お止めになってはいかがでしょうか?」

 優しげな声音。あくまで穏やかな口調。諭すように、まるで稚児に言い聞かせるように彼女は言った。

――チッ…!

 またしても、ヒルダは「舌打ち」をした。だが今度のそれは自分にではなく、まさしく相手に向けられたものであった。

「どっかの『足手まとい様』が、戦いもせずに『後ろ』でコソコソやっているからさ!」

 最大限の「皮肉」を込めて、ヒルダは言い返す。

「あら。ワタクシの『役割』は、あくまで『回復』と『サポート』ですよ?」

 悪びれる様子もなく、アルテナは答える。

「もちろんそれも、『神命』あってのものですが――」

 そう言ってアルテナは、ごく自然な仕草で「勇者」に擦り寄った。自らの腕を絡ませ、彼の腕に豊かな「膨らみ」を押し当てる。
 彼女にとっての「神」はどうやら、随分と「身近」にいるらしい。「従者」の心構えとしては、あるいは正しいのだろう。だが、彼女のあまりの「俗物ぶり」に嫌気が差した。

「アンタはせいぜいその有難い『神様』とやらの、言いなりにでもなっているがいいさ」

 吐き捨てるように、ヒルダは言う。それもまた「俗的」な発言に違いなかった。

「我らが『神』を冒涜なさるおつもりですか?」
「だとしたら、ワタクシとしても心穏やかではいられませんよ?」

 声を荒げるでもなく、あくまで平静な口調でアルテナは言う。

「『ボウトク』なんてしちゃいないさ!」
「ただ、アンタのその『シンジン』とやらが如何なもんかって言ってるだけさ!」

 別にヒルダとしても、「神」を貶めるつもりなどは毛頭なかった。熱心に「信心」こそしないものの、決して蔑ろにする気はなかった。ただ問うただけだ。売り言葉に買い言葉で、口をついてその文句が出てきただけだ。

「今度はワタクシの『信仰心』までも。一体アナタはどれだけ――」

 さすがのアルテナも、いよいよ「心穏やか」ではいられなくなってきたらしい。言葉に「感情」が込められる。ヒルダとしては望むところだった。彼女の「反論」を想定して、自らも「反撃」の「刃」を備える。だが――。

「もう~、二人とも!喧嘩はダメ!!」

 畏れ多く、何人も近寄りがたい「龍虎の戦い」に割って入ったのは、やはり「勇者」の名を冠する者だけだった。無謀にも、彼はその「争い」に身を投じるわけでもなく、ただ「諍い」の無為さを説く。「怒る」のではなく「叱る」ことで、その場を収めようとする。まるで「大人」であるかのように。自らが「子供」であるにも関わらず。
 少なからずの不満を抱えながらも、二人は留まるしかなかった。まさに「鶴の一声」。だがその声はどちらかといえば、「小鳥の囀り」にも似ていた。それでも両者は互いに、振りかざし掛けた「拳」と「言葉」を渋々ながらも静かに下ろすのだった。

「勇者」であるという彼の「身分」がそうさせたわけではない。「リーダー」の「命令」だから、というのとも違う。たとえそんな「地位」などなくとも、彼女たちはあくまで表向きは素直に従っただろう。それは彼女たちと彼との「関係性」が、彼女たちが彼に抱く「密かな想い」がそうさせるのだった。

 何となく「気まずさ」のようなものをヒルダは感じた。「子供」が叱られたときに抱く感情だった。そして「大人」であるからこそ余計に、その感情はより強く彼女の中で発露するのだった。彼女は立ち上がろうとする。

「どちらに行かれるのですか?」

 アルテナが声を掛ける。「不戦勝」の気配を感じ取ったような余裕の表情で。

「別に…。なんでもねえよ!」

 苛立ち混じりにヒルダは答える。だがそれは「答え」になっていなかった。
「敵前逃亡」。自らに課したその「禁忌」を、自ら破ることに躊躇いを覚える。だが、「戦い」を禁じられたとすれば致し方ない。あとは従う他ないが、彼女の「矜持」はそれを許さなかった。であれば、あとに残る道は「逃げ道」だけだった。
 だが、わずかに残されたその道さえも彼女は閉ざされる。やはり、他ならぬ彼によって――。

「ダメだよ。ちゃんと『回復』してもらわないと」

「勇者」はヒルダの腕を掴んだ。か細い腕。その気になればいくらでも振り払えそうな、非力な握力。だが、そこに彼の真剣な「眼差し」が加わることで、まさに「真剣」を向けられたかの如く、その場から身動きできなくなった。
 いや、それが真なる「剣」であれば、いかに強者や達人のものであったとしても、彼女は臆することなく「太刀向かう」ことができていただろう。けれど、たとえ虫を殺すことさえできない、殺気の籠らない「刃のない剣」であろうとも、相手が彼であるとしたら、もはや彼女に「太刀打ち」はできなかった。

 彼に「触れられた」腕が、「熱」を帯びる。頭の中が、胸の奥が「じん」と疼く。股間が、その部分にあてがわられた「下穿き」の中が「じゅん」と湿る。
「切ない」ような、どこか「懐かしさ」さえ覚える、その感触――。
 ヒルダが「戦士」として、初めて臨んだ「戦闘」。「敵」に対する「恐怖」から、意図せず「尿道を緩ませた」ことによる「失禁」。「下穿き」の中が「水流」に満たされ、やがて大地を穿つ。後に残された「羞恥」すべき「染み」。それとは違う。
 やがて「戦士」として、いくつもの「戦闘」を経たのち。「強敵」との邂逅によって、自らを昂らせたことによる「興奮」。それにも似ているが、やはりそれとも違う。
 もっと「熱く」、あるいは「優しい」感触に。彼女は思わず一瞬、戦士であるという、自らの存在理由すらも忘却していた。
 
「アンタがそこまで言うなら…」

 ヒルダは立つのを止めて、その場に留まった。「しょうがない」というように、彼の「指示」を聞き入れ、あくまで「お願い」として受け入れることにした。
 ヒルダは負傷した肩の「防具」を外し、「患部」を晒した。自らの「弱点」であるその部分を、「味方」である彼女に見せた。
 アルテナは、ようやく「自分の出番だ」というように――。やはり、彼女にとっての「存在理由」である「杖」を握り直し、その先端をヒルダに向けてかざした。

「汝、『救い』を求めなさい。たとえそれが『艱難辛苦』の茨の道であろうとも、その『歩み』を終えることなく、ただひたすらに『願い』続けなさい――」

 アルテナは「詠唱」を始める。やがて「杖」の先が「光」を帯び始める。「神秘的」で、ある種の「荘厳さ」を思わせる、紛れもない「魔法」の色。そして――。

――ヒーリング!!

 杖の先が、彼女の体が、淡く照らされる。周囲が、優しい色に包まれる。
 すると。まるで「奇跡」が「伝播」したように。まさしく「魔力」が「伝染」したかの如く。ヒルダの「傷」が少しずつ癒えてゆく。徐々に「傷口」が塞がり、やがて消えゆくことで、それと共に「痛み」さえも和らいでゆく。
「回復魔法」。選ばれた「職業」の者にしか扱えない、それはまさに「奇跡」とも呼べる代物だった。

 やがて。ヒルダの「肩」を覆った、「杖」からもたらせられたその「光」が、失われてゆく。それはアルテナが自らの「役目」を果たし、「使命」を終えたことを意味する。

「はい。終わりましたよ」

 アルテナはまるで「聖母」のように微笑んだ。決して認めたくはないが、今この瞬間に限っては、紛れもなく彼女は「ひれ伏すべき存在」であった。

「すまない…ね」

 ヒルダはあくまで「謝意」ではなく、「謝罪」をもって「礼」に代えた。それでも彼女なりの精一杯の「譲歩」だった。
 これにて「一件落着」。真の意味で、戦闘を終えたこととなる。
 だが。ヒルダにとってはもう一つ、済まさなければならない使命が残されていた――。

「魔法」とは、まるで「万能の能力」であるように思われるけれど。それが「人の手」によってもたらせられる以上、どうしたって「完全な奇跡」とはいかない。その「強大」な力を得るため、「鍛錬」と呼ぶべき「修行」が必要なことは言うまでもないが。それを「行使」する上で――、「術者」において「魔力の消費」はもちろんだが、それだけではなく。「行使された側」、つまり「奇跡を与えられた側」においてもやはりその「代償」は付きものであり、それを避けることはできないのだ。

 ヒルダは「下腹部」に、鈍い「違和感」を覚えていた。「回復」とは、魔法によって「のみ」与えられるものではなく、本来人体にも当たり前に備わっている「機能」だ。「魔法」を使わずとも、適切な処置(「消毒」や「固定」)をして、そのまま「安静」にしていれば、いつかは「回復」するものだ。
 つまり。「回復魔法」のもたらす「効果」というのは、いわばその本来人体に備わっている機能を「活性化」させ、「促進」し、それを「加速」させることに他ならない。
 換言するならば、「新陳代謝」の「活性化」。だからこそ、そこにはどうしたってある「副作用」が付きまとうことになる。
 とはいえ、やはりそこは「魔法」であり、全ての「代償」を「当人」が受けるわけではない。術者の「魔力」も当然「消費」する。いわば痛み分けに等しい。
 即座に「消化」が促されるわけではなく、「老い」を早めることにもならない。わずかに「髪」や「爪」が伸びるとも言われるらしいが、その「変化」は微々たるものだ。
 それでも。やはり「きっかけ」くらいにはなり得る。自らの「体」に現れる「兆候」に、気づくだけの「理由」にはなる――。

 ヒルダは再び、その場から立ち上がった。二人は怪訝そうな顔をする。だが、彼女が「役目」を果たしたように――、自分もまた暫定的な「義務」は終えたのだ。あとは好きにさせてもらうことにする。
 ヒルダはその場から立ち去ろうとした。颯爽と、彼女本来の「クールさ」を取り戻すようにして。自らの「目的」を告げることなく。「弱み」を見せることなく。だが――。

「どこ行くの?」

 無情にも声が掛けられる。彼女の背中に彼は呼び掛ける。ヒルダは立ちどまった。苛立ち混じりに、彼の察しない言動を咎めるように。彼女は振り返った。そして、意を決して口を開く。

「『便所』だよ!!」

 彼に報せたくなかった言葉を、知られたくなかった「生理現象」を告白する。それは、ある種の「開き直り」だった。

「『ついて来る』ってなら、別に構わないけどさ」

 そう言って、ヒルダは「挑発的」に口元を歪める。試すように彼の「羞恥」を煽ることで、自らの「羞恥」を覆い隠す。
 彼女のその「挑発」に、彼が応じることはなかった。「パクパク」と不器用にも口を「開閉」しただけだった。その「反応」は彼女にとって、少なからず「予想通り」のものだった。アルテナが露骨に、嫌そうな顔をする。

「まったく。何と、『下品』な…」

 嘆くように、軽蔑を込めて彼女は言う。だがその「蔑み」も、ヒルダにとってはむしろ心地良いものであった。これにて「意趣返し」は成った、とあくまで間接的にではあるが「卑怯な勝利」がもたらせられた。
 もはや、ヒルダを止める者はいなかった。彼女は悠々とその場から歩き去り、拓けた「草原」の隅の、拓けていない「草影」を探した。自らの「使命」を果たすために。「用」を足すために――。

「パーティ」から離れること、しばらく――。ようやく、丁度いい「場所」が見つかる。それなりに背の高い「茂み」。身を隠し「用」を済ませるには、うってつけだった。

――よしっ!ここなら…。

「仲間たち」の居る場所から充分に「距離」もある。故に「音」を聞かれる心配はなく、「臭い」だって届きはしないだろう。
「旅をする者」にとって「野外排泄」は付きものだ。それはどうしたって仕方のないことなのだ。だがそれでも、彼女にも「羞恥心」というものはある。さすがにその「行為」を「観察」されることはもちろん、たとえ「間接的」であってもその気配を「観測」されることは憚られた。
 だが、ここまで来ればその心配もない。存分に、「事」に臨むことができる――。

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おかず味噌 2020/05/26 15:11

いじめお漏らし 復讐編

(「予讐編」はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/266388


「お前、『何様』」のつもりだよ?」
 真紀は問う。あるいは噂に聞いただけの「元ヤン」の彼女の当時の「口調」が蘇ったようだった。
 京子は思い出す――。決して「逆らえる存在」ではなく、「スクールカースト」においても特殊な「地位」を与えられ、特別の「権限」を与えられながらも、それでも断じて彼女に「危害」を加える存在ではなかった者たちのことを――。
 今思えば――、それは「非行」に走る彼ら彼女たちの中に唯一残った「矜持」であり、たとえ「行為」としては外れようとも「人」としての「道」だけは踏み外すまいとする、その者たちの最低限の「ルール」らしかった。(とはいえ、カーストの「最下位」に位置し、自らの「矜持」と「ルール」さえ全うすることのできない京子にとって、彼女たちのその「感覚」はとても理解できるものではなかった)
 だが、その「なぜか自分に対しては『無害』な存在」であるはずの「彼女」が。今では――、この状況においては――、まさに「率先」して自分のことを「貶めよう」としている。「『弱い者いじめ』を嫌う」と言っておきながら――もちろんその「宣言」を「実行」できる者が少ないことは知っている――やはり、「強者」としての立場を存分に発揮している。その事実に、京子の「理解」と「倫理」は追いつかなかった。
 京子は「返答」することができなかった。いや、真紀のそれは便宜上「問い掛け」の形を取っているというだけで、もはや彼女は「返事」なんて求めていなかった。それはただの「決意表明」であり、「犯行声明」に過ぎなかった。これから、京子に「危害」を加えることの――。

「絵美」
 真紀は「号令」を掛けた。小さく短く。けれど決して「逆らえない」ような、低い声色で。それまで「硬直」していた絵美は、「指示」を与えられることでようやく自らの「役目」を認識する。慌てて京子の腕を掴み直した。
 綾子の方は――、まだ動ける状態ではなかった。すでに自分と京子との「格付け」は済んでいる。いかに「虎の威」を借ろうと、「狐」のように俊敏に動くことはできない。いまだにその場に立ち尽くしたままだ。だが、たとえ「一人」欠けようとも――、そんなことは真紀には何の問題でもなかった。
「離しなさい!離してよ!!」
 京子は最後の「抵抗」を試みる。絵美の腕を振りほどき、引き離そうとする。最初は「命令口調」で、次には「懇願」へと変わる。それでもまだ彼女の中に微、「反抗」の意思は微かに残っていた。だがそれも、やがて――。

――バチン!!

「渇いた音」が響きわたる。京子は一瞬、何が起きたのか分からなかった。頬に「衝撃」が走る。「ビリビリ」と痺れたような感触は、「ヒリヒリ」とした痛みに変わる。
 真紀に「ビンタ」をされたのだと、京子は気づいた。だがやはり――、彼女には理解が追いつかなかった。
――どうして…!?
 その疑問は「行為」に対するものというより、その「動機」。どうして、「部下」であり「後輩」であり「年下」であるはずの彼女が、「上司」であり「先輩」であり「年上」であるはずの自分に対して、そんなことができたのかという疑問だ。
 その行為は、京子の「前提」を「根底」から覆すものだった。
「『上下関係』は絶対」「『暴力』反対」という、人間社会における当たり前の「ルール」が通用しない状況――。
 いかに「強引」な方法であろうと、「力づく」でも京子を従わせようとする、明確な「敵意」。それが「物理手段」として、彼女の眼前に現れたのだ。
 その「一撃」によって、京子は完全に「反逆の意思」を失ってしまった。あとはただ「服従」するのみだった――。

「こっちが『下手』に出ているからって、いい気になりやがって――」
 真紀の口から吐かれた言葉に、すでに「立場」なんてものは無関係だった。
「お前のそういう『態度』には、いつもウンザリさせられてたんだよ!」
 続く言葉は、不満の吐露。爆発――。
「今まで、『先輩』だから?まあ勘弁してあげてたけど――」
 さすがの私も今回ばかりは「プチン」ときたかも。そう言って真紀は、チラと綾子の方を窺った。未だに「硬直」が解けることのない彼女の方を。
「そんな『弱いものいじめ』ばっかして楽しいわけ?」
 真紀は問う。綾子を「代弁」するように。「弱いものいじめ」、彼女は言った。「三対一」、こんなにも「寄ってたかって」おきながら、あくまで自分が「正義の側」だと主張する。京子は「五人組」の「正義のヒーロー」を思い出した。「敵側」はいつだって「一人」だ。
「しかも、あんな『嫌がらせ』をするなんて――」
 最低。真紀は断言した。心底「軽蔑」したような視線を、京子に向ける。
「お前のせいで、綾子は…」
 やや真紀の口調が弱まる。声が抑え気味になる。その先を言うことは「憚られる」というように。
「人前で…『する』のがどんだけ恥ずかしくて、情けないか…」
 お前だって、分かるでしょ!?最後の部分ははっきりと、真紀は言った。綾子が何を「する」のか、何を「してしまった」のか、何の「こと」を言っているのか、さすがに京子にも分かった。「お漏らし」だ。確かにその気持ちは彼女にも十分理解できる。現に彼女自身もその「羞恥」から逃れたいがために、これまで抵抗してきたのだ。
「だから私は――私たちは、お前も『同じ目に遭わせてやる』って決めたの」
 くしくも、その感情はやはり、京子にも十分に理解できるものだった。
「しかも、お前がするのは――もっと『恥ずかしい』方」
 真紀は少し愉しそうに言う。
「絶対人に見られたくない、ましてや『後輩』」の前でなんて耐えられない」
「大」の方だよ。真紀は言い放った。その表情の中に、京子は彼女の本来持つ「性質」を確かに読み取った。圧倒的な「加虐者」としての顔を――。

「てか、もうそろそろ『限界』なんだろ?」
 真紀は訊ねる。試すように、京子の「具合」を測るように。やはりとても愉快そうに。
「とっとと出せばいいじゃん。この『糞お漏らし女』」
 今度ばかりは、より「直接的」な表現を用いる。まだ訪れていない「未来」を断言してみせる。けれど、このままいけばきっと――。それは「未定」ではなく「確定」だった。
――本当にヤバいかもしれない…。
 京子が自らの「結末」を悟ったのとほぼ同時、次の瞬間――。

――ゴゴゴゴ…!!!

 三度、京子の腹が「振動」する。それはもはや「予兆」などではない。とても乗り越えられないような「大波」が、再び彼女の前に迫る。
 京子は拘束されていない方の手で腹を押さえ「前屈み」になる。必然、京子の「尻」が突き出される格好になる。「排便」に備えるように。だが、まだ出すわけにはいかない。
 京子のタイトスカートの「巨尻」が「強調」される。それは決して「安産型」などではなく、二十代の頃の「不摂生」と三十代の「不始末」が祟った「だらしない尻」だった。ただでさえキツいスカートが、その「体勢」によってさらに「パツパツ」に張る。「出口」を求めて、「解放」されたがっている。
 そんな京子の「無様な姿」を見て取って、真紀はゆっくりと「後ろ」に回り込む。より彼女の「惨めさ」を観察できるよう「特等席」へと移動を開始する。
 真紀は京子の背後に立った。
「かわいそうに。そんなに出したいんだ~」
 心にもない言葉を口にする。
「じゃあ、手伝ってやるよ!!」
 何を思ったか、真紀は京子の「腰」に手を掛ける。京子の体が「びくん」と反応する。そして――。

 真紀は一気に京子の「スカート」をずり下ろした――。

 とはいえ、それはあくまで「京子側」における錯覚にすぎず。実際は彼女の「デカすぎる尻」に引っ掛かってそう簡単には「脱がせられない」のを、真紀が強引に力づくで「脱がした」のだった。
 足元に、京子の「スカート」が落ちる。あるいは「個室内」であれば当然とも思えるその行動も、「人前」でしかも「誰かによって」脱がされたものとなれば話は違う。
 京子はスカートを脱いだ――脱がされた。たとえ「自発的」であろうとなかろうと、「能動的」だろうと「受動的」だろうと、「結果」は変わらない。彼女は「強○的」にその「格好」にされる。
 そのことで当然――、京子の「スカートの中」は「剥き出し」になる。「ストッキング」を穿いているとはいえ――、その薄い「布越し」でもはっきりと分かる彼女の「ショーツ」が――。
 それを「見た」瞬間――、真紀は「呆れた」ような「渇いた」笑いを漏らした。「失笑」と呼べるものである。自分でそうしておきながら、あまりに「身勝手」にも思えるが、それは仕方のないことだった。
「てか、そんなの履いてたんだ~」
 真紀は言う。「意外」とでも言うように。だがそれは確かに「意外性」を含み、「ギャップ」ともいうべき「色」だった。

 京子は「真っ赤」な下着を穿いていた――。

「レース生地」の「セクシー」さを全面に押し出したような「原色」のショーツ。ただ「衣服を汚さないため」とか「隠すため」ではなく、あるいは「他の目的」をもって選ばれたような下着。
 それは「ショーツ」と言うような「ファッション性」を帯びたものではなく、「パンツ」と呼ぶような「機能性」を重視したものではなく、「パンティ」と言うべき「行為性」を前提としたものだった。
「お前さ~、いつもこんなの履いてんの?」
「呆れた」ような口調で真紀は言う。「長野の癖に」とでも言いたげだった。
「うわっ!!何これ~」
 真紀に続いて、それを確認した絵美が言う。
「めっちゃ『期待』してんじゃん?」
 絵美は、その下着を京子が穿いている「意図」を勝手に推察する。「男に見せるため」という彼女自身もそうである「理由」を、等しく京子にも当て嵌め、やはり「長野なんかが」と見下す。
 だが、京子にとってこの下着を穿いているその「真意」は違っていた。彼女は主に「勿体ないから」という理由でこの下着を着用していた。決して「そういう展開」を期待していたわけでも、自分が「そうなる」ことを望んでいたわけでもない。
 確かに、この下着を買った「当時」を思い返せば――、いくらかそういう「淡い期待」を抱いていなかったわけでもない。だが結局、幸か不幸か「その機会」が得られることはなかった。
 京子はこの下着を――、「まだ見ぬいつかの男性」のために、それに備えるために買ったのだ。決して安い買い物ではなかった。それなりに「ハイブランド」の下着というのは、やはり「それなりの」値段がするものだった。
 たとえ「活躍の場」が与えられずとも、だからといって「そのまま捨てる」のは大いに気が引けたし、かといって「タンスの肥やし」にしておくにはあまりに「勿体ない」気もした。
 結局京子は、この「高い下着」を「普段使い」することにした。たとえ誰かに「見せる」機会は無かろうと――、それでもその「機能性」については十分「期待」ができる。
 京子は、長年この下着を「愛用」していた。何度も穿いては脱ぎ、その度に「洗って」を繰り返した。幾度となく、「拭き残し」や「チビり」によって「汚し」ながらも、やはり「洗う」ことで元通りにした。
 そうして十何年も「穿き続ける」ことで――、いつからか彼女はこの「パンティ」に、ある種の「愛着」のようなものを感じていた。だがそれは同時に、そのパンティを「摩耗」させることにも繋がっていた――。
「てか、何この下着?『バブリー』?」
 絵美は近年流行った「芸人」によってもたらせられた、決して「当時」は使われなかったであろうと「ワード」を口にする。もちろん、京子自身もその「時代」の人間ではない。だが、彼女の言わんとしていること、そこに含まれている「嘲り」は十分に理解できた。
――せいぜい好き勝手言うがいい。
 京子は思った。「羞恥」はすでに与えられているが、それでもまだそれは「小さな」ものだ。決して「大きな」ものではなく、「気づかれる」ことによるいわば「中くらい」のものでもない。彼女は「そのこと」に気づかれないよう願った――。

「てか、コイツの尻めっちゃ『震えて』んだけど?」
 真紀はさらなる「発見」をする。確かに京子の尻は「小刻み」に振動していた。内から湧き上がる「欲求」に耐えるために――。真紀はそれを見逃さなかった。
「必死に『頑張っちゃって』、『漏れそう』なんですよね?センパイ」
 絵美の「呼び名」を真似する。「皮肉的」に。「加虐心」を込めて。
「ていうかもう、ちょっと『漏らして』るんじゃないですか?」
 ここにきて、「敬語」を用いる。それがある種の「揺さぶり」になることを彼女は「本能的」に知っている。そして――。
「どれどれ――」
 そうして真紀は「予想外」の行動に出た――。
 震える京子の「腰」を掴み、彼女の「抵抗」を奪っておきながら――、何と真紀はあれほどまでに「嫌悪」する京子の「尻」に、

 顔を「うずめた」のだった――。

 京子の尻に、予期せぬ「感触」が訪れる。「柔らかい」ような、けれど「鼻筋」が当たることで「固く」、少し「痛い」ような感覚が現れる。
「な…にっ!す――」
 驚きのあまり、抗議の言葉を「最後」まで言うことができない。まさか真紀がそんな「行動」に出るなんて――、京子は「想定」すらしていなかった。
「理解」を求めるために、「意図」を知るために、絵美の方を見る。けれどそれは彼女にとっても「予想外」であるらしかった。むしろ彼女自身も「仲間」である真紀の「暴挙」に驚き、あるいは若干「引いている」みたいだった。
 容赦なく、真紀は京子の尻を「まさぐる」。「臀部」に「頭部」を押し付け、「両手」で「位置」を調整し、「割れ目」に「鼻」をこすりつける。「異物感」は「衝撃」となって真紀の「尻」を、その奥に「あるもの」を「刺激」し、「欲求」を呼び起こそうとする。
 真紀の「息遣い」がストッキング越しに、パンティ越しに伝わってくる。くすぐったいような、どこか「快感」さえ思わせるような「感触」。息が「吹きかけられ」、それから彼女は大きく息を「吸い込んだ」。そして――。

「クッサ!!!」

 真紀は「叫んだ」。同時に京子の尻から、顔が離れる。
 真紀は述べた。まるで「小学生」のような「感想」を。「配慮」のない「率直」な意見を。京子のその「部分」の「匂い」が、「香り」ではなく「臭い」であることを――。
 その声は京子の耳に届いた。彼女は「赤面」するしかなかった。それが自分に向けられた「罵声」であることを、受け止めるしかなかった。
 その声は絵美の耳にも聞こえた。彼女は「クスクス」と笑った。そうすることで「同調」し、「一緒」になって京子を「罵倒」する。よくある「いじめ」の「典型」だった。
 慌てて京子はいまだ自由である方の手――右手――で、自分の尻を隠し、押さえる。だが、それは「今さら」だった。すでに「嗅がれて」しまった後なのだ。「情報」はすでに「与えられて」しまった。京子を「からかい」、「蔑む」べき「材料」を「明け渡して」しまった。
「マジで、クサすぎ…」
 やや「冷静」になって、改めて真紀は言う。だが京子自身が冷静でいられるはずはなかった。
「てか、すでに『漏らして』んじゃないの~?」
 真紀は「疑惑」を口に出す。あたかも「客観的事実」であるかのように。
――そんなはずはない…。
 京子は「反論」する。そこには確かな「実感」があった。まだ――、今のところはまだ「出ていない」――はず。彼女は「排泄」のその感触を思い出し、まだそれが訪れていないことを確認する。それは「圧倒的事実」だ。だがやはり「自信のなさ」が、わずかに買ってしまう。だからこそ反論を「口に出す」ことができず、「心の中」に留めた。
――でも、もしかしたら…。
「弱気」なまま、「可能性」について考えてみる。「原因」があるとするならば、あの時――。

 綾子に「突き飛ばされて」、壁に手をついて何とか「バランス」を保った。まさに「危機一髪」だった。けれどその「反動」で京子は――。
「おなら」をしてしまったのだ。
 それは京子にとって「思わぬ」出来事だった。「不可抗力」だった。一瞬の、気の「緩み」。括約筋が「お留守」になってしまった。それによって肛門から放出された「ガス」。
 だがそれ自体は「一過性」のものであり、すでにその「汚れた気体」は霧散している――はず、すでに京子の尻から「消えて」いる――はず、だ。「ガス」とは情報の「集合体」でありながらも、決して視認できない「事実」に他ならない。
 問題はその瞬間――、「ガスではないもの」まで放出されたのではないか?という可能性だった。
 十分にあり得る「可能性」だった。なぜならその「行為」は、京子の「意思」から離れたものであり、「意識」の及ばないものだったのだから。まさに「アウト・オブ・コントロール」だったのだ。
 盛大な「破裂音」の中に、「湿った」ような音は紛れていなかっただろうか。「熱いガス」にまみれて、パンティの「濡れる」感触はなかっただろうか。京子には判らない。
 京子は今すぐ――たとえそれがもはや「手遅れ」であろうと――自分のパンティの「中身」を確かめたい、という衝動に襲われる。だがやがて、その「確認」は「外部」の者によってされることとなる。そこには、さらなる「羞恥」が待ち受けていた――。

「脱がして、『確かめて』みたら?」
 絵美は「提案」する。良い「アイデア」だというように。それは「悪魔の囁き」のようだった。だが、そこに「救い」なんてものはなかった。
「そうだね~。ちゃんと『出た』か、『オムツ』の中を調べてあげないと!」
 真紀はまたしても、次の「嘲り」を思いつく。京子をまるで「幼子」のように扱う。可愛がる。だが、そこに「慈愛」のようなものは一切感じられなかった。
「ほら、動かないの!『赤ちゃん』」
 京子は必死に抵抗する。「右手」で尻をかばう。「もうこれ以上は――」と自らの尊厳を死守する。
「絵美、押さえて」
 真紀は絵美に「指示」を与える。絵美は「返事」するでもなく、「首肯」するでもなく、「行動」によって了承を示す。「左手」のみならず、「右手」にも拘束が及ぶ。強引に尻から手を引きはがされ、それによって「無抵抗」な京子の尻が現れる。それでも尚、わずかに残った「防備」さえも奪い去られようとしている。
 真紀の手が再び、京子の「腰」に触れる。彼女は探っている。「肌」と「布」との「境界線」を。やがてそれを見つける。そして――。

 京子の「防備」が――「ストッキング」と「パンティ」が一緒になって、一気に下ろされる。
 京子の「たるんだ」腹と尻に引っ掛かり、それによって「抵抗」を感じながらも、彼女の「衣類」は剥ぎ取られた。ちょうど「臀部」と「陰部」を露わにしたところで、「太腿」の辺りでそれは留められる。
 京子の「尻」は、「衆人環視」に晒された。近年全く「日の目」を見なかった部分が、「日の下」に供された。
 京子は「覚悟」する。直後、どのような「直射日光」を浴びせられるのか、不安に怯えながらもただ「待機」しておくことしかできなかった。
 一秒、二秒――。京子は待った。できることなら今すぐ、衣類を戻すか手で覆い隠すかしたかったが、絵美に両手を拘束されているためそれは叶わなかった。
 五秒、六秒――。京子は「焦らされた」。あるいはこの「放置」もまた、彼女たちが自分に与える「羞恥」のレパートリーなのかもしれなかった。
 九秒、十秒――。そこまで待っても、やはり「裁き」は与えられなかった。「猶予」だけが与えられ、「執行」は保留されたままだ。「結末」がもたらされないことで、京子の中で「不安」と「恐怖」だけが増大していく。「死刑囚」のような心境だった。

 真紀は「言葉」を失っていた――。
 彼女のした行為、その「意図」は明らかだった。全ては京子をさらなる「羞恥」に追い込むこと、ただそれだけが「目的」だった。
 これから関係を持つ「男性」の前であればまだしも、決して「人前」に晒すことのない「秘部」を暴かれること。しかも「同性」に、「部下」や「後輩」に「観察」されること。その「惨めさ」たるや真紀自身、想像に難くない。
 だが、真紀は「仕打ち」をそれで終わらせるつもりはなかった。さらにその先、さらなる「辱め」を彼女は求めていた。
 真紀は京子の「尻」を眺め、せいぜいこんな風に言ってやるつもりだった。
「うわっ!汚ね~!!」
 と。その続きは、あとは「勢い」任せだった。真紀は自分の口からどんな罵声が、「アドリブ」が飛び出すのか、それを期待していた。
 たとえ、京子の尻が予想に反して意外と「キレイ」だったとしても、真紀は「酷評」するつもりだった。「汚れて」いようといなかろうと、「汚な」かろうとそうじゃなかろうと、彼女はあくまで自分にとって都合のいい「結果」とするつもりだった。全ては「言ったもん勝ち」なのだ。
 今や、この場の「主導権」は自分が握っている。真紀にはその自負があった。自分が「カラスは『白』だ」と言えば「白」になるように。京子のパンティが「茶色」といえば、それはまさしく「茶色」なのだ。「真実」なんてもはやどうだっていい。「事実」はいくらだって捻じ曲げることができる――。
 実際、「さっき」はそうした。真紀が嗅いだ京子の尻は、別に「クサく」なんてなかった。いや、「無臭」であったかといえば決してそうではない。そこには独特の「匂い」があった。それは京子「独自」の匂いなのか、あるいは女性であれば誰でもする「類」の匂いなのか――自分の尻だって似たような匂いがするかもしれない――はたまた年齢を重ねたことによる「仕方のない」ものなのかは分からない。だがその匂いは決して、「あれ」の臭いではなかった。京子はまだ「漏らして」などいなかったのだ。
 それでも真紀は言い放った。「悪臭」だと言い切った。大袈裟な「演技」ができたのも、やはり「勢い」のためだった。たとえ「嘘」であろうと、京子に羞恥を「与えられる」のであればそれで良かった。これは「復讐」なのだ。

 けれど、真紀の口は動かなかった。「ポカン」と口を半開きにしたまま、言葉を失い続けていた。その理由は――、

 京子の尻があまりにも「汚かった」からだった。

 それはある意味、真紀の望んだまま、その通りだった。だがそれは彼女の想像を、「酷評」すらも超えた代物だった。「低評価」を押すことさえ、憚られた。それほどまでに「醜かった」――。
 京子の尻は「デカかった」。それは「巨尻」と言うのとも、あるいは「豊満」と言い換えるべきとも違った。単に、醜く「膨らんで」いた。「脂肪」がたっぷりと付き、今までタイトスカートの中に収まっていたのが不思議なくらい「巨大」だった。その癖、多くの「若者」がそうであるような「張り」は少しもなく、ただ「重力」に任せてそれに抗う力もなく、「垂れ下がって」いた。
 だがそれ自体は少なからず「意外」なものではなかった。何たって京子の年齢は自分より、「十つ」も上なのである。それはある意味「仕方のない」こととも言えた。けれどそれは「醜さ」を表す上での、ほんの「前触れ」に過ぎなかった――。
 たっぷりと脂肪のついた「霜降り」の尻。「セルライト」すら浮かび上がった、その「頬っぺた」。そこには幾つもの「シミ」が出来ていた。どうして紫外線のあまり当たらないその部分に、そのような「斑点模様」が形成されるのか、真紀には理解できなかった。あるいはそれも「加齢」によるものなのだろうか。ある種「打ち身」を思わせるようなその「マダラ」に彼女は「哀れさ」を感じつつも、少なからず「同情」を禁じ得なかった。そして――、やがて自分もそうなってしまうんじゃないか、と「恐怖」と「危機」さえ感じた。
 さらなる「極めつけ」は、京子の尻の「割れ目」だった。真紀が一番「観察」し「確認」したいその部分は――、けれどあまりよく「見えなかった」。
 そのことに、真紀はやや戸惑う。すでに下半身は「剥き出し」なのだ。「隠すもの」はもはや何もない。その上、京子が抵抗したことで皮肉にも、尻が「突き出される」格好になっている。いわば「観察しやすい」体勢なわけだ。
 さすがに綺麗な「ピンク色」ではないと思ってはいた。やはり「加齢」によって、あるいは「経験」によって、「黒ずんでいる」だろうとは予想していた。それすらも京子にとっては「恥辱」の材料に――、真紀にとっては「嘲笑」の燃料に――、なる「はず」だった。
 けれど、京子の「アナル」は見えなかった。「何か」によって覆い隠されていた。最初は「影」だと思っていた。たるんだ尻による「陰影」だと思い込んでいた。だけど、違った。

 それは、京子の「ケツ毛」だった――。

「割れ目」にびっしりと生えた、「群生」した「密林」だった。無遠慮に「自生」したそれらが京子の「割れ目」を覆い、「ジャングル」の奥地を隠していた。
 それを「知った」真紀は、そのことに「気づいた」彼女は、ただ純粋に「絶句」した。とてもじゃないが「罵倒」の言葉など浮かんでは来なかった。それは想像を「絶する」ものだった。同時に「疑問」がもたらされる――。
――どうして、ここまでなるまで放っておいたのか…?
 いくら「鈍感」な彼女であろうと、さすがに気づいただろう。それならばなぜ「剃ろう」と思わなかったのだろうか。「剃る」ことが余計に「恥ずかしかった」から?あるいは人に見られる機会などないと、「油断」していたのだろうか。どちらにせよ、「生えていない」真紀にとっては理解不能の「心境」だった。「ケツ毛が生えている」というのは、一体どんな気分がするものなのだろう?彼女には想像することしかできなかった――。
 あれほど「無精」に生えていれば、さすがに「違和感」があるだろう。まず第一に下着に触れる――、下着の中で「蠢く」。その「異物感」といったら、決して無視できるものではない。しかも――。
 あれだけ「無秩序」に生えていれば。確実に「付く」はずだ――。何が「付く」かについては、真紀はあまりはっきりとは言いたくない。彼女の「心配」を筆者が代弁するならば――、それは「大便」だ。
 それは日常的に「どうしようもなく」排出されるものだ。「排泄」するべきものだ。そしてその「行為」に至ってはやはりどうしようもなく、誰だって少なからず「余韻」とも言うべき「余剰」を残すものだ。だがそれをキレイに「拭き取る」ことで、人は――あるいは「女性」は、自らの「生物的側面」を隠すことが叶う。そうすることで――、女性としての「清廉さ」を、あるいは「清純さ」を保つ。それはいわば「尊厳的儀式」なのだ。
 けれど。いくらなんでも、あれほどまでに「不純物」があれば――、話は別だ。いくら「拭いても」、どうしたって「不潔物」は残ってしまう。「毛」にまとわりつき、尻の付近に「留まる」ことになる。「汚物」がそのままに、「付着」され続けることになる。
 それはもはや「お漏らし」と――、やや譲歩するならば「チビった」のと変わらない。下着の中に「うんち」を抱えたままの状態なのだ。後は「大量」か「少量」か、それのみが「論点」である。だがそのどちらも、「汚れている」ことに変わりはない。どちらにせよ「羞恥」を抱え、「尊厳」を失ってしまっていることに変わりはない。

 あれだけ「毛」を生やしているのだ。「排泄」する部分に。どうしたって「汚物」は付いているに違いない。いくら「拭いて」も、決して「拭い」きれないものが――、京子の「肛門」には付着している。真紀は「嗚咽」を感じずにはいられなかった。
彼女はその尻を「嗅いだ」のだ。
 だが京子の「尻」には、そのような「異臭」などなかった。「異物感」はなく、「汚物感」もなかった。それが真紀には不思議だった。(京子が「便秘中」であることなど、真紀には知る由もない)
 あるいは京子は――、あれだけ「ケツ毛」を生やしておきながら――、見事に「尻を拭く」ことに成功しているのだろうか。どうして「無事」でいられるのか、真紀には「不可思議」でならなかった。
 真紀自身にとっても、「付着物」については「悩みのタネ」だった――。
 真紀には当然「ケツ毛」は生えていない。肛門付近は「ツルツル」だった。にも関わらず――、なぜかショーツが「汚れて」しまう。具体的に言うならば――、「うんすじ」を付けてしまう。ちゃんと「拭いた」と思ったのに、やはり「拭き残し」がある。あるいは「下剤」や「浣腸」を日常的にすることで、もしくは昔付き合った彼氏の「趣味趣向」によって「拡張」されてしまったことで、そうなってしまったのかもしれない。
 だが京子の尻はそれにしては――、ケツ毛が生えているにしては――、あるいは自分と比べても明らかに――、「汚れて」はいなかった。
 それもまた真紀にとっては、「衝撃の事実」に他ならなかった。

「うわっ!キモっ!!」
 沈黙を破ったのは、絵美の「声」だった。真紀を代弁した「言葉」だった。
 絵美は京子の「前方」にいた。だから見えなかった。京子の「汚尻(おけつ)」が。見ていないからこそ、言えたのだ。そう真紀は思った。「直視」してしまった彼女とは違う。
 だがしかし、「見ていない」のならば――どうしてそんなことが言えたのだろう。京子の尻が「醜い」ことを、どうして絵美は知っていたのだろう。あるいは彼女も自分と同じように、「予め」罵倒の「文句」を用意していたのかもしれない。「ネタ」を「仕込んで」おいたのだ。
 それにしては、絵美の演技はあまりに「迫真」だった。「真」に「迫って」いた。まるで「目撃」したかのような、「リアル」な反応だった。
 絵美は「何か」を見ていた。嘲笑の「在り処」を見つけたみたいだった。その「視線」の先を、真紀は「目線」で追った――。

 絵美のその言葉は、自然と口から出たものだった。
「用意」していたわけでも「予想」していたわけでもなかった。それは「想定外」に他ならなかった。
 真紀は京子の下着を脱がした。それは絵美が「提案」したものだった。けれどまさか彼女が本当にそうするなんて――、「予想外だった」。
 いや、これは「言い訳」だ。確かに絵美は「煽って」いたのだから。今さら自分だけ「罪」を逃れることなんてできない。とっくに「同罪」であり、すでに「共犯者」だった。それでも、いまいち絵美は「主犯」にはなりきれなかった。あとは真紀が全部やってくれる、そう彼女は信じていた。「罵声」は真紀が用意してくれる。自分は「嘲笑」でそれに「乗っかる」だけで良かった。けれどその「目論見」は外れた――。
 絵美は「見てしまった」のだった。当然、彼女の「視点」からでは京子の尻は見えない。「観察者」は真紀に委ねられた。彼女の望んだ「結果」、けれどどうしたって「反射的」に目で追ってしまう。「脱ぐ前」と「脱いだ後」、その変化を見守ってしまう。
 京子は「見た」。パンティを脱がされた、京子の「前面」を。必要以上に「生え揃った」――いや「育ち過ぎた」、彼女の「陰毛」を。彼女の性格のように「太く」「ねじ曲がった」、その体毛を――。
 それ自体は「嫌悪感」を覚えるほどのものではなかった。「濃い」か「薄い」かの違いはあれど、絵美にだって「生えている」ものである。全く「手入れ」がされていないことについては確かに「謙虚」の無さを感じたが、それも京子の「年齢」を考えれば「仕方のない」ことかもしれない。もはや人に「見られる」心配も、その必要もないのだ。そうした「情事」からとっくに「上がって」しまった「売れ残り」。すでに、そうした「エチケット」さえ失ってしまった「年増」。(もちろん全ての三十路の、あるいはそれ以上の年齢の女性がそうであるとは思っていない)それが絵美が京子に与えた「評価」だった。

 絵美は思わず目を逸らしたくなった。けれど出来なかった。むしろ「興味津々」にそれを眺め続けた。自分もいつかこんな風になってしまうのだろうか?いや、そうならないように気を付けなければ、と京子の「無様さ」を「反面教師」にして、自らの「戒め」とするように――。
 そこで、絵美は「気づいて」しまった。京子の「陰毛」のその先、その下にあるものに。彼女の「秘部」と下ろされた「下着」とを「繋ぐ」存在に。

 京子の股間は「糸」を引いていた――。

 彼女の「意図」したものではないだろう。むしろ「予期」さえしていなかったことかもしれない。京子の股間は「濡れて」いた。「密林」を醸成する地域の多くがそうであるように、彼女の「地帯」もまた「湿り気」を帯びた「亜熱帯」だった。
 京子は「気づいて」いないことだろう。きっと突き出した尻にばかり、「気を取られて」いることだろう。今すぐにショーツを履き直し、尻を隠したがっているに違いない。だがそんな彼女の「思い」は、自分が彼女の手を拘束していることで叶えられない。けれど代わりに、決して絵美の「触れられない」、決して「触れたがらない」場所だけが唯一「抵抗」を見せていた。
 自らの下着に「離れ難さ」を感じるように、「名残惜しさ」を感じさせるみたいに。京子の股間は「追手」を放っていた。京子の「愛液」が手を伸ばしていた。
「ぬらぬら」と半透明に光る、その「液体」。本来であれば「潤滑油」としてのその存在はけれど、彼女自身の思わぬところで「分泌」されてしまったらしい。
 京子は「興奮」を覚えているのだろうか。そうでもないと説明できない、そうと誤解されてもしょうがないものだった。あるいは「恐怖」によって、その「緊急回避」としてのものかもしれない。だがどちらにせよ、それが「痴態」であることに変わりはなかった――。

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おかず味噌 2020/05/25 12:15

いじめお漏らし 予襲編

(「奇襲編」はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/249660


 時刻は「午後七時二十分」。「定時」をとっくに過ぎて、けれど「京子」はまだ社内に残っていた――。
――今日中になんとか、終わらせないと…。
 京子にはまだ残っている「仕事」があった。それを「仕上げて」しまうまで、帰宅することはできない。誰に「強○」されたわけでもない。ただ彼女自身がそう「決めた」というだけのことだ。
 昨今は「働き方改革」だの何だので、「残業」についてはなるべくしないようにと会社からもきつく言われている。それでも、「法律」や「制度」が変わったからといって即座にそれに対応できるほど、彼女は「器用」ではなかった。
「時間」の掛かる仕事には、それなりの時間が掛かる。「方法」を変えれば短縮できる仕事にもやはり方法を変えず、それなりの時間を掛ける。京子は断固として自分の「やり方」を変えようとはしなかったし、自分の「仕事」について周りからとやかく言われることをひどく嫌っていた。
 とはいえ、彼女の受け持っている「仕事」というのは、それほど「膨大」なものではない。そのほとんどを「部下」や「後輩」に押し付けて、自分は「責任」という名の判子を押すだけだった。しかもその責任はあくまで「名目」だけで、決してその「実質」を果たそうとはしない。「不備」があれば遠慮なく他人に押し付けるが、「成果」は自分の「手柄」にする。それが、彼女なりの「やり方」だった。
 そして今京子がやっている「作業」というのも、部下が作り上げた資料に目を通し、「見やすい」かどうかではなく、彼女の「好み」に合っているかを吟味するという「彼女にしかできない」仕事だった。

 オフィス内は「省エネ」によって、京子のデスク周辺以外の明かりが消されていた。京子以外はすでに帰宅している。ある者は今日の仕事を終えて、ある者は仕事を残したまま――。
「一人」オフィスに残った京子は、自分の意思で勝手に「残業」しているにもかかわらず、先に帰った者たちへの「呪詛」を唱える。
――どうして、私ばっかり…。
 京子お得意の「被害妄想」だった。自分だけが「不当」な扱いを受け、「不条理」な目に遭っていると思い込んでいる。やがて、その「思い込み」はやはり彼女のいつもの「論法」へと繋げられる。
――これも元はといえば…。
 自分の言うことを聞かない「部下」のせいだ。アイツらのせいで――、アイツらが仕事ができないせいで――、自分にその「しわ寄せ」が来ている。「割」を食っている。「尻拭い」をさせられている。
「すべては他人のせい」。京子の思考はやはり、そこに行き着く。
 京子は自分ばかりに仕事を押し付けて先に帰った部下が、「恨めしく」て仕方がなかった。「予定」があるのを良い事に、それを言い訳にして、早々に会社を出て「プライベート」に時間を費やす彼女たちが「羨ましく」もあった。
 だからこそ京子は、自分より先に帰宅する彼女たちを引き留めることができなかった。そうすることで自分ばかりが「悪者」にされ、あるいは「嫉妬」による「嫌がらせ」をしているんじゃないかと思われるのが嫌だった。
 彼女に出来たのはせいぜい、「へぇ~、『先輩』を残して先に帰るんだ?」と皮肉を精一杯込めた台詞を吐くことくらいだった。

――はぁ~。
 京子は長い「溜息」をついた。「不満」を吐露するように、さらには自分の前に山積された「課題」と「問題」を吹き飛ばすみたいに――。それを聞く者は誰もいない。それは誰にも届かない「声」だった。彼女の中で凝り固まり、溜め込まれた「鬱憤」だった。
 それでも――、そんな京子の「不満」と「不遇」に溢れた日々においても。決して嫌なことばかりではなかった。むしろ、そうした「日常」であるからこそ、些細な「喜び」が彼女の渇き切った「心」により染み渡るのだった――。

 京子の前には「缶コーヒー」が置かれていた。

 京子が「自分で」買ったものではない。そもそも彼女は、あまり「コーヒー」を好んでいなかった。その上、それは「ブラック」だった。彼女の人生と同じく「無糖」の飲み物だった。そんなものを彼女が自ら買うはずがない。それなのに、どうして「そんなもの」が彼女のデスクの上に置かれているかというと――。
 それは後輩からの「差し入れ」だった。ある後輩が、「帰り際」に置いていったものだった。そしてその「後輩」とは――。

「絵美」だった。

「長野さん、今日も残業されるんですよね?これ、良かったらどうぞ――」
 絵美はそう言って、京子のデスクの上に「それ」を置いた。京子は思わず面食らった。まさか、自分のことを「嫌っている」と思っていた彼女から、そのような「施し」を受けようとは――。京子は少なからず戸惑った。何かの「罠」ではないかと、勘繰りもした。
 素直に「ありがとう」と言えるような「真っ直ぐさ」を、京子は持ち合わせていなかった。たとえそれが「善意」であろうと、つい皮肉めいた言葉を返してしまう。
「何のつもり?こんな事で『自分の仕事は終わった』って言うつもり?」
 誰のせいで私が残業していると思ってるの?京子は言った。本心からそう思ったわけではないが、それでも「反射的」に彼女は「心にもない」台詞を吐いてしまう。
「そういうわけじゃ…」
 絵美は口ごもる。自分の「好意」でした「行為」に、まさかそんな反応が返ってこようとは――、彼女は予想もしていなかったらしい。彼女の顔が曇った。まるで自らの「厚意」を無下にされたように。あるいは彼女なりに、京子に取り入ろうとした「計画」を破綻させられたみたいに――。
「お疲れ様でした」
 絵美は一礼して、逃げるように京子の前から去った。「失意」を浮かべたように、自分の「奉仕」を受け取ってもらえなかったというように――。京子の机上には「缶コーヒー」だけが取り残された。彼女のあまり好まない「飲み物」が。
 もしそれが「手渡し」であったなら――、京子は受け取らなかっただろう。自分は「コーヒー」自体をあまり好まないのだと言って、断っていただろう。
 けれどそれは、彼女のデスクの上に「置かれた」のだ。有無を言わさず、断る暇さえ与えず、勝手に置かれたのだ。
 その行為に、「先輩に対して失礼じゃないか」と京子は言うこともできた。しかも何を思ったか、あるいは余計な「おせっかい」からか、缶の蓋はすでに「開けられて」いた――。まるで京子に「飲む」ことを強○するみたいに。すでに封は切られていた。
 全くもって「非常識」である。社会人としての「常識」がまるで抜けてしまっている。京子は思った。
――これじゃ、誰が先に飲んだとも分からないじゃないか…。
 あるいは誰かの「飲みかけ」であったとしても不思議ではない。もちろん、そんなはずがないことは分かっている。「課内」の誰も、京子に「間接キス」されたいとは思っていないだろう。それでも――、要は「気持ち」の問題なのだ。
 たとえ「そうでなかった」としても、「そうであったかも」と疑念を抱かせることはすべきではない。それがいわば「礼儀」の基本であり、人と人とが接する上で最低限「配慮」しなければならないことなのだ。

 だからこそ京子は、その「缶コーヒー」に今まで口をつけなかった。ある種の「気持ち悪さ」を感じていたから、というのはもちろんだけれど、やはり彼女はその「飲み物」があまり好きではなかったのだ。
 それでも、作業に何度目かの「行き詰まり」を感じた時、何回目かの「小休止」の際、京子はおもむろに「それ」に手を伸ばした。ほとんど「無意識」にも思える「行動」だった。別に「せっかくの後輩からの『差し入れ』だから」なんて考えたわけではない。しいて言うなら、「もったいないから」という現実的な理由からだった――。
 京子は「コーヒー」を口に運んだ。「缶」を口につけ、舐めるように「少量」を流し込んだ。
「苦み」が口の中に広がる。元は「冷えていた」はずの「温い」液体。喉の「渇き」をそれほど癒せるものではなく、かといって別の何かを「潤す」ものでもない。それはただ単に「苦い」だけのものだった。
 それが元々の「苦さ」なのか、時間が経ってしまったことでより「苦み」を増幅されたものであるのか、京子には判らなかった。どちらにせよ、やはり彼女の好む「味」ではなく、あるいはたとえそれが彼女の好む「味」であったとしても、それに対して彼女が怪訝に思うことはあれど、「感謝」するなんてことはなかった。
 それでも――。京子は思う。与えられた「もの」に対してではなく、あくまでその「行為」において、そこに含まれた「厚意」について考えを巡らせる。どうしてそれが、自分にもたらせられたのか、その「真意」を問う。
 もう「一口」、確かめるように「苦み」を味わいながら、その奥に微かにある「甘さ」に思いを馳せる。やはり「苦さ」は変わらない。それでも――。
――ちょっと言い過ぎたかな…?
 京子の中に引っ掛かっていたのは、およそ二時間前の「やり取り」だった。絵美の「好意」に対して、「敵意」をむき出しにしてしまったこと。さらに、数時間前のことについても考えてみる。
――何も、あんな言い方しなくても…。
 自分は「彼女のため」を思って「説教」をした。たとえ「疎まれる」ことになろうと、それは「仕方のない」ことだと。京子は割り切っていた。けれどそれは本当に「そうするべき」だったのか、と考えてみる。
 京子の中に初めて「芽生えた」感情だった。自分を「省み」、自らの行動について吟味する。彼女にとって「良好」な「兆候」だった。
 もちろん、たったの一度の「善意」(たとえそれが「善意」を装った別の何かだったとしても)によって、これまで京子が受けてきた数々の「悪意」を塗り替えてしまえるほど、彼女は単純な人間ではなかった。彼女が歩んできた「人生」はそれなりに「壮絶」なものだったし、自らの「善意」が無慈悲にも容易に「裏切られて」きた経験は少なくない。
 それでも。京子の中に、ある「変化」が訪れようとしていたのもまた事実だった。「きっかけ」はほんの些細なこと。
「一杯」の、あるいは「一本」の缶コーヒーがもたらした「奇跡」など――。とても気恥ずかしくて、他言できるものではない。それによって、自分の「価値観」が変えられたなど――、どうして人に聞かせられるだろう。
 だが、人が変わる「きっかけ」というのは、いつだって「些細」なものなのだ。京子は「変わろう」としていた。「今日から」ではなく「明日から」。彼女は自らの「行動」を「変えよう」と思った。それは京子の中に芽生えた純粋な「善意」であり、あるいはほんの一時の「気まぐれ」であるかもしれなかった。

 だが、京子がそれを「思いつく」には、すでに「時遅すぎた」のだ。あるいは彼女がもっと早くそれに気づき、自らの行動を省みていれば――、この後の「悲劇」が訪れることなどなかった。だが京子は善意に「口をつけて」いた。後輩から貰った飲み物を「飲んで」しまっていた。彼女に対する「復讐」はすでに始まっていたのだった――。

 時刻は「午後八時過ぎ」。京子はようやく自分の仕事を終えて、帰りの支度を始めた。「皮肉」なことに、それには「復讐」のためにもたらせられたコーヒーが大いに役に立った。その「苦み」を味わいながら、によって。彼女の仕事はそれなりの「成果」を上げたのだった。
 とはいえ、やはり元々「苦手」な飲み物である。京子はそのほとんどを「残した」まま、やや「迷い」ながらも、結局残ったその液体を「捨てる」ことにした。せっかくの「厚意」に対して「申し訳なさ」を感じつつも――、それもまた彼女の「選択」の一つだった。
 給湯室の「流し」に黒い液体を捨てて、缶をゴミ箱に放る。電気を消して、「オフィス」を後にする。廊下を進み、「会社を出る」その間際――。京子は少しの「違和感」によって、「トイレ」に立ち寄ることにする。
――もしかしたら…、今なら「出る」かも…。
 それは突如として現れた「予感」だった。あくまで「精神的要因」によってもたらされたものであり、決して「薬剤」によってのものではない。だがもしもこれで「出なければ」、今夜こそ「薬剤」に頼ることになってしまう。彼女にとっての「最後のチャンス」だった。
 だが、その「チャンス」はある者たちによって、阻まれることになる。「トイレ」に立ち寄った彼女の前に現れたのは――、「便意」の兆候などではなく、何人かの「同僚」であり、実体をもった「復讐」の姿だった――。

そこにいたのは――、「絵美」と「真紀」だった。
 すでに「帰宅」したはずの「後輩」たちだった。

 とっくに社内に「誰もいない」と思っていた京子は、驚きのあまり思わず声を上げそうになった。いや、本当に「驚いた」時というのは案外、声など上げられないものだ。彼女は「声」を出す代わりに「息」を飲んだ。一瞬、体に「力」が入る。彼女の四肢に「予期せぬ」力が込められる。当然、それは彼女の「下半身」にも――。
 だが、幸いなことに京子の「尻」が「息」を発することはなかった。
 ひとまず、そこに居たのが「得体」の知れない「霊体」などではなく、よく知る「人物」であったことに京子は胸を撫でおろす。だがそれでも、「どうしてここに?」という疑問までは拭えなかった。
――こんなところで何をしているのだろう?
 あるいはその「問い」は適切ではないかもしれない。ここは「トイレ」である。「何」をする場所かは言わずもがな、である。疑問に思うべきは、「そこ」じゃない。
――どうして「こんな時間」に…?
 そうだ、その「問い」こそ正しい。さらに言うならば、「どうして?」という疑問も適切だ。
 京子は数時間前のことを思い出す――。自分を「置き去り」にして次々と仕事を「上がって」いく者たち。その中には――、「彼女たち」も含まれていた。
 さらに彼女たちの内の一人、「絵美」においては、ついさきほどまで京子の頭の中に居た「存在」だった。彼女は「帰り際」、自分に「缶コーヒー」を渡し、その後で彼女はこう言ったのだ。
「お疲れ様でした」
 と。確かにそう告げたのだ。それはつまり、「先に帰ります」という宣言に他ならない。それなのに、どうして――。
 京子の「疑問」はすでに、そこに居たのが「彼女」であると認識した時点で完結していた。いかにそれが「見知った」人物であろうと、「居ないはず」の者が「居る」という事実は、やはり「得体の知れない」薄気味悪さのようなものを感じさせた。
 京子はすぐに「回れ右」をしようと思った。それをするだけの「余裕」が、彼女にはあった。彼女がここに来たのは「目的」を果たすためであったが、果たしてその目的が「達成」されるとは限らない。彼女が受け取ったのはあくまで「予感」であり、それはまだまだ「実感」には程遠かったのだ。
 この場所に「立ち寄って」おいて、逃げるように「立ち去る」自分を、彼女たちは「不審」に思うかもしれない。あるいは、またしても余計な「詮索」を与えてしまうかもしれない。それでも京子はその場から「逃げよう」と思った。それは彼女の人生における「経験」から、そこから培った「危機的意識」から、その「行動」は無意識に選択されたものだった――。
 何だか「嫌な予感」がする。まるで「草食動物」が「肉食獣」の気配を感じ取るみたいに、野性的な「勘」が京子に次の行動を決定させた。だが――。

「どこ行くんですか?『セ・ン・パ・イ』」
 その声は「絵美」のものだ。京子の「背中」に向けて、発せられたものだった。その「呼び名」は、これまで決して京子に対して彼女が使わなかったものである。それが「不自然」にも、この場において初めて用いられる。
 京子の体はまたしても「びくっ!」と震えた。本来の「関係性」であれば、とても許されるものではない。どうして自分が「後輩」の声に怯えなくてはならないのか?
 だから京子は掛けられた声に対して、あくまで「気丈」に「平然」を装って振り返ることにした。自分と「彼女」との、「立場」を再認識させるために。自分は決して彼女に対して「怯えて」いないと証明するように――。
 だが、京子の「目論見」はあっけなく外れた。彼女は「振り返った」。そして「見た」。その視線の先にある彼女たちの姿を。そこに居た彼女たちは――。

「嗤って」いた――。

 それは「笑み」ではなかった。それは京子に向けられたものではなく、あくまで彼女自身の「内側」から溢れ出した「嘲り」だった。「嘲笑」のようだった。そして、そこにあるのは「楽しさ」ではなく、「慰みもの」にする種類の「愉しさ」だった。
 京子はまたしても震えた。「悪寒」を感じずにはいられなかった。彼女には――、その絵美の表情に「心当たり」があった。それは「遠い昔」の記憶でありながらも、今でもありありと蘇ってくる、いつまで経っても「色褪せる」ことのない「思い出」だった。
 彼女のその表情に、京子は強い「既視感」を覚えた。これはまるで――。

「てか、先輩。せっかく後輩があげた『差し入れ』全然飲まないじゃないですか~」
 絵美は言った。京子にはやはり「心当たり」があった。だが、どうしてここでその「確認」が必要であるのかが分からない。確かに自分は彼女に「施し」を受けた。それは無償の「善意」であるはずだった。今になってその「代償」を求めるというのだろうか。
「まったく、待ちくたびれましたよ~」
 絵美は確かに言った。「待って」いた、と。つまり彼女たちは「偶然」ここに居たわけではなく、「必然」としてこの場に留まっていたのだ、と。京子のことを「待ち受けて」いたのだ、と。
「どういうこと…?」
 その「事実」を知ってなお、京子は返す。震える声を、それでも精一杯「取り繕い」ながら――。その言葉が出ただけ「大した」ものだ。
 絵美は答える。「即答」ではなく、たっぷりと「間」を空けて。あくまでこの場における「主導権」がどちらにあるのかを「知らしめる」ように――。
「私が先輩『なんか』に、わざわざ差し入れなんてすると思います?」
 今さら、どのような「蔑み」も問題ではなかった。より重要なのは、彼女の「真意」だ。どうして、彼女は善意を「装った」りしたのか?
 京子には分からなかった。彼女の「真意」も、彼女が「求めていること」も。彼女がどんな「答え」を期待しているのか、それさえも京子の理解の範疇を超えていた。
「まだ『気づかない』んですか?ホント、先輩って『鈍感』なんですね!?」
 問われてもなお、京子には解らない。やはり自分は「鈍感」なのだろうか?
 もしそうなのだとしたら――、それは京子が生きてゆく上で授かった彼女なりの「処世術」であり、「自己防衛」としての手段に他ならない。彼女は「痛み」や「悪意」に鈍感になることで、今日まで生きてきたのだ。たとえ「傷」を負ったとしても、それに「気づかないフリ」をすることで「致命傷」を避け、「無感覚」になることで身を守ってきたのだった。
 京子は傷口に「蓋」をしてきた。それはいわば「かさぶた」のようなものだ。ちょっと衝撃を与えれば、たちまち「剥がれて」しまう危うい「メッキ」――。そんな「かさぶた」を心に幾つも作りながら、危険な「バランス」の上で彼女はなんとか平衡を保っていた。
 だけど今、その「かさぶた」が剥がされようとしている。まだ渇き切っていない「傷口」。完全には修復されていない「傷跡」。決して「触れてはいけない」部分に、無情な衝撃が加えられる――。

「先輩の飲んだコーヒーの中に――、たっぷりと『下剤』を入れておいたんですよ」

 絵美は言った。まるで楽しい「サプライズ」であるかのように――、「ドッキリ」の「ネタばらし」みたいに――。その言葉は「刃」となって突き立てられる。
 京子の頭の中は「真っ白」になった。「理解」が追いつかない。その言葉が「意味」することも、その行為が「意図」することも、彼女には掴めなかった。
 だがそれでも、「真っ黒」な感情だけは、はっきりと感じ取ることができた。自分に向けられた、れっきとした「悪意」。もうずいぶんと長い間、決して「直接的」にぶつけられることはなかったその感覚を、京子は思い出していた――。
――どうして、そんなことを…?
 京子の中に再び「疑問」が浮かぶ。だが、今さら考えてみたところで遅い。すでに悪意は解き放たれ、「現実」のものとなったのだ。それでも京子は考える。そして、意識が自分の内側へと向けられたところで――。

――ギュルルル…!!!

 京子の腹が「悲鳴」を上げた。それは「空腹」によるものではなく、より「深刻」な原因によるものだった。あるいは――、普段の彼女にとってそれは「福音」であるかもしれなかった。「溜め込んだ」ものを「解き放つ」ことができる、という「予感」だった。
 あるいは、それは単に「気のせい」なのかもしれなかった。あくまで絵美の「発言」によってもたらせられた「幻想」に過ぎず、実際はそんなもの「ない」のかもしれない。
 そう思えるくらいに、京子の「異変」はまだ顕著ではなかった。「便意」をわずかに感じつつも、それはまだ「耐えられる」程度のもので、「限界」には程遠かった。
――今ならまだ間に合う…。
 京子は確信した。彼女たちの「悪意」がどうであれ、まだそれは京子を「捕える」ところまでは至っていない。今ならまだ――、十分に「トイレ」に行くことができる。
 というか、すでにここは「トイレ」だった。芽生えた「欲求」を果たすに「適した」場所だった。けれど、ここは使えない。彼女たちがいる。彼女たちは自分が「催している」ことを知っている。「個室」に逃げ込んだところで、「視線」からは逃れることができるだろうが、「音」と「臭い」まではどうしよもない。
 京子のたっぷりと腹に溜め込んだ「三日モノ」は、その「排出」にあたって、おそらくとんでもない「咆哮」を発することだろう。そして、出された後の「ブツ」は、みっちりと「熟成」されたことで、とてつもない「芳香」を放つことだろう。
 それらを彼女たちに「聞かれ」、「嗅がれ」てしまうことだけは避けたかった。「汚いもの」を「排泄」するという羞恥。生物であれば何者でも――、人間であれば誰でもする行い。それをすること自体は何ら「恥ずかしい」ものではない。だけど、いざそれを「認識」されるとなれば、話は別だ。そこには最大限の羞恥が伴う。「周知」されることによる「羞恥」。それだけは絶対に嫌だった。

 京子はますます、この場から「逃げ出し」たくなる。それもまた彼女にとっての「自衛」であり、「本能」によるものだった。
――逃げるは恥だが、「出す」に勝つ。
 たとえこの場においては「負け」に甘んじることになろうとも、決して「勝つ」ことにはならずとも。せめて自分の中の「欲求」にだけは勝つことができる。これは「撤退」ではなく、「勇退」なのだ。「退くも兵法」、「三十六計逃げるに如かず」――。とはいえ、この場においてとてもではないが「三十六計」など思いつくはずもなく、京子に選択できるのはその「一手」のみだった。
 京子は振り返る。「出口」の方向に。「ここ」から抜け出すことだけを思考する。あとは自宅の「トイレ」にでも――、それが無理と分かればコンビニの「トイレ」にでも逃げ込めばいいだけのことだ。
 京子は「軽んじて」いた。彼女たちの「計画」を。あくまでそれは「序章」に過ぎないとも知らず、まさかこれ以上はないだろうと、「高を括って」いた。
 だが、彼女たちの「悪意」はそれに留まらなかった――。

 京子は「両腕」を掴まれた。やはり一瞬、何が起きたのか分からなかった。だけど、すぐに気づく。自分が「拘束」されたという事実に――。
 まるで「犯罪者」みたいだ、と京子は思った。両腕をそれぞれに拘束され、「自由」を奪われた姿はまさにそうだった。あるいは自分が「宇宙人」になってしまったかのような印象を受ける。「人ならざる者」になってしまったことで、その存在を危険視され、行動を「制限」される。京子は幼い頃に観た、哀れな「特撮怪獣」を思い出した。
「どこ行くんですか?センパイ」
 彼女たちの行動に、十分「ショック」と「恐怖」を受けていた京子に対して、さらに追い打ちを掛けるように、彼女たちの声が発せられる。
「何すんのよ!?」
 京子は問う。だが、その「返答」を待つまでもなく、京子は「抵抗」する。「ジタバタ」と暴れ、「拘束」を振りほどこうと必死になる。だが。いくらもがいたところで「両腕」は掴まれたまま、「自由」になることは叶わなかった――。
「『見苦しい』ですよ、センパイ」
 絵美の「呆れた」ような声が聞こえる。今の自分の姿が「見苦しい」ことは、彼女自身よく分かっている。「便意」の危機を悟り、自らの「欲求」を果たすことだけに必死になっている。「本能」を剥き出しにした、まるで「動物」のような姿だ。いや、動物は「排泄欲求」に逆らったりなどしない。「羞恥」を抱えた「人間」とは違うのだ。
 それでも、このまま拘束され続けるようなことになれば――。彼女はやがて、「動物」に成り下がってしまう。所構わず、「人前」であろうと関係なく、自らの「欲求」を解放させてしまう。「人間」としての最後の「尊厳」を捨てた、「獣」としての姿だ。それだけは、何としてでも避けなければ――。

「危機的状況」がまさに喫緊に迫っていながらも、それでも京子はまだどこか「楽観視」していた。彼女たちのその行動はいわば「嫌がらせ」に過ぎず、まさか「最後」まではいかないだろう、と。京子がいよいよ「限界」に近づけば、さすがに彼女たちも拘束を解き、「赦して」くれるはずだろう、と。
 だから京子はこの場においても、やはり「強気」な態度を崩さなかった。それは彼女にとっての「はったり」じみた「予防線」でもあった。もしここで完全に「屈して」しまうことにでもなれば、今後の「部下たち」とのその「優位性」にさえ影響してしまう。「虐げる者」と「虐げられる者」、「管理される者」と「管理される者」、「従わせる者」と「従う者」。それらの「立場」が「逆転」されてしまう。そんなことは彼女の「プライド」が許さなかった。
 この職場に長年「居続ける」ことで、彼女が唯一「得て」きた特権。それを後から入ってきた者に強引に――しかも「不正」な方法によって――「剥奪」される。京子にはとても「我慢」できるものではなかった。
「肉を切らせて骨を断つ」なんて妥協に甘んじるのではなく、京子は「肉」さえも切られたくはなかった。なぜなら、こんな「行い」は本来許されるはずもなく、彼女の身に降りかかった「不条理」に他ならないのだから――。
「『先輩』であるこの私に、こんなことしてタダで済むと思ってるの!?」
 だからこの場においても京子は、あくまで自分の持つ前後性による「優位性」を振りかざし、「脅し」をもって彼女たちを制そうとした。それが彼女たちの「怒り」に油を注ぐことになろうとも知らず――、たとえそうなったとしても、「正しさ」は自分の方にあるのだと主張し、それが「抑止力」になると思い込んでいた。
 だが、次に絵美の発した言葉により、京子は自らのその「甘い考え」を完全に捨て去らなければならないことを悟る――。

「『自分だけ』助かろう、なんておこがましいですよ」
 京子はやはり自分が何を言われているのか、理解に時間を要した。「自分だけ」?、一体彼女は何を言っているのだろう?京子にはそれが分からない。「自分」が一体彼女たちに何をしたというのだろうか?
 確かに、彼女たちに対する普段の自分の態度には少なからず「省みる」部分もある。それを「見直す」かどうかは別として、彼女たちが「不満」に思っているのも無理はない。けれど、絵美のその言葉にはそんな「間接的」な理由ではなく、より「直接的」な理由が含まれているみたいだった。これは「八つ当たり」や「不満の暴発」などではなく、確かな「復讐」であるのだと、京子はそこで初めて理解した。
 さらに、ある「もう一人」の人物の登場によって――、その「復讐」はより明確な色を帯びることになる。その人物とは――「綾子」だった。

「物静か」で「大人しく」、「引っ込み思案」で「人見知り」。それが京子にとっての「綾子」のかつての印象だった。だが今の京子にとっては、そこに新たな「イメージ」が追加されている。それは――。

――「お漏らし」してしまった子。

「ブルッ…」と体を一瞬震わせたのち、その直後に地面を打つ「放尿」の音。彼女のスカートの中から溢れ出した「水流」は瞬く間にタイルへと広がり、やがて「臭気」を放ち始める。全てを出し終え、それから彼女は泣きじゃくり始める。
 無理もない。大の「大人」が「子供」のように、「お漏らし」をしてしまったのだ。自らの欲求を「我慢」することができなかったのだ。泣き出したくなる気持ちは京子にも分かる。これ以上ないくらいの「羞恥」による「惨めさ」を、かつて彼女自身も「経験」したことがある。
 けれど、京子とはやはり「事情」が少々違う。京子が催したのは「大」であり、その臭気は「小」とは比べ物にならなかった。それに彼女の場合の「目撃者」はもっと多かった。そして、もう一つの「相違」。京子の「お漏らし」と綾子の「お漏らし」における、最大の相違。京子はそれについて、より「強調」したかった。
 つまり京子が「お漏らし」をしたのは、彼女がまだ「十代」の頃であったということだ。もちろん、「高校生は『大人』なのか?」という議論には様々な意見があることだろう。「年齢」によっては、「選挙権」も与えられており――京子の「時代」にはもちろんそんなものはなかったが――「政治」あるいは「社会」への参加が認められてはいるものの、「少年法」の適用など、「一人前」とみなすには議論の余地が検討されており、世間的にはまだまだ「半人前」としての扱いがされる、いわば社会から「庇護」されるべき存在だ。
 その意見には、京子自身も「思うところ」がないわけでもないが、いざ自分がその「立場」に立たされるとなると、やはり「優遇」されたくなる、というのが人情であり、心情でもある。「大人」と「子供」の間を都合よく行き来できる存在。だから京子は自らの「失態」をあくまでその瞬間においては、「まだ『子供』だから仕方がない」とやはり都合よく解釈することにした。けれど、「綾子の場合」はまさに別である。
 綾子はすでに「成人」した立派な大人である。「高校」のみならず、「大学」まで卒業した、れっきとした「社会人」である。そんな彼女が犯した「失態」に、「情状酌量」の余地はない。全ては彼女自身が受け入れ、自ら「責任」を取るべきなのだ。多少の「同情」はあれど、やはりそこに「責任能力のなさ」は認められない。全ては彼女自身が被るべき「罪」なのだ。
 だからこそ京子は綾子の姿を見て――、彼女の犯した「罪」を知っているからこそ、ごく当然のように彼女のことを「見下した」。人前で「お漏らし」をする、という「失態」はそれだけ重大なことであり、その者の「尊厳」が奪われるべきものなのだ。京子は自らの経験から、それを知っている。
 そして「人間社会」においては誰もが、「意識的」であろうと「無意識的」であろうと、「自分」と「相手」とそのどちらが「上」なのか「下」なのかを見極めることで生きている――。というのが京子の「持論」である。少なくとも彼女はこれまでそうして生きてきたし、彼女を「虐げて」きた連中もまた、同じようにして彼女を「見下し」てきたのだ。
 だからこそ、自分が「綾子」に下した「評価」について、京子が悪びれることはなかった。全ては「相手」のせいであり「自己責任」なのだ、と彼女は思っていた。だが、その「意見」はやがて「覆される」ことになる――。

 京子は綾子を見た。「入口」の方から来た彼女が誰であるかを認識するのに、時間は掛からなかった。それでも、京子はやはり「疑問」に思った。どうして彼女がここにいるのだろう、と。その「答え」はすぐに明らかになった。
 京子は見た。綾子の「目」を。視線を合わせたことで、その奥に「宿る」並々ならぬ「思い」を受け取った。それは明らかな「敵意」であり、紛れもなく「京子」に向けられたものだった。
 綾子の掛けた「眼鏡」越しからでも、それは十分すぎるほどに伝わってきた。「熱」を帯びたような視線、けれどその「温度」はとても「冷た」かった。
 普段の綾子が決して見せないような「表情」あるいは「態度」、もしくはその「ギャップ」に京子は思わずたじろいだ。気がつくと、彼女の脚は「震えて」いた。それが「恐怖」によるものか、視線の「冷たさ」によるものか判別できなかった。だが、それらは同じものだろう。
 綾子はゆっくりと、緩慢な動作で近づいてくる。まるで「肉食獣」が慎重に「狙い」を定めるように。わずかずつ「射程」を狭めてくる。この場において「主導権」がどちらにあるのかを、「獲物」に知らしめるみたいに――。
 京子はひとまず「疑問」を止めて、再び「抵抗」を始めた。一刻も早く「逃げなければ」と思った。だがその考えは「半分」間違っていた――。
 綾子の「登場」によって怯んだのは、京子だけではなかった。おそらくその登場を「予期」し、それもまた「計画」の一部であり「想定内」であったにもかかわらず。その「実行者」であるはずの「絵美」も、「立案者」であるはずの「真紀」もまた、「綾子」の想定外の「迫力」に思わず怯んでいた。まるで「別人格」であるかのような綾子の「豹変」ぶりに、あるいは自分たちがその「一助」になってしまったのではないか、と怯えた。

 彼女たちのその「動揺」は、あるいは京子にとって良い「方向」に作用した。一瞬――、京子を掴んでいた、腕の力が緩んだのだ。その「隙」を京子は逃さなかった。すかさず「抵抗」を試みることで、京子の「拘束」はあっさりと解かれた。
「あっ!」と呆けたような声を上げた絵美を「置き去り」にして、京子はその場から「逃げ去った」。とっさのことにしては、彼女の「判断」は適切だった。
 問題は、彼女の逃げた「方向」だった。結果的に彼女はあまり遠くに絵美たちを「置き去り」にすることはできず「逃げ切る」ことは叶わなかった。
 綾子は京子の「前方」、つまり「入口」の方から迫ってきていた。だから必然、彼女の逃げる先は「後方」にしかなかった。けれど当然、その先は「行き止まり」だった。京子は「逃げる」ことで、自ら「追い込まれる」ことになったのだ。「行き場」をなくし、すぐに目の前の壁に「行き当たる」。
 あるいは京子は機転を働かせて、「個室」に逃げ込むことだってできた。個室に飛び込み鍵を掛けることで、あくまで「一時的」とはいえ危機を「保留」することくらいはできた。それで彼女たちが「諦めて」くれるとは到底思えなかったが、少なくとも「その場しのぎ」にはなる。しかも、その場所には今の京子が最も「切望」し、「希求」すべきものがある。「便器」が――。
 こうなったら、「背に腹は代えられない」。たとえ「音」を聞かれようと、「臭い」を発することになろうとも、そんな「羞恥」を○すことになろうと――。それでも、「最大の羞恥」に比べればマシだった。もはや「選択」の余地はない。

――百聞は「失便」に如かず。
(「百」回排泄音を「聞」かれようとも「失便」よりはマシ、の意)

 とりあえず腹の中の「モノ」を全て出し切ってから、後のことはそれから考えればいい。ひとまずは今の自分にとっての最大の「弱点」を捨て去ってから――たとえその「行為」によって「嘲り」と「蔑み」を浴びようとも――その先のことはそれから決めればいい。それこそが京子の選ぶべき、たった一つの「方向」だった。

 だがしかし、京子に残された「最後の道」はあっけなく「閉ざされる」こととなる。綾子によって――。
 京子の取った、とっさの行動を、とっくに綾子は見破っていた。即座に、彼女もまた移動を開始する。絵美たちのいる場所を追い越し、京子の背中に追いつく。
 ここで「命取り」になったのは、京子の一瞬の逡巡だった。彼女は個室に入るのを躊躇った。あるいはただ逃げ込むだけでも良かったのに――、その場にあるだろう「救済」に思わず目が眩んだのだった。
 再び、京子の腕は掴まれる。さっきよりも「強い力」で。一体綾子のどこにそんな力が眠ってたのか、不思議なくらいだった。そしてその「握力」は京子を拘束するだけでは飽き足らず、やがて「暴力」となって彼女へと降りかかる――。
 綾子は京子の腕を引いた。力任せに、何の遠慮も躊躇もなく、強引に彼女を引っ張った。京子は体勢を崩すことになる。比較的「小柄」な綾子に対して、平均的よりやや「大柄」な京子だったが――それなりに身長も高く、やや太り気味――それでもその「体格差」を覆すほど、綾子の「暴力」には微塵も自制はなかった。
 そしてさらに、体勢を崩した京子に追い打ちを掛けるように、綾子は今度は京子の体を押し、突き飛ばした。
 京子の体がよろめく。足元が定まらず、そのまま後方の壁へと背中を打ち付ける――はずが、そこで強すぎた「勢い」のせいか京子の体は「一転」して、「後ろから」ではなく「前から」壁に飛びこむ体勢になる。あるいは「顔面」を打ち付けることになる。反射的に京子は腕を前方に伸ばした。そうすることで何とか、壁に「手をつく」ことで怪我だけは免れた。だが――。

――プゥ~。

 緊迫したこの状況において、「不似合い」な「音」が聞こえた。ある種「楽観的な」、どこか「緩慢さ」もある、とても「マヌケな」音――。それは京子の「尻」から発せられた――。
 それは京子の「屁」だった。あるいは「おなら」と言い換えることもできる。だがどちらにせよ、それが「子供」じみた、「小学生」にとっての「笑い」における大好物であり、「大人」が、しかも「社会人」がそれをしてしまうことの羞恥は、とても「笑い」で片づけられるものではなかった。
 自らその「音」を発しておきながら、京子には一瞬何が起きたのか分からなかった。自分は突き飛ばされた。綾子によって。彼女の圧倒的「暴力」によって――。
 だから、それは決して「自分のせい」ではない。全ては「他人のせい」なのだ。
 だが、そうはいかない。理由がどうであれ、それを「してしまった」のは京子自身なのだ。彼女はその「報い」を向けなければならない。彼女が綾子の「悲劇」に「自己責任」を求めたように。「嘲笑」によって、それを甘受しなければならない――。

 一瞬、その場は「静寂」に満たされた。それがより京子の放った「音」を、その「余韻」を強調する。
 そして、その直後――。トイレ内は「笑い」に包まれる。京子の肛門が思わず「緩んで」しまったことによりもたらせられた、「緩んだ」空気が、一気にこの場を支配する。「恐れ」や「戸惑い」を忘れて、ある意味この場が「一つ」になる。
「マジですか、センパイ!いや、あり得ないでしょ!?」
 絵美が「信じられない」というように、京子の「失態」を叱責する。もちろん、「嘲笑」の声に京子のものは含まれていない。それは「爆笑」のようなストレートなものではなく、あくまでどこか冷え切った「嘲笑」だった。
「てか、めっちゃクサいんだけど!!」
 続けて絵美は言う。まさかそんなにすぐに、離れた彼女の元にその「芳香」が届くとも思えないが――、それでも「おなら=臭い」という等式から彼女はその答えを導出する。

 それにしても――。これまで一度も声を「言葉」を発していない「真紀」が、京子にはやや「気掛かり」だった。彼女は京子に「罵声」を浴びせるでもなく、「挑発」するでもなく、さらには「嘲笑」するわけでもなく、ただじっと黙り込んでいた。その「沈黙」が、京子にとっては「恐怖」でしかなかった。一体、彼女は何を「企んで」いるのだろう――。

 とはいえ。京子はここで初めて、自らの「弱み」を晒してしまった。あるいはそれは、単なる「生理現象」であり、決して恥じるべきものではないのかもしれない。だが、そんな「言い訳」はもはや通用しない。彼女を除いたこの場の「全員」が、彼女を「辱め」「貶める」ことだけを目的にしている。いわば彼女はそれに一度「屈して」しまったのだ。もはや、逃れる術はない。
 京子は「羞恥の音」を発した、タイトスカートの「尻」を突き出しながら――。彼女はこの先に待ち受ける「最大の羞恥」に対して、あくまで「抗おう」としていた――。

――ギュゴルルル…!!!

 締め付けるような「痛み」が京子の下腹部を襲う。さっきまでのものとは違う。「切実」に訴えかける「悲鳴」。今すぐにでも、その場にうずくまりたくなるような「大波」。
 急に動いたせいだろう。「衝撃」のせいもあるだろう。あるいは「ガス」の放出を不覚にも許してしまったことで、肛門が錯覚してしまったのかもしれない。もう「耐える」必要はないのだと、「出して」しまって良いのだと――。
 京子は慌てて自分の腹を押さえた。傍から見れば、綾子に腹部を殴られたようにも受け取れる。だが京子の痛みは「外部」からもたらせられたものではなく、「内部」から込み上がってくるものだった。
――もうダメ…!!!
 京子は「諦め」を覚悟した。「走馬燈」のように、かつての「記憶」が蘇ってくる。「ダメだ」と分かっていながらもついに肛門を通り抜ける「感覚」が、やがて尻に広がる不快な「感触」が、そして浴びせられる「罵声」が、出してしまったことによる「羞恥」が。つい最近の出来事であるかのように、「追体験」される――。
――私、また「お漏らし」しちゃうんだ…。
 高校生の時に続いて「二回目」。「十代」の頃から、実に「十数年ぶり」。とっくに成人した「大の大人」が、またしても人前で「糞」を漏らしてしまう。
 京子は目を閉じた。痛みをこらえるように。現実から目をそらすみたいに。視界を瞼で覆って、ただそれらが過ぎ去るのを待った。
 その瞬間は、とても長い時間に感じられた。「地獄」の淵に足を掛け、あともう一歩で「彼岸」に渡ってしまう――そのすんでのところで。だが、京子はそこから「生還」した――。

 急激に腹痛が収まっていく。「出した」わけでもないのに、まるで「無くなった」みたいに、「便意」が消えていく。人体というのは不思議なものだ。あれほどまでに「逼迫」していた「限界」に、まだもう少し「先」があることを知る。
 だがその「猶予」が「余裕」ではないこともまた、京子は知っていた。あくまで「波」が一時的に収まったに過ぎない。「ブツ」はすでに下りてきている。「本震」の前に「微震」があるように、「津波」の前に潮が引くみたいに、それはやはり「予兆」に違いないのだ。もはや「決壊」は近い。「トイレの神様」ならぬ「便意の神様」は決して彼女に微笑むことはない。むしろ「悪魔」のように、彼女を弄んでいる。
――一刻も早く、ここから逃げ出さないと。
 京子は決意を新たにする。その意志は「恐怖」によって生まれたものではなく、より実感を伴った「危機」によって芽生えたものだ。だからこそ一瞬、彼女は「背後」にいる者からの「威圧」を忘れた。恐怖に「打ち克つ」のではなく、あくまで「忘れる」ことで、「火事場の馬鹿力」ならぬ「糞力」を発揮するような、そんな境地に至ったのだ。
「力」を得ることで、人は「傲慢」になれる。たとえそれがほんの一瞬の錯覚であろうと――、むしろ「盛者必衰」であるほど――、その束の間の「栄華」を極め、「虚栄」を張りたくなる。
 京子は思い出した。自分と彼女たちの「関係性」を。想定外の「反抗」によって、「飼い犬に手を嚙まれた」ような心持ちにもなりかけたが、冷静に考えれば自分が彼女たちに「屈する」理由はどこにもない。京子は決して「下剋上」なんて「理」を――、その「不条理」を許さなかった。

 京子は振り返った。目の前には綾子がいた。「下位」の者でありながら、「上位」である自分を見下したような不遜な視線と態度。彼女が一番「我慢ならない」状況だった。
――どうしてこの私が、こんな奴に好き勝手されなくちゃいけないの!?
 クラスで目立たない、大人しい女子。自分の意見を発することさえできず、「強者」に同調することしかできない。そのくせ、あたかも自分も「強者の側」に立ったように振舞う。次の「ターゲット」はあるいは自分であるかもしれないのに、それさえも忘れて暫定的な「平穏」に胸を撫でおろす。そんな「身の程をわきまえない」女子たちを、自分に直接手を下してくる女子たちよりも、京子は憎んでいた。あくまで自分は「無関係」であると高を括り、「無神経」な視線を送ってくる彼女たちを、「お前もいつか同じ目に遭わせてやる」と京子は恨んでいた。
 そんな「女子」たちと綾子とが重なる。きっと、かつての彼女も「彼女たち」と同じであったに違いない。強者の影に怯え、陰で自分を蔑む。そうすることで、自分は「弱者」ではないと思い込む。「姑息」で「卑怯」で、救いようのない奴ら。京子は段々と腹が立ってきた。腹に据えかねなくなってきた。自分が腹に「抱えて」いることさえも忘れて――。

「私にこんな事して、いい度胸ね!」
 京子は「虚勢」を張る。つい一瞬前まで「便意」にうずくまっていた者とは思えないほどの、圧倒的な「逆襲」だった。
 元々、「強者」に対しては決して抗えない性質の綾子である。その京子の「逆転」ぶりに、思わず一歩身を引いた。彼女の「精神」と「心身」に染みついた習性である。そして京子は、その反射的な「後退」を決して見逃さなかった――。
「自分が無様に惨めな姿を晒したからって、他人を同じ目に遭わせようなんて――」
 アンタの「性根」は腐っているわね。京子は言った。
「アンタが『お漏らし』したのは、自分のせいでしょ?」
 良い歳してトイレの「しつけ」がなっていないなんて、まったく親の顔が見てみたいわ。京子は告げた。他人の「弱み」につけこみその「弱点」を突くのは、彼女の最も得意とする手法だった。
 さらに「一歩」、綾子が後退する。京子の「変わりよう」があからさまなように、彼女の「変化」もまた明らかだった。彼女の「変貌」は見破られた。「怒り」と「仕返し」に燃えた――、あるいは彼女自身がそう「演出」していた「復讐」のための姿。その「仮面」は、「メッキ」は見事に剥がれ落ちたのだった――。
 ついさっきまでの「迫力」は、もはや見る影もない。綾子は京子と視線を合わせることさえできず、ただ「もじもじ」と体を揺さぶらせて、「後退」と「撤退」の間で留保していた。彼女のその姿はまるで――「おしっこ」を我慢しているみたいだった。
 だが、実際は違う。「我慢」しているのは京子の方であり、しかも彼女が我慢しているのは「大」の方だ。そしてその「失態」は、「小」の方とは比べ物にならない「羞恥」と「崩落」を含んでいる。
 けれどようやく、この長い「闘い」に「終止符」を打つことができそうだ。綾子が退いたことで、京子は「前進」する。「詰め寄る」ように、また「一歩」と綾子の方へと近づく。だが、京子の今の「目標」は彼女ではない。すでに眼前の「敵」は消えた。もはや、そこに「照準」を定める必要はない。「彼女」については、あるいは「彼女たち」については後日たっぷりと、自身の「立場」と「身の程」を叩きこんでやるとして――、今はそれどころじゃない。

――とりあえず、「トイレ」に行かないと…。
 あくまで彼女の「照準」はそこに向けられていた。
 とはいえ、「ここ」ではない。いくら彼女たちを「制した」とはいえ、さすがにここで目的を達するわけにはいかない。そんなことをすれば、再び自分と彼女たちとの「関係性」が逆転されてしまうことにもなりかねない。あるいは自分がさらなる「原因」を作ってしまったことで、「復讐」はより凄惨なものとなるかもしれない。今はとにかく、これ以上余計に何も「刺激」することなく、「退く」ことが得策だ。
 これは「撤退」ではなく「勇退」だ。京子は自分に言い聞かせる。「退けられた」のは自分ではなく、あくまで「彼女たち」の方なのだ。それを示すように、京子は「威風堂々」と歩む。その道は「凱旋」の花道でなくてはならない。
 相変わらず震えたままの綾子の横を通りすぎ、入口の「二人」の方へと向かう。彼女たちもやはり、怯えたようにすんなりと京子の道を空ける。
 京子はすでに「勝利」を確信していた。その「喜び」からか、いくらか彼女たちに対する「恩赦」も考えないではなかった。だが、やはり京子は自分の中に芽生えかけた「甘さ」を否定する。
――いつか、アンタたちも「同じ目」に遭わせてやる…!!
 と。けれどまあ、今はとりあえずその事は置いておくとして。京子は「二人」の横を通り過ぎようとした――、その時。

 京子の前に「足」が「出される」。少なからず「警戒」しながらも、やはりどこか「油断」していた彼女は当然、その足に躓く。だが、とっさにもう一方の脚を踏み出したことで、何とか「転ぶ」ことだけは回避した。体勢を崩した彼女はそのまま、その「足」を「引っ掛けた」相手を睨みつける。そこにいたのは――「真紀」だった。
 これまで、あまり積極的には「復讐」に加担していなかった人物だ。とはいえ、完全な「傍観者」になるわけではなく、その証拠に最初に京子を捕らえた「片方」は彼女だった。そしてその「握力」は決して「仕方なし」に緩められたものではなく、むしろ「主犯格」の絵美よりも強いものだった。そこには彼女の元々の「筋力」が影響しているのかもしれない。真紀は学生時代、「運動部」に所属していたといつか聞いたことがある。だが、それだけでは説明できない、彼女自身の「意思」も確かに加わっていた。彼女はまさに自分の意思で、この「復讐」に加担していたのだ。
「足をかけた」のが真紀であると知って、京子は少なからず「驚き」と、それ以上に「かなり恐怖を感じた」。元々、この復讐が実行される以前から――、京子は真紀に対して「畏れ」を抱いていた。自らの信奉する「論理」に当て嵌まらない人物。自らの絶対とする「上下関係」に平気で挑んでくる人物。京子は真紀を「警戒」していた。だからこそ京子は「復讐者」の中に――たとえそれが「間接的」であろうと――「真紀」がいることを知って、一度は「負け」を覚悟したのだった。
 だが、その真紀がこれまで「発言」しなかったことで、京子は安堵した。個々の事実はあるものの、やはり彼女はあまり「乗り気」ではないのだと思い込むことで、京子は少なからず余計に「調子に乗って」しまった。そのことが彼女の「琴線」に触れてしまったのだとしたら――。京子はその「因果応報」を恐怖した。
 京子は、反射的「睨み」を慌てて元に戻し、とっさに「矛を収める」。後に残ったのは、「被虐者」としての「媚びる」ような姿勢だけだった。だが、そんな京子の「判断」もすでに遅い。とっくに真紀は「やる気満々」だった。
 綾子が「後退」し、同時に絵美すらも「降板」したことで、今度は真紀が「交代」する。本来は綾子のものであるはずの「復讐」を、真紀が「登板」することで引き継ぐ。もはやその先は、京子にとっての「敗北」に他ならなかった――。

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