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お漏らしの記事 (33)

おかず味噌 2020/04/30 03:56

いじめお漏らし 奇襲編

「だから――、何度言ったら分かるのよ!!!」

 オフィスに「怒声」が響き渡る。一瞬、室内を「沈黙」が支配し「時」が止まりかけたが、すぐに皆は自分の仕事に戻る。「我関せず」というように。下手に反応したり、「横槍」を入れたりして、怒りの「矛先」を自分に向けられるのだけは、誰もが御免だった。
「こんな資料のまとめ方で、どうやって『先方』に説明しろって言うわけ?」
 荒ぶる声の主は――、入社十四年目、今やこの「総務課」において、最長の入社歴を誇る「大ベテラン」の「長野京子」だった。
 齢三十六。かつてはそれなりに「男」の目を引くような美貌を持ち合わせていたが、経年による「劣化」のせいか、あるいは苦労の積み重ねを表すように刻まれた「皺」のせいか、今となってはその「美貌」はすっかり影を潜めている。それでも、「栄華」を極めた「過去」にすがるように年々化粧は「分厚く」なり、けれどここ何年も「ご無沙汰」のためか、塗りたくっただけの化粧は「雑」になり、影で若手女子社員達から「美容家(笑)」としての称号を拝命している。

――やれやれ、また始まった…。
 皆、思うことは同じだった。それはこの課において「日常茶飯事」だった。
 本日の「犠牲者」は「本田絵美」だった。
 絵美は大学卒業と同時に今の会社に入り、今年で二年目になる。学生時代は「テニスサークル」に打ち込み、「飲み会」や「合コン」三昧の日々とは打って変わり、アルバイト経験もわずかしかない彼女にとって、「仕事」というものは不慣れでありつつも、二年目になってやっと勝手が分かり始めてきた。まだ「知らないこと」や「分からないこと」も多いけれど、人当たりがよく「愛嬌」のある彼女を周りは受け入れ、優しく指導してくれる。ある「一人」を除いては――。
「すみませんでした…」
 絵美は謝った。その謝罪は「本心」半分、「不満」半分だった。確かに「ミス」をしたことは認める。だけど、「何もそこまで怒らなくても」というのが本音だった。そして、そんな心のこもっていない謝罪だけで、この場が収まるわけのないことを彼女は十分に理解していた。それもまた、彼女がこの二年で培った「経験」の一つだった。
「『すみません』で済むと思ってるの?」
 案の定、答えようのない「問い」が返ってくる。絵美は思う。
――「済まない」と思ってるから、「すみません」と言ってるじゃん…。
 だけど、もちろん「心の声」を言葉にすることも、表情に出すこともしない。今はただ、下を向いて「反省」を装いつつ、この時間が過ぎるのをじっと待っている。
「私、いつも言ってるわよね?分からないんだったら、ちゃんと訊きなさいって」
 その言葉自体は確かに「正論」だった。だけど、実体の伴っていない「正論」を果たしてそう呼べるのだろうか。
――だから、私ちゃんとやる前に訊いたし…。
 確かに絵美は、仕事に取り掛かる前に一応、先輩である京子に「お伺い」を立てたのだった。「まとめる資料はこれで全部ですか?」「グラフの挿入の仕方が分からないから教えてください」と。けれど、そんな絵美の姿勢に対して京子はこう言ったのだ。
「何でも人に訊かずに、自分で考えなさい」
 と。それもまた「正論」ではある。正論であるからこそ、彼女に反論の余地はなかった。そして「自分なりに必死に考えて」やった結果が、これだ。
――じゃあ、どうしろって言うのよ?
 絵美は心の内で反論を試みた。それが今の彼女にできる精一杯の「反抗」だった。けれど、それが良くなかった。京子はそんな、彼女の心の「動き」を見逃さなかった。敏感に「反抗心」を感じ取る。

「何よ?その態度」
 もちろん絵美の内心が、あからさまに「態度」に出たわけではない。それでも京子は、それを決して許さなかった。
「てか、あなた入社何年目?」
 京子は訊く。
「二年目です…」
 絵美は答える。それは「答えようのない問い」ではなかったけれど、それでも「嫌々」なのは隠せなかった。
「へぇ~、『二年目』ね~」
 わざとらしく、繰り返す。その言葉の端々に、「見下した」ような響きを隠そうともせず。絵美はこの「続き」におおよそ想像がついた。間もなくそれは「再現」される。
「私が入社二年目の時は、これくらい上司に訊かなくたってできたわよ?」
――出た!自分が新人の頃は出来ましたアピール!!
 絵美は自分の予想通りの結果に、思わず吹き出しそうになった。だけどもちろん、そうするわけにはいかなかった。彼女は唇をぐっと噛み締めた。
「要は、仕事に対する『意識』の問題なのよ」
 京子は諭す。絵美にはそれが欠けているのだと。だけど、彼女は知っている。「課長」や、社内の他の課のベテランから聞かされた「真実」を。

「へぇ~、あの長野がね~」
「アイツ、入社して何年かは本当に仕事できなくて――」
「仕事に対する『やる気』もなくて――」
「毎日、男性社員に『色目』使うことしか考えてなくて――」
「ミスも多いし、そのくせプライドだけは『いっちょ前』で――」
「何で『人事課』はあんな奴採用したのかって――」
「この会社始まって以来の『問題児』だってよく言われてたんだから!」

 絵美は「新人時代」の京子を思い浮かべた。当時の、毎日叱られてばかりの彼女を、それでも一部の男性社員からは熱烈なアプローチを受けていた彼女を。だけどその想像は、上手く「像」を結ばなかった。まるで遠い昔の「歴史上の人物」に思いを馳せるみたいに、「実体」を持たなかった。
 二十代前半の絵美にとって京子は、無駄に歳を重ねただけの「オバサン」に過ぎず、たとえかつては「若かった」のだとしてもそれは「過去の遺跡」に過ぎず、いわゆる「お局様」として敬遠され、いくら彼女が見え透いた「見得」を張ろうと、逆に若手社員に見下されるだけの「遺物」に過ぎなかった。
――今日は「何分」くらいかな…?
 絵美は、京子の隙を伺いながら、チラリと時計を確認した。果たして本日の「お説教タイム」はどれくらいかと、記録を測る。絵美は知っている。今日の京子は朝から機嫌が悪かった。というより、いつも不機嫌で「ブス」っとしているのだけど、今日は特に「虫の居所」が悪いらしかった。
――長くなりそうだな…。
 絵美はうんざりしつつ、心の中で「溜息」をついた。だが、彼女の予想に反して「お説教タイム」は、突如として中断されることになる。「ある人物」の登場によって――。

「それくらいにしてやったら、どうだ?」
 誰もが見て見ぬフリをする中、自ら進んで「渦中」に飛びこんできた者がいた。それは男性の声だった。絵美は俯いていた顔を上げた。そこには「課長」の姿があった。
 総務課の課長である○○はいわゆる「エリート」の部類に入る人間で、その「役職」を与えられる者としては若く、絵美が入社しこの課に配属されたのとほぼ同時期に「課長」に就任した。比較的「温厚」な性格の持ち主で、部下からの人望も厚く、彼が声を荒げたり部下を叱責するのを見たことのある者はいなかった。
 もちろん、京子より「年下」で入社歴も彼女より浅く、つまり彼女としては後から入ってきた者に「キャリア」を追い越されたことになる。それについて彼女がどう思っているのかは分からないが、彼女の事だからきっと「ハラワタが煮えくり返りそう」なくらいの「嫉妬」や「恨み」を抱えているに違いない。それでも京子の課長に対する態度は、そうした「負の感情」を少しも感じさせないものだった。
「課長~」
 さっきまでの「怒声」が嘘かと思えるくらい、京子の態度が一変する。一体彼女のどこからそんな声が出ているのか不思議なくらい甲高く、甘えたような声で、語尾には「ハートマーク」さえ付きそうだった。絵美は「吐き気」を催した。
「違うんですよ~、本田さんが私の言った通りにやってくれないから――」
 課長の前では「さん付け」をする。
「だから、ちょっと『注意』していただけなんです」
 あくまで「叱責」ではなく、「注意」だという。
「てか、これじゃ何だか私が『悪者』みたいじゃないですか~!」
「悪者」でなければ、お前は一体「何物」だと言うのだ。
「まあ、後輩の『指導』はこれくらいにしておいて――」
 それにしては、ずいぶんと長かったけれど。
「本田さん。次からはよろしくね」
 口角を不器用に吊り上げて、京子は不気味な笑みを浮かべた。絵美は背筋に空寒いものを感じた。京子は去っていく。
「私みたいに『優しい先輩』ばっかじゃないんだからね」
 去り際に、「余計な一言」を付け加えることを忘れずに。その場に取り残された絵美は課長と目を合わせて、「苦笑い」を浮かべるしかなかった。
 何はともあれ、これでひとまず絵美は「苦難の時」を乗り切ったのだった――。

 昼休み。いつも通り「一人ぼっち」の昼食を終えた京子は、「ある場所」に向かう。思えば、もうずいぶん長いこと、誰かと一緒に食事なんてしていないような気がする。
 京子の向かった先は――、「トイレ」だった。個室に入り、鍵を掛けて、きついスカートのホックを外し、ストッキングとショーツを同時に下ろし、大した「期待」もせずにしゃがみ込む。
 便器にまたがり、思いきり腹に力を込める。「肛門」が開き、奥の「モノ」をひり出そうと試みる。
――プスゥ~。
 手始めに「ガス」が放出されて――、それで終わりだった。肝心の「ブツ」は、うんともすんとも言わない。京子は「便秘」だった。
 京子は溜息をついた。誰かに向けた「失望」ではない。あえて言うなら、それは自分に向けられたものだ。もう三日間、京子は「排泄」を出来ていない。
――なんで…?
「三十路」を越えてからというもの、京子は食生活にはそれなりに気を遣っていた。「二十代」の頃は、好きなものを好きなだけ食べていたが、ここ数年、お腹の「たるみ」が気になり始めていた。少しは「痩せないと!」と思いつつも、長年染みついた食生活はそう簡単に改善できるものではなく、「今日だけ…」「明日からダイエット!」という甘い囁きに何度も屈した。そして結局、「誰かに見せるまでに痩せればいい」という極論に行き着くも、若くて男性に相手にされた頃とは違い、今や男性に見向きもされなくなった彼女にとって、その「機会」は一向に訪れる気配もなく、延々と「先延ばし」にした結果がこれだ。
 かつては「抜群」とまではいえないまでも、「それなり」のプロポーションを保っていた京子の体には醜い「脂肪」がたっぷりと付き、それが「加齢」と「重力」によって垂れ下がり、さらなる「醜さ」を表していた。

 それでもここ数日は、少しでも「快便」になるのを期待して、野菜を多く摂るようにしていた。京子は元々野菜が好きな方ではなかったが、いつもの食事に追加でサラダを買って、無理してそれを食べた。それなのに――、「うんち」は彼女の性格と同じく、「凝り固まった」ままだった。
――どうして、私ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないの?
 京子は考える。思えば自分の人生は、「不条理」と「不平等」の連続だった、と。周りと同じように、いやそれ以上に努力しているつもりなのに、なぜか「自分ばかり」結果が出ない。普段は適当にやっているくせに、ここぞという時だけ努力し、あとは持ち前の軽薄さとノリの良さだけで乗り切る連中ばかりが評価される。かといって、自分が連中の真似をしようと試みると、なぜか「自分ばかり」叱られる。まったくもって「不条理」だ。
――それもこれも、私が「ブス」なせいだ。
 京子は「自分ばかり」が不遇な扱いを受ける原因を、いつからか自分の「容姿」のせいだと断定することにした。自分の容姿が悪いせいで、仕事が、恋愛が、受験が、就職が、「全て」が上手くいかない。京子はいつしか、そう思い込むようになった。学生時代はその容姿が原因で、酷い「いじめ」に遭ったこともある。その当時はそんな自分の容姿を疎み、そのような姿に産んだ母親を憎んだりした。けれどある時点から、京子はそんな自分の考えを改めた。
――全ては「周り」が、「世間」が、「社会」が、「世界」が悪いんだ。
 京子は開き直ることにした。悪いのは「自分」ではなく、「周囲」なのだと。自分は何も悪くはないのだ、と。そう考えることで、少しだけ心が軽くなった気がした。
 そして、大学に入って「メイク」を覚え、自分の醜い容姿を化粧によって多少はごまかせるようになり、さらに一時期ハマった「ダイエット法」が功を奏し痩せたおかげもあり、これまでの人生では無縁と思っていた「異性」と初めて交際したことで、やがて彼女の中の冷たい「氷」が少しずつ溶かされていった。
 苦難の「就職活動」の末、「七社目」にしてようやく掴み取った「内定」。大して「やりたい事」でも「好きな事」でもなかったけれど、京子に「選択権」はなく、結局流されるままに、今の会社に入ることになった。そこには、京子の今までに「知ることのない世界」が待ち受けていた――。

 なんと、京子は男性に「モテ始めた」のだ。
 自分から行動を起こしたわけでもないのに、何人かの男性から言い寄られるようになった。最初は、学生時代によくあったみたいに、ただ「からかわれているだけ」なのかと怪訝に感じていた。けれど、違った。自分にわざわざ話し掛けてくる「異性」の後ろに、嘲笑を浮かべる「同性」の姿はなく、そこには彼女をいじめる者はいなかった。
 今にして思えば、それは京子の人生において唯一ともいえる「モテ期」というやつで、彼女にとってごく限られた「栄光の時代」だった。
 失いかけていた――とっくに失われていた「自信」を取り戻したことで、京子は変わった。まず、「身なり」に気を遣うようになり、学生時代は人の目が怖くて絶対に行くことができなかった「美容室」に通うようになった。金と労力を支払うことで、「醜い自分」が確実に「綺麗」になっていくのが嬉しかった。
 服や持ち物、下着に至るまで、なるべく高い「ブランド物」を買うようにした。これまで「お洒落」とは無縁だった彼女にとって、「高い物=良い物」という方程式は絶対的だった。
 京子は貰った給料のほとんどを「ファッション」に費やすようになった。当然、一介のOLにとってそれは手痛い出費となったが、そのぶん生活費を切り詰めることで何とかやりくりした。それに、当時の彼女には「ご飯」を奢ってくれる男性が「星の数」とは言えないまでも、「惑星の数」くらいはいた。そして、出費がかさむことで、ならばもっと仕事を頑張って出世しよう、という「前向き」な考えさえ、彼女には芽生えた。
 ところが、頑張れば頑張るほど、一生懸命になればなるほど、彼女の仕事は空回りした。至らぬ「ミス」が積み重なり、上司から叱責されることも増えた。すると、これまで京子のことを「憧憬」の目で見ていた同性たちからの評価は途端に失われていった。それでも彼女に「焦り」はなかった。
――自分にはまだ言い寄ってくる『男性』がいる。
 それが彼女の自信を担保し、彼女自身を甘やかしていた。
 やがて「同僚」たちは出世していき、あるいは「結婚」して退職していった。同じ課から「先輩」が徐々に減り、代わりに毎年「後輩」ばかりが増えていった。
 最初の頃、京子は後輩に対してなるべく温厚に接するよう心掛けていた。決して「理不尽」に叱ったりすることなく、「良き先輩」であろうと努めていた。

 だが、ある時京子は耳にしてしまった。自分のことを慕ってくれていると思い込んでいた「後輩」が、彼女の居ないところで自分の悪口を言っているのを。
――結局、何も変わらないじゃないか…。
 京子は失望した。自分が少しでもマシな存在になろうといくら努力しても、結局「あの頃」と何も変わらないのだ、と。「大人」になったことで「直接的」な悪口や嫌がらせは無くなったものの、ただ「間接的」、「陰湿的」になっただけで、その本質は変わらない。京子は下ろしかけていた「荷物」を抱え直し、脱ぎかけていた「鎧」を再び身にまとった。
――信じられるのは「自分」だけ。
 京子がそんな「結論」に行き着いたのは、すでに誰からも相手にされなくなった「三十路」一歩手前の頃だった。その時点ですでに、京子から外見の「美しさ」は失われていた。まだ「異性の目」を意識していた頃――、毎日セットしていた髪は櫛も通さずボサボサで、家事はほとんどしないのに手はカサカサで、若い頃に買い「勿体ないから」と捨てられずにそのまま着ている服はサイズが合わずパツパツだった。
 そして、京子は昔に――醜かった自分に、「後戻り」することになった。「一時期はモテた」という唯一の「優越感」を大事に抱えたまま――。
 元々、京子の「自信」は、自らの内側から「自発的」に芽生えたものではなかった。それはいわば、周囲からの評価の変化によって「自動的」にもたらせられたものだった。他者からの「評価」が無くなれば、立ちどころに失われてしまう頼りないものだった。それに、いくら多少の「自信」が生まれようと、彼女が長年抱えてきた「劣等感」を完全に払拭することまではできなかった。
――全部、周りが悪いんだ。私は何も悪くない。
 そうして、京子は全てを「他人のせい」にすることで、責任を転嫁することで、今日まで生きてきたのだった――。

 だが、今回ばかりは「誰のせい」にもすることはできない。「便秘」、それは他ならぬ「彼女自身」の問題であり、全ては彼女自身の中にその原因があった。
 いや、そうとも言い切れないかもしれない。京子はある「可能性」について思案してみることにした。便秘は確かに、「食生活」にその主な原因があるのだろうけど、それだけではない。「ストレス」によってもたらされることもある。何かの雑誌やテレビ番組で、そんなことを聞いた気がする。もしそうなのだとしたら――。
 自分のこんな苦痛を与えている原因は、「他人」ということになる。より具体的に言えば、「使えない部下」、「やる気のない後輩」である。彼女たちのせいで、自分ばかりがこんな目に遭っているのだ。
 そう考えると、京子は段々とムカついてきた。いけない、それがさらに「便秘」を悪化させるのだ。けれど、そうと分かっていても京子はその感情を抑えることができなかった。
――アイツらのせいで、どうして私ばっかりが…。
 苛々を込めて、京子はもう一度だけ思いきり括約筋に力を入れた。
 京子の肛門が「火山」のように盛り上がる。「火口」から「マグマ」と呼ぶべき「排泄物」が顔を出す。だが、それは冷えたマグマのように「強固」で、決して「噴火」してはくれない。京子が力を緩めるのと共に、「うんち」は再び腸内の奥深くに引っ込んでしまった。
――どうして、出てくれないのよ!
 もう少しなのに。もう少しで出せそうなのに。それは「頑固」に腸内に留まったままだった。「力の入れ方」を変えてみたところで、絞り出されたような醜い「屁」が出るだけだった――。

――はぁ~~~。
 京子は長い溜息をついた。今日もダメだった。一体いつになったら、私の「うんち」は出てくれるのだろう?もしかしたら、ずっとこのままなんじゃ…。
 京子は危機感を覚えた。けれど、「まさかそんなはずはない」と自分に言い聞かせる。
 いつかは出てくれるはず。けれど、それまでがツラい。「排泄欲求」を感じつつも、決して排泄できないという苦痛。お腹の中にずっと「異物」が溜まっているという感覚。肌の調子も心なしか悪いような気がするし、お腹だっていつも以上に出っ張ってしまっている。「うんち」をため込むことで、自分がより「醜く」なってしまったような、まるで自身が「うんち」になってしまったような、そんな気さえした。
――「浣腸」とか使った方がいいのかしら…?
 京子は考えた。自然にして出ないのなら、何らかの手段を講じるしかないと。けれど、それは「諸刃の剣」だった。「浣腸」というものが、どれほど恐ろしく、効き目のあるものかを京子は身をもって知っている。京子は思い返す。高校生の頃の「記憶」を――。


 当時の京子もまた同じように、「便秘」に悩まされていた。というより、それは彼女自身の体質による部分も大きく、「暴飲暴食」を繰り返していた二十代のある「一時期」を除いて、彼女の人生は「排泄の悩み」と共にあった。
 そして、長年続く「悩み」に耐えかねた京子はついに、新たな「一歩」を踏み出すことにした。薬局でそれを買うのは恥ずかしかったが、そもそも人と接すること自体が苦手だった当時の彼女にとってそれは、せいぜい「度合」の問題でしかなかった。
「浣腸」を買った京子は、早速それを試すことにした。「取扱い説明書」さえロクに読まずに、朝起きて一番にそれを「注入」した。
――全く効果が、なかった。
 と、失望した京子はそのまま学校に行くことにした。「無駄遣い」を惜しみつつ、徒労を省みつつ――。京子が強烈な「便意」に襲われたのは、それから数分後だった。
「お腹痛い…」
 その時、京子は電車に乗っていた。周りは、同じ高校に通う生徒ばかりだった。ほとんどの者が「友人」と談笑しているにも関わらず、彼女は「一人」だった。
 だけど、今ばかりはその方が都合が良い。京子は思った。今はとても誰かと話している余裕はない、と。
 京子は耐えた。普段はあれほど「出したい」と踏ん張っている括約筋を、まさか「出すまい」と使うことになろうとは――。
 京子は堪えた。電車のわずかな振動さえ、今の彼女にとっては「命取り」だった。「ガタン、ゴトン」と揺れる度に、「ガス」が、「実」が少しずつ漏れ出してくる。だけど、まだ「全部」が出たわけじゃない。生徒たちは誰も京子の「異変」には気づかず、「お喋り」を続けている。
 そして、京子たちの通う高校の「最寄り駅」に着いたとき――「油断」したのだろうか――彼女の肛門は緩み、ついに「崩落」を迎えた。

――ムリュリュル…!!

 パンツの中が「熱く」なり――それは「温かい」なんて易しいものではなかった――「うんち」が溜まっていく。「ダメ!!」と分かっていても、止めることなんて出来ない。それは次々に生み出されていく。「どうか誰にもバレないで!!」というのも無駄だった。パンツの中に収まりきらない「うんち」は、やがて床にもこぼれ落ち、「衆人環視」に晒されることになる。
――きゃあああ~!!!
 最初に気づき声を上げたのは、京子の最も苦手な――毛嫌いするタイプの「女子」だった。
「うわっ!アイツ「うんこ」漏らしてね!?」
 そして、男子が「拡散」する。京子が「脱糞」したという事実を。しかも「電車の中」で、「大便」を、漏らしてしまったという現実を――。

 京子の「お漏らし」の噂は、すぐに学校中に広まった。まるで「連絡網」のように、余さず全員に伝わった。
 それには彼女の「脱糞」のせいで被害を被った、ある「企業」の存在もあった。
 彼女が電車内で「脱糞お漏らし」をしたことで、健気に走る「ローカル線」は一時「運休」を迫られたのである。

「△□線、一時運転見合わせ。原因は女子高生の『脱糞』か!?」

 そのような記事が「地方紙」に載ってもおかしくなかった。ただでさえ「事件」の少ない田舎にとって、それくらいの「大事」だった。けれど、さすがに京子の「脱糞お漏らし」が記事になるなんてことはなかった。
 それでも、翌日には学校中の「全員」が、京子の「失態」を知っていた。そのとき彼女は、「情報伝聞」の恐ろしさを痛感したのだった。
 京子には自らの犯した「過ち」に相応しい、まさに「身から出た錆」とも呼ぶべき「汚名」が与えられた。

「うんこちゃん」、「お漏らし女」、「脱糞姫」――。

 次々と名付けられる「愛称」と浴びせられる罵声に、京子はじっと耳を塞いでいることしかできなかった。
 すでに「いじめ」の対象となっていた彼女に対して、「加害者」たちはまさに格好の「材料」を得たのだった。そして、「一人ぼっち」の彼女を庇ってくれる者は、誰一人としていなかった――。


 そんな「トラウマ」があるせいか、京子は「浣腸」を使うことを忌避していた。
――もし、またあの時みたいに「失敗」してしまったら…。
 会社において、「トイレ」に行けない場面というのはそれなりにある。もし、その時に「便意」を催し、「限界」を迎えてしまったら――。
 京子はあれ以来、一度も「浣腸」を使用することはなかった。だけど、今回ばかりはさすがに――。
――このまま「出ない」苦しみに苛まれるくらいなら…。
 京子は思う。自分はもう大人なんだ、と。自分の体質とは長年付き合ってきたのだ。だからこそ大丈夫だ、と。もう「失敗」はしない、と。
 それに、いくら「会議中」などとはいえ、その気になればトイレに行かせてもらうことはできるはずだ。何たって、それは「生理現象」なのだから仕方がない。まさか「禁止」されるなんて、そんな「パワハラ」「セクハラ」じみた命令をされることはないだろう、と。
 京子は考える。
――そうだ、家に帰ってからなら…。
 帰宅してから次の「出社」までには、さすがに「便意」は訪れてくれるはずだ。その間は彼女にとっての「自由時間」だ。何に阻まれることもなく、いつだってトイレに駆け込むことができる。
 あの時は、「浣腸」の時間差による「効き目」をよく知らずに、自ら「閉鎖空間」に飛び込んだからこそ、あんなことになったのだ。浣腸の「恐ろしさ」を知っている今なら、きっと――。
――今日、帰りに「浣腸」を買って帰ろう。
 京子は決意した。それによって、この長い「苦しみ」からは、たとえ「その場しのぎ」であろうとも、「おさらば」することができる。彼女の中に「光明」が差した。
 そうと決まったら、ここで無理に「出す」必要はない。京子はトイレットペーパーを取り、自分の尻を拭いた。ペーパーには何も付かなかった。「うんち」は奥底で眠ってしまったらしい。それを呼び覚ますのは「今夜」だ。
 京子が「空白」の便器を水で流し、ショーツを履き直し、ストッキングを整えるために立ち上が――り掛けたその時。個室の外から「話し声」が聞こえてきた――。

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おかず味噌 2020/04/02 08:47

短編「不動産レディの着衣脱糞」

ハンドルを握りながら、文乃の脳は「フル稼働」していた。
「もうすぐ着きますよ~」
 脳内の激しい「情報処理」とは裏腹に、軽やかな口調で文乃は言う。声を向けた先は、後部座席に座る「若いカップル」だった。
「へぇ~、この辺だと駅からも近そうだな」
 彼氏の方が言う。
「はい、今回紹介させて頂く物件は『駅から徒歩五分』となっています」
 文乃は答える。事前に見せた「物件情報」に載せられた、そのままの文句だ。
「徒歩五分だってさ!」
 まるで初めて知らされた情報であるように、男は大袈裟に驚いてみせる。
――だから、最初からそう言ってるじゃない…。
 そもそも「駅からなるべく近い方がいい」と条件を掲示してきたのは、そっちの方じゃないか。無意味なやり取りに辟易させられつつも、もちろん表情には微塵も出さない。「プロ」として当たり前のことだ。
 それにしても、一体何度同じようなやり取りをさせれば気が済むのだろう。男の理解力の無さに嫌気が差してくる。こんな男と付き合っていると、日常的にイライラさせられてばかりだろう。だがそれでも客として、「彼氏」の方はまだマシなほうだった。
 問題は「彼女」の方だ。

 文乃はルームミラー越しに、ちらりと「彼女」の様子を窺う。女は相変わらず、不機嫌そうに窓の外を眺めている。彼氏の感嘆には決して同調しようとしない。
 文乃は思わず、ため息をつきたくなる。
 楽観的でいちいちリアクションの大きい彼氏と、現実的で冷静な彼女。あるいは「お似合いのカップル」であり、普段の彼らはそれでうまくバランスが取れているのだろう。だがそんな事、文乃にとっては知ったこっちゃない。
――今日こそは、決めてもらわないと!!

 文乃がこのカップルと会うのは、今日で三回目だ。最初に彼らが店を訪れた時は「しめた!」と思った。若いカップルは春から「同棲」をするつもりらしく、そのための物件を探しているらしかった。
「当初」の条件としては最低でも「2DK」で、予算は特に決まってないらしく、けれどなるべく安い方が良いらしい。文乃は早速いくつかの物件情報をパソコンで呼び出し、それらを順番に説明していった。頭の中で「仲介手数料」を計算し、今月課せられた「ノルマ」と照らし合わせた。雲行きが怪しくなり始めたのは、その時からだ――。

 彼氏の方は、文乃の説明にいちいち「へぇ~」とか「なるほど」といった反応を示した。それに引き換え、彼女の方はじっと黙ったままで、良いのか悪いのか判然としない無表情を浮かべているだけだった。
 その時の文乃の「彼女」の印象は、「物静かで大人しい娘」というものだった。自分では何も決めれずに、ただ周囲が判断してくれるのを待つ。きっとこれまで彼女はそうやって生きてきたし、これからも生きてゆくのだろう。文乃には理解できない「生き方」だったが、自分の仕事としてはやりやすい。そう悟った文乃は、途中から主に彼氏の方に向けて説明をすることにした。そして、彼氏が最も好反応を示した物件へ「内見」に行くことになった。

 内見をしている時も彼氏の方は相変わらず好感触で、文乃が部屋のドアを開く度に、備えつけられた機能を紹介する度に、「おぉ~」と感嘆の声をあげていた。その間も終始無反応な彼女を、文乃は半ば無視していた。
 そして、ついに彼氏が「この物件にします!」と契約を宣言する時になって、そこで彼女が重い口を開いた。
「待ってよ。そんな簡単に決めていいの?」
 その厳しい口調は、これまでの物静かな彼女の印象を逆転させるものだった。そこから、彼女の怒涛の追撃が開始される。
「てか、ここ駅から遠すぎない?私、駅から近い方が良いんだけど」
「この広さで『七万』ってのもちょっと高すぎる気がするんだよね」
「それに、ここ『木造』ですよね?」
 彼女の「追及」はやがて文乃にも向けられる。
「はい…、でも『木造』といっても『耐震』はきちんとされていますよ」
 文乃はマニュアルに沿って答えた。けれど、彼女が気に掛かっているのはそこではないらしい。
「『木造』だと、音響きますよね?」
「はい…、まあ『鉄筋コンクリート』と比べると多少は、でも――」
「ほら、やっぱり!!私、隣の人の声が聞こえるのとか嫌だからね?」
 どんな昭和のアパートを想像しているのだろう。「○○荘」など、売れない漫画家が住む「重要文化財」とでも勘違いしているのではないだろうか。
「さすがに、よほど隣人の方が騒がれない限りそんなことは――」
 文乃の説明を遮って、彼女は言う。
「もっと、違う物件も見せてもらえます?」

 そうして、文乃と若いカップルの「長い付き合い」が始まった。彼女が溜め込んだ「意見」を述べる中、今度は彼氏の方が「借りてきた猫みたいに」大人しくなっていた。本当に良いバランスだ。文乃は皮肉まじりにそう思った。

 これで、内見に回る物件は「八件目」になる。
――さすがにもう決めないと。
 文乃は心の中で決意する。だが決意してみたところで、結局は「お客様次第」なのだ。彼女が首を縦に振らなければ、この「内見地獄」はいつまでも続くことになる。そして「いい加減、早く決めてくれ」なんて、文乃の立場ではそう強くも言えない。彼女の気分を害し、「じゃあ、他の不動産屋で探します!」という事態にもなりかねない。不動産屋は他にいくらでもあるのだ。
 文乃は改めて今月の「ノルマ」を思い浮かべる。もしそれを達成できなければ――、上長から「叱責」を浴びることはほぼ確定だし、文乃自身の「成績」と「評価」にも大きく影響する。
――今月中に、このカップルの契約さえ取れれば…。
 それでなんとか、今月の「ノルマ」には届きそうだ。文乃はようやく「胃痛」から解放され、健全な睡眠を迎えることができる。
 ハンドルを握る手に、力が込められる。「今日こそ、決めなければ」と文乃は決意を新たにする――。

 駐車場に「社用車」を停める。数度の切り返しだけで、見事に「駐車」してみせる。「女はバックが苦手だ」などという非論理的な意見に、文乃は真向から反論する。それは文乃のアイデンティティにも関わる問題であり、「男には負けたくない」という彼女のキャリアウーマンとしての「プライド」から来るものでもあった。
 店から持参した鍵をもって、玄関の鍵を開ける。文乃が自らの「異変」を感じたのは、まさにその時だった――。

――ギュルルル…!!
 突如、腹部が悲鳴をあげる。それが「空腹」から来る叫びでないことはすぐに解った。それよりもっと下、それは「大腸」から届く叫びだった。
――どうして…?
 文乃の脳裏にまず浮かんだのは、そんな「疑問」だった。どうして急に――、どうして今この時に――、という「不可解さ」だった。
 次に文乃は、今日の自分の行動を振り返ることにした。今は午後二時過ぎ。今朝はいつも通り七時に起きて、朝食は――「ヨーグルト」と「食パン」を食べ、「オレンジジュース」を飲んだ。定時より少し早めに出勤し、今日会う事になっている顧客の資料をまとめ、昼食はコンビニで「サンドイッチ」と「トマトサラダ」を買って食べた。
 文乃は考える。今日口にしたそれらの内、どれかが傷んでいたのではないかと。
「腹痛」にいくつかの種類があることを、文乃は経験上、実体験として知っていた。いわゆる「生理的欲求」から来るもの。女性特有の――それがあるから女は男に比べて、そのキャリアにおいて大きな「ハンデ」があると決めつけられている――もの。そして、今感じているそれは、紛れもない「下痢」から来るものだった。

 まず文乃が第一の「容疑者」として挙げたのは、「ヨーグルト」だった。その理由は「乳製品だから」という、食品からしてみればやや理不尽なものだったが、それもまた紛れもない事実である。
 文乃は今朝食べた「ヨーグルト」の味を可能な限り思い出してみた。それは文乃がいつも買うメーカーのものと同じもので、買う時にも食べる前にもちゃんと「賞味期限」は確認したはずだ。味もいつも通りで、酸っぱかったりすることもなかった。
 続いて文乃の捜査線上に浮かんだのは、いわゆる「生もの」だった。その理由もまた「傷みやすい」という、経験上あるいは伝聞情報による事実だった。
 だがそうなると、「容疑者」の範囲はかなり広がることになる。「魚介類」こそリストにはないものの、「サラダ」の中に含まれる「野菜」は全てがそうだし、「サンドイッチ」の具である「ハム」や「卵」なんかも栄養学上の分類では違うが、広義の意味では「生もの」である。
 そしてそれを言い出すなら、文乃は今日口にした食材全てを「容疑者」の範囲に含めなくはならなくなる。だが少なくとも、文乃の体感としてはどの食品も「無実」である気がした。(「動機」や「アリバイ」については、その限りではないが)

「外部」からの「異物」の「侵入」でないとするならば。その原因は文乃自身の「内部」にあることになる。そして、文乃には少なからずその「心当たり」があった。
 それは「ストレス」によるものだ。
「ストレス」と「腹痛」、あるいは「下痢」における因果関係が医学的に証明されているのかは分からないが、恐らく間違いなく関係はあるだろう。
 特にここ最近の文乃は、課せられた「ノルマ」を達成できないという焦燥から、度々「胃痛」を感じていた。(「下痢」になったことはないが)
 だとしたら、今の腹痛の原因は紛れもなく「ストレス」によるもので、その「ストレス」の原因は間違いなく、今後方にいて、呑気にも新居への期待に胸を膨らませる「カップル」にある。
 文乃は自分の体調さえも悪化させ、「生殺与奪」の権利さえ握るカップル(主に彼女の方)を恨めしく思いながらも、もちろんそんな感情を面に出すわけにはいかなかった。

 室内に一歩足を踏み入れると、例の如く彼氏の方から感嘆の声が上げられた。彼女の方は黙り込んでいる。それもまた、いつも通りだった。
「こちらが『リビング』兼『キッチン』になります」
 慣れた口調で、文乃は説明を始める。「ルーティーン」に入ったことで、文乃の腹痛は一時的に収まりつつあった。
――とりあえず、早く「内見」を済ませちゃおう。
 いつまた「波」が訪れるかは分からない。「トイレ」に行けるのはどんなに早く見積もっても、店に帰ってからだ。少なくとも、あと二、三十分は我慢しなくてはならない。
「キッチンは『IH』になっているので、掃除もお手軽になっています」
 文乃は続いて、キッチン設備の説明にうつる。そこで初めて――今回の内見のみならず、これまでの全ての内見において初めて、彼女の方が好反応を見せた。
「へぇ~、これなら私が料理しても大丈夫だね」
「IH」じゃなきゃ料理しないつもりかよ?というツッコミはさておき。これなら今回こそはいけるかもしれない、と文乃の中で期待が高まる。
「はい!よくお料理をされるなら、かなりオススメですよ!」
 文乃の説明にも力がこもる。「どうせ、滅多に料理なんてしないくせに。得意料理はパスタにレトルトの具をかけたものですか?(笑)」などとは言わない。
「良いかもね!どう?」
 彼女の方から初めて、彼氏に向けてポジティブな意見が発せられる。それに対して彼氏の方はもちろん、「良いじゃん!」と同調する。文乃はいよいよ契約成立の「足音」を感じ始めた。あとは「足早」に、なるべく「手短」に他の部屋の説明を済ませてしまおう。その時文乃は自分の「腹痛」のことなど、すっかり忘れかけていた。あくまでそれが「一時的」なものであるとも知らずに――。

「続いては、こちらの部屋です」
 文乃が自分のテンションに任せて、ドアを開いた瞬間――。
――ギュルルル…!!
 再び、「腸」が雄弁に語り始めた。さっきよりも激しい悲鳴。今すぐ「トイレ」を切望したくなるようなものだった。
 文乃は思わずお腹を押さえて、「前屈み」になってしまう。本当なら今すぐにでもうずくまってしまいところだが、文乃の「理性」とキャリアウーマンとしての「プライド」がそれを拒否し、「括約筋」をもって踏みとどまる。
「こちらは…『六畳』のお部屋になります」
 幸い、カップルたちには「異変」を悟られていないようだ。文乃はほっと胸を撫でおろす。まさか自分が「腹を下している」なんて、勘付かれるわけにはいかない。
「『二部屋』」の内、こちらは少し狭い方のお部屋になりますが、その分『収納』はかなり大きめの設計です」
 文乃は「長所」を強調する。その言葉は文乃の口から半自動的に流れた。
「私、服多いから助かるかも~」
 ここでも、彼女の方は好感触だった。どうやら、こっちの部屋が彼女の部屋になるらしい。彼女はクローゼットを開け、そこに自分の「衣装」が並ぶのを想像しているようだった。文乃としては気に入ってくれたのは嬉しいが、早く他の部屋の紹介にうつりたかった。

 ようやく彼女の部屋の検分が終わり、続いて必然的に彼氏の部屋になるであろう部屋へ向かう。その数歩の間にも、文乃の腹痛は決して治まることはなく、むしろ時間と共にその「波」は増すばかりだった。
 文乃は部屋のドアを開ける。その手以上に下半身、主に「尻」に力を入れながら。
――もうちょっとだから。まだ耐えて。
 文乃は自らの括約筋と「肛門」に懇願する。
「こちらのお部屋は『七畳』で、しかも『ロフト』が付いています」
 文乃の説明は、いよいよ「大詰め」を迎える。この部屋の紹介が終われば、あとは「風呂」と「トイレ」というごく当たり前な、必要最低限の設備の説明を残すのみで、それらは半ば惰性で済ませることができるだろう。この部屋の紹介、主に「ロフト」についての紹介こそが肝要なのだ。

「『ロフト』付きってすげぇ~!!」
 案の定、彼氏が分かりやすくリアクションを取る。ここは「君の部屋」になるんだから、無理もない。だが、そこで彼女が――。
「へぇ~、『ロフト』に私の荷物置けるじゃん!」
 と言った。「いや、一体どんだけお前の荷物あるんだよ?てか、二部屋ともお前が使う気か?彼氏の部屋は「廊下」ですか?(笑)」などという皮肉はもちろん胸の奥に閉まっておくことにする。文乃は段々と、このカップルの扱い方が今さらながら解ってきた気がした。
「そうですね。『ロフト』を収納に使われる方も多いですよ?」
 文乃はツッコミをスルーして、彼女に呼び掛ける。彼氏の意見などお構いなく、あくまで顧客を彼女の方に限定する。だから、そこで彼女の方からもたらせられた「ある不安」に対しても、文乃は自らの「体」を使って実証してみせる。
「でも『ロフト』って、上り下り危なそう」
 彼女は言う。女性の「身体能力」が男性に比べて著しく劣っている、とでも言いたいのだろうか。だからこそ、文乃は自ら実践することでそれを否定することにした。

「そんなことないですよ。『女性でも』簡単に上り下りできます」
 文乃はロフトの「梯子」に手を掛けた。「女性でも」という言葉は不本意なものであったが、それも「入居者」の不安を解消させるためには致し方ない。
 文乃は自ら「梯子」を上ってみせる。文乃は「パンツスーツ」を履いていて、下からの「視線」を気にする必要はない。一段目、二段目、三段目と梯子を上っていき、そして「四段目」に差し掛かったところで――。

――ブチッ!!

――えっ…!?
 文乃の「尻」から「破裂音」が発せられた。力んだことによる、紛れもない「それ」だが、文乃はその「音」の原因を転嫁する。
「ちょっと、梯子が傷んでるのかもしれませんね…」
 決してそんな「音」ではなかったのだが、文乃はありもしない物件の「瑕疵」を装うことで、何とか「緊急」の事態を回避する。
「入居までには、きちんと修理するよう言っておきますね」
 文乃は言う。ここまで来て「欠陥」が見つかったかのように振舞うのは、文乃にとっても大きな「賭け」であったが、それでも自らの「瑕疵」を露呈するよりはずっとマシだった。幸い、未来の「入居者たち」は、「音」の原因を設備による「欠陥」だと思い込んだらしく、「本当にここ大丈夫~?」と薄ら笑いを浮かべつつ、あまり「大事」とは感じていない様子だった。
 文乃はとりあえず安堵する。だが、文乃の「緊急事態」はそれだけには留まらなかった――。

文乃は、ショーツの中が温かくなるのを感じた。「異物感」というほどではないにせよ、そこには確かに「違和感」があった。
 文乃は「放屁」をしてしまったのだと思い込んでいた。だが、そこから出たのは「ガス」のみではなかった。「気体」より質量をもった「液体」にも似た「固体」が発射されたのだ。
 文乃はショーツの中に少しだけ「下痢便」をチビってしまったのだ。ほんの「少量」だけ、「お漏らし」と呼ぶほどのものではない。それでもショーツの中に甚大な「被害」が及んでいることは確実だった。
――どうしよう…。
 文乃の不安は継続していた。ショーツの中に「温かみ」を感じながら、文乃の当面の怪訝は、その被害が「パンツスーツ」にまでも及んでいないかというものだった。
 梯子を上り終えた文乃は、こっそり「尻」の部分に手をあてがう。「大丈夫、濡れてない」、文乃はスーツの「生地の厚さ」にこれほどまでに感謝したことはなかった。
「ほら、女性でも簡単でしょう?」
 文乃は自らを「被験体」として、証明してみせる。女性だって、それほど「非力」な存在ではないのだと、自らの身をもって体現してみせる。自分の下着の中が「女性」として、「大人」としてあるまじき「失態」を含んでいることを悟らせずに――。

「『ロフト』良いかも!」
 文乃の「体を張った」パフォーマンスの成果もあり、彼女が認めてくれる。「契約成立」もいよいよ目前だ。
 問題は、どうやってこの「梯子」を下りるか、だった。それ自体はそれほど難しいものではない。文乃は「高所恐怖症」ではなかったし、高い所はそれなりに平気だった。あるいはそれも、「女はすぐに怖がる」という大衆の意見に対抗したものなのかもしれない。
 だが今の文乃は、それとは別の「問題」を抱えていた。すなわち、上る時と同じような「失態」を繰り返してしまわないか、という不安だ。
――これ以上「漏らして」しまったら…。
 さすがにショーツの「許容量」を越えてしまうかもしれない。そうなってしまったら――、文乃の「おチビり」が白日の下に晒されてしまう。それだけは何としてでも避けなければ――。

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おかず味噌 2020/03/24 17:10

オススメ作品「スカトロクエスト~そして排泄へ~」

皆さんは「物心」ついた少年時代に、こんなことを思った経験はないだろうか?

「このキャラの『パンツ』見たい!!」と。

 もしも、そんな経験があるというなら、その気持ちは十分に理解できる。ネットの十分に普及していない当時の「小さな大人たち」にとって、「女性のパンツ」というものはそれほど貴重なものだったのだ。ましてや「可愛い子のパンツ」など、たとえ直接触ったり嗅いだりは出来なくても、純粋に「見てみたい」ものだろう。
 やがて「少年」は「大人」になって――。その成長と共に文明も発達し、今では簡単に「女性のパンツ」を見ることが出来るどころか、その「中身」さえも知ることが出来るようになった。今や、「女性のパンツ」というおかずだけで達することは難しい。なぜなら、それはごくありふれた「前菜」のようなものであり、その先にもっと豪華な「主菜」が待ち受けていると知っているからだ。だから、たとえ少しばかりの食欲を満たされようと、その時点で満腹になってしまうのは勿体ないという心理だ。

 だが、それでも。我々はやはり予期せぬ「パンチラ」というものは相変わらず嬉しいものだ。それが予め約束された「展開」ではなく、ふいにもたらせられたものであるならば――。我々はいつだって少年時代に立ち返って、その初期衝動を何度だって反芻することができる。近所の駄菓子屋でお小遣いの範囲内で数十円足らず駄菓子を買い、暗くなるまで友達と走り回っていた「あの頃」を思い出すみたいに。
 我々はいつからか「忘れて」しまった。「パンチラ」の感動を、そこに存在する「趣き」を。財布はマジックテープのものから長財布へと変わり、その中身は札で膨らんでいる。今や、「駄菓子」などいくらでも買えるし、エロいコンテンツだって手に入れたい放題だ。いつの間に我々は、かつて少年時代に忌避した「権力者」と成り果ててしまったのだろう?
 確かにある種の「成功」とは言えるだろう。だが、果たしてそんな我々は、かつて少年時代に感じたほどの興奮を再び味わうことができるだろうか?ただの「パンチラ」で抜くことができなくなってしまった我々に――。

 かつて我々は「ゲーム」という文明の利器を手にした。それは実に画期的な人類における「発明」であり、これまでは受け身でしかなかった漫画やアニメとは違い、自ら「主人公」を動かすことで物語を進行させていくというものだった。それによって、我々はあたかも自分自身が主人公に成り代わったかのような感動を手にし、登場人物たちと共に笑い、共に怒り、共に感じ、共に願ってきた。
 現代にも受け継がれる著名なタイトルが次々と出される中、そんな中でも我々は「ゲームを純粋に楽しむ」という目的の他に、ある「邪」な感情を微かに持ち合わせてはいなかっただろうか?
 それは一般作である漫画やアニメに向けられたものより、あるいは巨大な期待であり、ある種の「願い」でもあった。だが、その願いはそう簡単には聞き入れられず、悔しい思いをした者も数多いことだろう。

 さて、この作品は「ゲーム」である。その「操作性」や「自由度」は、今の一般発売とは比較するまでもなく、大きく劣るものではある。あるいはかつての「ファミコン」と肩を並べることさえ難しいかもしれない。だが、そこには大きな「少年の夢」が詰まっている。
 一般作だけど「一般作」ではない。エロゲーだけど「エロゲー」ではない。そうした絶妙な葛藤と「趣き」が、このゲームには込められている。

 ゲームの内容としては、我々がまず最初に思い浮かべる「RPG」であり、いわゆる異世界(ファンタジー)の設定だ。武器や防具が登場し、それを装備することで強化され、敵を倒していく。そこそこの「強敵」も存在し、ただ一直線に突っ走るだけでは突破できないこともある。そうした厳しい戦いを経て、我々はようやく「クリア」という達成感を得るのだ。
 けれど、分かっている。あなたが求めるのはそんな種類の「達成感」ではないのだと。

 このゲームでは登場人物(女性)が、何と頻繁に「お漏らし」をするのだ。「失禁」「着衣脱糞」「おねしょ」など、これまでの一般作のゲームでは到底考えられなかった「斬新」な設定である。
 もちろん、この作品はエロゲーである。けれどその「世界観」が、かつて我々のプレイした著名な「クエスト」に酷似していることで、まるであの時は味わえなかった興奮を満たすように、「どうして思うようにいかない」というあの頃の鬱憤を晴らすように、このゲームはかつての少年時代の「未実現」を思い出させ、それを解消させてくれる、「お漏らし」ないし「スカトロ」好きには堪らない作品だ。

 いつもの如く、作者が購入しプレイしたことは言うまでもない。それなりに「敵」が強く苦戦した場面もあったが、それがより「待ちわびた瞬間」を際立たせることになる。
「お漏らし」「スカトロ」好きは、ぜひ購入して頂きたい。
 そして、我々は「勇者」となるのだ――。

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おかず味噌 2020/03/18 03:46

短編「定番お漏らし『授業中』」

悪夢の始まりは、五時限目の世界史の「授業中」のことだった――。
「それ」は音もなく私の背後に忍び寄り、授業開始から二十分が過ぎた頃ついに私を捕らえ、やがて私の「お腹」を支配した――。



登場人物「長沢みち子」
 高校二年生。黒髪のストレートで、比較的小柄な、やや幼さの残る顔立ち。いわゆる「イケイケのギャル(死語)」ではなく、学校生活においては化粧をしていないが、休日に友達と出掛ける時は、周囲と同化するために不慣れなメイクを施す。人懐っこい性格のため友人は多く、クラスの男子にもそれなりにモテる。誰とでも分け隔てなく接し、交友関係は割と地味目な女子から、クラスのリーダー格の女子までと幅広い。高一の夏休みから付き合っている彼氏がいる。
 友人が多く、その上彼氏までいるということで、自分では「スクールカースト」の割と上位にいるんじゃないかと思っている。だが、元々は大人しめの性分のため、頂点の「パリピ女子」たちはいまいちノリが合わず、それでも少し無理をしつつも背伸びして同調している。かといって、あまりイケてないグループの友人たちを見下すわけでもなく、むしろ彼女たちと一緒にいるほうが素の自分を出せる気もする。
 だけどやっぱり、イケているグループに所属している自分の方が気に入っていて、彼氏もそのグループの女子たちと仲が良い。だから放課後や休日は彼女たちと遊ぶことで、充実した高校生活をエンジョイしている。
 今の彼氏が人生初めての彼氏で、付き合ってもう一年近くになるが、まだ「初体験」は終えていない。彼氏としてはやっぱりヤりたがっているみたいだけど、何となく痛いのは怖いし、彼氏が自分のことを「そういう目」でしか見なくなるのでは?という不安もある。
 胸はまだ発展途上(かも?)で、少し大きめのお尻と「幼児体型」気味のスタイルに、ややコンプレックスを抱いている。
 下着はママの買ってきてくれたものをそのまま付けていて、今のところ自分で下着を買いに行ったことはないし、その予定もない。それでも、たまに見えてしまう同級生の女子たちの派手な下着には、少しばかり憧れもある。ちなみに今日のショーツは、ピンク色の木綿生地。さすがに「キャラクターもの」や「クマさん」は、とっくの昔に卒業した。
 まさかそのショーツを数十分後に「うんち」で汚してしまうなんて――、まだ彼女は想像さえしていなかった――。



――お腹痛い…。
 みち子は心の中ではっきりと「異変」を自覚する。
 とはいえ、「腹痛」には幾つかの種類がある。小学生の頃、学校で「大便」を禁止された男子たちがよく言っていた「そういうヤツじゃない」というものから、少しでも「幼児体型」を克服するため、家でたまに思い立って「腹筋」をした翌日に訪れるもの、それから「女の子の日」のものまでと、様々だ。
 みち子は自分のお腹に訊ねる。「今の『それ』は、どんなものなんだい?」と。返ってきた答えは――無情にも「便意」を告げるものだった。
――どうしよう…。
 みち子は、教室前方の時計を見る。長い針はようやく円盤の「最下部」に差し掛かるところだった。授業の終わりまでまだ三十分以上ある。

「三十分」という時間を、色々なものに当てはめてみることにした。
 小さい頃に観ていた「アニメ」の放送時間がちょうどそれくらいだ。ということはつまり、同じだけの時間を耐えればいいということだ。だが、ここである問題に思い当たる。
 確かに、放送番組欄にはきっちり、前の番組と次の番組の間、ちょうど三十分の「枠」が用意されている。だけど実際は、二十六分くらいで番組が終わり、あとはコマーシャルなのだ。しかも、オープニングの後、前半と後半の間にもCMがある。
 CMの間、トイレに行ったり、ジュースを取りに行ったりと、テレビから離れる。そんな「休憩」を含めての三十分なのだ。席を離れることも、立ち上がることさえもできない「三十分」とはわけが違う。
 次に、もっと細かく分割してみることにする。
「カップ麺」の待ち時間が「三分(最近ではそれより短いものも多いが)」だ。ならば、その「十個分」がちょうど三十分に相当する。こちらはタイマーで測ってきっちり「3分×10」、間にCMが挟まれることはなく、しかもこれは純粋な「待ち時間」なのだ。だが、ここでもやはり問題はある。
 そもそも、一度に十個ものカップ麺を食べたことがないという問題だ。どんなにお腹が減っていたとしても、せいぜい二個、それが限界だ。「カップ麺を同時に十個食べてみた!」なんて、Youtuberの企画でもあるまいし、家でそんなことをしようものならママに怒られてしまうだろう。
 それに、もし仮にそんなチャレンジをするとしたら、一個三分以内では到底食べ終えられないので、もっと長い時間が掛かるだろうし、そのインターバルはもはや「待ち時間」とは呼べない。
 今度は、もっと長い時間の「一部」を切り取ってみることにする。映画の上映時間を「二時間」だとすると、その四分の一くらいで――。

 みち子は再び時計を見た。思考に耽っていたことで、思わぬ「長い時間」がいつの間にか経過していたことを期待して。
 だが、時計の針はさっきとほとんど同じ位置に留まったままだった。クラスメイトに聞こえぬよう、みち子は小さくため息をつく。
――どうして、こういう時って、時間が経つのが遅いんだろう…。
 これが「相対性理論」というやつだろうか?(違う。)友達と遊んでいる時や昼休みはあっという間に時間が過ぎるのに、授業中は時間の流れがとても遅く感じられる。本当に「同じ時間」なのか?と疑いたくなるほどに。ひょっとすると、時計の針がサボっているんじゃないか?と感じるくらいに。そして、今日の授業はいつも以上に長く思えた。

――先生に言って、トイレに行かせてもらおうかな…。
 世界史の本田先生は、そんなに厳しくない先生だ。申し出れば、きっとトイレに行くのを許してくれるはずだ。そうすれば、授業の終わりを待つまでもなく、すぐにこの苦しみから解放される。だけど――。
――恥ずかしい…。
 授業中にトイレなんて、子供じゃあるまいし。それこそ休み時間に済ませておけ、という話だ。それに、わざわざ授業中にトイレに行くということはつまり、自分の限界が近いことを告白しているようなものである。
「みち子、さっきの授業中、そんなに限界だったの?(笑)」
 きっと後で、美香に訊かれるだろう。
「そう!本当に限界で。漏らすかと思ったよ!」
 そんな風に笑い話で済ませることもできるかもしれない。けど、直接訊かれることのなかった他の友達や、クラスの男子たちはどう思うだろうか?
 みち子は選択を迫られる。「トイレに行くべきか、行かないべきか、それが問題だ」

――いや、待てよ?
 みち子は思いつく。もっと簡単に、もっと手際よく、スマートにこの問題を解決する方法がある。
――「体調が悪い」と言って、保健室に行かせてもらえば…。
 もちろん、彼女が行きたいのは保健室などではなく、「トイレ」だ。だけど、保健室に行きさえすれば、そこからトイレに行くこと自体はそんなに難しいことじゃない。というか、とても簡単なことだ。
――でも、授業をサボることになるよね…?
 真面目なみち子は、わずかな罪悪感を覚える。だが、そんな自分を納得させる論理はすでに構築済みだ。
「トイレに行きたい→お腹が痛い=体調が悪い」
 決して嘘をついているわけではないのだと、自分を納得させる。あくまで「緊急事態」であることに変わりはなく、違うとすればそれが「生理現象」によるものか、本当に「体調の異変」によるものかくらいだ。
 あとは、いかに体調が悪そうな演技をして、先生を騙すかだ。それにはやはり少しの抵抗感が伴う。先生はきっと心配するだろう。保健委員の付き添いを命じるかもしれない。友人たちもきっと心配してくれるに違いない。もしかしたら、授業終わりに「お見舞い」に来てくれるかもしれない。まさかその時に「本当は『うんち』がしたかっただけでした~!」なんて言えるはずもなく、私はそこでも友達を騙す演技をしつつ、「もう大丈夫」という体調が回復したフリをしなければならない。それはとても、カロリーが必要なことだ。

 改めて、みち子は時計を見る。時計の針は「坂道」を上り始めたところだった。あと三十分弱、二十数分、この場で耐えるのか、それとも救済への「一歩」を踏み出すのか。「放置」か「解放」か、そのどちらを選択するべきなのだろうか。
 もちろんこのまま何事もなく、変化を起こさずにいた方が「ラク」に決まっている。だけど「その時」まで、果たして「お腹」がもってくれるのか――。
――ギュルルル…。
 突如、みち子のお腹が悲鳴をあげる。楽観視する自分を突き放すように、胃腸が自己主張を始める。
 みち子は両手でお腹を押さえ、ただじっと「波」が過ぎ去るのを待つ。目を閉じて、苦痛に耐える。額には脂汗がにじみ、全身は小刻みに震えている。

――危なかった…。
 何とか「峠」を乗り越え、みち子は目を開く。平和な教室の中は、さっきまでと何も変わらない。けれど自分だけは人知れず、強大な敵との攻防を繰り広げていた。あともう一回攻め込まれたら、本当にヤバいかもしれない。
「現代では考えられないことですが――、中世のヨーロッパでは、みんな街中に汚物を平然と捨てていました」
 先生の言葉が聞こえてくる。それを聞き取れるくらい、あくまで一時的ではあるが、みち子は束の間の余裕を取り戻していた。生徒たちの「え~!」「不潔!」といった声さえ、耳に届く。現代では考えられないような「常識」を知って、みち子は思う。
――もし、ここが中世ヨーロッパだったなら…。
 もしそうなら、たとえここで「排泄」をしたって、それは常識の範囲内であり、誰にも見咎められることはないのに、と。
「女性の履く『ハイヒール』は実は、当時の人々が街中にばら撒かれた『汚物』を踏まないように発明されたものなんです」
――いや、違う。
 それは「ハイヒール」の成り立ちに、異説を唱えるものではない。
 いくら当時の人たちでも、まさか人前で堂々と排泄をしていたわけではない。もしかしたら、そうなのかもしれないけれど――、それにしたって、それなりに排泄部分を隠すなりのことはしていたはずだ。それに、ここは屋外ではなく、室内だ。先生が言っていたのは、あくまで街中つまり屋外の話であり、当時の人たちだって室内で好き勝手に排泄していたわけではないだろう。そして、今は中世ではなく「現代」なのだ。水洗便所が整っているからこそ、「排泄行為」はトイレでするのが当たり前であり、そうでなければ「野糞」であり「お漏らし」だ。
 みち子がこの場で「排泄」するとしたら、それは「ショーツの中」にであり、もしそれをしたならば、彼女のこれまでの人間関係は立ちどころに失われてしまう。それは何としてでも避けなくてはならない。

 みち子は改めて、時計を見た。長針は「一周」を三分割したところだった。
――あと二十分、イケるかもしれない!
 みち子の中に、初めて「希望の光」が差し込み始める。今では腹痛も収まりつつあり、「波」も比較的穏やかだ。これならば、恥ずかしさを耐え忍んで教室を抜け出さなくても、このままただ座っていればチャイムが鳴って、普段通り次の休憩時間にトイレに行くことで、事なきを得られるに違いない。
――簡単なことじゃないか!
 あと、二十分というのは確かにそれなりに長いけれど。腹痛さえ感じていなければ、耐えられない時間でもない。いつもの退屈な授業をやり過ごすみたいに、ただ座ってじっと待っているだけでいい。
 みち子はシャーペンを握った。中断していた板書をすることで、少しでも気を紛らわせようと、それによって「気がつけば授業が終わっていた」ことを期待するように、先生の声を耳でしっかりと聞きながら、うんうんと頷いて、ノートにペンを走らせる。ペンの色を使いわけ、テストに出そうな所にはマーカーを引き、いつも以上に真面目な生徒を演じる。鼻唄さえ浮かんできそうだったが、今は授業中、その気持ちをぐっと堪える。

――あと、十七分。
 あと十五分。その間も、みち子はしきりに時計に目をやる。いかに余裕があるとはいえ、いつこの状況が逆転されるとも限らず、時計の針の「足取り」はいまだに重かった。
――あと十三分。
 十二分、十一分――。そして――。
 ようやく、残り十分を切ったところで、眠っていた「悪魔」はついに目覚め、最後の抵抗を試みる――。

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おかず味噌 2020/03/10 18:36

ちょっとイケないこと… 第六話「性器と非正規」

(第五話はこちらから)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/220840


 電灯から垂れ下がった紐に手を伸ばしたものの、中腰のままではギリギリ届かず。彼は仕方なく立ち上がってから、カチカチと電気を消した。

 部屋の中が暗くなった(常夜灯は点いたままなので完全な暗闇ではない)ことで、肌を晒す恥辱が軽減される。薄明りはさらに、敬虔な未経験である私の体に火を灯し情欲を丸裸にするのだった。

 彼はシャツを脱ぎ、ベルトを外す。ズボンを脱ぎ、下着姿(トランクス派)になる。これまで頑なに服を脱がずにいた彼もまた、ようやくここで「パンツ一丁」になる。それによって、彼のある部分のある変化が見て取れるようになる。

 彼は、勃起していた。

 トランクス越しでもはっきりと分かる。股間の一部だけがくっきりと持ち上がり、陰茎の陰影が強調されている。下着の中で窮屈そうにしながらも主張を露わにして、彼の男性としての象徴を表わしている。

――男の人のって、こんなに大きいんだ…。

 それが私の率直な感想だった。女体には存在しない物体は、少しばかりの恐怖心とある種の好奇心のようなものを私に植え付けた。

 彼が電気を消した時のように、私もまた彼のそこに手を伸ばす。立ち上がらずとも座ったままで手が届く。あくまでも布越しに、彼のペニスに触れる。


「うっ…!」

 私の掴み方が強すぎたせいか、あるいは握られることで微かな快感を覚えたのか、彼はわずかに腰を引く。私はとっさに手を離した。

「ごめんなさい、つい…」

 言い訳のような、己の欲情を告白するような言葉を吐く。

「いや、ごめん。ちょっとびっくりしただけだから…」

 彼もまた弁解する。ただ驚いただけなのだ、と。これまでずっと受け身だった私がいきなり大胆な攻めに出たのだから無理もない。私は自戒する。

――あまり女子の方から積極的だと、男性に引かれる。

 主に伝聞情報のみによって構成された私の教科書に改めてアンダーラインを引く。だけど今ばかりは「書を捨てて、町に出たい」という気分だった。

 私は再び、彼の股間に手を伸ばした。今度はゆっくりと両手でペニスを包み込む。硬いような柔らかいような、他にない奇妙な感触をしたそれは。一枚の布を隔てても伝わってくるくらいに確かな熱を帯びていて、微かに脈打っているかのような感覚(それもあるいは伝聞情報による錯覚なのかもしれない)があった。

 掴んだり、囲んだり、揉んだり、握ったりしながら、私は己の知的好奇心を弄ぶ。布越しの感触をしばらく堪能したのち。ようやく慣れてきた私は、彼のトランクスをいよいよ脱がしに掛かる。


「ポロン!」と間抜けな動きで棒が上下に揺さぶられる。振動が収まるのを待って、彼のペニスを凝視する。

 想像していた以上にグロテスクな物体が眼前に晒される。醜悪な造形をしながらもどこか凶悪さを秘めたようなその物体は、私に少しの戸惑いを感じさせた。

――これが、「おちんちん」なんだ…!!

 女性器とは明らかに違う。比較にならないくらい、かなり大きく異なっている。(そもそも私は自分のアソコを、まじまじと観察したことなどないのだけれど…)

 恐怖心と好奇心とが葛藤する。その感覚はまさしくスリルとも呼べるものだった。ゆえに勝敗はすでに決していた。今度は布越しではなく直接、彼のペニスを握る。

 肌と肌が触れ合う感触。いやそれ以上の感慨がもたらされる。自分の秘部に触れ、触れられた時と同じような快感が私の脳を駆け巡る。

 そこから先はまさしく教科書通りに、男性が喜ぶであろう行為をそのまま演じる。彼のペニスを優しく包み込み、最初は小刻みに、次第に激しく前後に動かす。

 こういう時、片手か両手なのかは教科書に書いてなかったので。刀を握るみたいに私は両手で触れることにした。そのほうが一生懸命さと健気さが伝わるだろうという僅かな打算もあった。一、二分それを続けた後(時間も教科書に載ってなかった)、次なる局面へと打って出る。


 彼の股間に顔面を近づける。異形の物体が眼前に迫ってくる。だけどもはや恐怖は感じなかった。高まる興奮により緩和され、完全に麻痺していた。意思の赴くまま、私はそれを「パクッ!」と口に咥えた。

 口内が満たされる感触。食べ物ではないモノによって、口の中を支配される感覚。彼は微かに快感の声を上げたものの、私にそれを聞く余裕はなかった。

 苦いと聞いたことがある(それも伝聞情報によるものだ)それは意外にも無味で、匂いもほぼ無臭であった。ペニスを口に含んだまま、私は上下運動を開始する。

――チュポ、チュポ…。

 未だかつて経験したことのないその動きに、自分でも確実にぎこちなさを感じる。彼が気持ちいいと思ってくれているのか、下手と内心で笑われているんじゃないかと不安になる。

「気持ちいい、ですか…?」

 口を離してから彼に訊ねる。下から見上げることで、必然的に上目遣いになる。

「めっちゃ気持ちいいよ」

 彼は言ってくれた。それにより私は自らの行為を肯定されたような気分になって、ますます献身的に彼に「ご奉仕」するのだった。


――じゅぼ、じゅぼ…。

 私の唾液と彼の分泌液が混じり合い、いやらしい音を立てる。それと共にようやく苦みのような味を覚え始める。

「もう、大丈夫だよ」

 彼は呟いた。「大丈夫」というのは、果たしてどういう意味だろう?
 挿入する準備が整った、という意思表示なのだろうか。もう射精してしまいそう、という危機表明なのだろうか。あるいは私のクチに満足がいかず、半ば呆れたゆえの固辞なのかもしれない。

 真意不明のまま彼はペニスを口から抜き取り、そのまま私をベッドに押し倒す。

「結衣」

 彼は私の名前を呼んで、私の体を抱き締める。痛いくらいに強く、逞しさを感じる紛れもない男性の力だった。今夜何度目かの自己肯定感に私は満たされる。このままずっと朝まで彼の腕に抱かれていたいような、そんな気持ちになる。

 彼は私に「キス」をする。最初はフレンチに、その後ディープに舌を絡めてくる。舌戦を繰り広げるが如く彼の舌尖を追いかけ、私は実践でもってそれに応える。

 私はふと、彼が自分のペニスを咥えた口とキスするのは嫌じゃないのかと思った。だけどそれを言うなら、彼だってさっきまで私のアナルに「口づけ」していたのだ。もはやお互い様だろう。

 彼の手が私の胸に伸びる。服越しに「おっぱい」を激しく揉まれる。半分は快感ともう半分は演技で私は息を荒げ、微かな喘ぎ声を上げる。

 私の反応によって彼はさらに興奮を覚えたらしく、まどろっこしさを含んだ動作で私の服を脱がしに掛かる。ここでついに私の胸を隠すものはブラジャーのみとなる。残された防御はもはや数少ない。なんとかそれを死守しなければ…。


 だが彼は無慈悲にも、そんな私の最後の防衛線さえも突破しようと試みる。思えば当然の展開であり。それを拒むこと自体、他の女子には理解し難いことなのだろう。

 私はすでに下半身を露わにしているのだ。今さら善戦なんてあったものではなく、どこが前線なのかも分かったものじゃない。

 必死になりブラジャーを押さえ付ける。下着を剥ぎ取られることを全力で抑える。彼は当然のように戸惑いの表情を浮かべる。この期に及んで今さらどうしたのかと、怪訝そうな顔をする。そんな彼の疑問に答えるように私は言った。

「私、胸が『ヘン』なので…」

 羞恥を堪えながらも精一杯の勇気を振り絞ったつもりだった。だけど、それだけで彼に伝わるはずもなかった。

「小さい、ってこと?」

 彼は訊いてくる。まさに男性の発想。「胸が小さい=恥ずかしい」と思っている。私は今夜初めて、彼に幻滅した。雑誌か何かで見知ったのであろう情報に踊らされ、それを信じ込んでいる彼が哀れにさえ思えた。

 私の悩みはそんなステレオタイプのものじゃない。あるいはそれが原因で初体験が遠ざかってしまうくらい深刻なものなのだ。(それに私の胸はそんなに小さくない)


 胸に秘めたる事情を、私自ら告白することも考えた。だけど、そうはしなかった。「百聞は一見に如かず」。口で言うより実際に見てもらった方が話は早いだろうし、ここまで来たら露見は時間の問題にも思えたからだ。

 背中に手を回して、ブラジャーのホックを外す。後は胸に乗っかっただけのそれを勇気に後押しされながら、自棄に引っ張られながらも取り去る。

 ついに自分の胸を、おっぱいを、乳首を、生まれて初めて男性の前に晒す。

 恥辱にまみれた『陥没乳首』を――。

 私の秘密を知って、彼は驚いた様子だった。あるいはそれも単なる私の勘繰りで、実は驚いてなどいなかったのかもしれない。それとも薄暗い室内で一瞥しただけでは私の瑕疵に気づけなかっただけだろうか。彼はキョトンとし、ほぼ無反応だった。

 暫しの沈黙が、私の焦燥を掻き立てる。己の抱えた事情を正直に白状することで、いっそ楽になりたいという衝動に駆られる。

「私、『陥没乳首』なんです!」

 ついに私は言ってしまう。何度かネットで解消法を調べたことはあったものの、「OKグーグル『陥没乳首』を検索して」などと言えるはずもなく、言いたくもなく。自分の口からそのワードが飛び出したことに、私自身が驚きを隠せないでいた。


 これでまた、初体験が遠ざかってしまうかもしれない。『放屁』の時と同じ恐怖に私は怯えながらも、だがそれに対する彼の反応はまさかのものだった。

――チュパ、チュパ…。

 彼はおもむろに私の乳首を舐め始めたのだ。醜く惨めな『陥没乳首』に吸い付き、あろうことかそれを吸い出し始めたのだ。

 本来なじられるべきである私の瑕疵を、彼の意思により舌で舐め回されることで。再び想定外の羞恥を感じつつも、負の感情が瞬く間に絶対値へと変換されてゆく。

 引っ込み思案な私の部分が突起に変化する。それは勃起の様子にも酷似していた。私の乳首が隆起している。外気に晒され、彼の舌技に犯されることで奮起している。

「全然、『ヘン』なんかじゃないよ」

 彼は言ってくれる。秘密の恥部を普通の一部へと昇華させつつ、隠し続けた問題を何でもないことだと認めてくれる。

 私はアソコが熱くなるのを感じた。愛液が溢れて、そこが拡がるのが感じられた。

――彼になら、抱かれてもいい。

 あくまで処女喪失の手段として。自らを納得させていた感情が今や確信に変わり、やがて目的へとすり替えられていった。


「もう、挿入れてください…」

 はっきりと己の口で懇願する。アンダーラインを引くことで強調された文言など、もはや関係なかった。私は自分の中の教科書を捨て去る。知識ではなく経験として「はじめの一歩」を踏み出すことが叶う。

 再び、彼は私を四つん這いにさせた。最初は向かい合う体勢でして欲しかったが、彼がそちらの体位を望むのなら仕方がない。どちらにせよ挿入自体に変わりはなく、姦通であることに違いはないのだ。

 彼は私の腰に手を添え、挿入の位置を整える。彼のペニスがお尻の肉をかき分け、割れ目をまさぐり、やがて「穴」の場所を探り当てる。そして…。

――!!!???

 突如激しい痛みに襲われる。初めての行為は苦痛を伴う、分かっていたことだが。その痛みは私の想定とは異なり、私がかつて経験したことのある種類のものだった。

 幼い頃に高熱を出して座薬を入れられた感触。だが座薬とは比べ物にならないほど太いそれ。それが出て行く感覚を私は知っている。


『排泄行為』

 生物として当たり前の生理的欲求でありながら、老廃物排出作用。生命維持のため必要だからこそ快楽を感じるその行為は、だがとても他人に見せられる姿ではない。

 そして。本来不可逆であるべきそれが、可逆として存在しているという不可思議。まるで時間の巻き戻しのように、排泄した『うんち』を再び腸内へと戻される感覚。確かな異物感を覚えつつも、それが不確かな快感を呼び起こす違和感。

 私は「アナル」に挿入されていた。

 その行為が、多くの女子が経験することのない性体験であることは明らかだった。一度は捨て去ったはずの教科書を私は拾い上げる。ほとんど空白のままのページ。

――そもそも、すんなりと入るものなの…?

 お尻でするのは準備がいる、と聞いたことがある。きちんとほぐしてからでないと痛みでとても入らないし、ペニスに余計な付着物を付けてしまう可能性だってある。

 にも関わらず。彼は何の準備も遠慮もなく、私のアナルに突入を試みたのだった。スキンと俗称されるコンドームさえ用いずに、生の状態で腸内に挿入したのだった。

――そんなに私のお尻の穴って、ユルいのかな…?

 彼の侵入をあっさりと許してしまったことにより、私は己の肛門に疑問を覚える。同時に、これまで過ごしてきた「ヒトリノ夜」が今まさに「白日」の下に晒される。


 差し迫る焦燥を静め、性的衝動を鎮めるため、私は幾度となく自慰行為に耽った。時には性器のみならず、非正規の穴さえも己の指で侵すことで。知らず知らずの内にショーツに『ウンスジ』が刻まれりして初めて、犯した罪を知るのだった。

――もしかしたら、さっき彼に舐められていた時…。

 私はお尻の穴に『うんち』を付けていたかもしれない。いや、そんなはずはない。何しろ、今日はまだ一度も『大』の方をしていないのだから。だけど、わからない。私のアナルが彼のペニスを楽々と飲み込んでしまうくらいに緩々だったとしたなら、不可逆のそれが勝手に漏れ出していた可能性だってある。

 彼が舐め続けていたことで、逆説的にそんな心配はないのだろうと安心していた。だけど今となってはそれもわからない。彼に『うんちまみれ』のアナルを舐めさせ、彼の舌に『ウンカス』を舐め取らせていたのかもしれないのだ。

 堪らない羞恥に私は襲われる。けれど、まさか彼に訊ねるわけにもいかなかった。「私のお尻、『うんち』付いてませんでしたか?」なんて訊けるはずもなかった。

 無言の疑問に答えることなく、彼はやがて前後運動を開始する。最初は慎重に、徐々に加速されていく律動とそれに伴う振動。

 ペニスを抜かれる時は排泄感が、入れられる時は奇妙な遡行感がもたらせられる。既知と未知。押し寄せる波状攻撃に溺れてしまいそうになりながらも乗り越えつつ、私はかろうじて彼に抗議する。


「そっち、じゃないです…!!」

 講義に依らない私の中の教科書によると。「童貞さんは初めての性行為に及ぶ際、ペニスを挿入する穴の選択をしばしば誤る」らしい。

 だけど彼はまさか「童貞さん」ではないだろうし、後背位で間違えるはずもない。その選択が彼の私的な興味によるものならば、私の指摘は無意味なのだった。

 それに。挿入前ならまだしも、すでに私は腸内の奥深くまで侵入された後なのだ。それが正しいのだと言われれば、受け入れる他ないだろう。

――違う、違う!そうじゃ、そうじゃない!!

 お尻の穴でセックスなんて間違っている。そこは性行為に使う穴なんかじゃない。私は処女なのだ。ヴァギナの姦通を済ませる前に、アナルの貫通を終えるだなんて、どう考えても普通ではない。いかにビッチといえど、そんな経験はないはずだ。

 だとしたら、私は彼女たちに対して優位性を得ることができるのだろうか?
「初体験は『お尻』で済ませました!」と堂々と胸を張って、他の者にはない経験を自慢することができるのだろうか。いやそんなの望んでない。私はあくまで一般的な同年代の女子たちに追い付きたいだけなのだ。追い越すことなんて求めていない。


「こっちです!こっちに、挿入れてください…!!」

 私は彼を誘導する。指でヴァギナを拡げて「こちらですよ!」と先導する。

 私のアソコは熱く湿り、ダラダラと涎を垂らしている。とっくに準備万端なのだ。彼を受け入れる用意はできている。今か今かと待ち侘び、待ち惚けを喰らっている。これじゃ私のそこがあまりにも可哀想だ。

――パン、パン、パン…!!!

 けれど彼のピストンは止まらない。激しい突きによって、体全体を揺さぶられる。こうなったらもういっそ、最後の手段とばかりに私は叫ぶ。

「そっちじゃないんです!『オマンコ』に入れてください…!!」

 口から出た下品な言葉も、背に腹は代えられない。このままだと、本当にもう…。


「もう、出そう…!」

 彼は宣告する。セックスのクライマックス、これも何度か自習でやったところだ。だけどやっぱり範囲外、こんなの習っていない。ここで女子なら自分の身を守るため「外に出して!」と言うべきところだが、こちらの穴なら妊娠の心配はないだろう。

「中に出してください!大丈夫だから」

 何が「大丈夫」というのか。さも避妊の準備は出来ているかのように私は言う。

「私も、イっちゃいそうです!」

 私は宣言した。自分の口でそう言ったことで、私の体は増々誤解を強めたらしい。射精を受け止める準備が整ったのだと、疑似的な受精が喜びとなって押し寄せる。

「お尻の穴で、イっちゃいます!」

 私は宣誓した。誰に向けたものかも分からない実況をして、己の羞恥を周知する。そして…。


――ドピュ!ドクン、ドクン…。

 彼は私のお尻の穴に射精した。腸内に彼の精液が迸る。『浣腸液』のような、だがそれより熱い液体が私の中に注ぎ込まれる。同時に私も発射した。

――ジョロ、ジョボボ~!!!

 それは射精なんかじゃない。潮吹きとも違う。私は絶頂により『失禁』していた。さっきあれほど出したのに、私の『放尿』は尚も勢いをもって水流を迸らせた。

——私、また『おもらし』しちゃってる!!今度は、○○さんのベッドの上で…。

 私の『おしっこ』はシーツに染み込み、巨大な水溜まりを形成した。


――ヌポッ…!!

 そこでようやく私の願いが聞き届けられたように、彼はペニスを引き抜く。

――ブピッ!プスゥ~。

 ぽっかりと空いた穴から『おなら』が漏れ出す。あまりに間抜けで間延びした音。

 私はそのままベッドにうつ伏せで倒れ込む。脚を開いたまま、お尻を突き出して、『小便』の上にダイブする。全身がピクピクと痙攣して、事後の余韻を感じている。傍から見ると「カエル」みたいだろう。

「スカンク女子」、「カエル女子」。次々と姿を変える、だがその実態は?
 未だ処女を捨てきれず、大人になれなかった「ヒヨコ女子」の成れの果てだ。

――ドロ…。

 肛門から精液が逆流する。むしろ、そちらこそが順流なのかもしれない。

――おひりのあにゃ、きもひいい…!!

 非正規の穴による性行為に。未知なる快楽の坩堝に飲み込まれそうになりつつも、またしても「お預け」にされた哀れな肉壺を私はいつまでも弄り続けていた。


――続く――

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