シロフミ 2020/08/05 22:38

旅する少女と異貌の民・その3

 ◆12◆

 これまでボク達の妊娠に構わず自分達の欲望を優先させ続けていた沙族達も、流石にメルが産気づいているのを知ると、メルを襲うのは諦めたらしかった。あるいは、この事態に至るまで、こいつらはボク達が自分達の子供を孕んでいることに気付いていなかったのかも知れなかった。
 考えてみれば、いくら人間のメスを攫う習性があるとはいえ、タマゴで産まれる沙族達が、人間のメスを犯した時にどうなるのかまで詳しく知っているとも限らない。孕んだ子供におなかを膨らませていようと、おっぱいを張り詰めさせてミルクを噴き出させていようと、赤ちゃんが動きまわるのに喘いでいようと、こいつらにはそもそもボク達の妊娠という身体の仕組みすら分かっていなかったのかもしれない。
 ともあれ、その日やつらはメルの異状を悟り、彼女を○すのは諦めた。
 その分、ボクはひとりで、いつもの倍の数の雄を相手にしなければならなかった。両脚を抱え上げられて揺さぶられたり、仰向けにされた上に思い切り圧し掛かられたり、赤ちゃんを宿した大きなおなかを揺すられるのはただでさえ辛いのに、次々順番を争って群がる沙族を全員満足させるのは、至難の業だった。
 彼らはメルを気遣うでもなく、といって無碍に扱うでもなく、ただ放っていた。
 もしかしたら自分達のメスとは違って、こういう形で赤ちゃんを産むボク達の様子に戸惑っていたのかもしれない。その証拠に、沙族達は産気づいて苦しむメルの傍には近づこうとせず、時折興味深くその様子を覗き込もうとするだけだったからだ。
 メルがどうなっているのか、唯一理解しているはずのボクは、ひときわ身体の大きい沙族に、足をつかまれて部屋の隅まで引きずられて、抱え上げられながら、メルが沙族の赤ちゃんを産み落とすその一部始終を、見せ付けられることになった。


 数十人の沙族を一人で相手にし、そいつらの精液をおなかの中に注ぎ込まれる羽目になったボクも決して楽だった訳ではないけれど、メルの比ではない。
 たった一人、洞窟に放り出されたメルは、何一つ経験のないまま、はじめてお母さんになるという大仕事を、自分の力だけで成し遂げなければならなくなったのだ。
 小さな身体に汗をびっしょりとかいて、悲鳴を上げながら、メルは必死に肩を上下させ荒い息を繰り返し、おなかを抱えて身体を震わせていた。断続的に押し寄せる陣痛に悲鳴を上げ、自分の意志とは無関係に収縮しようとする子宮がおなかの中を締め付ける苦しさに暴れる。大きく膨らんだメルのおなかは、時間の経過とともにどんどんと脚の付け根の方へ下りてゆき、その中にいる赤ちゃんが激しく暴れ動く。
「っつ、は、ぐぅ、うぅぁああうぅ~~ッッ……!!」
 舌を噛みそうになるのをこらえ、ぼろきれを握り締めて懸命に息継ぎをし、力をこめていきむメルにあわせて、メルの脚の付け根で、肉色の部分がびくびくと引きつり、内側に折り畳まれていた部分がせり出してくる。
「ぅぐ、っ、あ。ぁ、あぁあうぁあああああ!!!?」
 メルが呻きだして数時間が過ぎたころ。大きく左右に拡げられた足の間から、ばしゃりと大量の生ぬるい水が噴き出した。破水……たぶん、普通の赤ちゃんならそう呼ばれる状況。メルのおなかの中で、陣痛と共に腹圧が強まり、ついに粘液の中に赤ちゃんを包んでいた卵胞が破れたのだ。膜の内側を満たしていたぬるぬるの羊液が噴水みたいに溢れだして、メルのお尻の下に大きな水溜りを作る。
 5ヶ月ちかくの間、おなかの中の赤ちゃんを育み続けてきたゆりかごが、その機能を放棄したのだ。これでもう、メルの陣痛が奇跡的に収まって、赤ちゃんが暴れるのを止め、おとなしく子宮の中にとどまる可能性はなくなった。
 これ以上赤ちゃんはメルのおなかの中には居られない。まだ子供のはずのメルはここで、最後まで、赤ちゃんを産み落とし――出産を終えなければならなくなった。
 断続的に破水が続き、びちゃびちゃとぬめる羊粘液が苔のベッドを濡らす。これまで見た事もないくらい大きく、メルの女の子が引き伸ばされてゆく。どんなに大きな沙族のペニスに犯され、柔襞粘膜を裏返らせていた時よりも、大きく、激しく、奥の奥から。
 顔を仰け反らせ、白い喉を震わせて叫ぶメルのあそこが、ぐうっと大きく引き伸ばされ、生々しくひだひだの奥から、赤く充血した丸い部分が顔を見せた。降りてきた子宮が、その口を覗かせたのだ。
 あの中に、メルの赤ちゃんがいる。
「はぐぅうう……っ、あ、ぅ、ぅうぅううあううううっ……!!」
 陣痛に呻きながら、メルが低い声を上げて唸る。ありったけの力を込めて、おなかに力を入れていきむ。
 けれど、そうやってメルが何度も何度も、懸命にいきんでも。子宮の口はまだほとんど開いてはいなかった。赤ちゃんが通り抜けるどころか、指が一本通るかどうかも怪しいほど。
 メルの小さな身体には、赤ちゃんが大きすぎるのだ。激しい陣痛に喘いでなお、初産のメルの身体は、まだまるっきり、赤ちゃんを産むための準備を終えていない。
 十分に子宮の口が開かなければ、この状況でいくらいきんでも無駄だ。ただ、無駄に体力を減らしてしまうだけ。そのことが、初めての出産であるメルにはまだわからない。
「ッは、はーッ、はぁ……ッ」
 荒く息を繰り返し、ぎゅぅッとぼろ布を握りしめて、メルは可愛らしい喉が枯れるくらいに何度も叫ぶ。
「っ、で、出てきてよぉ……ッ、おねがい、はやく、早く出てきて……ッ!!」
 長い長い陣痛と、収まることのない胎動。ずる、ずるとお腹の中を動き回りながら、一向に顔をのぞかせることすらしないおなかの中の赤ちゃん。メルは懸命に痛みをこらえ、おなかの中に呼びかける。
「ねぇ……もう大丈夫だから、ちゃ、ちゃんと、産んであげるから……っ、おねがい、は、はやく、産まれてきて……ッ!!」
 赤ちゃんを産む、というのは、出産というのは、単純に母親だけの仕事じゃない。
 長い陣痛は、子宮を下降させて産道を緩ませ、大きな赤ちゃんが産まれてくるのを助けるものだし、いきむことで収縮を促し、赤ちゃんを押し出してやるのは、もちろん母親の仕事だけど。
 赤ちゃんのほうだって産まれる準備が整っていなければ、身体の外にまで出てくることはない。それどころか、赤ちゃんは無理矢理自分を産もうとする幼いママに抗うかのように、メルのおなかの中に留まろうとするように、メルのおなかの中にもがく様に手足を突っ張って抗おうとする。
 もうどうしようもないくらいに産気づいて、破水までしてしまったメルは、初産の困惑の中にありながらも、必死にママになろうと頑張り続ける。けれどそんなメルと、そのおなかの赤ちゃんは、滑稽なくらいにその意思が繋がっていなかった。
「ぅ、あ、やッ、……やだ、もうやだぁ、早く、出てきてよぉ……ッ!!」
 メルのおなかの膨らみは、数日前に比べてはっきり分かるくらい、身体の下のほうへと降りてきていた。
 これまではみぞおちからおヘソのあたりにかけて、緩やかに柔らかく盛り上がっていたのが、いまや脚の付け根、恥骨のすぐ上あたりまで膨らみが下降し、張り詰めたおなかははちきれんばかりに膨らんでいる。本当に、今にも裂けてしまいそうなほど。
 大きく育ちすぎた赤ちゃんは、もう、幼いママの小さな身体の中には納まっていられないのだ。けれど、そうやっていつ産まれてもおかしくない状況になっていながらも、赤ちゃんはなおも激しくメルのおなかの中をずる、ずる、と這い回り続けている。
「おねがい……っ、暴れないで、っ、お願いだからぁ!!」
 出産のために圧迫されて狭くなる子宮に文句をつけるように、メルのおなかの中で赤ちゃんはメルに抗い続けていた。その激しさと言ったら、はっきりメルのおなかが形を変えるのが分かるくらい。
 赤ちゃんが不機嫌に身体を動かし、メルのおなかを蹴とばすたび、まるく膨らんだメルの大きなおなかが、不格好に歪む。柔らかな子宮の壁をえぐられる衝撃に、メルはすでに息付く余裕すらない。
 陣痛と子宮の収縮で赤ちゃんを産み落とそうとする身体。まるっきり産まれる準備のできていない産道、産まれまいとする赤ちゃん。メルの身体がバラバラになってしまうのじゃないかと思うほど、激しく跳ね上がった。
「はぐ、ぅぅうううううううっ……」
 赤ちゃんが暴れまわるたび、メルは唇から泡をこぼして悲鳴を上げる。いったいどれほどの苦痛が、衝撃が、メルを襲っているんだろう。
 めりめりと骨を軋ませ、肉を裂く――このまま陣痛が続けば、いつそうなってもおかしくないかもしれない。想像するのも嫌になる恐怖が、ボクを怖気させる。
 それでもメルは諦めなかった。
 必死に、一生懸命に、おなかの中の赤ちゃんに呼び掛け、たったひとりで、ちゃんと赤ちゃんを産んであげるために――叫んでいた。命の危機すらありえる初めての、ママとしての大仕事から逃げ出すことなく、全身の力を振り絞り、歯を食いしばって、頑張るのをやめなかった。
「おねがい……私の、あかちゃんなんだから……おねだい、ママの、言うこと……聞いて……ちゃんど、産んで、あげるから……!!」
 メルはただただ、赤ちゃんを産み落とそうと必死に脚の間に力を込める。痛ましいくらいに充血し、とろとろと粘液を溢れさせたメルの大事なところが、くぱ、くぱっ、と押し広げられてはうごめく。
 徐々に。わずかずつ。
 ほんの少しずつ、少しずつ。じれったくなるほどの時間をかけて、メルの子宮の口が拡がってゆく。
 大きく開かれたメルの脚の間には、身体の内側、おなかの一番奥から、大きな塊がせり上がってきているのははっきりしていた。まる半日以上かけて、メルのそこは親指とひとさし指で輪を作ったくらいの大きさまで口を開けるようになっていた。
「はーッ、はぁー、っ、はぁーーっっ、っふ、ひ、っ、ふうっ……」
 けれどまだ、全然足りていない。
 メルのおなかの中の赤ちゃんが通り抜けるには、それくらいの隙間では、あまりにも小さかった。
 ただでさえ小柄なメルの、おまけに初産だ。それも仕方のないことかもしれない。確かに、女の子としてはあんなにも大きな沙族のペニスでも受け入れるようになっていたメルだけど、赤ちゃんを産むことと比べてしまえばまるで桁が違う。
 まして、メルの産もうとしている赤ちゃんは、普通とはまるで違う。
「んんぅ、っ、ぅぅぅぁあぁあ……ッッ」
 メルが涙を振り絞って脚を掴み、ぐうっと身体を弓のようにのけぞらせて懸命にいきむと、ぱくりと広がったぐうっとそこが反り返り、押し広げられた出口から、ぬるぬるとした羊膜につつまれた肉の塊が覗く。
 それは、明らかに人の肌の色をしていなかった。
「はやく……はやく、でてきてよぉ……!!」
 かすれた声で、メルは、懇願するように叫び続けた。





 ◆13◆

 けれど――それでも、現実は過酷だった。悲壮な決意でママになろうとするメルを嘲笑うみたいに、初産の苦しみはメルを完膚なきまでに打ちのめした。
 実に半日。メルは、産まれてこない赤ちゃんに苦しめられたのだ。
「は……っ、は……っ、ひぅ……っ」
 長時間の陣痛といきみの繰り返しに、すっかり疲れ切ってしまったメルは、もう何もかもを失ったように、ぜいぜいと息を繰り返すばかり。おなかに力を込める余力すらとっくに尽き果て、顔も涙と鼻水でびちゃびちゃだ。
 哀れなほどに涙の痕が幾筋も頬を伝い、ぼさぼさになった髪が地面を擦る。
 何もかも初めてのメルと、未知の種族である沙族の赤ちゃん。
 きっと、本当なら誰かがつきっきりで励ましてやらなきゃならないはずだった。初産のメルはそれだけだって、産婆さんが必要なはずなのに。明らかに大きく育ちすぎた沙族の赤ちゃんは、メルがひとりきりで産むにはあまりにも困難だ。
 こんなふうに難産になるのは、きっと明らかだった。
「っ、嫌っ、もう嫌……なんで、なんで産まれてこないのっ!? ぁうぁあっ、ポーレ、ポーレぇ!!」
 心が挫けてしまったのか。メルは何度も何度もボクの名前を呼んだ。
 苦しい時、辛い時。
 ここで沙族に囚われる前の、旅の中でも。ボクたちはお互いに助け合い、お互いに手を取り合って、困難に立ち向かってきた。それはこの洞窟に閉じ込められてからも、変わらなかった。変わらなかったはずだ。
 けれど。
 ……ボクは、同じように大きなおなかを抱えたまま、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの沙族たちにかわるがわる犯され続けて、それどころじゃ、なかった。
 ボクの胸で、口で。ずらりと並ぶペニスをかわるがわる擦り、扱いて射精させている間にも、ボクの腰を掴んで抱えあげた大きな沙族が、太いペニスでボクの奥の深いところをごつごつ突き上げる。子宮口に押し当るその先端が射精を繰り返すたび、おなかの中の赤ちゃんは羊水を汚されるのを怒って不機嫌に身をゆする。
 メルの分まで、倍以上の数で群がる沙族たちの凌○を。ボクはやはり、ひとりきりで受け止めていなければならなかった。

 ――いや。
 この時ボクは、心のどこかで、あさましくも、安堵していなかっただろうか。
 今この時だけは、この、数多く群れる沙族、この場の全てのオスを、ボクが独り占めできることに――
 この場にいる沙族のオスたちが、メルじゃなく、ボクだけを見てくれていることに。

「ぁあああ、っぅ、あ、んぅ、んんぅぅううううっっ……!!」
 あれからいったい何時間が過ぎただろう。ボクの顔は沙族達の射精を何度も受け止め白くどろどろに濁り、べたべたと粘ついた白い濁液にまみれている。
 一向に産まれてくる様子のない赤ちゃんに、もう自暴自棄になって、メルが何度目かの絶叫をあげる。
 どんどん狭くなる子宮の中、不快もあらわに暴れもがく赤ちゃんを、足の付け根にせり出したおなかの膨らみを、陣痛の苦しさに耐えかねて、メルがぎゅっと押さえつけた時だ。
「んぅあッッ!?」
 突然メルの様子に変化が起きた。ばちゃりっ、と粘液を大きく飛び散らせて、メルの脚の付け根の間から、異形の赤ちゃんが顔を出したのだ。
 碧の鱗を生やした口先は、鳥の嘴か、蛇の鼻先に似ていた。赤く充血したメルの子宮口をくぐり抜けるように、赤ちゃんが大きく暴れ出す。
 いったいどういう心変わりだろう。なんの前触れすらなく、これまでかたくなにメルのおなかの中に留まろうとしていた赤ちゃんは、とつぜんまるで蜥蜴のように突き出した口先を暴れさせるように激しく波打たせ、無理やりに狭い、子宮の出口を潜り抜けようとしはじめたのだ。
「ぁ、あっ、あ、あぁぁああああッッ!!!!?」
 ぐうっ、とせり上がるようにメルが身体をのけぞらせる。
 同時、メルの脚の付け根、ぐうっとせり出したおなかの膨らみが、一気に下へと動き出す。ぎゅうっと収縮する子宮の中を足場にして蹴とばすように、力強く赤ちゃんが足を踏ん張って、メルの胎内から赤ちゃんが外へと飛び出そうとしている。
 文字通り、もうメルのおなかの中には収まりきらないというかのように。
「あぐぁあ、ぁ、ひぐ、ぁう、ぁあぁあああああ!?!?」
 半粘性の羊液の塊をかき分けるように、いっきにメルの出産は進む。既に限界までほぐれていた子宮口を裏返らせ、ずるぅ、と赤ちゃんの顔がメルの胎外に露出する。本当ならここから、何度も赤ちゃんが顔をのぞかせたり引っ込んだりを繰り返しながら、ゆっくりと顔を外に出してゆくのだけど――メルの出産は、排臨から先は一気に進んだ。
 顔を外に出した沙族の赤ちゃんは、はっきりと意志を感じさせるように動き、メルのおなかの中を掻き分けて這い出してきたのだ。
 メルの狭い産道から、器用に身体を捻るようにしてねじり、肩を覗かせ――
 さらに前脚の片方が、メルのあそこから外へと飛び出す。
「ぁ、あっあ、あぁぅぁ、っぁ、あぁ、ぃ」
 メルはと言えば、もう正気を失ったように目を見開いて、ぱくぱくと唇を開閉させるばかり。
 腕を飛びださせた赤ちゃんは、そのままメルの脚の付け根から、狭い産道の出口をかき分けるようにしてじたばたを身をもがかせ、さらにぐりぐりと身体をねじって暴れ出す。
「ぁ、い、ゃ、待って、だめ、ぁ。」
 何かの気配を悟ったのだろうか。メルが、かすれた声で制止を求めたその直後。
 ごぼっ、ずるぅっ、と。
 大きな塊が、一気にメルの脚の付け根にはい出してきた。
「っ、っっっ~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」
 のけぞるメルの細い産道を一気に膨らませ、かき分けるように、子宮口を裏返させて、大きな大きな肉の塊が這いずりだしてくる。粘液に塗れながらばちゃりっ、と羊水だまりの上に産み落とされる赤ちゃんが、腰から下を一気に、メルのおなかの中から引き抜いた。
 それはとても出産などとは言えない光景だった。ママになるための努力もなにもなく、単に、赤ちゃん自身が、メルのおなかの中から出てくるのを決めたかのよう。
 メルの矜持、小さなママの尊厳すらねじ伏せて。沙族の赤ちゃんが、五ヶ月を経てメルのおなかから産まれる。
 絶叫とも悲鳴とも違う、獣のようなメルの咆哮が、石窟を震わせた。
 その小さな身体をたわませたメルは、とうとう――大きな沙族の赤ちゃんを、限界まで押し開かれた脚の間へと産み落としたのだった。




「ッはー、はーッ、はッ……」
 生涯最大の大仕事を終えた忘我のメルの荒い息遣いが、狭い洞窟に響く。
 ばちゃばちゃと、血を滲ませた羊液の水たまりの中で、緑色の鱗だらけの小さな生き物が暴れ回る。そいつはメルの柔らかくてしなやかな身体から生まれ落ちたとは思えない、不細工で恐ろしい外見をしていた。
 沙族のオス達に比べても、手足の指もまだ丸っこく、爪も生え揃ってはいない。剥き出しの目にはまだ薄い膜がかかり、牙も生えそろっていない。確かに幼い、まだ未発達さを伺わせる、赤ちゃんと呼んでもいいような外見をしていた。
 けれど、そのごつごつとした顔や、瘤の並ぶ背中、長い尻尾――間違いなく、そいつは沙族の身体をしていた。メルのおなかでずっと育ったにもかかわらず、こいつは異形の、化け物だった。
 これだけ毎日犯され続けていても、ボクは沙族達の生態はよく知らない。けれど、ひょっとしたらこれは、早産だったのかもしれなかった。
 沙族は人間に近い知能や生活をしているらしいけれど、タマゴで育ち、あんな外見をしているくらいだ、森の獣みたいに、ちゃんと親と同じ格好に――産まれてすぐに動けるようになってから産まれてくるのが本当なんだろうという気がする。
 たぶん、メルの小さなおなかの中では、赤ちゃんがこれ以上大きくなることができず、子宮に納まりきらずに産まれてきてしまったに違いなかった。
「っは、はー、っ、はーっっ」
 まるで理性すら壊れてしまったかのように、白い喉を反らし、身体を仰け反らせて荒い吐息だけを繰り返すメルの足元で、けれどその不恰好な赤ちゃんは、力強く尻尾を振り回し、手足を踏ん張らせる。けれどぬめる羊水の水溜りの中では、きちんと立ち上がることも難しいようだった。
 あまりにも人とかけ離れたその姿は、本当に、それがメルと血のつながった生き物であるのかと疑いたくなるほど。
 目の前でメルのおなかからそれが産まれ落ちる瞬間を見ておきながら、ボクはそれが何かの間違いであるのではないかと――そんな事を考えていた。だって長い尻尾、不格好な口、緑色の肌、それらのどれも、メルの姿とは何一つ似ていない。
 あれが、メルのおなかの中で何カ月も育ち続けた赤ちゃんだなんて、信じられなかった。
 けれど――
「メル……?」
 あれは間違いなく、メルがママとして産み落とした、正真正銘、メルの赤ちゃんなのだ。
 とうとう、メルはお母さんになった。その証のように、暴れのたうつ赤ちゃんのお腹から伸びたヘソの緒は、たるむロープみたいに確かにメルのおなかの中へと続いていて。そいつがメルの産んだ赤ちゃんであることを、抗いようも無いくらいにはっきりと証明している。
 沙族の赤ちゃんはぬかるむ粘液の中で、じたばたともがき続ける。誰かの手を借りなければ生きていけない、半端な生命。けれどそんな姿である事は、かえって、メルのおなかで育ち生まれ落ちたことの証明だったのかもしれない。

 あれと同じ生き物が、ボクの胎の中にもいる。
 もっともっと大きく育って、産まれてくる。
 ……覚悟していたつもりの背中が、ぞうぅっと震えた。

「ぁ、あ、あ、ぅ、あ」
 ちょうどこの時、空気を読まずに――いや、もともと彼等にそんなものはない方が当たり前なのかもしれないけれど――ボクにまたがっていた沙族が、ちょうどボクの一番奥で達したところだった。
 赤ちゃんを宿した子宮に圧迫されて狭くなった膣奥にどくどくと注がれる、熱く吹き上がる生命の奔流。白濁の滾りが、胎内深くで射精され、いつものようにボクの女としての部分を歓びに打ち震わせる。
 けれど。それとともに、不意にきゅう、とおなかが痛んだ。
 これまで感じたことのない不安が急速にボクの身体の底に膨らむ。じわ、じわ、とおなかの底のほうで鈍い痛みがはじまり、それが徐々に上のほうに上ってくる。
 胎内奥深くで勢いよく、子宮の口を押し潰されるようにして射精され、ボクの身体は五ヶ月の赤ちゃんを宿して居てなお、あさましくメスの本能で精液を受け止めようと、胎奥で口を緩ませる。
 それは、開きかけた子宮を、じくん、と蠢かせるのに十分な刺激だった。
「ぁ…………ッ」
 ぞうっと背筋が冷たくなる。分かっていた筈だ。こんなにも大きなおなかを抱えて、後先考えず、激しく彼等と交わっていたらどうなるのか。本当なら、普通の性交だって避けなければいけない時期なのに。ボクはそんな事お構いなしに、沙族のオスたちに犯されようとしていた。
 猛烈な忌避感が、ボクを襲う。
 あんなことになったら――メルのようになったら。

 産みたくない。
 こんな子供なんて、産みたくない。

 麻痺していたはずの心が、悲鳴を上げた。





 ◆14◆

 ボクが産気づいたのは、その日の夕方だった。
 メルが彼等の赤ちゃんを産み落とす、その一部始終を見せつけられながら、ボクよりも幼い彼女がママになる有様を目に焼き付けながら、ひたすらに続いた凌○が原因だったのだろうか。
 あるいは、何度も何度も執拗に続いた、おなかの中の一番奥を突き上げる凌○が原因だったのだろうか。ともかく、おなかの中の赤ちゃんの事も顧みず、一番感じる子宮の口で沙族達のペニスを味わおうとし続けたボクへの、当然の罰だったかもしれない。
 元々、精力旺盛な沙族たちは、一度満足させてやっても時間が経つうちにすぐに回復してしまう。打ち止め、ということはないみたいで、時間さえあればいくらでも交尾ができるようになっているらしい。
 これまでの交わりでも、ボクがへとへとになって群がってくる彼等全員を相手し終わっても、その頃には一番最初の相手がまた、ぎんぎんにいきり立ったペニスを押し付けてくることなんかしょっちゅうだった。
 どう考えてもメルの出産が一時間や二時間で済んだことは思えないから、多分半日くらいは代わる代わる、交代に犯され続けていたのだろう。総計三桁に届くほどのペニスで何度も何度も犯され続けたあそこはすっかり充血して、わずかな刺激にも反応してぴゅうと潮を噴き上げてしまう。
「はぐ……ぅあう。あぁあぁあ……っっ」
 とても自分の声とは思えない唸り声が、洞窟の中に反響する。頭では理解していたけれど、赤ちゃんを産むってことがまさに、自分の命にも関わりかねない事なのだという事実を、ボクは今自分の身をもって体験していた。目の前で、あんなにも凄絶なメルの出産を見ていたのに――ボクはいざこの窮地が自分の身に降りかかるまで、その事を本当に理解しようとはしていなかったのだ。
「ポーレ、だいじょうぶ、大丈夫だから……っ」
 髪を振り乱して悶えるボクの手のひらを、そっと握って。一足先にママになったメルが、ボクを励ましてくれる。その言葉にはどこか、ボクを案じ、嗜めるような響きもあった。
「メルだって、ちゃんと頑張れたもん。ポーレだって頑張れるよ? ね?」
 そう言って、メルは掠れた声で歌いだした。出鱈目な節の中途半端な調子で、昔の記憶にあるメルの歌声とは似ても似つかない、へたくそな歌。
 けれどそれはあの旅の中。もう遥か記憶の向こうに霞んでしまった、あの竜の大地の果てを目指す毎日のなかで。ボク達を励まし、力づけ、勇気をくれた吟遊詩人(ミンストレル)の歌だった。
「っあ……は、っぐ、……ぅあぁ……ぁ」
 小さな手から感じる温かさが、辛い。
 たった一人で赤ちゃんを産み落とすという人生最大の大仕事を終え、すっかり疲れきってしまっているだろうに、メルは残った力を振り絞って、ボクを励ましてくれる。
 ……そう。
 結局ボクは、ママになるのにも、メルに先を越されてしまったのだ。
 まだ、ヘソの緒が繋がったままの沙族の赤ちゃんは、ついさっきまでメルのおなかの中にいたとは思えないくらいにしっかりとした動きでぬかるむ羊水を掻きわけ、メルの胸まで昇って来ていた。つんと先端を尖らせて膨らんだメルのおっぱいにとりついて、そこからこぼれるミルクをちゅうちゅうと吸っている。メルのあやし方が上手いのか、それともまだお腹の中に繋がったヘソの緒で心を通じ合っているのか。それまでの暴れ方が嘘のように、メルの赤ちゃんはメルになついていた。
 丸い歯が乳首にこりこりと当たっているみたいで、メルは時折ぴくりと表情を変える。
 ぱちゃ、ぱちゃとぬかるむ羊水だまりを、長い尻尾で叩くメルの赤ちゃん。メルの小さなおなかの中では、完全に育ち切れずに生まれてきてしまった、沙族と人とのハーフ。
 けれど、その大きさは普通の人間の赤ちゃんよりも、遥かに大きくてたくましい。メルは、立派に自分の赤ちゃんを産み、ママになるという試練を果たしたのだ。
 それなのに。
 それなのに。
「ぅあ……っあ」
 ボクは押し寄せる陣痛に呻く。おなかの中が焦げ、火で焙られているみたいだった。メルと違って、まだ産まれるまでにはもうしばらくかかると思っていた、ボクのおなかの中の赤ちゃんも、外に出たいと暴れ出している。ずる、ずる、と子宮の中を這い回る赤ちゃんは、ボクに激しく訴える。
 本来の沙族の雌ではないおなかでは、ここまで育つので精一杯だったんだろうか。
 ずきずきと腰骨を軋ませ、脚の付け根の筋肉を震わせる、激しく疼く、陣痛の波の中で。
 ボクは悔しさに涙の滲む目元を感じながら、張りを増す膨らんだおなかをそっと撫でた。


 あの直後、沙族のペニスを深く咥え込んでの射精に身体の奥に激しい違和感を感じたボクを、構わず抱えあげてきたのは、例の片目の沙族だった。
「っあ、ぁ、あっあ、ぁッ、あぁあ…っ!!」
 彼等の中でも一、二を争う体格をしたこいつは、その身体に恥じない大きな太いペニスで、ボクの一番深い所を○すのが好きだった。複雑に曲がって節くれだった瘤をいくつも見せたペニスが、ボクの大事なところを的確に犯し尽くす。
 いや――あるいは、ボクの身体が、こいつのペニスを一番気持ち良く締め付け、同時にこいつに犯されている間こそもっとも悦楽を覚えるように、適応したのかもしれない。
 そこはボクにとっても弱点のひとつ。こつんと子宮の入り口を突き上げられるたび、ボクの“女の子”は意思に反して深々と胎内に納まったペニスをきゅうぅっと絞り上げてしまう。ごつごつした沙族のペニスを思い切り感じながら、深く深く何度も粘膜を擦られるのは、頭の中を白く飛ばしてしまう程の快感だった。
 ボクを仰向けにさせることを、この刀傷の沙族は好まない。ボクは手を衝いて四つん這いにさせられ、大きく膨らんだボクのおなかを、まるで荷物でも抱えあげるように太い腕で持ち上げて。獣みたいにうつ伏せになったボクの背中から、何度も何度もペニスが突き込まれる。
 こうすることで、この片目の沙族はボクのナカが狭くなり過ぎないように調整しているのだった。
「ぅあ、あぁ、あ、あっ……」

 ずる、ずる、ずるるっ。

 重力に引かれて大きくたわんだボクのおなかの中で、赤ちゃんが激しく暴れまわる。ただでさえ自分のいるゆりかごをゆさゆさと激しく揺さぶられて不機嫌な赤ちゃんは、さらに無理やり自分のいる部屋の出口をごつごつと叩く父親たちに猛烈な抗議を繰り返すのだ。
 けれど、こいつ等は、ボクのおなかに、まさにいつ産まれてもおかしくないこいつ等の赤ちゃんが育っていることを理解できているのかさえ怪しい。単に、最近ボク達が積極的だった交わりを拒むように態度を変えたくらいにしか思っていないのかもしれなかった。
「あ、ぁ、や、……ぁ…っ」
 ずる、ずる。メルの出産を目の当たりにしたことでか、赤ちゃんの暴れ具合もいつもにも増して激しい。狭い卵胞のなかで何度も寝返りを打ち、風船みたいに引き伸ばされた子宮の柔壁を内側から揉むかのよう。まるで、自分も早く外に出せ、と訴えられているみたいな錯覚すらあった。
 さっきから、おなかの奥に感じる鈍い痛みもずきずきと強まり、ボクの不安を煽っていた。
「んぅあああぁ!?」
 一際激しい律動と共に、沙族のペニスが根元から大きく膨らむ。これが彼等の射精の予兆であることも、間もなくあの、どろどろとした熱い精液が、たっぷりとボクの胎内に注がれる快感も、ボクの身体は、心はもうすっかり覚えてしまっている。
 頭のどこかは危急を叫び、それを必死に拒否していたけれど。同じ人間相手ではなく、沙族との交合によって雌の喜びを隅々まで覚えさせられてしまった身体は、オスの迸りを渇望して激しく疼く。
 ぶくりと不格好に膨らんだペニスのふくらみが、ぐうっとせり上がり――ボクの身体の奥で、どくんと弾ける。
「………ぁ、あ、あ、ぅ、あ……ッ」
 まるでおなかの奥に直接、熱湯を注がれているみたい。半年前よりも遥かに敏感になった、雌の芯の部分で射精を受け止めるたび、ボクの心は躍る。
 強い雄の遺伝子を受け継いで、彼等を満足させられる立派な雌になったことを、繰り返し繰り返し実感することで、ボクはもうどうしようもないくらいに、成熟した“オトナの女”にされてしまっているのだ。
 そして、――――
「あ、……え……ぁ……ッ!?」
 どくどくと注がれる射精とともに、これまでよりも遥かに強く、ずくん、とおなかの底が痛んだ。
 いつもの反応できゅうとうねり、根元から沙族のペニスに絡みついて余すところなく精液を絞り取ろうとするボクの、身体の内側の粘膜の動きが――いつもと違う、強い違和感を湧き起こらせる。
 じん、と身体の奥に響く、まるで地震の前触れのような大きなうねり。
 じわじわとおなかの底のほうで鈍い痛みがはじまり、それが広がり、膨らみ、形をもって、質量をもって、徐々に腰の下から上のほうにせり上がってくる。
「あ。……あ、あ……」
 なににも喩えようもない――全くの未経験の感覚。なにか、とてつもなく巨大な何かが、ボクの身体を通り抜けて、この場に現れ来ようとするような。せめて言葉にするならそんな感じだった。
 ぞわあ、と背筋を伝わる怖気に、ボクはただ、ぱくぱくと唇を押し開き、声にならない声を途切れ途切れに上げるばかり。

 ずるぅ……っ。

 ボクの身体を徹底的に犯しつくしていた、刀傷を遺す片目の沙族が、ボクの胎内に深々と埋まっていたペニスを引き抜く。ぬらぬらと光るペニスからは、まだぴゅるぴゅると残った精液が噴き上がり、ボクの身体とのあいだにねとねとと白く凝った粘液の糸を引いていた。
 同時、栓をされていたボクの大事なところからは、どろおっと粘つく大量の白濁が零れおちる。どく、どくとまるで心臓がそこに移ってしまったみたいに、脈動を始めるおなかが、どんどんと強い痛みを増していた。
 彼が離れるとすぐに、次の沙族が、待ちかねたというようにボクの脚を掴んだ。
「っ…………」
 久しく、感じていなかった嫌悪感。そしてそれをはるかに上回る、本能的な忌避感が、一気に沸き起こる。ボクは激しい拒絶と共に掴まれた脚を思い切り振りまわしていた。
「だ……だめ……ッ!!」
 力の入らない腕を使って、なんとか彼等から逃れようとする。しかし彼等がそんな事を聞き入れてくれる筈もない。これまで従順だったメスが相手なのだ、些細な抵抗など、快楽を高めるためのスパイスだと思っているかもしれない。
 もがいたボクの脚は、沙族によって思い切り押さえつけられてしまった。
 脚の隙間へと、また呆れるくらい反り返り、既に根元を膨らませる射精の兆候を見せた、太く大きいペニスがあてがわれる。鈴口がぐっと粘膜を抉る感覚に、ボクはとうとう悲鳴を上げた。
「お、お願い……!! だ、だめ……やめて、やめてよ!! い、今は……っ」
 どくん、どくん、とおなかの中が大きく波打つ。身体の奥からうねるように、じわじわと鈍い痛みがその勢力を増してくる。
 もう疑いようもない。まだ、産まれるのは先だと思っていたはずの、赤ちゃんが。ボクのおなかの中の赤ちゃんが。
 このまま、いま、ここで、産まれようとしているのだと。ボクの本能が、はっきりそう告げていた。
「今は駄目、だめなの!! あ、赤ちゃん、赤ちゃんが、っ、……ボクの赤ちゃん、産まれちゃう……っ」
 ……もともと、女の身体というのは妊娠の確率を上げるため、胎内奥深くで射精されるたびに子宮の口を緩めて、受精を起こりやすくするようになっているらしい。
 十人以上にも及ぶ沙族の射精をかわるがわる何度も受け止めて、ボクの身体はおなかに赤ちゃんがいるのにも関わらず、いやらしく彼等の遺伝子を飲み込もうと子宮の口を緩ませてしまったのだ。ただでさえごつごつとおなかの奥を突き上げられる刺激はご法度なのに、挙句ボクは、もう一杯のおなかで、こいつらの子供をさらに孕もうとすらしていた。
 無茶を繰り返した結果、落ち着いていた子宮の状況は一気に限界を迎え、安定状態だったおなかの揺り籠が、みしみしと軋む。
 その刺激はまだ、きゅうと差し込むような痛みではなかった。けれど違和感は収まることなく、じわじわと、しかし確実に勢力を広げてゆく。
「あ。……ッ」
 それにあわせて激しく暴れまわる赤ちゃんが、おなかの中でぐるぐると動き回り、激しく身を揺すって、揺り籠の出口を蹴破ろうとしているのが分かった。膨らんだおなかいっぱいに育った身体を持て余すように、ボクのおなかを内側から蹴りつける。
 子宮の口を内側から激しく突かれ、ボクはその場にへたりこんだ。じんじんと疼く脚の付け根の奥で、閉じていた狭い口が白濁にまみれて緩み始めている。
「だ、だめえ……ッッ!!」
 不安と共に心が跳ねた。思わず息を止めてしまうと同時、意識せずにおなかに力が入ってしまう。同時、赤ちゃんが身体を反らすように頭を跳ねさせた。
 無意識のうちのいきみが、子宮をぐっと収縮させる。ボクの身体まで、ボクの意識を裏切ろうとしていた。
 これまでおなかの上のほうにおさまっていた子宮が、ゆっくり下降を始め、その出口が身体の外へと降りてくる。ぐうっとせり上がるような圧迫感と同時に、おなかの底が破れて、身体の中身の大事な者がすべて、外へぶちまけられてしまいそうな気配があった。
「んぅあッ……ぁ、は、ぐぅ……ぅうっっ」
 張り詰めた卵胞が膨らみ、外へと押し破られそうになる。苦悶と共に歯を食いしばり、ボクは懸命にそれを堪えていた。手足が震え、ぶるぶると背骨や骨盤までが軋む。
「っあ、は、はっ……」
 ボクは懸命に、湧き起こる出産の予兆を押さえ込もうとした。こみ上げる苦痛を押さえ込み、必死におなかをさすって、暴れようとするおなかのなかの生命に呼び掛ける。
(だ、だめ、おとなしくしてて……今は、だめ、いまだけはっ……!!)
 けれど。今まさにボクを抱え込んだ沙族は、そんなことに配慮なんかしてくれるわけがない。懸命に堪えているその、秘芯へとペニスをあてがい、無理やり挿入を果たそうとする。ボクが拒絶の意志を見せているせいか、膣口はきゅっときつく締まり、狭くなったそこに具合よくペニスを押し込もうとする彼にとっては、都合良く快感をもたらしているらしかった。
「あ、だ、だめ、だめっっ、だめえっ!!」
(い、いま挿れられたら、あ、赤ちゃん、生まれちゃう……っ!!)
 脳裏に悶絶を繰り返しながら苦しみ続けたメルの姿が浮かぶ。ごつごつとした岩のような肌。鱗におおわれた長い尻尾。手にも足にも延びる長い爪。大きな口からはみ出す牙。
 あんな、あんな姿の。赤ちゃんが。
「お、お願い、ほ、他のとこなら、く、くちでも、胸でも良いからッ、何でもしてあげるから…!! いま、今だけはだめ……だめ、ええ……っ!!」
 ボクは胎奥に疼く陣痛の予兆をこらえながら、手であそこを押さえ、沙族の侵入を跳ねのけようとした。涙声で訴えるボクの懇願は、しかし、まったくの無意味でもあった。
 急に抵抗を始めたボクを持て余したのだろう。沙族は他の仲間と一緒にボクの脚を引っ張り上げる。そして宙づりにされた格好のボクの身体の中心へ、しっかりと反り返った太いペニスを押し当て、腰を突きだす。
「っあああああっ!?」
 まだ緩み始めた子宮の口がめがけ、粘液と密の助けを借りて勢いよくずるんと押し込まれたペニスが、思い切り突き込まれた。身体の芯を貫くオスの滾りにボクが仰け反ると同時、沙族はボクの身体を抱え込み、激しい挿入を始める。
 同時に子宮で暴れ出した赤ちゃんが、ボクを身体の内側からも責め立てる。
 びくり、とはっきりとした鳴動があった。鈍い痛みが一気に膨らみ、ずきずきというはっきりした波の形をとって、おなかが激しく痛み始める。
 陣痛だ。
 もがくボクをよそに、ボクの出産も、始まってしまったのだ。
「ぁう、あ、っっぐ、、ふぁ、は……ぁ。ぁああ!?」
 痛みと快感と、混乱と恐怖と。訳のわからない感情がない交ぜになって、ボクの頭の中はもう、人としての思考すら失いはじめていた。





 ◆15◆

 そうして。ボクが完全に産気づいて。とうとう堪え切れずに子宮の口を開かせ、卵膜を破かせ破水してしまうまで、沙族たちはボクを犯し続けた。
 激しく羊液を噴き出させ、子宮の収縮と胎動のもたらす苦痛に呻き、もう後戻りできない事態に陥ってなお諦めきれずにやめてと叫んでも、お願いと訴え縋っても。彼等はボクを離してくれなかった。
 最初はボクというメスへの執着と自惚れていたそれは、けれど全く違っていたことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
 ……だって、当然。
 彼等は産気づいたメルには手を出すどころか、赤ちゃんを産む邪魔をしないようにと近づこうともしなかったのに。
 ボクには赤ちゃんが産まれそうになっても、彼等はまるで気にせずに交わりを続けていた。
 それはボクに雌としての魅力があったからでもなんでもない。……彼等はボクのことを生殖の対象としてではなく、ただの欲望の解消装置だとしか捕えていなかったのだ。
 結局、全部、ぜんぶ、最後まで。
 ボクの独りよがりと勘違い。ボクは最初から、あいつらに正しい雌としては見られていなかったんだ。
 ボクはただ、メルよりも年上だというたったそれだけのことに縋って、自分の女としてのプライドを惨めに保ってきただけだ。メルよりも優れたメスだってことを証明してやりたい一心で、あさましい欲望に身を晒してきただけだった。
 挙句、メルのお姉さんを気取っていながら、こうしていま、出産の恐怖に無様に悶え苦しんでいる。

 こんな赤ちゃんは、産みたくない。
 ……メルと同じような、きちんと育ちきっていない、未熟な姿じゃなくて。
 ちゃんと、きちんとした姿に育った、沙族の立派な赤ちゃんを産んであげることが。
 ボクの最後の、最後に縋った希望だったのに。
 メルよりもボクの方が優秀な、生殖に耐えうるメスなのだと、訴えるための最後の最後の希望だったのに。
 それすらももう、叶わないのだ。

 ずる、ずる、ずるると。狭い子宮の中で身をよじり、ひっきりなしに暴れ回る赤ちゃんがおなかを内側から蹴飛ばそうとしている。ボクの子宮はもうだらしなく口を開き、赤ちゃんの頭を半分覗かせていた。
「っあ、あぁ、あぁああぁああ……」
「ポーレっ……頑張ってっ!!」
 ぐったりと横たわったまま、気丈にボク身を案じ、励ましながら手を握ってくれているメル。けれどボクはそんな彼女にすら嫉妬している。だって今もメルの胸には、産まれたばかりの沙族の赤ちゃんがしがみ付いていて、器用におっぱいを吸っているのだ。
 たった一人で、ボクがあさましい優越感に浸って、無様に大きなおなかを揺らし、沙族のオスたちと交わっている間にも。自分の力だけで頑張り抜いて初産の試練に耐え、赤ちゃんを産み落としたメルに、喩えようもない劣等感を感じながら。ボクはいつ終わるとも知れない陣痛に悶え苦しんでいた。
「あ、あぅあ、っあ……っ、ふぁ、あぁうあ、あぁぁぁぁ……ッッ!!」
 腰が震え、収縮する子宮の感覚にあわせて、ぶしゅっと膣口から粘液の塊が溢れ落ちる。すっかり出口まで降り切った子宮の内側、緩んだとはいえまだまだ通り抜けるには細すぎる子宮口に、むずがる用に赤ちゃんが鼻先を押し付ける。
 その内圧に、ボクは何度も喉を反らし、悲鳴を上げ続けた。
 この苦しみも、この痛みも、この悔恨も。ぜんぶ、ぜんぶ、ボクへの報いだ。


「うぁあ……ひぐ、っ、あ、は、ぐぅう……ッ」
 ――あれからどれくらい経っただろう。
 陣痛はまだ続き、赤ちゃんはいっこうに生まれてくる気配がない。蛙みたいに開いた脚の付け根は、火箸を押し当てられたみたいに熱く、疼いて止まらない。脚の付け根まで降りてきた子宮が、その内側で暴れる赤ちゃんと一緒に、たわみ、震え、歪む。
 五ヶ月の間、頑張って赤ちゃんを育て続けたボクの女親としての証が、もうすぐその役目を終えようとしていた。
 ……押し寄せる陣痛の波が遠のく合間に、こうして手記を綴ってはいるけれど。もう思うように手も震えてしまって字も満足に書けないみたいだった。
 きっと後で読み返してみても、何が書いてあるのかはわからないだろう。これからそんな事が出来るのかどうかも分からない。
 でも、これを残さなければボクは本当にボクではなくなってしまうに違いなかった。
 このおなかの中の小さな生命を、自分の血を分けたボクの赤ちゃんを、無事産み落とすことができた時。その姿を目にして、この腕の中に抱きあげた時。
 ボクはきっとその歓びに耐えられない。
 こんな惨めなボクでも、ちゃんと彼等の赤ちゃんを産むことができるのだと、分かってしまったら。ボクはただ本能のままに、沙族に犯されて、その子を産むことに悦びを覚えるだけの、メスに堕ちてしまうだろう。
 もう、ずっと昔の事になってしまうけれど。旅の間には、お産に立ち会ったこともあった。たまたま連れ合った山小屋で、一人の女の人がお母さんになる瞬間にも一緒したことがある。
 あの時お母さんになったあの人は、こんな想いを抱いていたんだろうか。
 辛くて、苦しくて、不安で、怖くて、嫌で、逃げ出したくて。
 もうなんでもいいから、このおなかの中の生命を、早く産んでしまって楽になりたい。弱音を吐く心がそう叫ぶ。でも、まだこうして子宮が疼き、痛みが続いているうちはそれはできない。産道が十分に開き、赤ちゃんが生まれてくる準備ができる前に、いくらいきんでも赤ちゃんはそこを通り抜けられないし、母体も消耗するだけだ。メルのお手本を見ているのだから、せめてそれだけは、ちゃんとしておきたかった。
 そう、メルの出産だって、半日は楽にかかったはずだ。ボクの出産がそれより早く済むとも思えなかった。
 ボクが、ボクでなくなってしまう前に。……きっと最後に残された道は、その前に死んでしまうことなんだろうけど。
 そんな事、出来る筈もない。だってボクは、
 もうすぐお母さんに――


 (ここから後は筆跡が乱れ、判別できない)






 (了)

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