2021年ニイロク誕生日記念ショートストーリー 『Happy Birthday Dear ニイロク』(進行豹
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このお話は「まいてつ」共通ルート開始前の、無数に存在した過去のうちのひとつ。
右田双鉄の物語が物語られる以前の御一夜での、赤井宮司とニイロクの、2/6のお話です。
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「検査の結果は今回も同じ。『異常なし』ばい」
「そうですか……」
登呂元技官の診断ならば、疑う余地などありません。
けれど、こう──こうも毎年、同じことばかり繰り返すのは……
「ただ、まぁ……こん一年。あんたのことを見させてもろーて」
「私──ですか? ニイロクではなく」
「新しか仮説ばひとつ。思いつくことは思いついたと。
まぁ、専門分野の外になるけん、素人の思いつきにすぎんけれども」
「ぜひ、お伺いさせてください」
新しい仮説。
それがもし有意と思えるものならば、ニイロクへのいいプレゼントになります。
「ニイロクのロールアウト日に、そのようなお話に触れさせていただけたことも、なにかの導きかと感じます」
「導きねぇ……だとしたら、あんたの信じる神さんも、随分厳しか性格よ」
「ああ──」
耳あたりのよくない話と──これは警告なのでしょう。
ですが、そうであるならなおのこと──
「聞かせてください。それがどんなに厳しいお話だとしても、ニイロクの回復につながるならば」
「そんニイロクの回復を──」
じっと、登呂技官が私を見ます。
……目を逸したくなるほどの、強い圧力を感じます。
「──赤井さん。他ならぬあんたが、望んどらんのじゃないか……ゆー、仮説ばい」
「……なるほど。それは──」
ありえません、と言いたい気持ちが沸き起こります、
自分でも驚くほどの激しさで。
(ならば、これは──)
もしかしたなら、図星、なのかもしれません。
だから焦らず、丁寧に言葉を選びます。
「……無意識のうちに、的なお話でしょうか?
私は、私の自覚としては、ニイロクの回復を真摯に望んでいるのですが」
「そん自覚が、どぎゃん行動につながっとるかね」
「っ!」
指摘にすぐさま、叫び出したいほどの強い否定を感じます。
でしたらやはり──いえ、答えを焦ってはいけません。
「定期的に、ご検診を、いただいています」
「『異常なし』いう見立てが出ていて。同じ検診をなお受診する。
そん他に、具体的に、ニイロクの回復のためにしていることは? なんね?」
「その他には……いえ──しかし」
……ああ、そうなのかと。理性が、理解をはじめます。
防衛反応なのでしょう。
口はべらべら、弁解をまくし立てますが。
「何もできていないのは、ニイロクさんをさらに傷つけることを恐れるからです。
私の若さと愚かさが、ニイロクさんを追い込んで、取り返しのつかない傷を負わせてしまったがゆえ」
「そうであるがゆえ、権力闘争から、鉄道から、ニイロクを遠ざけ。
自分ひとりの宝箱の中にしまいこむことに成功した」
「っ!!?」
「ニイロクが機能回復したら。それが公になったなら。
──どぎゃんこつになるか。赤井さん。あんたはそれを、恐れとるんと違うかね」
「…………」
声が、出ません。
ツバが湧き出て、無理に飲み込み──飲み込んだのに、喉の乾きを感じます。
「ニイロクは、ありゃあ優秀なレイルロオドよ」
そのことならばわかっています。
私が、一番、誰よりも。
「そん優秀なレイルロオドが、外界の全てを遮断して、マスターだけをじっと見ている。
じいっと見てりゃあ、わかろーもんよ。あんたが本当は、何を一番望んどるのか」
お腹に力をぐいっといれて、息を──吐きます。
そこになんとか、意思を混ぜ込み、言葉にします。
「私の、一番の、望みは──」
言葉を出せます。大丈夫。
自らの過ちに気づいたのなら、それを正していくのみです。
「私とニイロクが、不健全な共依存関係にあるのなら。
私の望みがニイロクを、閉じ込めてしまっているのなら」
「『なら』。どぎゃんしよると?」
「それを解消することです。
解消をして、ニイロクに自由を与え、そのうえで有りたい形を選択してもらう」
……ニイロクは、本当に優秀なレイルロオドです。
帝鉄からの遺失物──その所有権を私が時効習得するまでの20年。
じっと隠れて暮らすことを、あるいは変わらず、望んでくれるかもしれません。が──
「ニイロクが私と離れたがるとは思えません。
けれどその上で、ニイロクが再びの鉄路を望むこともまた、ありえるでしょう」
思考が、言葉が乱れていると感じます。
けれども一気に吐き出さなければこの毒は、独占欲は──
もっと巧みに私を騙すと、はっきり自覚できています。
「そうであるなら、わたしはニイロクと同じ望みを抱きましょう。
全ての罪を贖い、その上で、再びニイロクと共に走ることを望みます」
言い切って。なにかが離れたと感じます。
それは恐らく
「随分と自分勝手な望みに聞こえるばってん」
「っ」
登呂技官は、本当の意味でのレイルロオドの──
レイルロオドという存在全体の、味方です。
私への当たりが厳しくなるのは、無論、当然のことでしょう。
「そん望みが、きっかけになるかもしれんねぇ。あんたがまっこと、ニイロクの回復ば望んどるなら」
「望んでいます──っ!!」
「ん? どぎゃんしたと」
「ああ、いえ」
ニイロクは私のレイルロオドです。
極めて優秀で忠実な……言葉にしない私の望みも、汲んで叶えてしまうほどの。
「私の望みを、ニイロクがもしも汲んでしまうのならば。ニイロク自身の望みというのは」
「なんねいい年したおっさんが! 思春期か!!!!」
一喝──いいえ、これは、叱咤です。
大人になって、宮司になってはじめて私は──怒鳴りつけられ、叱られている。
「そぎゃん問いの答えなんぞは」
「ですね。大変失礼いたしました」
ですから、深々頭を下げます。
謝罪ではなく、感謝をこめて。
「その答えこそ、私とニイロクがふたりで見つけ出さねばならない。
──私とニイロクの中にしかないものでした」
「とは言ったものの……」
自分でもほとほと情けないとは思います。
けれどもやはり、惑います。
「ニイロクに、どう切り出せばいいのでしょうか……」
ロールアウト日。記念のケーキを買ってみました。
最新型のニイロクの、好物のひとつであった、ショートケーキを。
「これを果たして、きっかけにできるのかどうか……」
包帯をぐるぐる巻きにし、表情を浮かべなくなった顔を隠して、
外界の全てを遮断している、今のニイロク──
「あの姿が、私の望んだ結果であるのだとしても……」
安全極まる鳥籠から、ニイロク自身が出たがるかどうかは別問題です。
いや、私とて──本当に出したいのかどうなのか……
「っ。いいえ。堂々巡りに逃げるのは今日でおしまいにします。
だからこそ、話し合う必要があるのですから」
ニイロクと、ただ会話する。
決まりきったやりとりではなく、新しい刺激を、言葉をぶつける。
「……ニイロクには、何の異常もないのですから」
私が凍らせてしまったものを、ほんのわずかでも緩めればいい。
五年、十年──その先に、機能を少しでも戻せればいい。
「……五年。十年」
言って、気づいて。背中がヒヤリと寒くなります。
五年、十年。ニイロクはまだ、全く余裕で稼働を続けることでしょう。
(けれども、私は──
そんな近くの未来にさえ、何の保障もないままに……)
マスターを失った、記録上存在するはずの無い廃レイルロオド。
その末路など、想像したくもありません。
「ああ……私は、こんなにも明白な危機からも、目を背けつづけていたのですね」
どろりと黒い自嘲には、寝床の中ででも呑まれましょう。
いまは、とにかく、ニイロクと──うん。
「ニイロク! 今帰りました」
「…………」
言葉も、反応もありません。
けれども気配は感じます。ニイロクは、私をじいっと見ています。
「今日は、ニイロクのロールアウト日ですからね。
何年ぶりになりますかねぇ。ケーキ屋さんに、立ち寄ってみたりしたんですよ」
ケーキの箱を掲げます。
のろり、影が動きます。
「必要無い。ロールアウト日だからといって、何が変化するわけでもない」
いいえ、いままさに、変化が発生しています。
こんなにあっけなく、簡単に──
(ああ、本当に私は──
私のエゴが、これほど長くニイロクを)
自嘲と悔いはすぐ喉元にまでせり上がります。
けれども今は、強引に何度でも飲みくだします。
「そうですか? いや残念です。とてもかわいいケーキなのですが」
この辺は宮司特権です。
急なお願いであったとしても、極めてありがたいことに氏子さんは必ず答えてくれます。
「腕によりをかけていただいて──私のような中年男でも、ときめきを感じる仕上がりです」
すぐには箱を開けません。
ニイロクに本当に、何の異常もないのなら。その本質に、一切変化がないのなら──
「…………」
焦れています。焦れないフリをしています。
みえみえなのに、懸命に──
(ああ)
ニイロクが──ニイロクさんが、そこ居ます。
あのころと少しも変わらずに、ずっと、ずうっと居たのです。
(表情ひとつ、動かなくとも──)
こんな簡単な真実に、どうして私は、気づけないままいたのでしょう。
保身のために、どれほど冷たい仮面を私は、ニイロクさんに押し付けて──
「清春」
「っ!」
……なんて我慢がたりない子でしょう。
最新鋭の試作機で、甘やかされて愛されて……
ああ、だからこそ、これほどまでに愛おしい。
「用事がそれだけなら、自分は」
「いいえ、用事はありますとも。この箱を、ニイロクに開けてほしいのです」
「それは、命令?」
「申し訳ないのですが命令です。私も最近、手先にときおり震えがでるようになってしまって」
「清春の命令なら。自分は、従う」
感情は、言葉の代わりに手先に出ます。
うきうきと、ニイロクの指先は軽やかに器用にリボンを解いて包みを開けて──
「あ」
やはり、感情の乗らぬ声。
包帯の下の表情にも、恐らく変化はないのでしょう。
けれども、はっきり伝わってきます。
「ありがとう。ニイロク」
──ケーキに興味を示してくれて──
後半部分の言葉を飲み込み、代わりの言葉を重ねます。
「では、命令ついでにもう一つ。ケーキを一緒に食べてください。
こういうものは、一人で食べても味気ないですからね」
「うん。清春の命令なら」
いいながらもう、口元の包帯を解いています。
なんとかわいらしいことでしょう。
ニイロクは、ニイロクさんは……本当に、少しも変わっていなかった。
「……? 清春」
「ああ、食べる前に、これを」
ロウソクを点ててごまかします。
歌に自信などありませんが、嗚咽を聞かせるよりマシでしょう。
「Happy Birthday to you
Happy Birthday to you
Happy Birthday Dear ニイロク~
Happy Birthday to you」
拍手もなし。歓声もなし。
ニイロクは、ロウソクを吹き消そうとも──ああ、いいえ。
「ニイロク、ロウソクを吹き消してください。
それが主賓のマナーです。覚えておいてくださいね」
「吹き消す。覚える。清春の命令だから」
事務的に、淡々と。
ロウソクが吹き消されたケーキから、たっぷりとした二切れを切り出します。
「では、いただきましょう。『いただきます』」
「『いただきます』──あむっ」
「!」
“清春の命令”が無くとも食べてくれます!
でしたら、これは、この動作だけは間違いなく、ニイロク自身の──
っ!!?
「──」
フォークが、皿に置かれます。
手際よく、ニイロクが再び口に包帯を巻いていきます。
「……口に合いませんでしたか?」
「──合うも合わないもわからない。味が全くしなかったから」
「そうでしたか」
「清春。用事がすんだなら」
「ええ、休んでください。手伝ってくれてありがとう」
「お礼は不要。自分は、清春のレイルロオドだから」
のろりと、ニイロクが姿を消します。隠れます。
居心地のいい鳥かごの中に、自らこもってしまいます。
「ですけれど……うん」
泣きたいほどに、甘くて美味しいケーキです。
今日の記念日にふさわしい──ああ。
「ねぇ、ニイロク。ロールアウト日を、これからはこう呼びましょう」
「…………」
返事がないけど、聞いています。
興味をもってくれています。
「お誕生日と。今日からは」
実際、お誕生日ですから。
ニイロクと、私と。ふたりの、再びのこれからの。
「だから、ね。ニイロク」
言葉にしましょう。伝えましょう。
祝福だけを、響きの中に閉じ込めて。
「お誕生日、おめでとう」
;おしまい