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SSの記事 (2)

whisp 2020/02/14 19:27

【2020バレンタイン記念SS】 「ナビのはじめてのバレンタイン」 (進行豹

「ううむ」

……2月であるのに、少し暑い。
汗と同時に、自然と言葉が吹き出してくる。

「ナビ、キャノピーを開けてもかまわんか?」

「いいえ、双鉄様。もう5~10分ほど、どうか、我慢してください」

「うむ?」

ナビの言には、常に相応以上の理由がある。
ゆえ従うことに異議は無い。

無いのだけれど……

「5~10分とは、どういうことだ?
かなり曖昧で、ナビにしてはめずらしい物言いのような気がするが」

「気象に関わることですので、範囲を狭めての予測が困難となるためです」

「ああ」

確かに今日の気象は2月離れをしている。
陽が射していた午前中には、コートが邪魔でしかたなかったし……

「午後になって出てきた雲も、暑さを助長しているよな」

「はい。あたたまった地表の空気の蓋として作用しています。ナビの飛行にも助けとなります」

「ならなによりだ。が、どこからどうみても雨雲でもある。これは夜半には崩れそうだ――なっ?!」

あがる。高度が。ぐんぐんあがる。
というかこれは――

「ナビ。このままだと雨雲に突っ込むぞ」

「はい。ですのでキャノピーを閉めておいていただきました」

「レールショップに戻るのだぞ? こんなに高度をあげる必要はないだろう」

「はい。レールショップに戻るためには、ここまでの高度は必要ありません」

「ではなぜ」

「双鉄様への感謝と親愛を示すためには、この高度と航路と、いくばくかの幸運が必要なのです」

「幸運?」

これこそナビに似合わぬ言葉だ。
一瞬脳がざわめくほどの混乱を覚えかけてしまうが――

「……ならば、僕も祈ろう。ナビに幸運が訪れるよう」

「ありがとうございます。双鉄様」

いつもとまったく変わらぬ声音。
ある意味祖先であるはずのハチロクれいなと比べれば、まったく感情を感じぬ電子合成音。

ではあるのだが、なぜだか今は――

「む」

「雨雲の中に入ります」

「う……うむ――」

無論、エアクラ機内にあれば、雨の被害は免れる。
が、そうはいってもナビは雨中を好まない。

あるいはそれは、はるか昔のあの雨の事故――
僕の古傷を慮ってのことであろうかとも思っていたが……

「うおっ!!?」

視界が一瞬白熱する。
ひやりと冷えた体温が、すぐにふつふつ湧き上がる。

見慣れぬ景色に興奮している。
雨雲の中とは――こういうものか。

「見たか、ナビ。いま稲光が真横に、水平に走っていったぞ」

「双鉄さまが稲光をご覧になられたことを確認できました。これより、最適航路に復帰します」

「んん???」

ぐんぐん高度が落ちていく。
雲を抜ける。
わけがわからん。

最適航路に復帰する……ということであれば、今の雨雲への突入は――

「なぁナビ」

「ポーレット様が、きっとご解説くださるかと」

「う? うむ」

僕の質問を遮って――というかおそらく先回りして、ナビが答えを返してくれる。

ならば……うむ。
素直にそれに従おう。


////////////////////////////////////////


「……と、いうことがあったのだが」

「あーーーーーー」

大きく、深く、ポーレットが頷く。
2度、3度。桜色の唇がもごもごうごき――やがて、どこか慎重そうなトーンの言葉が流れ出す。

「稲光って、フランク語でなんていうか、知ってます?」

「フランク語で? …………いや、残念だがまったくわからぬ」

「éclair」

きっぱりと。まるで教師のような口調。
意識もせぬうち、オウム返しが口をつく。

「えくれーる」

「はい。稲光はフランク語でéclairです。
日ノ本語でも、とっても近い発音のお菓子ありますよね?」

「えくれー……ああ、エクレアか?」

「です」

ふっと、一瞬笑った瞳が、すぐに真剣なものとなる。


「éclairがあのお菓子の名前になった由来については諸説あるんですけど……
éclairそのものに共通した特徴には、ほぼ絶対的なものがありますよね?」

「エクレアそのものに共通した特徴……」

ポーレットが僕をじっと見ている。
答えに自力でたどり着くよう、促している。

「……細長く。中にクリームが入っていて。チョコレートでコーティン」

「はい。で、今日はいったい何の日ですか?」

「無論、今日はバレンタイン――――あ!!!!」

“感謝と親愛を示すため”……確かにナビは言っていた。

「そうか――ナビは……」

ナビにあるのはあまりに不器用な、空を飛ぶための身体だけ。
チョコレートを作るどころか、買うことさえも叶わない。

であるというのに、おそらくは――
関連情報を検索し、実現可能性を検討し――

「ナビは、僕にバレンタインのチョコを送ってくれたのか!」


;おしまい

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whisp 2019/07/12 22:08

2019年沢井夏葉誕生祝いSS 『大遅刻のお誕生日 』(進行豹

「夏葉、怒ってるだろうなぁ」

考えるだけで胃がキリキリする。

夏葉への……多分最高に近いプレゼントを用意できた形になるとは思うんだけど――
そうであってもいくらなんでも、まるまる3日遅刻のお誕生日はひどすぎる。

「なんの準備もできてないしなぁ」

この時間だと、どこのスーパーももう閉まってる。
ケーキ屋さんはいわずもがな、だ。

プレゼント……普通のヤツも、買えてない。
買う機会なら、何度も何度もあったのに。

「……電話の声も、めちゃくちゃ感情押し殺してる感じだったし」

やっと帰宅できると決まって、夏葉にすぐに電話して。
怒られるか、喜んでもらえるか、どっちかだろうと予想していて……
けれども、反応はゼロだった。

夏の葉じゃなく、冬の石――
そんなイメージが浮かぶくらいに、冷たく、硬く、感情の無い声だった。

「あああ……どうやって許してもらうか――」

担当患者の急変に備え、帰宅できなくなること自体は、残念ながらままあることだ。
特に今回は、急にドナーが決定しての臓器移植という案件な上、
拒絶反応も予想されたから、全方位的なサポート体制が必要となった。

南雲先生が学会でブルガリアというタイミングになってしまったこともあり……
ああいや、言い訳を考えてても仕方ない。

「誠心誠意あやまって、
明日はデートと、お好みのプレゼント……
ってあたりで、許してもらえるといいんだけど」

けど……他の記念日ならいざしらず、誕生日だから。
夏葉が、産まれてくれた日だから、
夏葉の命の、そのはじまりの記念日だから。

……夏葉にとっても、僕にとっても、
他の記念日とは全く違う重みと意味とを持っている日だから。

「前にお誕生日当日にお祝いできなかったときも――
ツラいことになっちゃったしなぁ」

夏葉は少しも怒らなかった。
僕をせめたりしなかった。

『おにいちゃんの患者さんの命にかかわることだもん。仕方ないよね!』
といってくれ――
けれども涙が、ぽろり、ぽろりとあふれてしまい――

『あれっ!? ごめっ! 夏葉が泣いたら、おにいちゃんこまらせちゃうよね。ごめんなさい』


「……ぁぁあ」

思い出すだけでも胃が重くなる。

『夏葉に悪いことなんてない』――
何度言っても、強く抱きしめて頭を撫でても……
涙は止まらず、重い空気を振り払うまで……一週間近くかかってしまった。

「あの繰り返しだけは避けたい。避けたいんだけど……」

――もう家だ。
ここで立ち止まってても仕方ない。

一分一秒でも早く――うん、とにかくお誕生日おめでとうと伝えてからだ!

(ガチャッ)

「夏葉! お誕生日おめでとう!!!!」
「わーい! ありがとうおにいちゃん!!!!」(パーン!!)
「おわっ!!?」

破裂音に思わず目を閉じ……あ――火薬の匂い……

「クラッ――カー?」

「だよだよー! クラッカーって一番お祝いっぽい感じするし!
もちろん、ケーキとごちそうも用意してあるよ!」

「夏……葉」

すごい。
完全にこれは、お誕生会モードの部屋だ。

「えへへ!? どう? サプライズできた?
夏葉、わくわく隠すのもがんばったんだよー!」

「ああ……」

サプライズ――なるほど。
これは見事なサプライズだ。

ケーキのロウソクもばっちりだし、
チョコプレートには
――夏葉ちゃん、お誕生日おめでとう――
の文字も入ってる。


「これって――」
「あのね? ケーキ屋のおばちゃんにね?
おにいちゃんの事情話して相談したら、
『営業時間外でも、いつでもつくってあげるから。
おにいさんから帰りの電話があったら、すぐおばちゃんにいいなさい』
っていってくれたの!
だから、ケーキ、古いやつとかじゃないんだよ」

「……夏葉」
「それにごちそうも、下ごしらえまでして冷凍しといたの。
だから、ちゃあんとできたてなんだよ」
「夏葉!!!!」

抱きしめる。全身全霊で抱きしめる!!!

「すごい――すごい、こんなに素敵なお誕生日は他にないよ!
僕は本当にびっくりしたし――うん、ちょっと――かなり今、感動してる」

「おおげさだよう、おにーちゃんったら!
夏葉、またひとつおねえさんになったんだから、このくらいはふつーふつー!」
「そっか」

……おねえさん。ああ、本当に夏葉はお姉さんになったんだ。

腐らずスネず落ち込まず、誕生日パーティを自分で用意することにより、
僕のことも、そうしてきっと夏葉自身をも救ってくれた。

「夏葉――お誕生日おめでとう。
そうして、遅刻を許してくれてありがとう」

だから、伝える。抱きしめたまま。
頭に浮かんできたそのままの、何も飾らぬ素直な言葉で。

「プレゼントは明日一緒に買いに行ければと思うんだけど」
「うんうん! ショッピングデート大歓迎だよー!」
「その前に。ひとつだけ、夏葉にとって、嬉しいニュースをプレゼントさせてほしいんだ」
「夏葉の嬉しいニュース!? なになにっ!!?」

移植失敗の可能性も決して低いものではなかった。
起きてしまった救済拒絶反応も無事抑え込めはしたものの、確率的には決して分のいい賭けではなかった。

だから夏葉に、詳細を伝えていなかったのだけれど――

「僕が待機を続けてた理由は、赤江ゆきさんの移植手術の拒絶反応に備えてだった」
「赤江ちゃんの!? 赤江ちゃんのドナーさんみつかったの!? って――あ!!!」

嬉しいニュースと、あらかじめ伝えておいてよかった。
我慢して我慢して我慢し続けてくれた夏葉に、これ以上、ほんの僅かの不安も与えたくはない。

「うん。手術は完全に成功だ。リハビリが終わり次第に、夏葉の一番の友達は――赤江ゆきさんは退院できる」
「やったーーーーーーーーーー!!! やったやった! やった! やったーーーーーーー!!!」
「っ!!?!」

満面の笑顔のままに、夏葉の腕が僕の頭をつかまえる。

「ん~~~~(ちゅっ!!!)
おにいちゃん! おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん!!!」
「なぁに、夏葉?」

にこにこしている。僕も夏葉も。
こころの底から、どんどん笑顔が湧き出してくる!

「さいっこーーーーのお誕生日プレゼント! ありがとう!!!」


;おしまい

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