時 自若 2022/11/23 21:35

今生のローダンセ 第30話 泰山バルヴェニー

彼女は一人、カートにお酒をつけて向かう場所がある。
中の島、神域。
「人霊なのによくやるな」
「ほら、油断するから、痛いの食らった」
こちらにおられますわ、この辺りの神である。
「失礼いたします」
「おお、これは、どうした?」
「美味しいお酒が出来ましたとありましたので、皆様に飲んでいただこうかと」
「感心、感心」
「懐かしい匂いがしておる」
「はい、最近では作られなくなったお酒の復刻だそうでして」
「酌はいらぬぞ、こういうときは手酌が良い」
瓶を並べていく。
「何種類か混ざっているのが心憎い」
「花のように香る酒はないか、今度川の精霊と飲みたくてな」
「ではこちらなんかどうでしょうか」
「おお、これは良い、三合瓶をもらおうか」
「わかりました」
「あまりこの娘をこちらに置くと亭主どのに怒られるでな」
「血錆を塗って切りつけに来るぞ」
「あ~怖いな」
「それで私めの業は今どのような」
「完全に余興と化してますよ」
「マリちゃん!」
「私のもてなしよりも、拳をくれてやると皆様が言われまして、それこそ、私がお相手をしている間に、お酒を献上したために、他の方々が興味を持ちましたので」

やけにいい匂いがする。
いい酒だな。

匂いでこの辺りの神々を酔わせ。
そこで紫陽花の精であるマリはいう。
「このお酒はあの人霊を閉じ込めてくれたということで、お礼としてもって参られました、お分けしてもよろしいのですが、代わりにあの人霊をここに縛り付けてください」
「よしわかった、俺が縛り付けてやろう」
紫陽花が風もないのに一輪揺れた。
「お酒を持ってこられた方のもとに、私の株分けをしたのですが、これからお酒を持ってくるといっておられます、株分けをした『うらく』からの連絡で、これまた美味しいお酒であるといっております」
「それはいいのぅ」
「どこの酒じゃ」
「それは来てからのお楽しみということで」
「憎いのぅ、憎いのぅ、つまりあれか、その人間は、あの業をこちらで相手していれば、ずっと酒を持ってきてくれるということか」
「ずっとは人ですから、それでも感謝し続けることは間違いありません」
「それもいいな」
そしてこの後、彼女は義理の兄弟姉妹と共に、国内外の銘酒を持ってきたのである。
「紫陽花の精よ、お主に奉られたその酒分けてくれぬか」
「匂いだけで我慢するのは」
「よろしいですが、それではお約束を、油断はあるかもしれませんが、ここからあれを出さぬこと」
「誓うぞ、もしも出たのならば追いかけよう」
そう約束した神に『蒼穹の雨』というワインを一本渡した。
「なんだこれ、葡萄の酒など酸っぱいと思ったのに」
「俺も誓うぞ、あやつが消えぬかぎり、睨みをきかせよう」
そこで泰山バルヴェニーというウィスキーを渡した。
あれだけあった酒もこうして、色んな神々の手に渡り。
「どのぐらい約束は果たしてくれるかはわかりませんが、何しろ神ですから、何日かでは気が変わりませんし、美味しいお酒をまた用意してくれれば…何故に泣いているんです?」
「ごめんね、自分の人生、もう諦めていたから、ここでなんとかなるって思わなかったのよ」
彼女は泣いたが、その意味が紫陽花の精が話を聞いてもわからずにいた。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

限定特典から探す

記事を検索