2021年お正月記念ショートストーリー 【まいてつ】『御一夜鉄道の骨齧り』 (進行豹)
2021年お正月記念ショートストーリー 【まいてつ】『御一夜鉄道の骨齧り』 (進行豹)
新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!
と、いうわけでことしの書き初めに、「まいてつ」のショートストーリーを書き下ろします。
時系列は「まいてつ」無印のグランド中。
ナインスターズが走る前の、どこかの年のお正月って感じですね!
どうぞ、お楽しみくださいましです!!
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「っ!? 非常っ!!!!」 「双鉄様!」「にぃに!」
(ゴッ!!!!!!)
「「「!!!!!!!っ」」」
…………やった。
やってしまった。
列車通過直前での線路横断──
終夜運転の回送で、客車が空であったとはいえ、止まりきれようはずもない。
「(ほっ)」
息。誰かの。小さく安堵したような。
「イノシシですね。かなり大きめの個体のように思われましたが……」
「あ、あ……そうであったか……ならば、不幸中の幸いではある」
冷静極まるハチロクの声。
こちらもほっとさせられる。
ゆえ、申し訳無さがようやく衝撃に追いついてくる。
「とはいえ、すまん。ブレーキが遅くなった」
「いいえ、決して。双鉄様」
一瞬の淀みも無い返事。
ハチロクの目はまっすぐまっすぐ僕を見る。
「双鉄様の前方注視にご油断はなく、反応も理想的な迅速さでした。
何かに驚かされた動物が列車直前に飛び出してくる──これは、回避不能です」
「私もそう思うと!! 凪ちゃんが前やっちゃたときは、衝撃ばーんってすごかったけん。
それよりきっとずっとあたりどころがよかった感じじゃないかなぁ」
日々姫の声は状況に全く見合わぬ明るさで──
ああ、いや。視線で、声で。ふたりは僕を支えようとしてくれているのか。
「うまくはね飛ばせた感じじゃないかな。凪ちゃんのときはガギゴギガギって。
巻き込んで引きずってるの、はっきりわかっちゃったけん」
よほどイヤな感触で、それを思い出してしまったのだろう。
日々姫の顔が歪んでしまう。
「わたくしも同様に感じます。恐らく、車体の損傷も軽微なのではないか、と」
「うむ」
ふたりの支えが、動揺をてきめんに押さえてくれる。
起こしてしまったことは戻らぬ。ならばここから、立て直すしかない。
「であれば良いが──確かめねばだな」
「左様でございますね。目視で確認してまいります。日々姫、サポートをお願いします。
なにかあったらすぐにご連絡いたしますので、双鉄様はポーレット様にご一報を」
「いや、目視なら僕が行こう。たとえイノシシであるにせよ、死骸を見せてしまうのは」
「へーきよ、へーき。私、帝都のお嬢様とかじゃなかけん」
「仮に帝都のお嬢様であったとしても、日々姫です。
日々姫の目に敵う観察力をもつ者など、ございませんので」
「日々姫の目か。言われてみれば確かだ。
では頼む。日々姫、ハチロク」
「うん! 頼まれた!」
「かしこまりました。では。参りましょう、日々姫」
恐らくは僕に見せるため、そのためだけの笑顔まで浮かべ、
ハチロク日々姫が闇の中へと下りていく。
「……いかんな。面倒をかけっぱなしだ」
せめて託された仕事くらいは、
ポーレットへの報告は、しっかりと、抜け・漏れなどなく行わねば、だ。
「御一夜指令。こちら臨時086S──訂正、回086S。指令応答願います」
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「あ! 出てきた出てきた! お手柄、そーちゃん」
「真闇姉。こんな時間に──いや、というかお手柄とは」
「にーさんもやらかしとねー! へっへー! 仲間が増えたばい!」
「みんなも列車もお怪我なかったって……よかった、です」
「触車事故だってね。双鉄。けれど……ふふっ、まさしく禍福は糾える縄の如しだ」
「凪、ふかみ。稀咲も」
みんな笑顔だ。
イノシシ相手とはいえど、事故であるには違いないのに。
「いったでしょ? 双鉄くん。 こうなるって、わたし」
「ポーレット。ああ、いや……うむ。そのようなことを確かにいっていたな」
“事故は残念ですけれど、きっと感謝もされちゃいますよ”──と。
聞いたときには、気休めにしても不器用すぎると感じていたが……
「うっふふー、みんなほっぺがまっかですねぇ。にっこにこですぅ」
「で、ございますね。この寒さにこの焚火の火。無理からぬことではございましょうが」
機関庫前を外れたところ。山積みになったフライアッシュのさらに脇。
そこに赤々焚き火が燃えて、大きな鍋の底を焦がしている。
「……僕らが検修をしている間、ずうっとこれを炊いていたのか」
「この濃厚な、お味噌ととんこつの匂い! 機関庫内までただよってきとったとよ~!」
僕の気持ちを日々姫が代弁してくれる。
とたん、真闇姉がにやりと笑う。
「とんこつじゃなくて、猪骨。もーうよか感じにしあがっとるよ」
損傷は実際軽微であったが、大動物との接触だ。
各部検査にほぼ夜明けまでかかってしまったことが、むしろ幸いしたらしい。
「ばってん、ね? みんなが揃ってから食べんといけん思うて、がまんしとったの」
「食べる……とは──いったいなにをでございますか?」
「ああ、ハチロクは初めてだったか」
ハチロクと日々姫とともに、焚火の輪の中に溶け込んでいく。
「はい、そーちゃん」
「うむ」
皿を受け取る。
1本そのまま、ハチロクの鼻先に持ち上げ、見せる。
「骨齧り、だ」
「ホネカジリ。……ああ、これは骨に、肉がこびりついているものですね──
っ!? まさか、さきほどのイノシシの?」
驚きにまんまるく広がった目が、
すぐにふふふ、と笑ってにじむ。
「なるほど。そういう理由でしたか。
堰様たちがご回収にすっとんでこられたのは」
「ですです。おじいちゃんたち、これをすっごく楽しみにしてて。
発船所の方にも届け終わったら、戻ってきて合流するはずです」
「……鹿やイノシシと触車したとき、ごちそうと喜ぶ機関区があるとの伝説を耳にしてはおりましたが。
まさか、わたくしがその当事者になるだなんて」
「っていうか、実際ごちそうやけん! はい、にぃに」
「うむ」
日々姫から受け取った七味を一振り。それだけでいい。
クマ味噌でじっくりと煮込んだイノシシの出汁が、余分な味付けを拒むゆえ。
「(がぶりっ──みしいいいいっっっ──ぶちっ!!!!)」
「あらまぁうふふっ! 本当にホネカジリでございますのね!」
熱い。うまい。言葉を発する余裕がない。
ゆえ、大急ぎで──この濃厚な味わいを思いっきりに堪能しつつ──咀嚼し、飲み込む。
「ふはっ! うむ。本当にホネカジリなのだ。もともとは湯医の方──上クマの伝統料理であるらしいのだが」
「ふはあっ! おいし。──焼酎にめっちゃくっちゃに合うってゆーて。
じぃじが御一夜に持ち込んで。それからすっかり、御一夜でも定着したと」
「飲む人のおおかけんね。こん町は」
「やけん、うちでも定番ばい!! ばってん、うちのは豚肉つこうて塩ゆですると!」
「うちでも。です。おじいちゃんたち、毎年冬になると」
「ボクの家ではやらないね。けど、仕事がらご相伴に預かることは、珍しくない」
「まぁまぁ。まことに御一夜中で好まれているお料理なのですね。ホネカジリ」
「うむ。豚でやる家も多いようだが、右田はこだわりが強いようでな。
イノシシ以外ではやらんゆえ、僕も相当にひさしぶりだ──(あむっ!!!)」
……骨齧りのときは、みな無口になる。
真闇姉が、稀咲が、凪が、ふかみが──ああ、堰さんたちも合流したのか。
「(はむっ! むしっ! みちっ! がぶっ!!)」
「あっふっ──んっ──(みちち──ぶちっ!!)」
いうまでもなく凪は極めて豪快に。稀咲までもが、大口を開け。
みないちようにイノシシの骨にかぶりつき、肉をこそいでは食べている──?
「ポーレットとれいなは」
「うふふぅ、ここですよぉ!」
「ハチロクちゃんにも、骨齧り堪能させてあげたいなぁって」
言われてふるふる、ハチロクが首をふりつつ後ずさりする。
「いいえ、いいえ。お気持ちだけで。
わたくし、ここまで野趣が溢れておりますものは──あら」
ポーレットが差し出す皿の上。こんがりと、くろぐろと。
……なるほど、焚火の薪に骨を混ぜ込んで焼いていたのか。
「うっわ! 完全に炭化しとると!? ハチロク的には、こぎゃんものって」
「アリ、でございます」
下がった足が逆に踏み出す。一歩。二歩。
すん、と小さく鼻が鳴り、同時に大きく喉がなる。
「っ──。ここまで火を通していただけるのなら、野趣も焼け落ちてしまいますので」
「うふふっ。なら、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。では、ひとつ失礼をして──」
皿の上にある炭化した骨を、箸で上品につまみあげ。
「(ばりっ! ぼりんっ! ごりっ! ばきっ!!!)」
「ははっ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
新春早々、何と豪快で爽快で──しあわせそうなことだろう。
「(ごくんっ)──ふぁ。これは……これは確かにホネカジリでございますね!
瀝青炭を青とするなら、この味は赤。まったく対極にありつつも、等価であると申せましょう」
「うふふっ! おかわりもありますよ?」
「よろこんで頂戴いたします」
「(ごくっ、ごくっ、ぷはぁ!) トンコツ軽油もいいものですよぉ。こっちもいっぱい、どうですかぁ?」
「そちらはご遠慮いたします」
「あははははっ! ハチロク、現金!!」
にぎやかだ。
触車に冷え切っていた全身を、焚き火の熱が、ホネカジリが、みなの笑顔が、温めてくれる。
「はぁい! 締めのトンコツ──じゃなかとね! イノシシ出汁のクマ味噌ラーメン! できあがったとーー!!」
「いやっほう! 凪さま一番にもらうばい!」
「ずるうい凪ちゃん わたしはにばーん!」
「では、ボクは3番目にいただこう」
「!! たいへん、にぃに、並ばんと!!」
「だな。並ぼう。だが、その前に」
年越し乗務であるというのに、バタバタしすぎてすっかり失念してしまっていた。
せっかくみなが揃っているのだ。この機に一気に挨拶しよう!
「新年! あけましておめでとう!!!!」
;おしまい