「それでですねぇ」
ほわほわにこにこ、れいなは僕を見上げ続ける。
「れいな、炭鉱でお仕事してたときから、
今日がれいながロールアウトした日だってことは、
ちゃあんとしってたんですよぉ」
「うん」
鹿兒島まわりで、みかん鉄道の路線へと。
『海がみたい』とのリクエストに応じての、観光乗車の小旅行だが――
「それで、御一夜鉄道に来て。
そうしたら、ポーレットがれいなに教えてくれたんですよぉ」
にこにこにこ。
れいなはもう、僕のことしか見ていない。
『わぁ、海ってすっごく大きいですねぇ。ぴかぴか光って、綺麗ですぅ』
――車窓から見た八ツ城海の、感想一言を残したきりで。
にこにこにこにこ――
うむ?
ああ、いや。これは、そうか。
「なにを、ポーレットは教えてくれたんだ?」
「えっへへー、それはですねぇ。今日が、れいなの、ロールアウト日で。
だから、れいなのお誕生日なんだよって、ことをですよぉ」
「そうか!」
れいなの髪をそおっと撫ぜる。
たんぽぽの綿毛よりなお柔らかな感触が、手のひらの中でくしゃりと踊る。
……ああ、なんだ。
僕も海には、一瞬しか目を向けてない。
ただただれいなを眺めて――いいや。
れいなに、見惚れ続けるばかりだ。
「それからずうっと、れいな、ポーレットといっしょにすごしてきましたから」
ふふっ、と鼻から排気が漏れる。
嬉しげに――そしてはなはだ、誇らしそうに。
「れいなのお誕生日はぜぇんぶ、ポーレットがお祝いしてくれてるんですよぉ」
「そうか」
現在形だ。
今夜は八ツ城のホテルを予約しているのだが――
「あ」
顔に、なにかが出てしまったのだろうか。
れいなが絶句し。
それからゆるゆる――なんとも静かな声を出す。
「だから今日は、はじめての、ポーレットのいないお誕生日になるんですねぇ」
「……寂しいか?」
「さみしくなんてないですよぉ。そうてつさんが、れいなのとなりにいてくれますし」
にこにこ笑顔でそういいつつも、ぎゅっと、その身を寄せてくる。
さみしいと、心細いと――小さな体が悲鳴をあげているように、僕には思える。
「それにれいな――えっへへー。そうてつさんの、およめさんなんですから。
ポーレットがいなくったって、ひとりで……ううん、そうてつさんと、ふたりで。
どんなことでもできちゃうように、ならなきゃですから」
「そうだな」
れいなは、本心を語ってくれている。
けれども同時に、れいなの体も、きっと本当を伝えてくれている。
れいなは僕よりずっと大人で。
同時に、僕より遥かに幼い部分を持っている。
そのことを――れいなを大好きだからこそ、折々に痛感させられる。
「なんでも、ふたりで。……いつかは、そうならなくてはな」
「はぁい、れいな。がんばりますよぉ」
「とはいえ、だ」
「わっ!?」
いつかは、きっと今日ではない。
れいなの手を引き、途中下車する。
僕をフォローし続けていたナビを呼び寄せ――
「わ、わ――わぁぁあああああああ!!!」
「――これが、れいなへの1つ目の誕生日プレゼントだ」
「すごい! すごぉい! おっきいですぅ! まるぅいですよぉ!!」
「ああ」
硬上から、御一夜へ。
れいなの車歴は、山から山へだ。
どうせ海を見せるのならば、これが最良だろうと確信していたが――
「海って――海って! こんなにきれいなんですねぇ!!」
ここまで喜んでもらえるのなら、工夫をこらした甲斐もあったというものだ。
ならば笑顔を――れいなの笑顔を、
やはり、もっと輝かせたい。
「双鉄様は予定にはない途中下車をされています。
以降のルートの変更指定をお願いします」
「うむ」
極めて事務的なナビの口調。
ゆえに決意を支えてもらえる。
予定通りにいくのなら、途中下車など必要なかった。
僕の判断は恐らくは――結婚一年にもなっていない――今はまだ、正しいものとなろうと思える。
「このまま、御一夜へ飛んでくれ」
「かしこまりました、双鉄様」
「あれぇ? 八ツ城でお泊りするんじゃなかったんですかぁ??」
「そうなるかもしれん。ホテルの部屋の空き状況と、ポーレットの都合次第だが」
「わ!!!!!!!!」
れいなの顔がパーっと輝く。
ああ――やっぱり今は、これが一番の大正解だ。
「御一夜でになるか、八ツ城でになるかはわからんが、
今年のれいなのお誕生日は――やはり、ポーレットにも、共に祝ってもらいたい」
「うっふふ~~」
「おっと」
体の小ささをフルにいかして、
狭いキャノピーの中でくるりと振り返る。
そうしてれいなは――
「(ちゅっ!)」
「れいな様。飛行の安全を保つため――いえ、なんでもありません」
「ふふっ」
顔に、また何かが出てしまったのだろうか。
僕に甘えてすりつくれいなを、ナビは無言で許容する。
「そうてつさぁん」
ゼロ距離で、れいなが笑う。
甘えと、喜び、そうして愛情。
全部をふわふわのわたあめで包んだように、笑ってくれる。
「とっても素敵なお誕生日プレゼントを、ふたつも! ほんとうにありがとうございまぁす」
「いいや?」
「え?」
我慢できよう筈もない。
これほどの甘味に、瞳を、鼻を、肌を、鼓膜を、くすぐられてしまっては――
「(ちゅっ!)」
「んっ――んふふふ~っ――ん……んぅ……ちゅうっ――ぷぁ」
甘さ極まるキスをほどけば、れいなはとろん、と、笑顔までをもとろけさす。
「とっても素敵なお誕生日プレゼント。みっつも! えっへへ~
とってもとっても! とってもありがとうございまぁす!」
;おしまい